のん主演『この世界の片隅に』の立役者 コトリンゴインタビュー

漫画家・こうの史代の傑作を、『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督が、徹底した原作追究、資料探査、現地調査をもとにアニメ映画化した『この世界の片隅に』が、いよいよ公開される。

1944年、広島から軍港の街・呉へと嫁いだ主人公「すずさん」の日常を追いながら、迫り来る戦争の足音と、それでもなお、たおやかに生きようとする人々の心の機微を、繊細なタッチで描き出す本作。その主人公・すずさんの声を担当したのんと並んでもう一人、本作に「生」の息吹を注ぎこんだ人物として、忘れてはならない人物がいる。オープニングテーマ“悲しくてやりきれない”をはじめ、本作の音楽を担当したコトリンゴだ。

柔らかく包み込むような歌声はもとより、精度の高い楽曲構築にも定評のある彼女。ソロとしてはもちろんのこと、近年はドラマやアニメなどのサントラ制作、さらには堀込高樹率いるKIRINJIの一員としても活躍する彼女は、本作の音楽をどのように生み出していったのだろうか。劇伴作家は通常参加しないダビング作業に同席するなど、音楽監督的な役割も果たしているというコトリンゴに、本作にまつわる一連の話を語ってもらった。

これまで見てきた戦争を背景にした話は、別世界のように感じたけど、この作品は今の話のように見ることができました。

―まずは、映画『この世界の片隅に』の音楽を担当することになった経緯から教えていただけますか。

コトリンゴ:『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年公開)という、片渕監督の前作の主題歌をやらせてもらって……。

―“こどものせかい”ですね。

コトリンゴ:そうです。それはエンディングで流れるということだったので、映画本編を観たあとに、「こういう音楽が聴きたいな」って思うようなものを作らせていただいたんですけど、その歌詞を作る段階で、片渕監督とすごく細かくやり取りをさせてもらったことが印象に残っていたんですね。

そのあと、私が『picnic album 1』(2010年発売)というカバーアルバムを出したとき、監督にCDをお渡ししたんです。多分監督は、その頃から『この世界の片隅に』の準備を始めていたと思うんですけど、そのアルバムに入っていた“悲しくてやりきれない”という曲が、主人公であるすずさんの心情にすごく合っているということで、ずっと聴いてくださっていたらしくて。まずは映画の特報に、その曲を使わせてもらっていいですか? というお話をいただいたんです。

―それが今から何年ぐらい前の話になるのですか?

コトリンゴ:4、5年前ですね。そのあと、私は坂本龍一さんと劇伴のお仕事を一緒にさせていただくことになって。

―北川悦吏子さんの映画『新しい靴を買わなくちゃ』(2012年公開)ですね。

コトリンゴ:はい。私は小さい頃からサウンドトラックが好きだったんですけど、自分がお仕事としてやるという夢が現実になってきた時期でもあったので、「もっといろいろやってみたいな」という思いがあって。なので、サントラをやらせていただきたいというのは、片渕監督にふんわりとお伝えしていたんです(笑)。正式に作らせていただくことになったのは結構最近で、去年の秋とかだったと思います。

コトリンゴ
コトリンゴ

―というと、アニメ本編のほうは……。

コトリンゴ:まだできあがってなかったですね。特報のお話をいただいたときに、原作漫画は読ませてもらっていたんですけど、年明けにシナリオがわかる絵コンテを6冊と、その絵コンテをビデオにしたものをいただいて。それらを見ながら、「ここからここまでのシーンで、こういう音楽がほしい」という話をして、どんどん作っていきました。

―物語自体については、どんな感想を持たれていましたか?

コトリンゴ:これまで見てきた戦争を背景にした話って、正直、別世界のお話のような印象があったんです。でもこの作品は、普通に暮らしている感じのすずさんが主人公だったのもあって、すごく今の話のように見ることができました。

すずさんが嫁いだ北條家の人たちに、愛国心が強すぎる人がいたら、ちょっと違っていたのかもしれないですけど、あの家族の感じもすごくよくて……なんか、自分も北條家と暮らしているような気持ちになってくるんですよね。

『この世界の片隅に』ポスタービジュアル ©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
『この世界の片隅に』ポスタービジュアル ©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

―コトリンゴさんは、どんなアプローチで音楽を作っていこうと思っていたのでしょうか?

コトリンゴ:最初は、弦とか木管も入れた、少し大きな編成でアレンジをやりたいなって思っていたんですけど、お話自体がすずさん目線で進んでいく日常の話なので、「そんなに大きな編成ではなくていいです」と、監督からお話がありました。

私自身、すごくやる気があったので、この時代の人たちはどんな音楽を聴いていたのかが知りたくて、蓄音器をオークションで落として、SP盤を買ったりしました。レコード屋さんに行って、さすがに軍歌まではいかないけど、戦争色が強くなる前の唱歌だったり、その頃流れていたであろう外国のジャズとかを、いろいろ教えてもらったりして。結構悩んでいたんですけど、監督が「コトリンゴさんの音楽で大丈夫です」とおっしゃってくださったので、特に前半のほうは、割と自然な感じでのびのびと作らせていただきましたね。

コトリンゴ

―映画のシーンを想像しながら?

コトリンゴ:そうですね。たとえば、すずさんがお料理をするところとか、モンペを作るところとかは、自分も感情移入できたところなので、すずさんのワクワク感とかを考えながら作っていきました。

―ただ、中盤以降、戦争の影が……。

コトリンゴ:そうなんですよね。なので、前半の曲は作りやすかったんですけど、後半はすごく大変だったところがあって。具体的に言うなら、サントラの21曲目の“あの道”ぐらいから、音楽の毛色もちょっと変わってくるんです。それまでは外向きで楽しいすずさんの気持ちがあったんですけど、だんだん内に内に入っていく感じの音楽になってきて。そこは、いろいろ思考錯誤しながらやっていました。

監督が、「最後は救われるものであってほしい」ということを何度もおっしゃっていた。

―今回は楽曲制作のみならず、音楽監督的なことも担当されたとか?

コトリンゴ:音楽監督は片渕監督が兼任されているんですけど、音楽とセリフと効果音を調整する「ダビング」という作業があって、そこに参加させていただいたんです。

今まで音楽を担当させてもらったときは、音響監督がその役割をしてくださって、私は曲を作って納品したら、あとは試写会で観るまでどんなふうに曲が聴こえてくるかわからない、という感じだったんです。ダビングに参加できたのはよかったですね。映像がまだ完成していない中で作る曲がほとんどなので、やっぱり心配な部分もちょっとあって。

コトリンゴ

―具体的には、その場でコトリンゴさんはどのような作業をされたのでしょう?

コトリンゴ:たとえば、曲が入るタイミングを、セリフを言ったあとに変えてもらったりとか、ボリュームの調整をしてもらったりとか。あとは、蓄音器から流れている感じのエフェクトをかけてほしいとか。ただ、片渕監督は片渕監督で、効果音とかにすっごくこだわっていて。

―そう、爆撃の音とかが、ものすごくリアルなんですよね。

コトリンゴ:そうなんです。ホントはもっとすごかったんですけど、監督自身も「怖すぎる」って言って、ちょっと小さくしてもらったりしました。

―音楽とセリフ、効果音のバランスという意味では、“みぎてのうた”が流れるシーンがすごく印象に残っているのですが、あのバランスは相当苦労されたんじゃないですか?

コトリンゴ:すごく難しかったですね。想像していたよりも、セリフとかぶってしまうところが多かったので。あの歌の歌詞自体も大事なものなのだから、その両方がちゃんと聞こえるようなバランスを取るために、かなり苦労しました。

―“みぎてのうた”の歌詞は、原作漫画の最後に出てくるモノローグを組み合わせたものになっていますね。それは監督の希望だったのですか?

コトリンゴ:そうですね。原作漫画の中に、すずさんの右手について書いた言葉がばーっと長く入っているところがあるんですけど、それを歌にしたいという話を監督から聞いて。ただ、その言葉を書き出して曲にしようとしたら、言葉の量が多いから、ものすごく長くなってしまったんですよね。なので、言葉のセレクトを監督にしていただいて、ぎゅっと濃縮して作りました。

コトリンゴ

―いわゆるポップソングの言葉ではないので、なかなか難しいところもあったのでは?

コトリンゴ:監督が、「最後は救われるものであってほしい」ということを何度もおっしゃっていたので、最初のデモは今よりも軽い感じで提出したんです。でも、それはそれでちょっと違ったみたいで。なので、軽くなりすぎず、重くなりすぎず、なおかつ原作の言葉をちゃんと入れつつ、というところでなかなか難しかったですね。

―“みぎてのうた”が、一応「主題歌」ということになるんですよね。

コトリンゴ:「主題歌」という役割分担が難しくて。“悲しくてやりきれない”もあるし、どちらを主題歌にするのか最近まで決まらなかったんですけど、結局映画用に新しく録り直した“悲しくてやりきれない”はオープニングテーマで、主題歌は“みぎてのうた”ということで落ち着きました。

すずさんの絵をやりたいという思いは、たんぽぽの綿毛に乗って飛んでいく。

―さらに「エンディングテーマ」として、コトリンゴさんが作詞作曲した“たんぽぽ”という曲がありますが、たんぽぽをモチーフにしようというのは、最初から決めていたんですか?

コトリンゴ:はい、それは決めていました。監督と、たんぽぽの綿毛の話をしていて……すずさんが、周作さん(すずの夫)と一緒に戦艦大和を眺めるシーンがあるんですけど、そこで綿毛がバーッと一面に飛んでいるんですね。「あれは兵隊さんの魂の代わりに、たくさん綿毛を飛ばしているんだよ」ということを、監督が教えてくれて。それがすごく印象にあったのと……実はオープニングのシーンでも、対になった綿毛が飛んでいたりするんです。

―映画の中で直接説明されるわけではないですが、知らない場所に飛んでいって、そこに根を張るという意味では、映画のテーマに関わるモチーフでもありますよね。

コトリンゴ:そうですね。すずさんは、本当はもっと絵をやりたかったんだけど、呉にお嫁にきてしまって……すずさんは呉で生きていくんですけど、絵をやりたいという思いは、たんぽぽの綿毛に乗って飛んでいく。私の中では、そんなイメージがありました。

映画が終わったあとも、きっとすずさんにはいろんなことがあって、いろんな道を歩んでいくことになると思う。

―ちなみにサントラ盤のほうでは、エンディングテーマの“たんぽぽ”のあとに、“New day”というビッグバンドジャズの曲が入っていますが、この曲はどのシーンで流れた曲でしょうか?

コトリンゴ:この曲は映画の最後のほうで、すずさんたちが進駐軍にご飯をもらうところで流れた曲ですね。一応、設定としては、進駐軍が蓄音器から流している音楽だったので、当時流行っていたビッグバンドジャズっぽい感じで作ったんですけど、結構映画の中ではボリュームを小さくして。

当時っぽい感じにしようと頑張って作ったんですけど、やっぱり、どこかちょっと派手すぎるというか、今っぽくなってしまったんですよね。だから、そんなに大きな音量でかけるのは違うかなと思って。この曲は、タイトルにものすごく悩みました。

―結局“New day”というタイトルになっていますが。

コトリンゴ:映画が終わったあとも、きっとすずさんにはいろんなことがあって、いろんな道を歩んでいくことになると思う。そんなことを想像しながらつけました。ひょっとしたらダンスホールに行ったりすることもあるのかもしれないですしね(笑)。

コトリンゴ

―すずさんのキャラクターも独特ですよね。ふわっとしているけど、決してなにも感じていないわけではないという。

コトリンゴ:そうですね。監督がおっしゃっていたんですけど、すずさんはなにも感じてないわけではなくて、感じているけど、それを言えない人柄なんですよね。だけど、それが最後、うわーって出る。あのすずさんが、そうならざるを得ないことが起こったわけで……いろいろ考えてしまいますよね。

6年かけて作ってきた作品なので、スタッフの情熱がすごいんですよね。報われてほしいなと思います。

―実際に完成した映画を観て、どんな感想を持ちましたか?

コトリンゴ:やっぱりダビング作業に参加したのが大きかったような気がします。いつもは完成したものを観るまで、気が気でない感じがあったんですけど、今回は割と安心して試写を観ることができたというか。自分がどう感じるかよりも、観た人がどう感じるのかな? という目線で観ることができたので。

あと、先日、また改めて完成したものを観させていただいたんですけど、0号試写で観たものよりも、また進化しているような印象を持って。特に構成が変わったとかではないんですけど、観るたびに登場人物たちがどんどんリアルになっていくし、また観たいって自分でも思ってしまうのが、すごく不思議なんですよね。だから、原作を読んだ人でも、きっと楽しめると思います。

―今日のお話を聞いていても思いましたが、監督をはじめスタッフの熱意も相当なものがあったようですね。

コトリンゴ:それは、作ったあとにもヒシヒシと感じるところがあります。たとえば、この映画を企画された丸山正雄さんという方がいらっしゃるんですけど、0号試写で泣いてらっしゃって……クラウドファンディングを使いながら、6年かけて作ってきた作品なので、やっぱりスタッフの情熱がすごいんですよね。

すずさんの声をのんちゃんにオファーしたことも、監督の情熱あってこその話だと思うし、のんちゃんの声もすごくすずさんに合っていますよね。だから、報われてほしいなと思います。

コトリンゴ

―では最後、この映画を、そしてこのサントラを、どんなふうに楽しんでもらいたいですか?

コトリンゴ:映画に関しては、さっき言ったように、すずさん一家の一員になったような気持ちで楽しんでもらえるんじゃないかなって思います。音楽のほうは、このサントラを聴きながら、作品そのものを思い出してくださるのももちろん嬉しいですし、聴いてくださるみなさんの生活に寄り添えるものになっていたらいいなって思っています。すずさんみたいに、ご飯を作るときに流してもらったり、お掃除をするときに流してもらったり……そうしてもらえたら、私はすごく嬉しいですね。

リリース情報
『劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック』(CD)

2016年11月9日(水)発売
価格:3,132円(税込)
VTCL-60438

1. 神の御子は今宵しも
2. 悲しくてやりきれない(作詞:サトウハチロー 作曲:加藤和彦 編曲:コトリンゴ)
3. 引き潮の海を歩く子供たち
4. すいかの思い出
5. 周作さん
6. うちらどこかで
7. 朝のお仕事
8. 隣組(作詞:岡本一平 作曲:飯田信夫 編曲:コトリンゴ)
9. すずさんと晴美さん
10. 広島の街
11. 戦艦大和
12. ごはんの支度
13. 径子
14. 疑い
15. ありこさん
16. ヤミ市
17. りんさん
18. デート
19. 大丈夫かのう
20. お見送り
21. あの道
22. 良かった
23. 左手で描く世界
24. 白いサギを追って
25. 広島から来たんかね
26. 飛び去る正義
27. 明日も明後日も
28. すずさんの右手
29. 最後の務め
30. みぎてのうた(作詞:こうの史代・片渕須直 作・編曲:コトリンゴ)
31. たんぽぽ(作詞・作曲・編曲:コトリンゴ)
32. すずさん
33. New day

作品情報
『この世界の片隅に』

2016年11月12日(土)からテアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社)
音楽:コトリンゴ
アニメーション制作:MAPPA
声の出演:
のん
細谷佳正
稲葉菜月
尾身美詞
小野大輔
潘めぐみ
岩井七世
澁谷天外
配給:東京テアトル

プロフィール
コトリンゴ
コトリンゴ

5歳からピアノ、7歳から作曲をはじめる。神戸・甲陽音楽院を卒業後、ボストン・バークリー音楽院に留学し、ジャズ作曲科、パフォーマンス科を専攻。学位を取得後にはニューヨークを拠点に演奏活動を開始。2006年に坂本龍一に見い出され、シングル『こんにちは またあした』で日本デビューを飾る。以降、現在までに9枚のアルバムを発表。ソロ作品のほか、『新しい靴を買わなくちゃ』『くまのがっこう』『幸腹グラフィティ』など映画、アニメなどのサウンドトラックや多数のCM音楽を手がけるなど、クリエイターからの支持も高い。近年はKIRINJIに加入し、バンド活動も行う。最新オリジナルアルバムはドラマ『明日、ママがいない』の主題歌“誰か私を”を収録の『birdcore!』。卓越したピアノ演奏と柔らかな歌声で浮遊感に満ちたポップワールドを描きだす女性シンガーソングライターとして各方面から注目を浴びている。



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