東京で一番古い、おにぎり専門店として知られる「おにぎり 浅草 宿六」。1954年の創業以来変わらないカウンタースタイルで、おにぎりを提供し続けている「宿六」の3代目店主である三浦洋介は、さまざまな人々が訪れるこの店のカウンターに立ちながら、おにぎりという食べ物について、さらにはその食文化が持つ可能性について、どんな思いを巡らせてきたのだろうか?
「ビールシフト」「カルチャーシフト」を考えるキリンとCINRAの共同企画で、クラフトビールを味わってもらいながら、さまざまな環境におけるおにぎりの在り方、そしておにぎりと合うクラフトビールについて語ってもらった。
おにぎりの味については英才教育を受けています。
―「宿六」は、もともと三浦さんのおばあさんが創業したお店なんですよね?
三浦:そうですね。「宿六」の意味は、ご存知ですか? 「宿」が「家」で、「六」が「ろくでなし」。そんな、働かない祖父のために食うに困った祖母が始めた店なんですよね(笑)。で、料理人ではない祖母がやれるお店で、小さい子からお年寄りまで楽しめる食べ物ということで、おにぎりに。このエピソードを話すと、母親がすごい怒るんですけど(笑)。
―(笑)。
三浦:当時は、そういうおにぎり屋がいくつもあったらしいんです。宿六は当時、お酒は出していなかったけど、手軽におにぎりが食べられる居酒屋が、浅草界隈には結構あったらしく。実際、僕が幼稚園のときは、そういうお店がまだ何軒かありました。ただ、いまも残っているのは宿六だけなんです。
―なるほど。そんなお店の3代目になられて約8年とのことですが、お店を継ぐにあたって三浦さんは、「宿六」の特徴を改めてどんなふうに捉えたのでしょう?
三浦:純粋に、美味しいということですかね。いまはコンビニをはじめ、いろいろなおにぎりがありますけど、正直、自分の店ほど美味しいおにぎりは、食べたことがないです。
―ほう。
三浦:みなさん、「おふくろの味」というか、幼少期から食べているものの感覚があると思うんですけど、僕の場合、生まれたときから、高級なおにぎりを食べているわけです。だから、自分の理想像がもう刷り込まれている。つまり、英才教育を受けているので、そこから外れると「あまりおいしくない」と感じてしまうんです。
おにぎりというのは、安心感が大事なんです。
―最近は多様なおにぎり屋さんがありますが、他のお店のおにぎりと、具体的には何が違うのでしょう?
三浦:もちろん、使っている食材の違いもあると思います。ただ、最高級の海苔を使ったおにぎりは、あんまり美味しくないんですよ。海苔の風味が勝ってしまって、他がすべて負けてしまう。やっぱりおにぎりは、ご飯がまず大前提というか、ご飯を美味しく食べるものなんですよね。
ご飯って、味が薄いじゃないですか。いくら魚沼産のコシヒカリが美味いと言っても、味の濃さでいえば、ステーキとかに負けてしまう。だから、まずご飯があって、そのご飯に対して、次に海苔のバランスがくるんです。そこから、それに合う美味しい具材は何かを考えていきます。
―なるほど。ご飯、海苔、具材という順番なんですね。
三浦:そう。ご飯と海苔のバランスがあって、それを引き立てるような具材を考えていくのがおにぎりなんです。そう考えると、定番のメニュー……鮭とか梅干しとかたらことかというのは、もう先人の知恵ですよね。ホント、どれもマッチしますから。
宿六でも、一番人気は、やっぱり鮭なんですよ。どんなにいろいろな具材を出しても、やっぱり鮭なんです。そこはもう、不動。だからやっぱり、おにぎりというのは、安心感が大事なのかなって思います。おにぎりに関しては、イノベーションとかレボリューションは、あまり求められてないのかもしれません。
―目新しいものを食べにきているわけではないですからね。
三浦:慣れ親しんだものを食べたいというか、もう味も何もかもわかりきっている食べ物なんだけど、その中でもちょっと美味しそうなものを、宿六に食べにきてくれているんだと思うんです。そういう意味で、安心感というのは、大きな要素ですね。
―その安心感を支えているのが、ご飯、海苔、具材のバランスということでしょうか?
三浦:僕、明太子否定派なんですよ。明太子を単独で食べたり、白米と一緒に食べたりするのはすごく美味しいんですけど、おにぎりの具としてはイマイチだなって個人的には思っていて。要は、海苔と合わないんです。たらこはいけるんですけど。
僕の頭の中には、味の構造の図式みたいなものがあって。ピラミッド型の味分析で、たらこは下からググッと上がって頂点はあんまりないんですけど、ちゃんと台形みたいになっているんです。でも、明太子は上と下があって中間がない感じ。で、おにぎりの場合、それを補う食材が、ご飯と海苔以外ないわけです。だから、全体としてのバランスが悪くなってしまうんですよね。
―そのあたりは、理論的に考えられているのですね。
三浦:はい。ロジックは、すごく大事だと思います。米の炊き方も、炊飯器メーカーの技術者の方に助言をいただいているので。最初は何も考えずに感覚で炊いていたんですけど、ホントにこれは美味しいのかなって疑問に思ったときに、加熱時間や沸騰時間まで研究をしました。
―具材はもちろん、米の選別から炊き方まで相当こだわっているようですが、それをあまり前面に出していないのはなぜでしょうか?
三浦:別に、こだわっても、それをお客さんに見せる必要はないので。僕の美意識も関係しているのかもしれないけど、食に関することって、結局それぞれの主観だと思うんですよね。どう感じるかは、お客さん次第なので。ブルース・リーが言っている通りですよ。「考えるな、感じろ」っていう(笑)。
キャビアのおにぎりは、2時間で完売しました。
―先ほど、新しい具材については、いつも考えているとおっしゃっていましたが、それを実験的にお店で出したりもするのですか?
三浦:この店で出すことはあまりないですね。一度、他のお店のアシストをしたことがあって。それは原宿のお店で、そこではいろいろ実験的な具材も出してみたんですけど、あんまり上手くいかなかったですね。さっきも言ったように、おにぎりは安心感が大事な食べ物なので。だから、日常で出すお店では、なかなか難しいところがあると思います。ただ、イベントとかで特別に高級な食材を使ったおにぎりを出すのはありだと思うんです。
以前、丸の内のイベントで、1個7,000円のキャビアを使った高級おにぎりを5個限定で出したんですけど、2時間で売り切れました。でも、それを普段から販売しても、売れないと思うんです。日常的に高級なおにぎりを提供する土壌は、まだまだ日本にはないですから。
―というと?
三浦:寿司屋では、大間のマグロを一貫1,000円で売ることも普通にあると思うんですけど、ひとつ1,000円のおにぎりとなると、やっぱり「高い」って感じる人が多いじゃないですか? おにぎりも寿司も、手間の部分は似ていると思うんですけど。
―確かに。寿司も、もともと庶民的な食べ物だった歴史がありますね。そう考えると、おにぎりも、寿司のようにイメージがシフトする可能性はあるんでしょうか。
三浦:こっちが知りたいですよ(笑)。ブランディングのノウハウを教えてもらいたいです。寿司には、回転寿司もあれば、ひとり3万円の高級店もある。そういう住み分けができれば、おにぎりの文化も楽しくなると思うんです。
その土地、その文化に合ったおにぎりが存在したら面白い。
―三浦さんは2015年の食の祭典『ミラノ万博』でおにぎりの紹介も行ったそうですね?
三浦:そこで「ミラノ風おにぎり」を出したんですけど、それも基本的に、「子どものときから食べているもの」というのが、キーワードだったんですよね。ミラノに行ったら、イタリアの人が子どもの頃から慣れ親しんだものを組み合わせて、おにぎりを握ろうっていう。
―具体的には、どんなものを用意したのですか?
三浦:もちろん、日本のトラディショナルなおにぎりも喜ばれるんですけど、それとは別に、ミラノだったら「ミラノ風カツレツが入っていたら、もっと美味しいんじゃない?」という意見もあって。
あと、水を一切使わず、ワインでご飯を炊くチャレンジをやってみたんです。そこにパルミジャーノとか生ハムとかオリーブを入れてみて。「日本のトラディショナルなものと、どっちが美味しい?」って聞いたら、「パルミジャーノ」って言うんですよ。僕からしたら、パルミジャーノのおにぎりは、そんなに美味しく感じないんですけど(笑)。
―なるほど(笑)。
三浦:チーズのねっとり感が米とくっついて、僕らがイメージするおにぎりとは、かけ離れたものができあがる。ただ、それが向こうの人にとっては慣れ親しんだ味なんですよね。だから、そういう点でも、やっぱりおにぎりに求められているのは、安心感なんです。
そういえば、ミラノの人におにぎりを食べてもらったら、「これはパニーニみたいなものだね」と言う人がいて。つまり、おふくろの味なんですよ。パッと家で作れて、ワンハンドで食べられて、おやつでもいいし昼飯でもいいしみたいな食べ物だっていう。
―その話は、おにぎりの本質を表しているのかもしれないですね。
三浦:そうですね。だから、仮に世界展開するのであれば、ローカリゼーションは絶対必要だと思います。その土地、その文化に合ったおにぎりが存在していい。もちろん、トラディショナルなものも必要ですけど、プラスアルファでローカリゼーションも必要だと思います。寿司もそうじゃないですか。トラディショナルなネタに加えて、カリフォルニアロールもある。
―食にかぎらず、その土地に合わせて、あるカルチャーが変化することは確かによくあることかもしれません。
三浦:以前カタールでおにぎりを握ったことがあるんですけど、現地の寿司屋と話したら、「裏巻は絶対必要だよ」と言われて。「裏巻」というのは、海苔を表に出さない巻き方で、同じ味でも表で巻いちゃうと、絶対手をつけない人がいるみたいなんですよ。
―海外の人は、海苔の黒っぽさに抵抗があるのでしょうか?
三浦:具材としての昆布とかは、人気もあるんですけど、黒いものが前面に押し出されて、黒く覆われたものには、ちょっと抵抗がある人もいて。同じ味でも、そういうビジュアル面のことが、意外と大事かもしれないですよね。
まだまだ可能性のある食材は、世界中にある。
―現在、キリンとCINRAでは「ビールシフト」「カルチャーシフト」を考える共同企画に取り組んでいます。そこで、今回は三浦さんにあらかじめキリンのクラフトビールをいろいろお送りして、おにぎりに合うものを選んでいただいたのですが、いかがでしたか?
三浦:ビールとおにぎりというのはチャレンジングな分、面白かったです。日本酒とおにぎりはお米同士なので合って当然ですよね。だから、日本酒と合わせる依頼だったら引き受けなかったかもしれない。
で、いろいろと飲み比べてみたんですけど、やっぱり「JPL(ジャパン・ペールラガー)」は、いちばん手堅いですね。何にでも合うというか、普段飲み慣れているラガータイプなので、それこそ鮭とかでいいのかなって思いました。
三浦:次に、この「IPA(インディア・ペールエール)」。このビールには梅干しが非常に合うと思います。柑橘系の香りのするビールなので、梅と合わせるとバランスが良い。
キリン「グランドキリン IPA(インディア・ペールエール)」と梅干し
―梅干しとビールっていうのは意外ですね。
三浦:そして、「オン・ザ・クラウド」。これにおかかを合わせるのは、いいかもしれないですね。このビールは、ちょっとスモーキーな感じがあるというか、ちょっといぶされた感じの香りがするんですよね。おかかもそうじゃないですか。どちらもいぶしが入っているので、うまくまとまる。やっぱり、おにぎりの場合、「突き出ない」というのが条件となるので、そういう意味で、この二つの相性は悪くないと思いました。
キリン「SVB(スプリングバレーブルワリー) オン・ザ・クラウド」とおかか
―なるほど、おかかですか。
三浦:一番興味深かったのは、「デイ・ドリーム」かな。これと山海漬け――うちでは「風味漬」という名前で、数の子の山海漬けを出しているのですが、このビールと合わせると、すごいクリーミーな感じになって、発見がありましたね。
キリン「SVB(スプリングバレーブルワリー) デイ・ドリーム」と数の子の山海漬け
11月11日と12日に開催されるCINRA主催の大人の文化祭イベント『NEWTOWN』では、クラフトビールを飲みながら三浦店主からおにぎりの作り方に関する授業を受けられる「大人の学校」も開催予定(詳細を見る)
―では最後に、ビールというカルチャーが現在、変わりつつある中で、おにぎり文化についてはどう変化していくと感じますか?
三浦:「宿六」としては、多分あまり変えないと思います。そのときどきの塩の加減を調整するくらい。逆に、「残すしかない」という感じですかね。仮に2号店などを出すのであれば、今回言ったようなことを考えながらメニューを作っていってもいいのかもしれない。ただ、他のお店とかを見ている限りではまだ時期尚早だなっていう感じがしますね。
もちろん、まだまだ可能性のある食材は世界中にあるというか、「海苔に合えば何でもいけるんじゃないか」とは思っていて。海産系は、大体合うと思うんですよね。だから、定番メニューを守りつつ、そういう挑戦も考え続けるというか。それが、おにぎりの今後を考える上でも、きっと大事になってくるんじゃないかなって思っているんですよね。
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- 三浦洋介 (みうら ようすけ)
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1979年2月1日生まれ。東京都浅草出身。東京で一番古いおにぎり屋「おにぎり 浅草 宿六」の3代目店主。中学1年生からフルートを習い、午前中と夜の時間帯は、フルート教室も開催している。世界におにぎりの魅力を伝える活動を行う「一般社団法人おにぎり協会」の応援大使で、国内外でおにぎりの普及活動を重ねてきた。
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