かつて、甲本ヒロトはロックンロールを指して「飽食の果ての飢餓」と呼んだ。1950年代のアメリカで生まれたロックンロール。それは、発達する資本主義社会のなかで、食べるものにも、着るものにも、住む場所にも困らず、物質的にはあらゆるものに満たされているはずの現代人の、しかし、それでも満たされない心の空虚さが生んだアートフォームなのだと。つまり、ロックンロールの前提にあるのは、社会や経済の豊かさ。……では果たして、この2016年の日本においても、ロックンロールは有効なのだろうか?
ドミコはロックンロールバンドだ。2016年の、日本の、ロックンロールバンドだ。ドミコは醒めている。「明日のことなんてわかんねぇじゃん」というあっけらかんとした達観と、「でも、今日は生きているんだよ」という切実なロマンティシズム。「何も信じない」と「全てを信じる」を同居させる感性。まるで子どもの「無垢」と老人の「悟り」が交錯したかのような眼差しで、ドミコはロックンロールを鳴らしている。
1stフルアルバム『soo coo?』を肴に、バンドのコンポーザーである、さかしたひかるに話を訊いた。「2016年の日本において、ロックンロールは有効なのか?」――以下のインタビューは、そんな先の問いに対して、何かしらのヒントを与えてくれるかもしれない。
「フリーターは不安」とか言われても、その不安って漠然としているような気がするんですよね。就職して安心した気になってる方がヤバくないですか?
―さかしたさんは、大学を卒業したあと一度就職されて、それをすぐに辞めて音楽活動を始めているんですよね。
さかした:そうですね。その職場では半年しか働いていなかったので未練もなく、辞めたときは前向きな感じでしたね。就職すること自体が後ろめたかったんですよ。音楽や楽器に興味があって、大学を卒業する前は「俺って、将来は音楽やっているんじゃないかなぁ」って漠然と思っていたけど、実際は何もせず就職しちゃったので。でも、就職してからもスタジオで遊んだりしていたら、うまい具合に「ライブやろう」っていう話になって、「じゃあ、仕事辞めてバンド結成しようかな」っていう感じです。
―バンドを組むから仕事を辞めた、というのは、音楽で食べることが難しいと言われるこのご時世、珍しいですよね。
さかした:自分のキャパシティー的に両立は無理だなって思ったんです。「まぁ、バイトでいいや」っていう感じで。
―フリーターになることに不安はなかったですか?
さかした:何も不安はないですね。「フリーターは不安」とか言われても、その不安って漠然としているような気がするんですよね。実際に今、俺はフリーターの何がどうヤバいのかもわかんないし。
―不安を感じるのは、貯金とか保険とか、主に金銭的な部分で将来に漠然とした不安がある、ということだと思うんですけど。
さかした:でも、「わかんないことって、不安じゃなくね?」って思う。それに、就職して安心した気になっている方がヤバくないですか? 大手の企業にしたって、いつ潰れるかわからないんだから。たとえば、シャープみたいな大企業が経営難になるなんて、10年前には誰も想像していなかったと思うんですよ。それなのに、企業に所属しているからって安心する方がヤベぇなって思う。
―「未来なんて、どうなるかわかんねぇじゃん」っていう感じ?
さかした:そうっすね。単純に、あんまり先を見ないんだと思います。まぁ、今は政治家が一番いいんじゃないですか?(笑)
人助けをしたければ別の仕事を選ぶし、俺は別に「音楽で何かを変えたい」とは思わないです。
―ははは(笑)。世間が煽る、漠然とした将来の不安に流されずに生きる感覚って、10月に『BEACH TOMATO NOODLE』を一緒に主催したTempalayのようなバンドにも共通する感覚だと思いますか?
さかした:言われてみれば、そうかもしれないです。ただ「楽しさ」を求める感じというか。Tempalay然り、あのイベントで一緒に動いてくれたバンドたちに対しては、ただの身内じゃない感覚はあるんですよね。
―実際、『BEACH TOMATO NOODLE』はやってみていかがでしたか?
さかした:ドミコは単独でイベントをほとんどやったことがなかったし、今回も、Tempalayと一緒に、ただ「仲がよくてカッコいい人を集めてやってみてみよう」っていう感じだったので、その場がどういう空間になるのか想像もつかなかったんです。でも、ネットに上がっている写真を見てもらったらわかると思うんですけど、すげぇハッピーな空間を共有できたなって思います。幸福感、満足度はすごく高かったんじゃないかな。『ウッドストック・フェスティバル』(1969年にアメリカで開催されたロックを中心とした大規模な野外コンサート)のDVDで見た景色、みたいな感じで。
―「『ウッドストック・フェスティバル』のような景色」って、少なからずイベントのコンセプトのなかにありましたか?
さかした:いや、特にそんな考えはなかったんですけど、結果として、すごくハッピーな空間になったなっていう感じです。事前にあったのは、ほんと、「楽しいことがしたい」っていうだけですね。
―もうちょっとだけ突っ込ませてほしいんですけど、『ウッドストック・フェスティバル』って、「ラブ&ピース」を掲げた「カウンターカルチャー」だったわけですよね。そこには、社会に対する反抗心があった。ドミコは、何かに対して反抗していると思いますか?
さかした:していないですね。人助けをしたければ別の仕事を選ぶし、俺は別に「音楽で何かを変えたい」とは思わないです。みみっちい話、自分の音楽がカッコよく聴こえる世界にしたいとは思いますけど、「みんながゴミを拾う社会にしたい」とか、そんな気持ちで音楽はやらないです。なので、反抗的な概念は曲に入っていないと思います。全部、自分の深層心理みたいなものをグワーって引っ張り出しているだけなんじゃないかな。
俺のなかのロックな感じ……正々堂々と、ストレートな感じに仕上げたかった。
―では、さかしたさんが音楽を作る喜びって、具体的にはどこにあるんだと思いますか?
さかした:やっぱり、残していくこと、残ることは嬉しいですね。今回の『soo coo?』は1stフルアルバムなんですけど、それまでの2枚のミニアルバム(2014年リリースの『深層快感ですか?』と、2015年リリースの『Delivery Songs』)は宅録で、ほとんど自分で編集したアルバムなんです。
当時は、作品って、自分の考えていることを記録する媒体だと思っていて。音楽って、実際はモノではないじゃないですか。でも、それをモノとして残せてしまうのが気持ちよかったんですよね。曲をじっくり聴くと、そのときの自分の感情が思い出せるのがいいなぁって。RPGゲームでも、めちゃくちゃいいアイテムを拾ったら、すぐにセーブしたいじゃないですか(笑)。その感覚ですね。
―実際、ドミコの作品は録音物としての完成度が高いですよね。作品とライブを明確に分けて考えているのかなって思うんですけど。
さかした:レコーディングで「ここを聴いてほしいな」って思う部分とライブでそう思う部分は、どうしても変わってきますからね。作品のアレンジに関しても、ライブを意識せずに作り込んで、そこから、別でライブアレンジを考えようっていうやり方をいつもしていて。それが自分らのベストだと思います。
―自分の考えや感情を記録していくことが音楽作りなのだとしたら、さかしたさんは、どうして記録しようと思うんですかね?
さかした:単純に、忘れやすいからですね。「すげぇ楽しかったな!」っていう思い出も、俺は簡単に忘れてしまうんです。「あんなに楽しかったはずなのに、なんで忘れちゃったんだろう?」とか……友達と昔の話をしたりすると、そう思うことがよくあるんです。でも逆に、思い出したときのテンションの上がり方は大きくて、その当時と同じくらいの感覚になれる。
―では、今回の『soo coo?』というアルバムを聴き返したとき、さかしたさんが思い出す感情や考えって、どんなものですか?
さかした:あ~……でも、今回のアルバムは、そこまでノスタルジックな感覚をピックアップしていないかもしれないです。むしろ、今までのドミコがやってないことをやったアルバムというか。
今回は今までと違って、エンジニアに上條(雄次)さんが入ってくれたので、俺の主観だけじゃなくて、もっと客観的な視点も交えた環境で録れたんですよ。それなら、もっとシンプルで削ぎ落とされた形で、すごくロックンロールなアルバムにしたいなっていう気持ちが漠然とあって。俺のなかのロックな感じ……正々堂々と、ストレートな感じには仕上げたかったというか。
―さかしたさんが考える「ロックンロール」や「ロック」が表明するものって、もうちょっと具体的に言葉にすることはできますか?
さかした:難しいですね……直感なんですよ。「これはロックだ / これはロックじゃない」とか、その区別の理由も特に思いつかない。すごく感覚的なものです。
―じゃあ、最近、「これはロックだな」って思った出来事は?
さかした:そうだな……Chance The Rapper(アメリカのヒップホップアーティスト)が、主催するフェスのチケットをダフ屋に買い占められたときに、そのチケットを買い戻して再販したことかなぁ。あれはカッコいいな、ロックだなって思いましたね。ああいうチケットの問題って、日本だとSNSとかで議論しているだけだったじゃないですか。でも、Chance The Rapperは思いきって行動をしているところが「ロックだな」って思いましたね。
―そういう話から滲む懐の大きな人情や、腹を括った優しさみたいなものを尊いと思う部分もあるんですかね?
さかした:どうだろう……めっちゃひねくれていると思うんだけどなぁ(笑)。
男同士で「どういう女が好みなの?」っていう話になるじゃないですか。あれが思いつかないんですよ。
―今回、アルバムのジャケットは、カナダで活動するイラストレーターのケリー・バストウさんが描かれているんですよね。これはどういった経緯で?
ドミコ『soo coo?』ジャケット(Amazonで見る)
さかした:インターネットで偶然見つけたんですけど、アニメや漫画を題材に活躍していて、なおかつ、女性をひたすら描き続けている方なんですよ。その思いきりとか志向性とかもカッコいいと思うし、女ばっかり描いているけど、こうやって見ると、そんなに可愛く描いていないじゃないですか。「いろいろいる」っていう、そこがこのアルバムっぽいなって思ったんです。今回、歌詞に関しては、一人称が女性になっていることが多くて。でも、曲のストーリーは全部違うから、「いろんな女性の歌」っていう感じなんです。
―どうして今回、歌詞は女性目線が多くなったんですか?
さかした:偶然ですね。そんなに考えてはいなかったです。歌詞に関しては一応、俺のなかでは漠然としたストーリーが浮き上がるようにはなっているんですけど、今回は「私」ってよく出てくるし、「ラブストーリーっぽいな」って、あとから気づきましたね。
―さかしたさんにとって、女性ってどんな存在なのでしょうか。
さかした:考えたことないなぁ(笑)。
―本当ですか?(笑) さかしたさんは、恋愛やセックスに対しては積極的な方ですか?
さかした:いや、別に。あんまり女性の好みとかもないんですよね。男同士で「どういう女が好みなの?」っていう話になるじゃないですか。あれが思いつかないんですよ。だから、「女優」っていうワードで画像検索して、出てきたなかで綾瀬はるかがかわいいなって思ったから、そういう話題のときは「綾瀬はるか」って答える決意を5年くらい前にしました(笑)。
―ははははは(笑)。では、男同士の関係性という点で、ドラマーの長谷川さんは、さかしたさんにとってどんな存在ですか?
さかした:すごく深いところで信頼はしていますね。俺らの曲って、ライブで合わせるのが難しいんですよ。なので、お互いの癖をわかっていないとできないんですよね。そういう意味では、かなり深く繋がっていると思いますね。特に俺らは二人しかいないので、もし他の人と組んでいたら、今ある曲も全く違うものになっていたと思います。でも、バンドって、どこもそういう奇跡的な繋がりだと思う。
現代の日本人の幸福度って、低いと言われているじゃないですか。「そうなのかなぁ?」って思うんです。
―では、歌詞のストーリーに関して訊くと、たとえばアルバムのなかから“まどろまない”という1曲を挙げたとき、さかしたさんが、この曲から思い浮かべる風景やストーリーはどんなものですか?
さかした:この曲は……イメージとしては、人間とかが滅んでいる世界ですね。そのなかにある幻想とか、そこにいたらどうなるんだろう? っていう視点とかが根底にあったような気がします。
「何年後には人間は消滅してしまいます」とか、そういう話が好きなんですよね。蜂がいなくなったら、ほとんどの野菜や果物が作れなくなって、人間も絶滅してしまう、とか……他にもSFっぽい、新しいテクノロジーの話が好きなんです。
―そういう話を聞くと、どういう感情になるんですか?
さかした:「へ~、すごいなぁ~」って(笑)。「そんなところまでわかるんだ~」っていう感じです。「実は人間は、蜂が支えていたのかぁ~」とか(笑)。そういう、子どもが抱くような感情がほとんどです。……あんまり考えないですか?
―考えますよ。僕の場合、時代は循環しながら進んでいるはずだから、100年後には世界はよくなっているだろうと思ってポジティブな気持ちになったり、でも、この先の10年間くらいで、世界は最悪の状態になるかもしれないと思ってネガティブになったりします。
さかした:俺、基本的にはネガティブなんですよ。目の前のことに対して心配性だから。すぐビビるんです。
―ちなみに、今、一番心配なことはなんですか?
さかした:そうですね……今度行く歯医者です(笑)。
―本当に目の前のことですね(笑)。でも、そのスタンスってポジティブじゃないですか? 歯医者みたいな目の前の不安はあっても、フリーターであることのような、周囲が騒ぐ漠然とした未来への不安は感じないっていう。
さかした:どうなんだろう、わかんないな…………総じて自分はネガティブだと思うんですけどね。死にたくないし。まぁただ、バンドは楽しくやっていますけどね。
―8曲目の“haii”で、<ピースさえあればいいや>と歌うじゃないですか。さかしたさんにとっての「ピース」ってなんですか?
さかした:「安全に生きている」っていうことかな。シンプルな人間なんです、俺は(笑)。現代の日本人の幸福度って、低いと言われているじゃないですか。「そうなのかなぁ?」って思うんです。もちろん変な事件もあるけど、他の国に比べたら安全じゃないですか。
本当に戦争をしている場所に行ったら、危ないのが日常だけど、俺らはそんなに危ない日常ではないっていうだけで、いいんじゃないかと思うんですよ。食べ物はあるし、最低限の生きていく伝手はあるので。俺は、安全だったら平和な感情を抱けるんだなって思う。
―いや、この先、日本だって何が起こるかわからないじゃないか! ……って言われたらどうしますか?
さかした:でも、それを言ったらなんでも起きますからね。
俺の場合は、「信じる / 信じない」も何もないんですよね。影響もしないし、影響もされないし……本当にただ好きなことやっているだけなんです(笑)。
―まぁ、そうなんですよね。僕はドミコの音楽を聴いて、さかしたさんは、極端な感情みたいなものを表現しようとは思っていないんだろうな、ということを感じるんです。
さかした:たとえば「大好き!」みたいな?
―そうそう。
さかした:まぁ、あんまりストレートに言ってもなっていう気持ちはあります。歌詞は他の人にも、それぞれの想像や風景で思い浮かんでくれればいいなって思うので。……恥ずかしいだけなんじゃないですかね(笑)。
―その「恥ずかしいだけ」という点に、ドミコの美意識と理性を感じるんですよね。音楽でも社会でも、今の時代って、すごくわかりやすくて極端な感情論や陰謀論に人は飛びつきたがるじゃないですか。さかしたさんのなかには、そういう部分に対する嫌悪感や拒否反応があるのかなって思ったんです。
さかした:あぁ、それはすごくあります。「もっと楽に考えればよくねぇ?」って思う。俺らの曲は、そこまで深いメッセージはないし、そこまではっきりと何かを描いているわけではないので。自分の思考的には、目の前のことを一つひとつやっていくっていう感じなのでしかないんですよね。
―野心もない?
さかした:でかい夢って、思いつかないですね。ありきたりに「100万枚売りてぇ」とか(笑)。とりあえず、今は何かを伝えるとしたら、「自分らはこんだけ面白いことをしています」とか、「聴いてほしいメロディーがあります」とか、「見て見てー」とか(笑)、それぐらいです。……すいません、なんか。
―いいえ(笑)。ただ、さっきも言ったように、何かを妄信してしまうことの狂気って、今の時代はすごく強いと思うんですよ。それこそ、「正社員でなければいけない」みたいな風潮が煽る漠然とした不安感も、そのひとつだと思う。でも、それに対して、さかしたさんはすごく醒めているし、文字通り、「まどろまない」人なんだなぁと思います。
さかした:俺の場合は、「信じる / 信じない」も何もないんですよね。影響もしないし、影響もされないし……本当にただ好きなことやっているだけなんです(笑)。ドミコって、そういう奴らなんですよ。
- リリース情報
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- ドミコ
『soo coo?』(CD) -
2016年11月9日(水)発売
価格:2,300円(税込)
RED-00051. my baby
2. まどろまない
3. グレープフルーツジュース
4. Pop,Step,Junk!
5. Slip In Pool
6. さなぎのなか
7. マイララバイ
8. haii
9. おーまいがー(album ver.)
- ドミコ
- イベント情報
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- 『ドミコ「soo coo?」Release Tour』
-
2016年11月30日(水)
会場:東京都 渋谷Chelsea Hotel
出演:
ドミコ
Gi Gi Giraffe
TENDOUJI
※アウトストアフリーライブ2016年12月14日(水)
会場:愛知県 名古屋 CLUB ROCK'N'ROLL
出演:
ドミコ
Tempalay
DENIMS2017年1月13日(金)
会場:宮城県 仙台 enn 3rd
出演:
ドミコ
and more2017年1月26日(木)
会場:大阪府 Pangea
出演:
ドミコ
and more2017年1月27日(金)
会場:広島県 4.14
出演:
ドミコ
and more2017年1月29日(日)
会場:福岡県 graf
出演:
ドミコ
and more2016年2月4日(土)
会場:東京都 新代田 FEVER
出演:ドミコ
- プロフィール
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- ドミコ
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2011年結成。埼玉を拠点に活動。メンバーは坂下光(Vo,Gt)と長谷川啓太(Dr)の2人。これまでに、自主制作盤『わお、だいびんぐ』(入手不可)、全国流通盤のミニアルバム2作『深層快感ですか?』('14)と『Delivery Songs』('15)'をリリース。'16年に入ってからは3月リリースの会場限定シングル『ooo mai gaaa!!!』収録曲の「おーまいがー」が「ニンジャスレイヤー」EDに抜擢。4月にはHiNDS来日公演のオープニング・アクトを務めた。11月9日、初めてのフル・アルバム『soo coo?』をリリースする。
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