誠実にメロディーを刻むクラシックギターの音色と、個人的で普遍的な世界観が綴られたストーリー性のある歌詞。そして、聴く者によりその印象が異なるであろう深く豊かな歌声が、細野晴臣、アート・リンゼイ、小山田圭吾、七尾旅人をはじめ、多くのミュージシャンとの多彩な共演を生んできた青葉市子が、待望の新作『マホロボシヤ』を10月19日に発表した。
近年は、劇団「マームとジプシー」などの舞台作品で劇伴を担当するほか役者としても出演し、音楽を主軸としながらその活動の場を広げてきた青葉。前作『0』のリリースから現在までの約3年間に起こったできごと、そして自身を取り巻く人間関係や日常と、そこでの変化が今作に与えた影響について聞いた。
※一部内容で事実誤認が発覚したため、記事掲載後に修正いたしました(2017年10月)
曲を作るときには、とことん楽器を弾きこむことで音楽を体にすりこんでいくのですが、それと演劇の稽古は似てるかなと思います。
―前作『0』(2013年)から『マホロボシヤ』の3年間のあいだに、青葉さんを取り囲む環境やご自身に様々な変化があったと思います。まずは、この3年間のことを教えてくさだい。
青葉:『0』を作った後の自分の中での一番大きな動きは、演劇に関わったことだと思います。2014年、白井晃さんの舞台作品『9daysQueen~九日間の女王~』で作詞と劇伴を担当したのがはじめての関わりでした。音楽を担当されていた三宅純さんとパリで作業したり、新鮮な体験でした。
―同年、青葉さんは劇団「マームとジプシー」の舞台作品『小指の思い出』でも劇伴をされましたね。
青葉:はい、マームとジプシーの青柳いづみさんが『9daysQueen~九日間の女王~』を観にきてくれたり、『0』のエンジニアでもあったzAkさんが『小指の思い出』の音響を担当しているということで、そうしたつながりから劇伴のお話をいただきました。
―青柳さんとは以前から親交があったのですか?
青葉:マームの作品は以前から観ていて、YCAMの企画で瀬田なつき監督が撮った作品内で一緒になったこともあり、そこから交流が始まりました。
―2015年には、沖縄のひめゆり学徒隊に着想を得たマームとジプシーの『cocoon』に、役者の一人として出演されました。ここでの青葉さんの役柄は、青柳さん演じる主人公「サン」の幼馴染「えっちゃん」でしたね。
青葉:『cocoon』は2013年の初演を観ていて、それからずっと気になっている作品でした。その後再演に向けてのオーディションがあり、藤田くん(マームとジプシー主宰・藤田貴大)と会うたびに「市子、『cocoon』のオーディション受けない?」と。
―それで、オーディションを。
青葉:応募してみました。何回かのオーディション経て、役者として出演することになりました。
―昔から演劇は好きだったんですか?
青葉:いえ、むしろその逆で。小さな頃から「演じる」ということに違和感があったんですけど、マームとジプシーを知ってから、それはなくなりました。
―実際に舞台作品を経験してみて、いかがでしたか? それまでに青葉さんがされていた音楽制作と似ているところ、違うところなどがあると思います。
青葉:曲を作るときには、とことん楽器を弾きこむことで、音楽を体にすりこんでいくのですが、それと演劇の稽古は似てるかなと思います。ただ、演劇には一般的に台本があり、演出家、役者などの関係性があってはじめてアウトプットできるのに対して、弾き語りのライブや音源制作では、何のフィルターもないので、自分の気持ちしだいで音や歌詞を変えたっていい。そこの違いは大きいです。
―そうした演劇の経験が、『マホロボシヤ』に与えている影響はありますか?
青葉:大きな影響を受けたと思います。特に青柳いづみさんと飴屋法水さんの存在には。今年の1月末にやった『ユキノコロニヰ』という演奏会では、飴屋さんと娘のくるみちゃん、青柳さんに出演してもらって、一緒につくりました。彼らと話をしたり、作業をしていくなかで、「一緒に歌える曲があればいいな」と思うようになった。それが『マホロボシヤ』のはじまりのひとつです。
「まほろば」はすごく小さなコミュニティーだけど大事なものがぎゅっと集まった守られた世界のこと。
―アルバムタイトルの「マホロボシヤ」には、「まほろばのある星」という意味が込められているそうですね。
青葉:実は「マホロボシヤ」は、それがどんな意味なのかも自分でもわからないまま突然、頭の中にぴんと浮かんだ言葉で。それで「『マホロボシヤ』ってなに?」って自分でも思っていた。
―とても不思議な響きをもつ言葉です。
青葉:「飴屋さんの口から『マホロボシヤ』という言葉が発せられたとしたら?」と考えたとき、それは幻(マボロシ)っぽいし、滅ぼし(ホロボシ)っぽいと感じたんです。飴屋さんという人物はその両方もっている、マボロシ屋さんとホロボシ屋さんだと思う。
―「幻」と「滅ぼし」ですか。
青葉:それと同時に、「まほろばのある星」があったらいいなって。でも、人によって色々な解釈があっていいと思っています。
―「まほろば」には、「素晴らしい場所」「立派で住みやすい場所」といった意味があります。青葉さんにとっての「まほろば」って、どんなところなのでしょうか?
青葉:「まほろば」はすごく小さなコミュニティーだけど大事なものがぎゅっと集まっている守られた世界のことで、「シェルター」とも言えるかもしれない。自分の世界や身の周りの小さな世界をどの場面においても大切にしている人たちの、住んでいる星。まほろ星。
(アルバム作りは)日々のキラキラしたものを瓶に入れていくような作業でした。
―では逆に、2013年以前はどのようなものだったのでしょうか? 2010年のデビューアルバム『剃刀乙女』から『檻髪』『うたびこ』『0』まで、毎年アルバムをリリースされています。
青葉:2枚目までは一人ぼっちであまり外と関わっていない気がします。カーテンを閉めたまま、外で何が起きているのか知らないような。震災後の『うたびこ』は、外の様子は知っていても、まだ家の中にいる状態。
―一人の世界ですね。
青葉:そうですね。4枚目の『0』ではzAkさんと出会い、音自体もフィールドレコーディングの素材も取り込んだ即興的なアプローチで、外を意識し始めた気がします。だから、3年の間にたくさんの人と関わったんだなって、今振り返って改めて思っています。すごくいい影響だったなって。
―1枚目から3枚目の「一人ぼっち」の環境は、音楽制作に集中するため、あえてだったのですか?
青葉:その3枚の間でも少しずつ変化はあったと思うのですが、『剃刀乙女』のときは10代後半で、誰も信じてなかった。ちょっとしたことで心は折れてしまうのに、変に確立した世界が存在していて。音楽があるからなんとかバランスがとれている、危うい時期でした。『檻髪』『うたびこ』は、外に向かって耳をすませているんだけど、まだ殻の中。今聴くとそう思います。
―以前何かのインタビューのなかで、「アルバムジャケットに自分の顔を掲載する必要性がわからない」というようなことをおっしゃっていたのも覚えています。それが今回の『マホロボシヤ』では、アーティストの花代さん撮影によるポートレイト写真を使用している。色々な部分で青葉さんの変化を見ることができますね。
青葉:花代さんと出会って、被写体への心持ちも変わっていきました。ジャケットは花代さんのご自宅で撮影していただきました。お気に入りのもの、大切なものを持ってきて、とリクエストがあり、彼女と出会った日に拾ったアロエや、蝶、カラフルな髪、鉱石など持っていくと、花代さんは生イカを買ってきていて、それらがひとつの宝石箱みたいにちりばめられました。よく見ると、頭にイカが乗っているの。花代さんとの作業はいつもわくわくして、童心に返ります。
―青葉さんが被写体になることも、日常での自然な流れだった。
青葉:今回、MVも構成・撮影ともに花代さんが手がけてくださいました。「マホロボシヤ」という響きから、「まほろ星」というキーワードをもとにストーリーを書いてくださり、私もダブルミーニングの中で同じイメージを持っていたので、深く繋がりました。
撮影は私の故郷である京都と、花代さんが長く過ごしたベルリンで行われました。花代さんの大切な仲間たちが協力してくださり、娘の点子さんも、クリーチャー役で出演しています。撮影の直前まで一緒にお芝居をしていた青柳いづみさんも、出演してくださいました。
青葉市子『マホロボシヤ』ジャケット(Amazonで見る)
―青葉さんが人とつながり、関わっていった養分で完成したアルバムなんですね。
青葉:日々のキラキラしたものを瓶に入れていくような作業でした。色々な人と関わり、一回要素を汲んで、アウトプットをしてみる。その思考回路は、演出や周囲の環境を体に組み込みアウトプットする演劇を経験したからこそ、できるようになったのかもしれません。
社会に対して抱いてしまうぼんやりとした違和感はもちろんありますが、外に向かって「それは違う」「こうあるべき」と言う選択肢は私にはないです。
―『マホロボシヤ』を聴いて、賛美歌に触れたときのような、どこかなつかしい気分になりました。そして同時に、物語のシーンを想起させる歌詞も印象に残りました。詞と曲、いつもどちらを先に手がけるのでしょうか?
青葉:ほとんどの曲が、歌詞が先です。詞が先じゃない場合は、ギターもメロディーも歌詞も全部同時。即興で歌ったものをiPhoneなどで録音して、後で微調整して曲にしています。
―歌詞は、頭のなかに浮かぶ情景や出来事などが発端となるんですか?
青葉:やっぱり、日常で自らが体験したことでしか歌詞を書くことができないですね。あと、体の重力をなくして、人間と幽霊のあいだの気分になるとスムーズに書けます。
―日常が発端なんですね。
青葉:「もう私のものではなくなっていく」って、お別れするつもりで曲は書いています。自分の生活のなかのエッセンスを入れて書くけれど、歌になったときは、もう誰のものでもなくなるから。歌は自分より確実に長生きして残っていくので。
―歌詞を書き、曲を作ることは青葉さんにとって自然なことですか?
青葉:食事や眠ると同じことです。「この気持ちをわかって」という強い主張はないので、誰かの歌になっていけばいい。音楽のことは大好きだけど、その点はドライと言えるかもしれません。
―1日にどのくらい歌や創作のことを考えていますか?
青葉:あまり考えていないかも。けれど、景色や光など、きれいだなと思うことに意識を向けるようにしています。「おいしそうだな」「土の匂いがいいな」って。そういう些細なことをわざと特別にする作業をしているような気がしますね。
取材前日に青葉が北海道で収穫してきた、じゃがいもや人参、かぶなど
―そうして感覚を開くことで、今の社会のなかで目を向けたくないものも同時に受け取ってしまうこともあるかと思います。
青葉:社会に対して抱いてしまうぼんやりとした違和感はもちろんあります。ただ、外に向かって「それは違う」「こうあるべき」と言う選択肢は私にはないんです。それよりも、自分が大事にしている個人の世界、それは想像上の世界でもいいのだけど、誰にも壊されないコロニーを絶対に守る。そういう「場所」を作るために音楽や歌があるという考え方なのかもしれません。
まわりがどんな状況であったとしても、自分のなかで信じているものをそのまま残し続けていけるのであれば、強くいられると思う。
―それは守られた世界としての「シェルター」のお話にもつながります。
青葉:誰でもひとりぼっちになるし、もしかしたら明日死んでしまうかもしれない。だけど、そういうときに「あ、この場所があったな」って思えるコロニー(音楽)があれば、ほっとするんじゃないかなって。
―そうした考えも、この3年間に育まれたものなのでしょうか?
青葉:きっとそうだと思います。最初のころは、歌うだけの怪物みたいだったんじゃないかなって思うので(笑)。以前は、周囲の状況についていけずただただ、驚いていた。でも、いろんな人と関わるうちに、外に向かって発信する良さがわかってきました。
―それ以前は、青葉さんにとって、ご自身が作る歌はもっと個人的なもので、自分だけのものだったんですね。
青葉:はい、宝物をぎゅーっと抱えて誰にも見せない感じ。けれど、たとえ歌が一人歩きしても、自分のなかで信じているものは大事にしておけることがここ数年でわかってきて。そのことで、怖がらずに外に出ていける今があるんだと思います。
―これから一人歩きをしていく『マホロボシヤ』の音楽は、聴く人にとってどんなものであってほしいですか?
青葉:おまかせです。でも、「なつかしい」っていう感覚が共有できたら嬉しいかな。まわりの環境がどんな状況であったとしても、自分のなかで信じているものをそのまま残し続けていけるのであれば、強くいられると思う。「ひとつのお守りとして、戻ってこられる場所『マホロボシヤ』があるから大丈夫」。聴いた人の自由だけど、そんなふうに懐かしくてあたたかい場所を感じてもらえたら嬉しいです。
―それはこの3年で青葉さん自身が、「マホロボシヤ」を知ったからこそ、思うことでもあるのかもしれませんね。
青葉:そうですね。とても自由でクリアな気持ち。これから何をしていこうかなとわくわくしています。
- リリース情報
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- 青葉市子
『マホロボシヤ』(CD) -
2016年10月19日(水)発売
価格:2,700円(税込)
VICL-646761. the end
2. ゆさぎ
3. マホロボシヤ
4. 氷の鳥
5. おめでとうの唄
6. ゆめしぐれ
7. うみてんぐ
8. 太陽さん
9. コウノトリ
10. 神様のたくらみ
11. 鬼ヶ島
- 青葉市子
- プロフィール
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- 青葉市子 (あおば いちこ)
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17歳からクラシックギターを弾き始め、2010年1stアルバム「剃刀乙女」でデビュー。これまでに4枚のオリジナル・アルバムを発表。そのほか、細野晴臣、坂本龍一、小山田圭吾、U-zhaanとのスタジオ・セッションをCD化した“青葉市子と妖精たち”名義でのアルバム「ラヂヲ」や、青葉市子 コーネリアスとして『攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers』にエンディングテーマ「外は戦場だよ」で参加している。FUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、RISING SUN ROCK FESTIVAL、等のフェスに多数出演。無印良品(2012)、ユニクロ「サラファイン」(2012)、キユーピー「キユーピーハーフ」(2012)、ソフトバンクモバイル「iPhone5(2013)、ACジャパン「みんなで考えましょう」(2013)、タマホーム「プロダクトCM」(2016)などのCM音楽を担当。2013年には「ミュージック・マガジン」誌ベストアルバム特集の表紙にデヴィッド・ボウイ、ポール・マッカートニー、ダフト・パンクとともに掲載。諸外国からのリリースや公演の依頼も多く、iTunes Storeでの全世界配信も行っている。2015年秋に台湾・香港・シンガポール・マレーシア・タイの5カ国を廻る自身初のアジアツアーを開催。舞台作品では『レミング~世界の涯まで連れてって~』『cocoon』への出演や朗読劇『みつあみの神様』の音楽を担当。その他CM音楽、ナレーション、イラスト、作詞家、エッセイ等様々な分野で活動中。
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