石橋英子の新作『The Dream My Bones Dream』が素晴らしい。これまでになくパーソナルな作品でありながら、聴き手を選ぶことなく、ここにしかない音の風景が広がっている。ルーツを探求しつつ、過去と未来を横断し、「今」という時代を生きる音楽家としての使命をにじませた、「緊張感を伴う福音」といった趣がある。
そんなアルバムの収録曲"Agloe"で中国語詞を担当したのが、シンガーソングライターのチェン・ビー。学生時代に日本文化に興味を持ち、かつては東京に住んでいたこともあって、日本語が堪能な彼女。昨年は鈴木惣一朗をプロデューサーに迎え、アルバム『歩いても歩いても』を制作し、青葉市子を迎えてのレコ発も盛況で終えている。
石橋とチェン・ビーが実際に対面したのはこの日が初めて。今回の共作は偶然の産物だったわけだが、2人は「声なき者の声を聴く」という点で確かに共鳴していた。未来から振り返ったとき、この出会いも「必然」と思えるのかもしれない。
本当に、救世主というか、天使が舞い降りてきたと思いました(笑)。(石橋)
—まずは石橋さんがチェン・ビーさんに“Agloe”の中国語詞を依頼した経緯から教えてください。
石橋:今回のアルバムは4年間制作してきて、去年の末にようやく歌入れがはじまったんです。“Agloe”はメロディーに歌詞を当てたとき、中国語の響きしか合わないんじゃないかと思って、どうしても中国語で歌いたくて。無意識に、中国語の歌を作っている意識があったんだと思うんですけど。
—曲のモチーフが中国と関連していた?
石橋:この曲では1920~30年代、満州にユートピアを求めた日本人と、自分たちの土地を奪われた満州の人たちの両方が同時にアイデンティティーを失っていく姿を描きたくて、であれば、その土地の言葉で歌うのがいいと思ったんです。それで、私の日本語詞を中国語に訳してくれる方を探していたんですけど、なかなか見つからなくて。もう諦めかけて、自分で日本語の歌を録りはじめた矢先に、チェン・ビーさんを紹介していただいて、お願いすることになったんです。
—求めていた人が、ギリギリになって現れたと。
石橋:本当に、救世主というか、天使が舞い降りてきたと思いました(笑)。
—今回のアルバムについて、資料には「家族が残した写真をきっかけに、忘れ去られた歴史を掘り起こすところから作品づくりが始まった」とありますね。
石橋:2年前、父が亡くなったこともあって家によく帰っていたんですけど、そのとき父の子どもの頃の写真と、父の父親、私のおじいさんの写真が出てきたんです。おじいさんは満州鉄道の「満州電気」っていう会社で働いていたみたいなんですけど、父は当時のことを全然話してくれなくて……きっといろいろ辛かったからだと思うんです。だから私は母や親戚から話を聞いて、どういう時代だったのか、自分なりにいろいろ調べました。
日本の学校では、第二次世界大戦前後の歴史ってちゃんと教えてくれないじゃないですか? 歴史の授業は紀元前の話からはじまって、本当は一番大事なはずの近代史についてはあまり教えてもらえない。だから私、わからないことがたくさんあったんですけど、自分で調べながら、父がどういうところにいたのか想像して。
―制作期間の途中に父親が亡くなったことが、結果的にアルバムの内容に反映されたと。
石橋:そう。最初からこういう作品を作ろうと思っていたわけじゃなくて、ちょうど制作期間と時期が重なったことで、今回みたいなアルバムになったんです。
—チェン・ビーさんは中国と日本と、双方の視点を持っていらっしゃると思いますが、歴史教育について思うところはありますか?
チェン:「歴史は勝者によって作られる」という言葉があって、私もそう思うんです。なので、学校を卒業してからは、自分の目で見たり、調べたりして、中立の立場で歴史を捉えようと努めています。ただ、個人にとって歴史は大きすぎるので、無力感も感じます。
石橋:私もそう思います。
私は歴史より音楽を信じます。(チェン・ビー)
—2人は音楽家として、歴史という大きなものにどのように向き合っていらっしゃるのでしょう?
チェン:私が音楽を作って、芸術を通じて自分を表現しているのは、自分の歴史観を提示したいと思っているからなんです。未来にとっては、私たちが生きている「現在」が歴史になるわけですから。
石橋:歴史は悪夢のようでもありますが、実際に今私たちも悪夢を生きているのかもしれない。未来に生きる人たちは、自分たちが生きてる時代をどう見るのだろうって考えるんです。
私も歴史や社会を前に無力感を感じますが、歴史を思うと、今の重みが増えるのと反比例して自分の存在は薄くなっていく。そう考えていくと、無力感よりも、「今、自分が追求できる音は?」という問いにつながっていきます。
チェン:みんな本当の歴史を知りたいんだけど、歴史というもの自体が特定の人たちによって書かれたものなんですよね。
—「歴史は勝者によって作られる」という言葉を裏返すと、歴史というものには往往にして敗者の目線が欠けているということですよね。
チェン:そう。でも、音楽は絶対に真実だと思うんです。音楽を作るときの気持ちが本当であれば、その音楽は絶対に嘘をつかない。だから、私は歴史より音楽を信じます。石橋さんの曲からも、石橋さんの気持ちが伝わってきました。
ほわっとした声なんだけど、その後ろにタフさがある。おばあちゃんになっても歌い続ける方なんだろうなって。(石橋)
—チェン・ビーさんご自身のことも聞かせてください。学生時代から日本文化に興味があったそうですね。
チェン:大学が日本語科だったんですけど、日本文化の授業でNHKの番組の録画を見たんです。そのなかで、私は日本の伝統的な美意識に興味を持ちました。庭園とか枯山水、禅の美術は、中国の歴史的な美意識ともすごくつながりがあって、より興味深くて。
—卒業後は一時期日本に住んでいたそうですね。
チェン:大学院でも日本文化について勉強して、2012年に東京で就職したんです。
石橋:どんなお仕事をされてたんですか?
チェン:最初は渋谷にある証券会社に就職しました(笑)。
石橋:えー! バリバリのキャリアウーマン!(笑)
チェン:でも、そこは1年だけで、その後は私が尊敬する日本人デザイナーの原研哉の日本デザインセンターに転職しました。2014年に本格的に音楽をやりはじめてからは、日本と中国を行ったり来たりしています。ライブもほぼ中国なので、ファンも中国人の方が多いです。
—今年日本でもリリースされた新作『歩いても歩いても』はプロデューサーに鈴木惣一朗さんを迎えて、日本のミュージシャンと一緒に東京で作られたんですよね。石橋さんはアルバムを聴いて、どんな印象を持たれましたか?
石橋:素晴らしかったです。強い意志と声のキャラクターと、全部が1つになっていて、今日初めてお会いしましたけど、聴いた印象と会った印象がそんなに変わらないなと。ほわっとした声なんだけど、その後ろにある強さとかタフさが伝わってきて。おばあちゃんになってもずっと歌い続ける方なんだろうなって思いました(笑)。このアルバムにはベースに伊賀(航)さんも参加されてるんですよね?
チェン:お友達ですか?
石橋:よく一緒に演奏していて、最近だと前野健太さんのバックを一緒にやったり。
チェン:伊賀さん、素晴らしいです。
—もともと日本のミュージシャンにも興味があったわけですか?
チェン:最初は日本語を勉強するために、インターネットを通じて日本のシンガーソングライターを知ったんです。湯川潮音さん、青葉市子さん、羊毛とおはな、ハンバートハンバートとか、素晴らしいミュージシャンがいっぱいいて、東京にもっと興味が出てきました。中国では昔のポップのスターたちが、中島みゆきさんの曲をいっぱいカバーして歌っていたので、中島みゆきさんも憧れです。
私が普段作っている音楽は、ここまで深くない。この曲は……前衛的(笑)。(チェン・ビー)
—今回、翻訳をお願いするにあたっては、今日お話ししていただいたような背景については話さず、あくまで曲を渡しただけ?
石橋:そうです。あまり話さないほうがいいと思いました。
チェン:いただいた日本語の歌詞は美しい詩みたいな感じだったので、直接翻訳しました。直接的な言葉で表現するよりも、こういう美しい感じで表現するほうが私は好きですし、そういうものが残ると思うんです。この曲を聴いて、ぜひやりたいと思いました。
石橋:このアルバムは「満州」という言葉は1つも使っていません。出発点はパーソナルなことであっても、聴き方や捉え方を限定する様な歌は作りたくなかったので、あえて、チェン・ビーさんにも説明しませんでした。
石橋英子“Agloe”を聴く(Apple Musicはこちら)
—翻訳して、チェン・ビーさん自身がデモ用に一度歌われたそうですね。
チェン:日本語の意味に忠実に考えつつ、あとは韻を踏むために、どういう言葉を選ぶか考えながら作りました。でも、私が普段作っている音楽は、ここまで深くない。この曲は……前衛的(笑)。
—(笑)。歌うのも大変だったんじゃないですか?
チェン:そうそう、頑張った(笑)。
石橋:ありがとう(笑)。
チェン:私が作るメロディーは簡単だから歌いやすいけど、石橋さんのメロディーはずっと変わっていく感じ……だから覚えにくくて(笑)。こういうメロディーは自然にできるものなんですか?
石橋:リズムを作った時点で頭のなかでメロディーが自然にでてきました。でも実際に歌うと私にとっても難しい(笑)。
チェン:コードも普通の感じじゃないし……。
石橋:コードも聴こえてくる音で構成しているだけなので、そんなに普通じゃないとは思わないけど……(笑)。
—さらに、中国語で歌うっていうのは、チャレンジだったでしょうね。
石橋:でもやっぱり、中国語の歌詞をいただいて、チェン・ビーさんの歌ってくださったデモを聴いて、この曲はやっぱり中国語でしか成立しないなって本当に思いました。響きってすごく大きくて、中国語によって立ち上がってくるものは、日本語の風景とは違ってもっと柔らかいんですよね。日本語はあんまり口のなかで音を作らないけど、中国語は口のなかで音を作って、イントネーションも動くから、響きが曲線的というか。
—四声(中国語の声調)はまさに曲線的ですよね。チェン・ビーさんは言語とメロディーの関係性をどうお考えですか?
チェン:中国語は乗りやすいときと乗りにくいときがあるけど、日本語は全部乗りやすい感じ。「あかさたな、はまやらわ」って……。
石橋:1つの音につき1つの言葉だからってことですか?
チェン:そうだと思います。私が音楽を作るときは、まず中国語で歌って、次に日本語で歌ってみるんですけど、日本語のほうが美しいって言われるんですよね。中国語はクセが強いから、日本語のほうが何にでも合いやすいのかなって思います。
言葉が通じないほうが、コミュニケーションが上手くいったりする。そういったときも、人間の根源的な能力が発揮されているのだと思う。(石橋)
—『My Dream My Bones Dream』というタイトルについて、話していただけますか?
石橋:とうとう私は父が死ぬまで直接話は聞けませんでしたが、父の姿からわかるもの、DNAレベルで伝わってくるものがあったと思うんです。自分が直接経験していなくても、痛みや苦しみを感じることのできる人間の能力は素晴らしいと思います。
もし私が、満州から引き揚げられずに亡くなった人だったら、どんな夢を見ていたのだろうということも考えました。今は世界の出来事を簡単に知ることができますが、全部CMと同じように消えて流れていくようにも見えます。自分のパーソナルな体験から、いろいろな出来事を掘り下げていく……それが自分の大きなテーマになっていました。
—そのテーマがタイトルにも表れているとおり、作品の核になっている。
石橋:そうですね。父のただ黙っている顔から伝わってくるものが、実際に周りから聞いた話とそんなに違わなかったり、そういうことが私の経験のなかで大きかったんです。
—テクノロジーが進化して、いろんなことが便利になっているはずなのに、むしろ世の中は混迷しているように思える。そんななかにあって、これからは人間本来の力が重要になってくるんじゃないかと。
石橋:言葉が通じないほうが、コミュニケーションが上手くいったりする。そういったときも、人間の根源的な能力が発揮されているのだと思います。
—ちなみに、チェン・ビーさんには“骨が白い刃になる”という曲がありますが、ここでの「骨」はどんなモチーフとして描かれているのでしょうか?
チェン:「骨が白い刃になる」というのは命の循環みたいなイメージです。この歌詞は、私の音楽を聴いてくれているファンと一緒に作ったもので、鳥が生まれて、飛びはじめて、やがて死んで、土に帰るという、彼女の死生観が含まれています。私は荘子の哲学観が好きなんですけど、荘子は、死ぬことは命の一部だから、悲しいことじゃなくて、死ぬことは生まれることでもあると説いているんですよね。そういう循環を歌ってる感じです。
石橋:「刃になる」っていうのがいいですよね。
チェン:死んだ動物の骨を使うことで、人間の文明は生まれてきましたからね。
石橋:その刃でまた動物を殺して、それを食べて、人間の命になる。
チェン:そうです。自然界には不思議な循環があって、それは「万物斉同」っていう、荘子の概念が基になっています。
チェン・ビー“骨が白い刃になる”を聴く(Apple Musicを開く)
社会からは無視されても、どんなに弱い声でも、自分の考えを形にすれば、後世に残っていくというのはすごいことだなって。(チェン・ビー)
—石橋さんとチェン・ビーさん、どちらのアルバムにも詩をモチーフにした曲が収録されていますね。石橋さんのアルバムの最後の曲“Epilogue: Innisfree”は、イェイツの詩「The Lake Isle Of Innisfree」がモチーフかと思いますが、この曲について話していただけますか?
石橋:この曲は終わりの歌でもあり、はじまりの歌でもあるから、曲順を最初と最後のどちらにするか迷いました。曲のなかに出てくる、船に乗っている人たちは、同時に私たち自身のことで、どこに行くのかわからないけど、夜が毎日私たちを新しくしてくれるのを待っている、そういう歌です。
石橋英子“Epilogue: Innisfree”を聴く(Apple Musicを開く)
—その曲のタイトルにイェイツが少年時代よく訪れたという小島のイニスフリーを冠したのはなぜでしょう?
石橋:「The Lake Isle Of Innisfree」は、そこに行くと自分の根底にあるものを取り戻す、という内容の詩だと思うのですが、その背景には「行き場のない世界」という感覚が流れていると思います。この曲も船に乗って、海に出てはいるけれども、どこにも辿りつかない、過去と未来の島を行ったり来たりするイメージで作りました。
—<今 最後の 扉が 開く>というラストは、未来を感じさせるようでもあり、ノアの方舟のようでもあり……。
石橋:死後の歌のようにも聴こえます。
—一方、チェン・ビーさんの“夜の枯れ花”(『歩いても歩いても』日本盤のみ収録)は金子みすゞさんの詩がモチーフになっていますね。
チェン:金子さんの書いた詩にはすごく共鳴していて、2016年には全曲金子さんの詩を中国語にして歌ったアルバム(『早生まれの鈴虫』)も出しています。この詩の内容は、朝や昼に枯れた花は、鳥や風が一緒にいてあげられるけど、夜に誰も見ていないなかで枯れた花は、誰が一緒にいてあげらるのか、というような寂しさを歌ってます。
もちろん、それは比喩で、私は人の話に置き換えられると思います。この世界は、テレビに映ってる人、偉い人、歴史に残る人たちのものだけじゃないはずで、そういう人たちに比べると「普通の人たちの生活は無意味なのか?」って。それはさっき話した「万物斉同」の考えにも通じることなのかなと思います。
—「歴史は勝者によって作られる」という話がありましたが、つまりはそうじゃない人たちの側を歌った歌であり、その点では“Epilogue: Innisfree”とも通じると言えそうですね。ちなみに、金子さんの詩に共鳴したのはなぜですか?
チェン:当時(1900年代初頭)の日本では、女性が詩を書くことは認められていなくて、つまり、女性が思想を持つことも認められていなかった。実際に、夫から反対されて、生活は悲惨でした。でも、彼女は深い思想を持っていて、詩を残したことで、私たちに影響を与えている。社会からは無視されても、どんなに弱い声でも、自分の考えを形にすれば、ちゃんと後世に残っていくというのはすごいことだなって思うんです。
石橋:大きな事実や声を大にして言われたことよりも、ふとしたときに見聞きする小さな出来事や簡単に聴くことのできない声を探す作業は、同時に自分の核をあぶりだす作業のような気もします。
—きっと金子さんもただ自分のことを表現していたんでしょうね。
チェン:そうですね。私が最初に作った音楽も、全部が自分の日常のなかの気持ちだったし、「この音楽をどんな人が聴くんだろう?」とかは全然考えなかった。でも、結果的にはそこからいろんな人とつながっていったんですよね。
小さくて埋もれてしまいそうなことが、本当の意味で歴史を作ってきたはずだと思う。(石橋)
—石橋さんの今回のアルバムも、非常にパーソナルな作品であり、つまりは「勝者」ではない側の人たちを描いた作品と言うことができそうですね。
石橋:アルバムを作るにあたって、いろいろな手記を読みました。でも結局音にしていくときは、言葉にできなかった、声のない人の声を聴くつもりで作っていきました。その蜃気楼のような実体のないものを掴む作業でした。でも音楽はそういうものだと思います。
石橋英子『The Dream My Bones Dream』ジャケット(Amazonで見る)
—石橋さんのバンド名が「もう死んだ人たち」だったのも、半分冗談ではあったと思うけど、そういった思想が根底にはあったのかもしれない。
石橋:音楽を作るとき、暗闇のなかを光を照らしたり消したりしながら歩いているような感覚でいるのですが、そこにはこの世にいない人たちもいて……私は怠け者で、諦めてしまえばとことんダメになることができるけど、その人たちがそれを許さない。「お前の音を探せ」と言われているようで。最近知り合った、工務店の方の働きっぷりを見ていても思うのですが、心も体も頭も全部使って何かをやっていたら、その人にしかできないことを生み出すし、それらは全部芸術だと思います。
—勝者の歴史には残らないかもしれない。でも、個人の想いが詰まった芸術に触れることの重要性がそこにある。
石橋:私は小さくて埋もれてしまいそうなことが本当の意味で歴史を作ってきたはずだと思うし、これからもそうであるべきだと思う。実際、語り継がれたり残っていくかどうかは別として、そういう視点が大事だと思うんです。その視点を通じて、自分が心からの演奏をしていく、それしか自分はできないと思います。
- リリース情報
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- 石橋英子
『The Dream My Bones Dream』(CD) -
2018年7月4日(水)発売
価格:2,700円(税込)
felicity cap-283 / PECF-11551. Prologue: Hands on the mouth
2. Agloe
3. Iron Veil
4. Silent Scrapbook
5. A Ghost In a Train,Thinking
6. The Dream My Bones Dream
7. Tunnels to Nowhere
8. To the East
9. Epilogue: Innisfree
- 石橋英子
- イベント情報
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- 『石橋英子×マームとジプシー presents 藤田貴大の「The Dream My Bones Dream」』
-
2018年9月21日(土)
会場:東京都 渋谷 WWW
演出:藤田貴大
演奏:
石橋英子
ジム・オルーク
ジョー・タリア
須藤俊明
波多野敦子
山本達久
出演:成田亜佑美
料金:前売4,000円(ドリンク別)
- リリース情報
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- チェン・ビー
『歩いても歩いても(歩履不停 / Ever Walking)』 -
2018年3月3日(土)発売
価格:2,700円(税込)1. 序(Prologue)
2. 人生の意味(人生的意義/Meaning of Life)
3. 静かな私(這是我安靜的樣子/When I'm Quiet)
4. 海に行こう(去海邊/Going to the Beach)
5. 木よ木(樹啊樹/Tree)
6. 歩いても歩いても(步履不停/Ever Walking)
7. 骨が白い刃になる(屍骨成為白色刀刃/White Blade from a Bone)
8. 薄霧の鐘(薄霧晨鐘/Bell in the Light Fog)
9. 夜の枯れ花(夜里凋落的花/Withered flowers of the night)
10. 言わない秘密(不言的秘密/Untold Secret)
11. ナクモリヲ(自由/Freedom)
- チェン・ビー
- プロフィール
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- 石橋英子 (いしばし えいこ)
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茂原市出身の音楽家。いくつかのバンドで活動後、映画音楽の制作をきっかけとして数年前よりソロとしての作品を作り始める。ピアノをメインとしながらドラム、フルート、ヴィブラフォン等も演奏するマルチプレイヤー。シンガーソングライターであり、セッションプレイヤー、プロデューサーと、石橋英子の肩書きでジャンルやフィールドを越え、漂いながら活動中。近年は坂本慎太郎、ジム・オルーク、七尾旅人、星野源、前野健太などの作品やライブに参加。劇団マームとジプシーや、映画・ドラマなどの音楽を手掛ける
- チェン・ビー
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中国山東省生まれ。北京大学(外国語学部日本語科、修士号)卒業。中国を代表するシンガーソングライターとして、これまで中国で4枚のアルバムをリリース。谷川俊太郎や金子みすゞの詩を自ら訳して楽曲に取り入れた彼女の歌声は、中国と日本の文化を結ぶ架け橋となっている。2016年夏には初の日本ツアー(東京、沖縄)を行い、東京公演では青葉市子と中国人アーティストのモーシー(莫西子詩、チェン・ビーの3枚目のアルバム「あなたと上の空」のプロデューサー)をゲストに招き、共演を果たす。5枚目となる最新アルバム「歩いても歩いても(歩履不停/Ever Walking)」は、鈴木惣一朗をプロデューサーに迎え東京でレコーディングを行い、2018年にアジア圏(中国、台湾、シンガポール、マレーシア、日本)で一斉発売された。日本国内では「PANDA RECORD」より音源を発表している。
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