動画マーケティングに力を入れる企業が増える中、「ブランデッドムービー」と呼ばれる映像が、企業側のメッセージや理念を伝えるコンテンツとして注目を集めている。こうした状況を受けて、アジア最大級の国際短編映画祭『ショートショート フィルムフェスティバル & アジア』が、ブランデッドムービーに独自の基準を設け、日本で唯一の国際的な広告映像部門として『BRANDED SHORTS』を設立した。3回目となる今年は、審査員長に映画監督の吉田大八を迎え、計9名の審査員が「BRANDED SHORTS OF THE YEAR」を選出する。
本稿では某日、審査を終えた直後の吉田大八監督(『桐島、部活やめるってよ』『美しい星』『羊の木』)のインタビューを通じ、CMディレクターと映画監督という2つのキャリアを横断する吉田監督ならではの映像表現に対する思いをひも解く。
CMは「誰かが喜んでくれているか?」って部分を、映画以上に気にします。
—『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007年)で映画監督デビューを飾り、数多くの話題作を手がけている吉田監督。今回は『BRANDED SHORTS』の審査委員長を務めていらっしゃいますが、普段は作品に対する評価や批評を受ける立場でいらっしゃいますね。
吉田:そうですね。映画は公開されたあとで、興行結果やご覧になった皆さんの反応、映画賞とかいろんな物差しがあるんですけど、やっぱり監督として自分の名前と作品がセットになってしまうので、いろんな意味でもう開き直るしかないです。
『BRANDED SHORTS』の審査委員長を務める映画監督・吉田大八
—CMの場合は、いかがですか?
吉田:CMは「誰かが喜んでくれているか?」って部分を、映画以上に気にしますし、その点を見失わないようにしたいなと意識していますね。その「誰か」はクライアントかもしれないし、CMの企画をしたプランナーや、出演したタレントだったりするかもしれない。
いろんな意味で、「自分の仕事は、役に立ったのかな?」「自分の得点は、勝ち負けに関係あったのかな?」って。話を映画に戻すと、もう自分の名前で作ったんだから、勝っても負けても「自分の責任」で済むんですよ(笑)。
『BRANDED SHORTS』ノミネート作品『DREAM MAKERS』(Mike Skrgatic監督、イギリス、2017年)
制限や条件を、ネガティブに捉えずにバネにしないと、表現はジャンプできません。
—吉田監督は、原作となる小説や戯曲の脚色を手がける映画作品も多いですね。
吉田:そうですね。ただ、すでに完成し、流通している原作を、わざわざ映画という形で作り直すモチベーションが自分の中で見出せないと、脚色は難しいですね。「ヒットしそう」とか、そういうことではなくて、すでに存在しているのに「もう1つの作品を生み出す意味」がどこにあるのかと。だから、単純に「原作を楽しめた」から脚色しやすいということはなく、自分が「原作をつかみ直せるか」という可能性を感じるかどうかが、大きな基準になっています。
—原作を脚色したり、映画化する際の「窮屈さ」みたいなものは感じますか?
吉田:窮屈だと思ったら、何もできないですよ。制限や条件を、ネガティブに捉えるのではなく、バネにしないと表現はジャンプできませんし。制限や条件が何もない状態で、「自由にどうぞ」って言われると、逆に手も足も出ない。
それに、そもそも自分の自由を他人のお金に換える覚悟なんて、そう簡単には持てません。だから、集団作業としての映画においては、「原作」や「納期」といった制限はあった方が、クリエイティブな意味でより自由になれる、という逆説はあると思います。
—「制限や条件をバネに」というのは、CMディレクターとしてのご経験から?
吉田:たぶん、それが大きいと思いますね。CMって、多くの場合は広告代理店のプランナーや、クリエイティブディレクターが企画して、それをCMディレクターが演出する。だから、毎回企画コンテを演出コンテに書き換える作業が必要になるんです。すごく単純に言うと、企業に向けて作られたものを世の中に向けて開く、その設計図を描く。それって、映画で言うと原作を脚色する作業に非常に近い。だから、CM出身の映画監督は脚色がうまいはずなんじゃないかなと思いますけどね。
CMディレクターと映画監督、どちらの期待に応えるべきなんだろう?
—吉田監督は最近、カシワバラ・コーポレーションの新CM「大規模修繕な人々」シリーズを手がけられました。地上波とウェブ限定で計4つのエピソードから構成された内容で、全体を通すとショートフィルムとしても楽しめる内容でしたね。
吉田:もともと「ショートフィルムとしても見られるものにしてほしい」という発注があったんです。自分が映画を経験しているCMディレクターだから、偶然そういうオファーが集まるのかもしれませんが、最近は長尺CMを作る機会が多くなっている気がします。
—それはなぜなのでしょう?
吉田:いまでも「テレビCM」という言い方はするけれど、当然ウェブ上でCMを視聴する人の割合が高まっているという背景があると思います。
—CMディレクターとしての吉田監督に対して、「映画っぽいCMを撮ってくれる」という印象を抱いているのかもしれません。
吉田:それは確かに。映画監督を始める前は「映画っぽいストーリーテリングができるCMディレクター」として評価されていたかもしれませんし、いまだったら逆に「CMっぽいニュアンスをつかむセンスがある映画監督」だと思われているのかも。
ただ、自分の中では気持ちに「揺れ」があるんですよ。やっぱりCMを作るときは、CMディレクターとしての回路に従ってものを考えようとしているんです。だけど、「ショートフィルムのように」と注文を受けると、「普通のCMではいけないの?」という気持ちと、1話30秒のサイズで映画に似た何かを期待されても中途半端になるだろうという思いを抱くんですね。
また、映画監督とCMディレクターの、どちらの期待にどれくらいのバランスで応えればいいんだろう、ということも考えます。だから、作っている途中は、両方を満足させたい自分自身の欲と、いつも向き合う必要があるんです。そして、いつもその「揺れ」がそのまま出た作品になっているような気がしますね。このカシワバラ・コーポレーションのCMも、そのひとつです。
『BRANDED SHORTS』ノミネート作品『MIRAI 2061』(児玉裕一監督、日本、2018年)
—現在のCM全体について、どんな思いをお持ちですか?
吉田:僕だけじゃなくて、世の中全体がそうなのかもしれませんが、やっぱりテレビを見る時間が減っていますね。だから単純に「CMの現在地とは?」みたいなことを語る資格がない。CMディレクターに期待されることも、僕が業界で働き始めた当時とはかなり変わってきたはずだし。
ただ、ひとつ思うのは、それがプランナーでもディレクターでもいいんですけど、誰かの強い主観の反映をCMに感じることが少ない。だから、CMを見て、その作り手に嫉妬したり「これ好きだからマネしたいな」といったポジティブな影響も受けにくくなりました。
ショートフィルムで「CMでは、できないことをやってみよう」という気持ちが芽生えました。
—2002年の『ショートショート フィルムフェスティバル』では、長編映画デビュー前の吉田監督が演出されたショートフィルム『男の子はみんな飛行機が好き』が招待上映されていますね。
吉田:そうですね。ちょうどCMの演出と並行するかたちでショートフィルムを撮っていた時期がありました。当時、「ブロードバンド」という言葉が出始めた頃で、CMディレクターに「ブロードバンド向けに、ちょっと長めの作品を」という注文が増えたんです。この経験が「何かが開く」きっかけになって、それを通過した上でいま映画を撮っているのは、間違いないです。
よく「どうして、映画を撮り始めたんですか?」と聞かれることがあるんですが、ショートフィルムを数本撮っていたプロセスがなければ、映画を撮ろうなんてイメージさえ持てなかったはずだと思う。それくらい、自分にとっては大きな経験ですね。
『BRANDED SHORTS』ノミネート作品『LOST PANDA』(Mark Molloy監督、オーストラリア、2017年)
—「何かが開く」という感覚は、具体的にどんなものだったのでしょうか?
吉田:CMのように、商品や企業メッセージを頼りにせず、「自分で結末を設定して物語を語りきる」という回路が少し開いたんじゃないかなって気がしますね。それに「せっかくだから、CMではできないことをやってみよう」という意識が強かった。ナンセンス、シュール、エロ、暴力とか。
ショートフィルムには尺が短い分、美しい構造で、鮮やかな着地をする作品を期待したい。
—映画もCMもショートフィルムも経験している吉田監督から見て、今回審査をした『BRANDED SHORTS』について、どんな印象をお持ちですか?
吉田:もっと「トレンド」があるのかなと予想していたんですが、実際にはバラエティーに富んでいるし、思った以上に作風がバラバラだなと。尺も1分のものもあれば、30分のものもあるので、同じ土俵に立たせるのは乱暴といえば乱暴だし、おおらかといえばおおらかですよね。だから、そういう意味も含めて、楽しみました。
—長めのCMではないし、かと言って、映画とも性質が異なりますもんね。
吉田:やっぱり、(映画に比べて)短い分、よりメッセージもはっきりするし、描写の密度や語り方も変わりますから。
—監督ご自身は、どういったショートフィルムに惹かれるのでしょう?
吉田:メッセージの質に見合った美しい構造で、鮮やかな着地を見せてほしい、と個人的には期待してしまいます。ただ、審査会の中で、「その考え方はCM的だ」という指摘もありました。
『BRANDED SHORTS』ノミネート作品『The Red Stain』(Rodrigo Saavedra監督、アメリカ、2018年)
—確かに、「BRANDED SHORTS」という言葉は、まだ耳慣れないですし、どう定義すべきかという難しさもあると思います。
吉田:まさにその通りでした。審査員それぞれに推したい作品はあるんですけど、「BRANDED SHORTS」をどう定義するかによって、まったく評価が変わってくる。CMとも映画とも違うわけで、「そういう見方があるなら、この作品はどうなるの?」という「揺れ」を審査員全員が感じながら、審査を進めていった感はありますね。相当、頭も使ったので、疲れたといえば疲れましたけど(笑)。
—CMなら、商品をPRする訴求力。映画なら、面白さや完成度と、評価基準が異なりますもんね。
吉田:少し変な例えかもしれませんが、法律を書きながら、誰を逮捕するか決める感じでしたね(笑)。誰かの発言によって、自分自身の考え方もガラッと転向してしまう。「審査が白熱した」という状況とはまた違って、何か新しいものが生まれる現場に立ち合っているような感触を抱きました。
—審査を終えたいま、吉田監督がお考えになる「BRANDED SHORTS」の定義はありますか?
吉田:僕も含めて、審査員全員が定義をハッキリと見つけられたわけじゃないんですよね。今回の審査を通じて、定義に基づいた1番を決めるというよりは、「結局、BRANDED SHORTSって何だろう?」という僕らの戸惑いや実感を、大きな問いかけとして、世の中の皆さんに投げかけたい。
もちろん、今回、審査の結果として各賞が決まりましたが、これをきっかけに、「自分ならこれを選んだ!」とか「審査員はわかってない」みたいに、もっとみんなで幅広く考えてもらえればと思っています。そういう意味では、無責任かもしれないけど、熟議を重ねた上で気持ちよく手放しました。さわやかな無責任、ですね(笑)。
『BRABDED SHORTS 2018』ロゴ(サイトを見る)
いまの時代、映像に興味があって「でも、映像を作れない」は言い訳になりません。
—先ほど、ブロードバンドのお話が出ましたが、いまではスマートフォンやタブレットで映像を視聴する機会も増えています。そうしたデバイスの多様性も、『BRANDED SHORTS』をあと押ししているように思います。
吉田:審査でも「もっとシェアされる可能性を追求すべき」という声があって、「なるほどな」と。自分はそこまで思いが至っていなかったですね。そういう意味では、いろんなことを学んだ審査でもありました。
『BRANDED SHORTS』ノミネート作品『恋人がファミチキ2017』(江藤尚志監督、日本、2018年)
—例えば、「スマホで映画を見る」といった視聴スタイルについて、映画監督の立場からどんな風に感じていらっしゃいますか?
吉田:作り手としては、その点を意識しても仕方ないことなので、考えないようにしています。例えば「こんな引きサイズで撮ったら、スマホでは何が映っているかわからないかも」なんて迷っていたら、何も撮れないですから。それにどんな環境で見ようと、面白ければ頭の中でスクリーンサイズは補完してくれる、とも思っているんです。
スマホ、飛行機の中、パソコン、テレビ画面、劇場のスクリーン。個人的には、結果的に「何で見たか」を忘れるくらい集中できた作品が優れた作品なんだろうなと思います。
—CM、映画、そしてショートフィルムと映像表現の可能性そのものが広がっています。
吉田:これだけ手段が普及しちゃうと、映像に関して「作りたいけど作れない」という言い訳は成立しないですからね。何か伝えたいこと、語りたいことがあるとして、それが15分のショートフィルムなのか、2時間の映画なのか、10時間の連ドラなのか。適した「出口」がいろいろあるのは、クリエイターにとっては選択肢が広がるし、とても前向きなことだと思いますね。
だからこそ、今回の『BRANDED SHORTS』も含めて、ショートフィルムやそれを上映する『ショートショート フィルムフェスティバル & アジア』がもっともっと作り手といい関係をたくさん築けるといいなと思います。ショートフィルムに恩がある立場としても、それは強く伝えたいですね。
—観客にとっても、新鮮な出会いがありそうです。
吉田:これだけSNSが広がったからこそ、スクリーンで他人と一緒に知らない作品をたくさん観る、そういう「出会い頭」的な経験は、とても贅沢で豊かなことだと思います。ショートフィルムは、作り手と観客の双方にとってハードルが低いという意味でも、いろんな可能性を秘めているんじゃないでしょうか。
- イベント情報
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- 『BRANDED SHORTS 2018』
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2018年6月5日(火)~6月8日(金) 会場:東京都 虎ノ門 アンダーズ東京 アンダーズスタジオ(虎の門ヒルズ)
上映作品:
『The Perfomance』(監督:Cole Webley)
『CLASH OF KINGS』(監督:Yuki Saito)
『窓と猫の物語「幼なじみ」篇』(監督:江藤尚志)
『DREAM MAKERS』(監督:Mike Skrgatic)
『春』(監督:泉田岳)
『Love U, XOXO』(監督:Thitipong Kerdtongtawee)
『MIRAI 2061』(監督:児玉裕一)
『ROAD TO YOU -君へと続く道-』(監督:川又浩)
『美知の通勤電車』(監督:田中嗣久)
『石油男とマッチ女』(監督:萩原健太郎)
『LOST PANDA』(監督:Mark Molloy)
『AKE DEMO』(監督:Komson Yamshuen)
『「アリキリ」第1話「残業編」』(監督:内山勇士)
『クルマから愛を、もっと。START YOUR IMPOSSIBLE』(監督:原田陽介)
『It's Tuna』(監督:Augusto Gimenez Zapiola)
『社畜ミュージアム』(監督:小山巧)
『General Howe's Dog』(監督:Noam Murro)
『Tomorrow's News』(監督:Rubin Henry-Alex)
『Lighthouse』(監督:鈴木智也 & Fawaz Al-Matrouk)
『恋人がファミチキ2017』(監督:江藤尚志)
『The Red Stain』(監督:Rodrigo Saavedra)
『Christmas together』(監督:Ismael Ten Heuvel)
『母の辛抱と、幸せと。』(作画:鉄拳)
『日清焼そばU.F.O.【6月24日はUFOの日】未確認藤岡物体襲来』(監督:佐藤渉)
『The Vodka With Nothing To Hide』(監督:Sam Hibbard)
『玉城ティナは夢想する』(監督:山戸結希)
『Overlook Hotel』(監督:Matt Dilmore)
『The Boy Nobody Could See』(監督:Martin Stirling)
『Three Minutes』(監督:Peter Chan)
- プロフィール
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- 吉田大八 (よしだ だいはち)
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1963年生まれ、鹿児島県出身。CMディレクターとして国内外の広告賞を受賞する。2007年『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編映画監督デビュー。第60回カンヌ国際映画祭の批評家週間部門に招待され話題となる。その後の監督作として『クヒオ大佐』(2009年)、『パーマネント野ばら』(2010年)。『桐島、部活やめるってよ』(2012年)で第36回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞受賞。『紙の月』(2014年)で第38回日本アカデミー賞優秀監督賞受賞。2018年2月、最新作『羊の木』が公開された。
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