小林武史がプロデューサーを務める音楽イベント『「円都空間 in 犬島」produced by Takeshi Kobayashi』が、10月8日から4日間にわたって、岡山・犬島にて開催される。
『瀬戸内国際芸術祭2016』秋会期のプログラムの一環として開催される同イベントでは、犬島精錬所美術館の発電所跡にて、岩井俊二監督の映画『スワロウテイル』に登場する架空の都市「円都」を、2時間におよぶ協奏組曲によって表現する。出演者には、YEN TOWN BAND、Lily Chou-Chou Projectをはじめ、安藤裕子、大木伸夫(ACIDMAN)、金子ノブアキ(RIZE)、Salyu、高桑圭(Curly Giraffe)、Chara、津野米咲(赤い公園)、TOKU(10月10日、11日のみ)、名越由貴夫、小林武史という面々が並ぶ。
小林武史は、今回の試みについて「あえて言うならば、2時間におよぶ協奏組曲」とコメントしている。果たしてどういうことなのか? 『円都空間 in 犬島』の出演者であり、岩井監督作『リリイ・シュシュのすべて』の立役者でもあるSalyuとともに、プロジェクトの背景と世界観を語ってもらった。
すべてが僕の中ではつながっているんです。(小林)
―今回の『円都空間 in 犬島』の構想はどのように始まったものなのでしょうか?
小林:今年のはじめくらいに『瀬戸内芸術祭』から誘いがあって、そこからですね。まず、犬島という場所が面白そうだなと思ったんです。かつて100年ほど前に、瀬戸内海の静かで地味な漁村に、新しい産業として銅の精錬所ができた。そこに発電所もできた。電気もなく、夜になったらロウソクを灯しているような島々の中で、そこだけ電気を使ってピカピカと光っているような場所だった。
でも、10年ほど経ったら、技術として時代遅れのものになってしまって、見捨てられてしまったんです。そこからずっと、空襲も受けず、あえて壊されることもなく、廃墟となってきた。その場所が今、美術館となっているんですね。
犬島精錬所美術館 近代化産業遺産 発電所跡 / 提供:福武財団
―昨年は越後妻有で行われた『大地の芸術祭』が、YEN TOWN BANDにとって20年ぶりの再始動の場になりました。そして今年の夏には、石巻で『Reborn-Art Festival × ap bank fes 2016』(以下、『RAF × ap』 / イベントレポート:なぜ『ap bank fes』は総合祭になる? 小林武史や櫻井和寿の想い)が行われました。アートと音楽との関わりという意味では、今回の『瀬戸内芸術祭』で行われる『円都空間 in 犬島』も、それらとつながっているプロジェクトだと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
小林:『円都空間 in 犬島』に関しては、『瀬戸内芸術祭』と『大地の芸術祭』のディレクションを手がけている北川フラムさんから声をかけていただいたんです(北川フラムと小林武史によるトークイベントレポート:YEN TOWN BANDの復活は、なぜ音楽フェスではなく、『大地の芸術祭』でなければならなかったのか?)。越後妻有の過疎の集落に光を見出している『大地の芸術祭』に影響を受けて、僕らとしては、被災地でそういうことができないかと思って『Reborn-Art Festival』を始めた。アートと音楽と、地方や食や、いろんなものをつなぐやり方に関して影響を受けたのは間違いないです。
そこで、来年の本祭に向けてのプレイベントとして『RAF × ap』を開催した後に、僕としては『Reborn-Art Festival』をスタートするきっかけの種をもらったようなところもある北川フラムさんに、もう一度ボールをパスするような気持ちがありました。だから、YEN TOWN BANDが『大地の芸術祭』で復活したこと、僕らが石巻で『Reborn-Art Festival』をやっていること、そこにYEN TOWN BANDが出演したこと、すべてが僕の中ではつながっているんです。
―Salyuさんは、今年の『RAF × ap』にも出演されましたが、どんな体験でしたか?
Salyu:そうだなあ……純粋に楽しかったです(笑)。感動しましたね。私にとってはデビュー当時から『ap bank fes』が夏の恒例行事になっていて。さまざまなパワーと才能あふれる方々のステージを拝見して、コミュニケーションをとらせていただく、特別な場だったんです。
今年、また新たな機会に自分も参加させていただいて、さまざまなアーティストの持っているエネルギーが、想像もつかない強さで自分の心や命を躍動させてくれるような感動がありました。そこでは、小林さんや桜井さん(和寿 / Mr.Children、Bank Band)にやや近いところにいる人間として、ホスト役でお手伝いできることもあって、とにかくありがたかったですね。
―小林さんは、『RAF × ap』を終えてどんな感慨がありましたか?
小林:51日間にわたって開催される、来年の本祭にむけての手応えを掴めましたね。音楽の多様性もそうだし、アートとの関わり方もそう。食についても、単に優秀なケータリングの人たちを集めるだけではなくて、生産者からお客さんにまでつないでいく流れを、才能あるシェフたちとともに作っていくことができた。これは『ap bank fes』のときからやりたかったことだったんです。それらすべてが、石巻という被災地に根付いていく過程を確認できたということ。それがまずひとつ、よかったことですね。
―言ってしまえば、昨年の『大地の芸術祭』からではなく、2000年代の『ap bank fes』から連続性があるわけですね。
小林:そうですね。『ap bank fes』は、2012年の休催から4年経っていたけれど、ちゃんとバトンがわたっているんだなという思いもありました。僕らの中に染み付いた流儀もあるし、それは開催場所が静岡から東北に移っても、お客さんと共有できるものだった。「今まで行きたかったけれど行けなかった」という人たちにとっても、喜んでもらえましたしね。
加えて、Bank Band自体も少し進化していたと思います。より多様な、柔軟かつ機動力を持てるバンドになっていたんです。1970年代の複合型のロックのような、ジャズとロックとポップが混ざったような、面白いライブサウンドを鳴らせるようになっていました。
相当贅沢なキャスティングになりました。このメンバーが、YEN TOWN BANDとLily Chou-Chou Project、その両方の演奏をやるんです。(小林)
―今回の『円都空間 in 犬島』では、YEN TOWN BAND、Lily Chou-Chou Projectらが出演し、2時間におよぶ「協奏組曲」が繰り広げられるとされています。正直、プレスリリースに書かれているイベント概要を読むだけでは、なにが行われるかイメージがわかないのですが、実際はどういうものになるのでしょうか。
小林:たぶん、実際に来ないとわからないと思います(笑)。こういうものは、まだ世の中に存在していないから。
―単にYEN TOWN BANDとLily Chou-Chouのライブが行われる、というイベントではない。
小林:1曲終わったら挨拶をして拍手をするような通常のロックやポップスのライブではない。非日常的な空間になると思いますね。
Salyu:まだリハも始まっていないので、私も掴みきれていないのですが……オープニングからエンディングまで、ひとつの組曲としてとらえられるようなものなんですよね?
小林:そう。SalyuがLily Chou-Chou Projectとして、ひとつの物語の語り部や狂言回しのような役割を担うんですね。その軸がひとつあって、もうひとつは、辺見庸さんという石巻出身の作家・ジャーナリスト・詩人の方が出された『眼の海』という詩集の朗読も、語り部の軸として用いさせてもらうつもりです。『眼の海』は、震災後の失われた命や残された命との言葉との呼応を詩の形にしたものなのですが、これがものすごく強い表現で、僕もとても好きな詩集なんですね。
―つまり、物語や詩の朗読も交えた音楽劇のようなもの、ということでしょうか?
小林:そういうイメージがありますが、それだけではないですね。すべて台本通りに動くわけではないし、語り部になるLily Chou-Chou Projectとからめながら、詩の朗読が音楽としても成立する。そういう立ち位置で、安藤裕子と大木伸夫という二人のシンガーが参加します。それぞれの歌も構成しながら、協奏していくんです。全体としては、それが「協奏組曲」ということになる。
―音楽と詩がからみあっていくような表現になる。
小林:そう。ダンスでもお芝居でもない。ただ、辺見庸さんの詩は平易な言葉を使っているわけではないので、言葉をタイポグラフィー的に見せたいと思ってますけれど。
―参加ミュージシャンのラインナップは、安藤裕子さん、大木伸夫さん、Salyuさん、Charaさん、金子ノブアキさん、高桑圭さん、名越由貴夫さん、津野米咲さん、TOKUさんという面々となっています。これはどのような意図の編成なのでしょうか?
小林:はっきり言って、相当贅沢なキャスティングになりましたね。このバンドメンバーが、YEN TOWN BANDとLily Chou-Chou Project、その両方の演奏をやるんです。実際、リハーサルの時間は少ないんですけれど、そのかわりに一筆書きのようにできていくセッションの面白さもある。そういうことを楽しめる力量を持ったメンバーでもあるので。
よく稽古して見せるエンターテイメントもいいけれど、アート的な緊張感、ある種のジャズロックのようなセッション感があるのもいいと思うんです。いろんなことが起こるんじゃないかと思いますね。そういう意味でも、単なる音楽劇ではない。
僕は「円都」の奥に、Lily Chou-Chouの深度と美意識みたいなものが存在するんだと思うんです。(小林)
―映像監修として、『スワロウテイル』(1996年)と『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)の監督である岩井俊二さんの名前がありますが、岩井さんはどんな形で参加されるのでしょうか?
小林:今回の舞台を記録したものを、彼が監督して映像作品化したいと思っています。
―『スワロウテイル』からYEN TOWN BANDが誕生して20年、『リリイ・シュシュのすべて』からLily Chou-Chou Projectが誕生して15年が経つわけですけれども、その2つの関連性はどのように考えていますか?
小林:岩井くんとも話したんだけれど、僕は「円都」(『スワロウテイル』の舞台となっている架空都市)の奥に、Lily Chou-Chouの深度と美意識みたいなものが存在するんだと思うんです。
―Lily Chou-Chouの深度と美意識というと?
小林:岩井くんは、『スワロウテイル』と『リリイ・シュシュのすべて』を真逆だと言うんですね。前者は「円都」というローアングルの場所で、人が円というお金の基準に、それぞれが持っている知恵の欠片を持ち寄って集まってくるようなところがある。それはオープンでもあるけれど、ラフでタフなもの。一方で、『リリイ・シュシュ』は、かなり排他的でもっと閉ざされているもので。だけど深度とか美意識に対して、とても自由である。そういう意味で、岩井くんは「真逆だ」という言い方をしたんだと思います。
僕にとって「真逆」という発想は新鮮だったんだけれど、合点がいったのは、今回犬島で『円都空間』をやるにあたって、犬島の辿った数奇な運命と、そこに廃墟のような美しい空間ができているということで。そこがLily Chou-Chouの深度と美意識と、相性がいいと思ったんです。
―犬島という場所と、Lily Chou-Chouの世界観が共鳴しあっている。
小林:そう。だから、YEN TOWN BANDとLily Chou-Chou Projectというものの双璧を、犬島に持っていきたかった。「円都」の中にLily Chou-Chouは含まれている。そういう解釈ですね。
「美しい、純粋である」というテーマは、Lily Chou-Chouの歌唱の中にあります。(Salyu)
―Salyuさんは、「Lily Chou-Chouの深度と美意識」について、どんな考えをお持ちですか?
Salyu:正直、私は作品の楽曲を作ったり、言葉を構築していったりという、建設的なところには参加していないので、小林さんみたいにスマートにLily Chou-Chouの概念を語りきれないのですが、「美しい、純粋である」というテーマは歌唱の中にあると思います。私は、ただただ小林さんや岩井さんが作った世界観をどう表現したら美しいだろうかということだけに力を注いでいますね。
小林:とは言っても、実際にLily Chou-Chouの深度や美意識を提示できるのは、Salyuが発する生き物としての声であり、歌うという行為なんですよ。彼女の歌の中に、いろんなものが反映されている。僕らに共通して持っている感覚は、Salyuの身体を通して表現できているんです。
―Salyuさんは、自身の名義とLily Chou-Chouで、なにか表現に違いはありますか?
Salyu:特に違いはないんです。岩井さんによって作られた、Lily Chou-Chouという一人の人物のストーリーがある、その中の音楽という事実がある。それに対して自分自身もそれに応えられるように反応したいというのはありますが、Salyu名義のときとは歌唱を変えようとか、そういうことはあまりないです。持っているストーリーが違うということですね。ただ、当時からはいろいろな精神的な変化、肉体的な変化、価値観の変化もあったので、歌唱は変わったと思います。
経済や合理性から取り残されていくものが創造力を発揮する空間として「円都空間」を作ったんです。(小林)
―今回の『円都空間』の物語の中で、YEN TOWN BANDとLily Chou-Chouはどう絡み合っていくのでしょうか?
小林:今回は、経済や合理性から取り残されていくものが創造力を発揮する空間として、「円都空間」という場を作ったんです。YEN TOWN BANDは、ローな場所、世界の端に追いやられてしまった場面で生きている人たちにとって、スターのような象徴として存在している。その一方で、語り部や狂言回し的な存在としてLily Chou-Chouがいる。
―今回の『円都空間』にも、経済の合理性と人の多様性のぶつかり合い、技術と人間性の相克など、これまで小林武史さんが追求してきたテーマのいろんなエッセンスが注ぎ込まれているように思います(YEN TOWN BANDアルバムリリース時インタビュー記事:小林武史が訴える「経済の合理性を追求すると多様性が失われる」)。そのあたりはどうでしょうか?
小林:まあ、ずっと、そのあたりを触りながら生きていますからね。急に別のテーマにはなりにくい(笑)。ただ今回、岩井くんや同じ時代に生きている仲間と、僕なりに一番面白いと思うことを更新しているつもりではあるんです。
―どのように更新されているのでしょう?
小林:やっぱり、今のテーマは大きく言えばグローバリズムと、そこから取り残されたものをどう守っていくか、というものになりますね。それは自分だけが考えていることではなくて、たとえばヴェネツィアの芸術祭に行ったときにも、そことのせめぎあいがテーマになっていたりする。どうしてもこうなるんですよ。
一方で自然や野生があって、一方でテクノロジーがある。信仰や宇宙観のようなものがある。そういう中で、僕らがどこから来てどこに向かって、今どこにいるのか。今回は、そういうことに沿った演目になると思います。
―Salyuさんは歌い手としてそれをどう表現しようとイメージされていますか?
Salyu:今回は演目がいくつも散らばっているのではなく、それがひとつの組曲という捉え方ができるものなので、参加させていただく一人のシンガーとしては、どれだけそこに質量をもたらせるか。それができるだけ美しくて、心を震わせられる価値があるものにできるか。そういう心構えですね。
- イベント情報
-
- 『「円都空間 in 犬島」produced by Takeshi Kobayashi』
-
2016年10月8日(土)~10月11日(火)
会場:岡山県 犬島 犬島精錬所美術館 発電所跡
出演:
YEN TOWN BAND
Lily Chou-Chou Project
安藤裕子
大木伸夫(ACIDMAN)
金子ノブアキ(RIZE)
Salyu
高桑圭(Curly Giraffe)
Chara
津野米咲(赤い公園)
TOKU(10月10日、10月11日のみ)
名越由貴夫
小林武史映像監修:岩井俊二
料金:12,000円
- プロフィール
-
- 小林武史 (こばやし たけし)
-
音楽家、音楽プロデューサー。1980年代からサザンオールスターズやMr.Childrenなどのプロデュースを手掛ける。1990年代以降、映画と音楽の独創的コラボレーションで知られる『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』など、ジャンルを越えた活動を展開。2003年に「ap bank」を立ち上げ、自然エネルギーや食の循環、東日本大震災の復興支援等、様々な活動を行っている。
- Salyu (さりゅ)
-
2000年4月、岩井俊二の映画『リリイ・シュシュのすべて』作中に登場する架空のシンガー・ソングライター「Lily Chou-Chou」として2枚のシングルをリリース。2004年、シングル『VALON-1』でSalyuとしてデビュー。小林武史プロデュースのもとPOPで多様な色彩を持つ圧倒的な「声」の存在感を示し、Bank Band with Salyuとして発表した『to U』でその歌声を世に広めた。2011年4月には「salyu × salyu」プロジェクトとしてCornelius=小山田圭吾との共同プロデュース作品『s(o)un(d)beams』を発表。2015年4月には5枚目のオリジナルアルバム『Android & Human Being』をリリース。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-