反抗はしないが、隷属することもない。ただ、自由であろうとするための音楽――向井太一が鳴らす音楽は、そんなふうに聴こえる。弱冠24歳のシンガーソングライター。メロウなエレクトロニックR&Bサウンドの、その音像から溢れ出す彼のエモーションは、この世界に対してか弱く、しかし同時に何より誇り高き「個」としての切実な痛みと祈りを叫んでいる。ここに宇多田ヒカルの影を見る人がいるかもしれないし、KOHHやフランク・オーシャンのような存在との共振を見ることもできる。でもきっと彼は、彼自身であるために歌っている。
11月にリリースされる初の全国流通盤となる2nd EP『24』に先駆け、10月26日に先行シングル『SLOW DOWN』がTOWER RECORDS限定でリリースされる。表題曲“SLOW DOWN”は、希望とメランコリーの狭間で静かな野心をたぎらせるような、「今」を象徴しながらも時代の荒波を乗り越える歩調を持った1曲。この淡々とした足取りと確かな眼差しが行き着く先には何があるのか? そんなことを考えさせる新たな逸材の登場だ。
「ボーダーを外す役割を担う」っていうのが、今の僕の一番の理想なんです。
―向井さんは、Instagramに1万人以上のフォロワーがいるファッションモデルでもあるんですよね。そんな人が、最先端のR&Bやクラブミュージックを消化したトラックのうえで、これほどソウルフルな歌を、しかも日本語で響かせているのか! と思って、とても驚いたし感動しました。
向井:ありがとうございます。「ビジュアルと音楽性にギャップがある」とはよく言われるんですけど(笑)、それはむしろ、自分のアーティストとしての強みかなって思っていて。たとえば、あまり音楽を聴いてこなかった人たちにも、僕のInstagram経由で、こういう新しい音楽も知ってもらえたらいいなと思うし。「ボーダーを外す役割を担う」っていうのが、今の僕の一番の理想なんです。
―それは、向井さんの活動のなかで一貫してある理想ですか?
向井:そうですね。音楽でもそうなんですけど、「新しいものを作りたい」っていう意識があって。いいものはいいし、カッコイイものはカッコイイっていう柔軟な発想から音楽を産み出したいなって思うんです。 2nd EP(11月にリリースされる『24』)ではyahyelと一緒に曲を作ったんですけど、今言ったことって、彼らのような同世代の人たちにも共通する意識なのかなって思いますね。yahyelも、ジャンルに対してボーダーがないですよね。そのうえで、どんどんとメインストリームに浮上しているけど、その動きは決して商業主義的なものではなくて、あくまでも自分たちのやりたいことをやっているっていう感じがするし。
―EPに先駆けてリリースされるシングル『SLOW DOWN』のタイトルトラックのPVは、yahyelでVJをされているdutch_tokyoさんが監督されていますよね。やはり同世代意識は、向井さんのなかでは強いですか?
向井:そうですね。同世代の人たちと音楽シーンを作っていくのは、やりがいがある、クリエイティブなことだと思うんです。でも、それだけじゃなくても、MIYA TERRACEのレーベルメイトであるstarRoさんみたいに、今、インディーズシーンを盛り上げていっている人たちと一緒に制作できているのも、自分のなかで大きいですね。
今回のシングルやEPに関しては、普段はあまり音楽を聴いていない人たちはもちろん、若手クリエイターと一緒に制作することで、ちゃんと音楽的感度の高い人たちへもアプローチできるように意識していて。だからこそ、そうした人たちのアンテナに引っかかるように、最近はSoundCloudに頻繁に曲をアップしたりもしているんです。
自分のルーツの通りにしかやろうとしないのは、今の時代は違うような気がして。「これじゃなきゃいけない」っていう感覚は、あまりない方がいい。
―EPのリリースパーティーには板橋兄弟(PUNPEEと原島"ど真ん中"宙芳のユニット)やKANDYTOWNの呂布さんのようなヒップホップ畑の人たちも参加するし、向井さんの存在自体が多様なジャンルやシーンを繋いでいく可能性を感じさせるんですけど、向井さんご自身の音楽的な基軸って、どこにあるんですか?
向井:僕自身、自分のことはあんまりジャンルで括っていないんです。むしろ、自分がそのとき聴いている音楽のテイストとか、時代の変化とか、そういうものに柔軟に対応していきたいと思っている。なので、FKA twigsみたいな、ちょっと前から自分が惹かれているオルタナティブなクラブミュージックの方向性は今後もやっていくと思うけど、この間、アンダーソン・パックやBJ The Chicago Kidのライブを観たりして、やっぱり生音も好きだなぁって思ったから、今後はそっちの方向にも行くと思うし。本当にボーダーがないんですよね(笑)。
―なるほど(笑)。
向井:でも、その感覚って必要なものでもあると思うんですよ。音楽ってゼロから作るものだから、「これじゃなきゃいけない」っていう感覚は、あまりない方がいいかなって思うんです。僕は小さい頃から家でブラックミュージックが流れていたし、ソロ活動を始める前はジャズやファンクをベースにしたバンドをやっていたこともあったんですけど、ブラックミュージックのルーツがある人は、そこに縛られがちになってしまうんですよね。でも、自分のルーツの通りにしかやろうとしないのは、今の時代は違うような気がして。
―その感覚はわかります。たとえば今年、フランク・オーシャンが新作『Blonde』をリリースしたとき、The BeatlesからKOHHまで、様々な時代の、様々なジャンルの人たちの名前が並んだコントリビューターリストが公開されました。ああやって、あらゆる歴史性や同時代性を踏まえたうえで鳴らされる新しい音楽が、「今」のポップミュージックなんですよね。
向井:歴史やルーツってとても大事なものだと思うんですけど、古いものでも新しいものでも、自分が発信することによって、「今」のものになると思うんですよね。その点でも、ボーダーを外していければいいなって思うし、そこで、もっと自分の可能性を広げたかったからこそ、ソロになったっていうのもあるんです。
―本当に、自由にあらゆるボーダーを飛び越えていくことが、「向井太一」というアーティストの芯なんですね。
向井:そうですね。ただ、大前提で「歌モノ」でありたいっていうのはあります。それはどんな歌詞を歌っていてもそう思いまね。僕は、「シンガーソングライター」である前に「シンガー」でありたい。
昔悔しかったこととか、今でもムカついていることとかをリリックに起こすと、爆発的なスピード感で歌詞が書けるんです(笑)。
―向井さんの歌は、どんな感情から生まれてくることが多いですか?
向井:今は、「怒り」とか「悔しさ」とか、「あのとき落ち込んでいたからこそ、今、こうしてやろう」みたいな、自分のなかのネガティブな部分からメッセージを産み出すパワーがすごく大きいと思います。そういう人間の生々しい部分が歌に出ていればいいなと思うし、そもそも、自分自身がすごく人間臭いんだろうなって思います。今回のシングルは、どちらかと言えば、マイナスをプラスに変える力の曲が多いような気がしますね。
―「悔しさ」や「怒り」から歌が生まれるのは、向井さんのなかでは一貫しているものですか?
向井:そうですね。曲があるなしに関係なく歌詞は書き留めているんですけど、言葉にスピード感が出るのは、一気に沸点が上がる感情なんですよね。きっと、自分のなかでバネになるんだろうなって思います。
バネって反動じゃないですか。自分がハッピーなときって、いろんなものを許してしまうから歌詞には向かないと思うんですよ。でも、昔悔しかったこととか、今でもムカついていることとかをリリックに起こすと、爆発的なスピード感で歌詞が書けるんです(笑)。特に、僕はまだ駆け出しだからこそ、「何もなかったことから這い上がっていこう」っていう意識が強いし、今はそれが歌詞に出ているんだと思いますね。
―実際、“SLOW DOWN”は<ここでやっと ずっと夢見てたもの 掴めそうな予感>というラインから始まる、向井さんのなかにある野心を感じることができる曲で。今の向井さんにとっての「成功」ってなんでしょう?
向井:まずは、みんなに知ってもらえるようなアーティストになるのが大前提ですね。今、関わってくれる人たちとか、地元の福岡にいる家族とか……そういう人たちのためにも、東京だけで盛り上がっているだけじゃダメだなって思って。
―ポピュラリティーを得たいのは、家族や周りの人たちへの想いが強い?
向井:そうですね。東京に出てきて音楽をやれているのも、家族やファンの人や、一緒に制作をしている仲間たちがいるからだし。そういう、僕が音楽を作る上で必要不可欠な人たちっていっぱいいて、音楽をやれてよかったと思うのは、その人たちとの繋がりを再確認できること。それが、僕にとっての音楽をやる一番の意味なんです。
そんな繋がりに対して「返す」というか、何かを表現したいっていう気持ちがあって。そのためには、大勢が知ってもらえるようなアーティストになることは、マストなことかなって思っていますね。
―今の話を聞いて納得できたのは、向井さんの書く歌詞には「君」という言葉がよく出てくるけど、それが典型的なラブソングには聴こえないんですよね。向井さんが「君」に対しての想いを歌うとき、そこには「恋愛」「友愛」「家族愛」……いろんな形の他者への愛を投影して聴くことができるなって思うんですよ。
向井:すごく嬉しいです。聴く人によってはラブソングにも聴こえるけど、親への気持ちにも聴こえれば友達への想いにも聴こえるっていうのは、まさに僕が日本語で歌うことの理由だと思う。
英語の歌詞って、直接的な表現が多いじゃないですか。でも日本語は、比喩表現を使って何かに例えることができる言語だと思うんです。たとえば宇多田ヒカルさんって、そのバランスが絶妙だと思うんですけど、聴く人や聴く環境によって伝わるものが変わるのって、日本語表現特有の、すごく面白い音楽の在り方だなって思うんですよ。だからこそ、僕は日本語で歌うことで、そのときそのときの聴き手の感情に寄り添える音楽を作りたいって思いますね。
スピードなんて速くても遅くてもいい。そのとき、自分に合ったペースで落ち着いて行こうよっていうのが、この曲で一番伝えたかったこと。
―もうちょっと“SLOW DOWN”の話をすると、この曲には野心的な気持ちが歌われていながらも、テンポは落ち着いているし、どこか自分自身に対して「ゆっくり行け」となだめているような感覚もありますよね。これはどうしてなんでしょう?
向井:僕は今年の始めに1st EP(『POOL』)を出したんですけど、そのときは自主製作だったんです。でも、そのあとから自分のやりたい音楽性が明確になってきて、どんどん仲間が増えて、レーベルとも契約して……今、まさに駆け出しているんですよね。
向井:でも僕は、あくまでも自分のペースでやっていきたいと思うんです。それこそ、SoundCloudにはコンスタントに新曲を上げているし、ライブも結構やっているし、周りから見ると、せかせか動いているように見えるかもしれないけど、基本的には自分が作りたい曲を作って、それを「今、出したい!」って言って出しているだけで。
―あくまでもマイペースなんですね。
向井:そうですね。「SLOW DOWN」って、「テンポを下げろ」っていう意味合いもあるんだけど、もっと言えば「自分のペースで進んでほしい」っていうのが一番大きいんですよ。スピードなんて速くても遅くてもいい。そのとき、自分に合ったペースで落ち着いて行こうよっていうのが、この曲で一番伝えたかったことなんです。
―それは、自分自身に向けてもそうだし、聴き手に向けても?
向井:そうです。今は辛いことがあるかもしれないけど、このまま自分のペースで行っていたら、いつか辛いこともなくなるだろうって……とにかく「自分らしくいてほしい」っていうことを、自分にも言いたいしファンの人たちにも言いたい。
僕が東京に出てきて、シンガーとして活動してきて、ついてきてくれる人たちがいて。僕は、その人たちに対して「いいペースだね。このまま一緒に行こうよ」って、ずっと一緒に寄り添っていけるような音楽が書きたいと思うんです。
―「引っ張る」よりも「寄り添う」のが、向井さんのスタンスなんですね。
向井:結局、人によって理想って違うから、僕は「自分についてきてほしい」とか「自分みたいにやれよ」なんて言いたくないんですよ。そんなこと、僕だって言われたくないし。さっきも言ったように、「怒り」とか「悔しさ」みたいな、僕のなかにある感情は楽曲には落とし込むけど、それをリスナーには押し付けたくない。だって、それはあくまで「僕の」感情だから。でも、「自分」を歌うことが、結果として「寄り添う」ことになると思うんですよね。
恋愛でも、社会のなかでも、自分の居場所を探している人はいるだろうし、充実しているように見えても、そうでない人は沢山いると思う。
―なるほど……向井さんは、ボーダーを超えることを理想としているし、家族や仲間たちへの想いを強く抱いているけど、それでも確固とした自分を持っていられるのは、きっと誰よりも我が強いから、なんでしょうね。
向井:そうですね(笑)。周りに対して否定的になりたくないとは思うけど、それは結局、わざわざ自分と関わりのない人を否定したって仕方がないっていうことだし……つまり興味がない人に対しては全く興味がない、とも言えるような気がします(笑)。
―でも、そうした強烈な「我」が音楽になって出てきた理由って、なんだったんですか?
向井:両親が日常のなかで音楽を大切にする人たちで、家ではずっとレゲエとかヒップホップが流れていたんです。そういう音楽が自分の日常に沁みついていて……でも、小さい頃から音楽がやりたかったわけではなくて、子供のころは他にも将来の夢はいっぱいあったんですよ。飽き性で、夢がころころ変わる性質でした(笑)。
高校の進路を決めるとき、消去法で選択肢を消していったら、最後に残っているものが音楽だったんです。それで、専門的な高校に進みました。そこから、しっかりと音楽を職業にすることを目標に考え始めましたね。
―福岡から東京に出てきたのは、どうしてだったんですか?
向井:高校を卒業してから、「とりあえず行っちゃえ」っていうベタな感じで上京したんですよ(笑)。福岡も割とクラブシーンは確立しているんですけど、自分を奮い立たせるきっかけにもなるかなって思ったんです。
向井:福岡にいるときはオリジナル曲もなかったし、自分ひとりで音楽を作ることもできなかったから、自分のことを「アーティストだ」と言えるような環境ではなかったんですよね。そんな環境を変えるという意味でも、とりあえずは行ってみようっていう感じでした。
―今、向井さんにとって東京はどんな街ですか?
向井:今はもう、実家よりも落ち着きますね(笑)。18歳から上京しているので、もう6年ぐらい住んでいるんですけど、ある程度、生活も安定しているし、地理もわかっているし。やっぱり、東京に来てから大きな出会いが沢山あって、一緒に音楽を作っている仲間が東京にはいっぱいいるから、そういった意味でも今は東京がホームタウンだっていう実感があります。
―シングルのカップリング曲“THINKING ABOUT YOU”では、「居場所」という言葉が歌われていますよね。居場所を探す旅人のような感覚が、向井さんのなかにはあるのかなって思うんですけど、どうですかね?
向井:そうですね……でも、「居場所を探す」感覚って、誰にでもあるんじゃないかと思います。自分に100パーセント満足している人なんていない気がする。恋愛でも、社会のなかでも、自分の居場所を探している人はいるだろうし、充実しているように見えても、そうでない人は沢山いると思う。もしかしたら、「ひとり」であることに居場所を見出そうとしている人もいるかもしれない。
そうやって、自分がどんどん自分が落ち着ける場所を探す感覚って、人間には絶対にある感覚だと思いますね。少なくとも、音楽をやる人はみんな感じているんじゃないかと思うし、そうでないと新しいものなんて作れないですよね。
―10月27日にCINRA主催イベント『exPoP!!!!!』にも出演していただきますが、ライブはどんな形態でやっているんですか?
向井:いろんな編成でやっているんですけど、基本は、同期の音を使いつつ、パッドを入れたり、ドラムやベースの生の音を入れたりっていう感じですね。ライブとしての勢いも大切にしながらも、曲の世界観も大切にできればいいなと思っていて。結構、「生音じゃなきゃいけない」っていう人は多いと思うんですけど、僕はそんな感じでもなくて、いい音であれば、それでいいです(笑)。
―今はヒップホップ系やポップス系だと、ボーカルもバックで流れているライブは多いですしね。
向井:僕も要所要所で流していますよ。でも、きっとシンガーとしては、そのうえで「生歌の方がいい」って言わせなきゃいけないんだろうなって思いますね。やっぱり、歌に関しては生の方が伝わるパワーも違うと思うし。今はまだ、「名前を知ってもらう」っていう段階が足りないから、全国ツアーとか、ライブをとにかくやりたいんですよね。そこからもっと広がって、この音楽を聴いてもらえたらいいなって思いますね。
- リリース情報
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- 向井太一
『SLOW DOWN』(CD) -
2016年10月26日(水)タワーレコード限定発売
価格:756円(税込)
Eggs-0101. SLOW DOWN
2. THINKING ABOUT YOU
3. 24 Continuous Mix
- 向井太一
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- 向井太一
『24』(CD) -
2016年11月16日(水)発売
価格:1,620円(税込)
PPTF-80991. SPEECHLESS
2. STAY GOLD
3. SALT
4. SIN
5. KONOMAMA
6. SLOW DOWN
7. 24
- 向井太一
- イベント情報
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- 『Eggs×CINRA presents exPoP!!!!! volume90』
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2016年10月27日(木)
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
向井太一
1983
Nulbarich
ドミコ
Sentimental boys
料金:無料(2ドリンク別)
- 『Eggs×CINRA presents exPoP!!!!! volume91』
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2016年11月24日(木)
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
WONK
and more
料金:無料(2ドリンク別)
- プロフィール
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- 向井太一 (むかい たいち)
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1992年3月13日福岡生まれのシンガーソングライター。2016年6月3月初のEP『POOL』をリリースし、発売日に即完売。2016年4月アクティブで自由な制作活動を行うべくSoundCloudを中心としたインターネットに表現したい音楽を継続的にアップ。そのオントレンドで自己発信型な音楽活動が目に止まり、TOY'S FACTORY / MIYA TERRACEとマネジメント契約。ハイブリッドなアーティストとして、更なるステータスを目指す為、アグレッシブに活動している。
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