花や植物を素材に、16世紀頃のヨーロッパで誕生した「押し花」。2015年より、この押し花を素材とした作品発表を行うのが、フラワーアーティストの相壁琢人を中心に、建築士、カメラマンらによって構成されるahi.だ。
この度、ahi.相壁琢人の3回目となる個展『Pressed Flower Exhibition「無彩色の痛点」』が、4月21日から6日間、東京・表参道のROCKETにて開催される。相壁はこれまでに押し花と音楽、映像を共演させたライブハウスでのイベント、あるいは女性たちの姿と色鮮やかな押し花を重ね合わせた写真作品、そして歌舞伎町などの街中に大型の押し花作品をゲリラ的に展示するなど、伝統・なつかしさといった押し花の従来的なイメージを覆すかのように多彩な活動を行ってきた。
相壁とahi.カメラマンの田中生に、なぜ「押し花」なのか、そして作品の根底に流れる、現代を生きる人々と植物との関係性への思いについて聞いた。
人間より生命力のある植物も、生態系では「弱者」にとどまっている矛盾が美しい。(相壁)
―押し花というと、どこかノスタルジックなイメージがあります。相壁さんがフラワーアーティストとして活動する中で、今、なぜあえて押し花のスタイルを選んでいるのでしょうか。
相壁:一般的に「押し花=しおり」みたいなイメージがあると思いますが、押し花にはもっといろんな可能性があるんじゃないかと思ったのがきっかけです。加えて、花を半永久的に保存できるのも魅力的だと感じました。
―昔から花や植物に興味があったんですか?
相壁:親が花の仲卸業をしていたので身近ではあったのですが、僕自身は正直、花にまったく興味がなかった。学生時代はずっとバンド活動をしていて、花より音楽でした。
―どういうジャンルのバンドをしていたんですか?
相壁:ポストロックやシューゲイズです。学校を卒業した後、バンドを続けていくために親の会社でバイトを始めたのですが、自分のやっている音楽と花が、表現として近い存在だと気づいて。そこからどんどん花に興味が出てきました。
『Pressed Flower Exhibition「無彩色の痛点」』メインビジュアル
―音楽と花の「近さ」ってどのあたりなのでしょうか?
相壁:僕が好きな音楽ジャンルの曲の多くは、歌詞がないぶんリスナーが受け取る印象の幅が広いのではないかと思うんです。花も、自ら具体的なメッセージを発するわけではなく、その時々の心境によって見る印象が変わりますよね。
―たしかにそうですね。
相壁:結婚式やお葬式のなど人生の大切な場面では花と音楽がセットで使われることが多いのは、それぞれが互いに近い存在だからなのかなって。
―そう言われてみると、きれいな音楽と美しい花々という組み合わせはよく見かけます。
相壁:僕も最初は、花は素敵できらびやかというイメージでした。それが仕事で関わってみると、きれいじゃなきゃ捨てられるし、枯れたら不要とされる。流通している商品の中では圧倒的に弱者なんです。そうした弱さも魅力的に感じた理由の一つです。
―花の美しさの裏側にある弱さを魅力に感じたと。
相壁:はい。ある本で見かけた生態ピラミッド図では、頂点が人間、一番下に植物がありました。でも、それはあくまで人の視点から生態系を図化したもの。人間より生命力のある植物も多いにもかかわらず「弱者」にとどまっている矛盾と歪みに、美しさを見出しているんだと思います。僕は何らかのヒエラルキーに抵抗したり、歪みをもっている音楽が好きなので、そこも花や植物とリンクしているような気がします。
自分の知っている植物と、相壁さんのそれとはまったく違うようで、とにかく新鮮でした。(田中)
―田中さんは、相壁さんが手がける押し花を継続的に撮影されています。ahi.のカメラマンになったきっかけについて教えてください。
田中:僕と相壁さんは、アルバイト先が一緒だったんです。バイト先では修行を兼ねて写真のレタッチの仕事をしていたのですが、喫煙所で違う部署の相壁さんと顔を合わせるようになって。なんとなく「音楽、何聴いてるの?」っていうところから始まりました。
相壁:そうしたらお互いシューゲイズやポストロックが好きで。同い年だから学生時代に聴いていた音楽も一緒なうえに趣味も合うし「珍しいね」って。
田中:話していくうちに「作品を作っている」と言うので「一緒にしてみる?」って自然な流れで誘いました。自分はその頃、仕事関連の物撮りしかしていなかったので、面白そうだなと。
―アート作品に関わるのは初めてだったんですね。
田中:はい、初めてです。自分は新潟の農家に生まれて、農業高校で園芸を学んでいたんです。だから生産技術に関する資格とかも持っていて、花や植物が身近だった。けれど、自分の知っている植物と、相壁さんのそれとはまったく違うようで、とにかく新鮮でした。
相壁:実際に一回撮ってもらったら、すごくよかったんです。それまでにもいろんなカメラマンの人に撮ってもらっていたんですけど、押し花の表情や見え方にそれぞれのエゴがどうしても出てしまう。田中さんの写真は、僕の見せたいものや表現したいものとうまく重なっていて、エゴが見えない。とてもやりやすかったですね。
―お二人はどのくらいのペースで撮影されるんですか?
田中:だいたい1か月に1回、お互いにアイデアを持ち寄って二人でディスカッションしながら作ります。二人で撮影しているときって、自分たちが思っている以上のクオリティーが化学反応的に引き出されることがある。とても新しい気づきの多い関係です。
相壁:バンドメンバーとスタジオに入ってジャムセッションしている感じと近い気がします。
田中:そうだね。自分は物撮りカメラマンだからノリで撮ることってないんです。でも、相壁さんとの撮影はノリと即興。本当、ジャムなんですよね。
―すごくいいグルーヴが出ていそうです(笑)。
相壁:「この見せ方はどう?」って提案して「違う」ってなったら変えて、また変えて、それで最終的にはしっくりくるみたいな連続です。
田中:ノリも合うし、撮ったあとの写真のセレクトやレタッチのポイントも一緒なんですよね。そういう感覚ってなかなかないし、クリエイターとしてはとても喜ばしいです。
きれいな部分をかいつまむのではなく、生から死のサイクルを知ることで、より豊かな感情を得られる。(相壁)
―東京で暮らしていると、どうしても植物や花、自然との距離を感じてしまうことも多いです。フラワーアーティストとして、植物や花が私たちにより身近であってほしいと思いますか?
相壁:はい。僕が花に興味をもてなかったのは、きれいに咲いて、枯れたら捨てられる場面ばかりを見て、それをつまらなく感じていたから。きれいな部分ばかりをかいつまむのではなく、生から死のサイクルを知ることで、より豊かな感情を得られるのではないかと思っています。ahi.の作品では、それらを包括的に伝えて、花や植物をより身近に感じてほしいです。
―さきほど相壁さんは押し花の魅力として、「半永久的に保存できる」という点をあげていました。ここには、植物の生から死へのサイクルの中にある一定時間を切り取るといった意味もあるのでしょうか?
相壁:切り取るというよりも、そのときにある花を保存したいという気持ちが強いです。花って、どんどん新しい品種が生まれていて。その反面、人気がない花は商品価値がないと見なされ消えていく。それは完全に人間のエゴでやっていることだから、なくなってしまう花の存在を忘れないため、花を残していく人がいてもいいんじゃないかと思いました。
―ただ、そうして花の生に向き合えば向き合うほど、花の生を刈り取って作品に用いるといった矛盾のようなものを感じたりしないのでしょうか? 命を感じないからこそ、装飾品のような感覚で花を飾ることができるという側面もあるかと思います。
相壁:以前、フラワーアーティストの東信さんのもとでアシスタントをしたことがあるのですが、東さんは花の命を殺し、人のために生かせるよう、責任をもって作品制作するという意味で「殺して生かす」を信条としていました。その言葉は自分の中でずっと大切にしています。
―「殺して生かす」、強い覚悟を感じる言葉ですね。
相壁:はい、僕は花とケンカするみたいな感覚で制作しているような気がします。人間の意向で花や植物を切って作品にするのであれば「こうしたらかわいそう」とか「こうしなきゃいけない」みたいな感情にとらわれるのではなく、割り切って向き合うことが大事だと思うので。
―日々花や植物に接するなかで感じることや学ぶことはありますか?
相壁:言葉をもたない存在でも反応を返してくれるということを、一番実感しました。たとえば生け方によって、花の持ちが全然違ってくるし、きちんと向き合えばそれに見合う形で応えてくれる。これからまだまだ発見があると思います。
田中:前に、花に音楽を聴かせる実験もしてたよね。
相壁:「植物に音楽を聴かせたらよく育つ」という仮説がありますよね。実際どうなんだろうと思って、僕がふだん聴いているシューゲイズとかポストロックを24時間聴かせてみたんです。すると育てる環境は一緒でも、音楽を聴かせた方はぐんぐん育っていて、聴かせない方はほとんど育ってなかった。
相壁が音楽を聴かせて育てた植物(左)と、聴かせずに育てた植物(右)
―たしかに片方は全く咲いてないですね。こんなに差があるとは……。
相壁:リアクションがあるということは、関係性も成り立つということ。ahi.の活動テーマの一つに「Botanical Romance」といものを掲げています。これは、植物や人間の間に恋愛関係のような「ロマンス」もあるんじゃないかという意味も含んでいて。人間から植物に対しての従来的な支配の仕方を変える / 壊すというのではなく、もっと関係性を広げたいと思っています。
現代の花が逃れられない業から脱却した状態を見せたい。(相壁)
―今回実際に作品のパーツとなる花びらを見て、その色鮮やかさに驚きました。私が知っている押し花は、もっと淡くてぼんやりとした色味だったな、と。
相壁:押し花の作り方にはいくつかコツがあって、花びらから水分が完全になくなるまでの時間によって色味が変わってくるんです。電子レンジに入れたり乾燥剤のなかに入れたりする方法があるのですが、僕は花びらを完全に乾かしたいときにはアイロンを使っています。
作品のモチーフなどは考えず、最初に花びらを置いた位置から作品を広げていくのだそう
―洋服用のアイロンですか? 私の知っているノスタルジックな押し花とは全然違う世界です……。
相壁:アイロンを使ったものが一番鮮やかで、自分好みの深い色合いだったので、ずっとそうしています。最初は難しくて焦げてしまったりもしたのですが、どんどんコツを掴んできました。
―4月21日から表参道のROCKETで開催される個展でも、こうした鮮やかな花びらを使った作品を見ることができるのでしょうか?
相壁:はい。その他には写真と、花の色をテーマとした映像作品、水中で花が朽ちていく様子を見るインスタレーション作品も展示します。インスタレーションでは、少し水分の残った押し花をアクリル板で挟み、水を張った箱のなかに入れることで、花に変化が生じていきます。
―個展では、色彩からの脱却と確立、そして「業からの解朴」をテーマに掲げています。この「解朴(かいぼく)」とはどういう意味なのでしょうか?
相壁:これは僕の造語です。「朴」には「素直になる」、「気づく」という意味があるんですけど、現代の花が逃れられない業から脱却した状態を見せたい。たとえば、人が花を枯れたと判断する「色」。または、人間の好みによって花自体が不要とされ、淘汰される運命。そういうものから花を脱却させたいと思っています。
―そういう理由から、インスタレーションとしてあえて花が枯れていく様子を見せるんですね。
相壁:はい。花の流通は平安時代に始まったのですが、当時生まれた仏教の考え方に「草木成仏(そうもくじょうぶつ)」があります。植物それぞれに意志があって、輪廻転生から解放されるという捉え方なのですが、今回の作品にはそういったストーリーも盛り込んでいます。
田中:高校で生産花を作っていたときは、花に対してビジュアルイメージとしての強さや鮮やかさを感じていたんです。でも、ahi.の活動を通して花の新しい面を発見できたような気がします。物撮りで被写体となる高価なお化粧品とも違う高潔さというか、切っていてもまだ生きている強さもあるんだなと。
―どちらかというと、物撮りというよりも、生きている人間を撮影しているようなイメージに近いですか?
田中:まさにそんな感じですね。静謐な雰囲気を出そうと思っても、生の強さが前に来るし、カットごとに表情が違う。それは工業製品ではありえないことだし、一回性の表現が可能な被写体だと思います。
相壁:最近、自分の作品は花じゃなく雑草と呼ばれている植物でも可能じゃないかと思っているんです。生を素材にすれば、必ずいい作品になるという確信がどこかにあって。
―雑草の押し花、花とはがらりと印象が違ったものになりそうです。
田中:相壁さんって、花がしおれていても枯れていても、そのまま作品にするんです。不完全さをも認めることで、格好つけなくても格好悪くなりようがない作品ができる。だから、雑草もすごくいい感じになるんじゃないかな。
―ahi.の作品をこれから、どんな状況でどんな人たちに見てほしいですか?
相壁:切り花のように短期的なものではなく、何十年も連れ添ってほしいです。あと、これからは街中などいろんなところで展示をしていきたい。たとえば、ギャラリーだったらアートが好きな人、ライブハウスだったら音楽が好きな人、いろんな区別がありますよね。
でも、その垣根のないところで、無視されてもいいから発表したい。そのことが、ahi.の活動テーマでもある、花や押し花の可能性を広げていくきっかけになると思っています。
- イベント情報
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- 相壁琢人
『Pressed Flower Exhibition「無彩色の痛点」』 -
2017年4月21日(金)~4月26日(水)
会場:東京都 表参道 ROCKET
時間:11:00~21:00(4月23日は20:00まで、4月26日は18:00まで)
料金:無料
- 相壁琢人
- プロフィール
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- 相壁琢人 (あいかべ たくと)
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2015年より植物が未来へ繋がる可能性を提示するため、フラワーアーティスト・フラワーディレクションを開始。フラワーアート・保存に特化した押し花制作・アートディレクション・企画・作品コラボレーションなど。東京を拠点に既存する押し花に捉われず流通している植物を使用した制作活動と各地で植生している植物を採取し保存を目的とした制作活動を行っている。
- 田中生 (たなか いくる)
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カメラマン。2006年より都内スタジオに勤務した後、2009年からフリーロケアシスタントとして活動。2010年、カメラマンのgakuに師事し、2013年にフリーランスとして独立。主に商品撮影を中心に雑誌、広告で活躍中。
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