斬新で意表を突く食材に、巧みな調理法、さらにはそれとピッタリと合うお酒——下北沢の人気レストラン「サーモン&トラウト」の料理の背景には、従来の価値観には縛られない、自由かつ大胆な発想があるようだ。
「ビールシフト」「カルチャーシフト」を考えるキリンとCINRAの共同企画で、レストランを切り盛りする料理人の森枝幹、カヴィストの柿崎至恩、ソムリエの山崎裕太の三人を取材。キリンクラフトビールに合う料理を考えてもらいつつ、来るべき時代の中で変化する食文化の重要性について語ってもらった。
そのとき美味しいな、面白いなと思った食材を積極的に使って、同じものは作らないようにしているんです。(森枝)
—まず、「サーモン&トラウト」とは、どんなお店なのでしょう?
森枝:基本的には、割烹だと思っています。ただ、使う食材が変わっていて。たとえばブラックバスとか、これから重要になっていくであろう食材を使うことが多いです。それを、いろいろな調理法で料理して、お酒とのペアリングを楽しむ店ですね。
左から:柿崎至恩(カヴィスト)、森枝幹(シェフ)、山崎裕太(ソムリエ)
—そんなこのお店が話題になるのはなぜだと思われますか?
柿崎:やっぱり、好き勝手やっているからじゃないですか。一般的に、やりたいことがあっても、コストや常識を考えてできなくなっていったりするけど、なるべくそうはならないように意識しているので。
森枝:凝り固まりそうになったら、すぐ海外に行くんですよね。訪れた国のエッセンスを取り入れながら、どんどん自分の料理を変えていく。そのとき美味しいな、面白いなと思った食材を積極的に使って、同じものは作らないようにしているんです。
柿崎:だから、属人的なお店なんですよね。それぞれが経験したことが、お店で出す料理にすぐ反映される。そして、誰かが持ってきたものに、また影響されたり。自分も気に入ったら、積極的に乗っかっていくんです。僕がいろんな場所から持ってくる変わったお酒も、全部そういう感じなんですよね。
山崎:そうやって好き勝手やっているところも含めて、外から見るとわけがわからないと思う。これまでありがたいことに、多くの媒体の取材を受けてきましたけど、実はそれを見てもお店のことは100%はわからないと思うんです。そういうわからなさの「余白」がある。そこが気になるところであり、面白いところなのかなって思います。
森枝は、他の料理人と全然タイプが違っていたから、いろいろ面白いんじゃないかと思った。(柿崎)
—そもそも、約3年前にこのお店を始められたのは、どういう経緯だったのでしょう?
森枝:僕はここを始める前に、表参道の「246COMMON」(現在の名称は「COMMUNE246」)という屋台村で屋台をやっていたんですけど、その施設自体が一回閉じるタイミングがあって。そのときに、誰かと一緒にお店をやりたいと思ったんです。そのタイミングで柿崎と話をして。
柿崎:この建物は僕の妻の実家なんですけど、全部改修工事して、リニューアルすることになっていたんです。それまで入っていたお店の方にも、一回出てもらうことになって。ちょうど、そういうタイミングだったんですよね。
—柿崎さんは何をされている方なのでしょう?
柿崎:僕はカヴィスト(酒の仕入れや管理を専門的に行う職種)です。
森枝:最初に会ったときは、翻訳とかをやっていましたよね?
柿崎:やってたね。
—柿崎さんは、森枝さんと会う前から飲食店の経営を?
柿崎:いや、初めてで、この場所ありきの話でした。ただ、僕は料理の専門誌でライターもしていたので、料理人の知り合いが多いんですよね。だけど、彼はその人たちとは全然タイプが違っていたので、いろいろ面白いんじゃないかと思って(笑)。
—山崎さんは、そのタイミングで合流するんですか?
山崎:僕は、小中学校で森枝の同級生でした。僕はこの仕事とは別にバンドでギターを弾いているんですが、もともとお酒も好きだったのでソムリエの資格を取ったんです。
それで資格を取ったあと、1年ぐらい別のビストロで働いていたんですけど、彼がお店をやることを知って。どういうお店なのかあんまりよくわからなかったけど、面白そうだった。それで「ソムリエとサービスとして、一緒にやります」っていう(笑)。
料理を食べているうちに食文化に対する認識が変わっているのが理想です。(柿崎)
—ちなみに、柿崎さん、山崎さんから見て、森枝さんはどんな料理人なのでしょう?
柿崎:さっきも言ったように、僕が知っているどの料理人とも違いますね。一般的に、料理人は安定したクオリティーで同じメニューを効率的に作る訓練を受けている。でも、そういうのとは彼は無縁なんですよね。だから、普通の料理人から見たら、料理人じゃないって言われるかもしれない(笑)。
山崎:そうですね。料理も手段のひとつというか、他のカルチャーや、食に関する社会問題までを見ていて、それを編集しながら料理を出しているイメージがあります。そこが普通の料理人とは違うところで、確かに料理人ではないかもしれないですね(笑)。
森枝:そのあたりは、どうなんですかね。市場にも行くし、厨房にも立っているし、普通の料理人がやることは、全部やっているから、一般的な料理人以上に料理人だとは思っているんですけど。料理人として押さえなきゃいけないことは、全部押さえているというか。でも、その編集の仕方が、ちょっと違うのかな。
—フードマガジン『RiCE』の編集や、新宿ゴールデン街のレモンサワー専門店「The OPEN BOOK」のプロデュースなど、このお店以外でも活躍されていたり、ただ毎日、お店で料理を作っているだけではないですよね。
森枝:そうですね。だからちゃんと、休みも週に2日取れるようにしているんです。経営的には、週休1日にしたほうがいいのかもしれないけど、別のことができる時間を作りたくて。
柿崎:そういうちょっと変わったタイプの人って、日本の場合、どのジャンルでもあまり出てこられないというか、多少脚光を浴びたとしても、一過性のものに終わってしまうことが多いじゃないですか。ロングテールで発信し続けることは、なかなかな難しい。
でも、海外だとそういうパターンが多いんですよね。一風変わった料理人が、食のトレンドを作ったり、それをカルチャーのレベルにまで引き上げたりして。彼と一緒にお店をやったら、そのレベルまで行ける可能性があるかなっていう思いは、ちょっとありますね。
—単なる料理人ではなく、食文化やスタイルそのものを変えていくような存在というか。
柿崎:そうですね。食文化に対する認識が、知らないうちに変わっているというのが、僕の理想なんですよ。料理って、最初はただただ「美味しい」みたいなエモーショナルな驚きがあったりすると思うんですけど、そこで終わってしまうのではなく、そういう体験を通じて、だんだんとその人の食に対する認識自体が変わってくる。そうなれば面白いなって思うんです。
森枝:そう、日本人って、料理に対するお金の感覚が、ちょっとおかしいと思うんですよね。キロ何万円の食材がどうとか、金額でしか物事を判断できないことが僕は苦手で。そうではなくて、料理がどれだけ美味しくて、それが記憶に残って、いい思い出になるか。そういう、お金では測れない豊かさとか、新しい価値観を作りたいですよね。
やっぱり、店から帰るときに、気持ちのおみやげみたいなものを感じて欲しい。これまでにない体験をしたとか、新しいことを知ったとか、それがゆくゆくは何かに繋がるような体験になったりっていう。
柿崎:僕がお酒を選ぶのも、そういう観点なんですよね。だから、彼とは見ている方向性が一緒なんです。
「伝統」という言葉ひとつで、何でもかんでも守ろうとすることには疑問があります。(森枝)
—現在、キリンとCINRAでは「ビールシフト」「カルチャーシフト」を考える共同企画に取り組んでいます。そこで、ビールの価値観を変えるために最近、キリンが発売したクラフトビールに合う料理を、いくつか考えていただいたのですが、まずは「グランドキリン WHITE ALE(ホワイトエール)」から。
キリン「グランドキリン WHITE ALE(ホワイトエール)」と、菊芋のチップスの殻に、菊芋と蟹、ドリアンを合わせた料理
森枝:菊芋ってちょっと甘い香りがあるんですけど、それを蟹の甘い香りと合わせて、最後にドリアンの強い香りがグッとくる感じというか。このビールの最初にくる印象は、甘い香りなので、こういうのが合うんじゃないかと思って。
柿崎:このビールは、マスカット系のシンプルないい香りがするんですけど、そこにドリアンの硫黄系の香りを合わせるのが、うちっぽい。それで、香りに広がりが出るんですよね。
山崎:このビールって、ソーヴィニヨンブランみたいな若草っぽい香りがあるじゃないですか。それと、この菊芋のクリームの香りのコンビネーションがすごく面白い。
あと、その香りが、最初の上立ち香のあとに、ちょっと遅れてやってくるので、お酒と料理を一緒に味わうことで、口の中で立体的にフレーバーが動いていく感じが楽しいんじゃないでしょうか。
—続いて合わせていただいたのは、「グランドキリン IPA(インディア・ペールエール)」です。
キリン「グランドキリン IPA(インディア・ペールエール)」と、リコッタチーズのサラダ
森枝:リコッタチーズとヨーグルト、あと根セロリのピューレに、カリンのコンフィチュールがちょっと入っているものが下に敷いてあって。で、上がロマネスコとトレビスっていうハーブですね。さらにネズミの形をしたビーツと、カボチャのピクルスが乗っているという。
—このマッチングのポイントはいかがでしょう?
森枝:一般的なIPAって、苦みが結構前面にくる印象ですけど、このビールはそこまで苦みが前面に出てないんですよね。ただ、最後にはしっかり苦みがある。入りのスムースさは、セロリとカリンとヨーグルトの爽やかな香りが、似てるかなあと。上のロマネスコとトレビスは、しっかり苦みがある野菜なので、共鳴し合うところがあるんじゃないかと思ったんです。
—そして、最後に合わせていただいたのが、キリン「SVB(スプリングバレーブルワリー) アフター・ダーク」。これは、いわゆる黒ビールですね。
キリン「SVB(スプリングバレーブルワリー) アフター・ダーク」と、焼きナスと自家製のリンゴのチャツネを合わせたソバの実のサラダ
森枝:リンゴのチャツネには、廃蜜糖というミネラルを多く含んだ黒いお砂糖と、いろんなスパイスが入っていて。黒にんにくも、ちょっと入っていますね。それを混ぜたソバの実のサラダの上に、燻製したサンマと揚げたエシャロットと乾かした黒オリーブ、あと2年間干した大根のお漬物みたいなものが乗っています。
なので、料理の味わいとしてはすごい重心が低いもの、ぎっしりと味が詰まったものになっていて。このビールも、1杯目とかではなく、3、4杯目に飲むような味わい深いところがあるから、そういう低いところで合わせるのが落ち着くかなと思ったんですよね。
山崎:このビールは、ちょっと醤油とか味噌っぽい感じがありますよね。で、この料理も、ローストしたナスのフレーバーや、大根のスモーキーな出汁っぽいニュアンスが、このビールとすごく合うと思います。
—ありがとうございました。クラフトビールによってビールというカルチャーが変わりつつある中で、これからの料理や食文化の変化については、どのように考えていますか?
森枝:「変わっていく必要がある」というのは、言いたいことではありますよね。形式や様式は、絶えず変化していくものであるというか。たとえば、鮒寿司ってあるじゃないですか。何でそれができたかというと、あるときニゴロブナが大量に獲れて、それを保存するための工夫から始まっているんです。魚醤もそうですよね。特定のシーズンに大量に獲れたけど、いっぺんには食べられないから、それを塩漬けにして、魚醤ができたとか。
そういうのは全部、昔は意味があったんですけど、いまはその意味がなくなっているものも多い。その生物自体がいなくなっているのに、まだ続けようとか。だったら、別の増えたもので、何かを考えたほうがいいと思うんですよね。
「伝統」という言葉ひとつで、何でもかんでも守ろうとするのは、どうかなっていう。もちろん、それを残すことに意味があったり、残さなきゃいけないものもあるけど、状況が変わってきたなら、それに合わせて別のことを考えなくてはいけないと思うんですよね。
—手段と目的が逆になってはいけないと。
森枝:そう、形式的なものは簡単で、表層だけ真似することは誰にだってできるんですよね。だけどそれだと面白くないから、「その根っこの部分は何だろう?」とか、「どうしてこうなったの?」とか、そういう部分に僕らは興味を持っていて。
だから、僕たちは「すごい変わってるよね」とかよく言われるけど、敢えて変わったことをやろうとしているわけではないし、変わったことをやっているつもりも実はないんです。
- プロフィール
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- サーモン&トラウト
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2014年8月オープンの料理店。国内外の星付きレストランで経験を積み、レモンサワー専門店「The OPEN BOOK」のプロデュースや雑誌『RiCE』の編集スタッフとしても活動する森枝幹がシェフを務める。ソムリエはバンド「told」のギタリストとして活躍する山崎裕太、カヴィストはライターであり自転車店も営む柿崎至恩。生産者から直接仕入れた食材で作る創作料理を提供し、各所で話題を集める。店名の 「salmon and trout」は「痛風」を意味するイギリスのスラング。
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