日本の九州ほどの大きさの島、台湾には原住民族や漢民族、最近ではインドネシアからのムスリム系移民など、様々な民族が共存し、それぞれに独特の文化を築き上げている。そして、その多様性の中で育まれた台湾のカルチャーは、いま世界に向けて花開こうとしているという。それは一体どのようなものなのだろうか。
国内外に向けて台湾カルチャーを紹介している、中華文化総会主催の入場無料のイベント『TAIWAN PLUS 2018 文化台湾』が9月22日(土)、23日(日)に上野の上野恩賜公園で開催される。
本イベントでは、雑貨などを扱うマーケットと音楽イベントを同時開催し、マーケットには台北、台南、高雄など台湾各地のブランド約50組が集結。様々なセレクトショップや台湾料理のキッチンカーも並ぶ。また音楽イベントでは、「台湾一周旅行」というコンセプトのもと台湾全土から各地域を代表する6組のアーティストが出演。日本からは、CINRA.NETがキュレートするアーティストが出演予定だ。
今回CINRA.NETでは、中華文化総会副秘書長であり、カルチャー誌『Fountain新活水』編集長の張鐵志(チョウ・ティエジー)と、台湾で活躍するアートディレクター方序中(ジョー・ファン)の対談を敢行。知っているようで知らなかった台湾カルチャーの歩みと「今」を案内してもらった。ダイバーシティが声高に叫ばれる昨今、台湾の文化史には、日本も大いに学ぶべきことがあるだろう。
1990年代にクリエイティブのイノベーションが起こり、「デザインの力で社会は変えられる」ということが分かってきたのです。(チョウ)
—まずはチョウさんから、台湾カルチャーの大まかな歴史についてお話いただけますか?
チョウ:では、1980年代まで遡って説明させてください。当時、台湾では重要な作品がたくさん生まれました。皆さんもよくご存知の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)や、楊德昌(エドワード・ヤン)といった映画監督が世界的に脚光を浴びて、台湾本国でも様々な価値観が移り変わっていく激動の時代だったんです。一方、公民権を獲得するための運動や、環境保全への訴えかけなど、社会運動も盛んに行われました。そこで撒かれた種は、1990年代に入って大きく花開きます。
チョウ:私は1990年代の始めに大学へ入学し、その頃から執筆活動を始めていました。主に音楽をテーマに取材をしていたのですが、当時からメジャーではないユースカルチャーにフォーカスしていて、例えば小さなライブハウスに足繁く通い、まだ誰にも知られていないマイナーな音楽を取り上げていました。
そういったインディペンデントな活動があちこちで起こり、クリエイティブやデザインのイノベーションが起こります。私たちはそれを「創意設計革命」と呼んでいますが、そこからジョーさんのようなデザイナーが認知されるようになった。「デザインの力で社会は変えられる」ということが、分かってきたのです。
—ジョーさんは、絵描きからデザイナーへと転身したそうですね。
ジョー:はい。最初は広告会社でデザインを担当していました。しかし、会社という決まった組織の中で仕事をしていると、既存の慣習や伝統などに抗うことは非常に難しいということが分かってきたんです。それで意を決して独立し、全くゼロの状態から少しずつ協力者を増やし、チョウさんのような人との出会いもあって今に至ります。
—ご自身の作品は、主にどんなところから影響を受けていると思いますか?
ジョー:日本からの影響が強いですね。私は「眷村(けんそん)」(中国国民党が台湾に来た際に作った移民用居住地区)出身で、家屋は日本統治時代に建てられたものが多いんです。そういったものを小さい頃からずっと見ているので、知らず知らずのうちに影響された部分はかなり大きい。あとは、自分を取り巻く生活環境や気になるニュースなどからインスパイアされることが多いです。
—日本にも頻繁に行き来しているそうですね?
ジョー:ええ。日本を訪れるたびに街を眺めたり雑誌を読んだり、そういったことからも様々な刺激を受けています。日本人の友人も多く、彼らとの交流の中で日本文化やデザインに触れる機会も多いですね。
私が日本人を素晴らしいと思うのは、繊細な感情を扱うことに長けているところ。どちらかというと私はスローでマイペースな人間なのですが、そういう時間感覚でしか見出せない「精巧さ」が日本の文化にはあって、それが自分にとても合っていると思うんです。日本の文化は、新しいものも伝統的なものも、どちらも好きですね。
私たちはもう英語には頼りたくないし、他者を羨ましく思いたくない。(ジョー)
—今回、ジョーさんが手がけている『TAIWAN PLUS』のロゴも、漢字をモチーフとしていて非常に親しみがわきます。
ジョーのデザインした『TAIWAN PLUS 2018 文化台湾』(以下、『TAIWAN PLUS』)のロゴ
ジョー:ありがとうございます。漢字をモチーフにした積み木をイメージしています。広がりや奥行きがあり、バラバラなようで調和を感じさせるという、遊び心のあるデザインを目指しました。
—ジョーさんにとって「漢字」は大きな要素ですか?
ジョー:そう思います。人は、身近なものほどその大切さを忘れてしまったり、軽視してしまったりしがちですよね。でも、そういうものを正しく理解し、表現として使うことこそが、最も説得力のあるやり方ではないでしょうか。
私たちはもう英語には頼りたくないし、他者を羨ましく思いたくない。「漢字」という見慣れた表意文字を使い、そこから新しいデザインを生み出すというのは、最近の台湾で非常に盛り上がっているんです。すでに完成度の高い漢字を使って、いかに「台湾らしいデザイン」をクリエイトするかが課題となっていますね。
—「台湾らしいデザイン」とは、どういうものだと思いますか?
ジョー:以前、ネットでデザイン畑の人たちが話しているのを目にしたのですが、その時に「台湾らしいデザイン」について「野性的」と説明していたんです。私たちが歩んできた歴史や、身の回りの生活環境、この麗しき島が持っている豊富な資源……農産品や気候など沢山のレイヤーがあって、そうした多元的なものが共存している状態は、確かに「野性的」だなと思いました。
—この『TAIWAN PLUS』のポスターも、様々な要素がコラージュされていて、色彩の混じり方や構図などの「野性」を感じますね。
チョウ:やはり台湾は、日本と比べたら決して清潔ではないし(笑)、整然とした国ではないんですよね。このポスターが象徴するように、混沌としているわけです。
チョウ:ところが、私たちのそういうゴチャゴチャした街角を、日本の雑誌『BRUTUS』が表紙にしてくれました。何故なら、その混沌とした中にある生命力を感じ取ってもらったからだと思うんです。しかも、ただ混沌としているだけでなく、その中にもリズムや秩序があることを発見してくれた。
ジョー:この「野性」こそ「台湾らしさ」だと自信を持っていえるようになったのは、とても嬉しいことです。広告会社にいた頃は、「ここを日本調にして」「アメリカ調にして」「ヨーロッパっぽく」などと指定されることがとても多くて。誰一人「台湾らしく」とはいってくれなかったんです。
ジョー:でも、ここ最近は様々な現場で「台湾らしさ」「台湾スタイル」「台湾の風味」というものを求められることが増え、1つの主流となってきました。それは、デザインを通してお互いが学び合い、進化してきたからだと思います。
ひと昔前の人は、「デザインなんてどうでもいい、使えればいい」と効率だけを考えていたのですが、今は使えるだけではなく、カッコいいもの、面白いもの、シェアしたくなるものを求めています。だからこそデザインが重要なのです。
私は現在の台湾カルチャーを「社区(コミュニティ)の時代」と呼んでいます。(チョウ)
—お話を台湾カルチャー全般に戻します。1980年代にイノベーションの種が撒かれ、その後、1990年代に「創意設計革命」が起きてジョーさんのようなデザイナーが現れた。現在はどのような状況でしょうか?
チョウ:今のジョーさんの話にも繋がりますが、私は現在の台湾カルチャーを「社区の時代」と呼んでいます。社区とは「コミュニティ」の中国語(中華圏における都市部の基礎的な行政区画の単位を指す言葉)ですが、若い人たちの中で今、自分が生まれ育った故郷に戻り、農業に従事するということが盛んに行われています。
故郷と「出会い直す」といいますか、「家族」「家」ということへの関心も強まっている。ジョーさんが最近行った展示も、自分の生まれ故郷や「郷愁」をテーマにしていましたね。今回、『TAIWAN PLUS』に出演するアーティストも、原住民族の言葉で歌う人もいれば、客家(漢民族の集団の1つととらえられる民族集団)の言葉で歌う人もいます。自分たちのルーツと向き合うようになってきているわけですね。
—台湾の民族構成は、現在どうなっているのでしょうか?
チョウ:非常に多元的であり、それらが混在・共存し合っています。元から暮らしていた原住民族がいて、今から遡ること300~400年前に福建省の閩南(びんなん)から移住してきた住民がいます。そして1949年、蒋介石率いる「外省人」と呼ばれる人たちがやって来ました。さらにこの10年は「新住民」と呼ばれる、特に東南アジアからの移民、そして台湾人と結婚した外国人が増えています。それぞれの民俗文化が存在する上に、日本統治時代の文化、アメリカ駐留による文化の影響も強く受けていますね。
—異なる文化を持つ台湾人のアイデンティティは、どのようなものですか?
チョウ:台湾人のアイデンティティは、それぞれの民族によって違います。家族構成、自分のバックグラウンドでも大きく変わる。たとえば、中華的なアイデンディティが強い人は「台湾は中華圏の一部」と考えているし、原住民の家族がいる人の多くは「台湾は独立した国」と思っています。そうした人たちが1つの島に共存し、交流し合うことによって新しいものが生まれているのが今の状況です。
ジョー:ネットがなかった時代は、今よりそれぞれの民族が分断していたと思います。現在はネット環境が整い、お互いの文化を伝え合うことによって垣根がなくなりつつある。そこは大きな変化だと思いますね。
今、台湾は積極的に異文化を融合し合う、つまり輪郭を切り取りながら、違う形を作ろうとしています。(ジョー)
—今、世界中で移民問題が起きていますが、多民族が混在する台湾で、移民問題のような摩擦や衝突はないのでしょうか。
チョウ:台湾でも、福建省の閩南から民族が移動してきた時には沢山の衝突や事件があったようです。しかし1990年代になると、「ローカライゼーション」というムーブメントが各所で起きました。それは、「文化的な模範たるものとはどういうことなのか?」をめぐる1つの転換期だったのです。その数十年間の努力や試行錯誤、時には試練を通して、「私たちは今、多元的に共存できる1つの突破口を、誰しもが求めている」という共通認識を持つことができた。それだけ成熟した時代になってきていると思うんですね。
ジョー:もちろん、今でも異なる見解を突きつけられることはあります。そういう時にお互い耳を傾け、自分の中に落とし込むということは、とても重要なことです。デザインでも音楽でもアートでもそう。今、台湾は積極的に異文化を融合し合う、つまり輪郭を切り取りながら、違う形を作ろうとしています。同時に、外へ向かってシェアをしていこうという動き。そんな、チャンスに溢れた時代を生きているのです。
チョウ:今、台湾では同性婚を尊重する傾向が、他のアジアの国々よりも進んでいます。それもまた、我々のここ数十年の努力と試行錯誤によって花開いた結果ではないかと思うんです。
—そんな中、文化総会ではどのような活動をしているのですか?
チョウ:例えば、先ほど話したように台湾には今、インドネシアから来たムスリムの「新住民」がたくさんいます。文化総会では、彼らの宗教的な戒律や、飲食の習慣の違いなどを分かりやすく伝えるための動画を作りました。そうやって、全ての台湾人が住みやすい社会を作っていくこと。そこに対して絶え間ない努力をしているのです。
—異文化について紹介していくというのは、メディアとしてとても重要な役割ですよね。しかも、より分かりやすく効果的に伝えるために、デザインは威力を発揮すると思います。
チョウ:その通りです。
ジョー:最初にチョウさんは「デザインの力で社会は変えられる」といいました。デザインが重視されるようになったのは、台湾の大きな進歩です。「生活のレベルを上げるためには、まずは収入だ」という旧来の発想から脱却し、「デザインが生活のクオリティを向上し、それが収入につながる」ということに、若い人たちが気づき始めた。
特に、社会的に大きな決定権を持つ若い世代が、そういった新しい台湾の美学に基づいた施策を始めていることに、私は頼もしさを感じています。
『TAIWAN PLUS』マーケットに出店する靴下ブランド「+10・加拾」
『TAIWAN PLUS』マーケットに出店する「蘑菇MOGU(モーグー)」の雑貨
—最後に、9月に開催される『TAIWAN PLUS』にお2人が期待することを教えてください。
ジョー:このイベントには、私たちの大切な友人であり、優れたアーティストやデザイナーが沢山参加します。日本の皆さんには、是非とも彼らと友達になって欲しいですね。私は『TAIWAN PLUS』のロゴに、人が左手を振りながらこちらに歩み寄るデザインを配置しました。台湾と日本の交流の象徴です。そして、何より期待しているのは「いい天候に恵まれること」ですね(笑)。
—今回お話を聞いて、台湾の印象がかなり変わりました。台湾の国の名前はよく知っていましたが、今の台湾の本当の風貌や輪郭を知っていたわけではかったなと。
チョウ:台湾というと、まず小籠包やパールミルクティーを連想するかと思います(笑)。でも、今回の『TAIWAN PLUS』では、まさに今活躍しているアーティストやデザイナーを沢山紹介します。台湾発の素晴らしい音楽やデザインに触れていただければ、きっと日本の方たちも驚かれると思います。「こんなに素晴らしいものが、台湾にあるんだ」と。そして、台湾に対する既存のイメージを更新してくださることを期待しています。ぜひ、そうした体験の中で「台湾らしさ」を感じてください。
- イベント情報
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- 『TAIWAN PLUS 2018 文化台湾』
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2018年9月22日(土)、9月23日(日・祝)
会場:東京都 上野 上野恩賜公園
出演:
阿爆
黃連煜
女孩與機器人
桑布伊
謝銘祐
陳建年
and more
出店:
富錦樹FUJIN TREE
地衣荒物Earthing Way
+10・加拾
蘑菇MOGU
印花樂 inBlooom
and more
料金:無料
- プロフィール
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- 張鐵志 (ちょう てぃえじー)
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文化総会副事務総長、《Fountain新活水》編集長。台北生まれの作家で、文化政治評論家及び社会運動参加者である。長期にわたって、台湾の民主化及び中国人権問題、資本主義グローバル化などの議題に注目した。また、ロックと社会運動との関係にも関心の目を向ける。「旺報」文化特別版主任、「新新聞」副編集長を務めた。また、「中國時報」新聞、「文訊」雑誌、《信報》、《南方都市報》、《南都週刊》及び《東方早報》など雑誌媒体で「 コラム」を執筆するコラムニストである。「旺報」の創刊後に、初代編集長を務めた。2012年末より、《號外》編集長として勤務した。台湾に戻った後、何榮幸と共同でWebメディア《報導者》を立ち上げた。現在は中華文化総会副秘書長を務めている。
- 方序中 (じょー ふぁん)
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アートディレクター方序中が手掛けたアルバム《回家的路》、hush!樂團的《異常現象》、張惠妹的《偏執面》及び Matzka の《東南美》が連続4年間、2013年から2016年までの台湾の音楽アワード・金曲賞のベストアルバムデザイン賞にノミネートされた。また、《山歌唱來鬧連連之頭擺的情歌》、《日頭下.月光光》、《小花。門裡門外 家_寫真》で、台湾における最も権威あるデザイン界の栄誉賞ゴールデン・ピン・デザイン・アワードを受賞した。そして、2015年、《Shopping Deisgn》ライフスタイル誌に「ベストデザインチーム」として選ばれた。台湾で毎年行われる映画の賞「金馬賞(Golden Horse Awards)」の今年のポスターデザインを務め、大きな反響を呼んだ。
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