津田大介×国境なき医師団 日本の悪循環を断ち切るメディア戦略

アメリカ軍による突然のシリア空爆、北朝鮮のミサイル発射など、相変わらず予断を許さない状況が続く世界情勢。けっして他人事ではないはずなのに、ここ日本で国際ニュースへの関心は、必ずしも高くないように思われる。

たとえば、シリアでは命を救うはずの病院でさえ爆撃対象となり、女性や子どもも犠牲になっているのをご存知だろうか。日本からも数多く参加している国際的な医療援助団体「国境なき医師団」のスタッフや患者も例外ではない。この危機的状況を伝えるため、国境なき医師団日本は昨年より多角的なキャンペーンを展開したが、日本全体を覆う「無関心」の空気を感じたという。

世界の切実な「声」は、なぜ日本人の心に届かないのか? インターネット時代に変わりゆくメディアのあり方とは? 援助活動の現場から情報発信を行う国境なき医師団の日本会長・加藤寛幸医師と、ジャーナリストであり政治メディア「ポリタス」の編集長としても知られる津田大介が現場に携わるものとして感じる、率直な思いを語った。

世界には難民になって困っている人がいる。その想像力を、どうすれば育むことができるのか?

―はじめに国境なき医師団の取り組みについて、教えて頂けますか?

加藤:私たち国境なき医師団日本は「病院を撃つな!」と題したキャンペーンを通じ、日本政府へ国連での働きかけを求める署名活動や紛争地の現状を伝える写真展などを実施しました。署名はおかげさまで9万5000筆を突破し、明日4月28日に外務省・厚生労働省を訪問し、提出します。

こうして多くのご賛同をいただくことができたものの、実際に関心を持ってくださったのは、既に私たち国境なき医師団の活動を熱心にご支援いただいている方々で、なかなか新たな人々にリーチできていないという現実があります。

そういう状況の中で、どうやったらより多くの人たちに伝えられるのかを課題と捉えています。今日は是非、津田さんにご意見をお伺いしたいと思っています。

国境なき医師団日本の会長・加藤寛幸
国境なき医師団日本の会長・加藤寛幸

津田:これはよく言われることですけど、そもそも日本は極端に難民を受け入れない。先進国で、難民をこれほどまで受け入れない国は、他にない。難民を受け入れない代わりに、難民を支援するためのお金を拠出している。

もちろん日本は島国という地理的な条件もあるし、言語の壁もあるから、難民がきても社会的にどれだけ受け入れられるのかという課題はあります。その一方で、実質的に「経済的難民」とも言えるような存在―研修生という名目の安価な労働力はたくさん日本に入ってきていますよね。地方の農家や都市部のコンビニなどは顕著です。

労働力を外国人に頼る状況が生まれているにもかかわらず、世界には難民になって困っている人がいるという想像力が持てない。そういう状況を全部繋げていくことが、まずは大事だと思います。

津田大介
津田大介

ヨーロッパと日本の意識の違いはどこから生まれた?

加藤:現在世界で避難生活を強いられている人たちの数は、第二次世界大戦以降最多となっており、ヨーロッパでは必死に難民を受け入れている国がたくさんあります。そういった国と日本の違いは、どこからくるのでしょうか?

津田:日本の戦後民主主義には、良い面と悪い面があったんじゃないかと。憲法9条があったおかげで、戦争に巻き込まれなくて済んだ。その一方でそれが一国平和主義的スタンスを助長した面はある。「戦争反対」と口で言うのは簡単ですが、その先に難民の人たちを受け入れようという想像力があるのかという話ですね。

世界とどう関わればいいのかということを考えたときに、一国平和主義でもなく、集団的自衛権や集団安全保障を推し進めることでもなく、国境なき医師団のような非武装だからこそできる世界への貢献という第3の道が、日本にはあると思います。もちろんそれは大変な道ですが、その道を行くべきだろうと思っています。戦後、とりわけ55年体制が確立して以降は、憲法9条の議論が、ずっとタブーになってきました。

移りゆく世界情勢の中、国を守りながら、世界で起きている紛争に対して、日本がどのような形でコミットをしていくのか、その議論が、オープンなところで全然されてこなかったし、考えられてこなかった。その状況の副産物として、国境なき医師団のような活動に対する無関心があるんじゃないかと思います。

左から:津田大介、加藤寛幸

自分の損得にとらわれるあまり、意識的に「無関心という選択」をしている?

加藤:そうですね。そしてその無関心は、戦争や難民の話だけではないように思います。例えばエボラ出血熱(2014年、西アフリカで感染が急拡大し深刻な事態となった)は世界的に見ても大変大きな出来事で、感染の拡大は日本にとっても脅威だったと思いますが、日本への感染拡大の可能性が薄れた途端に一気に関心を失っていく様子に正直言葉を失いました。

私が現地に入ったのは、ちょうどリベリアの新規感染者数が減少したと報道されたタイミングでした。しかし実際に行ってみると、現地の人たちはまだ非常に過酷な状況の中に置かれていて、治療する施設や人手が全然足りていなかったのです。

―報道と実情にずれがあったのですね。

加藤:それにもかかわらず、ヨーロッパやアメリカなど豊かな国には広がらないということで、急速に国際的な関心が薄れていきました。世界で起こっている悲劇に対して関心を持てないのは、きっと皆がそれぞれ苦しい状況に置かれているからで、ある意味致し方ないとも感じていた私でしたが、エボラの場合は明らかに違っていました。一度は差し出した援助の手を引っ込めると同時に、関心を一気に失いました。その様子を見ていて私は、これは無意識の無関心ではなく、意識的に関心を捨てた、つまり「無関心という選択」をしているんだっていうことを改めて感じたんです。

津田:まだまだ、南北問題があるということですね。

エボラ出血熱で現地に赴いた際の加藤医師 ©MSF
エボラ出血熱で現地に赴いた際の加藤医師 ©MSF

加藤:そうです。そして、昨今のインターネットをめぐる問題も関係しているように思います。テレビやラジオなら、ニュースが自然と耳に入ってきますが、ネットでは自分でクリックしなければその内容に触れることはありません。

結果として、自分が得をする、知らないと損をするような情報ばかりが入ってきて、それ以外の情報は、目に付くこともなくなっていくような時代になっている。つまり、多くの人は意識しながら無関心を選んでいて、なおかつ世の中の流れが、それを助長する方に向かっていると思います。

加藤寛幸

津田:いわゆる、フィルターバブル(個々の嗜好で変化するフィルター機能で、一方的な情報しか手に入らなくなることの例え)の問題ですね。

「国境なき医師団」創設の背景と、その理念

加藤:そうなってくると、私たちの活動は、ますます難しくなってくる。国境なき医師団は、医師とジャーナリストが創設した団体なので、「伝える」ということは、非常に重要な要素なんですが。

―そもそも国境なき医師団とは、どういった背景から始まったのでしょうか?

加藤:ナイジェリア内戦で独立したビアフラの飢餓を救うべく活動していた国際赤十字(戦争での傷病者や捕虜の救護活動を目的に設立された国際組織)のメンバーが、現地での活動だけでは救えない人たちを救うために、もっと世の中に現状を伝えていく必要があると考えたのですが、当時の赤十字には沈黙の原則があったため、証言活動が許されませんでした。

それなら新しい組織を立ち上げようということで始まったのが国境なき医師団です。ですから、「現地での医療活動」と「証言活動」は、国境なき医師団にとってどちらも欠かすことのできない重要な2本の柱なのです。

左から:津田大介、加藤寛幸

津田:赤十字と、ある種の思いは同じだけれども、やり方が違うと。

加藤:そうです。そういう中で、私たちの信念である中立性、公平性、独立性を保ちながら―つまりすべての政治的な勢力や権力から距離を置くというスタンスを取りながら、現地で見たことを、私たちの患者さんを救うために伝えてきました。

でも今、世の中の人たちは無関心を選び、テクノロジーの進歩は、それをますます後押ししているような状況がある。これから先、国境なき医師団として、証言活動をどういう形で次の世代を担う若い人たちに伝えていくのか、本当に大きな課題です。

火傷を負ったシリアの男の子。民間人を巻き込む無差別攻撃で人びとは追い詰められている ©MSF
火傷を負ったシリアの男の子。民間人を巻き込む無差別攻撃で人びとは追い詰められている ©MSF

シリア内戦が始まってから6年が過ぎてなお事態は収まらず、その苦しみは国内外に広がっている ©MSF
シリア内戦が始まってから6年が過ぎてなお事態は収まらず、その苦しみは国内外に広がっている ©MSF

「病院を撃つな!」キャンペーンの背後にある、現地の絶望的な状況

―国境なき医師団は、昨年5月より「病院を撃つな!」キャンペーンを展開してきました。その背景と主旨について、改めて教えていただけますか?

加藤:まず、紛争地で医療を行う病院への攻撃がここ数年で急増し、今なお継続しているという現実があります。しかし、地理的に離れていることも影響してか、その現実がなかなか認知されていません。

去年1年で、国境なき医師団が支援・運営する施設だけで50回以上も爆撃を受けています。シリアでは、毎週のように病院が攻撃されているような現状です。大国の利益だけが基準となって、そこで起こっている事態が問題化されることもあれば、逆に見過ごされたり無視されるケースもあります。理由はなんであれ。

病に苦しむ人たち、傷ついた人たちが助けを求める医療機関が攻撃されることなど言語道断だと私たちは考えており、この問題を、みなさんに考えてもらいたいというのが、私たちがこの「病院を撃つな!」キャンペーンをやってきた理由です。

2015年10月3日、アフガニスタン北部クンドゥーズで国境なき医師団が運営していた病院が米軍によって1時間以上にわたる空爆を受けた ©Andrew Quilty
2015年10月3日、アフガニスタン北部クンドゥーズで国境なき医師団が運営していた病院が米軍によって1時間以上にわたる空爆を受けた ©Andrew Quilty

管理棟に負傷者が殺到し、無事だったスタッフが仮設の手術室で救命救急に全力を尽くしたが、患者、スタッフを含む計42人が死亡した ©MSF
管理棟に負傷者が殺到し、無事だったスタッフが仮設の手術室で救命救急に全力を尽くしたが、患者、スタッフを含む計42人が死亡した ©MSF

―津田さんは、国境なき医師団の施設が爆撃されたことについて、どのように感じましたか?

津田:そのニュースを知ったときは、すごく衝撃を受けました。テロや爆撃のニュースがたくさん報じられることで麻痺しがちになっている部分は僕にもあったのですが、病院や医療機関を爆撃するというのは完全に一線を越えている。

それによって、紛争地に行こうという人もためらうようになるだろうし、現地のインフラも弱くなる。加藤さんにとっても、「まさか、こんなことまで……」という思いがあったのでしょうか?

加藤:おっしゃる通りです。病院が攻撃されるということは、そこにいた患者さんや医療スタッフが亡くなるだけではなく、その地域の医療へのアクセスが失われることを意味します。ですから、その影響は、何百万という人たちに及ぶ可能性があります。これはもう、本当にあってはならないことです。病院というのは、命を守る最後の砦なんです。皆さんやそのご家族がかかる病院の上に爆弾が降ってくることを想像してみて下さい。

爆撃により破壊された病院内部。壁にミサイルが開けた穴が残る ©Victor J. Blue
爆撃により破壊された病院内部。壁にミサイルが開けた穴が残る ©Victor J. Blue

自分の損得にしか関心を持てないほど、追い詰められている若い世代

―そういう報道やキャンペーンが広まらない原因はどこにあるのでしょうか?

津田:今の日本は、将来が見通せない不安が強くなっていることと関係していると思います。去年の米大統領選でトランプ候補が次期大統領に決まったとき、日本の大学生が軒並み、先生に「大丈夫ですか?」って聞いてきたそうなんですね。それは何に対する不安かというと、トランプが大統領になったことでリーマンショックのような金融危機が起きて、僕らの内定がなくなったらどうしようっていう不安なんですよ。

加藤:ああ、そっちの不安なんですね。まさに、自分の損得の問題として捉えているということですね。

津田:まだ就職が決まってない若者であるからこそ、自分たちが歴史的な大きな変化の潮目にいて、世界の情勢や紛争がどうなるんだろう、というような想像力を持った方がいいと思うんですよね。社会人になったらそういうことを考える時間的余裕もなくなるわけで。だけど今はもう学生のうちから社会人のような不安を抱えざるを得ない。世界がどうなるかよりも、目の前の自分の就職のみになっている。

これは大学生の彼らを責めたいということではありません。むしろそういうことにしか目が向けられないぐらい、生活も含めて今の日本人は追い詰められているということなんだろうなと。

津田大介

―確かに、若い世代は特にそうかもしれないですね。そして、情報を発信する側も海外とでは少し状況が異なるように思いますが、いかがでしょうか。

津田:それは日本のメディア特有の問題でもあるでしょうね。その最たるものが、国際報道です。ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、ルモンドといった世界の高級紙のトップは、基本的に国際ニュースです。ところが日本は、国際面が中面にあって、ページ数もすごく少ない。海外の支局がどんどん閉鎖されているような状況もあって、日本人はどんどん国際ニュースを読まなくなっているんです。

ネットニュースではYahoo!ニュースが世界各国にありますが、そのニュースのトピックス欄を見ると、他国は、ほぼ国際ニュースが並んでいます。しかし日本は多くがエンタメのニュースで占められている状況。国際ニュースを掲載しても読んでもらえないので、ページビューが期待できるゴシップばかりを載せている。

左から:津田大介、加藤寛幸

―その原因はどこにあるのでしょうか?

津田:商業的な面ばかり追いかけざるを得なくなって、メディアが公共的な役割を果たせなくなってしまっているということでしょう。とりわけ日本はメディアが大きなビジネスになっているため、その傾向により拍車がかかっていく。高給取りの人員を大量に抱えているからこそそれを維持することに重きが置かれる。あるいは、メディアの側にも、こんな深刻な問題を真正面から取り上げても、読者は反応してくれない、お金にはならないという先入観がある。

読者や視聴者が反応してくれないからこそ、続けるべきだと思うんですけど、なかなかそうはならない。そんなことをやっているうちに、新聞もテレビもどんどん苦境になってきたから、ますます取り上げなくなっていく。そういう悪循環があるように思います。

加藤:「反応してくれないからこそ、続けるべきだ」というのは、私も全く同感です。そうは言ってもなかなか難しい問題ですね。

ネットで起きたことを、テレビや新聞が後追いしていく構造に見出す活路

―新聞やテレビはそういう状況にある中で、インターネットの存在はどうでしょうか?

津田:最終的にはネットでやっていくしかないんじゃないですかね。この6年ぐらいで、日本のメディアの状況は大きく変わりました。ひとつはスマートフォンの契約数です。2011年の3月の時点で、どれぐらいだったと思いますか?

津田大介

加藤:震災のときですよね。2000万ぐらいでしょうか?

津田:1000万いってないんです。960万ほど。震災のとき、Twitterが注目されましたが、アクティブユーザーは670万人。それが今、スマホの契約数は8000万を超え、Twitterも4000万まで増えたんです。

つまり、6年前は12人に1人しかスマホを持ってなかったのに、今は2人に1人以上がスマホを持つようになっている。Twitterも20人に1人しか使ってなかったものが、今や3人に1人がTwitterで読み書きするような時代になった。

左から:津田大介、加藤寛幸

―そう考えると、かなりドラスティックに変化していますよね。

津田:最近では、ネットできちんと話題になったら、テレビや新聞があとからそれを取り上げてくれるという構造ができてきました。だから、この「病院を撃つな!」のようなキャンペーンを広めるのであれば、まず今はネットに注力する。こういう問題に興味を持つインフルエンサーに取り上げてもらって、それを話題にしてもらうところからスタートするのがいいと思います。

みんなが本当に求めている情報とは何か? 津田の考えを訊く

―津田さんは、2013年に政治情報サイト「ポリタス」を立ち上げられましたが、運営しながら、感じることはありますか?

津田:選挙の時期って、日本の報道はすごく安全運転になりますよね。法の縛りもあって、特定の候補者に肩入れして応援することはできないから、ただの議席予測しかしなくなる。それで結局、政治への関心が失われるという悪いスパイラルになっていると思います。たとえばアメリカの今回の大統領選では、ほとんどのメディアが支持候補を表明します。クリントン支持の社説を載せたりとか。

津田大介

―それに比べると、日本はかなり保守的ですよね。

津田:それこそが、無関心を生んでいる原因なんじゃないかと思います。そういうわけで、俺はこういう理由でこいつに入れる、お前も入れろっていうような原稿を、右も左もいろいろ集めたものが、ネットで全部見れるようになったら、新しいネットならではの公平性になるんじゃないかと思ったんです。

―それで「ポリタス」を立ち上げたと。

津田:2014年の都知事選で最初にやってみて、こういう情報を待っていたという感想がすごく多かった。「ポリタス」でいろいろな意見を読んで、この選挙で自分にとって大事なことがわかったと。そして、多くの人が本当に求めている情報っていうのは、自分が信頼している人が、どういう基準で行動をしているかということなんだと思いました。

津田大介

―先ほどキャンペーンを広める方法でも出てきた通り、やはり「インフルエンサー」が重要だということですね。

津田:信頼性が高い人にビシッと意見を言ってもらって、興味関心をつないでいく回路を作ることは、すごく大事。そうすることで、単に影響されるだけではなくて、自分の中に判断基準が作れるわけです。

他人のいろんな意見、しかもわりと強烈ではっきりした意見をある程度読むことで、「自分はこうなんだ」っていうことがわかる。これはネットのひとつの良さというか、効果的なところですよね。

加藤:なるほど。

ネットの特性を活かして、いろんなことを試し、トライ&エラーを繰り返す

―国境なき医師団の活動にも、そういうインフルエンサーの活躍が欠かせないのかもしれませんね。

津田:はい。活動に対して、顔出しでビシッと意見を言ってくれる人を、まず見つけることだと思います。いろんな人を見つけて、大キャンペーンを展開する。

その人がなぜ国境なき医師団に興味を持ったのかっていうバックグラウンドのストーリーを知ることは、すごく大事です。さらに、そういう人にSNSで拡散してもらうことで、シンジケートを作っていくのがよいですね。

加藤:日本では、さだまさしさんが様々な機会で応援してくださっています。世界ではMUSEというバンドが、我々の活動に共感し、サポートしてくれています。彼らのコンサート会場で、国境なき医師団の展示をさせてもらったりしているようです。

完売したMUSEの2016年ヨーロッパツアー会場で国境なき医師団のブースを設置 ©Tom Barnes
完売したMUSEの2016年ヨーロッパツアー会場で国境なき医師団のブースを設置 ©Tom Barnes

ブースでは国境なき医師団の活動地をインタラクティブに体験できる360°動画の展示やMUSEとのコラボグッズを販売 ©Tom Barnes
ブースでは国境なき医師団の活動地をインタラクティブに体験できる360°動画の展示やMUSEとのコラボグッズを販売 ©Tom Barnes

津田:そうなんですね。それだったら、日本のミュージシャンも興味を持つはずです。日本のミュージシャンは、あまり政治的な発言や活動をしないけど、国境なき医師団は、ニュートラルに徹している団体なので、そういう人たちも支援を公言しやすい。

加藤:日本でも、国境なき医師団に賛同しサポートしてくれるミュージシャンとのコラボレーションをいつか実現させられたらと思います。

―今のロックフェスは様々なトークショーが行われたり、そういう活動の場になっている側面もありますよね。

津田:いろんな専門家がいると、それぞれの立場から意見がでてきて、どんどん繋がっていくんです。昔はそういうことをするには、すごいお金がかかったりしましたけど、今はインターネットでお金をかけずにそういうことができるようになったと思います。

加藤:実は今回の「病院を撃つな!」キャンペーンの趣旨に賛同した有志―実際に紛争地で活動を行った医師や看護師などスタッフ30人以上が結集してバイラル動画を制作したんですが、やはり病院が爆撃されるという現実を、なかなかイメージとして伝えにくいところがあり、拡散というところまではいかなかったんです。

津田:こういうものを作ること自体はいいと思います。それによって反響がわかりますからね。ネットのいいところは、トライ&エラーできることなんです。新聞とかテレビでやろうとすると、お金もかかるし、全部がうまくいくわけではない。ネットの場合、すごく低予算でいろんなことが試せるんです。

―けっしてその先に希望がないわけじゃないと。

津田:そう。伝え方の技術やメディアは、どんどん多様化して新しいものが出てきます。ずっとやり続けることで、どこかで何かがヒットする可能性がありますよね。

加藤:今日はいろいろお伺いして、とても参考になりました。私たちの活動は、時に「砂漠に水をまくようなものだ」とのご指摘をいただくこともありますが、活動に参加しているものは皆、多かれ少なかれ無力感や限界を感じながらも、目の前の患者さんを救うことに全力を挙げています。

日本の人たちに伝えていくことは、決して簡単なことではないとは思います。私は講演会などで参加者に「あなたには世界を変える力があると思いますか?」とお聞きすることがあるのですが、多くの方が「そんな力はありません」と答えます。でも、この質問に一言付け加えて、「あなたにはほんの少しだとしても世界を変える力があると思いますか」と聞くと、ほんのわずかならできることがあるかもしれないとおっしゃる方が少なくありません。「自分にも世界を変えるためにできることがある」と想像する気持ちがあれば、行動を起こせるのではないでしょうか。

サイト情報
国境なき医師団「病院を撃つな!」キャンペーン
プロフィール
津田大介 (つだ だいすけ)

ジャーナリスト / メディア・アクティビスト。ポリタス編集長。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学文学学術院教授。大阪経済大学情報社会学部客員教授。テレ朝チャンネル2「津田大介 日本にプラス+」キャスター。J-WAVE「JAM THE WORLD」ナビゲーター。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2013」選出。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ)ほか。2011年9月より週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。

加藤寛幸 (かとう ひろゆき)

1965年生まれ、東京都出身。小児科医。人道援助活動家。北海道大学中退。島根医科大学卒業(1992年)、タイ・マヒドン大学熱帯医学校において熱帯医学ディプロマ取得 (2001年)。東京女子医大小児科、Children's Hospital at Westmead(Sydney Children's Hospital Network)救急部、静岡県立こども病院・小児救急センターなどに勤務。MSF参加後は、スーダン、インドネシア、パキスタン、南スーダンなどへ赴任し、主に医療崩壊地域の小児医療を担当。東日本大震災、エボラ出血熱に対する緊急援助活動にも従事した。



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