キャラクターのしなやかで独創的な動きや、ポップな色彩感覚で、多くの支持を集める人気イラストレーター・キナコ。もともとは二次創作の描き手だが、趣味でネットに投稿していたイラストが世のクリエイターの目に留まり、テレビアニメ『ガッチャマン クラウズ』のキャラクターデザインに突如抜擢された、驚きの経歴の持ち主でもある。
その後も、西尾維新の小説やゲーム『刀剣乱舞』など、人気作品に立て続けに参加。そんな彼女が今回、ダンボール会社「アースダンボール」とイラストレーターのコラボレーション企画「UNBOX」において、オリジナルのキャットハウスを制作した。
ファンの間では熱烈な「猫好き」として知られる彼女。そこでこのインタビューでは、普段はあまり垣間見られない、その生活と制作、そして人となりに迫った。大切な存在だと語る猫、絵に刺激を与えてくれる映画やゲーム、活動しながら実感した仕事に対する心構えまで。とても淡々と、等身大の視点で答えてくれた。
ゲームは自分の制作にとって、大事な要素になっている気がします。
—キナコさんは顔を出さず、その正体は謎に包まれていますが、Twitterを拝見していると、映画をよくご覧になっているようですね。ビジュアルに惹かれる映画などはありますか?
キナコ:映画を見始めたのは最近なんですけど、『ダークナイト』(2008年、クリストファー・ノーラン監督)をはじめて見たときに「なんて面白いんや!」と思って。何回か映画館に見に行って、そこからよく映画を見るようになりました。最初はCMで悪役のジョーカーの見た目に惹かれたんですけど、演出も曲もぜんぶ良かった。すごく好きな映画です。
—ジョーカーは悪役の姿としてとてもインパクトがありましたよね。キナコさん自身の絵にも感じるのですが、少し影のある世界観がお好きなのかもしれないですね。
キナコ:ああ、そうかもしれないです。すこし暗かったり妖艶だったりするものが好きで。映画のほかにもゲームが好きでよくやるんですが、ホラー作品が多いんです。『SIREN』や『サイレントヒル』『バイオハザード』とか。ゲームは自分の制作にとって、大事な要素になっている気がします。
—ゲームと創作が結びつく点とは何でしょう?
キナコ:ゲームのキャラクターって、見た目が魅力的なことが多くて。見ていると自分でも描きたくなることが多いんです。たとえば『サイレントヒル』の敵で「三角頭」というキャラクターがいるのですが、デザインがすごく好きです。頭がなくて、三角の被り物をしているんですけど、顔が三角なのにカッコ良く思えるというのはすごいなと。
私自身、人間を描いていても、つい爪を尖らせたくなったり、牙を生やしたくなったりするんです。先端が尖っているものが好きなのかもしれないです(笑)。
—キナコさんのイラストは、既存のキャラクターの二次創作も多いですね?
キナコ:『ポップンミュージック』というリズムゲームがあるんですけど、学生の頃、そこに登場するウサギのキャラクターの二次創作をよくしていました。
それまで自分の絵でキャラクターを描いたことがなくて、そのときはじめて「自分の絵ってこういう絵なんやな」と思って。その経験がとても面白かったんです。
—元の絵があることで、むしろ自分の個性が見えたんですね。
キナコ:そうです。でも、そのときは絵を仕事にするとも思っていなくて。ただいろいろ描くのが楽しくて、1日1枚くらいは描いて、お絵かき掲示板に投稿していました。
ただ好きに描いているだけじゃダメなんだと気づきました。
—初めて仕事として絵を描いたのは?
キナコ:『季刊エス』という雑誌です。Pixivにも絵を載せていたのですが、そこに編集部の方からメールをいただいて。このときは「戦うキャラクター」というお題で、小さな女の子と彼女を守る執事2人を描きました。それが最初ですね。そのあと『嘘月』(2011年、杉山幌著、講談社)という小説の表紙でもキャラクターデザインをさせていただきました。
—そこでもう、イラストで生きようと決めたんですか?
キナコ:いや、そのあとしばらく仕事では描いていなかったんです。普通の事務の仕事もしていたので、趣味で描いていました。そしたらいきなり「『ガッチャマン クラウズ』(2013年、中村健治監督)というアニメのキャラクターデザインをやりませんか?」というメールが来て。
—すごい急展開(笑)。大きな仕事なので、人によっては躊躇してしまうと思うのですが。
キナコ:「好きに描いてくれていい」と言われて、とりあえず描くだけ描いてみようと。でも、プレッシャーはありましたね。ガッチャマンにはあまり馴染みはなかったんですけど、もちろん知ってはいたので、まさか自分が描くことになるとは、という感じでした。
キナコが描いた『美少年探偵団 きみだけに光かがやく暗黒星』(西尾維新 / 講談社 / 2015年)表紙用のイラスト
—実際にやってみていかがでしたか?
キナコ:それまでは好きに描いていたけど、仕事になったら丁寧さも求められるし、期限もある。ただ好きに描いているだけじゃダメなんだと気づきました。
—多くの人が関わる作品では、押さえるべき設定も多そうですよね。
キナコ:そうですね。でも、それが自分の作品を広げるきっかけにもなるなと。たとえば『ガッチャマン クラウズ』では、これまで自分が描いてこなかったような幅広い年齢のキャラクターを描いたので、描ける顔のタイプを広げることができたと思います。
そして、このお仕事をきっかけにだんだんイラストの依頼が増えて、事務の仕事と並行することが難しくなってきました。ちょうど事務をやめようかなと思っていた時期でもあったので、とにかくいまはイラストだけで頑張ってみようと思ったんです。
私がイラストを描くときに大事にしていることのひとつに、「柔らかな人体」があります。
—キナコさんは香川県にお住まいで、このインタビューもSkypeを通じて行っています。イラストのお仕事をされるうえでは東京が便利だと思うのですが、香川を拠点にされている理由は?
キナコ:一時期は東京にも住んでいたんですけど、人が多すぎて慣れなくて。いまは実家に住んでいるのですが、単純に広くて暮らしやすいなぁ、というくらいの理由なんです。それにインターネットがあれば仕事ができるので。打ち合わせはSkypeやメールですね。
キナコが描いた『押絵と旅する美少年』(西尾維新 / 講談社 / 2016年)表紙イラスト
—ネットの存在が大きいんですね。現代の働き方という感じがします。
キナコ:ネットが普及していなかったら、そもそもイラストの仕事をしていなかったかもしれないと思いますね。あと、地元に戻ったもうひとつの理由として、実家で猫を飼うという話が出て。猫につられて帰ってきた感じです(笑)。
—キナコさんの熱い猫への思いはTwitterからも伝わってきます。
キナコ:そうなんです。見た目、動き、手触り、声……猫のすべてが好きですね。いまは「うり」という猫を2年くらい飼っています。
キナコの愛猫「うり」
—普段、うりちゃんとはどんなコミュニケーションをしているんですか?
キナコ:私の方から寄っていくことが多いです。うりが寝ているところに顔を埋めたり、床にゴロンとしているところに覆い被さったり、抱いて歩き回ったり。あとうりの方からパソコンの画面と私の間に入ってきたり、いろいろですね。とくに手触りが好きなんです。ふかふかのもこもこで。時間や手が空いているときは、つい触っちゃいますね。
—そうした猫との生活が、制作に影響を与えていると思いますか?
キナコ:ずっと家で作業しているので、やっぱり猫がウロウロしていると癒しになってくれますね。いてくれないと困ります。イラスト自体にはあまり関係がないかもしれないんですけど、大切な存在ですね。
たとえば構図は浮かんでいるけど、線を描こうとしたら思い通りにならなくて、突然描けなくなるときがあるんです。そんな、絵に行き詰まったときは、無理に描かないでほかのことをするんですが、よくうりと一緒に寝たり、膝に乗せたりしています。
—「イラストには関係ない」とおっしゃっていたのですが、キナコさんのイラストを見ると、たとえば手首やつま先などキャラクターの細かな動きに、どこか人間離れした柔らかさを感じます。「猫好き」というフィルターのせいかもしれないですが(笑)。
キナコ:(笑)。言われてみるとたしかに関節のグニャッとした動きやキャラクターのポーズの柔らかさは、猫っぽいかもしれないです。私がイラストを描くときに大事にしていることのひとつに、「柔らかな人体」があって。柔らかい曲線で身体を描きたいと思っています。そっちの方が、視覚的に好きなんです。
—そうした絵が好きになったのはなぜですか?
キナコ:ポーズの面白さという意味では、藤崎竜さんのマンガ『封神演義』の影響だと思います。単行本の表紙で毎回、キャラクターが1人ずついろんなポーズをしているんですけど、それがすごくカッコよくて。とくに13巻で王天君というキャラクターが逆さまになっている絵が好きでした。一枚絵でパッと人の目を引くうえで動きはとても大切で、それはイラストにも通じていると思います。
—魅力的な人物を描くうえでこだわっているポイントはどこですか?
キナコ:手首や足首、口の角度とかですかね。ちょっとクイっとした感じが好きなので。関節部分や柔らかい部分にピンク色を入れて、濃い目の影でむっちり感を出すように描いています。「かわいい」とか「カッコいい」とか「色っぽい」とか、見る人がひとつの意味ではなく、いろんな意味で魅力的に思える絵が描きたいと思っています。
昔よりいまの方が、線がどんどん丁寧になってきたと思います。
—今回のアースダンボールとのコラボレーションも、猫好きが高じてか、ダンボール製品としてキャットハウスを作りましたね。
キナコ:ダンボールと聞いて、本当にパッと思い浮かんだんですけど、個人的にもキャットハウスが欲しかったんです。いまも部屋には、ダンボールに入り口を付けただけのものを置いているんですが、もっと良いものがあればいいなと(笑)。猫はこういう箱が大好きなんです。スーッと入っていって、中で丸まったりします。
—ダンボールという素材に描くのは珍しいことだと思いますが、いかがでしたか?
キナコ:最初に「ダンボールを素材に」と聞いたときは、「そういう商品に載せる絵として自分のイラストは合うのかな」と思いましたね。また商品ということは、自分のイラストに興味がない人も部屋に置くことになるので、何を描いたらいいのかを悩みました。
コラボレーション作品について、制作の裏側などがまとまった「UNBOX」パンフレットの表紙(サイトを見る)
—完成したものを見ると、線がいつもよりラフですよね。
キナコ:それはアースダンボールさんのご要望でもあったんです。「ダンボールの特性上、あまり細かい線は映えないので、ちょっと粗めに描いてほしい」と。
ただ、ラフにしようと思って描き始めると、意識してしまっているからか、意外とラフにならないことが多くて……(笑)。なので、本当にわーっと描きましたね。「はみ出しても直さんぞ!」と。仕事ではあまりやらないことなんですけど、頑張りました。
—原色の背景と、太いボリューム感のある線の組み合わせがとても良い感じです。完成したキャットハウスの使い心地はいかがですか?
キナコ:うりは、よく中に入っていますよ。あと良いなと思ったのが、軽いので掃除のときにどけやすいこと。こういうキャットハウスが欲しかったんです。ボロボロになることを気にしなくても大丈夫ですし。
箱職人集団であるアースダンボールが、クリエイターとコラボする取り組み「UNBOX」(サイトを見る)
—その気楽さは、ダンボールならではですね。
キナコ:そうですね。だけどカラフルなので、部屋に置くと存在感もあります。普段は画面とか紙面とか、平面を通して自分の絵を見ますけど、キャットハウスとして部屋にポンと自分のイラストが置かれているのは、今回やってみて不思議で面白い感覚でした。自分の絵に合いそうなもので、またこういう機会があればぜひやってみたいですね。
—今後ほかにもやってみたいお仕事はありますか?
キナコ:キャラクターデザインの仕事がとても好きなので、もっといろんなジャンルで挑戦できたらいいなと思います。RPGとか、ゲームの登場人物も描いてみたい。もっとこの分野を突き詰めていけると嬉しいです。
—キナコさんにとってキャラクターデザインという役割の魅力とは?
キナコ:設定から自分の絵でキャラクターができあがっていき、作品の中で動いたり喋ったりしているのを見るのがすごく楽しいんです。とくに、キャラクターがそれぞれに合った場所で生き生きしていると、もう自分の手を離れて「行っておいで」って感じです。そうなった瞬間が嬉しいですね。ちゃんとキャラクターが作れたなと。
—イラストの世界は、発表の場の多様化もあって描き手が増えていると思うのですが、その中で自分はどんな描き手でありたいと思っていますか?
キナコ:自分は描きたい絵しか描けないので、いまのまま描いていければいいなと思っています。あまり周りに惑わされたくないというか。
—では、自分のスタイルを突き詰めるために大切にしていることはありますか?
キナコ:昔よりいまの方が、線がどんどん丁寧になってきたと思います。昔ははみ出しも気にせずに描いていたんですけど、いまはちゃんと確認しようと思っていて。丁寧さは心がけ始めましたね。それは完成した作品から、見る人にも伝わると思うんです。
—イラストレーターとしてプロでやるうえでは、丁寧さが大事?
キナコ:そう思います。同じくらい勢いも大事なんですけど、うまくバランスを取るというか。それはすごく難しいことですけど、絵を描くときいつも意識していることですね。
あと、イラストの仕事では、自分の描きたいことと依頼をくださった方の要望がうまく合わないという場面もあります。そのとき、自分なりの「こだわり」があるか、その「こだわり」をどうやって仕事の中に入れていくのか、その視点はこれからも大事にし続けたいと思います。
キナコの個人画集『キナコアートワークスカーニヴァル』表紙(Amazonで購入する)
- リリース情報
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- What is「UNBOX」?
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「箱から出す」という意味を持つこの言葉。「UNBOX(アンボックス)」は、箱職人集団であるアースダンボールが新たにスタートした取り組みです。「UNBOX」では、アースダンボールが箱職人として大事にしているこだわりや思いを、クリエイターとのコラボレートを通して発信していきます。
- プロフィール
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- キナコ
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『ガッチャマンクラウズ』(タツノコプロ/ガッチャマンクラウズ製作委員会)、『鏡界の白雪』(アイディアファクトリー)、『刀剣乱舞』(DMM ゲームズ・ニトロプラス)、『栽培少年』(15COMBO. & OWLOGUE Co.,Ltd.)などのキャラクター原案やデザインを手がけ、西尾維新著『美少年シリーズ』(講談社タイガ)の装画等でも活動中。
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