ドレスコーズにとって5枚目のアルバム、そしてバンドの「固定メンバー」が志磨遼平一人になってから『1』『オーディション』に続く3枚目のアルバムとなる本作は、遂にこのドレスコーズというバンドのヤバさの全貌が露わになった、とても危険なアルバムである。
「自分殺し」がドレスコーズの出発点だったと語る志磨は、今回のアルバムを『平凡』と名付けた。ビジュアルを見てもらえばわかるように、いつだってそのグラマラスな魅力が全身からだだ漏れだった志磨は、ここで「ノームコア」という言葉と思想をイメージしたファッション、ヘアスタイル、眼鏡で完全武装して、新たな戦いに挑もうとしている。
このインタビューでは、その挑戦に到った道筋がこれ以上なく明晰な言葉で語られている。そのために彼があえて挙げてくれた「日本のロックが抱える3つの問題」は、特定の何かを批判するようなものではなく、すべてのミュージシャン、そしてすべてのリスナーにとって共有されるべき「2017年問題」である。ドレスコーズが様々なリスクを承知でアルバム『平凡』全体で投げかけたこの「大きな疑問符」は、きっと多くの人に受け止めてもらえるに違いない。
日本のロックってずっと、私小説的な作品でどれだけ共感を得られるかみたいなところがあった。そこから完全に脱却したかったんです。
―志磨さんの新しい髪型とファッション、今作『平凡』のイメージ写真では拝見してましたけど、こうして面と向かって改めて思うのは、本当にかっこいい!
志磨:ありがとうございます。
―もちろんそれ以前の志磨さんもかっこよかったですけど、「このままのルックスでずっといってもいいんじゃない?」と思ってしまいました。
志磨:今思えば、今回の『平凡』の諸々のコンセプトっていうのは、急に思いついたものではなくて、ずっと前から長期的に考えてきた、とても深いところに根がはっているものなんです。それこそ、5年くらい前からずっと「このまま流されていくとまずい」って危機感を覚えていて。
―5年前というと、ちょうどドレスコーズとしての活動を始めた時期ですよね?
志磨:そう。最初は「音楽家としてもっと本質的に成長しないと」ってところから始まったんですけど、そこから自分の中の業みたいなものとずっと膝を突き合わせて向き合ってきて。そこでいろいろ逡巡しながら考えてきたこと自体が、今回の『平凡』という作品のコンセプトになっていくんですが。
そもそも、自分のパブリックイメージだとか、自分の音楽の本質とされているものとは一体なんなんだろう? ってところから、このドレスコーズというプロジェクト自体が始まっているんです。その問いかけが、5年かけてようやく一つの作品として結実したのが今回のアルバムなんです。
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―なるほど、それはすごくわかります。自分は、これまでのドレスコーズの作品って、「その時の状況へのリアクション」と「作品として独立したアート論」が交互にきていたと思うんです。ファーストアルバム『the dresscodes』(2012年)は、やっぱり前年に解散した毛皮のマリーズに対するリアクション的な作品だったと思うし。
志磨:はい。
―3枚目のアルバム『1』(2014年)は、志磨さんがほとんど一人で作ったということも含め、ドレスコーズの初期メンバー全員(志磨以外)脱退を受けての作品だったし。
志磨:そうですね。
―で、その2枚のアルバム以外のセカンドアルバム『バンド・デシネ』(2013年)と前作となる4枚目のアルバム『オーディション』(2015年)には、志磨さんの思考や思想が前景化した、それこそポップアート的な作品だったんじゃないかって。そう考えると、ちょっと回り道もしているように思えますけど、それはこの『平凡』に至るまでの必要な回り道だったんじゃないかと思うんですね。
志磨:僕がずっと考えていたのは、「自分殺し」ということで。
―『バンド・デシネ』と『1』の間にリリースした、結局初期のバンド形態で作った最後の作品となった、『Hippies E.P.』の時のインタビューでも、よくその「自分殺し」というフレーズを使ってましたよね。
志磨:はい。今回の『平凡』という作品には、その「自分殺し」をようやく完成することができた、本当の意味で自分にとっての新しいスタート地点となるアルバムになったという、そのくらいの覚悟があるんです。
―なるほど。だから、ビジュアルのイメージもここでパッと一新したんですね。
志磨:今回の『平凡』では、自分の作品から余計な情報を取り除きたかったんです。自分の中にある葛藤だとか、内面の吐露だとか、そういう私小説的なもの。日本のロックってずっと、そういうところで共感をどれだけ得られるかみたいなところがあるじゃないですか。そこから完全に脱却したかったんです。
20世紀のポップミュージックの偉人が亡くなって、自分を取り巻いているこの状況に対して批評的な眼差しを向けずにはいられなくなった。
―それがつまり、志磨さんの言う「自分殺し」ってことですよね。
志磨:はい。そのためにも、ブラックミュージックの持っているグルーヴやビートを、ちゃんと自分の中で内面化しないといけないなと。そこで自分の念頭にあったのは、1975年、76年頃のデヴィッド・ボウイがやっていたことで。
―『ヤング・アメリカン』や『ステーション・トゥ・ステーション』で、ボウイが独自の方法でブラックミュージックを取り入れようとしていた時期ですね。
志磨:そうです。それで、2015年の終わりくらいからまた集中的にボウイの音楽を聴きこんでいたんですよ。自分にとってボウイは常に最も大切なアーティストの一人でしたけど、それでも周期みたいなものがあって。あまり聴かない時期と、よく聴く時期がぐるぐる回っている感じで。
ちょうどまたボウイをすごくよく聴いている時期に、「久々にボウイがアルバムを出すらしい」「今度のアルバムは新世代のジャズミュージシャンたちと一緒に作っていて、D'Angeloのような新しいソウルミュージックに接近した作品になりそうだ」みたいな噂がちらほら聞こえてきて、とてもワクワクしていたんです。自分が今考えていることともリンクして、また今のボウイに今の自分がすごく勇気づけられるんじゃないかという予感がしていて。そうしたら……。
―その『★(ブラックスター)』がリリースされた2日後に、ボウイが亡くなってしまった。
志磨:はい……。あと、もう一つ今回の『平凡』の準備をしている上で参考にしていたのが、プリンスだったんです。そんな矢先に、プリンスまで亡くなってしまった。そこで……なんというか、今自分がやろうとしていることは、もしかしたら自分だけの問題じゃないのかもしれないなって思い込むようになって。
―20世紀のポップミュージックを代表する二人のミュージシャンが相次いで亡くなってしまったことで、今作のテーマにもなっている、20世紀のアートと21世紀のアートのあり方に思いを巡らさずにはいられなくなった、ということでしょうか?
志磨:それは、ずっと考えていたことでもあったんですけどね。ただ、そうやって実際に20世紀のポップミュージックの偉人が亡くなっていくのを目の当たりにしてしまうと、自分を取り巻いているこの状況に対して批評的な眼差しを向けずにはいられなくなってくる。音楽を生業にするようになってから、自分の中にいろんな疑問や不満が沈殿していくようになって、それをどこかで解決しておかないと、今はまだよくても、後々取り返しのつかないことになるんじゃないかって。
問題1:『他の人とまったく違う人間』は、はたして大衆から支持されるんだろうか?
―先ほど言っていた「このまま流されていくとまずい」という危機感ですね?
志磨:そうです。だから、それを解決するために、結局5年間かかったということですね。そういう意味では、今回の『平凡』はロックでもなく、ポップミュージックでもなく、自分にとっての文明批評、ロック批評みたいな作品なんです。
―ほぉ!
志磨:ちょっと整理して話しますね。今、自分が抱えている問題というのは、3つに分けられると思うんです。1つめは「個性の問題」。僕は、ずっと人と違うことがしたくて、14歳の時にロックンロールを発見したんです。
10代の頃に「自分は周りの人間とは違う存在なんだ」と何の根拠もなく思っていて、何を武器にすればそれを証明できるのかって悩んでいた時に、そこで手に取った武器がロックンロールだったんです。僕はロックンロールを聴ける人間なんだ、ロックンロールのすごさを理解できる人間なんだ、そう思えたことが、自分にとって最初のアイデンティティーとなったわけです。
―そこには、ボウイの存在もいたわけですよね。
志磨:そうです。ボウイのような存在が扉となって、僕は同世代の人間が知らない音楽をたくさん聴いている、知らない本や漫画をたくさん読んでいる、知らない映画をたくさん見ている。そこで得た膨大な知見によって、いつか絶対に他の人とはまったく違う個性を持った天才になるんだって思い込んでいたわけです。
―よくわかります(笑)。
志磨:そこから10何年経って、確かに他の人とはまったく違う人間がこうして完成したわけです。でも、ある日ふと一つのことに気づいたんです。「『他の人とまったく違う人間』は、はたして大衆から支持されることがあるんだろうか?」と。「あれ? これでよかったんだっけ? 僕が憧れていたボウイやプリンスは大衆から支持されていたけど、僕はそういう人間にはなれていないじゃないか」って。
―なるほど。
志磨:その時まで僕がずっと考えていた「秀でた人間」というのは、たくさんの音楽を聴いて、たくさんの本を読んで、たくさんの映画を見て、そうやってたくさんのことを知った上で、自分の中で体系化した思想のようなものを作り上げて、それによって他の人とはまったく違う存在となった人間だったんです。でも、自分がいざそういう「個性的な人間」になってみると、人から理解されないような人間になってしまっていた。
問題2:あれだけ『個性的な人間』であったはずの自分が、いとも容易く『テンプレート』の中に押し込まれていく現状。
―つまり、20世紀は「個性的な人間」が個性的であればあるほど大衆から憧れの対象となり得た時代だったけれど、21世紀においてはそんな「個性的な人間」は大衆からは見向きもされないと。まさに、今作『平凡』のテーマへとつながる。
志磨:そうです。そして、2つめの問題。それは「テンプレートの問題」。
―テンプレートの問題?
志磨:はい。そうやって「個性的な人間」として完成した自分は、バンドを組んで、デビューをして、ライブをやって、フェスに出たりするわけです。そうすると、ライブレポートみたいなものがネットにアップされたりするわけじゃないですか。
―はい。
志磨:これは特定のメディアについての話ではなく、音楽メディア全体の話なんですけど、そういうライブレポートでは、「個性的な人間」である自分のライブが音楽ライターさんによってたとえばこんなふうに書かれるわけです。
「志磨はステージに登場するやいなや拳を突き上げると、『いくぞー! なんとか!』」。あ、この「なんとか」っていうのは地名ですけど。で、「そして、クライマックスに入ると、今やすっかりライブアンセムとなった◯◯◯を投下!」みたいな。
―確かにテンプレート問題だ(笑)。
志磨:そうなんです。あれだけ「個性的な人間」であったはずの自分が、いとも容易くこうしてテンプレートの中に押し込まれていく。
―それはライブレポートだけじゃなくて、ディスクレビューでもそうですよね。
志磨:そうです。念のため言っておくと、自分はここで音楽メディアや音楽ライターの方を批判したいわけじゃないんです。むしろ、「あぁ、文字にして書かれると自分はこういう存在なんだな」と、客観的に自分がどう見えているのかを気づかせてもらえる。
―そこで自省モードに入るところが、志磨さんの知性だと思います(笑)。
志磨:あるいは、ドレスコーズとしてデビューした時、いくつかのメディアに「ロックの正統な後継者」みたいな、これまたテンプレート的なコピーをつけられて、自分は「そんなことがしたいわけじゃないのに」と頭を抱えたわけです。でも、それも自分のそれまでのパブリックイメージのせいで。だから、その時のメンバーには本当に申し訳なかったと思ってます。彼らは、そんな枠に収まるようなミュージシャンじゃなかったのに。
―そうですね。
問題3:どうして毎年、自分は新しいアルバムを作らなくてはいけないのか?
志磨:そうやって「個性的な人間」であったはずの自分は、「個性的な人間」という「テンプレート」に押し込まれていった。そして、「個性的」という「テンプレート」に収められた自分が直面している3つめの問題。それは、「世の中にはこんなにたくさん音楽が溢れているのに、どうして毎年自分は新しいアルバムを作らなくてはいけないのか」問題。
―おぉ、それはより本質的な話ですね。まだ1年とか2年とかしか経ってないものを「古い」と消費者に思い込ませて、「新しい」ものを買わせないと経済が回らないという、資本主義の原則ですね。
志磨:その通りです。でも、これもレコード会社とか事務所とかに対する批判じゃないんですよ。もっともっと大きな問題。毛皮のマリーズでデビューしてから約10年経ちましたが、僕はその10年で10枚のアルバムを作っているんです。
―そっか。もうそんなになりますね。
志磨:いや、アルバムは作れるんです。僕は曲を作れますし、それをレコーディングしていけばいいわけで、アルバムは作れるんです。作れるんですけど……「作れますけど?」という気持ち。
―(笑)。
志磨:前作の『1』を作る前に、一回それまでの自分のキャリアを自分で総括してみたんですよ。マリーズ時代からのすべてのCDを並べてみて、「うむ、いろんな曲があるな」「よく作ってきたな、自分」って。で、「じゃあ、次の新しいの作りましょうか」って言われて作ってみて、「おぉ! いいですねぇ!」と言われて。
―いや実際、『1』は本当に素晴らしい作品でしたよ(笑)。
志磨:そうなんです。あれは素晴らしい作品なんです。でも、それからちょっと時間が経つともう周りのスタッフは「さぁ、もう1枚アルバムいきましょう!」って。
―「もういっちょ!」みたいな感じで(笑)。
志磨:さすがに、ちょっとそういう状況に戸惑いを覚えて。去年、デビューしてから初めて「今年だけ、ちょっとアルバム出すのは止めてみていい?」って自分から相談したんです。僕は音楽を作るのが大好きだし、アルバムを作るのも大好きだから、出そうと思えば出せるんですけど。
―はい。志磨さんが言うその言葉が虚勢でないことはよくわかります。
志磨:でね、そういうことに疑問を感じているミュージシャン、バンドマンは僕だけじゃないと思うんですけど、一度、徹底的にその仕組みについて考えてみたんですよ。で、出た答えは簡単でした。
―その答えは?
志磨:アルバムを出さないと忘れられる。
―なるほど。
志磨:僕も、そうやっていくつものバンドを忘れてきたからわかるんです。
あぁ、20世紀って、なんて愛らしい、可愛らしい時代だったんだって思うんです。
―忘れられないまでも、ちょっと作品のインターバルが空いただけで集客がガクッと落ちたみたいな話はよく耳にします。
志磨:僕らは忘れられないために、次から次へと作品を出し、話題を提供し、その度にそこで新しいアティチュードみたいなものを提示していかなくてはいけない。で、そのことについて考え始めると、それこそ産業革命の時代まで遡って、人類が退屈をしないためだけに、いかに次から次へと娯楽という名の新しい刺激を作りだしてきたのかについて考えずにはいられなくなる。印刷技術の発明、録音技術の発明、撮影技術の発明……。
―再生芸術の発展、インターネット……。
志磨:そうです。そうやって、科学と技術と産業と経済の発展していった一番先っぽに僕らがいる。僕、IT革命とか言われてたものがどれだけどデカいものだったかってことに、ようやく気づいたんですよ。もう、流通だとか、在庫だとか、カタログだとか、そういうものがほとんど意味をなさない時代に突入しているじゃないですか。
―そうですね。
志磨:そうなったことで、人類が退屈しないために生み出されてきた娯楽のスピードがどんどんどんどん速くなっていて。よく考えたら、夢のような話なんです。これからもう、死ぬまで毎日違うアルバムと出会うことができる。
―しかも、世界的に言うなら、粗製乱造どころか、トップにあるものの質はまったく落ちてないどころか、どんどん上がっている。吐き気がするほど。
志磨:そう。
―だから、最近よく思うんですけど、今起こっていることはただの「情報の洪水」とかじゃないんですよね。
志磨:あぁ、そうですね。情報だったら自分でちゃんと取捨選択すればいいだけの話ですからね。
―そうなんです。今起こっているのは「情報の洪水」じゃなくて、「アートの洪水」なんですよ。アートの場合、ただ取捨選択すればいいという問題じゃない。
志磨:アートは問いかけですからね。その問いかけに答えなくてはいけない。そうか、その通りですね。もう人類はそれだけのアートを受容する容量をオーバーしているのに、スピードが上がっているから作り手は新しいものを作らなくてはいけない。でも受け手の数は、そもそもみんなが容量オーバーしているからだんだん減っていく。受け手が減っていくから、追い込まれて作り手はさらに新しいものを作らなくてはいけない。
―つまり、天国だと思っていたものは、実は地獄でもあるってことですね。
志磨:そうなんです。で、ここで1つめの問題に戻るんですけど、そもそも、確立された自己だとか、個性だとか、そんなもの最初から本当にあったのかな? と。「はたして自分とは何なんだろう?」みたいな自問自答って、哲学者とかは別として、一般の人間にとっては産業革命の後、食うや食わずの時代を経て、それなりに時間と精神の余裕を持つようになってから生まれた問題だったことに気づくんです。そんなことをみんなが考えるようになったのは、ほんの100年ちょっと前の話で。
―なるほど。そして今、また別のかたちで時間と精神の余裕を奪われつつあると。
志磨:そうです。そう考えると、僕らはとても特殊で風変わりな「20世紀」という時代に生まれたんだということに思い至らずにはいられないんです。「あぁ、20世紀って、なんて愛らしい、可愛らしい時代だったんだ」と。
このアルバムに勝算があるかどうかではなく、そういうものを度外視した何らかの新しい戦いに、本格的に足を踏み入れたんじゃないかって。
―すごい。この『平凡』ってアルバムのテーマを完璧に説明してもらいました。
志磨:はい、それがこの作品の着地点です。拳、突き上げない。地名、叫ばない。オーディエンスを、鼓舞しない。ステージを所狭しと、駆け回らない。ロックスター的な髪型やファッションを、しない。それを体現してみせたのがこの作品です。
―なるほど(笑)。そうすると、ここに着地した後、これからどうしましょうか?
志磨:ですよね。どうしましょう?
―志磨さんの武器はその正しさだと思います。で、その正しさを言語化、思想化して、こうして作品に結実することができたのは、志磨さんの受容してきた膨大なカルチャーの素養とその知性に裏付けられているからじゃないですか。だから、その正しさはこれからのドレスコーズにとって大きな武器になっていくと思いますよ。
志磨:ポップミュージックって、人にとって何かの答えになるものだと思うんです。でも、この作品は何かの答えをリスナーに与えるようなものではない、僕の大きな疑問符みたいな作品なんです。だから、この作品がどのように受け止められるのか不安だったんですけど、そうか、正しさか。
―正しくて、あと、これも大事なことですけど、すごくかっこいいアルバムです。
志磨:ありがとうございます。多分、僕が自分を殺し、「個性」を隠して、それでも永遠に逃れられないものがあるとしたら、それは自分がロマンチストであるということだと思うんです。だから、このアルバムに勝算があるかどうかではなく、そういうものを度外視した何らかの新しい戦いに、このアルバムで本格的に足を踏み入れたんじゃないかって。今、そのことに気づきました。
- リリース情報
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- ドレスコーズ
『平凡』初回限定盤Type A(CD+DVD) -
2017年3月1日(水)発売
価格:7,344円(税込)
KICS-93476[CD]
1. common式
2. 平凡アンチ
3. マイノリティーの神様
4. 人民ダンス
5. towaie
6. ストレンジャー
7. エゴサーチ・アンド・デストロイ
8. 規律/訓練
9. 静物
10. 20世紀(さよならフリーダム)
11. アートvsデザイン
12. 人間ビデオ
[初回限定盤Type A DVD]
1. Opening(Silent Night)~序曲(冬の朝)
2. 恋するロデオ
3. Lily
4. 新 Trash
5. ダンデライオン
6. あん・はっぴいえんど
7. 贅沢とユーモア
8. みなさん、さようなら
9. 弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」
10. common式
11. エゴサーチ&デストロイ
12. Sleigh Ride
13. Jingle Bells
14. 愛のテーマ
15. クリスマス・グリーティング
- ドレスコーズ
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- ドレスコーズ
『平凡』通常盤(CD+DVD) -
2017年3月1日(水)発売
価格:3,780円(税込)
KIZC-374[CD]
1. common式
2. 平凡アンチ
3. マイノリティーの神様
4. 人民ダンス
5. towaie
6. ストレンジャー
7. エゴサーチ・アンド・デストロイ
8. 規律/訓練
9. 静物
10. 20世紀(さよならフリーダム)
11. アートvsデザイン
12. 人間ビデオ
[通常盤DVD]
・“人間ビデオ”PV
・“エゴサーチ・アンド・デストロイ”PV
- ドレスコーズ
- イベント情報
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- 『the dresscodes 2017“meme”TOUR』
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2017年3月17日(金)
会場:新潟県 GOLDEN PIGS RED STAGE2017年3月18日(土)
会場:宮城県 仙台 CLUB JUNK BOX2017年3月20日(月・祝)
会場:北海道 札幌 PENNY LANE242017年3月25日(土)
会場:広島県 CAVE-BE2017年3月26日(日)
会場:福岡県 BEAT STATION2017年4月1日(土)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO2017年4月2日(日)
会場:大阪府 BIG CAT2017年4月9日(日)
会場:東京都 新木場 STUDIO COAST料金:前売3,800円 当日4,300円(共にドリンク別)
※小学生以上はチケット必要。
※小学生未満は保護者同伴に限り入場可。
- プロフィール
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- ドレスコーズ
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1982年3月6日生まれ。和歌山県出身。毛皮のマリーズのボーカルとして2011年まで活動、翌2012年1月1日にドレスコーズ結成。シングル『Trash』でデビュー。12月に1stアルバム『the dresscodes』、2013年、2ndシングル『トートロジー』、2ndアルバム『バンド・デシネ』を発表。2014年、キングレコード(EVIL LINE RECORDS)へ移籍。1st E.P.『Hippies E.P.』をもって志磨遼平のソロプロジェクトとなる。現体制になって初のアルバム『1』を発表。その後、ライブ・作品毎にメンバーが変わるという稀有な存在となり、4thアルバム『オーディション』を発表。2016年に俳優業開始。WOWOW連続ドラマW『グーグーだって猫である2 -good good the fortune cat-』、映画『溺れるナイフ』に出演。2017年3月1日、5thアルバム『平凡』を発表する。
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