本来、相反するものではないはずの「地域」と「アート」。しかし見知らぬ人間の表現活動は、地域に規制されたり、住人から批判の的になったりする不幸なケースもある。
「宿代を払う代わりに作品を作ってください」と、地域で創造的な活動を行なったアーティストには、無償で宿泊場所を提供している、松戸のプロジェクト「PARADISE AIR」。そのアーティストインレジデンスに関わる建築家・森純平と、キュレーター・長谷川新の話から、「街とアート」の幸福な関係を探っていく。
世界との距離の近さというものは、アーティストインレジデンスでしか感じられないものなんです。(森)
—お二人の出会いはどういった経緯だったのでしょう?
長谷川:PARADISE AIRにゲストキュレーターとして誘ってもらって、もう2年目になりますか。森くんと知り合ったのは、たしか僕が企画した京都の展覧会でしたよね。
森:そうでした。長谷川くんに声をかけようと思ったのは、国内外を問わず本当に多くの展覧会に足を運び現場をしっかり見ているからなんですね。それで頼まれもしないのに、感想をウェブにあげていたんです(笑)。PARADISE AIRに来る海外のアーティストもそうですが、やっぱり現地に出かける人、現場を知っている人は信頼できます。
また、長谷川くんのフットワークが産んだ経験やネットワークを活かして、PARADISE AIRの拠点、松戸にある種の軸足を置いてもらうことで何かが始まるのではないかなと。
長谷川新(左)。旧徳川家住宅松戸戸定邸にて、アーティストともにリサーチもおこなう。
長谷川:僕はひとつの所にじっとしていることが子どものころから苦手で、だから引っ越しばかりしています(笑)。本当に落ち着きがない。「キュレーターなんだから、オルタナティブスペースなどの拠点を持ったら?」と言われたりもするのですが、絶対向いてないと断言できる。
そんな自分にとって、ゲストとして関わることのできる大切な居場所を与えてもらったのだから、とても嬉しかったです。
—PARADISE AIRという場所は、森さんにとってはどんな意味があるのでしょう?
森:僕は建築家として働く一方で、建築を「芸術や文化をつなぐもの」と考えていて、学生時代から音楽や演劇などのアーティストとも一緒に仕事をしてきました。そんな僕にとって素直にうれしいのは、PARADISE AIRには、世界中のいろいろな国のアーティストが、言ってしまえば勝手に街に来てくれることです(参考記事:『「宿代の代わりに作品を作ってください」松戸にある芸術家の楽園』)。しかも、美術だけでなく、音楽、映像、デザイン、ダンスなど、ジャンルも多岐にわたります。
森:彼らを受け入れる中で気づいたのは、ロンドンとアフリカにアトリエがあるとか、カナダと韓国とを行き来しているといったように、世界に複数の活動拠点を持っていることが当たり前なこと。そうした拠点に加えてふらりと松戸に滞在しているわけで、その世界との距離の近さというものは、アーティストインレジデンスでしか感じられないものなんです。
松戸のPARADISE AIR外観
長谷川:拠点というか、帰ってこれる場所、「準ホーム」みたいな場所がいくつかあって、そのひとつにPARADISE AIRがあるというのはいいですよね。熊谷晋一郎さんの至言だと思いますが、「自立とは、依存先を増やすこと」という、自立のあり方。
僕はキュレーターといっても、美術館やギャラリーなどに属さないインディペンデントのキュレーターなのでこの方面への「自立の技術」みたいなものには深く関心があります。また、以前あるキュレーターから「インディペンデントのキュレーターは、展覧会を開催すること自体をゴールにしてはいけない、インスティテューションを作ることを考えろ」と言われたことがずっと指針のひとつになっています。
インスティテューションを訳すと、「機関」や「制度」といった意味になります。展覧会はそうした言わば「土台」の上にあるもので、あくまでキュレーションとはインスティテューションへの働きかけが重要なのだ、と。自分が良いと思ったアーティストの作品を並べてセンスを競う、みたいなことではないんですね。
でも先ほど言ったみたいに、僕はインスティテューション(機関・制度)をゼロから立ち上げるみたいなことは苦手なんです。PARADISE AIRを、僕は絶対作れない。だからゲストキュレーターとして僕がPARADISE AIRに関わるとき、念頭にあるのは「アーティストインレジデンス」という仕組み、制度をどう風通しよくするか、松戸における人とアートの関わり方それ自体をどうラディカルに問い直すか、ということなんです。
「北欧デザイン」などと言いますが、デンマークとスウェーデンではきっと異なるはずなんです。(長谷川)
森:インスティテューションという点では、街も慣例という枠組みを取り払うと、ふと自由度が広がることがあります。例えばお祭りの時には車を通行止めにして神輿を担いだりしますよね。それができるなら、同じく道路を歩行者専用にして、路上でビアガーデンだってできるよね、というような。
ハレの日にしか出来ないことを逆手にとって、日常に内在させているのが松戸の凄さで、そんな街の振る舞いをアーティストに選択肢として与えたら、いままで見たことがない風景が生まれるかもしれません。
長谷川:昨年の『F/T』(『フェスティバル / トーキョー』)では、マンションの間にぽっかりと生まれた原っぱを使って演劇公演をやっていましたよね。それもものすごい大音量で。あれは松戸以外の場所、東京はもちろん、自由度が比較的高い京都でもかなり難しいんじゃないでしょうか。周りから苦情が来るでしょうから。でも、松戸ではそれができている。その許容度の高さに感動しました。
エフゲニア・エメツによるパフォーマンス(ショートステイ・プログラム)/古民家スタジオ 旧・原田米店
森:そうでしたね。いまとなっては当たり前になっているのですが、初めて松戸に来たときはその懐の広さに感動しっぱなしでした(笑)。地域の方々や建物ビルオーナー(株式会社浜友商事)の多大な協力があってこそですが、PARADISE AIRの5年間の活動でそうした松戸の自由度というか、寛容度はより高くなっていると思います。昨年のロングステイ(長期滞在)プログラムには614件の応募があり、それを市役所や町会の人なども加わって審査したわけですが、審査に当った皆さんから「何をするのかわからない人でも、面白い人を」という声が上がったくらいですからね。
地域での芸術活動というと、「地域にちなんだもの」とか、「子どもにも好かれるもの」といった観点で選びがちですが、少なくとも現在の松戸に関してはそういうことがありません。
ミンウー・リーによる展示風景(ロングステイ・プログラム)/松戸観光案内所2F 写真:冨田了平
長谷川:もちろん、わかりやすいものや、地域になじみのあるものが一概に悪いとは思いません。アクセスのしやすさ、というのはとても大切なことです。でも地元の高校生が面白がってくれて、PARADISE AIRに遊びに来てくれる、みたいなことがすでに起きてしまっている。PARADISE AIRと松戸のポテンシャルであれば、きっともう少し「他者の解像度」をあげる実践ができるのではないかと思っています。
「北欧デザイン」などと言いますが、デンマークとスウェーデンではきっと異なるに違いありません。あるいはそれぞれの街によっても全然違うでしょう。とはいえ際限なく高解像度にしていくなんてことは僕たちには不可能です。無理がある。だから「北欧デザイン」という言い方は僕らの生活において必要な言い方です。けどそれが低解像度に圧縮された状態だ、という自覚はあったほうがいいかもしれない。
そうした「北欧とは」「アメリカとは」「韓国とは」といったテンプレート的な思考が、松戸にいろいろな国のアーティストがやって来ることで次第に崩れ、自分の先入観がちょっと変わる、みたいなことを楽しめたらいいですね。
松戸はいい意味で、プライドを捨てることにプライドを持っている街なんです。(長谷川)
—ある文化に対するイメージが、より明確になっていくんですね。
森:それと、アーティストが松戸で暮らす中で、松戸の住民との予期しない出会いも生まれます。ポーランドからアーティストが来たら、いきなりポーランドの歴史を熱く語るオジさんが現れたり、スペインのジュエリーデザイナーのワークショップには、アートには縁遠い、とおっしゃる方が参加したりといったことがあって、そうした出会いを目撃できるのは楽しいですね。
—出会いを生み出せるのも、アーティスト・イン・レジデンスならではなのでしょうか?
長谷川:本来、誰かの表現は他の人にとって必ずしも必要なものではありませんが、どこかで関係はしています。少なくとも同じ時代に生きているという関係はありますよね。それはPARADISE AIRにも言えることです。
海外から来たアーティストが、松戸で変なことをしているわけですが、同じ街に暮らしているという点で、関係が生まれます。その「変なこと」が、ザラザラしているのか、スベスベしているのかといった「手触り」だけでも知ることができるといいなと思います。
「フェイクニュース」ってよく言われるじゃないですか。でも見方によっては「フェイクニュース」って誰かの「本当にそうだったらいいのに」という願望、欲望の実現だとも言える。こういう時代だからこそ、アートって「フェイクニュース」よりも断然素敵な方法で人間の願望や欲望を扱う技術をもっと磨かないといけないんじゃないですかね。
ルース・セレステによる作品制作風景(ショートステイ・プログラム)/松戸駅西口デッキ
森:さすがキュレーター(笑)。
長谷川:松戸はいい意味で、プライドを捨てることにプライドを持っている街なんです。どういうことかと言うと、「ウチは歴史のある街だから、それは似合わない」などと言う地域が多い中で、そんなプライドにこだわらない。街の伝統や文化を大切にすることと、新しい試みにしりごみすることがイコールになってはいけないと、皆さんがわかっている。
そして松戸は、自治意識の高い街でもあります。町会のある人から、PARADISE AIRに対して「彼らの活動の邪魔はしない」と言われたことがあります。うれしいというか、心強く思ったのですが、同時に「でも税金は払ってるよ」と言われたんです。ズシッと心に刺さりました。
—それは、すごく重いひと言ですね。その言葉に対して、どんな価値を提供し、応えていくのでしょう?
森:PARADISE AIRの価値は、松戸にアクセントを与え続けることだと思っています。それに、アーティストが松戸で経験したことを、出身地や世界の別の場所で生かして花が開いたというケースが増えているんです。それがまた巡り巡って松戸に戻ってきたりしています。
長谷川:どういう訳かわからないけど、アートに関する特定の分野で松戸の知名度が、日本のどの街よりも突出して高いということになったら、面白いですよね。
明治時代の画家は洋行、つまりパリに行くことができれば勝ち組になれました。(長谷川)
—これまで多くの交流を生んできたPARADISE AIRは、どんなシステムで人が集まっているのでしょう?
森:渡航費や日当、制作費用などをフルサポートして3か月間招へいする「ロングステイプログラム」は毎年1~2人のアーティストを公募しています。4月22日まで行っている、今年の応募では日本人も受け付けることにしました。
もう一つ、4週間以内の短期滞在で宿泊と制作の支援をする「ショートステイプログラム」は通年で行っていて、選ばれるのは数十人ですが、専門性も国籍もさまざまな人が応募してくれます。2つを合わせると、年間1000件近い応募があります。
長谷川:これまでにはいわゆるアーティストのほかに、指揮者やジュエリーデザイナー、手品師にピエロなどの応募もあったとか。表現行為をしている人ならキュレーターでもリサーチャーでも、小説家や建築家でも大歓迎です。
脚本家のジュディス・ゴーズミット、フィエプ・ヴァン・ボデーホンによるリーディング・パフォーマンス(ショートステイプログラム)
森:そうなんです。同時に、その貴重な滞在の瞬間をいかに街に記録として残しておけるかを考えていて。応募してくれるアーティストは、ジャンルも活動もさまざまなので、統一したフォーマットで記録を残すことが難しく色々と試行錯誤を続けていたのですが、実験のひとつとして、写真家の加藤甫さんとともにアーティスト自身が選んだ場所で彼らのポートレートを撮りためています。5年間の活動で、そのポートレートを含めてかなりの写真が蓄積されてきたこともあって、今回、展示をしようということになりました。
それが4月17日から開催する『TRANSIT』です。江戸時代、松戸は江戸と水戸との中継地(宿場町)であったことと、現代でもPARADISE AIRは世界中のアーティストが立ち寄る経由地であることから名づけました。
『PARADISE AIR EXHIBITION“TRANSIT”』メインビジュアル(サイトを見る)
—ポートレイトのほかに、どんな作品が展示されるのでしょう?
森:昨年のロングステイプログラムをまとめた記録集が完成したので、展示と販売をするつもりです。これまでは助成元に対する報告書的な意味合いが強かった年間の記録集なんですが、今回はかなり編集に力を入れて、アートブックのように持っていることで満足感をえられるような仕上がりを目指してきました。昨年のロングステイプログラムの映像や、ショートステイプログラムをまとめた冊子も公開予定です。あと、個人的には、今年のロングステイプログラムの審査を会場でやりたいとも思っているんですよ。
長谷川:それは面白いですね。昨年、初めて審査に加わりましたが、本当に時間がかかるんですよ。1人5分としても1時間で12人、10時間で120人にしかならない。600人以上の応募のすべてを審査するには何日も必要です。さらに2次審査、3次審査がありますから、「世の中の審査ってこう行われてるんだ!」という部分をお見せできたらいいですね。
左から:クリストフ・トラッカー、ミンウー・リー。いずれもロングステイ・プログラム2017で選ばれたアーティスト。
—展示が、今後のPARADISE AIRを決めるような役割も担ってくるわけですね。
森:この展示をきっかけに、倉庫に仕舞われていた写真を見返したり、なかなか全てを把握することが出来ないアーティストインレジデンスという継続的な活動を俯瞰することによって、これからどんなことが可能なのか、訪れてくれる人とともに考えることができればと思っています。自分たち自身も次々とアーティストがやって来る日常から少しの間はなれ、渋谷という街に移動して、これからの松戸を想像してみたいです。
具体的なPARADISE AIRのこれからということでは、「クロスステイプログラム」という海外のアーティストを松戸に呼ぶだけでなく、これまでに培ってきた海外アーティストや拠点とのネットワークを活かして、日本人アーティストを海外に送り出す取り組みも実現できればと考えています。昨年から準備をしてきていて、最初はインドとポーランドを相手にスタートします。
インド・バンガロールのアーティスト・イン・レジデンス「1.Shanhtiroad Studio」を運営するスレッシュ・ジャラヤニと彼の滞在した部屋/PARADISE AIR
—これから、活動の幅がますます広がっていきそうですね。
森:5年前にまいたタネが自然と成長し、世界とのネットワークが生まれたわけですから、それを生かして日本のアーティストを世界に送り出そうと考えています。
長谷川:明治時代の画家は洋行、つまりパリに行くことができれば勝ち組になれました。いまでは海外に行くことは全く特別なことではなく、レジデンスも各地にあります。
ですから、PARADISE AIRも何が提供できるのか、どういうプログラムを用意しているかということが問われ、試されていると思います。国内外のアーティストから面白い、内容が素敵だ、利用したいと思ってもらえるように、これからも取り組んでいく必要があります。そこにプロジェクトの役割や可能性があるんでしょう。
- イベント情報
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- 『PARADISE AIR EXHIBITION“TRANSIT”』
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2018年4月17日(火)~4月29日(日)
会場:東京都 渋谷ヒカリエ aiiima 1
時間:11:00~20:00(最終日は17:00まで)
料金:無料
- プロフィール
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- 長谷川新 (はせがわ あらた)
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1988年生まれ。キュレーター。京都大学総合人間学部卒業。専攻は文化人類学。2013年から2014年にかけ、大阪、東京、金沢にて開催された「北加賀屋クロッシング2013 MOBILIS IN MOBILI-交錯する現在-」展においてチーフキュレーターを務める。同展は2014年カタログを出版(constellation books)。主な企画に「無人島にて―「80年代」の彫刻/立体/インスタレーション」(2014年)、「パレ・ド・キョート/現実のたてる音」(2015年)、「クロニクル、クロニクル!」(2016-2017年)、「不純物と免疫」(2017-2018年)など。
- 森純平 (もり じゅんぺい)
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1985年マレーシア生まれ。東京藝術大学建築科大学院修了。在学時より建築から時間を考え続け、舞台美術、展示、まちづくり等、状況を生み出す現場に身を置きつづける。2013年より千葉県松戸を拠点にアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」を設立。今まで100組以上のアーティストが街に滞在している。主な活動に遠野オフキャンパス (2015-)、ラーニングをテーマとした「八戸市新美術館設計案(共同設計=西澤徹夫、浅子佳英)」(2017-)、東京藝術大学美術学部建築科助教(2017-)。
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