SNSでイラストの支持を集めた雪下まゆが語る、作風への葛藤

都市の片隅で静かに息をする、少女や青年たちの肖像。一見かわいらしい彼女たちには、しかし、どこか奇妙な影がある。無表情なその瞳は、薄暗い部屋や街角から、じっと絵を見る私たちを見返しているようだ。

雪下まゆは、そんなポップさと毒っ気の混じり合う作風で、現在、若い女性を中心に支持を集める注目のイラストレーターだ。SNSで人気を得たイラストは、アパレルブランドの広告からアイドルのCDジャケットまで、幅広い領域とのコラボレーションを展開しているが、一筋縄ではいかない作風の背後には、バッドテイストな映画などから培った嗜好性と、社会の中心から外れた場所で生きる存在へのまなざしがある。

人気イラストレーターとダンボール会社「アースダンボール」が協働し、プロダクトを制作する企画「UNBOX」。今回は、同企画にて焼酎のギフトボックスを手がけた雪下の制作や素顔について話を聞いた。少女のイラストの裏にある、意外な世界観とは?

私は、「かわいらしさ」に憧れがあるわけではないんです。

—雪下さんのイラストには、独特の煙たさや暗さがありますよね。一般的には、描かれた女の子のかわいらしさが注目されると思うのですが、怖さも感じます。

雪下まゆのイラスト
雪下まゆのイラスト

雪下:暗さは、映画や音楽みたいな、趣味の影響が大きいのかなと思います。とくに映画ですね。『俺たちに明日はない』(1968年)や『イージー・ライダー』(1970年)のようなバッドエンドのアメリカンニューシネマが好きで。デヴィッド・リンチの悪夢感にも惹かれますね。

商業的なイラストレーターとしては、「かわいい女の子のイラスト」という感じで描いているのですが、そこにも自然とその影響が混ざっているんだと思います。

雪下まゆ
雪下まゆ

—現在は美術大学の4年生とのことですが、映画は昔から見ていたんですか?

雪下:高校時代から好きで、レンタルショップで10本まとめ借りして、1週間見続けたりしていました。私の中では、趣味のダークな世界観と、商業イラストに描いている少女というモチーフは、完全に分けているつもりだったんです。だけど人から、「イラストにもダークで、煙っぽい感じがあるよ」と言われて自覚しました。

—雪下さんといえば、次世代の女性表現者のコンテスト「ミスiD」で受賞もされていますが、アイドルも多いあの賞の応募者がリンチ好きというのも面白いですね。

雪下:ミスiDには、アイドルやモデルを目指す枠と「一芸枠」があるんですけど、私は後者で……。とりあえず大人の知り合いと仕事がほしくて出てみたんです。だから、アイドルとして自分の写真を撮られるのは抵抗がありました(笑)。

—そうだったんですか(笑)。ノリノリなのかと思っていました。

雪下:私は、メディア上のかわいらしさに憧れがあるわけではないので。応募は完全にイラストレーターとして名前を売り出すひとつの手段でした。

恋愛とかの感情は、女の子を描いた方が投影しやすいです。

—たしかにご本人は、けっこうアンニュイですね。反対に、そうしたマイナーな趣味をお持ちだった雪下さんが少女を描き始めたきっかけは、何だったのですか?

雪下:大学に入って、恋愛感情による怒りや嬉しさなど、自分の心境を絵にしたくなって。自分が女なんで、イラストの女の子たちに気持ちを投影したのが始まりです。いまでも描くのは男の子の方が好きなんですけど、恋愛の感情は、女の子の方が投影しやすい。だから最初はけっこう衝動的でしたね。女の子独特の毒っぽさが、自分の感情を乗せるのに向いていたんだと思います。

雪下まゆ『He makes obvious lies. But I pretend not to see that.』
雪下まゆ『He makes obvious lies. But I pretend not to see that.』

—そのころからイラストレーターという職業は意識していたんですか?

雪下:そうですね。ただ、もっとたくさんの人に見て欲しいという気持ちでネットにイラストをアップし始めたところ、10代~20代の方たちを中心に作品を見てくださる方が増えてきて。そこから徐々にお仕事をいただくようになった感じです。

—漫画家ではなく、なぜイラストレーターを?

雪下:自分には一枚絵が向いているんです。それこそ高校時代には、『多重人格探偵サイコ』(角川書店 / 1997~2016年)などの漫画家、田島昭宇さんのリアルな絵が好きで模写していて、その影響はいまの絵にも残っていますが、物語の才能がなくて、漫画は描き切ったことがないんです(笑)。それで、一枚絵のイラストにいきました。単純に、パッと目を引く絵が好きという理由もありますね。

雪下まゆ

—その意味では、SNSのタイムラインと雪下さんの絵の相性は良かったのかもしれないですね。

雪下:タイムライン上だと、シュッシュッとすぐに絵が流れていくじゃないですか。そこでどんな風に目を止めてもらうのか、ネットに上げることで絵も変わりました。意識しているのは、「中途半端は良くない」ということ。かわいい女の子を描くなら、見る人があざとく感じるくらいに振り切る。背景も、1色にしたり密な部分を作ったり、何かしら意識が引っ掛かる工夫をしています。感情に一気にアクセスする絵が描きたいですね。

最近GIFを使った動画表現に挑戦しているのも、そんな意識からです。静止画と思ったものが動いていたら気になるかなと思って。派手な動きはなく、無表情な女の子がまばたきするだけといったものが多いんですけど、抜群に生きている感じは増すんです。

手の届かない存在より、自分と同じ目線に生きる存在に惹かれます。

—作品のアイデアはどんなときに沸くのでしょうか?

雪下:私は友達を描くことが多いんです。飲んでいるときやタバコを吸っているとき、「いいな」と思った姿を写真で撮って、それを見ながら絵を描いています。たとえば『this must be the place』という絵は、美大生のシェアハウスで友達がタバコを吸っている光景が良くて。

雪下まゆ『this must be the place』
雪下まゆ『this must be the place』

—惹かれる光景の傾向は?

雪下:なんだろう……笑っていない表情が多いですね。「この子、何を考えているのかな」と思うと、引っかかるかもしれません。何人かで楽しく話していて、誰かがふと真顔になるときがあるじゃないですか。会話のノリに入っていないというか。そういう読めない表情には惹かれます。

あまり笑ったり、泣いたりしている人を描くのは好きじゃない。それに、無表情は、何を考えているのかこちらに考える余地が生まれて面白いですし、共感を得られたりするのかなと思っています。

—他人が意識せずに見せた、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない表情に気がついて、思わず見てしまう。雪下さんは見られる対象としてのアイドルを描いた経験も何度かあると思いますが、一方で都市の片隅にいるような、等身大の人物への親密さを感じさせる絵が多いですね。

雪下:スポットライトを浴びているわけじゃないけど、じつは街にいる普通の人も、複雑な表情を持っている。そんな瞬間を目にすると「描きたい!」という気持ちが生まれます。私は現実離れした瞬間よりも日常の中で垣間見るそんな瞬間に惹かれます。

雪下まゆ

違和感を与えることは、けっこう大事にしていますね。

—制作はPhotoshopで行うとのことですが、人物を描く上でのこだわりは?

雪下:イラストっぽさと写実のバランスは綿密に考えます。描こうと思えば、思い切り写実的にも描けるのですが、それだと私っぽさが出ない。だから、小物や背景は写実的に描いて、顔のバランスだけイラスト的にする絵が多いです。

具体的には、少し目を大きくしたり、鼻を簡略化したり。ただ、あまりアニメの絵のように、目が大きすぎる人物を描くのは抵抗があって、写実的な要素は残したいんです。

—絶妙なアンバランスさがありますよね。

雪下:離れて見ると写真のように見えるけど、近くに寄ると絵だったと気づく。そうした違和感を与えることは、けっこう大事にしていますね。

あと、人の身体の部分で一番好きなのが、肌、皮膚です。鼻の皮膚に通る光の筋が好きで、こだわっています。現実の肌の質感を強調したり、普通のライティングで撮っていても紫を入れたり、影に青を落としたり。写真の色から変えています。

雪下まゆのイラスト
雪下まゆのイラスト

—ちなみに等身大の美少女というと、漫画家の江口寿史さんのような、男性の描いた美少女の系譜もありますよね。そうした男性作家の美少女像は意識されますか?

雪下:たまに、江口寿史さんの作品に似ていると言われることもあり、恐れ多くも嬉しいなという気持ちになることはあります。江口さんの描かれる人物は既にアイコンとなっていて、パッと見ただけで江口さんの作品だとわかる。

私もそんな普遍的な特徴を持った作品を描きたいとつねづね思いながら、道のりは長いですが研究しながら描いています。アイコンである良さは、Tシャツやグッズにしたときにポップだしデザインとして成り立つので、すごく持ちやすい・着やすい点です。私の絵だとその点微妙かなと…。

—(笑)。それは雪下さんの描く少女に、男性の描く理想的な少女よりリアルな怖さがあるからかもしれませんね。一見かわいいけど、じつは真顔で見返している感じ。

雪下:そういえば以前描いた作品で、女の子がニコニコしているんですけど、「は?」ってセリフを言っている絵があって。そういう面はあるかもしれないですね。

雪下まゆ

—いまは美大で卒業制作に着手されているそうですが(取材は2018年1月に行われた)、どんな作品を作っているんですか?

雪下:油絵を描いて、それをシルクスクリーンで洋服にプリントしようとしています。描いているのは、映画の中で一瞬のうちに惨めに死んでいく雑魚キャラクターです(笑)。クレジットにも役者の名前が乗らないようなキャラを抽出して、その顔を描いていますね。あまり私たちの眼中には入ってこないけど、そういう人にも人生があるんだと。

かわいいイラストとは異なる、雪下まゆの過去のアート作品
かわいいイラストとは異なる、雪下まゆの過去のアート作品

—イラストの世界観とも通じますね。

雪下:そうですね。その服は、無名だけど頑張っている若い人やストリートで活躍する人たちに着てほしくて。そうした趣味の要素も、今後はもっと表に出したいなと思っています。

「社会に馴染めなかった人がどう生きていくか」に、興味があるんです。

—今日は雪下さんに、好きな作品三点を持ってきてもらっています。先ほども名前が挙がったデヴィッド・リンチの『ツインピークス』(1990年〜1991年)、浅野いにおの『おやすみプンプン』(小学館 / 2007~2013年)、ギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』(2009年)というラインナップですが、これまでのお話にもあったように、マイノリティや目立たない存在に光を当てた作品が多いですね。

雪下まゆが影響を受けた三作。左から浅野いにお『おやすみプンプン』、デヴィッド・リンチ『ツインピークス』、ギャスパー・ノエ『エンター・ザ・ボイド』
雪下まゆが影響を受けた三作。左から浅野いにお『おやすみプンプン』、デヴィッド・リンチ『ツインピークス』、ギャスパー・ノエ『エンター・ザ・ボイド』

雪下:「社会に馴染めなかった人がどう生きていくか」に、興味があるんです。高校のときに愛読していた『おやすみプンプン』は、その意味で大きいです。世間に溶け込めない少年の物語。絵の描き方よりも、物語に影響を受けた作品ですね。

—そうした周辺化された存在に、親近感があるんですか?

雪下:そう思います。私自身、昔からあまり周りに馴染めない気質だったので、似たものに惹かれていったのかも。リンチの作品は、独特の悪夢感が好きなんですが、彼の作品もクラスで8割の人が好きというものではないじゃないですか。

—みんなリンチが好きなクラスはイヤですね(笑)。

雪下:(笑)。私は明らかにその2割の側だったので、自然とそちらへ関心がいったんです。もうひとつの『エンター・ザ・ボイド』は、ドラッグ系の世界観が好きということもありますが、外国人から見た新宿の街の混沌さが出ていて、そこに惹かれました。

渋谷か新宿かで言うと、私は新宿の方が好きで。自分の友達も含めて、美大生はたくさんゴールデン街で働いているんですけど、それで飲みに行くようになったら、いろんな出会いがあって面白かった。先日も、思いもよらない出会いがあったんです。

取材場所は、新宿三丁目の文壇バー「猫目」
取材場所は、新宿三丁目の文壇バー「猫目」

—どんな出会いですか?

雪下:クリスマスにタトゥーを入れたくて、ショップを探していたんです。そしたら飲み屋で隣の席にいたのがたまたま彫り師の方で、意気投合して入れてくれると。今度その方に「クランプス」というアンチクリスマスのキャラクターを入れてもらう予定です。

—皮膚が好きという雪下さんが、タトゥーに惹かれるのは面白いですね。

雪下:一見異なるように思える要素が自分の中で同居しているのかもしれません。皮膚への関心と、それを傷つける行為への関心や、商業イラストとアート作品の制作みたいに。イラストでは綺麗なものを見せたいと思っているけど、個人的な趣味嗜好としては汚れたものも好きでなので、私自身はそっちも大切にしたいと思いますね。

自分の絵はもっと気楽に見てほしい。

—意外な素顔がいろいろ聞けた気がしますが、今回、ダンボールで焼酎のギフトボックスを作られたのも少し意外でした。

雪下:単純にお酒好きなので、パッケージが作れて嬉しかったですね。着物の人を描いたことがなかったので、普段とは違う雰囲気になるかなと思って取り掛かったんですが、普通の舞妓さんみたいにはしたくなくて。イギリスのシンガー、FKA twigsの髪型や容姿を参考にしました。

雪下まゆとアースダンボールがコラボした、焼酎のギフトボックス
雪下まゆとアースダンボールがコラボした、焼酎のギフトボックス

—とくにこだわった点はどこでしょうか?

雪下:色のバランスです。やりようによっては下品な感じになるので、背景が派手な色使いの分、屏風の松や着物、唇の色は抑え目にして、ガチャガチャしないように意識しました。

あと、このお酒はプレゼント用にも使われると思うので、受け取った人が開けたときに驚けるものがいいなと。そこで箱の外側はモノトーンにして、開くと派手な世界が広がるような演出もしています。立体だからできることで、新鮮でしたね。

箱の仕様をいろいろ工夫していて、絵だけ取り外すこともできるんです。お酒好きの人に、飲みながら絵について語ってもらえたら嬉しいです。

雪下まゆ

コラボレーション作品について、制作の裏側などがまとまった「UNBOX」パンフレットの表紙
コラボレーション作品について、制作の裏側などがまとまった「UNBOX」パンフレットの表紙(サイトを見る

—凝っていますね。絵の描き手には、静かな空間でじっくり見てほしいというタイプの人も多いですが、雪下さんは絵と人の距離感をどんな風に考えていますか?

雪下:自分の絵はもっと気楽に見てほしいですね。SNSに載せるイラストも、まじまじ見るのはよほど絵が好きな人以外いないと思うし、それでいいかなと思う。電車から見る広告と同じで、イラストもパッと「わかる」と感じて、すぐに流れていく。ネット上の軽い画像みたいになり過ぎるのは怖いけど、そのくらい身近で共感できる絵でありたいです。

卒業制作でも、洋服と油絵が飾られた展示室の入口で、ショットを配ろうかなと思っていて(笑)。お酒を飲みながら、ワイワイしている部屋の中に絵もある。このギフトボックスの絵も、そうした雰囲気で楽しんでもらうのがいいかなと思っています。

雪下まゆ

箱職人集団であるアースダンボールが、クリエイターとコラボする取り組み「UNBOX」
箱職人集団であるアースダンボールが、クリエイターとコラボする取り組み「UNBOX」(サイトを見る

—最後に、今後力を入れていきたいことを聞かせてください。

雪下:じつは、商業的なイラストとアート制作のバランスをずっと悩んでいて。いま私の活動には、片方に女の子のイラストが、もう片方にダークなアート作品があって、中間に煙たい雰囲気のイラストがあると思うんです。自分のイラストを「かわいい」と言っていただけるのは嬉しいんですけど、そこには「あれあれ」という戸惑いもあった。だから今後は、その中間を積極的に仕事にしていきたいです。

中でも、手に取れる媒体に絵を描きたくて。ネットはどこでも見られて、自分を広めるには便利ですけど、実際に触れられるものの方が嬉しさはあるなと思う。今回のギフトボックスもそうですが、雑誌や小説の挿絵などにもこれからは挑戦したいですね。

雪下まゆのイラスト
雪下まゆのイラスト

リリース情報
What is「UNBOX」?

「箱から出す」という意味を持つこの言葉。「UNBOX(アンボックス)」は、箱職人集団であるアースダンボールが新たにスタートした取り組みです。「UNBOX」では、アースダンボールが箱職人として大事にしているこだわりや思いを、クリエイターとのコラボレートを通して発信していきます。

プロフィール
雪下まゆ (ゆきした まゆ)

1995年12月6日生まれ、多摩美術大学デザイン卒。イラストレーター。TwitterやInstagramといったSNS上にアップした、女の子をモチーフにしたイラストが、10代、20代の女子を中心に人気を集める。アパレル、CDジャケット、雑誌、またイベントでのライブペイントを行う。主な活動に、国府達矢「ロックブッダ」アルバムジャケットや渋谷PARCOでのライブペイントなど。



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