一人の青年が、100年前の芸術に対する憧憬と、100年後の世界に対する眼差しで作り上げた、万華鏡のような音世界。ノスタルジックなメロディーと、サイケデリックな音のレイヤー、そして力強く、どこか人懐っこさもあるダンサブルなビートが重なり合ったその音世界は、2016年を生きるか弱き子どもの姿も紡ぎ出す。安堵と祝福、そして、その奥にあるヒリヒリとした痛みが同時に伝わるような感覚。ここには、今、この時代にしか描けないファンタジーがある。
yoji & his ghost bandの新作『ANGRY KID 2116』に収められているのは、寺田燿児という音楽家が、井手健介や滝沢朋恵といった仲間たちの力を借りながらも、基本は彼自身がたった一人で、あらゆる時代、あらゆる場所に生まれた芸術の亡霊たちにコネクトすることで作り上げた10個の怒りと喜びの物語だ。2年前、初の全国流通盤となった『my labyrinth』で「京都のブライアン・ウィルソン」という異名と共に京都インディーシーンの新たな才能として注目を集めた寺田燿児。去年、東京に移住した彼に、今、この時代にファンタジーを描く意味を聞いた。
京都を離れたのは、最大の自己顕示欲の表れかもしれない。
―燿児さんは、元々は京都で活動されていたんですよね。東京に出てきてどれくらいになりますか?
燿児:1年2か月くらいですね。生まれは広島なんですけど、京都には12~3年いました。
―東京に出てきたのは、どうしてだったんですか?
燿児:今回のアルバムにも参加してくれた井手(健介)くんや滝沢(朋恵)さんって、数年前から一緒に対バンしていた人たちなんですよ。彼らがどんどんと頭角を現す姿を見ていて、「このまま京都にいたらマズいな」という思いが出てきて。自分が東京でどこまでやれるか、試してみようと思ったんです。
―京都にも豊潤な音楽シーンがあるのに、なぜ東京でなければいけなかったのでしょうか?
燿児:京都にいたときも、2か月に1回ぐらいは東京でライブをしていたんですけど、その頃に感じていたのは、京都と東京ではお客さんの音楽に対する積極性が全然違うということで。東京だと「いい」と思ったらすぐ話しかけてくれるんですよ。友達じゃなくても、音楽がよければちゃんと認めてくれる。 京都だと、「友達の友達」くらいまでしか受け入れられないというか……初めて出会ったものに、なかなか興味を示さないんですよね。東京の人から見たら、「京都っていいな」というイメージがあるかもしれないけど……。
―それは少なからずありますね。音楽の歴史も深い土地だし、京都に根差したレーベルやイベントも充実しているし。
燿児:のんびりしていて住環境はいいんですけど、実際に京都で活動していると、「情報の発信源って、やっぱり東京なんだな」と実感することが多かったんです。それに対するジレンマもありました。
―ご自身として、この1年2か月、東京で活動してきた実感はどうですか?
燿児:間違っていなかったなって思います。今一緒にやっているバンドメンバーのうち四人も、東京で見つけましたし。みんな地方出身者だからか、音楽に対して積極性がある人たちばかりで。 ただ、今はもう大丈夫なんですけど、東京に出てきたばかりの頃はしんどかったです。今回のアルバムの曲は、バンドメンバーにも「暗い」って言われるんですよね。それは、東京に出てきて、しんどい夜を過ごしながら作った曲が入っているからだと思います。
―しんどいと感じたのは、どうしてですか?
燿児:友達がいないから(笑)。東京って、電車に乗らないと人に会いに行けなかったりするじゃないですか。
―基本は電車移動ですよね。
燿児:京都って、自転車ですぐに友達に会いに行けるんですよ。東京に出てくるまで、J-POPがなんであんなに「会いたい」って歌うのか、わからなかったんです(笑)。京都人の感覚で、「会いたいなら会いに行けばいいじゃん」と思っていたから。でも、東京に出てきてその意味がやっとわかりました。東京は、電車に乗らなきゃ会えない(笑)。
―地元の交友関係から離れてでも、東京で音楽をやりたいという強い意志が燿児さんにはあったわけですよね。その野心の根底にはなにがあったのでしょう?
燿児:抽象的になってしまうんですけど、期待されたいんです。京都を離れたのは、最大の自己顕示欲の表れかもしれない。
―「期待されたい」という気持ちは、昔から燿児さんのなかに強くあるものですか?
燿児:小さい頃から、なにかを作って褒められることの恍惚感に惹かれていた部分はあると思います。子どもの頃から、他の人より絵がうまく描けたんですよね。街のコンペティションで賞をもらって、「燿児くんは絵を描き続けてね」って、いろんな人に言われていたりして。それで中高の頃は美術部に入って、大学は芸大を選び、ビデオアートを学びました。音楽も好きで、中学生の頃からバンドをやったりもしていたんですけど、それはあくまでもサイドワークという感じで。
yoji & his ghost band『ANGRY KID 2116』ジャケット。寺田がジャケットのイラストを描いている(Amazonで見る)
―なぜ音楽メインにシフトチェンジしたんですか?
燿児:大学を出た後、人前で発表するなら映像と音楽のどちらがいいのか、天秤にかけたんです。言い方は悪いかもしれないですけど、映像と比べると、音楽で自己表現した方が簡単に気持ちを人に伝えられるんじゃないかと思ったんですよね。それで始めたのが、yoji & his ghost bandなんです。
単純なファンタジーではなく、「現実に基づいたファンタジー」にこそ説得力がある。
―yoji & his ghost bandを始めた当初の方向性は、どんなものでしたか?
燿児:元々一人旅が好きだったのもあって、どこかに連れていってくれるようなものというか、「世界中を旅できるような音楽」にしようと思っていました。祝祭的で、キッチュで、装飾過多で、でも情報過多になりすぎず、ちょっとホラーで、トロピカルで、ちょっと実験的で、でも誰もが口ずさめて、1曲は4分以内で……。
―欲張りですね(笑)。
燿児:はい(笑)。The Beatlesの『The Beatles』(1968年、通称「ホワイトアルバム」)みたいな作品がいいなって思うんです。“Revolution 9”のような実験的な曲もあれば、“Ob-La-Di, Ob-La-Da”みたいなポップな曲もある……あれがやりたくて。
あとは、ブライアン・ウィルソン『Smile』(1967年にThe Beach Boysとして発売予定だったものを、ブライアン・ウィルソン名義で2004年に発表)とか、Gorillaz『Plastic Beach』(2010年)みたいな、いろんなお話が入った絵本とか、図鑑みたいなアルバムを作りたい。音楽で画を思い浮かべてもらえたらいいなって思います。
―今回のアルバム『ANGRY KID 2116』では、ジャケットのアートワークもご自身で手がけられていますよね。今日は、音楽以外で影響を受けた絵本なども持ってきていただいたので、紹介していただけますか?
燿児:まず、鴨沢祐仁の『クシー君の夜の散歩』(1985年、河出書房新社)は、小学生の頃から読んでいる絵本です。一応、物語もあるんですけど、全然面白くないんですよ(笑)。でも、1枚の絵がすごいんですよね。1枚だけで世界を表している。そういうものに惹かれるんです。
燿児:アルベール・ロビダの『20世紀』(初出は1883年)は、宮崎駿が『ハウルの動く城』を作ったとき、参考にしたらしいんですよ。19世紀の作家が、未来を想像して書いた話なんですけど、女性の権力が認められてきている様子とか事細かに社会生活が描かれていて、かなりリアルなんです。「現実に基づいたファンタジー」というか。ジブリ作品もそうですが、単純なファンタジーではないからこそ説得力がある。
燿児:ウィンザー・マッケイ『Little Nemo in Slumberland』(初出は1911年)は、1900年代初頭にアメリカの新聞に載っていた漫画なんですけど、ニモという少年が、毎晩夢を見て、夢の国を旅するお話なんです。今年の夏、実家にあったコミックストリップを紹介する本を見ていたら、この絵に出会って。そのとき、「このアルバムのアートワークはこれしかない!」と思ったんです。
―この絵のどんな部分に惹かれたんですか?
燿児:都市があり、ビル群があり、サーチライトがあり、巨大化した少年は、なぜか逃げている……そのシチュエーションが、このアルバムにドンピシャだと思ったんですよね。自分が東京で感じている孤独感と、肥大化した少年がリンクしたんです。
―子どもという存在に惹かれていくことが多いのかなって思うんですけど、それはなぜだと思いますか?
燿児:「燿児」(幼児)だからじゃないですか?
―なるほど。
燿児:冗談です(笑)。なんでだろう……大人には計り知れない力を持つ者として、子どもの存在に惹かれるんだと思います。
社会の右傾化が進んでいる現状を目の前にして、「この世界を描きたい、描かなければいけない」と思った。
―先ほどおっしゃった「東京における自分の孤独を描こう」というのは、『ANGRY KID 2116』を作るにあたっての全体的なコンセプトだったのでしょうか?
燿児:明確なコンセプトというよりは、一定期間のなかで書いた曲が集まっているので、必然的に東京に出てきた自分の心境が入っているという感じです。“Taxi Driver”で<東へ 東へ>と歌うのは、京都から離れることも意図していて。東京での孤独と、東京への憧れと、京都から離れたい気持ちと、京都へ戻りたい気持ちが重なっているんです。
―ジャケットでは子どもが銃を持っているし、聴いた感触としても、ポップでありながら根底に殺伐としたものがある作品だと思ったんです。ここには、東京生活の孤独以外にも理由がありますか?
燿児:あります……『ANGRY KID 2116』というタイトルは、この間(2016年7月10日)の参議院選挙のときに衝動的に思いついたタイトルなんです。今、憲法が変えられようとしていたりしますよね……ちょっと、この先が不安だなと思って。あまり前面的に政治的なことを言いたくない気持ちがあったんですけど、それでもあえて「言わないといけないんじゃないか?」という思いが出てきたんです。
―先ほど「現実に基づいたファンタジー」という言葉が出ましたけど、寺田さんには、芸術は社会と繋がっているべきだという意識がありますか?
燿児:ありますね。社会や生活が豊かでなければ、音楽は聴けないから。本当は、僕自身が銃を持って顔を汚してアー写を撮ろうと思っていたんですよ。でも、周りに「さすがに銃はやめようよ」って言われたし、先に七尾旅人がやっていたのでやめました。ただ、CDジャケットのキャラクターに銃を持たせるくらいはやりたかったし、それがなにかしらの警告になればいいなと思ったんです。
―そういう芸術の根底に現実社会を意識する感覚は、なにが原因で芽生えたんだと思いますか?
燿児:3.11が大きかったです。不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、曲を作る者として、「立ち向かう相手ができたな」と思いました。社会の右傾化が進んでいる現状を目の前にして、「この世界を描きたい、描かなければいけない」と思ったんです。でも、僕はそれを、このままダークな内容として書くのではなくて、社会と繋がったうえで、あくまでもアドベンチャーとして描きたい。
夢を与えたいんですよ。音楽で映し出す世界のなかまで暗くなってほしくない。
―先ほど、七尾旅人さんの名前が出ましたけど、実は、僕が『ANGRY KID 2116』を聴いて思い出したのが、七尾さんの『ひきがたり・ものがたり vol.1 蜂雀』(2003年)という作品だったんです。現実のほの暗さを土台にしながら寓話を描いているという点で、共通していると思いました。ただ、七尾さんが社会的な問題意識を作品に取り込むときは、シリアスな方向に行き切ることもありますよね。燿児さんはあくまでも「ポップソングであること」を前提にしている。
燿児:夢を与えたいんですよ。音楽で映し出す世界のなかまで暗くなってほしくないし、そこは楽しくあってほしいから。自分の音楽は、大衆音楽であってほしいんですよね。あくまでポップに、でも読みようによってはなにが伝えたいのかわかってもらえるような、そういう作品がいいなって思います。
でもこの間、折坂悠太(シンガーソングライター)に、「ただのファンタジー野郎にしか思われていないかもね」って言われたんですよ。ベールに包みすぎて、浮かれたファンタジー野郎としか思われていないかもしれないって……そうだったら嫌ですね。
―あくまでも、ファンタジーの土台に現実があることはわかってほしいと。
燿児:そうです。たとえば、アルバム1曲目の“Ghost Parade”は、楽しい百鬼夜行ではなくて、群集心理の歌なんです。『ポケモンGO』とか、昨今のハロウィンとか……そういう群集心理が怖いんですよね。
―SNSが主流となった今の時代としてもそうですし、日本では特に3.11以降、群集心理が強まっている感覚ですよね。
燿児:いい方向に動けばいいんですけど、あまり極端に組織化することで個人の考えがうずもれてしまうのが怖い。“Ghost Parade”は、得体のしれない群集心理という魔法をかけている何者かがいて、そのなかを、主人公の男女が逃げているんですよ。群集心理のなかで、「君に世界を見せてあげるよ」っていう、廃墟的な世界でのラブロマンスなんです。
―音楽のなかでロマンスを描くことは、燿児さんにとって重要なことですか?
燿児:ロマンスは絶対にほしいですね。でも、僕が描くロマンは、湘南で恋人同士が手を繋いで走っているようなロマンスではなくて、どこか廃墟的なものになると思います。
今、日本は大変な状況だけど、100年後は(この作品が)楽しく聴ける世の中になってほしい。
―社会の状況が厳しいときほど、芸術やファンタジーの力も強くならざるを得ない。それこそ約100年前、第一次大戦前に生まれた『Little Nemo in Slumberland』のような作品たちも、そういう強さを持っていたかもしれないし。
燿児:1世紀前の方が、常軌を逸した想像や行動をする人が多かったのかもしれないですよね。僕は、現代人が作る新しいものより、もっと古い、自分が知らないことを知りたいなって常々思うんです。古典を学ぶことが、新しい表現に繋がると思う。最近はネットですぐにシェアされるけど、「こんな昔にこんなものがあったんだ!」っていう驚きが好きだし、過去にはまだシェアされていないものがあるんじゃないかって思うんですよね
―今回、アルバムタイトルに「2116」という100年後の西暦を入れたのはなぜでしょう?
燿児:うーん……50年ではちょっと足りないんですよね。自分が死んだ後までも想像したい。
―燿児さんの孤独感と、2016年の社会的な問題意識と、刺激的なファンタジーが折り重なったアルバムが、100年後、どんなふうに聴かれていてほしいですか?
燿児:楽しく聴いてほしいですね。今、日本は大変な状況だけど、100年後は楽しく聴ける世の中になってほしい。ラジオから流れる「100年前の音楽特集」でかかっていたら最高ですね(笑)。
- リリース情報
-
- yoji & his ghost band
『ANGRY KID 2116』(CD) -
2016年11月11日(金)発売
価格:2,160円(税込)
MTHH-0021. Ghost Parade
2. Coney Island
3. Water World
4. Charles De Gaulle
5. François l'Olonnais
6. Open The Hatch!
7. Alien
8. Taxi Driver
9. Time Traveler
10. Saudade
- yoji & his ghost band
- イベント情報
-
-
『trad vol.50』
2016年11月29日(火)
会場:東京都 新宿 MARZ
出演:
yoji & his ghost band
夕暮れの動物園
シーツ
Shogen & Kanna
メロー・イエロー・バナナムーン『calm river』
2016年12月4日(日)
会場:東京都 下北沢 mona records
出演:
yoji & his ghost band
カミバヤシユウタband
The Kota Oe band
無人島レコード『ANGRY KID 2116 Release Party』
2017年1月21日(土)
会場:東京都 渋谷 7th FLOOR
出演:
yoji & his ghost band
小林うてな × 化けぐるみオールスターズ
Alfred Beach Sandal
-
- プロフィール
-
- yoji & his ghost band (よーじ あんど ひず ごーすと ばんど)
-
2009年京都にて始動。2010年12月、初のフルアルバム『jungolian baboon』をリリース。2011年12月、2ndフルアルバム『burning chico,his galaxy』をリリース。2014年3月、岡村詩野が監修する『現代関西音楽帖』で『burning chico,his galaxy』が取り上げられる。11月、初の全国流通盤『my labyrinth』をリリース。ゲストに入江陽が参加。12月、『my labyrinth』が音楽流通会社ブリッジのスタッフ年間ベストに選出される。2015年7月、sign magazineの『時代を映し出す「今の5曲」はこれだ!』に“Coney Island”が取り上げられる。2016年11月、2年ぶりの新アルバム『Angry Kid 2116』をリリース。ゲストに井手健介(井手健介と母船)、滝沢朋恵、平賀レオ(クマに鈴)、yatchi(ムーズムズ)、よだまりえが参加。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-