下町の雰囲気が残る東京都足立区千住。荒川と隅田川に挟まれたこの町を舞台として、ここ数年興味深いアートプロジェクトが行なわれている。それが市民参加型のアートプロジェクト『アートアクセスあだち 音まち千住の縁』(通称『音まち』)だ。これまでにも大友良英、スプツニ子!、やくしまるえつこなどのアーティストが参加してきた。そのプロジェクトの一環として2016年から行なわれているのが「千住タウンレーベル」だ。
千住に暮らす人々の記憶や町中のさまざまな音をタウンレコーダーと呼ばれる記者が記録し、『音盤千住』と題されたレコードとしてリリースするというこのプロジェクトのディレクターを務めるのは、文化活動家・アーティストのアサダワタル。これまでに音楽ユニット、SjQのドラマーとしての活動や数多くの著作を通して、「住み開き」「コミュニティ難民」など、さまざまなソーシャルコンセプトを提唱してきた。
アサダは、このプロジェクトを通していったい何を生み出そうとしているのだろうか。「音によって町はこんなにおもしろくできる」という実践とその方法論について、話してもらった。
音楽を使って、おもしろい場が日常のなかで立ち上がっていく。これってライブだなと思ったんです。
—アサダさんが地域コミュニティーに関心を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか?
アサダ:僕はもともとバンドで音楽活動をしていて、町やコミュニティーへの関心はまったくなかったんです。でもある時、ライブが始まる前のチューニング音とか、ゴホッと咳をした瞬間はライブに含まれないのか、そういうことに関心を持ち始めたんですね。
アサダ:そのころから、自分が作る音楽と、人の会話や環境音などのサウンドスケープをゴチャ混ぜにした表現をするようになったんです。そこからとあるアートスペースの運営に関わるようになって、今度は「町で起こっていることと自分の音楽を混ぜていくにはどうしたらいいんだろう?」と考えるようになったんです。
アサダワタル『歌景、記譜、大和川レコード』(Amazonで購入する)
アサダ:2009年から2011年にかけて大阪の釜ヶ崎でやった『カマン!TV』はそういう発想から出てきたもので、1950年代から1970年代の歌謡曲を釜ヶ崎の商店街でVJのように流してみました。通りすがりのおっちゃんが「フランク永井、懐かしいなあ!」と盛り上がっていると、少しずつ若い人が集まってきて、コミュニケーションが生まれていく。
—おもしろいですね。歌謡曲を街中で流すことで世代間の交流が生まれる。
アサダ:その光景を見て、これってライブだなと思ったんです。音楽を使いながら、今まさにおもしろい場が日常のなかで立ち上がっている。こういうことができるんだったら、地域コミュニティーのなかで音楽を使っていろんなことができるんじゃないかと思うようになったんですね。
どこにテーマを置くのか考えていくことは、雑誌の特集テーマを決めることと同じだと思うんです。
—そうした発想が今回の「千住タウンレーベル」というプロジェクトにも繋がってきそうですね。今回のプロジェクトではどのようなことをやろうと考えたのでしょうか?
アサダ:町の情報誌ってありますよね。一定の地域で流通しているミニコミ誌。
—タウン誌みたいなイメージですね。
アサダ:以前から音を使ってそういう町のメディアみたいなものができないかと考えていて、音楽レーベルでもありつつ、町のメディアでもある「タウンレーベル」という発想がまずあったんです。
「千住タウンレーベル」ビジュアル イラスト:宮田篤(サイトをみる)
—プロジェクトとしての最初の活動はタウンレコーダーの募集説明会だったそうですね。
アサダ:タウンレコーダーというのはいわゆる雑誌の記者のような存在です。人に取材する人もいれば、町の環境音を録ってくる人もいる。そういう人たちをまず募集しました。
タウンレコーダーのなかには千住に住んでいる方もいるし、初めて千住に来たという方もいました。最年少が中学1年生、最年長で50代。いろんな目的を持った人が集まってるんですよ。
—取り扱うテーマについてはタウンレコーダーの方に委ねられているんですか?
アサダ:委ねています。テーマを考えるのは、雑誌の特集を決めるのと同じだと思っていて、今回一番参考にしたのが1960年代の『月刊 朝日ソノラマ』(インタビューなどを録音したテープやソノシートを収録した音の出る雑誌)。活字メディアであると同時に音楽メディアでもある、いわば「あわいのメディア」ですね。
そうしたものを参照しながら、タウンレコーダーの方々が千住の町の何を特集したいか考えて、市場のせりのダミ声とか、ターミナル駅である千住の電車の音とか、地元の人の町の思い出話なんかを特集として録音したんです。
今残さないといけないものを記録していこう、というプロジェクトじゃないんです。
—実際にできあがった『音盤千住』の13のトラックを聴かせていただきましたが、通常の音楽とは異なるものが多いですよね。ボッタという千住特有の食べ物が焼ける音を録音したものだったり、メロディーやリズムではなく、環境音と人の言葉で町の風景を描写したものがほとんどです。なかでも僕は市場や魚屋で働く方々のダミ声をひたすら繋いだ“千住D-1グランプリ 2017”が好きでした(笑)。
アサダ:これを作ったVNDOさんは浪曲が好きで、声そのものに関心があるんですね。ダミ声を拾うためには町に出なきゃいけなかったわけで、結果的に町の方々と仲良くなっていったんです。そうやって音への関心から出発し、町と関わりを持つようになっていった方もいますね。
—インタビュー録音や音響作品だけじゃなくて、“さんさ踊り”“千住節”といった地域で歌い継がれてきた民謡を演奏したものもありますね。
アサダ:音盤全体の構成として、全部がインタビュー集やサウンドアートのようなものだけだと、音としてちょっと弱い感じがしたんですね。この曲を担当した岡野勇仁さんはプロのピアニストの方なんです。演奏には僕もドラムで参加させてもらいました。
—今回の作品作りに関しては、俳優で芸能研究者でもあった小沢昭一さん(2012年に逝去)が1970年に日本各地の大道芸や門付け芸(大道芸の一種で、門口に立ち行い金品を受け取る形式の芸能の総称)を録音した『日本の放浪芸』がヒントになっていたそうですね。それぞれのトラックを聴いていると、確かに『日本の放浪芸』を連想させられるものもあります。
アサダ:僕自身、『日本の放浪芸』にはすごく影響を受けました。ただ1970年代当時、小沢さんはギリギリ残っていた放浪芸を記録することに目的意識があったと思うんですね。でも、千住タウンレーベルは「今残さないといけないものを記録していこう」というプロジェクトじゃないんです。現段階ではそれが残さないといけないものなのかどうか、よくわからないものに興味がある。後々になって、「あれを記録しておいてよかったね」と思うことって結構あるんですね。
レコードを囲んでワイワイ話し合うような環境を作ることが今回重要だと思ったんです。
—確かになにげなく録画していた商店街や都心部の映像が後から重要な価値を持ってくることはありますよね。
アサダ:当然、伝統文化も残さないといけないものではありますけど、同じようにボッタの焼ける音も残さないといけないだろうし、ダミ声は誰が残すんだ? という問題もあると思うんです。その何を大切に思うのかはタウンレコーダーの感性次第なんですよ。
—なるほど。
アサダ:こういうことを積み重ねていくことで後から意味が出てくるんじゃないかなとも思っています。『音盤千住』に入っている“さよなら、たこテラス”というトラックが象徴的です。築70年の木造平屋建てを改造した『音まち』と関わりのある『千住ヤッチャイ大学』の拠点で録音を進めていったんですが、その途上でそこを退去しなくちゃいけなくなった。すると、その録音に思いもよらず意味が出てきたんです。時間をかけて作っていくと、そういうことも起きうると思うんですね。
『千住ヤッチャイ大学』の拠点となっていた、たこテラスでの録音の様子
—そうして制作された音源が100枚限定という形でレコード化されるそうですね。なぜ不特定多数が聴ける配信やストリーミングではなく、限られた人数しか聴けないレコード、しかも非売品というリリース形態を選んだのでしょうか。
アサダ:どういう形で残すのかはさまざまな議論がありました。当初はCDにして配布することも考えたんです。地元の広報誌が各家庭のポストに投函されていくように、突然CDが投函されていたらどう思うだろう? と(笑)。
—それもおもしろいですね(笑)。
アサダ:でもふと考えてみると、突然投函されたCDをどれだけ聴いてもらえるだろうか、と。昔であれば、力道山の試合を見るためにテレビのある家までみんなが出かけていったように、限られた数だけプレスしたレコードを囲んでワイワイ話し合うような環境を作ったほうがいいんじゃないかとみんなで考えたんです。
町を舞台に音で変なことをやる人が増えてくれたら嬉しい。
—1月21日に千住で開催される『聴きめぐり千住!』というレコードのリリース記念イベントでは、どんなことが行われるんでしょうか。
アサダ:まず、受付会場でこのレコードを参加者のみなさんにお貸しして、それと合わせて地図をお配りするんです。地図にある場所にはレコードのプレイヤーが置いてあって、その場所を取材したタウンレコーダーと現地の方がいます。そこで指定のトラックを聴きながら、実際に現地の方のお話を聞くことができたり、ワークショップがあったり、ダミ声の講座があったりする(笑)。そうやってレコードを実際に聴きながら、参加者は町を巡っていくことになるんですね。
—まさに「聴きめぐり」しながら体験するイベントですね。
アサダ:ひょっとしたらイベントに参加するなかでタウンレコーダーになりたいと思う方もいるかもしれないし、千住の町に興味を持つ方もいるかもしれない。そういう出会いを広げるレコ発イベントにしたいなと思ってます。
—ところで、アサダさんと千住の町との縁は、いつからなのでしょうか?
アサダ:2014年から2年間、東京藝大の研究プロジェクトに関わったことがあって、そのときは千住にずいぶん通ったんです。ただ、千住のローカリティーを見つめていくような発想は今ほど具体的にはなっていませんでした。今回のプロジェクトが本格的に始まってから千住という町を意識するようになりましたね。
—アサダさんの視点で見ると、千住の町はどんなところに特徴がありますか?
アサダ:千住って東京の下町として語られることも多いですけど、僕の印象としては、どこか掴みどころのない町なんですよ。もともと宿場町だったという町の歴史は聞いてたんですけど、実際に駅に降り立ってみると、本当にいろんなものが混在している。
昔ながらの下町の風景も残っていれば、若い人もいて、今時のお店もあって、そういう多種多様な要素がつかず離れず混在としていて、そのぶん町を象徴するものが見えにくい。でも町を構成する要素は一つひとつパンチが効いてるんです(笑)。
—今回のプロジェクトを通して、千住の町にどんな変化が生まれることを期待しますか?
アサダ:千住の町を象徴するようなものとして、「千住では音を使っていろいろとおもしろいことをやってるらしい」という噂が広がっていったらいいなと思います。「千住といえば、音の町でしょ?」っていうような。音が千住のシンボルになったらおもしろいと思うし、それが成功すれば、他の町にも転用できるんじゃないかとも考えているんです。
—「住み開き」にしてもそうですが、アサダさんはそれぞれの地域を見つめつつも、他の地域でも転用できるものの考え方、実践の方法論を提唱してきましたよね。
アサダ:まさにそうですね。これをキッカケに町を舞台に音で変なことをやる人が増えてくれたら嬉しいです。町では「こんなことをやってもいいんだよ」とハードルを下げていければと思うし、「こんなことをやったら怒られるんじゃないか」というストッパーを一つひとつ解禁していけたらいいですね。
- イベント情報
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- 『音盤千住』レコ発企画
『聴きめぐり千住!』 -
2018年1月21日(日)
料金:無料(事前申し込み優先)
会場:東京都 北千住 千住エリア各所
※受付・音盤貸出は仲町の家
- 『音盤千住』レコ発企画
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- 野村誠 千住だじゃれ音楽祭 第2回定期演奏会
『かげきな影絵オペラ』 -
日時:2018年2月4日(日)
会場:東京都 北千住 東京藝術大学 千住キャンパス 第7ホール
出演:
野村誠
だじゃれ音楽研究会
梅津和時
川村亘平斎
神谷未穂
竹澤悦子
中原雅彦
定員:200名(先着順、事前申込優先)
料金:無料
- 野村誠 千住だじゃれ音楽祭 第2回定期演奏会
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- 千住・縁レジデンス 表現(Hyogen)
『茶MUSICA(チャムジカ)』 -
2018年1月28日(日)、2月10日(土)、11日(日・祝)、17日(土)
会場:東京都 北千住 仲町の家
参加:
表現(Hyogen)
神崎悠輔
定員:各回20名(事前申込優先)
料金:各回1,000円
※演奏とお茶の時間以外は入場無料、出入り自由
- 千住・縁レジデンス 表現(Hyogen)
- プロフィール
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- アサダワタル (あさだ わたる)
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1979年生まれ。2002年、バンド「越後屋」のドラマーとして、くるり主宰レーベルNMRより2枚のCDをリリースし解散。のちに紆余曲折を経て、大阪でNPOや寺院に勤めながらアートによる独特なコミュニティ活動を展開。2009年に提唱したソーシャルコンセプト「住み開き」が話題に。2010年以降は、音楽を軸に全国で様々なアートプロジェクトの企画演出と執筆に取り組む。著書に『住み開き』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ』(木楽舎)など。大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員、博士(学術)。またグループワークとして、ドラムを担当するサウンドプロジェクト「SjQ/SjQ++」では、アルス・エレクトロニカ2013デジタル音楽部門準グランプリ受賞。
- 千住タウンレーベル
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千住で生活してきた市井の人々の人生譚(記憶)、千住のまちならではの風景や人間模様にまつわるエピソード、千住に根づき息づく音楽など、これらすべてをテキスト(文字)だけではなく、「音楽」として編集し、まちなかの拠点を編集室(スタジオ)として、発信・アーカイブしていくプロジェクトです。
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