3日で14万人動員 ローモールピッチ・リシーが未来に繋ぐ伝統文化

今年、11回目の開催となる国際舞台芸術フェスティバル『フェスティバル / トーキョー18』。本フェスティバルが2014年より取り組んでいるのが、アジア地域の舞台芸術を中心にキュレーションするプログラム『アジアシリーズ』だ。

2018年の『アジアシリーズ』プログラムのひとつとしてラインナップされているのが、『BonnPhum in Tokyo』。『BonnPhum(ボン・プン)』とは、かつてカンボジアの各地域の村で行われてきた新年の祭りのことなのだが、実はいまこの『BonnPhum』が、カンボジアの若者たちが主催する新たな芸術フェスティバルとして復活しているのだ。

1975年、当時存在した政治勢力クメール・ルージュ(ポル・ポト派)により首都プノンペンが占領され、数多くの知識人や芸術家たちが処刑された過去を持つカンボジア。『BonnPhum』も、クメール・ルージュ時代に一度、伝統が途絶えてしまったという。しかし、カンボジアには再び自国の伝統文化にアクセスし現代と結びつけることで、自分たちのアイデンティティを見つめ直そうとする若者たちがいる。『BonnPhum in Tokyo』を作っているのは、そんなカンボジアの新たな文化のうねりだ。

今回、現在の『BonnPhum』のディレクターを務め、『BonnPhum in Tokyo』でもキュレーターを務めるローモールピッチ・リシーに話を聞くことができた。「私たちは何者なのか?」――そんな問いを投げかけ続ける彼女の言葉は、日本人である自分にも、深い場所に響いてくる感じがした。

アンコール・ワットは素晴らしいものだと思います。でも私はそのことだけでカンボジア人としての誇りを持ちたくはないんです。

—ローモールピッチさんが中心となってカンボジアで主催されているフェスティバル『BonnPhum』は今年、3日間で14万人もの動員を記録したそうですね。カンボジアの伝統文化と現代を繋ぐことを目的としているそうですが、このフェスティバルが生まれた経緯を教えていただけますか?

ローモールピッチ:最初はここまで大きなことをやろうとは思っていなかったんですよ。発端は、私の大学での卒業制作なんです。

ローモールピッチ・リシー

—へぇ!

ローモールピッチ:昔、カンボジアの人々はゴザを引いて、みんなで「スバエク・トム」というカンボジアの伝統的な影絵芝居を見ていたんです。私も子供の頃、祖母に連れて行ってもらった村のお祭りで見たことがあったんですが、すごく記憶に残っていて……。その情景をもう一度見たい、と思ったんですよね。それで、私を含む4人の若者たちが集まって、プログラムとして再現しようとしたんです。

ローモールピッチ:最初は「1日だけ、お芝居をやればいいや」という話だったんです。でも、話し合いを重ねていくうちに「お芝居だけじゃ飽きるだろうから、他のこともやろう」とプログラムを増やすことになり、さらに「3日間やろう」「朝から晩までやろう」と、どんどん話が大きくなっていってしまったんです(笑)。

—ははは(笑)。それが今も継続していて、今年5回目の開催に至ったんですね。

ローモールピッチ:1回目が終わったあと、「またやらないの?」と言われたり、Facebookでもいろんな人からコメントをもらって。それで結局、ここまでやることになったんです。3年目に入ってからは、上の世代の人たちがアドバイスをくれるようにもなったんですよ。そこから、ただのプログラムではなく文化祭といったものになっていきました。

最初は私がディレクターとして関わるとは思っていませんでしたが、やり続けていくなかで「自分たちがなにをしたいのか?」もはっきりしてきたし、私たちよりも若い人たちにとって意味のあるものにしたいと考えるようになりました。

—ローモールピッチさんは26歳とまだお若いですが、自分たちより下の世代のことをすごく考えてらっしゃいますね。

ローモールピッチ:そうですね……。私たちは子供の頃から、学校で「カンボジア人としての誇りを持て」と教えられるんです。なぜ「誇りを持て」と言われるのかというと、「アンコール・ワットがあるから」なんですよね。「カンボジアにはアンコール・ワットがあるのだから、お前たちもカンボジア人として誇りを持て」と教えられて、その感覚が子供の頃から沁みついてしまうんです。

—なるほど……。

ローモールピッチ:もちろん、アンコール・ワットは素晴らしいものだと思います。でも私はそのことだけでカンボジア人としての誇りを持ちたくはないんです。「なんのために、アンコール・ワットを作ったのか?」というところまで、私は考えたいんですよね。それを考えることでこそ、カンボジア人としての誇りが生まれるんじゃないかと思うんです。

—「文化が継承される」ということは、単純に過去を愛でることではなくて、過去について考えを巡らし、発展させていくことにあるのですね。だからこそ、自分より下の世代になにを残せるか? ということも、すごく考えている。

ローモールピッチ:もし私たちで、自分たちのアイデンティティとなるようなカンボジア文化を作ることができたのなら、次の世代の人たちにはそれを称賛するだけではなくて、「自分たちはよりよいものを作ろう」と思ってほしいです。そのためにも『BonnPhum』は続いていってほしいし、私たちの世代で「『BonnPhum』とはなにか?」というビジョンを見せることはできたので、それをもっと発展させていってほしい。来年のディレクターは私でなくてもいいですし、次の世代、次の世代へと繋いでほしいです。

「自分たちは何者なのか?」ということを忘れがちになってしまった気がするんです。

—『BonnPhum』の映像もYouTubeで見させていただいたのですが、すごい熱気ですね。ローモールピッチさんは、フェスティバルに出演されていた「SmallWorld SmallBand」というバンドのマネージャーでもあるんですよね?

ローモールピッチ:そうですね。SmallWorld SmallBandは、4~5年ほど前に結成されたバンドで、最初に作った曲が“Kher Flag(国旗)”という曲だったんです。その曲では、若者たちがどのようにカンボジアという国を愛しているのか? ということが歌われていて、彼らが自分たちのため、あるいは、より下の世代の若者たちための音楽を作っているところにとても共感したんです。

SmallWorld SmallBandの『BonnPhum』でのライブ

—音楽を好きになったというだけでなく、音楽を作っていく姿勢に対しての共感があったんですね。

ローモールピッチ:そうなんです。付き合いが始まってからは、彼らと一緒に、モダンなサウンドのなかにカンボジアの習慣や伝統を取り入れていく、という活動をしています。現代的なもののなかに伝統を取り入れていくことで、カンボジアの若者たちに、自分たちのアイデンティティについて考えてもらいたいんです。

—ローモールピッチさんにとって音楽は、世代や時代を反映し、自分たちのアイデンティティを象徴する力を持ったものでもある?

ローモールピッチ:そう思っています。「サンコム時代」といわれる、カンボジアで音楽が発展していた当時は、シン・シサモット(1960~70年代に活躍し、カンボジアのポップミュージックの礎を築いたミュージシャン)のような有名な歌手がいて、その時代の音楽を作り上げていたんです。いま、シン・シサモットの曲を聴けば、若者たちもみんな「あ、サンコム時代の曲だ」とわかると思います。同じように、ピン・ピアットというカンボジアの古典舞踊を見れば、「アンコール時代の音楽だ」とわかる。日本でも曲を聴けば、「あの時代のJ-POPだな」ってわかると思うんです。

—うん、そうですね。

ローモールピッチ:私たちは、「私たちの世代の音楽」を作り上げたいと思っていて。それで仲間たちと一緒に、「Plerng Kob」(ローモールピッチが代表を務めるアート活動グループ。『BonnPhum』を主催している)を作ったんです。

—ローモールピッチさんたちがそうした文化活動を行うことは、裏を返すと、いまのカンボジアの若者たちにはアイデンティティを象徴する音楽が欠けてしまっている、という危機感がある?

ローモールピッチ:そうなんです。カンボジアは内戦(1970年から1993年まで続き、ポル・ポトが党首を務めたクメール・ルージュ時代には、知識人を中心に反対派国民が大量虐殺された)から復興していくなかで、近隣諸国や欧米の音楽を急速に取り入れていったんです。

でも、新しいものばかりを取り入れてしまったから、いま実際にカンボジアで人気のある音楽も、タイや韓国の音楽、あるいは欧米の音楽で。

—なるほど。

ローモールピッチ:もちろん、他の国のことを学ぶことは大事なことです。ただ、そればかりに終始して「自分たちは何者なのか?」ということを忘れがちになってしまった気がするんですよね。私たちはいまから、タイのものでもない、中国のものでもない、「私たちの音楽だ」と呼べるものを作りたいんです。そうすれば10年後、「あ、いま流れているのは私たちの時代の曲だ」と、アイデンティティになるようなものが作れるんじゃないかと思う。

—いま、ローモールピッチさんやSmallWorld SmallBandが生み出す、伝統と現在が混ざり合った音楽を、カンボジアの若者たちはどのように受け止めていると思いますか?

ローモールピッチ:誇りに思ってくれる若者たちもいますし、「変わっているな」と考えている人もいます。でも、私たちには選択肢すらなかった過去があるので、こうした音楽を聴く機会を作ることができていることだけでも、よかったと思っています。

『BonnPhum』に関しては、ほとんど若者のための社会活動という意識で向き合っています。

—ローモールピッチさんの、もう少しパーソナルな部分のお話も伺えたらと思うんですけど、映像作家としての活動もされているんですよね?

ローモールピッチ:そうですね。大学でメディアマネージメントを学んだあと、卒業後は「BBCメディア・アクション・カンボジア」に入ったんです。そこでは「シットコム」と呼ばれるコメディタッチのドラマを作っていました。

そこでの仕事を辞めたあとは、ショートフィルムを撮ったり、コマーシャルを撮ったり、インターネット上で流す短い映像を作ったりしていましたね。いまは、初めての本格的な長編映画を撮ろうと思って動いているんです。9月までは、その長編映画を撮って、来年、カンボジアの映画館で上映する予定です。

—そうなんですね! 本当に「多才」という言葉がしっくりきますが……日々の活動形態はどのようなものなんですか?

ローモールピッチ:私は完全にフリーランスで仕事をしているので、カラオケビデオを撮ることもあれば、SmallWorld SmallBandのマネージャーとして働くこともあるし、時期によってやっていることはバラバラなんです。でもやっぱり、私の活動の50%は『BonnPhum』の運営にあてられていますね。

『BonnPhum』に関しては、ほとんど若者のための社会活動という意識で向き合っています。『BonnPhum』自体、利益を目的にやっていることではないですし、この活動での報酬はありませんが、私はまだ独身ですし、あまりお金を使う必要はないので。

内戦によって失ってしまったものだけを見つめていても、そこからの発展はないと思うんです。

—11月に『フェスティバル / トーキョー』の一環として、『BonnPhum in Tokyo』が行われます。ここでは、ローモールピッチさんが『BonnPhum』を始めるきっかけとなったという影絵芝居をはじめとするカンボジア伝統芸能のパフォーマンス、Small World Small Bandのライブ、さらに伝統音楽とバンドのコラボレーションも行われる予定ですね。

現在のカンボジアのアートシーンを記録したドキュメンタリーも上映されるそうですが、このイベントを通して、日本の人たちにどんなことを感じてもらいたいと思いますか?

ローモールピッチ:やはり、カンボジアの芸術、芸能を知ってほしいですね。日本にあるお祭りと近いものを感じてもらえるかもしれませんし。もしかしたら、カンボジアというと「内戦があった国」というイメージも強いと思うんですけど……。

—僕自身はあまりそういったイメージはなかったんですけど、やはりポル・ポト時代のイメージが強い人たちも多いかもしれないですね。それに、ローモールピッチさんご自身も、伝統を見直す活動をされていくなかで、きっと内戦のような痛ましい記憶を直視せざるを得ない部分もありますよね。

ローモールピッチ:そうですね。ただ、私たちにとっても、内戦によって失ってしまったものだけを見つめていても、そこからの発展はないと思うんです。カンボジアでも、年配の人たちのなかには「変わること」を恐れる人たちも多くいます。変化が起こるということは、内戦が起こる前触れだ、と感じる上の世代の人たちも多いんです。

だからこそ、なるべく変わらないことを求め、いまあるもので満足しようとしてしまう。でも、私たちのような若い世代は、常に変化を目の当たりにしてきたので。変わることに対する恐れはないんです。

でも芸術は、いつだって、人の気持ちを平和にしてくれるものだから。

—『BonnPhum』のきっかけとなったお芝居のことを、ローモールピッチさんはなぜ強烈に覚えていたんでしょうね?

ローモールピッチ:それは……あのとき、私が祖母に連れていってもらった村の祭りには、家族が集まって楽しいものを見に行く光景や、村の人々が連帯している状況が残されていたからだと思います。いま、カンボジアは社会としては発展してきているんですけど、それぞれが独自に考えているばかりで、カンボジア人としてのお互いの関わり合いに欠けているんじゃないかと思うんです。だからこそ、私はあの光景を覚えていたんじゃないかなぁ。

—日本で暮らしている僕にも理解できる感覚です。やはりインターネット、特にSNSが発達したことによって、人と人の関わり合い方がすごく歪な形に見えることがあるんですよね。だからこそ「家族」のようなコミュニティの存在が尊く思えたりして。

ローモールピッチ:うん、インターネットの影響もあると思います。もちろん、Facebookは若者たちに世界を見せてくれる窓になっている……それも確かなことなんですけどね。

—自分自身の出自やアイデンティティを表明するための手段って、きっと他にもたくさんありますよね。政治もそのひとつかもしれないし、スポーツもそのひとつかもしれない。ただ、ローモールピッチさんは芸術、芸能に関わることで、自らのアイデンティティを追い求めている。その理由は、どこにあるのだと思いますか?

ローモールピッチ:好きだから、という理由が一番だと思うんですけど……。やっぱり、芸術や芸能は、繊細で、柔らかいものだと思うんです。

—とても素敵な表現です。

ローモールピッチ:繊細で、柔らかく、美しい。そしてなにより、平和的なものですよね。たとえば政治には、冷静なときばかりではなく、とても怖い意味での激しさや熱さを持つ瞬間がありますよね。でも芸術は、いつだって、人の気持ちを平和にしてくれるものだから。カンボジア人は、生まれたときから芸術や芸能と共にあるんです。生まれたときも、結婚式でも、お葬式でも、生で音楽を演奏しますし。そういう意味でも、カンボジア人にとって重要なものだと思うんです。

イベント情報
『フェスティバル / トーキョー18』

2018年10月13日(土)~11月18日(日)
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと、東京芸術劇場、南池袋公園、北千住BUoYほか

[アジアシリーズ vol.5 トランス・フィールド]

『ボンプン・イン・トーキョー』
2018年11月10日(土)、11月11日(日)
会場:北千住BUoY
キュレーション:ローモールピッチ・リシー

『フィールド:プノンペン』
2018年11月10日(土)、11月11日(日)
会場:東京都 北千住BUoY

『境界を越えて~アジアシリーズのこれまでとこれから~』
2018年11月8日(木)~11月11日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト

『MI(X)G』
2018年10月13日(土)、10月14日(日)
会場:東京都 南池袋公園
コンセプト・演出:ピチェ・クランチェン

ショプノ・ドル
『30世紀』

2018年11月3日(土)、11月4日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターウエスト
脚色・演出:ジャヒド・リポン
原作:バドル・ショルカル

[まちなかパフォーマンスシリーズ]

『A Poet: We See a Rainbow』
2018年10月20日(土)
会場:ジュンク堂書店 池袋本店 9階ギャラリースペース
2018年10月21日(日)
会場:南池袋公園 サクラテラス
2018年10月22日(月)
会場:東京芸術劇場 劇場前広場 / 東京芸術劇場 ロワー広場
作・演出・出演:森栄喜

『ラジオ太平洋』
2018年10月27日(土)、10月28日(日)・11月10日(土)、11月11日(日)
会場:東京さくらトラム(都電荒川線)車内
受付場所:東京さくらトラム(都電荒川線)早稲田停留場
作・演出・出演:福田毅

L PACK.
『定吉と金兵衛』

2018年10月31日(水)~11月3日(土)
※11月1日(木)休演日
会場:東京都 豊島区立目白庭園 赤鳥庵
作・演出・出演:L PACK.
原案:落語『茶の湯』より

坂田ゆかり(演出)×稲継美保(出演)×田中教順(音楽)
『テラ』

2018年11月14日(水)~11月17日(土)
会場:東京都 西巣鴨 西方寺
原案:三好十郎「詩劇『水仙と木魚』――一少女の歌える――」ほか

マレビトの会
『福島を上演する』

2018年10月25日(木)~10月28日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
作・演出:マレビトの会

ナシーム・スレイマンプール×ブッシュシアター
『NASSIM』(ナシーム)

2018年11月9日(金)~11月11日(日)
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
作・出演:ナシーム・スレイマンプール

ドキュントメント
『Changes』(チェンジズ)

2018年11月13日(水)、11月14日(木)
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
監督・撮影・編集:山本卓卓

シンポジウム、トークプログラムほか

プロフィール
ローモールピッチ・リシー

『BonnPhum』ディレクター、『Plerng Kob』代表、映画作家。王立プノンペン大学メディア・コミュニケーション学部卒業。BBCメディア・アクション・カンボジアでのディレクターを経て、2014年に『Plerng Kob』を創設、『BonnPhum』を開始。ディレクターを務める『BonnPhum』は、プノンペン郊外の村にある寺の敷地で行われる、カンボジアのフォーク・フェスティバル。失われてしまったカンボジアの伝統を現代と接続させることを目的とし、パフォーマンスだけではなく、食やゲームなど、伝統的な祝祭の形式を保ちながらも、現代の若者達が楽しめるプログラムを実施している。第5回目の開催となった2018年は、プノンペンから南へ10キロ離れたKandal村で行われ、3日間で約140,000人が来場した。そのほか、ファッションブランド『Slanh House』の共同創業者、カンボジアの人気バンドSmallWorld SmallBandのマネージャー、カンボジアの伝統影絵劇の復興を目指す『Sovannaphum Arts Association』のプロモーターも務める。



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