「編集」とは何か。「編集」を学ぶとはどういうことか。CINRA.NETでは、多くの記事に「編集」というクレジットがついている。筆者自身も編集者として仕事をしてきた人間でもある。しかし自分も含め、そういった肩書きを持つ多くの人間がその問いに明確な答えを用意することは難しいのではないだろうか。
知の巨人と呼ばれ、ブックレビューサイト千夜千冊などいくつものメディアを築いてきた松岡正剛が校長をつとめるイシス編集学校では、文字通り「編集」というものを「守」「破」「離」という3つのコースで学んでいく。ここで言われる「編集」は雑誌やメディア制作といった狭義のものではない。「情報をどう扱うか」「どうそれを取り込み、関連付け、表現するか」という知的な営みの本質に関わるもののことを指す。筆者は昨年から「守」を4か月間体験したが、そこは38個のお題からなる編集の「型」を師範、師範代と呼ばれる編集コーチとのやり取りで体感していく、ネット上の「稽古場」だった。
特徴的なのは、師範代や師範もまたイシス編集学校にて「守」や「破」などのコースを学び、編集コーチングのためのトレーニングを得て指導者として関わっていること。普段はそれぞれの本業としての仕事に携わりつつ、師範・師範代としての役割を担っている。「守」の終了後、筆者の指南を担当した深谷もと佳師範、加藤めぐみ師範代と語り合った。話題は、センスや感性の磨き方や、AI時代の人間が作る価値にまで広がった。
編集者という肩書きで仕事をしている人の多くのが「編集とは何か」ということを明確に定義できていない。(柴)
柴:「守」ではたいへんお世話になりました。
加藤:柴さんはプロの編集者ですよね。入門されて、最初のお題で「コップの使い方を30個あげよ」とか、第一印象で「こんなことが編集?」とは思わなかったですか?
柴:それはあまりなかったんです。僕もそうなんですが、おそらく編集者という肩書きで仕事をしている人の多くが「編集とは何か」ということを明確に定義できていないと思うんですね。編集者こそコップの見方を多様に切り替えるような「方法」としての編集を学ぶ必要があると思うし、お題に回答していく中で自分の使っている発想のツールを再確認することは何度もありました。
深谷師範はイシス編集学校で学んだことが仕事に役立ったという実感はありますか?
深谷:私は美容師なんですけど、美容の仕事について言うと、ヘアスタイルを作ること、それ自体が編集なんですよね。どんな業種や作業でも、自分のやっていることは全て編集に置き換えることができて、自分の方法を客観視できる。その置き換えの文法を学んだ感覚があります。
深谷:そもそも「編集とは何か」というと、私は逆にどういう人に編集が必要かを考えるんです。今この瞬間に全てが満たされている人には編集は不要だと思う。逆にそれ以外の全ての人には編集が必要なんです。たとえば、お腹が空いていたら、何かを食べるために算段をするのも編集。イシス編集学校ではそれくらい広く編集というものを捉えています。
柴:よりメタ的に物事を捉える、と。
深谷:そう。美容師の話に置き換えれば、注文通りに髪を切るだけだったら、いずれロボットやAIに任せちゃえばいいんですよ。そこに人間らしい何かを加える場合、編集的な感覚とかセンスが要求される。編集的な想像力を働かせて、その人の服や靴、声のトーンや喋るテンポ、呼吸の深さ、いろんなことを何気なく観察するんです。観察力の高い美容師ほど情報が集まるから、その人にフィットしたデザインを提供できる。
「編集のスキルが身につきましたか?」と問われると、簡単にイエスと言えない自分がいるんです。(柴)
柴:センスや感性をどう身につけるかというのも難しい問題ですよね。
深谷:そうなんです。技術や接客は、それなりのマニュアルがあれば培うことができる。じゃあ感性は教育することができるのか?
センスや感性ってそもそも誰もが持っているものなんですね。でも、とりわけ美容師は、感性が商材である限り、それをトレーニングして高めていく必要がある。それをスタッフにどう伝えていくか、自分がどう高めていくかは、すごく切実なテーマです。それをしない限り、AIに負けちゃうんですよ。
で、どこから取り組んだらいいかは、ひとつはやっぱり察知力なんですね。どこに何の情報が潜んでいるかに気付くためには、注意のフォーカスをどこに置くかを訓練する必要がある。そこに関してはイシス編集学校の初期でやるお稽古がとっても有効だと思います。
柴:加藤師範代はいかがですか? 編集という考え方がご自分の仕事においてどう役立ったか。
加藤:私は、仕事内容が頻繁に変わるんですね。ベンチャー企業では珍しいことではありませんが、部署はもちろん、担当するサービスも職種も変わりますし、転勤もしました。慣れないところに常に飛び込んでいくので、どうしても行き当たりばったりになりがちだったんです。
イシス編集学校に入ってからは、今自分が情報をインプットしているのか、何かと関係づけようとしているのか、それともアウトプットする段階にいるのかーー自分が何をしようとしてるかが、一歩引いて考えられて、パターンとして捉えられるようになりました。後ろの自分が指令を出してくれるようになったような。
柴:深谷師範は美容師でしたが、加藤師範代はどんなお仕事をやられてきたのでしょうか。
加藤:私は大学1年生の時に入った学生ベンチャーにそのまま就職して今にいたるので、転職も就活もしていないんです。はじめは7、8人だった会社が数百人になっていく過程で、仕事上の価値観やルールがどんどん変わっていったんですけど、そういう今の会社しか知らなかったので、イシス編集学校に入って「別の世界が開けた」感じがありました。社会と自分を結ぶもうひとつのパイプができたというか。柴さんはどうでしたか?
柴:僕自身の体験と感想を正直に言うと、「守」のコースが終わった今、「編集のスキルが身につきましたか?」と問われると、簡単にイエスと言えない自分がいるんです。
それは、そういった二元論に落とし込めないものを得た実感があるからなんですけど、こういう学びの機会って、多くの人は英会話とか資格とか、「何かのスキルを身につける」というイメージで捉えている人が多いですよね。でも、イシス編集学校で得るものはそういったものだけではない気がしているんです。
編集というのは、すごく動的なもの。常に動いている場の中に自らの身を置くことでしか体験することができない。(深谷)
柴:イシス編集学校には「花伝所」という師範代になるためのコースがありますよね。加藤さんが「守」のコースを始めてから師範代になるまでは何年くらいかかりましたか。
加藤:1年半ですね。最初は「できるのかな?」って思いましたが、何とかなりました。
深谷:実は、師範代が一番学ぶ側の立場なんです。最初の「守」というのは全体像が見えない中、ある意味わけもわからずお題に返答していくんですね。でも、それを一通り経験した後で「守」の師範代をやると、ジグソーパズルのピースが組み合わさるように「ああ、こういうことだったのか!」と、おぼろげながら見えてくる。編集というのは、すごく動的なものなんですね。常に動いている場の中に自らの身を置くことでしか体験することができない。師範は、その一連をコーチングする役です。
柴:深谷師範、加藤師範代にとっての「守」のコースはどういう体験でしたか?
深谷:「守」は誰もがイシス編集学校に入ると最初に通過する基礎コースですが、これがとにかく楽しかったんです。お題への回答に何を言っても、どんな変化球を投げても、師範代というコーチが受け止めてくれる。それまでの私はどこに行ってもアウトサイダーみたいな立場で人生を過ごしてきたので、居場所を見つけた感じがあった。とにかく幸せだったし、楽しくてしょうがなかったです。
加藤:私はとにかく考え込むタイプだったんですが、やっぱり楽しかったですね。私も師範代に恵まれたんです。お題に対してどれだけ長い回答を書いても、きっちり返してくれる。その度量に憧れました。
柴:イシス編集学校に関わるようになって、物事の見方や捉え方は、どう変わりましたか?
深谷:本当に何かを掴んだと思ったのは、師範代の経験をしてからですね。私は「守」「破」「離」のコースを一直線に進んだのですが、全てを修了しても編集とは何であるか、型とは何であるか、わからないという想いが残った。それで自主的な居残り稽古のつもりで「花伝所」に入って師範代を始めたんです。
加藤:私はちょうど「破」が終わった時に東京から宮崎に転勤が決まって、ITスキルの研修のコーチをすることになったんです。だからマネージメントやコーチングに興味があって師範代をやろうと思ったんですね。
—師範代をやって気付いたことはありましたか。
加藤:気付いたのは、原因と結果というものは、はっきり分かれるものじゃないということ。常に最中だという感覚になりました。
深谷:その通りですね。いいこと言うね(笑)。
大人になってからこんなに真剣に遊んだことはあっただろうかって思うくらいです。(加藤)
深谷:ひとつ言えるのは、編集術と呼ばれるようなことは、アプリをダウンロードするようにインストールして身につけることはできないんです。イシス編集学校でやってるカリキュラムとか、そこに書かれている講義篇の文章を出版して公開したところで、読んだだけじゃ編集は起動しないんですね。
何故かというと、編集は現場で動く動的なものだから。その現場に自分の身を投じない限りは体験できないんです。「オンラインで学ぶ」というと、なんらかのカリキュラムがあって、コツコツ一人でプログラムをこなして完了という風な感じで思う人もいるかもしれない。でも、それとは違うんです。その場に身を投じて、体感する、その皮膚感覚をもってしなければ変わらないんです。
柴:まさに感性とかセンスをどう得るかということにつながる話ですね。それは資格やマニュアルのように決まったものを覚えるのではない。むしろ物事の見方を揺さぶられることで、自分が持っていた視点とは別の見方を得る手掛かりになる。
深谷:知人のドキュメンタリー映画作家さんが「人は人からしか触発されないんだ」って言っていて、本当にそうだと思うんです。イシス編集学校は、そういう意味ではまさに人の坩堝だと思います。師範・師範代と生徒10人程がネット上の教室を共にするスタイルですが、いろんな立場の人がいるし、驚くような立場やキャリアの人もいる。そういう人と肩を並べて、同じ釜の飯を食うような経験を得る。そういう経験は、ただテキストを学ぶだけでは得られないものです。
加藤:私は役に立つかどうかというより、とにかく楽しかったです。お題に回答するのが楽しくて、他の人の解答を見るのはもっと楽しい。たとえば真剣に1本の映画の構造を読み解いて何日も何日も考え続ける、というようなお題がありますが、大人になってからこんなに真剣に遊んだことはあっただろうかって思うくらいです。
深谷:イシス編集学校は、水の中を歩くのに似てると思うんです。入門する動機や切実さはひとそれぞれだけど、誰もがそれぞれの前進のしかたを見つけることができる。バシャバシャ水遊びするように歩くこともできるし、フィットネスのつもりで真剣に水の中を歩く人もいる。早く歩けば負荷がかかるし、ゆるく歩いてもいい。自分次第でどうにでも楽しめるし、自分でそれをコントロールできるという。
柴:加藤師範代は、どういうところを「遊び」と感じたんでしょうか?
加藤:正解も目的もないところですね。師範代が全力で面白いことを言ってくれるという会話でもありますし。真剣過ぎる遊びですね。
深谷:遊びも、ルールがあるから面白いんですよ。制約があるからこそ生まれるクリエーションがある。
社会や時代をブレイクスルーしていくためには、やっぱりどこかで問いを立てる必要がある。(深谷)
柴:イシス編集学校は、お題とその回答のやり取りが軸になっているわけですよね、これは今の社会でもそうだと思うんです。たとえばポップミュージックの世界で言うと、CMソングやドラマの主題歌を作るというのは、お題があり、まさに制約があるからこそ生まれるクリエーションですよね。
それだけでなく、いろんな領域で問題解決というものがビジネスそのものになっている。僕は最近になって遊びと仕事の境界線がだいぶ溶けてきていると思うんですが、そういうお題と回答のやり取りというのが、まさに遊びであり仕事であると思っているところはあります。そこから何か掴めるのではないかと思い、編集稽古も次のコースに入って続けることにしました。
深谷:問いを立てる力って、まさに今の社会に求められていることですよね。正解を求める人、最適化することを考える人は多いけれど、社会や時代をブレイクスルーしていくためには、やっぱりどこかで問いを立てる必要がある。そして問いがあることによって、場が動いていく。
柴:AI以降の時代ということでよく言われるのは、人工知能は最適化をすごく得意としているということですよね。やるべきタスクを与えられて大量の情報を処理してパターンを認識することはできる。しかし、そもそもの問いを立てる作業は人間がするしかない。そういう意味では、その領域が価値を作っていくだろうなと思います。
深谷:師範の役割として、問いを立てるというのがひとつ大きな仕事なんです。それはカリキュラムとしてのお題を作るっていう意味じゃなくて、その場その場で、適切な間合いと深度と速度を持って問いを発することができる。そういうことを師範は目指しています。
それが出来るようになると、その師範はイシス編集学校だけではなく自分のテリトリーで仕事を持っているので、自分の持ち場で、いろんな問いを立てることができる。そうすると、師範が行く先々、その場がどこであれ相手が誰であれ、そこに編集が動いていく。
イシス編集学校はそういうことを目指しているんだと思うんです。師範の一人ひとりがジェダイみたいに世の中に増えていって、オセロを1枚1枚ひっくり返すように、いつのまにか社会が変わっていく。そういうことを私は妄想していますね。
- イベント情報
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- イシス編集学校
第41期[守]基本コース -
入門:2018年4月16日(月)
稽古期間:2018年4月23日(月)~8月19日(日)
定員:200名
受講資格:どなたでも受講していただけます。
受講料:108,000円(税込)
- イシス編集学校
- プロフィール
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- 深谷もと佳 (ふかや もとか)
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イシス編集学校師範。ユニークなファッションセンスと浩瀚な知識、自在な編集力に校長の松岡正剛の評価も高い。美容師にとどまらず、ラジオパーソナリティ、イベント出演など多彩な顔の持主。相手の文章を読むだけで、ヘアスタイルや髪の毛の長さを言い当てることができる。アトリエミーム主宰。
- 加藤めぐみ (かとう めぐみ)
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2016年春入門後、一直線に師範代をつとめたイシス編集学校期待のホープ。言葉や発想の柔軟さを活かし、編集学校のアワードでも最優秀賞を受賞した。インターネットメディアを手がけるベンチャー企業に学生時代に参画し、上場後も継続し業務プロセス改善、人事研修等を手がけている。
- 柴那典 (しば とものり)
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1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「NEXUS」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。「cakes」にてダイノジ・大谷ノブ彦との対談連載「心のベストテン」、「リアルサウンド」にて「フェス文化論」、「ORIGINAL CONFIDENCE」にて「ポップミュージック未来論」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。
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