巨大過ぎる才能は、時間をかけて距離を取るか、優れた解説者が存在するかしないと、なかなか全容がつかめない。寺山修司は、短歌、俳句、詩、演劇、映画、競馬、マンガなど、多岐にわたる興味の対象がどれも濃厚に仕事に昇華していて、その入口をくぐれば膨大な数の創作物が迷路のように広がり、「なにがすごいのかよくわからない伝説の人」で終わってしまう。
死後32年を経た2015年、気鋭の演劇作家・藤田貴大(マームとジプシー)が演出した舞台『書を捨てよ町へ出よう』は、コラージュという寺山の本質を鮮やかに示した。その強力なサポーターとなったのが、歌人の穂村弘と、芸人で作家の又吉直樹。この3人が再び集結して『書を捨てよ町へ出よう』に取り組む。
手始めに出演者と3人は、生前の寺山が創作と生活の拠点にした新宿で吟行(短歌や俳句を作るために出かけること)を行ったという。多忙な彼らを再び召喚したものはなんなのか。そして2018年、寺山と彼らはどこで2度目の待ち合わせをするのだろうか。
藤田くんはいつも「そこから?」と驚くくらい手前のところから創作の準備を始める。(穂村)
—今日は皆さんで、新宿で吟行をされたそうですね。藤田さん、ワークショップ的なその試みの理由を教えてください。
藤田:吟行は初演でもやったんです。僕は寺山修司にはずっと興味があって、エッセイとか短歌とか俳句とか読んではいたんですけど、3年前に舞台『書を捨てよ町へ出よう』(以下、『書捨て』)をやることになった時、やっぱりちゃんと向き合わないといけないと思ったんですね。穂村さんは、寺山についていろいろなメディアで話をしていたり、なにより同じ歌人でもあるので、出演者のみんなにたくさんのことを教えてもらいました。その一環のような感じで、短歌を詠んでみようと思ったんですね。
穂村:藤田方式ですよね(笑)。藤田くんはいつも「そこから?」と驚くくらい手前のところから創作の準備を始める。
藤田:寺山さんの『書捨て』は、映画と舞台と本の3バージョンがあって、同じタイトルなのに内容がまったく違う。僕が演出した舞台は映画バージョンのストーリーをもとにしていて、初演の時は、又吉さんも交えて、みんなで映画を見ながら好き勝手に感想を言い合って。
又吉:僕、初演の時は吟行は行けなかったんですけど、映画は一緒に見ましたね。
藤田:あの時間を持てたのはすごく良かった。『書捨て』に限らず、僕にとって作品作りは常にそういうところから始まります。と言うか、そこから共有しないと作品を作る意味がない。
前回の短歌をそのまま使っても成立はしますけど、作品を立ち上げていくプロセスをもう1回ゼロからやりたかった。『書捨て』の本バージョンはハイティーン詩集で、当時の若者が投書や投稿したものを寺山さんが選んでまとめたものなので、みんなの言葉を集めるのは、その方法と共通しているんじゃないかと思うんです。
—いろんな人の言葉を『書を捨てよ町へ出よう』というコンセプトに照らして、セレクトし、編集し、配置したセンスが、寺山のものだったわけですよね。
穂村:寺山は生前から「コラージュの天才」と呼ばれていましたよね。
—初演の『書捨て』は、映画に基づくストーリーが進んでいく一方で、その合間に、穂村さんが母親にまつわる思い出を話す映像や、又吉さんの考えたネタのコーナー、衣裳のミナペルホネンのファッションショーがいきなり挟まれるという構成でした。
前後のシーンとつながりはないので最初は驚くんですが、始まると引き込まれるし、堂々とした「いきなり感」が逆におもしろく感じられて、ストーリーや時代感よりも、寺山のコラージュの感覚を藤田さんは舞台に乗せたんだと感じました。
穂村:たしかにそうでした。今日の吟行ですごく良いなと思ったのが、ただ新宿の街を歩くだけじゃなくて、タイムトラベル的な周り方をしたんです。凮月堂(喫茶店)とかATG(アートシアター新宿文化)とかキーヨ(喫茶店)とか、今はもうない場所の跡地ツアー。つまり1960~1970年代、寺山の時代に熱かった新宿カルチャーがあった場所を、半世紀後に我々が巡るという。
だから実際には、今は違うお店や施設になっているビルの壁を見ているだけ(笑)。頭の中ではもちろんいろんなことを想像をしているんですけど。そういう不思議な短歌の作り方で、実際にできてきた作品も、例えば又吉さんの作品は、今の花園神社と、まだ売れていなかった時代の記憶の花園神社のことが詠まれていて、作品が重層的でした。
又吉:僕にとって新宿って、よく知っている街なんですよね。(よしもとの)劇場もありますし、吉本の本社もありますし、若い頃から何回も出かけて行ってる。だからいくらでも見ていたはずなんですけど、今日みたいに寺山が生きていた時代の新宿を巡るとなると、知ってるのに知らん場所みたいになる。その感覚が変というか、おもしろい。
—その感覚が、短歌の中に込められたんでしょうか。
又吉:僕の短歌に興味がおありのようですけど、そんなにいいのはできなかったです(笑)。
一同:(笑)。
又吉直樹と穂村弘と聞くと「すごいメンバーでやるぞ!」みたいに感じるかもしれませんけど、そうじゃない。(藤田)
—寺山の時代を考えながら歩くことが、土地や自分たちの過去、現在、未来をイメージすることにつながっていく。
そもそも『書捨て』を藤田さんが演出することになったのは、1970年代前後に上演された日本の戯曲を現代の演出家が復活させるという東京芸術劇場の『RooTS』シリーズをオファーされ、映画の『書捨て』を舞台化すると決めたんですよね。そのあとすぐに穂村さんと又吉さんに声をかけられたわけですが、その理由を改めて教えていただけますか。
藤田:まず又吉さんについて言うと、僕の作品を初めて観てくれたのが、2014年の『まえのひ』(川上未映子の小説と書き下ろし作品を藤田が演出し、マームとジプシー常連の俳優・青柳いづみが演じた1人芝居)なんです。そこから欠かさず観に来てくれるようになって、少しずつ話すようになっていったんですけど。会った頃は、又吉さんはまだ小説は書かれていなくて、原宿の居酒屋で「徐々に書いていってるんですよね」と教えてくれたんです。
又吉:ああ、その頃でしたね。
藤田:ちょうど僕は『書捨て』をやりたいと考え始めていて、又吉さんが違うジャンルに手を伸ばそうとしていることや、話す内容が自然と寺山と重なったんです。もっと細かく見れば、お笑いそのものが一言でくくれないものじゃないですか。漫才もあったりコントもあったり大喜利もあったり、バラエティー番組での所作やバランス感覚みたいなものも求められる。
それをやっている又吉さんの仕事の感じが、寺山の言葉で言うと「コラージュ」に近いように思えて。今回の僕の作業は、最初から最後まで自分の言葉を書いていくことではなくて、さまざまなマテリアルを拾い集めて編集していくことだとわかっていたから、そこが話せる人だなと思ったんですよ。
—又吉さんはオファーを受けてすぐOKを?
又吉:はい。あんまり迷いはなかったです。
藤田:この作品で僕は又吉さんに、コントを書いてもらったり、映像に出演してもらったり、普通に昔のことを語ってもらっているのにいきなり役者っぽくセリフを言ってもらったり、かなりフレキシブルに動いてもらっているんですけど、それは又吉さん自身が「ここまでは頼めるけど、あれは無理かな」といったハードルを感じさせない人なんですよね。そしたら途中で『芥川賞』を獲って「こんなお願いをしていいんでしょうか?」と心配する人が出たりして……。
又吉:あはは。
藤田:穂村さんに関しては、以前、コラボレーション作品を作っていたこともあって(2014年、『マームと誰かさん』というコラボシリーズの4回目。昨年は穂村とブックデザイナーの名久井直子の連名でマームとコラボした)、過去の作業の中で、「短歌ってなんだろう」ということをすごく考えさせられたんです。『書捨て』は穂村さんの視点が入ることで、観客に見えるところよりも内側の強度を作ってもらえるだろうと思い、お誘いしました。
だから、又吉直樹と穂村弘と聞くと「この作品をすごいメンバーでやるぞ!」みたいなノリに感じる人もいるかもしれませんけど、そうじゃないんです。僕にとっては2人とも落ち着いたトーンで話せる人であって、この作品を通して一緒に考え続けられるメンバーだから声をかけています。考え続けたいと思ったから、再演でもお願いをしました。
声をかけてもらった時点でコラボレーションはすでにできてるんじゃないかな。(又吉)
—穂村さんと又吉さんにお伺いしますが、お2人の目に藤田さんはどんなふうに映っていて、この作品への参加を決められたんでしょう?
穂村:藤田くんは、僕が寺山の話をみんなにレクチャーしたと言ってくれるんですけど、僕は寺山がわかっていて話すわけじゃなくて、「寺山はわからない」ということを話すようなところがあるのね。寺山は1人では理解できないという感覚をなんとなく持っているんです。
園子温さんは、寺山が映画監督になるきっかけだとおっしゃっていたけど、それは映画からの視点ですよね。藤田くんの、演劇という視点から寺山を見る目は、すごく大きいし鋭い。そういう人と話すことが、僕にとって寺山に近付くことで。
それと、単純なんですけど、寺山と同じように才能がある人でなければ、彼の作品を再構築したり、理解していくような作業はできないんですよ。藤田くんはそれができる人だと思う。
又吉:僕は、初めて観た時から藤田さんを「すごいなあ」と思っていて、毎回、次に何をするのか気になる、また観たいと思う数少ない人なんです。だから声をかけてもらってうれしかったですし、一緒に寺山をやるという時に、僕はそんなに知識はなかったので、一緒に映像を見たりしている中で「ああ、なるほど、寺山ってこういう人なんや」とわかっていけたのが、すごく楽しかった。
考えてみたら、ライブとか舞台で僕がひとつの役割だけをやるっていうのは、もう何年もないんです。わりと、自分が全体にかかわることの方が多かったから、この作品ではひとつの役割があるっていうのも新鮮でした。
—藤田さんから「又吉さんにはいろいろとリクエストした」と伺いましたが、それはむしろ楽しかったということですか?
又吉:そういうのは、結構自然なことやなと思っていて。すぐにサッカーの例えするなって言われるんですけど、もともと左サイドバックやのに、年齢上がってきたらだんだん真ん中やらされてて、「俺、ここちゃうねんけどな」って思いながらも、いつの間にか全部できるヤツみたいになってて、自分の心の中では「ほんまは一番端っこにおらなあかんのに」っていう感じはあったんで。
そういう意味で、穂村さんが書いた文章の中で、寺山は「多面体」みたいな言葉で表現されていたことがあって、すごく納得したんです。だから、この舞台に関しては僕もひとつの面として、ちょっとした気持ち悪さとか、違和感が出せればいいなとは思ってます。
もし寺山が藤田くん演出の『書捨て』を観たら、結構、喜ぶんじゃないかと思うんです。(穂村)
—今回の再演は、どんな構想がありますか?
藤田:僕は、再演といっても本当にまるまる変えちゃうところがあるんですけど、今回は、きちんと3年前のテイストがあった上で、内部を新しくしていこうと思っています。
—もっと、ディティールを詰めていきたいとお話をされていましたね。
藤田:3年前はコラージュっていうことを強く意識しすぎたと思ってるんですよ。ちょっと雑だったなって思う部分はあったりして。
例えば、ウサギはどうやって死んだのか、とか、それは新宿のどこなのか、とか、映画の原作でも説明されていないことはそれでいいって思っちゃった部分があったんです。だから、端折られているいろんな描写を、もうちょっと僕が補足的に書いていこうと思っていて。そういうところは、丁寧にやっていきたいなと思ってます。
—初演とはだいぶ変わりそうですね。
藤田:そうですね。寺山は、当たり前に気になるところとか知りたいところも雰囲気でやっちゃってるところがあるから。それは、僕が33歳になって思うんですよ。マームとジプシーに対して思うことがあるように、同じく33歳ぐらいの寺山が、思うことややるべきことってあったと思っていて。
寺山さんの仕事について、ちょっと思うところは、いくつもあるんです(笑)。だから、そういうところをもうちょっと僕なりに丁寧にやっていくことで、もっと良くなるんじゃないかなと思っています。
—それを寺山の個性として、許してはあげないんですか?
藤田:初演の時は、まぁ寺山修司だからオッケーだよね、みたいなところはあった気がします。あのときに十分許した部分はあると思うので、今回は甘やかしすぎないようにしたいと思っています(笑)。
穂村:こんなことを言ったら無責任ですけど、もし寺山が藤田くん演出の『書捨て』を観たら、結構、喜ぶんじゃないかと思うんです。何しろ『書を捨てよ町へ出よう』というメッセージを、捨てるべき本のタイトルにするような逆説的な感性の持ち主ですから(笑)。
藤田くんのハイセンスな作品を見て、激怒するような甘さは寺山にはなくて、受け入れるんじゃないかっていう予測なんですよね。それで怒るような人だったら、とっくに古くなっているだろうし。その方向でさらに超えてくるものを目指すくらいのノリじゃないかなと思うんです。
- イベント情報
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- 『書を捨てよ町へ出よう』
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上演台本・演出:藤田貴大(マームとジプシー)
作:寺山修司
出演:
佐藤緋美
青柳いづみ
川崎ゆり子
佐々木美奈
召田実子
石井亮介
尾野島慎太朗
辻本達也
中島広隆
波佐谷聡
船津健太
山本達久
映像出演:
穂村弘(歌人)
又吉直樹(芸人)
佐々木英明(詩人)東京公演
2018年10月7日(日)~10月21日(日)全16公演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
料金:一般前売4,800円 一般当日5,300円 65歳以上4,300円 25歳以下3,800円 高校生割引1,000円長野公演
2018年10月27日(土)、10月28日(日)
会場:長野県 サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター) 小ホール青森公演
2018年11月3日(土・祝)、11月4日(日)
会場:青森県 三沢市国際交流教育センター北海道公演
2018年11月7日(水)~11月8日(木)
会場:北海道 札幌市教育文化会館 小ホールパリ公演
2018年11月21日(水)~11月24日(土)
会場:フランス パリ日本文化会館
- プロフィール
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- 藤田貴大 (ふじた たかひろ)
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マームとジプシー主宰/演劇作家。1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。07年マームとジプシーを旗揚。以降全作品の作・演出を担当する。11年6月-8月にかけて発表した三連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。演劇作品以外でもエッセイや小説、共作漫画の発表など活動は多岐に渡る。
- 穂村弘 (ほむらひろし)
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歌人。1962年札幌市生まれ。1985年より短歌の創作を始める。2008年『短歌の友人』で伊藤整文学賞、「楽しい一日」で短歌研究賞を受賞。2017年『鳥肌が』で講談社エッセイ賞を受賞。歌集『シンジケート』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』、詩集『求愛瞳孔反射』、エッセイ集『世界音痴』『にょっ記』『絶叫委員会』『野良猫を尊敬した日』、近著に歌集『水中翼船炎上中』。他に対談集、短歌入門書、評論、絵本、翻訳など著書多数。
- 又吉直樹 (またよし なおき)
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1980年6月2日生まれ。大阪府出身。高校卒業後、芸人を目指して上京しNSC(吉本総合芸能学院)に入学。2003年、同期の綾部祐二と共にお笑いコンビ・ピースを結成。2010年、キングオブコントで準優勝、M-1グランプリで4位に輝く。芸人活動と平行し、エッセイや俳句など文筆活動も行う。2015年1月、文芸誌『文學界』において『火花』を発表し純文学デビュー、第153回芥川賞を受賞する。2017年3月、小説第二作となる『劇場』を発表した。現在毎日新聞で『人間』を連載中。
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