1992年にハラミドリ、菊地成孔、河野伸の3人で結成(1期)、1999年からは岩澤瞳と菊地によるボーカルデュオ(2期)として活動を展開し、2006年に解散したSPANK HAPPYが、約12年という長い歳月を経たいま、新ボーカリスト「OD」を迎えて突如復活、新曲“夏の天才”をリリースした。
いまや音楽家としてはもちろん、著述家、ラジオパーソナリティとしても活躍する菊地は、なぜ1度は自らの手で封印したSPANK HAPPYを再始動させようと思ったのだろうか。その再始動が意味するものとは、果たして何なのか。そして、そんなSPANK HAPPYの新ボーカリスト「OD」として、今回菊地とタッグを組むことになった小田朋美(DC/PRG、CRCK/LCKSのメンバー、ceroのサポートなど)の胸中やいかに。
今回の再始動は、「3期」である以上に「最終」形態であるというSPANK HAPPPYの2人に、彼らがまとう「ペルソナ(仮面)」が持つ意味と2人の関係性についてはもちろん、いまのSPANK HAPPYが持つ音楽的な可能性と今後の野望まで、大いに語ってもらった。
今回のSPANK HAPPYの特徴は、パートナーがリーダーよりも音楽的な能力が上、もしくは同等であることです。(Boss)
—まず、約12年ぶりにSPANK HAPPYを再始動させることの意義について、Bossの考えを聞かせてもらえますか?
Boss the NK a.k.a. 菊地成孔(以下、Boss):SPANK HAPPYをもう1回やることの意義は2つあって。ひとつは過去のSPANK HAPPYの活動は、「15年早かった。いまがちょうどいい」とかよく言われてるけど、実際にいまもう1回やってみたら、果たして本当にいいのかっていう疑問がありますよね。その実験結果を出してみたい、というのがあります。結構コンセプチュアルだと思いますけど。
—確かに、そうですね。
Boss:岩澤(瞳)さんとやっていた第2期SPANK HAPPYの曲は、自分でもみんないい曲だと思ってるんだけど、もう15年前の曲だというのも事実です。それをもう1回リアレンジして、まあ、適格な声の持ち主に歌ってもらったらどうなるんだろう、と、ただ、それだと単なるリバイバルプロジェクトだから、そんなことはモチベーションの半分もしくはそれ以下ですね。
それよりも小田さんと2人で新しいSPANK HAPPYをやってみたいということですね。僕の気分としては、今回は事実上は確かに3期ではあるけれども、いままでの1期、2期はテストランで、今度が本番立ち上げぐらいの気持ちです。
—「最終SPANK HAPPY」という言い方もなさってますよね。
Boss:はい、僕の年齢的にも、音楽の形態としても、これが最終SPANK HAPPYであるのは間違いないんですが、始発のSPANK HAPPYでもあるという感覚があります。それはやっぱり、小田さんという、とても素晴らしい才能とオーラを持った方と、彼女が学生時代に出会って、その後小田さんは素晴らしい音楽家に成長された。小田さんと共に音楽をやること自体はDC/PRGでもやっていますし、2人で映画音楽を担当したりもしました。ですが、2人で対等に組んで、歌ものをやりたかったけど、形が見つからなかったということとSPANK HAPPYをもう1回やろうっていうのが、僕の中で合致したんですよね。
—名前こそSPANK HAPPYですが、菊地さん1人ではなく、2人で音楽を作り上げるところが、これまでとは違うわけですね。
Boss:今回のSPANK HAPPYのいちばん大きな特徴は、パートナーがリーダーよりも音楽的な能力が上、もしくは同等であるということです。厳密に言うと、年齢差が23もあって、男女なのに分業されてない。それはいままでになかったから、ものすごく新鮮です。
ソングライトからアレンジからパフォーマンスまでまでがっつり共同でやる。デモ等の打ち込み作業は小田さんが、スタイリングやビジュアルやビートメーカーの人選は僕が、という分業はありますが、とにかく一緒に曲を作って一緒に歌って、一緒に踊る、というのはSPANK HAPPYだけではなく、僕の全活動にとって初めてのことなので。
小田さんとならば、バンドセットもできるし、オール弦楽だけでやることもできるし、SPANK HAPPYの音楽的な可能性が、ものすごく広がるわけです。極論を言えば、SPANK HAPPY名義で、映画音楽をやることだって、ピアノとサックスのデュエットだって不可能ではないわけで。
—小田さんと一緒にやることは、音楽の可能性が広がることも意味していると。
Boss:可能性とかポテンシャルとしては、1期も2期も包含した上で、更にもっといろんなことができるユニットになったわけです。だけど、器用貧乏にあれもこれもやりますでは拡散してしまうので、まずは小田さんにODっていうキャラクターを振って。
OD a.k.a. 小田朋美(以下、OD):自分、ODじゃないスか~(笑)。
—そう言えば今回の取材は、BossとODの取材という体でした(笑)。
Boss:(笑)。だから、小田さんの持ち味を引き出す意味も含め、ODというペルソナをかぶせて、小田さん自身を解放すると。小田さんが1人では絶対にやらないようなこともやっていただいて、まあ、僕もやっていくと。小田さんも僕も単体ではではやらないようなことをやって、余裕無き時代に遊んでる。それが今回のSPANK HAPPYなんです
SPANK HAPPYぐらいは、すごくチャラくて可愛くてオシャレでヘンっていうことにしておきたいので。(Boss)
—このBossとODというのは、どういうペルソナであって、この2人はどういう関係性なのでしょう?
Boss:今のところ音源もないし、ライブもあまりやってないので、Instagramの中だけですが(笑)、小田さんが普段は外に出さない面白い部分とか、キチガイじみてる部分とか、男装からモード系からスイムウェアまで、どんな服でも似合うっていう部分を抽出すること。シンプルに言えば「あて書き」です。
あと、小田さんっていうのは何せ、坂本龍一、渋谷慶一郎を輩出した東京藝術大学の作曲科を卒業ですからね。ややもすると気軽に声を掛けられないところがあるというか、どうしてもやっていることが高尚だとか複雑だとか思われがちなんです。それを、「OD可愛いじゃーん」って言ってもらえるように、小田さんに隠されたキャラクターをむき出しています。僕のBossっていうのは、別にどうでもよくて、日頃の菊地の延長みたいな感じで、「よしよし、パン買ってやるからな」とか言ってるだけ(笑)。
OD:でも、私のまわりの人たちは、菊地さんに対しても話し掛けづらいとか、ちょっと怖いと感じているところがあるから、Bossのキャラクターによって、親しみやすくなったって言ってる人、多いですよ。
Boss:でも、それは僕のラジオ(『菊地成孔の粋な夜電波』TBSラジオ)を聴いてない人だと思うんですよね。僕のラジオばっかり聴いている人が僕のライブにきたときに、「ライブだと、あんなにシリアスで怖いんですね」って言われて(笑)。
—(笑)。「BossとOD」というのは、お2人の普段のステージとは、逆のキャラクターというわけですね。
Boss:ヒップホップのラッパー名、DJ名なんかもそうだと思うんですが、単なる芸名効果じゃなくて、ペルソナっていうのは、内在してるものを外化させるための解放装置だから、使う人はいっぱいいるんだけど、いちばん重要なのは、「菊地成孔と小田朋美のユニット」っていうふうに見られなくするってことなんですよね。設定やお約束、みたいな感じじゃなくて、本当に、「もうあいつら、菊地と小田には見えない」というところまでいったら面白いですよね(笑)。
小田さんは小田さんで、三枝伸太郎さんとの活動はあるわ、CRCK/LCKSもやってるわ、ceroのサポートはやってるわ、映画音楽やCMもやってるわ、菊地成孔はDC/PRGのリーダーで、小田朋美はそのメンバーでもあるし、クラシックとジャズとは言え、お互いアカデミックでハイスペックだと。ものすごいプロフェッショナル同士が組んで、もう何かすごいユニットを始めたみたいな。そんなSPANK HAPPY嫌ですよね(笑)。
SPANK HAPPYっていうのは、すごくチャラくて可愛くてオシャレでヘン。っていうことにしておきたいので。「しておきたい」というか、時代がとにかく暑苦しくて息苦しいですから。
—なるほど。かなり戦略的にODのペルソナ設定がされていると。
Boss:OD自体には、何のキャリアもないということになっているんですよ。パンが好きで、パン工場で、パン食いながら歌っていたら、Bossにスカウトされたっていう。裸の大将みたいなキャラクターなんです(笑)。Bossもまだ、いったい何がしたいのかわかんない人ですよね。ODに仕事をさせて金儲けしようと思っている悪い人かもしれないし(笑)。
ODというキャラクターをはめたことによって、私自身も「ODだからいいか」って思えたりします(笑)。(OD)
—ちなみに小田さん自身は、ODというキャラクターを、どのように捉えているのでしょう?
OD:やっぱり解放ですよね(笑)。芸大卒がどうだっていうことじゃないですけど、やっぱり、アカデミックに音楽を勉強してきた人なのねって見られることに対して、自分でもそういうふうに振る舞ってきたところもあるわけです。いろんなところで、大胆になれないところはあったんですよね。
だから、いま菊地さんがおっしゃってくださった、私の中にある面白い部分だとか、もうちょっとチャラくしたい部分だとか、そういう私の欲望を菊地さんが汲み取ってくださって。解放には抵抗が絶対つきものですから、私も最初は抵抗がありましたけど、ODというキャラクターをはめたことによって、私自身も「まあODだからいいか」って思えたりします(笑)。そういうペルソナの醍醐味みたいなものはありますよね。
Boss:小田さんは、もともと明るかったんだと思いますよ。これはまったくの推測だけど。
OD:そう、小さい頃は、すごい明るかったんですよ。
Boss:ですよね? それが、勉強したり、思春期前後のあるときから、いろんな暗さとか重さがのしかかってきたんだと思いますよ。
OD:子どもの頃は、ずっとふざけ倒しているような感じだったんですけど、いつの間にか真面目キャラになってきてしまって。だから、ODの後輩っぽいキャラクターっていうのは、自分にとって不自然なものではないんですよね。むしろ、子どもに帰っていく感覚です。
Boss:あと、いままでのSPANK HAPPYにあったようで実はなかったものが、バイセックス的かつモードであるということ。要するにどんな格好でもできるっていうことなんです。レオタード、水着、ドレス、オートクチュール、カジュアル、ジーンズにTシャツ、スーツルックや男装までが似合う身体を持った人が、いままでいなかったんですよね。世界は今、コスプレ化してますが、コスプレじゃだめなのよ。モードである基盤の上に、何でも着れる。
1期のハラミドリさんも、2期の岩澤瞳さんも、自分が似合う服っていうのが決まってるタイプの人だった。だけど小田さんは、全方位的にスタイルが良くて、どんな服でも似合うし、元々の育ちの良さがエレガントで、ハイモード感が余裕で受け止められるんですよ。
—たしかに、スラッとしていらっしゃるし、いろんな衣装が似合うというのはよくわかります。
Boss:デビューライブのときみたいに、ODはプラダの衣装を着て、Bossはタキシードを着てるとか、バシッと割れるときもあれば、今日のように同化してしまうこともあるんです。今日はまあ、「西部警察リスペクト」で、FRED PERRYとRAF SIMONSのコラボにレイバン(笑)。
そうやって、あらゆるビジュアルを見せていくことは、いままでのSPANK HAPPYでも、理念としては持っていたんですけど、実現できなかったことだから。それを、ODは実現させてくれるんです。
—ということは、いまのところスタイリングはすべて、菊地さんが?
OD:完全にそうですね。スタイリングから髪の毛まで、全部菊地さんがディレクションしています。
Boss:2人で撮っている写真もありますけど、Instagramに上げているOD単体で写っているものは、全部僕が撮ってるし。
「菊地成孔って何者だよ?」っていう人が聴いて、「やべえじゃん、こいつら」って思うことが大切であって。(Boss)
—そんなBossとODによる新生SPANK HAPPYの1発目の楽曲として、“夏の天才”が配信されているわけですが、これは最初から「三越伊勢丹グループ グローバル・グリーン キャンペーン」のキャンペーンソングとして作られたものなのでしょうか?
Boss:そうですね。小田さんとSPANK HAPPYをやりましょうってなったときに、ちょうどこの話がきたんですよね。これは渡りに船だと思って、「実は、SPANK HAPPYが復活するんです」って伝えたら、向こうも「おおっ、是非SPANK HAPPYで」ってなったんです。で、今度のボーカリストはこの人ですって小田さんの写真を見せて歌を聴いてもらったら、三越伊勢丹さんが「もう最高」って(笑)。
SPANK HAPPY『夏の天才』(Apple Musicはこちらから)
—三越伊勢丹のキャンペーンソングとなると、歌詞や曲の雰囲気など、いろいろ考えなくてはいけなかったのでは? 2期の歌詞ように、病理をテーマにしてというのは、あまり相応しくないですよね。
Boss:そうそう、とにかく爽やで、「夏、楽しい!」っていうのを押していかなきゃいけないから。押していかなきゃって言うと強要されてるみたいだけど、夏が楽しいのは、僕、何の文句もないんで(笑)。
だけど、ただ「夏は恋の季節で楽しいよね」っていう歌だったら、もういろんな人が散々歌ってきているわけですよね。だから、そこに何とかSPANK HAPPYらしさというものを入れ込もうと心がけてはいます。
—いずれはアルバムを出すことも考えているのでしょうか?
Boss:もちろんアルバムは出しますけど、それがCDになるかどうかは、もう音楽産業全体に横たわってる問題なので(笑)。もうデータでいいんじゃないのとか、いや、ビジュアルを重視するバンドだったら、やっぱり盤があって、写真集みたのがくっついてたほうがいいんじゃないのとか、いまのところ、いろんな話が飛び交っています。
—Instagramを積極的に使っていますが、あれはどういうツールとして使われているんですか?
Boss:Instagramを日記として使うか、自分たちのビジュアルブックとして使うかっていうのは、結構大きいと思うんですよね。日記として使う人は、晩飯をあげたり、旅先で見た面白いお地蔵さんの写真とかをあげるわけですけど、そういうものは一切やらないって決めてます。だから、InstagramはSPANK HAPPYのビジュアルブックという位置付けでやっています。あとは「動くODですよね」(笑)。
—ショートコントのようなものも、いくつかアップされていますよね(笑)。でも、たしかに動いたりしゃべったりしているODさんを実際に見たほうが、いろいろ手っ取り早いような気はします。
Boss:そうなんですよ(笑)。
この日の取材の様子
OD:まだ、SPANK HAPPYとしては1曲しか発表してないのに、100以上投稿があるという(笑)。
—音源を出してライブをやってという従来の形に縛られない、自由活動を展開していく感じなんですか?
Boss:もちろん、中枢は音楽ですけどね。だから、まずは“夏の天才”を聴いてもらって、あとはライブですよね。『FUJI ROCK FESTIVAL'18』をはじめ、夏フェスにもいろいろ出させて頂くので。
—いまは、どういう形式でライブをやっているのですか?
Boss:基本的には2期の踏襲で、2本マイクで歌って踊ってますけど、将来的にはバンドセットになる可能性もあるわけです。だって、極論言ったら、小田さんは、オーケストラのスコアが書けるわけですから(笑)。交響楽団とODとBossだってないわけじゃないですよね。小田さんが指揮して、途中で後ろを振り返って歌ったりとかして(笑)。そんなの見たことねえよっていう(笑)。
—(笑)。1曲出した時点で、これほどいろんな可能性が広がっているユニットも、なかなか珍しいですよね。
Boss:いちばん大切なことは、そういうことを何にも知らない人が聴いて、いいと思うことなんですよね。小田朋美もDC/PRGもCRCK/LCKSも何にも知らない人……それこそ、「菊地成孔って何者だよ?」っていう人が聴いて、「やべえじゃん、こいつら」って思うことが大切であって。
- リリース情報
-
- SPANK HAPPY
『夏の天才』 -
2018年5月30日(水)配信リリース
- SPANK HAPPY
- プロフィール
-
- SPANK HAPPY (すぱんくはっぴー)
-
1992年、原ミドリ(ヴォーカル)、菊地成孔(サックス)、河野伸(キーボード)で結成。1994年東芝EMIよりデビュー、1998年の原ミドリ脱退で活動休止。1999年に岩澤瞳と菊地成孔とのヴォーカルデュオグループとして活動再開、2001年ベルウッドレコードより再デビュー。2004年の岩澤脱退後、新ヴォーカルにドミニク・ツァイを迎えるがわずかな期間で脱退、以降は2006年10月22日の解散まで女性ヴォーカルを固定しないユニットとして活動した。2018年、小田朋美を迎え、12年ぶりの再始動を発表。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-