是枝裕和×井浦新×伊勢谷友介 まだ大人になれなかった日々の話

最新監督作『万引き家族』が『第71回カンヌ国際映画祭』コンペティション部門で見事最高賞「パルムドール」を受賞! 日本人監督としては、実に21年ぶりとなる快挙を成し遂げるなど、名実ともに日本を代表する監督のひとりとなった是枝裕和。そんな彼を形作ったとも言うべき初期7作品のBlu-ray版が、5月25日に発売される。長編デビュー作となった『幻の光』(1995年)から『空気人形』(2009年)まで、世紀をまたいで生み出された全7作品。そこに収められる映像特典の収録のため、是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介が久方ぶりの再会を果たした(本取材は2018年3月に実施)。

当時は、ファッションモデルの仕事をメインとしていながらも、『ワンダフルライフ』(1998年)、『DISTANCE』(2001年)という2作品に出演した井浦新と伊勢谷友介(井浦はその後、『空気人形』にも出演)。20代の前半でいきなり飛び込んだ是枝監督の現場で、彼ら2人が見たもの、感じたものとは何だったのか。そして是枝監督は、なぜ役者経験がなかった彼らを起用したのだろうか。20年の歳月を経て、すっかり「大人になった」3人が振り返る、青春の日々。その経験は、いまの彼らの活動に、どんな影響を与えているのだろうか。

民放の連ドラで2人を見るのは、僕にとっても感慨深いというか。(是枝)

井浦伊勢谷:どうも、お久しぶりです。

是枝:なんか懐かしいな(笑)。

伊勢谷:(井浦)新くんは、こないだテレビ局(のスタジオ)の食堂で会ったよね? 俺ら、地上波の連続ドラマをやるようになったんですよ。

井浦:そういう場所で(伊勢谷)友介と会うのは、僕としてはすごく感慨深かったのに、友介は「あ、元気?」とか言って、さーって逃げるようにいなくなって。

伊勢谷:「うわ、恥ずかしっ!」とか思っちゃって(笑)。

左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介
左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介

是枝:(笑)。でも、そうやって民放の連ドラで2人を見るのは、僕にとっても感慨深いというか。初めて会った頃は、そんなこと考えもしなかったからね。

伊勢谷:俺たちだって考えもしないっすよ。是枝さんからしたら、川に放流したのにハワイで釣れたみたいな話ですよね。

是枝:別に放流したわけじゃないけど(笑)。なんかちょっとドキドキしながら2人のドラマを見ていましたよ。

伊勢谷:当時教えたことが何も残ってないって?

是枝:そんなことないよ。そもそも、別に何かを教えたわけでもないからね。

伊勢谷:何をおっしゃいますか。僕は、自分が映画界に関わるきっかけとなったのが是枝さんの作品だったことをホント最高だと思っていて。当時、僕は藝大(東京藝術大学)に通っていて、人の心に触れたり訴えかけたりすることによって、何か世の中を変えたいと思っていたんです。

そういう理想のなかにいたんだけど商業映画は、どうしてもビジネス寄りになっちゃうじゃないですか。でも是枝さんのもの作りは、アートとしてソリッドに研ぎ澄まされていたわけで。そういう作品に出会えたことによって、僕も映画界にいていいんだなって思えたんです。

伊勢谷友介
伊勢谷友介

井浦:いま思い返すと、友介のほうが『ワンダフルライフ』のときからいろいろ考えて苦心していたよね。藝大で表現の勉強をしている真っ只中で、実際に自分が芝居をするとか、映画作りのなかに入っていくのはどういうことなんだろうって、すごく考えていた気がする。そういう意味で自分はホント、何も考えてなかった。

伊勢谷:そんなことないでしょ? 新くんは主役だったわけだし。俺はどっちかというと、サポートに近い役回りだったから。

井浦:いや、『ワンダフルライフ』をやっているときも自分はただ是枝さんに言われるがまま、その世界を楽しんでるような感じだったから。でも友介は「是枝さんがそう言うなら、むしろ俺はこういう感じでやってみたい」とか、いろいろ言ってたじゃない。それは自分にはないところだなって思ったし、そういうふうにやってもいいんだって最初に教えてくれたのは友介だったかもしれない。

井浦新
井浦新

伊勢谷:まあたしかに、是枝さんに役名をもらっていたのに「伊勢谷っていう役名にしてください!」みたいなことは言ってたけど。でもそれは、自分は素人で、誰かの役なんてできないからであって。それがあの映画のコンセプトとハマったんですよね。

「再現」ではなく「生成」に立ち会うという発想で映画を撮ろうとしてたんだと思う。(是枝)

—3人が初めて顔を合わせたのが、是枝監督の2作目の長編映画『ワンダフルライフ』で。あの映画は、フィクションとドキュメンタリーが入り混じった不思議な映画になっていますが、そもそもどんなアイデアやコンセプトで撮ろうと思った作品だったのですか?

是枝:あの映画の骨格となる脚本自体は、僕が25歳か26歳の頃に書いていたんだよね。僕がテレビの世界に入って2年目ぐらいのときに書いて、テレビのシナリオコンクールに出して、奨励賞か何かをもらった脚本が元になっていて。でもそれは1時間のテレビドラマ用の脚本だったのね。だから、あんなふうに一般の人をドキュメンタリーのように撮るアイデアは、もちろんその段階にはなくて、もっとミニマムな作品だったんです。

『ワンダフルライフ』より
『ワンダフルライフ』より(商品サイトを開く

『ワンダフルライフ』より
『ワンダフルライフ』より

是枝:でも、『幻の光』という1本目の映画を幸運にも撮ることができて、それがある程度の評価をいただいて2本目が撮れることになった。そのときに、自分がやりたいと思っている方法論をオリジナルの作品でやってみたい気持ちが最初にあったんだと思う。もう20年も前の話だからはっきりとは思い出せないんだけど。

—その方法論というのは?

是枝:当時はそういう言い方をしてなかったと思うけど、「何かが生まれる瞬間を撮っていく」ということは考えていたかな。何かの「再現」ではなく「生成」に立ち会うという発想で映画を撮ろうとしてたんだと思う。それは頭でしかわかってなかったことなんだけど、当時の自分が山崎(裕)さんを撮影に入れたっていうのは、そういうことなのかなと。

—山崎さんは、どちらかと言うとドキュメンタリー畑のカメラマンですよね。

是枝:そう。出演者のおじいちゃん、おばあちゃんたちが何かしゃべりはじめたら、いつの間にか山崎さんが撮ってて。ホームビデオのようにカメラを回してたから、「フィルム足りなくなるのに、どうすんだよ」って内心思ってたんだけど、上がってきたものが面白かったんだよね。それで、「俺、カッコいいこと言ってたけど、全然わかってなかったわ」って思って。だから、その方法論をいちばん身体でわかっていたのは、山崎さんだったんじゃないかな。

是枝裕和
是枝裕和

『ワンダフルライフ』より
『ワンダフルライフ』より

この2人とは、そもそも役者と監督っていう関係とは、ちょっと違う関係からはじまっている。(是枝)

—『ワンダフルライフ』は、出演者を選ぶオーディションも、かなり変わった感じだったんですよね?

伊勢谷:そう、思い出したわ。オーディション前に、「もし死んで生き返るとしたら、どの瞬間を選びますか?」っていう質問をもらったんですよ。で、「そんなの選ばないでしょう。同じところを回り続けるのとか、だいぶ幸せじゃない気がする」って、オーディションで答えて。

是枝:そうそう。伊勢谷くんがそんな話をしたので、それをそのまま映画のなかでしゃべってもらえないかって言ったのは覚えてる。

井浦:僕は「自分にとって大切な思い出をひとつ教えてください」みたいな作文を書いたら、「会ってお話しましょう」となって……軽い気持ちで是枝さんのところに行ったら大人たちがいっぱいいて、「やばい、どうしよう」って(笑)。たしか、そんな感じだったと思います。

左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介
左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介

—そのやり方にはどんな狙いがあったのでしょう?

是枝:何を考えてたんだろうな……。

伊勢谷:素人がほしかったのは間違いないですよね。お芝居ができる人を選ぼうと思っていたわけじゃない。

是枝:うん。でも、オーディションをしているときは、一般の人もドキュメンタリーのように撮るということをまだ決めてないはずなんだよな。まあ、当時は役者の演技ってものに興味がなかったんだと思う。

「何かが生まれる瞬間を撮りたい」って考えたときに、ある役者が持っているテクニックみたいなものを撮りたいとは思ってなかった。いまは役者って面白いなと思うようになったけど、当時は全然そういうふうに考えてなかったから。むしろ、一般の人にカメラを向ける感覚で、役者を撮ってみたかったんだよね。

—是枝さんは、もともとテレビのドキュメンタリーを撮っていたし、ドキュメンタリストとして撮りたいと思わせるような人を探していた?

是枝:そうだね。だから、オーディションをして、「あ、この人、撮りたいな」って思った人を選んだ感じなんだよね。「この人、芝居が上手いな」じゃなくて、「この人、好きだな。もうちょっと話してみたいな」とか「撮りたいな」って思う人を残すように。だから、この2人とは、そもそも役者と監督っていう関係とは違うところからはじまっているから、ちょっと特別なんですよね。

『ワンダフルライフ』(Blu-ray)ジャケット
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前から友介のことは知っていたけど、2人がひとつのなかに収まったときに、何か面白いことが生まれるなんて思ってもみなかった。(井浦)

—当時の2人って、どんな感じだったんですか?

是枝:いまとあんまり変わらないですよ。昔から伊勢谷くんは、しゃべりながら考えるタイプで、しゃべりながら自分が言おうとしてることにフォーカスがスーッと合っていく感じだったし、新くんはそのあいだずーっと黙って話を聞きながら、自分のなかで言葉を紡いでいるタイプだった。そこはもうみんな、変わらないよね。それぞれの場所ではきっとまた違う顔があるんだろうけど、この3人でいるときは昔からこんな感じ。

—いま話していても思いましたが、まったく違うタイプというか、ある意味真逆のおふたりで。そのコンビ感みたいなものも、きっと大事だったんでしょうね。

是枝:そうだね。それはあると思う。

井浦:でも、是枝さんが僕らをあの現場にポンって放り込むまで、自分では気づけなかったですよね。その前から友介のことは知っていたけど、2人がひとつのなかに収まったときに何か面白いことが生まれていくなんて思ってもみなくて。それはホントに、是枝さんが発見してくれたことなんですよね。

伊勢谷:そうだね。同じモデル仕事をやっていて現場で会ってしゃべったりはしてたけど、新くんはKIRIくんとかと仲がよくて、俺はKEEくん(現在は「渋川清彦」の名前で役者として活躍)とかと仲がよかったから。

是枝:あ、違うグループだったの?

伊勢谷:いや、グループっていうほど、それぞれガッチリ結びつきが強いわけじゃないんだけど、遊び方の雰囲気とかですかね。新くんはどちらかと言うと文化系で、俺は体育会系というか「イエー!」みたいな感じだったから(笑)。

左から:井浦新、伊勢谷友介
左から:井浦新、伊勢谷友介

新くんは、なんとなく制作者サイドなんですよね。俺はどちらかというと、ひな壇のガヤ芸人的な立ち位置(笑)。(伊勢谷)

—『ワンダフルライフ』に続いて、長編第3作となる『DISTANCE』でもこの2人を起用したというのは、やはり是枝さん的にも何か手応えがあったわけですよね。

是枝:やっぱり面白かったからだよね(笑)。それは間違いなく。2人はもう全然違うから。演じることに対する意識も違ってたし……新くんは意外と自分に近いところがあるというか、言葉の探し方とか黙ってる時間とかが、僕に近いところがあって。

伊勢谷:そう、それがうらやましかったんですよ。2人でCDの貸し合いっことかしてるし。

左から:伊勢谷友介、井浦新
左から:伊勢谷友介、井浦新

是枝:(笑)。そういう距離感だったんだよね。で、伊勢谷くんは僕の人生のなかであまり出会わないタイプで……伊勢谷くんと渋谷を一緒に歩いてるとき、向こうから歩いてきた女の子とハイタッチしたりするんだよ。

伊勢谷:ははははは(笑)。

是枝:そういうところが面白いと思ってたな。あと、伊勢谷くんがいろんなことにこだわっている感じが、僕はすごく新鮮だったの。

伊勢谷:つまり、わかんなかったんですよね。

是枝:わかんなかった(笑)。でも、わからない面白さってあるじゃない? それがよかったんだよな。衣装合わせとかをしていても、「これは絶対着たくない」というのが伊勢谷くんはすごく明確にあって。「え、何が違うの?」って僕はわかんないんだけど、彼のなかでは明確なラインがある。それがすごく面白かったんだよね。

是枝裕和
是枝裕和

—伊勢谷さんのほうも、是枝さんがやってることに興味津々だったんじゃないですか?

是枝:そうそう。伊勢谷くんはすごく知りたがるの。当時の彼は好奇心の塊だったから。

伊勢谷:そうですね。2人は何か共有してる感じを出してくるんですけど、俺はその外側で、ひとつの素材としてバタバタしてる感じがあって。新くんは、なんとなく制作者サイドなんですよね。読み合わせのときとかも、みんなのまとめ役みたいな感じだったし。俺はどちらかというと、ひな壇のガヤ芸人的な立ち位置で(笑)。

井浦:そんなことないよ(笑)。

左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介
左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介

実験映画ですよね。だって、役者それぞれが、自分のところの物語しか脚本をもらってないですから。(井浦)

—『DISTANCE』はどんな発想から生まれた映画だったんですか?

是枝:『DISTANCE』は、もともと新くんと伊勢谷くんでショートフィルムみたいなものを撮っていて……そこで2人に「ウソをつき合って」みたいなことを言ったんだよね。

井浦:そうそう。とにかく2人でウソをつき続けるのを、是枝さんがずっと撮っていて。で、そしたら、ウソをついてるときのほうが自分的には言葉がどんどん出てきたんですよね。普段だったら、こうやって友介のほうがわーって話して、自分は「うんうん」って聞いてるほうなんだけど、お互いウソをつき続けていたら、それが逆転するところがあって。

伊勢谷:俺があんまりしゃべらなくなったっていう。

『DISTANCE』より。本作で初めて、是枝監督はカンヌのコンペ部門に選出
『DISTANCE』より。本作で初めて、是枝監督はカンヌのコンペ部門に選出(商品サイトを開く

是枝:実は、そういうモチーフがベースになって『DISTANCE』ははじまったんだけど、結果的には随分違うところに着地したんだよね。そんなことを、商業映画の枠組みのなかでよくやってたなって思うけど(笑)。

伊勢谷:でも、興行的にはトントンまでいったんですよね?

是枝:黒字ではない(笑)。『ワンダフルライフ』のリメイク権が売れて黒字になって……そこで残ったお金を、『DISTANCE』に投入しているんだよね。だから自分としては、貯金があるから実験的なことにお金をかけられると思ってたところがあって。ここはもうとにかく、やりたい形を試してみようって。まあホント、実験映画だもんな。

井浦:実験映画ですよね。だって、役者それぞれが自分のところの物語しか脚本をもらってないですから。たとえば、こうやって目の前に友介と結衣さん(『DISTANCE』に出演した夏川結衣)がいたとして、その人たちが何をこっちに投げてくるのか全然わからない。

『DISTANCE』より
『DISTANCE』より

伊勢谷:そう、そもそも何者なのか、まったくわからないんですよね。でも、普段の生活って、大概そんなもんじゃないですか。そこがすごく自然だった気がするんだよね。

井浦:うん、そうだね。

伊勢谷:役者どうしがその場で自然にリアクションして、どういう化学反応が起こるんだろうっていう。そう、覚えてるわ。前の日に監督と一緒に打ち合わせをして、次の日に撮る役者を決めて、それに合わせて撮る場所も決めて……。

是枝:あれ、楽しかったね(笑)。

井浦:楽しかった。

伊勢谷:そこで俺は、「やっぱり、アートたるもの、こうでしょ!」って思ったんですよね。だから、そのあとの現場がいろいろと大変だったんですけど……。

伊勢谷友介
伊勢谷友介

不確定要素のなかで作品を生み出していけることが、ホントに驚愕だった。(伊勢谷)

是枝:他の作品の現場から電話くれたことあったよね? 何かすごい悩んでてさ。

伊勢谷:もう、超悩んでましたよ。

井浦:それは僕もありましたね。是枝さんの映画に出たあと、別のいろんな作品に呼んでもらったときに、是枝さんから教えてもらったようにやろうとすると、それを面白がってくれる人もいれば、「何、この人?」みたいな感じで驚かれたり、挙句の果てには怒られたりとかして。極端な話、当時は台詞を覚えないで現場に行ったりしてたんですよね。その瞬間に生まれることがすべてだろうって。で、いろいろ事故が起こったりして(笑)。

伊勢谷:俺もやったわ、それ。

是枝:それはホント申し訳ない(笑)。2人とも、そのあと他所の現場で結構苦労したんだよね。

『DISTANCE』より
『DISTANCE』より

—当時の是枝組は、やはり他の現場とは全然違ったんですか?

伊勢谷:脚本がないのが普通だったので。それはもう、他の現場とは違いますよね。「ただ、お前はお前でいろ」っていう。でも、コンセプトがずば抜けていて、そこにアートを感じたんですよね。

もちろん、脚本どおりに台詞を言うこともいまはちゃんと理解していますけど、そうじゃない不確定要素のなかで作品を生み出していけることがホントに驚愕だったんです。この人の頭のなかでは、マジですごいことが起きてるんだなって思ってましたから。

—新さんはどうですか? 是枝組ならではのものというと。

井浦:やっぱり純度や純粋さですかね。友介の場合は、それをアートという形で感じたんだと思うんだけど、僕が是枝さんの現場で教えてもらったことは、人との関わり合いなんだろうなって思っていて。自分はそれまで、人との関わり合いが苦手だったんですよ。でも、是枝さんと出会うことによって、人と関わり合っていかなければ面白いことが生まれない、人と関わり合うことが面白いんだって思えるようになった。それは自分にとって、すごく大きな変化でした。

『DISTANCE』より
『DISTANCE』より

是枝さんの実験的な姿勢って、いまも変わってないですよね。(井浦)

—今回改めて『ワンダフルライフ』と『DISTANCE』を見直したのですが、この2本には、2000年前後の日本を覆っていた時代感みたいなものが、すごくよく表れていると思って……それはある程度、意識していたことなのですか?

是枝:うーん……時代が映っているかどうかは、意識してないものだと思うんだよね。逆に、時代を映そうと思ったものほど、あとで見ると恥ずかしかったりするじゃない? ただ、やっぱり無意識のうちに……この2本に関しては、やっぱり神戸の震災(1995年に発生した阪神淡路大震災)があって、オウム真理教の一連の事件があって……あの時代に自分が感じていたこと、考えていたことは、意識せずともやっぱり出ているんじゃないですかね。

『ワンダフルライフ』より
『ワンダフルライフ』より

—「出そう」ではなく、結果的に「出てしまっている」というか。

是枝:うん。まあ、いま作っている映画も、自分がいちばんいま切実だと思うものを劇映画という形で出すことを自分に課しているんだけど……でもたしかに、『DISTANCE』という映画はそれだけで作っているところがあったかもしれないよね。

—当時の日本社会を覆っていた、ある種の「怖さ」みたいなものが、ものすごくよく表れていると思いました。

是枝:そうなんですよね。だから、それがそのまま出ているんじゃないですかね。まあ、あの映画に関しては、成功しているところもあれば、上手くいってないところもあって。いま改めて見直すと、自分でも反省点がいろいろあるんだけど……こんなに実験的なものをよくぞ劇場公開してたなって、改めて思うよね。

『DISTANCE』より
『DISTANCE』より

『DISTANCE』(Blu-ray)ジャケット
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是枝:いまは、こういう映画ってかからなくなってきてるじゃないですか。劇場でかかるものの質が、かなり均質化してきているような気がするので。そういう意味では、自分のキャリアのなかでも貴重な作品だったなって思いますよね。

井浦:あの映画、どうやって撮ったんですかって聞いてくる人、ホントに多いんですよ。あの映画は一体何なんですかって。

伊勢谷:でも、あれで『カンヌ(国際映画祭)』に行ってるわけですもんね。

是枝:そうだね。映画として成立してるかどうかはともかくとして、こういう作り方でも映画ができるんだって思えたのは、自分にとってもすごく大きかった。ここまでいけるっていう自分のキャパが広がったというか。だからあのあと、結構怖いものがなくなった(笑)。

左から:伊勢谷友介、井浦新、是枝裕和
左から:伊勢谷友介、井浦新、是枝裕和

井浦:そういう是枝さんの実験的な姿勢って、いまも変わってないですよね。

是枝:うん。違う形のトライは、いまも続けてるつもりだね。ただ、切り取りたいお芝居……お芝居と言っていいかわからないけど、切り取りたいもの自体は『ワンダフルライフ』の頃から変わってないと思う。当時この2人から抽出しようと思っていたものを、プロの役者さんから引き出そうと思ったときに、どうしたらいいのか。じゃあ、そこで子どもを使ってみようとか、アプローチの仕方は変わってきているけど。

是枝さんは大人になりましたか? 話し方のトーンとかは、昔と全然変わってないですけど(笑)。(伊勢谷)

—初顔合わせとなった『ワンダフルライフ』から20年になりますが、当時と比べたら、やはりみなさん大人になりましたか?

伊勢谷:大人になりましたよ。『ワンダフルライフ』みたいに撮っていいんだと思ったら、次の現場ですぐにそれではダメだっていうことも感じたし、業界の常識みたいなものも改めて感じたし。やっぱり、髪の毛ツンツンの頃の俺とは違いますよね。このときはパンクですもん、気持ちが(笑)。

井浦:是枝さんの映画に出演して以降に知ったことや学んだことの積み重ねが、20年分ありますからね。ただ、表現というところでは変わってないなって思うんですよね。

若い頃は、変わることを拒否したり、そこで苦しんだりした時期もあったけど、いまはそれさえも楽しいと思える。どこに行っても、変わらないものがあるってこともわかったし。だから、いまは映画もドラマも、どっちも楽しめている。そういう意味では、大人になったのかな。この20年で、ちゃんと自分のなかで育っていったものはあると思います。

井浦新
井浦新

伊勢谷:是枝さんはどうですか? 大人になりましたか? 話し方のトーンとかは、昔と全然変わってないですけど(笑)。

是枝:うーん、自分ではそんなに大きく変わったっていう認識はないんだよね。ただ、このへんの映画を撮ってた頃は、「すねかじり」だったからさ。

今回Blu-ray化される初期7作品と、そのあとの作品のあいだに何の境目があるかって考えたら、それは企画プロデューサーでクレジットされている安田(匡裕)さんが亡くなったことで。安田さんは『空気人形』の完成直前に亡くなったから、ちょうどそこが境目なんだよね。安田さんが亡くなる前は、完全に安田さんに頼っていたし、『DISTANCE』にあれだけお金をかけられたのも安田さんがいたからだし……。

伊勢谷:ああ、そっかあ……。

是枝:最後は安田さんが何とかしてくれると思いながらやってるところがあったから、当時は「すねかじりの息子」として撮っているところがあったんだよね。だけど、安田さんが亡くなったあとは、他人のお金で作ったものの責任を、全部自分ひとりで取るようになって……。

—安田さんの存在が、かなり大きかったんですね。

是枝:大きかったね。「映画企画室」というのを安田さんが作って……作り手が企画を立てて、ちゃんと監督がイニシアチブを持ってやらないと、これからの映画作りはどんどんマーケット重視になって、映画が映画でなくなる。だから、とにかく企画開発を監督サイドでするんだって言っていて。

是枝裕和
是枝裕和

伊勢谷:いまはまさに、是枝さんが中心になって、安田さんの代わりをやっているわけで。

—是枝さんが設立された「分福」でやっているのは、そういうことですよね。

是枝:まあ僕は、安田さんほどお金を持ってこられないんだけど(笑)。でも、精神的には、安田さんを引き継いでいるつもりではいるんだよね。いまはもう、自分より若い子たちが、自分のまわりに集まってくるようになったしさ。それも含めて、どういうふうに船を航海させていくか、監督発の企画で、どう映画を生み、動かしていくのかを考えるようになりました。そういう意味では、大人になったのかもしれないよね。

それでいうと、やっぱり『ワンダフルライフ』と『DISTANCE』は青春期特有の純度の高さがある。僕のほうがちょっと歳は上だけど……そういう青春というか、もの作りを通した青春を共有している感じが、この2人にはあるんですよね。

左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介
左から:是枝裕和、井浦新、伊勢谷友介 / (特設サイトを見る

リリース情報
『是枝裕和監督 Blu-ray7タイトルセット』(7Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:28,728円(税込)

『幻の光』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

『ワンダフルライフ』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

『DISTANCE』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

『誰も知らない』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

『花よりもなほ』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

『歩いても 歩いても』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

『空気人形』(Blu-ray)

2018年5月25日(金)発売
価格:4,104円(税込)

プロフィール
是枝裕和 (これえだ ひろかず)

1962年、東京生まれ。87年に早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、14年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年、初監督した『幻の光』が、第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』(1998)は、各国で高い評価を受け、世界30ヶ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。2004年、監督4作目の『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞。2009年、『空気人形』が、第62回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、官能的なラブ・ファンタジーを描いた新境地として絶賛される。2013年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞ほか、国内外で多数受賞。17年、『三度目の殺人』が第74回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品、日本アカデミー賞最優秀作品賞ほか6冠。18年、最新作『万引き家族』が第71回カンヌ映画祭コンペティション部門に正式出品決定、国内では2018年6月8日公開予定。

井浦新 (いうら あらた)

1974年、東京都生まれ。98年に映画『ワンダフルライフ』に初主演。以降、映画を中心にドラマ、ナレーションなど幅広く活動。そのほか『SAVE THE ENERGY PROJECT』のアンバサダー、そしてアパレルブランド『ELNEST CREATIVE ACTIVITY』のディレクターを務めるなどフィールドは多岐にわたる。映画『止められるか、俺たちを』『赤い雪 RED SNOW』『菊とギロチン』『こはく』『嵐電』など公開が控えるほか、カンテレ・フジテレビ系2018年7月期ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』の出演も決定している。

伊勢谷友介 (いせや ゆうすけ)

1976年、東京都生まれ。東京藝術大学美術学部修士課程修了。大学在学中、ニューヨーク大学映画コースに短期留学し、映画制作を学ぶ。『ワンダフルライフ』(是枝裕和監督、1998年)で俳優デビュー。その他代表作品としては、『CASSHERN』(紀里谷和明監督、2004年)、『龍馬伝』(NHK大河ドラマ、2010年)、『るろうに剣心』(大友啓史監督、2014年)など。2002年、初監督作品『カクト』が公開。2008年、「人類が地球に生き残るためのプロジェクト」として「REBIRTH PROJECT」をスタートさせ、株式会社リバースプロジェクトの代表を務める。



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