短編オムニバス映画『十年 Ten Years Japan』が、11月3日に公開される。是枝裕和総合監修によるセンシティブな社会問題を扱う作品群は、フィクションでありながら「そこにあるかもしれない未来」の姿を生々しく射抜く。5つの短編作品の中でもセンセーショナルなのは、石川慶監督による『美しい国』だ。広告代理店の若手男性と、ベテランの女性デザイナー2人を中心に「徴兵制」が存在する社会を描いている。
今回、石川慶監督の希望により、2018年7月に東京メトロ国会議事堂駅、霞ヶ関駅をジャックしたことで話題となった、ケンドリック・ラマーの来日広告を手がけたThe Breakthrough Company GOのクリエイター・飯塚政博との対談が実現した。弱冠24歳の飯塚と石川監督が語り合う、「広告」と「社会」の関係性について。
クリエイティブのアイデア自体よりも、「この広告が世に出た」という事実が一番の価値だと僕は思っていて。(飯塚)
—今回の対談は、石川監督から飯塚さんへのオファーがあって実現しました。どういった思いがあったのでしょうか?
石川:『美しい国』は、徴兵制の広告を手がける広告代理店の社員と、自身で事務所を構えるベテランのデザイナー2人の話です。広告を題材にしているからこそ、その分野で働く人から見るとどうなのかな? と、ずっと気になっていました。そんな中で、あのケンドリック・ラマーの広告を見つけて、ぜひ飯塚さんに話を聞いてみたいなと。
飯塚:とにかく光栄です。
—黒塗り文書の上に、ケンドリック・ラマーの最新アルバムタイトル『DAMN.』という文字を重ねた広告は、かなりショッキングなものでした(参考記事:ケンドリック・ラマーの黒塗り広告が突如、霞ヶ関駅&国会議事堂前駅に出現)。飯塚さんご自身への反響はいかがでしたか?
飯塚:まさしく賛否両論でした。ヒップホップやラップミュージックのリスナーの中には、批判的な見方をする方も多かったと思います。一方で、広告、マーケティングの領域に関わるクリエイターからは、手法を褒めていただけることが多かった印象です。
僕自身がヒップホップの文脈に関心が強いので、ケンドリックと政治的な要素を絡めることのリスクは理解していました。世界的な表現者のフィールドに、広告のプロモーションをする側の意志が入り込んだように見えたことが理由なのかなと考えていますが、異例の大反響だったのも事実ですね。
—政治的なメッセージを広告として打ち出すというのは、非常にハードルの高いことだと思います。実施の過程でもかなり苦労をされたのでは?
飯塚:クライアントを含むチーム全体で成し遂げたのが、この企画です。クリエイティブのアイデア自体よりも、「この広告が世に出た」という事実が一番の価値だと僕は思っていて。媒体社との向き合いは特に肝の部分でした。プロデューサーが、掲出先である東京メトロに対して丁寧に向き合い、リスクを理解してもらいながら、しっかりと思いを伝え続けてくれたからこそ実現できました。
企画者として僕に光を当てていただいているけど、さまざまな人の尽力があって、形になっているんです。なんと言っても、この企画を通してくれた広告主のユニバーサルミュージックの強い意志があったからこそですね。
—飯塚さんが所属する会社「GO」は、「ブレイクスルーカンパニー」と銘打ち、企業のコミュニケーション活動に関わる業務を行なっていますが、日頃からそうした意識をお持ちなのでしょうか?
飯塚:「GO」は、意志のないクライアントとは仕事をしない、と決めています。ただバズらせたいというような曖昧な目的ではなく、意志と信念に基づいたコミュニケーションのお手伝いをしたい。コリン・キャパニックを起用したナイキの広告「Believe in something. Even if it means sacrificing everything.」もそうですが、広告は社会との関わりが大きいからこそ、会社も個人も、しっかりと意志と信念を持つべきだと思います。
石川:飯塚さんが手がけたケンドリック・ラマーの広告のどこに惹かれたかと言うと、政治的なメッセージを先立たせるのではなく、あくまで主体は「ケンドリック来日」というニュースなんですよね。それをあえて社会的なメッセージとぶつけている。優れた広告人が持つ、しなやかな遊び心を感じました。今おっしゃっているような、個人として意志を持つということをすでに実践されているんだと思います。
組織人である以前に、個人であるということに自覚的にならなければいけない。(飯塚)
—『美しい国』は、『十年 Ten Years Japan』という短編オムニバスのプロジェクトの中に組み込まれたひとつの作品です。非常にセンシティブな「徴兵制」という題材を取り上げていますが、どのように着想されたのでしょうか?
石川:総合監修を務める是枝監督から「10年」と聞いて、色々と考えました。来年ではなく、100年後でもなく、10年。全く想像できないわけでもないけど、具体的にはわからない。なんとなく、生活と地続きにあるような感覚はあるけど、どうなっているんだろうかと。
—10年後、わかりそうでわからないですね。
石川:まずは、2020年より先の未来について考えました。それでひとつ気づいたのが、『東京オリンピック』が決まってから、テレビの仕事で「日本ってすごいよね」という企画が通りやすくなったことです。それ自体は決して悪くないのですが、「これが受けるから」という理由で「日本すごい」みたいな企画を出していくと、そういった番組ばかりが増えてしまって、ちょっと偏るのかもしれないと思いました。
そういった中で、映像作品を手がける自分のやっていることが、どういう未来に繋がるのか想像しなければならないと考えたんです。『美しい国』という映画の根幹にあるメッセージは、作り手がどう仕事と向き合うべきなのか、といったものですね。
飯塚:なるほど。広告代理店の社員を中心に据えた理由はどういったものなのでしょうか?
石川:テレビやCMの仕事には、必ず広告代理店が間に入って指揮を取ってくれます。責任者としての役割を果たす場合が多いですよね。けれど、そんな中で、個人の意志ではなく不要な忖度とか自主規制によって、暗黙の了解みたいなものができていくということが時々ありました。自分の意見を言うのであればいいんだけど、なんとなく決まっていく、流れていくということに危機感を覚えたんです。
飯塚:特に印象深かったのが、冒頭のポスターの破れ目を指摘するシーンでした。主人公は広告キャンペーンの全体の輪郭が見えていなくて、些細な破れ目にしか気づけなくなっているんですよね。そこにヒヤッとしました。観ている側は「徴兵制」にギョッとしているのに、主人公にとっての問題はそんな小さいところなのか、と。
—目上の人には気を使うけど、現場で作業している人には容赦なくやりなおしを告げる。そんな組織的な歪さも、あのシーンには現れていますよね。飯塚さんは、実際に広告業界で働く立場から、リアルに感じましたか?
飯塚:代理店の社員らしいな、と思って苦笑いしてしまいました。大賀さんの演技も素晴らしいですよね。僕はまだキャリアも浅いので、運よくケンドリック・ラマーの広告は実施できたけど、広告や会社のことがなんでもわかるなんてことはありません。そんな自分でも、組織人である以前に個人であるということに自覚的にならなければいけない、と感じました。システムの中に馴染みすぎて全体の違和感に気づくことなく、情報やコンテンツを横から横へ流していく、ということをしてはいけないですよね。
理不尽なことの中で、「自分がやりたいのはこういうことだ」と、ぐらつかない芯を持つことが大切だと思います。(石川)
—作中に登場するベテランのデザイナー・天逹さんは、個人としての意志を持つキャラクターとして描かれていますね。
石川:天逹には、実はモデルになっている人がいるんですよ。人形アニメーターの真賀里文子さんという80歳くらいの作家さんです。映像の企画を相談しに絵コンテを描いて持っていくと、必ず夕食を用意してくれていて。
—まさしく天逹さんですね。
石川:それで、絵コンテを見ながら、「子供だったらこう振る舞うでしょ? クライアントはこう言うかもしれないけど、絶対こっちのがいいよ」って、提案してくれるんです。
作り手にそういうしなやかな遊び心があれば、出来上がってくる広告は変わってくる。最近そういう広告をなかなか見ないなと思っているところで、ケンドリックの広告を目にして、いいなあって。
—広告はあくまでクライアントのメッセージが主体にあり、なにを言うかを選ぶことはできない。そんな中で、クリエイターはどんな姿勢で向き合うべきだと石川さんは考えますか?
石川:主義主張に合うものだけをやるのも、ひとつの手段だとは思うんですけど、実際のところ徹底するのは難しいですよね。例えば映画であれば、関わる人や会社が多くなるので、それぞれ事細かく把握できるわけでもない。調整を重ねる中では理不尽なことも起きるし、自分自身が無自覚の間にそうした構造的な理不尽に加担している可能性すらあります。でもそこで、「自分がやりたいのはこういうことだ」と、ぐらつかない芯を持つことが大切だと思います。
メッセージを、どういう方法で社会に届けるのかを考える。この技術は社会をよりよいステージへ導くことができると信じています。(飯塚)
—飯塚さんには、徴兵制のPRを実際に行うとなったらどのような企画になるのか、少し考えてきていただいているんですよね。
石川:これ、相当難しい課題なのでは……(笑)。
飯塚:正直に申し上げて、今までのお題の中で一番難しかったです……(笑)。個人の主義や主張とは関係のない、ある種の思考実験のようなものという前提で考えました。
飯塚:一番の課題は、徴兵制がなにを仮想敵とするかです。若年層の徴兵制に対する認識は曖昧で、なにと戦うのかよくわかっていない。そこを定義していくことがまず必要かなと。例えば、ヘイトスピーチだったり、マイノリティへの差別だったり、ネガティブなトピックに対抗する手段として徴兵制を位置付けることです。
石川:なるほど。『美しい国』の中では曖昧にされている部分ですね。
—アメリカのニュース雑誌『TIME』の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」で「沈黙を破った人たち」が取り上げられているように、理不尽に対抗する人をエンパワーする潮流とも一致しますね。
飯塚:そうですね。ここを表現のフックにすべきなのかなと。ただ徴兵されるのではなく、「理不尽に立ち向かう」と捉えなおしてみるといったことを考えてみました。
石川:なるほど……。自分の中でも解像度の低かった部分がクリアになったように思います。僕は『美しい国』で徴兵制反対と言いたかったわけではなくて、今の若者が感じている社会に対する違和感や疑問について言及したかったんですよね。なにと戦うのかわからない、戦場でどういう気持ちを持つべきなのかわからない。そこに問題がある。
広告って、ふわっとさせることも多いじゃないですか。作中で主人公の渡邊が手がけている広告の気味の悪さは、その曖昧さ。今打ち出されたアイデアは、そこがしっかり明確になっていて、徴兵制に賛成なのか反対なのか? っていうことをしっかり問うているんですよね。
飯塚:まさしく、そこがポイントなのかなと思いました。目的と対象をしっかり定義していくということが重要ですよね。今回は意見を持たせるための導線設計という風に自分の中で課題を捉えなおしました。
—無茶振りにお応えいただき、ありがとうございます。『十年 Ten Years Japan』は近い未来を描いた作品ですが、これからの広告は、どのように変化していくのか、飯塚さんはどのようにお考えですか?
飯塚:従来の広告という産業は変わっていかなければならないと思っていますが、広告やPRの発想は社会に必要だと感じています。なぜなら、なにかのメッセージを、どのように社会に最も広く深く届けるのかを考えることは、コミュニケーションに限らずあらゆる領域において有効に機能するからです。この技術は社会をよりよいステージへ導くことができると信じています。そういった仕事に、意志を持って向き合っていきたいですね。
石川:今から撮りなおしたら『美しい国』は全く別の作品になりそうです(笑)。ありがとうございました。
飯塚:いえ……本当に恐縮です。続編があればぜひご協力させてください(笑)。こちらこそありがとうございました。
- 公開情報
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- 『十年 Ten Years Japan』
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2018年11月3日(土・祝)からテアトル新宿ほか全国で順次公開
『PLAN75』
監督・脚本:早川千絵
出演:
川口覚
山田キヌヲ
牧口元美
ほか『いたずら同盟』
監督・脚本:木下雄介
出演:
國村隼
ほか『DATA』
監督・脚本:津野愛
出演:
杉咲花
田中哲司
ほか『その空気は見えない』
監督・脚本:藤村明世
出演:
池脇千鶴
ほか『美しい国』
監督・脚本:石川慶
出演:
太賀
木野花
ほかエンディングテーマ:Kan Sano“I'm Still In Love”
配給:フリーストーン
- プロフィール
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- 石川慶 (いしかわ けい)
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東北大学物理学科卒業後、アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキーらを輩出してきたポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。これまで短編作品を中心に活動しており、黒澤明記念ショートフィルムコンペティション佳作、札幌国際短編映画祭最優秀脚本賞スペシャルメンション、伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞審査員奨励賞などを受賞。映画、テレビドキュメンタリー、CMの他、舞台演出も手がける。2007年には東京国立美術館フィルムセンターにてポーランド短篇映画選を企画、運営。インドネシア日本共同制作ダンス作品『To Belong』や、イランの名匠アミール・ナデリ監督作『CUT』などにも参加。平成19年度文化庁新進芸術家海外研修制度、映画監督部門研修生。妻夫木聡、満島ひかり主演『愚行録』(2017年公開)で、長編監督デビューを果たす。最新監督作は、恩田陸原作「蜜蜂と遠雷」。
- 飯塚政博 (いいづか まさひろ)
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The Breakthrough Company GOプランナー / コピーライター。慶應義塾大学経済学部を卒業後、GOにジョイン。ケンドリック・ラマー来日プロモーション「黒塗り広告」プランニングや、BACARDI「Over The Border」のコピー、バンドDATSのTOWER RECORDS「NO MUSIC, NO LIFE!」シリーズのコピーなどを手がける。
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