フランス映画って、今はどんなイメージなのだろう。愛についての映画が多い? 観念的で難しいものが多い? 端的に言ってつまらない? いやいや、今も昔もフランス映画は面白い。とはいえ現状、初心者にとっては、そんなイメージから、なかなかとっつきにくい部分があることも否めない。
そこで今回は、新進気鋭のガールズバンドThe Wisely Brothersのギターボーカルであると同時に、都内の映画館でアルバイトする「フランス映画大好き」な真舘晴子に登場してもらい、同世代の人々にオススメしたい映画3本を紹介してもらった。
新作『HEMMING EP』のリリースを目前に控える彼女は、どのような感性でもって映画を観ているのか。そして、自身の楽曲制作にも大きな影響を及ぼしているという、至福の映画体験とは。フランス映画ならではの魅力と合わせて、自由に語ってもらった。
フランス映画は、「こういうものに心が動かされるんだな」って、新たな自分に出会えるところが面白い。
―真舘さんは、バンドのギターボーカルでありながら、映画館でアルバイトをするくらいの映画好きということで。
真舘:そうですね。でも、自分が映画好きだということも、最近まで意識していなかったんです(笑)。中学生の頃から映画を観始めて、これを観たら次はこれが気になって……というのがどんどん重なって、気づいたら、いろんな映画を観ていました。
そしたら、いつの間にか、曲を作っているときにも、好きな映画に出てくるフレーズを自然と使ったりしていることがあったり、「映画」というものが自分にすごい影響を与えていることに気づいたんです。
―ひょっとすると、音楽よりも前に、映画に触れていた感じなのですか?
真舘:そうかもしれないですね。中学校3年生のとき、自分が進学したいと思った高校が、フランス語の授業がある学校だったんです。それで、受験前にフランス映画を観ておこうと思って、ジャン=リュック・ゴダールなどの映画を観始めて。
それまではわかりやすいストーリーの王道な映画を観ていたので、フランス映画は見たことのない感じがしたんです。どれも空気感そのものを作っているような映画ばっかりだったんですよね。で、高校に入ってから、他の国の映画もいろいろ観るようになって、映画にハマっていきました。
―いろいろな国の映画を観ながらも、とりわけフランス映画に好きなものが多かった?
真舘:そうですね。映画の内容よりもまず、映画の中で話されるフランス語に対して、「ああ、好きだな」って思ったんです。フランス語は、美しい言語だと言われますけど、実感としてあんまりわかっていなくて。でも、フランス映画を観ていたら、映像と言葉の掛け合わせがピッタリきて、すごく空気に馴染む言葉だと思ったんです。
空気に馴染みながらも、ときどきそこから内に秘めた何かが表出する部分があったりする。そういうニュアンスみたいなものを生み出すことが、すごく得意な言語に思えました。それがすごく楽しくて。
―なるほど。まずは言葉の響きから入ったのですね。
真舘:そうですね。あと、フランス映画は、自分にとって大切なポイントが見つかることが多いです。それは直接的なセリフとかじゃなくて、登場人物が醸し出す雰囲気だったり、映し出される景色だったり……映画全体に楽しい部分も悲しい部分も溶け込んでいるイメージがあります。
わかりやすい映画は、感動するポイントがみんな同じだったりするけど、フランス映画は、自分がどのポイントに感動するのか、実際に観てみないとわからない。そういう意味でもフランス映画には特別なものを感じます。だから、もっといろんなフランス映画を観てみたいんです。
―いろいろなフランス映画を観て、自分の感受性を試したい?
真舘:そうなんです! 自分がどういうものに反応するのか知りたいから、いろんなものに出会いたい。わかりにくいと言われているものだったり、不思議とされているものに、なぜか気持ちを持っていかれることも多いので、「こういうものに心が動かされるんだな」って、新たな自分に出会えるところが面白いんですよね。
タチの映画は、色彩が楽しめるし、音も面白いし、そもそもコメディーなので、初めての人にもオススメです。
―今回、真舘さんには同年代の人にもオススメのフランス映画を3本考えてきていただきました。まずは、ジャック・タチ監督・主演の映画『ぼくの伯父さん』(1958年)です。
真舘:まず、ジャック・タチという人がいると聞いたときに……私、真舘(まだち)っていうんですけど、なんか親近感を覚えたというか、いい名前だなって思って(笑)。で、いちばん最初に観たのが『ぼくの伯父さん』で、まずはセットに驚いたんですね。ジャック・タチの作り出す街並みや、家の中の感じにすごく惹かれたんです。
セットやその空気感に惹かれたのですか?
真舘:はい。それでこの雰囲気の何がこんなに好きなんだろうと思って、いろいろ調べたんです。そしたら、タチの映画はカラー映画なんですけど、あえて色彩度の低い背景や物を使って白黒映画のように画を作っているらしくて。
だからこそ、画面の中に真っ赤なものを出すとその色がはっきり際立つし、その色味に対してもすごいこだわりを持っていて。そこがまず、私が好きになったポイントです。画面全体の色を考えて映像を作っていて、美しいだけでなくそれが楽しい色づかいなのも素敵ですね。
―その色彩設計が見事であると。
真舘:しかも、そういうおしゃれな画面の中で、タチが演じる「ユロ伯父さん」っていう、ちょっとおどけた人物――見方によっては、かなりやっかいな人が動き回るっていう、その重なりが、なんて最高なんだろうと思って(笑)。
―他にポイントはありますか?
真舘:あとは、音の使い方がすごく面白いです。たとえば、ソファーをグイッと押して、それが反発してもとに戻るときに変な音がしたり、効果音がちょっと変わっていてすごく多様なんです。
タチの映画は、色彩が楽しめるし、音も面白いし、そもそも基本的にはコメディーなので、フランス映画の中でも、きっと観やすいと思います。「ユロ伯父さん」が主人公のシリーズはこれの他にもあって、『プレイタイム』(1967年)とかもすごく面白いので、フランス映画が初めての人にもオススメです。
たとえ他の人に共感されなくても、自分にとっては特別な時間っていうものを肯定してもらえた気がした。
―2本目は、ジャン=ジャック・ベネックス監督の『ディーバ』(1981年)です。
真舘:これは、いきなり歌から始まることに、すごく驚いたんです。シンシア・ホーキンスという黒人のオペラ歌手が歌っているんですけど、郵便屋さんの男の子が、それを聴きながら涙を流している。
そこから話が複雑に絡み合って、あるカセットをめぐっていろんな人たちが争奪戦を繰り広げるサスペンスみたいな展開になったり、二転三転する物語があったあと、最後にもう一度、冒頭の歌が流れるんです。そこまでのストーリーを踏まえた上で、その歌を改めて聴くと、最初とは全く違って聴こえて、ものすごく感動的で。ひとつの曲が、主人公の経験する気持ちでこんなに変化するということに驚いたんですよね。
―ジャン=ジャック・ベネックス監督と言えば、『ベティ・ブルー』(1986年)が有名ですけど、そっちではないんですね。
真舘:『ディーバ』を観たあと、『ベティ・ブルー』を観たんですけど愛に狂うような映画だったので、ベネックスは実はこういう作風の監督だったんだって、ちょっとビックリしたんですよね。
『ディーバ』を撮ったあと、監督はどうして「狂気の愛」みたいな映画を撮るようになったんだろうって思ったりもしたんですけど、私はやっぱり、『ディーバ』のほうにすごく美しいものを感じました。
―何か具体的に「美しいもの」として印象に残っているシーンはありますか?
真舘:主人公の男の子が、面倒くさい事態に巻き込まれて、命を狙われてしまうんです。そこで逃走中の彼が偶然出会うカップルがいるんですよね。ふたりは廃墟みたいなところに住んでいて、主人公の男の子もそこで彼らと一緒に暮らすようになって。
で、そのカップルの男の人がキッチンに立って、「人にはそれぞれ悟りを開く時間がある」みたいなことを主人公に言うんです。で、「それは人によって違っていて、自分にとっては、パンにバターを塗る時間が悟りの時間であり、禅の境地である」と。
―ほう。
真舘:そんなことを言う人は、私のまわりにはいなかったから(笑)、すごく印象に残っていて。その言葉に出会ったときに、なんかすごく楽になったんです。一人ひとりはみんな違うんだから、自分の好きなものを好きなままでいいんだって言われているような気がして。
たとえ他の人に共感されなくても、自分にとっては特別な時間っていうのが私にもあって……それを肯定してもらったような気持ちになりました。そういうポイントが、この映画にはいっぱい隠されているんですよね。
自分の好きなことを好きだって言えないのは、ものすごく辛い。
―そして最後は、フランス映画ではなくカナダ映画ですが、一応フランス語圏の映画ということで、グザヴィエ・ドラン監督&主演の『トム・アット・ザ・ファーム』(2014年)を挙げていただきました。
真舘:この映画は、私が映画館でアルバイトを始めた19歳のときに公開されて。チラシなどに書かれている日本語のキャッチコピーが「僕たちは、愛し方を学ぶ前に、嘘のつき方を覚えた」だったんですけど、それがすごく気になっていたんです。
一応ジャンル的には、サイコサスペンスになるみたいで……そういう映画は、あまり見慣れてなかったのでグサグサ刺さってくるような鋭利さはあったんですけど、そこにドランが込めた気持ちが、主役のトムを自ら演じる彼の表情や所作にすごく出ていた。その気持ちとちょっと重なってくる部分が、自分の経験の中にもいろいろあったというか……。
―というと?
真舘:自分の好きなことを好きだって言えないのは、ものすごく辛いことだなっていう。それってキャッチコピーの「嘘」の意味だと思うんです。この映画の場合、男の人が男の人を好きだということなんですけど、それは何に対しても同じだと思うんですよね。自分が好きなものを周りの人に理解されないとか、それを伝えたくても伝えられない状況っていうのは、すごくエネルギーのいることだと思います。
自分が映画を観て思う感情を音楽にしていきたい。風景を感じるような音楽をやりたいです。
―真舘さんも、好きなことを好きだと言えない経験が?
真舘:この映画とはまたちょっと違うんですけど、私、自分の個性っていうものに気づいたのが、高校生になってからなんです。それまでは自分が他人と違うのか一緒なのか全然わからなかった。
でも、高校生になってバンドを組んでから、自分は他人と違う考え方を持っていることもあるんだなって、やっと思えるようになったんです。そうしたら、いろんなことがすごく楽しくなってきたんですよね。
―それはなぜなんでしょう?
真舘:それまでは、どこか自分の考えを言っちゃいけないような気がしていたというか、それによって他人から嫌われるのが怖かったのかもしれないです。自分が言ったことに対して、誰かが嫌なことを感じたらどうしようって。この映画に限らず、ドランの映画を観ると、いつもそのことを思い出します。
―真舘さんは、映画からいろいろな気づきを得ているのですね。その感性をもとに、今後どんな音楽を生み出していきたいと思っていますか?
真舘:自分が映画を観たときに生まれる感情を音楽にしていきたいと思っています。つまり、風景を感じるような音楽をやりたい。そういう感情の想起のしかたを、音楽でもできたらいいなって思っています。私は映画を観ると、いつもその場所に行ったような、その映画に描かれる風景を体験したような気持ちになるんです。
そうやって何かを経験するように聴いてもらえる音楽ができたらと思っていて。もちろん、それを表現するには、まだまだわからないことも多いし、表現したいものをどう形にしたらいいのかって思うことも結構あったりします。そういうものを少しずつ広げていきながら、メンバー三人でいろんな風景を作っていきたいです。
―風景が立ち上がってきて、そこからいろんな感情が生まれるような音楽というか。
真舘:そう、今回のEPの3曲目に入っている“Thursday”という曲は、実はちょっと映画にも関係していて。去年、『アスファルト』(2016年、サミュエル・ベンシェトリ監督)っていうフランス映画を観たんです。「愛は、突然降ってくる」っていうキャッチコピーの映画なんですけど、その最後のほうに、羽根がふわーって降ってくるシーンがあって。
そのあとに、黒沢清監督の『アカルイミライ』(2003年)を観たら、その中ではクラゲの大群が川を漂っていた。その2本を見た夜に、綿毛がふわーって漂っている夢を見て……実は、その風景を曲にしたくて作った曲なんです(笑)。
―そういったモチーフだったのですね。
真舘:そんな感じで、映画って、実際に見た風景のように、自分のなかを通り過ぎていくんだと思って。それが夢や曲に繋がっていったりするのがすごく楽しいんですよね。
―他の曲についてはいかがですか?
真舘:曲というか、この一枚を通して、これまででいちばん自分たちの考えていることや、やりたい音楽が形にできたと思います。私たちが高校2年生のときに作った初めてのオリジナル曲“サウザンド・ビネガー”も収録されているのですが、昔にちょっと気持ちを戻すような体験だったんですよね。今の気持ちと昔の気持ちが融合した感じがして、すごく新鮮でした。
―昔の気持ちというのは、先ほどおっしゃっていた、好きなものを好きと言えない辛さだったり?
真舘:そうですね。でも当時はあんまりいろんなことを意識していなかったので、今やっと自分の好きなものを言っていいんだ、と気づいたんです。それこそ、このEPを作っている時期ぐらいから、前作の反響が自分たちの耳にも入ってくるようになって、「いろんな人が聴いてくれているんだな」と実感したんです。
そこで、楽曲ってもちろん自分たちのものですけど、風景と同じで、他の誰かのものであるんだなと思うようになって。そういう中で、どういうことをやっていきたいのか、改めてちゃんと考えるようになりました。
―真舘さんにとっての映画と同じように、The Wisely Brothersの音楽も誰かにいろいろな視点を与えているのかもしれません。これまでのお話だと、真舘さんが今後出会う映画が、これから作る楽曲に反映されていくことも十分に考えられますね。
真舘:そうです。だから今は、いろんな映画をいっぱい観たい。これから出会う音楽と同じくらい、これから自分がどんな映画と出会って、どんな反応をするのか、すごく楽しみにしています。
- リリース情報
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- The Wisely Brothers
『HEMMING EP』(CD) -
2017年3月29日(水)発売
価格:1,296円(税込)
LASCD-00761. サウザンド・ビネガー
2. アニエスベー
3. Thursday
4. waltz
- The Wisely Brothers
- プロフィール
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- The Wisely Brothers (わいずりー ぶらざーず)
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都立高校の軽音楽部で結成された3ピースガールズバンド。前作『シーサイド81』は「タワレコメン」に選出され、シャムキャッツ企画、『リンゴ音楽祭』など多数のイベントに出演。2017年1月には7inchアナログ『メイプルカナダ』を発売し、ガールズバンドとして独特な立ち位置に。さらにスペースシャワーTV『NEW FORCE』に選出されるなど注目を集める。2017年3月29日に1st EP『HEMMING EP』をリリースする。
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