チェン・ティエンジュオに訊く、中国新世代は自由を獲得した?

東京を舞台とする国際演劇祭『フェスティバル / トーキョー』は、国内のみならず海外作家の招聘に力を入れてきたが、今年はそのフォーカスを中国に向ける。実質的なアジアの盟主として、世界各国に大きな影響力を持つ中国は、日本とも歴史、経済などさまざまな面で影響し合う関係にあるが、それはユースカルチャーやアートの分野においても同様だ。今年の『F/T』が企画する『アジアシリーズvol.4 中国特集』では、その息吹を様々に感じる機会となるだろう。

今回お送りするのは、その参加アーティストの一人であるチェン・ティエンジュオのインタビューだ。1985年に生まれ、中国の過去と現在を知る彼は、ロンドンに渡り、華麗でダークで倒錯的な、独自の世界観を確立し、活躍の場を世界へと広げている。いかなる時代背景そして経験が、彼を現在の「チェン・ティエンジュオ」に変化させたのだろうか? 中国のアーティストたちの「今」をお届けする。

たくさんの中国の若者が同時多発的に「もう中国になんかいたくない!」って思ったんだよ。

—「ミレニアル世代 / ミレニアルズ」とは1980年代以降に生まれ、2000年代周辺のカルチャー動向に直接影響を受けた世代を指す言葉として世界中で流通しています。とはいえ、出身国の習慣や政治状況によって、そのアウトプットには差異がある。その認識を前提に、中国出身で1985年生まれのチェンさんが受容してきた文化、考えてきたことをぜひお聞きしたいと思ってます。

チェン:よろしく。さっきの(『フェスティバル / トーキョー2017』の)記者会見はちょっと緊張気味だったんだけど、もう大丈夫(笑)。(参考記事:2017年の『F/T』はどうなる?世界が注目する中国新世代も特集)なんでも聞いてね。

—それではさっそく。僕たち日本人の中国に対する一般的な認識って、いまだに「共産主義」「一党独裁」「自由がない」といった古いイメージに留まっている気がします。実際のところ、チェンさんはどんな文化に親しんできましたか?

チェン:たしかに今言った中国のイメージは、僕の小さい頃の記憶に深く残っているから的外れではないよ。非常に保守的な社会だったし、接触できる情報、コミュニティーにも選択肢はほとんどなかったからね。

それが爆発的に変わったのは、インターネットの登場。これは僕個人の見立てだけれど、1985年生まれに限らず、1980年代以降に生まれた中国人はみんな「インターネットジェネレーション」と呼べると思う。それによって本当の自由を獲得できた。

チェン・ティエンジュオ
チェン・ティエンジュオ

『ADAHA Ⅱ』 (Full Length) Performance live @Palais De Tokyo 22/Jun/2015
『ADAHA Ⅱ』 (Full Length) Performance live @Palais De Tokyo 22/Jun/2015(vimeoで見る

—日本のインターネット元年は、Windows95が発売された1995年ですが、中国だとそれよりも後?

チェン:2000年以降だね。それまでは、とにかくニュースも新聞も本当のことを言っているかわからないし、知人が言ってる噂話にすら信憑性がなかった。つまりインターネットは、自分たちで真の情報のソースを獲得できる架け橋であり、道だったんだ。そして僕らの中にはじめて生まれたのが「憧れ」という感情。

—「憧れがない」って状態がちょっと想像つかないです。アイドルだとかミュージシャンだとか、「自分もこうなりたい」って対象は、若者であれば誰もが持っているものでは?

チェン:もちろん1990年代にも非合法なルートで、日本の漫画とかアニメ、ヨーロッパの映画や音楽を手にすることはできたよ。海賊版DVDとか、その前だとVCD(ビデオCD)。学校では、友人間でちょっとエロなものを回覧したりもしたね(笑)。

でも、実際にそれらが生まれた場所へ自分が行けるだなんて、まるで思えなかったんだよ。けれどインターネットがすべてを変えた。僕たちの知らない世界が本当にあって、そこには僕らが持っていない可能性に満ちている。そのイメージが芽生えることで、はじめて「憧れ」が生まれたんだ。

チェン・ティエンジュオ

—そしてチェンさんはロンドンに留学した。

チェン:たくさんの中国の若者が同時多発的に「もう中国になんかいたくない!」って思ったんだよ。そして起きたのが第一次留学ブーム。僕もそれに乗った一人だったんだ。

衝撃だったよ! 留学してみたら、本当に大いなる自由があった。

—そして選んだのがロンドンの名門芸術大学セントラル・セント・マーチンズでした。ファッションやデザイン方面が特に強い学校だと思うのですが、なぜ同校を選んだのでしょう?

チェン:うーん、なんとなく? 留学するならデザインやアートに関するものを学びたいと思ったから。

衝撃だったよ! 留学してみたら、本当に大いなる自由があった。まず授業らしき授業がなく、先生らしき先生もいない。そして大半の学生が「先生より自分の方がイケてる」と本気で思ってた(笑)。今でも印象に残っているのが、パフォーマンスの授業で最初に先生が言っていたこと。「私の言っていることが正しいと思えるなら聞けばいい。でもBullshit(たわごと)だと感じるならYou don't need get a fuck(気にするな)」だって!

チェン・ティエンジュオ

—自由すぎる(笑)。

チェン:だよね。中国では主体的に何かを選ぶ自由は許されなかった。中国の親は、当たり前に子どもを抑圧してコントロールしようとするからね。だからセントラルマーチンズに入学するという選択が、僕にとって、正真正銘初めての主体的な選択だったんだ。

留学で学んだことを一つあげるなら、それは「いかに他とは違うアーティストになるか?」ってこと。

—チェンさんにとっては社会的・政治的な抑圧よりも親からの抑圧のほうが厄介だった?

チェン:それは全部がひとつながりのことだと思うな。社会的な圧力を親が受けて、今度は親が子にそれを与える。

—日本もまったく同じです。

チェン:アジア全体に共通する家族的な慣習ってことなんだろうね。だから、なおさらロンドンでの経験は新鮮で、驚きだったんだ。それぞれの人が独立したインディビジュアルな存在で、誰かが誰かに対して教えられる絶対のものなんてない。

むしろ価値基準は相対的なものであって、ある点では先生よりも学生が優秀な場合だって普通にあるわけ。あえて僕がセントラルマーチンで学んだことを一つあげるなら、それは「いかに他とは違うアーティストになるか?」ってこと。

チェン・ティエンジュオ

宗教に関わるアート・表現って、じつはめちゃくちゃサービス性が高いと思うんだ。

—そのあたりからチェンさんの作家活動に話を移していきましょう。チェンさんは現代美術だけでなく、演劇、音楽、映像、ファッションなど多彩な活動をしていますね。そしてそのどれにも共通しているのは、神秘主義的でオカルティックなイメージ。さまざまな神話のイメージが雑多に混淆したようなダークなファンタジーです。

『19:53』 Trailer, work by Tianzhuo Chen feat. Yico, Beio
『19:53』 Trailer, work by Tianzhuo Chen feat. Yico, Beio(vimeoで見る

『Tianzhuo Video Mixtape』
『Tianzhuo Video Mixtape』(vimeoで見る

チェン:そういった雰囲気を自分のカラーとして作り上げていったのは大学の頃からですね。ヒップホップや電子音楽、アヴァンギャルドなファッションがとても好きで、自分が愛してやまないものをすべて融合していくなかで生まれたのが、今のスタイル。

でももっと重大な転換点があって、それは仏教への信仰に目覚めたこと。アートの起源の一つも宗教や信仰なのだから、それとアーティスティックなクリエイションが合流するのはとても自然な流れだった。僕の作品をすごく倒錯的なイメージとして受け取る人は多くいると思うけれど、自分のなかでは信仰の深化とパラレルで、その実践なんだよ。

チェン・ティエンジュオ

—それはけっこう意外な答えです。多くの日本人は無宗教者で、だからこそキリスト教やヒンドゥー教などの宗教的イメージを、イデオロギー抜きで摂取して、あえて言えば節操なくミックスしてポップカルチャーに転用してきた。それに似た雰囲気をチェンさんの作品から感じました。

チェン:宗教に関わるアート・表現って、じつはめちゃくちゃサービス性が高いと思うんだ。だからエンターテイメントやコマーシャリズムとも通底する部分がある。そういうことじゃないかな?

でも、ここで一つ断っておきたいのは、僕は宣教師のように、ある解答や道標を人に信じさせたくて作品を作っているのではないってこと。僕の作品に接触することで、疑問やクエスチョンを抱けるかってことを重視している。一種の問いかけなんだ。

チェン・ティエンジュオ

—だとすると、今回『F/T』で上演する『忉利天』はどんな問いかけになるんでしょう? 「天」は、神や仏が住まう世界を指す仏教用語のことですよね?

『忉利天』メインビジュアル
『忉利天』メインビジュアル

チェン:天は全部で三十三あって、『忉利天』はその中の六欲天に含まれる世界のこと。素晴らしい場所ではあるけれど、欲望に捉われてもいる完全ではない世界。そこにたどり着いたとしても、人間界や地獄に落とされるかもしれない不安定な場所で、僕の解釈だと迷ったり悩んだりする人間のありように似た世界なんだ。

この他にも『自在天』だとか、天を表現するシリーズはけっこうやっている。

—つまり、仏教説話や宗教的世界観をチェンさんなりに翻訳したもの?

チェン:そう。もちろんそこには僕の経験や、今考えることも強く反映している。僕は、仏教が言っている輪廻転生といった死生観をかなりディープに信じているけれど、一方で現実の世界は資本主義によって成り立ち、世俗的な欲望で溢れている。

この2つは絶え間なく衝突して、矛盾したり、ある局面では一致したりする。その揺らぎの中に僕らはいる、っていうのが一応の僕の理解。

途方もなく落差のある2つの世界を知ったことで、ポジティブなものも、考えなければいけないことも増えた。

—これがもっとも聞きたいんですが、仏教を信じるようになったきっかけは何だったんですか?

チェン:簡単に言っちゃうと「焦り」と「心配」。というのは、中国にいた頃は何を信じればよいのか全然わからなかったのに、海外に出た途端、何でも信じられる自由を得たから。

途方もなく落差のある2つの世界を知ったことで、ポジティブなものも得たし、同時に考えなければいけないことも増えた。あとは、自分の祖父母や親戚が亡くなっていくと、普通に「命ってなんだろう?」と思うようにもなった。

チェン・ティエンジュオ

—実存的なアイデンティティーの模索として、仏教があった?

チェン:うん。死について考えたり、死に向かって生きていることを思うと、そこには当然焦りと心配が立ち現れてくる。一方で、仏教は「悟り」によってそこに一種の調和をもたらそうともするでしょう。その間で揺れ動く気持ちが、直接的に作品に表れているってことなんだと思う。

僕がいちばん重点を置いていたのは、来てくれたオーディエンスの感情なんだよね。

—『忉利天』はどんな形態のパフォーマンスになりますか?

チェン:作品そのものは、過去にコペンハーゲンやベルリンで発表した旧作なんだ。でも今回は再アレンジする。なぜって『F/T』は演劇祭だからね。コペンハーゲンでは音楽フェスティバルでの発表だったし、ベルリンではクラブを舞台にしていたから、それらよりも僕なりに演劇に寄せた作りになると思う。

—それは物語性が増すという意味?

チェン:どうだろう。これまで僕は物語性を重要視してこなかったから。僕がいちばん重点を置いていたのは、来てくれたオーディエンスの感情なんだよね。パフォーマンスが行われる場における感情の揺れ、爆発。というのも、僕は仏教と同じくらいクラブカルチャーを愛するパーティーアニマルだからね! 僕の作品を観るときは、みんなパーティーに参加するように体験してほしい。

チェン・ティエンジュオ

— 日本にもパリピはたくさんいるから大丈夫だと思います(笑)。でもチェンさんの好むイベントって、かなり特殊じゃないですか? 日本だとSMやラバー趣味などの人が集まる『デパートメントH』ってイベントがありますけど、わりとそっちに近い印象。

チェン:中国でも一般的とは言えないね(苦笑)。上海だと2年前くらいから徐々にシーンが盛り上がってきているけれど。そういう場所だとお酒なんかが入るから、オーディエンスのテンションもかなり特殊。

でも、今回の日本公演は「劇場」が舞台になるから、もう少し異なるレイヤー、異なる体験の積み重ねを狙っていくことになるかな。でも、それはやっぱり物語にはならないと思う。あえて言えば「儀式」に近いもの。舞台と客席の境界が明確に二分してしまって、感情移入を阻害することは避けたい。期待していてほしいな。

チェン・ティエンジュオ

—楽しみにしてます。ところで、今回の『F/T』のテーマは「新しい人 広い場所へ」です。現在の中国や東南アジアは本当にパワフルで、戦後日本の経済成長期、あるいはバブル景気を思わせるようなスピード感で動いていて、その渦中で成長し、また活躍しているアーティストやクリエイターこそが「新しい人」の名に相応しい気もします。

チェン:そのテーマは、僕にとっても面白い。歴史や時代を前提として「古い」「新しい」を考えるためには、まず対立関係が必要になる。そこで掲げたのが「新しい人」ってことだよね? それはまさに、今の中国で起きていることそのもの。

中国で生きるうえでたぶんいちばんエキサイティングなのは、伝統や政治体制が築いた壁や境界に対して、絶え間なく戦いを挑み、そして打ち破っていくことだと思っています。その戦いの構図を実現するためには「旧なる基盤」が必要で、すべてが自由では挑戦自体が成立しなくなってしまう。

今日の記者会見で、遠藤麻衣さんというアーティストが『アイ・アム・ノット・フェミニスト』という作品について語っていて、とても興味深かった。彼女は日本の婚姻制度や家族のあり方について疑問を持っていて、それに挑戦するプロセスを作品化しているんだと理解しました。

遠藤麻衣『アイ・アム・ノット・フェミニスト』メインビジュアル
遠藤麻衣『アイ・アム・ノット・フェミニスト』メインビジュアル

でもこれは、現在のヨーロッパではなかなか成立しないテーマだと思うんです。というのは、西欧ではある程度の自由・平等の成熟があるから。けれども中国や日本をベースにする僕らであれば、その挑戦を共有し、そこで得た何かを分かち合えると思う。それは、『F/T』のようなアジアで行われる演劇祭においてとても重要なことじゃないかな。

チェン・ティエンジュオ

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー17』

2017年9月30日(土)~11月12日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場、あうるすぽっと、千葉県 松戸 PARADISE AIR、ほか

プロフィール
チェン・ティエンジュオ

1985年北京生まれ。2009年セントラル・セント・マーチンズを卒業。10年チェルシー・カレッジ・オブ・アート修士課程終了。現在は北京を拠点に、ダンサーやミュージシャン、フランスのアートグループなどとのジャンルを超えた協働作業を続ける。17年にはウィーン芸術週間やドイツの世界演劇祭へも招聘されているなど、世界的なアーティストとして注目されている。



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