2015年6月に「Apple Music」が、2016年11月に「Spotify」が、それぞれ日本に上陸し、「ストリーミングサービスで音楽を聴く」という文化はずいぶん浸透してきた。昨年頃までは、ストリーミングは音楽にとって敵か味方かといった議論もあったが、世界的に見てもここまで定着した今となっては、もしかすると「ストリーミングは音楽の敵である」とする閉鎖的な考えこそが、「音楽の敵」だったのかもしれない。
もちろん、作り手にとってストリーミングサービスが必ずしも善であるとは限らないが、本稿の主役、おとぎ話・有馬和樹は「こういう時代に音楽を作っていて楽しくないワケがない」と今の時代を全肯定する。近年のおとぎ話は、映画や演劇など異ジャンルの表現とのコラボを行うことでファン層を拡大するという独自の勝ち方を展開してきた。そんな活動を行うからこそか、有馬はカルチャーシーンに目を向けて「文化や歴史に対して、もっと謙虚になったほうがいい」と苦言を呈する。
今回のインタビューは、聞き手に映画・音楽ジャーナリストの宇野維正を迎えて実施。同時代の音楽のみならず映画やドラマに関しても共通言語の多い2人の対話は、地殻変動的に状況が変化する音楽業界において、インディーズバンドはいかにあるべきか? という示唆に富む内容となった。そしてそれは、「インディーズバンド」に限らずとも、カルチャーシーンで戦うすべての作り手にとって決して無縁な話ではないのだと思う。
今の日本のバンド同士って、仲がよすぎじゃないですか。だから、友達とつるんでるみたいなところとは距離を置いて孤立していたい。
—ニューアルバム『眺め』がリリースされてしばらく経ちます。取材をさせていただくのは久しぶりですが、まず、有馬さんが最近どんな音楽を聴いてるのかに興味があるんですよね。
有馬:今回でアルバムも9作目だから、リスナーとして何を聴いているのかっていうのとは別に、自分の音楽でどういうことをやりたいのかは、毎回ちゃんとクリアに見えているんですよね。耳もすっかり肥えちゃったし、Spotifyも使ってるから、いいものはほっといても耳に入ってくるし。
有馬:最近ではPusha Tのアルバム(『Daytona』。プロデューサーはカニエ・ウェスト)をよく聴いてますね。ここ2~3年で一番衝撃的だったのは、ソランジュのアルバム(『A Seat at the Table』)かな。あれを超えるアルバムは、それ以降出てないんじゃないかなって思っていて。
—フランク・オーシャンの『Blonde』が出たのが2016年8月で、ソランジュの『A Seat at the Table』が出たのはその翌月でしたね。
有馬:それと、今の音楽とは別に、自分が音楽にのめり込むきっかけになったフランク・ザッパとかサン・ラの昔の作品をこのところよく聴き返してて。去年の夏かな、ソランジュはSun Ra Arkestraともライブで共演してたじゃないですか。ああいうのには本当にワクワクさせられますね。
—ボストンのオペラハウスでやった公演ですよね。ソランジュはグッゲンハイム美術館でも実験的なパフォーマンスをやってましたけど、最近の先鋭的なアーティストはそうやってライブ表現の枠組自体を壊しにかかってますよね。Bon Iverも美術館でパフォーマンスアートを取り入れたライブをやったり、Oneohtrix Point Neverも演劇的な要素を取り入れたライブをやったり。
有馬:やってたやってた。
—今は音楽のなかでジャンルがクロスオーバーしていくというより、音楽表現が音楽以外のジャンルとクロスオーバーしている。でも、実はそれっておとぎ話が山戸結希さんの映画(2013年公開の『おとぎ話みたい』 / 参考記事:ポップカルチャーにしか救えないこと おとぎ話・有馬和樹×山戸結希)や、根本宗子さんの演劇(2016年に上演された『ファンファーレサーカス』)でやってきたこととも通じますよね?
有馬:うん。だから、そういう海外の動きにシンパシーはあります。音楽そのものに関しても、おとぎ話はロックのフォーマットではやってるけど、今の「日本のロックのフォーマット」でやってるつもりはないんですよ。
有馬:今の日本のバンド同士って、仲がよすぎじゃないですか。だから、友達でつるんでるみたいなところとはちょっと距離を置いて孤立していたい。というか、そう見えてるといいなって(笑)。さみしいけど。
売れる売れないとか、目先のことにこだわって作品を作っていくっていうのは、俺のやりたいことじゃない。
—おとぎ話の音楽って、外部から影響を受けて変わってきたんじゃなくて、自分たちの核にあるものは不変のままで、その強固な核の部分で同時代の他のジャンルの表現と繋がってきたところが面白いんですよね。
有馬:本当に、ますますそうなってきてます。ただ、やっぱり海外と比べると、日本のカルチャーシーンはまだ閉鎖的だと思います。おとぎ話は2015年の『CULTURE CLUB』から「felicity」に所属してますけど、同じレーベルにはジム(・オルーク)さんとか石橋英子さんとかもいて。あの人たちは国やジャンルの関係ないところでもっと自由に音楽活動をしていて、そういうアティチュードを追っかけてるようなところはあります。
—「felicity」の一員であることに居心地のよさがあるということですか?
有馬:相当いいですね。ミュージシャンとかアーティストとかいろんな呼び方があるけれど、俺は「アーティスト」っていう、その言葉のままでいきたいと思ってるから。
売れる売れないとか、目先のことにこだわって作品を作っていくっていうのは、俺のやりたいことじゃないんですよ。それは、デビューしたときからそうだったんだけど、「felicity」に来てからは、ちゃんとそういう姿勢が理解されていると感じてます。その上で数字に結びついたらいいなと。
おとぎ話『CULTURE CLUB』を聴く(Apple Musicはこちら)
有馬:アルバムを作ったら、アルバムのなかで一番ポップな曲を選んでそれでプロモーションしていくんじゃなくて、アルバムのなかで一番ヘビーな曲をどう届けるかを考えてくれる。
たとえば今回の『眺め』も、俺はすごく同時代性がある作品だと思ってるんだけど、サビでわかりやすく盛り上がるような作り方はしてないので。それでも、ちゃんとレーベルがサポートしてくれるというのは、本当にありがたいと思ってます。
—「サビでわかりやすく盛り上がる」っていう作りではないかもしれないけど、今回の『眺め』はめちゃくちゃポップな作品だと思うし、歌詞もパンチラインだらけだと思いますよ。「ポップであること」の定義って、主にラップミュージックの影響で海外では大きく変わっていて。今はサビがどうこうとかじゃなくて、どれだけ鮮烈なフレーズを曲のなかで効果的に繰り出すかってことにラップ以外のジャンルでもなっていますよね。そういう意味では、とてもポップだし、とても現代的な作品だと思う。
有馬:ああ、それはめちゃくちゃ嬉しい。
—1曲目“HOMEWORK”の<駆けだしたら世界を 追い抜いてしまうよ 立ち止まったら世界を 理解してしまうよ>というところで、自分は最初にぶっ飛ばされて。そういうフレーズが次から次へと出てくる。そういうのが自分の考える現在のポップミュージック。
有馬:俺もそう思ってる(笑)。曽我部(恵一)さんとかも、今はそういう感じで音楽をやってますよね。ケンドリック・ラマーとか、俺たちにとっては外国語ではあるけど、わかりやすいフレーズがパッと入ってくるでしょ? 今、大事なのは、そういうことなんじゃないかなって。
—だけど、ポップというものの概念が、日本ではまだ音楽業界にいる人のなかでも更新されてないところはあるんじゃないかなと。
有馬:「サビのメロディーはポップに」みたいな考え方は、日本の音楽業界では本当にめちゃくちゃ根強いですよ。おとぎ話は、ようやくそういうことを言われなくなった(笑)。
数年前と比べると、本当に「音楽」を求めてる人は増えてる実感はありますね。
—おとぎ話は「felicity」に移る前、曽我部さんの「ROSE RECORDS」から出してた時期があったじゃないですか。あのタームは、今から振り返るとバンドにとってどういう時期だったんですか?
有馬:あのときに曽我部さんが声をかけてくれたことで、ようやく本当にやりたいことをやれるようになったんですよね。それまでのおとぎ話の初期3枚のアルバムは、周りから求められていることを自分で考えすぎていて、今思えば背伸びしちゃってたんですよ。
だから、「UK.PROJECT」でちょっと無理をしてやってきたこと、そして「ROSE RECORDS」で本当に自由にやらせてもらったこと、それがどっちも有意義な経験となって、今はとてもいい感じでやれてます。「felicity」に来てからは、毎回集大成的なアルバムを作って、それを更新している感じですね。
おとぎ話『ISLAY』(2016年)を聴く(Apple Musicはこちら)
—フィジカルのCDを何枚売らなきゃとか、もうほとんど考えてないでしょ?
有馬:本当にそうですね。CDショップで何枚売れないとダメだととか、そういうのではない環境を作ってもらっているし。もちろん、ライブハウスで対バンをやって、そこの物販でCDが売れるのはとても嬉しいし、そういうところではおとぎ話はかなり勝ってるバンドなんですよ(笑)。
バンドの運営の仕方としては、ライブでお客さんが減ってもおかしくないようなやり方をしてた時期もあったんですけど、「felicity」に来てからはお客さんも増えてきてる。俺たちも、なかなか捨てたもんじゃないなって(笑)。
—ステージから見たお客さんの雰囲気というのも、変わってきましたか?
有馬:うーん。なんかおとぎ話って、いろんなところに片足だけ突っ込んできた感じなんですよね。「フェスでとにかく盛り上がろう」みたいなお客さんの前でやることもあるし、「ちょっとオシャレしてパーティーで楽しもう」みたいなお客さんの前でやることもある。ちょっと、ドアを広げすぎた感じもあるんだけど(笑)。
—というのは?
有馬:やっぱり、そういうところに「音楽」があるかっていったら、自分にはあまりないように見えるんですよね。音楽はみんなが集まるための口実みたいな感じになってて、そういうところに集まってる人たちのマジョリティーは、音楽が好きというよりも、音楽が鳴ってる場所にいる自分が好きみたいな。でも、そこを閉ざしちゃったら、自分たちのいる場所もなくなるかもしれないじゃないですか。
だから、どんなところに行っても自分たちは頑なに「音楽」をやるってことに、今は意味があるんじゃないかと思ってやってます。それが、ちゃんと結果に繋がってきてますしね。数年前と比べると、本当に「音楽」を求めてる人は増えてる実感はあります。
売れたときに、もしかっこいいことをやってなかったら何の意味もない。
—こういうことを言ったらちょっと失礼かもしれないけれど、おとぎ話が強いのは、過去に「売れすぎた」時期がないことですよね。
有馬:いや、それは本当に思いますよ(笑)。どこかにピークがあると、初めて見た人からも新鮮なものとして受け止めてもらえないですからね。そういう状況は自分たちでもすごく楽しめてます。
—「あの時に消費されなくてよかった」みたいな(笑)。
有馬:一度売れたバンドは本当に大変だろうなと思う。
—それと、この規模で活動をずっと続けているバンドで、デビューから10年以上メンバーが変わってないっていうのも珍しいですよね。
有馬:あまり自覚はないんですけど、それって、かなりすごいことみたいですね。基本的に俺らは大学の同級生で、もともと友達だったから。
—バンドをやるために集まったワケではない。
有馬:そう。だから、別にビジネスではないんですよ。友達同士で集まって、好きな音楽をやって、もちろん売れたらいいと思ってやってきたけど、売れたときに、もしかっこいいことをやってなかったら何の意味もないですからね。
—特に今の時代は、やりたくないことやってる人は、一瞬でバレちゃいますからね。バンドに限らず。
有馬:そう。それに、もうそこではセンスとかも関係ないんですよね。「自分がやりたいことはこれです!」ってはっきり言えている人が強い。好きとか嫌いとか抜きに、それで結果的にアクが強い人ばっかりになっていって、それがもっと進んでいくと日本も面白くなってくるんじゃないかな。まだ今の日本の音楽シーンは、好きなものが同じ同士や似た者同士でつるんでるようなところがあって。そんなの、どうでもいいじゃないですか。
—わかります(笑)。
有馬:最初に訊かれたように、「今回のアルバムを作ってるときに何を聴いていたか」って訊かれたら、まあ、実際にそうだからフランク・オーシャンとかソランジュとかの作品を挙げるじゃないですか。すると、表面的には似たような音楽をやってるワケじゃないから、人によっては「えっ?」と思われる。その「えっ?」って部分がそのバンドの個性じゃないですか。
おとぎ話『眺め』を聴く(Apple Musicはこちら)
日本のカルチャーシーンって、音楽は音楽、映画は映画みたいな感じで分かれてるし、同じジャンルのなかでもあまり自分からは影響元を明かしたりしないじゃないですか。
有馬:それは音楽に限った話じゃなくて、俺がなんで『ストレンジャー・シングス』(The Duffer Brothersが製作し、監督、脚本を務めるNetflixオリジナルドラマ)が大好きかっていうとーー。
—ダスティンが自分に似てるからでしょ?(笑)
有馬:いや、見た目は完全にダスティンだけど、そうじゃなくて(笑)。『ストレンジャー・シングス』を見てて一番感動したのは、「俺が好きだったいろんなものを、こんなに胸を張って言っていいんだ」って思わせてくれたことなんですよ。
『E.T.』(1982年公開、監督はスティーヴン・スピルバーグ)とか、『チャイルド・プレイ』(1988年公開、監督はトム・ホランド)みたいな1980年代のB級ホラー映画とか、俺、めちゃくちゃ好きで。「あれ? それ、言っていいんだ」って。
—しかも、『ストレンジャー・シングス』のクリエイターのThe Duffer Brothersって、有馬さんと同世代ですよね。普通に考えると、1980年代カルチャーに関しては直撃世代よりちょっと下なんだけど、後追いで憧れて、それがそのまま作品に昇華されてる。
有馬:そう。後追いのオタクの強さですよね。このあいだドレスコーズの志磨(遼平)ちゃんとメールのやりとりをしてて。志磨ちゃんは今回のアルバムをすごく気に入ってくれているんですよ。特に最後の曲の“EARTHBOUND”が好きで、あの曲について「俺たちの世代にしか出せない90年代感ってあるよね」って言ってくれた、その言葉がすごく残ってて。
『ストレンジャー・シングス』は1980年代カルチャーの集大成みたいな作品だけど、俺たちの世代にしかできないことをもっとああいう感じで出していかないと、もったいなって最近思ってるんですよね。本当に、くすぶってる場合じゃないないよなって。
おとぎ話“EARTHBOUND”を聴く(Apple Musicはこちら)
—30代半ばっていったら、本来はカルチャーシーンの主役になってるはずですもんね。日本の場合、上の世代が相変わらず幅を利かせているけど。
有馬:本当にそうなんですよ。フランク・オーシャンが自分で作ったZINEのなかで、これまでに自分が影響を受けてきた映画のリストを挙げてたじゃないですか。あれなんて見ると、「これ、俺なんじゃないか?」みたいな、「なんだよ、フランク。言ってくれよ」みたいな気持ちになる(笑)。
—「お前は俺か」状態ですよね。わかります(笑)。
有馬:でも、日本のカルチャーシーンって、音楽は音楽、映画は映画みたいな感じで分かれてるし、同じジャンルのなかでもあまり自分からは影響元を明かしたりしないじゃないですか。
—すぐに「パクリ」とか言う人が出てくるような風潮もありますからね。
有馬:そうなんですよね。
人々の文化に対する記憶や歴史を繋いでいくようなことが、今の表現には求められているんじゃないかな。
—ただ、『ストレンジャー・シングス』とかを見ていて羨ましいのは、それこそThe Clash、The Cure、The Smithsとかを劇中で使ったら、それがちゃんとカルチャーの共通言語になってるから、それだけで視聴者に伝わるものがある。つまり、受け手を信頼してものを作ってるということで。でも、日本で日本人に向けてものを作る場合だと、そういう共通言語がどこまで理解されるのかっていう、そこをまず気にしないといけないところがありますよね。
有馬:『君の名前で僕を呼んで』(日本では2018年公開、監督はルカ・グァダニーノ)でThe Psychedelic Fursの曲が流れてきたときに、あの曲の持っているコードみたいなものというか――当時からちょっとダサいとされていた曲で踊るオリヴァー(アーミー・ハマー)の踊りもダサくて、でもそれをああいう演出で見せることのかっこよさが、日本でどこまで理解されているのかというのはありますよね。
—そうそうそう。
有馬:『ストレンジャー・シングス』で使われたThe Clashの曲(“Should I Stay or Should I Go”)だって、後期の曲で、わりと音楽好きからは評価されてこなかった曲じゃないですか。でも、その価値を反転させるみたいな、そういう種類の面白さがある。
そういうところに目をつけられる人は、日本の作り手には少ないですよね。それは音楽だけじゃなくて、インディーズで映画を作ってる周りの人たちにも感じます。視野が狭いっていうか、映画のことは考えてるんだろうけど、それ以外のことは全然考えてないみたいな。そうじゃないでしょって。
—日本の映画の若い作り手の多くは、海外で映画をやってる若い人たちとは全然違うタイプだというのは、取材などを通しての実感としてもあります。
有馬:『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年公開のマーベル作品映画、監督はジェームズ・ガン)だって、『20センチュリー・ウーマン』(日本では2017年に公開、監督はマイク・ミルズ)だって、映画として面白いっていうのは大前提として、そこに込められた膨大な記号やコードを読み解く面白さが大きいじゃないですか? そういう作り方を日本人の作り手はできないんだよね。
—受け手のリテラシーのせいにしてちゃダメってことかもしれませんね。
有馬:うん。作り手の問題だと思います。だって、『風立ちぬ』(2013年公開、監督は宮崎駿)での荒井由実の使い方とか最高だったじゃないですか。別に、今さら映画で新曲とか聴きたくないですよ。
—後づけのタイアップで新曲とか、本当にしんどい。
有馬:もちろんユーミンの曲を使うのには許可もお金もいるから、みんながみんなできることじゃないですけど、そうやって人々の文化に対する記憶や歴史を繋いでいくようなことが今の表現には求められているんじゃないかなって。逆に、私小説的な閉じた表現というのが今は一番ヤバいと思います。
—おとぎ話の『眺め』の収録曲も、歌の主人公は有馬くんと世代も性別も離れていってますよね。
有馬:もしかしたら、私小説的な表現がまた求められるような時代は来るのかもしれないけど、今は絶対に違う。
今の時代ほど面白いことがたくさんある時代はないし、こういう時代に音楽を作っていて楽しくないワケがない。
—歌の向こうにその表現者しか見えてこない音楽って、今は本当に息苦しいですよね。自分が普段はラップばかり聴いてるせいもあるけど、ヴァースごとに人が入れ替わるくらいがちょうどいい。
有馬:そういう息苦しい時代に、自分たちの世代の表現者たちが幕を下ろさないといけないと思ってます。ラップのシーンがいいなって思うことの1つは、仲間うちで優劣をつけるんじゃなくて、チームで一丸となって金を稼ごうぜってところですよね。実は「felicity」にもそういうところがあって。チームとしてやってる感じがある。
あとは、文化とか歴史に対して、もっとみんな謙虚になったほうがいいと思います。人間が1人でやれることなんてちっぽけなものなんだから、引用できるものはどんどん引用して、ジャンルを問わずに組める人とはどんどん組んで、風通しをもっとよくしていきたい。いろんなところから新しい世代は確実に出てきているから、若くて才能のある人たちとも組んでいきたいですね。
—おとぎ話と同世代のプロのミュージシャンって、減ってきてますしね。
有馬:本当に。自分の周りのバンドだけで言うなら、もうほとんどいなくなっちゃったような感じがある。
—おとぎ話が解散するようなことは考えられない?
有馬:考えられない。だって、もう解散する理由がないもん。メンバーは学生時代からの友達だし、お金の問題で活動が止まることがないような環境も作ってきたので。それに、今の時代ほど面白いことがたくさんある時代はないですからね。SpotifyもApple MusicもYouTubeもNetflixもある時代に、楽しいことはいくらでもあるし、そこでやるべきこともたくさんある。こういう時代に音楽を作っていて楽しくないワケがないですよ。
おとぎ話『眺め』ジャケット(Amazonで見る)
- リリース情報
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- おとぎ話
『眺め』(CD) -
2018年6月6日(水)発売
価格:2,808円(税込)
PECF-1153 / felicity cap-2821. HOMEWORK
2. ONLY LOVERS
3. HEAD
4. 綺麗
5. 魔法は君の中に
6. さよなら、またね。
7. ふしぎソング
8. 素顔のままで
9. 純真
10. LOST PLANET
11. EARTHBOUND
- おとぎ話
- リリース情報
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- おとぎ話
『Earthbound vol.2』(会場限定CD) -
2018年9月14日(金)より販売開始
価格:2,000円(税込)
PECF-910241. JEALOUS LOVE
2. DREAM LIFE
3. YUME
4. 蒼い影
5. SMILE
6. 天国をぶっとばせ
7. AURORA
8. TEENAGE KIXX
9. 夜明けのバラード
10. 光の涙
11. パレード
- おとぎ話
- イベント情報
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- 『おとぎ話「眺め」リリースツアー「絶景2018」』
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2018年9月14日(金)
会場:愛知県 名古屋 APOLLO BASE2018年9月21日(金)
会場:大阪府 梅田 Shangri-La2018年9月23日(日・祝)
会場:東京都 渋谷CLUB QUATTRO
- プロフィール
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- おとぎ話 (おとぎばなし)
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2000年に同じ大学で出会った有馬と風間により結成。その後、同大学の牛尾と前越が加入し現在の編成になる。2007年にUKプロジェクトより1st アルバム「SALE!」を発表、以後2013年までにROSE RECORDSからの2枚を含め6枚のアルバムを残す。2015年、おとぎ話にとって代表曲となる「COSMOS」が収録された7thアルバム「CULTURE CLUB」をfelicityよりリリース。従来のイメージを最大限に表現しながら、それを壊し新しい扉を開いたこのアルバムにより、おとぎ話はまさに唯一無二の存在となった。2016年秋、8thアルバム「ISLAY」をリリース。また、ライヴバンドとしての評価の高さに加えて、映画や演劇など多ジャンルに渡るアーティストやクリエイターからの共演を熱望する声があとをたたない。日本人による不思議でポップなロックンロールをコンセプトに活動中。
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