ササノマリイの約1年半ぶりの新曲“MUIMI”は、彼にとっての明確な新境地だ。これまではエレクトロニカやゲームミュージックの影響下にあるような、コラージュ色の強い繊細な音作りを持ち味とし、盟友であるぼくのりりっくのぼうよみへの提供曲ではビートの強い曲もあるにはあったが、ここまで現在進行形のベースミュージックに接近したのは初めて。本作完成までのプロセスを、ササノマリイは「修業」であり「破壊」であったと語る。
また、この1年はササノマリイにとって、改めて自分が音楽を続ける理由を問い直すような期間でもあった。<いつも無意味なんだ>と歌う“MUIMI”には、ササノマリイの抱える葛藤や矛盾が反映されているであろうことはまず間違いないだろう。くしくも先日ぼくのりりっくのぼうよみが「自由になりたい」と「辞職」を表明したばかりだが、ササノマリイはこの曲で<踊り続けるんだ 君と ねぇ>と歌っている。この1年間の逡巡について、じっくりと話を聞いた。
僕の心境、感情、環境、年齢含め、今の時期を逃したら、もう出せないと思った。
—“MUIMI”は、昨年ぼくのりりっくのぼうよみ(以下、ぼくりり)とコラボしたEP『game of life』以来の新曲となります(参考記事:ぼくのりりっくのぼうよみ×ササノマリイのカップルみたいな対談)。つまり、この1年半は外向きに開けた活動をしていたわけではなく、どちらかと言えば内向きな、試行錯誤の期間だったのかなと。
ササノ:一言で表すならば、「修業」の期間でした。これまで曲を作るプロセスはずっと同じだったんですけど、作り方を全部変えてみようと思って、そのための修行でだいぶ時間を食いましたね。
—確かに、“MUIMI”は現在進行形のベースミュージックのテイストが強く、これまでの作風とは一線を画しています。そもそも、なぜ「変えよう」と思ったのでしょうか?
ササノ:僕はそれなりにいろいろなジャンルの音楽を聴いていて、もともとこういうタイプの音楽も自分の中にはあったわけです。ただ、自分の作品としては出してこなかった。それは、そういうタイプの曲を自分が納得する形で作る技術がなかったわけなんですけど。
—今回のタイミングで、そこにトライしてみようと思った?
ササノ:今しかないかなって。僕の心境、感情、環境、年齢含め、今の時期を逃したら、もう出せないと思ったので、新しい作り方をしてみようと思ったんです。
—『game of life』はササノさんのいろんな側面が1枚に詰まっていたと思うんですけど、あれを出したことで、「一区切り」みたいな感じだったのでしょうか?
ササノ:というよりは、わりと見切り発車なんですけど(笑)。「前がこうだったから、こうしよう」みたいなことはそんなになくて、「今しかないな」って思ってしまったがゆえに、走り出してしまった。それに尽きるかな。
—「作り方を変える」というのは、具体的にはどう変えようと思ったわけですか?
ササノ:今まで僕が作ってきた音楽っていうのは、すべての要素を溶け合わせる感じだったと思っていて……。
—「コラージュ的」ということ?
ササノ:というか、音、言葉、メロディーの組み合わせが、ひとつの塊になるように、溶け込むようにしていたんです。今までは言葉が音の沼に沈んでいるような形だったとすれば、今回は言葉を音の上に置くというか。
—それって、言葉を前に出すことで、よりメッセージを明確にしたかったということでもあるのでしょうか?
ササノ:いや、あくまで作り方をそう変えようと思っただけですね。「ササノマリイ」という名前で活動を始めて、それまで(「ねこぼーろ」名義)できなかったことができるようになるんじゃないかと思い、幅は広げてきたけど、曲作りのプロセス自体は一貫していたと思うので、それを壊してみたくなったんです。
で、壊すんだったら、今壊さないともう壊せなくなっちゃうというか、怖くなっちゃう気がしたんですよね。今回アートワークやミュージックビデオでも僕が前に出てるんですけど、本来僕はできるだけ前に出たくない人間なんです。でも、それも今やらないとこの先できなくなりそうな気がして、「やるなら今しかない」って。
—「行き詰まった」とかではなく、「今やっておかないと」という衝動に駆られたと。
ササノ:そうですね。「壊す」という行動をしたことによって、結局しばらく行き詰まっちゃったんですけど(笑)。
今は高校生がものすごいクオリティのものを作ってたりする。……羨ましいんですよね。
—資料には「UK Club Music、特に新世代ジャンルである“Wave”の流れを汲み」とありますが、実際にいろいろWaveを聴いて参考にしたのか、それとも、できあがったものが結果的にリンクしたのか、どちらが近いですか?
ササノ:知らない人に伝えるのであれば、資料に書いてある言葉の表し方になるんだろうなってくらいで、自分が聴いてきたものが総じてWave系だったのかはわからないですね。ただ、自分がいいなって思った今の音がそれだっただけというか。
—Waveはまだ歴史も浅いし、かなり曖昧なジャンル名ですもんね。ざっくりと「現在進行形のベースミュージック」ということになるのかなと思うけど。
ササノ:「波のように、たゆたうもの」って、トリップホップ以上に漠然としてますよね(笑)。ジャンルで説明しないと伝わりづらいっていうのはわかるんですけど、ジャンルというものがもうだいぶ意味をなさなくなってきたなとは感じます。
—ただ、Waveの成り立ち自体は面白いなと思っていて。まだ実際にクラブに行ってない若いトラックメーカーが音源をオンラインで共有して、そこからシーンが作られていったというのは、中学生の頃からパソコンで曲の打ち込みをやって、高校生の頃にはニコニコ動画に投稿をしていたササノさん(参考記事:ササノマリイが語る、ぼくりりなどがカバーした名曲ができるまで)と重なるものがあるのかなって。
ササノ:なるほど。でも、今Waveの主流になってる人たちと、僕自身の音楽への向き合い方は決定的に違うと思います。今って、すごく気軽に音楽を作れる環境があると思うんですね。言ってしまえば、ツールさえあれば誰でも音楽が作れる。iPhoneでも、普通に配信できるくらいのクオリティのものが作れちゃう。
Waveを担ってるのはそういう層だと思うし、そういう音だとも思ってます。血なまぐさはまったくないですよね。SoundCloudの感じがすごくする。なにも削るものがない付き合い方というか、いい意味で、気楽な音楽との付き合い方だと思うんです。でも、僕はわりかし音楽に依存してるので。
—確かに、そこは決定的に違うと。
ササノ:僕がニコニコ(動画)でやってたときは、プロの人も入ってきたタイミングで、僕の存在を認めてもらうためには「この人たちの上をいくものを作らなくちゃ……でも、上ってなんだ?」みたいな(笑)。「自分にしかできないものとは?」という自問自答を繰り返していて。
そのときも周りのクオリティはすごく高かったんですけど、今は今でまた違った意味でクオリティが高い。特にフューチャーベースがそうだと思うんですけど、Kawaii Future Bass(かわいくてポップなエレクトロニックサウンド。提唱者であるSnail's Houseは、発表し始めた当時10代だった)とかだと、高校生がものすごいクオリティのものを作ってたりする。ツールとの相性がすごくいいんだろうなって思うんですけど……羨ましいんですよね。手足のように音を扱ってるというか。
「ねこぼーろ」名義。2011年5月投稿曲
—Waveはむしろそっちに近いと言えるかもしれない。
ササノ:作ることに敷居を感じてないような自由さを、すごく感じます。僕は逆に作り始めた当初から「こうあるべき」みたいなものがすごくあったんですけど、今回はそれを壊す作業でもあったんです。
僕が聴いてきたクラブミュージックと、今のWaveは全然違うんですよね。生まれて初めて人型ロボットに出会ってしまった感じ。
—実際の曲作りに関しては、最近のベースミュージックは基本音数が少ないので、詰め込み型のササノさんとしては、まずはその違いを……。
ササノ:(渋い顔)
—難しい顔してる(笑)。
ササノ:確かに、僕はもともと足し算派の作り方で、でもその作り方だと絶対今の時代の音にはならないです。ただ、自分の中で音楽に対して依存度があるからこそ、「僕に作れない音がある」というのは嫌なんです。すごく悔しくなる。音というものが、自分の手足のように扱えるものではなくなってしまうことへの恐怖がすごくて。
今の人の音を聴くと、自分のルーツとはまったく別物だったりするから、正直最初は響かなかったし、なぜ人がそれを「いい」と言うのかがわからなかった。それがまた悔しいんですよ。「音楽なのに」っていう。
—依存度が高いゆえに、わからないことの悔しさも大きいと。
ササノ:今までは、自分が「こういう音楽をやりたい」とは思わなくても、「この音楽はこういう部分が人に響いている」というのが自分なりに解釈できたけど、最近新しいジャンルとして出てくるものはニューエイジ過ぎて。もちろん、そこにもルーツとかはあるんだろうけど、最初は理解できないから、それを理解しなきゃと思って……修行を(笑)。
—その「理解できない」みたいな感覚は、初めての感覚だった?
ササノ:「これが響く層があるんだ」っていう、その得体の知れなさは初めてでした。それは自分が老いてきたということなのかもしれないけど、アンテナが錆びるのはすごく怖いんですよ。そういう音楽がメジャーになって、自分のわからない世界が一面に広がったときに、居場所のなさを感じるのもすごく怖い。だったら、「じゃあ、知ろう」っていう。
—そこで分かれる気もしますけどね。「俺は俺だ」ってなる人もいると思う。
ササノ:音楽を作ってる人はものすごくいっぱいいて、ジャンルもものすごくたくさんあって、聴く側はその中から選べるわけじゃないですか? でも、僕は作る側として、できる限り手を広げておきたいと思ったんですよね。
—じゃあ、修業は自分が手を動かす以前に、解析が重要だったと。
ササノ:そうですね。僕が聴いてきたいわゆるクラブミュージックと、今のWaveは全然違うんですよね。僕が知ってるのはもっと有機的というか、生楽器が後ろに見えるんですけど……見えないんですよ、新しいやつは。
生まれて初めて人型ロボットに出会ってしまった感じというか、音楽なんだけど、「これは知らんぞ」みたいな。なので、まずはSpotifyでいっぱい聴いて……今まで自分が見てきた世界は、そこそこ狭かったんだなって、衝撃を受けました。
—その解析作業を経て、自分なりに形にしたものが“MUIMI”だったんですね。
ササノ:解析できたのかはわからないけど、僕なりにそれを「こういうものかな」って、かみ砕くことはできたんじゃないかって感じですね。
どんなものにも意味があると思う反面、「僕自身には意味があるのかな?」という自己問答がずっと続いている。
—それにしても、1年がかりの、かなりのチャレンジでしたね。
ササノ:そうですね。今までやってきたものとはだいぶ違うと思うので、これを「ササノマリイ」という名前で出してもいいのか、悩んだ時期もありました。もうちょっと経ったら、もっと自由に、それこそ、人から見たら無意味だと思うくらいの葛藤から解放されるのかもしれないけど、もしかしたら、一生解放されないのかもなとも思ったり。
—“MUIMI”の歌詞には、今言ってもらったようなササノさんの心情がストレートに表れているようにも思います。
ササノ:僕自身の中には常に矛盾があって。どんなものにもなにかしらの意味があると思う反面、「僕自身には意味があるのかな?」という自己問答がずっと続いていて。
まあ、「なんのために生きてるのか」とかはどんな人も考えると思うし、それに対しての救いも、なにかしらあると思うんです。「守るべきもの」とか、「君には音楽があるよ」みたいな言葉もそうかもしれない。なんにしろ、「救い」は外部にあって、それを提示することはできると思う。
でも、僕自身はそういうことを歌わなくていいと思っていて。「君は君だよ」みたいなことは、それを言う人が言ってくれればいい。この曲は、「僕が無意味ってものを表現するのであれば、こうなります」というか、存在するのかもわからない「無意味」との付き合い方は、こんな感じかなって。
ササノマリイ『MUIMI』(Apple Musicはこちら)
—「音楽に依存してる」という話がありましたけど、僕には音楽に対するラブソングのようにも聴こえました。<手を伸ばしても 届かないな>と歌いつつ、<踊り続けるんだ 君と ねぇ>とも歌っているのは、音楽との距離を表してるようでもあるなって。
ササノ:なるほど。これを聴いて、なにかを思ってくれたのであればそれは嬉しいんですけど、僕は「これはこういう歌です」って限定するのはできる限り避けたくて。その人なりに受け取ったものがあればいいなって。
歌詞は、ある意味今までと同じ作り方で。歌詞に関しては僕はなにもできないので、出るものしか出ないと思うんです。ただ、今回は葛藤したり、自己矛盾と戦ったりする時間が長かったので、もしかしたら、今までとは違う言葉の表し方になってるのかもしれないですね。
自分の手に余るものが好きなのかもしれないですね。その中であがくことができるから。
—最後に、先日「辞職」を発表したぼくりりさんの話も少しできればと思うんですけど、まず単純に、あの発表をどのように受け止めましたか?
ササノ:「ぼくりり」のことはすごく尊敬してるし、大好きなんですけど、彼はただ「ぼくりり」をやめるだけというか。彼自身はこれからも生き続けるし、普通に友達なので……彼が選んだ選択肢に対して、こっちはなにも言うことがない。彼が次の動きを考えていて、したいことをするのであれば、それをすればいいと思うし。
でもまあ……「お葬式」(ぼくりりのラストライブのタイトルが『通夜・葬式』)って、すごいですよね(笑)。すごい生き方をしてるなって思います。自分の作る音楽に反映されるとかではないけど、生き様にはものすごく感化されますね。
—ぼくりりさんは「辞職」の理由として、「自由になりたい」という言葉をテレビ番組(日本テレビ系『NEWS ZERO』)で使っていました。ササノさん自身も「自由になれたら楽なのに」という感覚はありますか?
ササノ:それは一生つきまとうんだろうなって思います。でも、僕は音楽をやめても解放はされないと思う。それこそ、僕の存在を消すしかない。作ってる上でも、自己肯定との戦いはずっとつきまとうし……この1年で、それが増してる気もします。
—この1年の修行というのは、音に対しての修行であると同時に、「自分をより深く見つめる」っていう、そういう修行でもあったのかなと。
ササノ:そうですね。今までの自分のやり方を意図的に変えることによって、より「自分とはなにか」と戦う羽目になって、それを経た上での言葉が歌詞になってるんだと思います。
他人に対しては、「気にしてもしょうがないよ」みたいなことを言えるけど、でも自分自身がそうできてないっていう。そこもまた矛盾なんですよね。だから、曲は人生の経過報告みたいなものかな。「燃え尽きるまでは」みたいな。
—今後に関しては、“MUIMI”の方向性をもっと突き詰めたい?
ササノ:次も同じスタイルで行くかどうかはまだわからないですけど、今回作ったものを踏まえて、また新しいものができたら嬉しいです。気分が変わると、そのときの感情で音も変わると思うんですよね。だからこそ、完成し切ってしまうとダメだと思っていて。自分の中で完成し切ったものっていうのは、ものすごく偏った考え方で完成されてるんだと思うんです。
もしかしたら、自分の手に余るものが好きなのかもしれないですね。その中であがくことができるというか、わからないものがあるからこそ、思いがけず知らないところに行けそうな気もする。そこにずっと挑戦していきたいです。
- リリース情報
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- ササノマリイ
『MUIMI』 -
2018年11月14日(水)配信
- ササノマリイ
- プロフィール
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- ササノマリイ
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UK Club Music、特に新世代ジャンルである「Wave」の流れを汲み、耳に残るメロディラインと融合された深度のあるサウンドデザインが特徴的なビートメイカー / プロデューサー / シンガー。2017年には映画「3月のライオン」の主題歌になった「ぼくのりりっくのぼうよみ」の“Be Noble”のサウンドプロデュースをするなど、プロデューサーとしても多くのアーティストの作品に参加。また、過去の映像作品が動画サイトVimeoのstaff picks、アヌシー国際アニメーション映画祭2016委託作品部門(フランス)、Anifilm(チェコ)、Golden Kuker-Sofia(ブルガリア)など数々の映像、アニメーションfestivalにて入賞するなど、音楽のみならずアート方面での注目度も高い。
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