様々な側面において、旧来的な「芸能」の枠組みが急速に崩れつつあるなか、「多様性」を体現する2010年代のミスコン『ミスiD』の開催意義は、ますます確かなものになってきていると言っていいだろう。
兎遊(うゆ)とろるらりという、『ミスiD2015』の金子理江と水野しず以来となるWグランプリ、過去最多となる80人超えのファイナリスト、さらにはCGやAIといった架空のキャラクターのエントリーなど、話題豊富だった前年度に続いて、『ミスiD2019』のエントリーが4月2日からスタートした。
今回CINRA.NETでは、『ミスiD』実行委員長の小林司、兎遊、ろるらりの3人を迎え、「『ミスiD2019』が考える、女の子の魅力とはなにか?」を聞いた。エントリーをしようと思っている人には必読のテキストだし、そうでない人にとっても、3人の対話には現代的な価値観が息づいていることを感じてもらえると思う。なお、今年のキャッチコピーは「キミがいる景色が この世界」。ティザー映像には、「ここは僕の居場所じゃない」と歌われるRadioheadの名曲“Creep”のカバーが使われている。
これまで女の子を選ぶ価値基準って、スタイルやルックスだったけど、もっといろんな側面で評価しようと。(小林)
—『ミスiD』の開催意義については、連載「ギョーカイ列伝」の取材にて小林さんに話していただきましたが(なぜ見た目重視ではないアイドルを探す?『ミスiD』小林司の発想)、昨年度の『ミスiD2018』については、どういった印象をお持ちでしたか?
小林:堅苦しい言い方になってしまいますけど、『ミスiD』を一言でいうと、やっぱり「多様性」だと思うんです。これまで女の子を選ぶ価値基準って、スタイルやルックス、あとはポジティブさとかで、一度ドロップアウトしちゃったらおしまい、後ろ向きの性格、理解に時間がかかる個性といったグレーゾーンはそもそも評価にも入らなかった。でも、『ミスiD』はもっといろんな側面で評価しようと。
とにかく「女の子がサバイブしていくパターン」をどんどん増やしていこうと。だから去年は、Wグランプリ含めた、ファイナリストの人数も過去最高の83人になってしまいました。
—その結果は、まさに『ミスiD』にとって「多様性」が核であることの表れだと。
小林:生物の進化でいうと、恐竜って大きくて強い個体ほど勝ち組だったけど、隕石によって地球の環境が変わって、ほぼ一瞬で絶滅しちゃったじゃないですか? そこで生き残ったのは小さい生き物なんですよね。言ってしまえば、それまで最下層の負け組だったのが、逆転した。
そこから、隠れながら生きていた小さな生き物のおかげで、やがて人間が生まれて繁栄したわけです。つまり、多様性やグレーゾーンを保証しておかないと、すべて死んでしまう可能性があるんですよ。
—なるほど、確かに。
小林:メディア側も、女の子の多様性を保証しておかないと、次の時代に絶対に対応できなくなるなと。それにはもっといろんなロールモデルがあるべきで。まだ評価されてない部分を評価することで、今は生きづらいと思っている人たちにとって生きる道を作ってあげたいというのが、あえて言葉にすれば『ミスiD』で。
「iD」は「アイデンティティ」と「アイドル」の「iD」って言ってたんですが、今はそれに「I(私)」と「Diversity(多様性)」も、と言っています。後付けですけど(笑)。実際、始めたとき(2013年)よりは、女の子の生き方やパターンが少しずつ増えてきている気がします。
毎年、「賞の数が多すぎる」と苦情が来るんですよね。だけど、僕はファイナリストくらいまで残った人は本当にもう全員「ミスiD」だと思っているので。『ミスiD』は、本当はグランプリを決めるオーディションではなく、未来に種を蒔くオーディションなので、どうしてもそうなっちゃう。でも「今年はファイナリスト80人が『ミスiD』です、終わり」だとさすがに怒られるだろうし、伝わらないにもほどがある(笑)。なので、その年の象徴として賞やグランプリを決めてるという感じです。
—実際、これまで『ミスiD』で受賞した女の子たちは、今様々な活躍の仕方をしていますね。
小林:そうですね。稲村亜美みたいにスポーツというどメジャーなフィールドで活躍する子もいれば、水野しずみたいに「水野しず」としか言えないアートベースのフィールドで存在感を示す子もいて。あと、最初からわりとそうなんですが、同性に支持される女の子が結果的に多く出てるのは嬉しいですね。初代グランプリで今や『ViVi』(講談社)の看板モデルでもある玉城ティナはもちろん、LADYBABYから分裂した金子理江や黒宮れい、最近も広瀬すずに絶賛されたオタク系モデルの多屋来夢、『non-no』(集英社)専属モデルにもなった女優の山田愛奈……。
あと、たとえば、ゆうこす(菅本裕子。『ミスiD2016』準グランプリ)。『ミスiD』を取る前までは「自分は絶対に女子ウケしない」とずっとグズってたのが、今や女の子の欲望を上手にすくい取って形にしていくジャンヌダルク的存在になってしまった。SNSを誰よりも上手に使いこなし、事務所に入らず個人でブレイクしていく感じは、本当に新しい女の子像ですよね。「『ミスiD』前」と「『ミスiD』後」を目に見える形で示した最高のケースだなと思います。過去まで自分で書き換えてしまった。こういうことがあるから、どうしても「問題のある子ほど面白い」「いろんな子を選びたい」って思っちゃうんですよね。
「自我が強すぎて生きづらい」と思うことも多くて、この生活から逃げ出したい、という気持ちがどこかでずっとあったんです。(ろるらり)
—昨年グランプリを受賞した2人にお伺いすると、まずろるらりさんは、なぜ『ミスiD』に応募しようと思ったのでしょうか?
ろるらり:美大に通ってたんですけど、周りに『ミスiD』をすごく好きな子がいて、「すごく合ってると思うから、受けてみなよ」みたいに言われて。『ミスiD』は昔から知っていました。私のなかでは水野しずさん(『ミスiD2015』グランプリ)のインターネットへの登場が衝撃で。当時、元美大生のしずさんが、美大生が抱える問題というか窮屈さをTwitterで言語化していたのが、的を得すぎて頭から離れず、悶々とすることが何度かあったんです。それぐらいしずさんの言葉は強いなあと思います。
あと、私は女子のイラストを描くことが多いのですが、『ミスiD』のなかでグッとくるビジュアルの女の人を絵の資料として大量に印刷してファイリングしていて、個人的にお世話になっております。
—もともと『ミスiD』に興味もあったし、周りの後押しもあって、受けてみようと。
ろるらり:でも最初は「自分は出る側じゃない、ウォッチャーだ」って思ってました。もともとクリエイター志向だし。あと家の事情もあって、「こういう表の道に行っちゃいけない」っていう、無言の圧力が小さい頃からあったのかもしれません。後押しがあるまで、本気でこんな人たちと自分は関係ないと思ってました。
でも、薦められて初めて要項とかをちゃんと見てみると、「私向けだなあ」と思う節がかなりあってビビったんです。その節をもう一度見直して、いろんな意味でヤバすぎるメンツの審査員が自分のために描き下ろしてくれる言葉とか、日常とはなにか違う、予定外の景色を見てみたいと思って、我慢ならずエントリーを決めました。
—ろるらりさんは、8人兄弟のなかで、唯一の女の子だそうですね。
ろるらり:その人数なのでお金に余裕がなかったはずなのに、大学まで行かせてもらったから、親に悪いんじゃないかって気持ちがあるのも確かです。でも私は、「自我が強すぎて生きづらい」と思うことも多くて、この生活から逃げ出したい、どこかに私の居場所がある、という気持ちがどこかでずっとあったんです。そんなときに、小林さんと擬似遭遇することがあって……。
中学生のときは日本語がしゃべれなくて、友達もまったくいなかったから、「ぼっちが、世界を変える」というテーマに惹かれたんです。(兎遊)
—2017年3月、小林さんが「禁断の多数決」というユニットのライブを渋谷に観に来ていて、「“GOGO!! カンフーダンス feat.テンテンコ”でチャイナ服でステージに上がった女の子、ミスiDにエントリーしませんか。特にお団子ヘアの方」とツイートをしたんですよね(チャイナ服を着ているお客さんはステージに上がってOKとライブ前から告知されていた)。そのお団子ヘアの女の子、というのがろるらりさんだったと。
小林:一番後ろで観てたので、顔は全然見えなかったんですよね。僕、かわいさって顔じゃなく、シルエットだと思っているんです。顔も、作りよりも頭蓋骨の美しさとか、全体の骨格、そして動作や仕草、声やしゃべり方、あとはなんだろう…….空気感みたいな、そういうものの総合力。
ろるらりは、手足が長くてまずそのシルエットが圧倒的にグッときたんです。お団子ヘアの頭も最高で、仕草がかなりいびつ。なんか突出してたんですよね。顔の細かい造作は全然見えないけど間違いなくかわいいでしょと。ただ、ろるらりがそのときのチャイナ服の子だってわかったのは、かなりあとになってからで。顔もわからないので、カメラテストで会っても当然わからず(笑)。
—では、兎遊さんが応募しようと思ったきっかけは?
兎遊:もともと『ミスiD』を好きな親友のクラスメイトがいて、柳ゆうかっていうんですけど(『ミスiD2018』にて「死んだふりして生きるのはもう飽きた」賞を受賞)。2017年の秋頃、一緒にLADYBABYの2人になって初めてのインストアライブを横浜のタワーレコードへ観に行ったときに、小林さんから「『ミスiD』受けてみませんか?」って話しかけられて。
最初はまったく受けるつもりなかったんですけど、キャッチコピー(「ぼっちが、世界を変える」)に惹かれたんです。私、中学生のときは日本語がしゃべれなくて(中国とインドネシアのクオーターで、中学生のときに来日)、友達も最初まったくいなくて学校に行くのも本当に嫌だったから、「これ、中学生のときの私だ」って思ったんですよね。
小林:僕、外で「『ミスiD』どうですか?」と直接声をかけたのって、今まで3人くらいしかいないんですよ。そういう勇気を1ミリも持ち合わせてなくて、どうすれば知らない人に外で話しかけられるのかわからないんです。スカウトの人とかって本当に尊敬します(笑)。でも、そのときは、LADYBABYのイベントだから「『ミスiD』を知ってる」という前提があったんですよね。
制服の女子4人くらいでわちゃわちゃしてたんですけど、そのなかでもパッと目を引きました。単純に「二次元かな?」と思うかわいさもあったし、説明がつかない奥行きがあるというか、目に暗さがあった(笑)。あとは今の日本の女の子にほとんど感じない、作為のないピュアさ。かわいい以上のブラックホール的な魅力があったんだと思います。
—じゃあ、実際にその子が応募してくれて「やった!」という感じでした?
小林:いえ、最初はまったく気づかなかったんです。エントリーシートがとにかく適当で。エントリーネームが「あいう」で、写真は全部自撮り。スリーサイズも書いてない。写真もあまりにかわいすぎて「これ多分拾い写真っぽいし、この子は架空っぽいですね」って、選考委員の岸田メルさんと話してたくらいです。
エントリーシートに書いてあるのも「イラストを書くのとゲームがすき」くらいで、ほとんどが空欄。「人生でこれだけは経験しておきたいこと」が「ユウフォウキャッチャー上手くなりたい」って、もうなんじゃそりゃと。
ろるらり:それ、一番好き(笑)。
小林:空想を掻き立ててくれたというのはありました。こんなアンリアルな子が現実世界にいたら絶対面白いだろうなって。ろるらりは、エントリーシート、逆にすごく書いてたよね?
ろるらり:はい、すごく長文書いちゃった。多分兎遊ちゃんとは、情報量の差がすごい(笑)。
小林:印象に残ってるのは「自己顕示欲や承認欲求のそこそこの強さのため自分を安売りしてしまい、自爆してました。女の子であることを浪費することをやめ、計画的に消費したい」みたいな一文で。「なんのことだ?(笑)」って。とにかく妙に気になるエントリーシートで。
なので、今年受ける人にアドバイスをすると、エントリーシートは特に法則があるわけではないです。書けばいいってわけでもないし、書かなかったら落ちるわけでもない。とにかく気にならせてくれれば。
ろるらり:あ、今、なんで文章が長かったのかを思い出したんですけど、私、そのとき就活をしていて、現実逃避のために『ミスiD』を受けたところもあって。就活のエントリーシートは枠が埋まるくらい書いたほうが印象がいいって言われてたから、『ミスiD』のほうも無意識にそうなってて……でも、長さは関係ないっていう情報が今出ましたね(笑)。
小林:でも、個人的にはなるべくいろんなこと書いてほしいです。これ、やっぱり出版社主催のオーディションで、僕もそうですが、吉田豪さんや大森靖子さん、テレビ東京の佐久間宣行さん、岸田メルさん、家入一真さん、山戸結希さん、東佳苗さんなど、選考委員が本当にきちんと読んでくれる稀有なオーディションなので(笑)。
去年から選考委員に入ってくれてるSKY-HIこと日高くんも、あんなに忙しいのに本当に全部のエントリーシート読んでくれるし、菅野結以ちゃんからも「移動時間ずっと見すぎて通信制限かかりました」ってLINEが来ました。なので、もしあなたが広瀬すずみたいな100点のルックスじゃなかったら、とにかく「会ってみたい」と思わせる要素をひとつでも多く書き込んでほしい。本当に読みますから。
予想のつく範囲じゃない人が出てきてほしいですね。ポカンとするくらいの。(小林)
—みなさんは、『ミスiD2019』でどんな女の子と出会いたいですか?
小林:そう聞かれて誰かが答えそうな解答を超えてる人……ですかね。「なんじゃそりゃ?」っていう。「ちょっと暗めの美少女」とか「文系」とか「再起を期すアイドル」とか、いわゆる「『ミスiD』っぽい」と言われるタイプの女の子ももちろんウェルカムなんですが、正反対の底抜けに明るい人、ルックスなんてどうでもいいと思えてしまうくらいのパワーのある人、日本という範疇に留まらない人、ふざけたビジネスプランを持ってる人、不遜な人、「あなたはどこでなにをして生きてきたのでしょうか?」って思うくらいUMAみたいな人。多少わけがわからなくてもいい。
あと、もし一次選考の書類を通ったら二次がカメラテストなんですが、そこでは絶対にこれまでの受賞者を意識しないでほしい。水野しずがグランプリの翌年に、カメラテストでフリップ芸をやる子が増えたんです。だけど、しずのクオリティーを上回るなんてまず無理で。あれは狂気ギリギリの領域なので。正解なんてないので、自分のやり方で大丈夫です。
小林:兎遊は、受ける前に誰かの自己PR動画見たりした?
兎遊:女装っていうんですか? ピアノを弾いてる、あの動画、好きです。すごく楽しかった。最初本当に女の子かと思って、びっくりしました。
小林:アーバンギャルドのおおくぼ(けい)さん!(笑) 兎遊はジェンダーのボーダーに、いつも興味を示すんです。
小林:ろるらりは、二次のカメラテストでなぜアオザイを着たの?
ろるらり:アオザイは、高校時代の世界史の先生が「世界で一番そそる」と絶賛していたのでもともと気になっていて、一回着てみたいなと思ってました。「なんでもあり」と要項に書いてあるとはいえ、やっぱりミスコンだから、一応ビジュアルはそそる感じでいこうかなと思って。『ミスiD』のカメラテストを受けるにあたって「コスプレ可」と記載されていたので、これはチャンスだと確信し着てしまいましたね。アオザイを着る理由づけのためにダイワハウスのCM(「ベトナムにも」編)のモノマネをしようとしたんですけど、スタジオでとんじゃって、めちゃダサい動画になっちゃったから、絶対に落ちたと思ってました。
—でも、それが他の人とは違って面白かったわけですよね。
小林:そうですね。しかも「もう一回やります」って言って、それもとんじゃうっていう、Wでダサかった。でも、今見てもそこまで込みで作品になっているんですよね。今となっては、すごくろるらりっぽいという。
—個性がちゃんと魅力として表れていたと。
小林:やっぱり、自分らしくないこと、無理なことはしないほうがいいです。できないことに挑戦するとかじゃなくて、できることを工夫して大きくするようなプレゼンをしてほしい。
『ミスiD』の選考委員って、一見怖く見えるかもしれませんが、異常に優しいと思うんですよ。吉田豪さんが、自分の選考委員のプロフィールに「以前、寺嶋由芙さんが『ミスiDはシェルターみたいなもの』と言ってたんですけど、ボクも、ミスiDは、放っておいても成功しそうな人より、いろいろと鬱屈したものを抱えていたり(中略)、ここでしか評価されなさそうな人のほうが有利なオーディションであって欲しい」と書いているのですが、本当にそんなシェルター、駆け込み寺ではありたいと思ってるし、失敗や挫折や孤独から生まれるもののほうが世界を変えるって、わりと本気で思ってるところがあるんです。
—確かに、選考委員として名を連ねている方々は、挫折や孤独を知ってる人にしか生み出せないものがある、という考えを持っている方が多い印象です。
小林:実際、なんにもしゃべらない子をこんなに見守るオーディションはないと思います。下手したら、最初の2分しゃべらなくても、それはその人の空気だと思って全員でちゃんと見てます(笑)。普通は10秒で「はい、次!」ですよ。
『ミスiD』の選考の最大の特徴は、とにかくこの選考委員選考だということ。あらゆるジャンルの個性的な選考委員たちが、書類を読み、期間中はTwitterや配信まで見てくれ、最終面接を経て、印象に残れば選評までもらえる。そこでもらえる言葉が、その後の人生を左右することもあると思うんです。そのためだけに受けたっていいと思います。自分を誰かに丁寧に評価してもらうことなんて、人生、なくないですか?
ただ、そもそも、たとえば人を巻き込む力がとても優れてる人もいる。そういう人はちゃんとある「投票枠」、つまり毎日の応援を呼びかける「CHEERZ」や写真を買うことで応援する「アー写.com」を上手く使えばいいと思うんです。そこではやる気に応じて課金の呼びかけも必要になる。そこはそこで大事なサバイバル戦略なので見ています。つまり、自分はどこで勝負するのか、なんとなくでも戦略だけは立てておいたほうがいいかもしれません。
小林:2人はどんな人にエントリーしてほしいですか?
兎遊:かわいい子。純粋な、世の中の悪いことを知らなそうな顔の子。
小林:なるほど。兎遊がまさにそんな気がするけどね。
小林:ろるらりは?
ろるらり:いい意味で期待を裏切るような人が出てくると、楽しくなるなって。
小林:本当に、予想のつく範囲じゃない人が出てきてほしいですね。ポカンとするくらいの。逆に向いてないかもしれないのは、ジャンルに限らず、正統派すぎる人かもしれません。純粋に女優だけをやりたい人、アイドルにしかなりたくない人、専属モデルになりたい人、なにかにしか興味がなく「他のことはやりません」という頑なな人。
受賞後に「大きな事務所に入りたいので紹介してください」と言ってくる人もいるんですが、それなら最初から大手事務所のオーディション受ければいい話で。『ミスiD』はまだ進化形態の途上です。最終的には、いわゆる「既成の事務所に入って、あとは芸能界で頑張って」ということではなく、そこにゆるく所属して、あらゆるジャンルの仕事をしたり、様々な場所や人や媒体、企業や文化的なものと、緩やかに常時接続してるような場所になりたいと思っています。『ミスiD』に残った人はなるべく自立した存在であってほしいし、自分で考えられる人、ケモノ道を往く覚悟がある人たちのホームグラウンドであればいいなと思うんです。そこから時々とんでもない新しい女の子、次の天才が育っていくような。
感受性のある人間として生きていければ、お金がなくても、社会不適合者だと後ろ指を指されても、平気な気がします。(ろるらり)
—2人はグランプリに選ばれて、その後にどんな変化がありましたか?
ろるらり:変わったのは……だいぶ生きやすくなりましたね。私、結構内面にめんどくさい部分があるんですけど、そういうところが表立って理解されたおかげで、わりとなんとかなる環境に今は身を置くことができてるなって。
恵まれない覚悟で大学を休学して好きなことをしているのですが、思ったよりもとがめる人はあまり現れず、案外みんなかわいがってくれて……優しさなのか、無関心なのか、呆れているのかよくわからないけど、とにかくビビってます。
小林:ろるらりは「『ミスiD』のグランプリ」というマークがとてもいい感じに効いてるかなと。これ、一種の『グッドデザイン賞』だと思ってるんです。今やってること、これからやりたいことがわかりにくい人にとっては、グランプリを取ることで、少なくともあのオーディションで評価されたというマークがつくから、その後の人生が少し生きやすくなるとは思う。
ろるらり:昔から「意味わかんない」ってよく言われるんですけど、最近はみんな「意味わかんない」を前提で接してくれるから、対面の場などでは楽です。でも、『ミスiD』というわかりやすいマークがついているからって理由で、よくも悪くも対応が変わっちゃう人もいて、難しいなあとも思いますね。
ろるらり、取材中に突然、テーブルの上に置いてあったチョコレートを様々な形に積み始めた
—休学をして、今は金沢から東京に出てきているんですよね。
ろるらり:はい。でも、全然就職する気になれないんです。本当に向いてないなって、よくわかっているので、今はいろんな意味でのフリーのイラストレーターになろうと思って頑張ってます。
自分のなかに譲れないものがあるというか、違和感を感じるとストレスになって、すぐに体調崩しちゃうんですよ。納得いく毎日を送らないと、生きづらいことが判明しちゃったんですよね。なので、今はどうなりたいって明確に決めてるわけじゃないけど、どんなやり方でも、自分にとって重要だと思うところを守りつつ歳を重ねていきたいという思いだけは、変わらないような気がします。
小林:ろるらりは環境と運の申し子だと思っていて。植物みたいに風が吹けば倒れるけど、でも1年後にはまた花を咲かせるみたいな、環境に適応して、そのときどきで花を咲かせられる子。
誰も「やれ」とか一言も言ってないですけど、自分から「グラビアもやります」って言って、そういうチェキとかを撮り始めたりして。自分が使えるものは使える範囲でなんでも使って、そのときの環境に応じて出していける。だから適応力とか柔軟性はあるけど、でも絶対に譲れないものもあるんですよね。
ろるらりのInstagramより
ろるらり:最近、自分の体やルックスは「ろるらり」というコンテンツの素材の一部として捉える意識を高めにしているので、性の対象になろうと、絵よりも自撮りの「いいね」の数が多かろうと、特に自分のなかでは無問題と思っています。体はわりとどうなってもいいけど、心は、メンタルだけは、どの業界にも売り渡したくない。
私のようなエゴまみれの者が、社会や企業というハードなコミュニティーのなかで生きる術は、おそらく、自分を殺してサイボーグのように働くか、キャパオーバーで飛び降りるかの2択だと思います。後者はさすがに誰も幸せにならないし、やっぱり就職するのは怖いなあって。社会的にろくな大人とみなされることは一生ないだろうけど、感受性のある人間として生きていければ、お金がなくても、社会不適合者だと後ろ指を指されても、平気な気がします。
山戸結希監督は本当に優しかった。こういう人が映画を作れるんだな、監督になれるんだなって。(兎遊)
—兎遊さんはグランプリを取ってなにか変わりましたか?
兎遊:変わったことはまだわからないけど、体験したことないことを体験できました。たとえば、ミュージックビデオに出演したり。
—Aimerさんのミュージックビデオ(“Ref:rain”)、めちゃくちゃいいですよね。
小林:あれ、初仕事としては相当過酷だったと思うんですよ。山戸結希さん(“Ref:rain”ミュージックビデオの監督)は、本当に女の子が好きで、めちゃくちゃ優しいですけど、絶対に自分の納得できる画を撮りたい人なので、妥協しないし、かなり時間をかけてやる。だから、それに応えてよくやったなと思います。
兎遊:監督は本当に優しかった。涙出る。演技指導のときも、伝え方がめっちゃリアルで、こういう人が映画を作れるんだな、監督になれるんだなって思いました。どついたるねんさんの“アイスクリーム”は、逆にそのまんまの私でいいっていう感じだったんですが、現場はすごく楽しかったです。
—3月に高校を卒業したそうですが、今後についてはどう考えていますか?
兎遊:考え中です(笑)。あ、おうちでミシンを買って、服をデザインして作ろうと思ってるんですけど……本当にやるかどうかわからない。あとはゲーム実況をしたい。
小林:兎遊は……日々やりたいことが変わるので僕もまったくわかりません。スリリングですが、焦らず大きくなってほしいんです。あ、モデルデビューしたんです。選考委員でもある中郡(暖菜)編集長の『bis』(光文社)というファッション誌で。最初のページは、『ミスiD』の先輩でもある多屋来夢と一緒の撮影でした。ちょうどそこに、ろるらりも独自の世界観のあるイラストを描いています。
兎遊、はっきり言ってモデルのポーズが全然できてない。今は器用な子が多くて、初めてでも結構できちゃうのですが、兎遊はそういう器用さがまったくないんです。ただ、それはもはや個性だし、芸術の領域なので、その新鮮さはなくさず、少しずつテクニカル的なことも覚えて唯一無二の存在になってくれればいいなと。自分の世界がとてもある子なので。
生まれ持ったものや見た目で差別されない、多種多様な世界になってほしいし、世界は遅かれ早かれ、そこに向かうしかないと思っています。(小林)
—『ミスiD2019』のキャッチコピー「キミがいる景色が この世界」は、どのように決めたのでしょうか?
小林:君がちゃんといて、世界が成り立つ。だから、消えないでいて、そのままでいてっていう、まずは自己肯定。わりと『ミスiD』の根本をシンプルに言葉にしました。ビジュアル撮影には、兎遊とろるらりのほか、撮影日にタイミングのあった、五味未知子、谷のばら、やね、リオという『ミスiD2018』の受賞者と、特別賞ですが、『ミスiD2018』の象徴でもあるドールモデルの橋本ルルにも来てもらって。このバラバラな子たちが、1つの風景になかにいる感じを撮りたかったんです。
『ミスiD2019』メインビジュアル(サイトを見る)
小林:あと今年初めて、最終面接と授章式のときの映像を使って、エントリーする人のためのティザー動画を作ったんです。保紫萌香という『ミスiD2016』グランプリのナチュラルボーン女優と、オンリーワンモデル・モトーラ世理奈のW主演で『少女邂逅』(2017年公開)という傑作少女映画を撮った枝優花監督が、撮影と編集をやってくれて。それに、『ミスiD2018』で「山戸結希賞」を受賞したあみこが音楽をつけた。これ、素晴らしくエモいので見てほしいです。
曲はRadioheadの“Creep”のピアノ弾き語りカバーです。あみこは、お題を出したその夜に「もうできた」って完成バージョンを送ってきました。すごい才能。こういうふうに『ミスiD』と周りの女子クリエイターだけでなにか作れてしまうのは、ひとつの理想です。男やおっさんはそれを助けてあげるくらいで。
—今日話を聞いて、ある意味では正反対な2人がWグランプリだというのが、『ミスiD』の根本である「多様性」を象徴しているように思いました。それこそが面白いっていう。
小林:とにかく今、世界は多様性に向かうしかないと思うんです。でもその反動で、移民や難民排除、パワハラやセクハラ、ヘイトも差別もどんどん出てくる。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、それでも、生まれ持ったものや見た目で差別されない多種多様な世界になってほしいし、世界は遅かれ早かれ、そこに向かうしかないと思っています。そうじゃないと、恐竜のように、本当に人類は滅びちゃう。
まあ、でも、そんな「世界がどうだ」とかなんて関係なく、女の子の日々はやっぱりつらくて厳しい。自分のことなんて特に、ネガティブにしか見えないことが多い。でも、自分が「あの子みたいになりたい」って思ってるように、かわいいあの子だって、きっとそう思ってます。僕だって本当は大谷翔平みたいになりたいんです。でも無理じゃないですか、あと一億回生まれ変わっても(笑)。なので、自分ができることを地味に頑張るしかないんです。自分のいいところを日々なんとか探しながら。
世界はどうせ平等なんかじゃない。でも、自分の居場所すらなくなってしまったら世界は「THE END」なので、自分くらいは自分を肯定しよう、というのが今年のキャッチコピーです。「変わる」って人生のなかで実はそんなに簡単にないことだと思うんです。でも『ミスiD』を受けたことが、ちょっとでもその後の人生が好転するきっかけになってくれればいいなと思います。
- プロジェクト情報
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- 『ミスiD2019』
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応募受付期間:2018年4月2日(月)〜5月13日(日)
応募方法:ミスiD2019オフィシャルサイト 専用応募フォームから応募
選考委員:
家入一真(株式会社CAMPFIRE 代表取締役)
大郷剛(プロデューサー)
大森靖子(超歌手)
菅野結似(モデル)
岸田メル(イラストレーター)
小林司(ミスiD実行委員長)
佐久間宣行(テレビ東京プロデューサー)
SKY-HI(Rapper/Singer/Producer)
中郡暖菜(bis編集長)
東佳苗(縷縷夢兎デザイナー)
山戸結希(映画監督)
吉田豪(プロインタビューアー)
ほか
- プロフィール
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- 兎遊 (うゆ)
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1999年10月7日生まれ。中華人民共和国出身(インドネシアとのハーフ)。イラストを描くこと、漫画を読むこと、ゲームをすること、ロリータファッションが好き。Aimer“Ref:rain”、どついたるねん“アイスクリーム”MVに主演。ミスiD2018グランプリ。
- ろるらり
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1996年4月24日生まれ。岩手県一関市出身。イラストレーターを軸に、モデル、女優、グラビアなどできることはなんでもやる系をしている。飽き性で目新しいものや珍しいものに触れないと死ぬ。ミスiD2018グランプリ。
- 小林司 (こばやし つかさ)
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講談社第一編集局企画部所属。ミスiD実行委員長。『FRaU』『VoCE』『KING』『FRIDAY』といった雑誌編集や、水原希子や二階堂ふみの本などの書籍編集を経て、2012年オーディション「ミスiD」をスタート。玉城ティナ、金子理江、黒宮れい、水野しず、菅本裕子ら新しいタイプの女子を輩出。4月2日より「ミスiD2019」エントリー中。5月13日まで。
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