30代を迎えた手嶌葵 あこがれの女性に近づくためのステップ

やさしい歌声の奥にある、凛とした強さ。現在の手嶌葵から感じるのは満ち溢れる「生み出すよろこび」、そして自身の道を突き進む「カッコよさ」だ。

幼いころから映画が好きで、音楽のルーツは映画音楽にあるという彼女。これまでも映画音楽のカバーアルバムを発表してきたが、2012年以来久しぶりに映画音楽のカバーアルバム第4弾『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』を発表する。コンセプトは「いま、手嶌葵が歌いたい映画音楽」。10代の女の子から30代を迎えひとりの女性として、道幅や景色がますます広くなったのだろう。彼女は日常に潜むきらめきをとらえ、よろこびを音楽の中に息づかせる。チャーミングに「歌うことが幸せ」と言い切れる手嶌葵の魅力の原点にある、あこがれの人、生き方、考え方。彼女がまなざしを向ける世界を紐解く。

いま、私が歌いたいものを選曲してみたら映画の曲ばかりでした。

—幼いころから、映画がお好きだったんですよね。どんなジャンルがお好きなんですか?

手嶌:ミュージカル映画が大好きで、とくに『パリの恋人』(1957年、スタンリー・ドーネン監督)や『メリー・ポピンズ』(1964年、ロバート・スティーブンソン監督)は数えられないほど何度も見ました。家にビデオテープがたくさんあったので、学校から帰ってくると時間があれば毎日映画を見ていましたね。

気に入ったら何度も見返すので、家族から「もういいよ!」と呆れられてしまうほど(笑)。全編見返すこともあれば、聴きたい歌のシーンだけ繰り返すこともあって、いまは仕事の合間にスマホでよく見ています。

手嶌葵

—ご家族で映画を見ながら歌うこともあった、と別のインタビューで拝見して驚きました。なかなか珍しい光景だと思うのですが、本当ですか?(笑)

手嶌:珍しいのでしょうか?(笑) 我が家は映画を見ながら歌うことが多かったです。立ち上がって歌うわけではなくて、「ふんふん♪」と鼻歌程度に。ときどき母と目があって、「やっぱりいい歌やね」なんて言い合いながら見ていました。映画を見ていないときでも、私が鼻歌を歌っていると、兄がハモってきてくれることもありますね。

—今回のカバーアルバム『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』にも、幼いころから歌われている曲が入っていますか?

手嶌:はい、幼いころから歌っているお気に入りの曲が多いです。“On The Street Where You Live”(映画『マイ・フェア・レディ』より)や“Tea for Two”(映画『二人でお茶を』より)、“Cabaret”(映画『キャバレー』より)、“Cheek to Cheek”(映画『トップ・ハット』より)もそうですね。新しく覚えたのは“Young and Beautiful”(映画『華麗なるギャッツビー』より)くらいです。

—だから曲を聴いていて、すっと耳に馴染む心地よさを感じたのかもしれません。手嶌さんの身体に染みついている曲だから、そっと宝物に触れたような柔らかさとよろこびがあって。選曲はどのように?

手嶌:はじめは映画音楽の縛りがなかったんです。お風呂場や鼻歌でよく歌う曲はなんだろうなと曲名を書き出して、スタッフさんたちからもアイデアをいただいて選曲しました。いま、私が歌いたいものを選曲してみたら映画の曲ばかりでしたね。

カッコつけていても意味がないし、中身がついていかないとあこがれの女性には近づけない。

—幼いころから口ずさんでいた歌ばかりと仰っていましたが、いまだからこそ楽しく歌えた歌はありますか?

手嶌:“Diamonds Are a Girl’s Best Friend”(『紳士は金髪がお好き』より)ですね。10代で歌ってもさまにならないと思うのですが、女の子から女性に変化してきたいまだからこそ、チャレンジしたいと思って歌った曲ですね。

—母性のようなものがプラスされた感覚を、たしかに感じました。

手嶌:いろんなモノを受け入れる余裕が出てきたのかなと思います。いままでは「私はこう歌います!」とわがままな部分もあったのですが、20代後半くらいから、一緒にやってくださっているバンドのみなさんの音を聴く余裕が出てきて、「こっちのほうがいいかもよ?」というアドバイスも積極的に受け入れられるようになりました。

バンドのみなさんとは、4、5年ご一緒しているんですね。みなさんが大好きすぎるので、鳴らす音をもっとしっかり聴いて私も変わっていきたい、と思って。前よりもすこし、耳が大きくなれたかなと思います。

—女の子からひとりの女性へと変化を感じたきっかけは?

手嶌:10周年で制作した『青い図書室』というアルバムの中で、加藤登紀子さんに2曲書き下ろしていただいたんですね。加藤さんはあこがれの存在で、彼女のようなかっこいい歌い手になりたいと思って書き下ろしをお願いしました。

加藤さんからいただいた曲を聴いて、「いまのままだとひょろひょろしていてダメだ。もっと自分の中に信念や覚悟がないと歌えない歌だ」と思って。それでこの2曲を歌うために自分と真剣に向き合って、いろいろと考えたんです。加藤さんからいただいた2曲をきっかけに、もっと素敵な人になりたいという責任感のようなものが芽生えたと思います。

加藤登紀子が書下ろした手嶌葵の“想秋ノート”

—「あこがれ」に近づこうと思っても、答えがなくて難しいですよね。

手嶌:どうするとあこがれの女性のようになれるのか、なかなか難しいですよね。かっこつけていても意味がないし、中身がついていかないと近づけないでしょうし。上辺だけでなくて、声でも説得力を持たせられるようになれたらいいな、と思っていて。

そういうときに、昔は成長したい気持ちがわーっと溢れて先走ってしまうこともありましたけど、いまはリラックスして楽しく歌うことも大事だと思うようになりました。考えることも大事だけれど、今回のアルバムでは好きな曲を自由に歌えて、私なりの女性らしさを出せたかな、と思っています。

加藤登紀子が書下ろした手嶌葵の“白い街と青いコート”

相手の話を聞くことはできるようになったかなと思います。

—手嶌さんのあこがれの女性像を伺いたいです。たとえば加藤登紀子さんのどのような部分にあこがれを抱きますか?

手嶌:加藤さんは、ものすごく自信に満ちあふれていらっしゃるんです。でも謙虚な気持ちもお持ちで、そのバランスが素敵なんですね。とてもスマートな方なので自分の意見もきちんとおっしゃるし、他の人の意見にも耳を傾けていらっしゃる。「こうしたらいいのでは?」と私へのヘルプも絶妙なタイミングでくださいますし、「葵さんの声は素敵ね」とやさしく声をかけてくださることもありました。

自信を言葉にしなくても、たたずまいだけで「私は私」と感じられる姿がかっこいいなと思うので、私ももうすこしだけ自信がつくといいなと思います。まだ緊張してばかりなので、「どうしよう」と迷うことも多くて。

—自信を持つことは、簡単ではないですよね。ここはあこがれの女性像に近づけたかな、と思う部分はありますか?

手嶌:そうですね……「相手の話を聞くこと」はできるようになったかなと思います。うなずいてもらえるとうれしいので、私もなるべくそうありたいと思って、実践しています。

普段しゃべる仕事ではないので、歌から好きなように感じ取ってもらいたいと思う反面、ここを聴いてほしいと言葉で伝えたい気持ちもあります。歌と言葉で思いを伝えられることはありがたいので、私も誰かの言葉に耳を傾けようと思っているんです。

主人公の「こんなところが素敵だ!」と思いながら歌うと、歌い方や響き方が変わってくるんです。

—『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』の収録曲には、女性が主演の映画音楽が多いですよね。彼女たちにもあこがれを抱きますか?

手嶌:そうですね。映画には、自分にないものを持っている魅力的な女性たちが多いです。それに、あこがれの女性たちになりきって歌うのはとても楽しくて。ものまねではなくて、オリジナリティーも出さなければいけないことに葛藤はありますが、その主人公の「こんなところが素敵だ!」と思いながら歌うと、歌い方や響き方が変わってくるんです。それはオリジナルにはない、カバーならではの楽しさですね。

—オードリー・ヘップバーンが出演する映画音楽は2作品(『マイ・フェア・レディ』『昼下りの情事』)も登場しますね。

手嶌:オードリー・ヘップバーンは、大好きなんです。お顔もですが、所作や喋り方もすべて美しい。見ているだけで幸せな気持ちになります。決してお歌が上手とは言えないのですが、だからこそ『ティファニーで朝食を』(1961年、ブレイク・エドワーズ監督)で歌った“Moon River”は味わいがありますし、『パリの恋人』でフレッド・アステアの熟練のパフォーマンスについていこうと、一生懸命歌って踊る彼女の姿にはげまされます。「彼女が頑張るなら私も頑張ろう」って。

—『マイ・フェア・レディ』(1964年、ジョージ・キューカー監督)の曲は、いかがでしたか?

手嶌:オードリーのことを「好き!」って思いながら歌いましたね。この曲を歌うシーンのフレッド・アステアの「いま僕は幸せなんだ」と、ひと目も気にせず恋に浸りきっている感じがとても好きで、こういうロマンチックな歌を今回はたくさん歌いたいと思ったんですね。人それぞれ恋焦がれるものや想いは違うと思うので、私なりの感情でオードリーに思いを馳せて歌ってみたんです。

『昼下りの情事』(1957年、ビリー・ワイルダー)は、もともとルイ・アームストロングの“C’est si bon”が好きで17歳くらいにレコードを買った記憶がありました。レコードを集めていたわけではないので、ただお気に入りとして手に取った思い出が残っています。

映画の中の登場人物たちの、ダメになりそうでも周りのよろこびを自分の力に変えて楽しめる姿が好きなんです。

—『紳士は金髪がお好き』(1953年、ハワード・ホークス監督)のマリリン・モンローも非常に印象的な女優さんですよね。

手嶌:彼女は色っぽい美しい女性、という印象がありますけど、とっても可愛らしくて頭のいい方ですよね。ハスキーだけれども可愛らしい声も出せる、彼女の歌声に、私はとくに惹かれているんです。役によってはあまり上手じゃないように歌うこともできたり、デュエットもこなせたり、きちんと歌声をコントロールできる才能のある方で。声の出し方が秀逸だなと思います。

—そんな風にマリリン・モンローの歌声を聴いたことがなかったです。歌手である手嶌さんだからこその気づきですよね。

手嶌:私も幼いころはそんなことを考えず、大人になって彼女の曲をきちんと覚えるようになってから理解できました。何度も曲を聴いていると、同じ言葉でも違う発音で細かいニュアンスを表現されていて、「マリリン・モンローってすごい!」と。人柄としてやさしさや可愛らしさを秘めているのも素敵なんです。彼女の歌はもっと歌ってみたいと思っています。

—映画作品の完成度や曲だけでなく、歌い手の人間性にも着目されているんですね。

手嶌:そうですね。映画の登場人物たちの表情や声、繊細な部分に注目すると実はストーリーにつながっていて、映画がより素晴らしく思えます。そして、オードリーやマリリンのように素敵な女性が出ていると、より幸せな気持ちになれますね。

作品としては頑張ることや、楽しさを思い出させてくれるハッピーな作品が好きです。映画の中の登場人物たちの、気持ちが沈みそうなときも、周りのよろこびを自分の力に変えて楽しめる姿が好きなんです。

ハッピーになれる方法がわかっているだけで幸せなことですよね。

—今回のアルバムにも、そうした手嶌さんのハッピーな作品を好きな側面が表れている気がしました。

手嶌:アレンジも原曲もロマンチックで、よろこびに満ちているアルバムになりました。恋や街のきらめきとともにワクワクしてもらえたらうれしいです。

—手嶌さんは人よりもロマンチックセンサー、のようなものがはたらくタイプですか?

手嶌:そうかもしれませんね。このあいだも待ち時間にマネージャーさんと偶然入ったカフェのコーヒーがおいしくて「……!(目を大きく開けてよろこぶ様子)」って(笑)。たまたま手にとったお菓子や、見つけたカフェ、思ってもみない瞬間にときめきを感じると「ロマンチックだな」と思います。

—最近、映画でロマンチックを感じたことはありましたか?

手嶌:『プーと大人になった僕』(2018年、マーク・フォースター監督)を母と観に行ったのですが、映画の中でクリストファー・ロビンがプーさんをギュッと抱きしめるシーンがあるんですね。私も小さいときからプーさんのぬいぐるみを持っていて、ときどきギュッと抱きしめているんです。なので母がそのシーンを観て「同じことしよるね」って(笑)。

—幼いころの映画との出会いなど、ご家族からもらったものが手嶌さんの礎にあると思いました。そしてそれが、手嶌さんの根本にある「よろこび」になっているのかなと。

手嶌:小さなころから何度も歌っている歌や繰り返し読んだ本、レコード、どれも母や父や兄から与えてもらったものが多いので、家族はルーツにありますね。与えてもらったときに好きだと思えたから、大人になっても「あんな素敵なものがあった!」と思い出せますし、家族には感謝しています。

—映画から学ばれたことも多いですか?

手嶌:そうですね。悲しくなったり悔しくなったりしたら、私は歌うと楽しくなって幸せになるんだと知りました。もちろん、なかなか立ち直れないときもありますが、ハッピーになれる方法がわかっているだけで幸せなことですよね。なるべく自分の人生は、大好きなミュージカル映画の中にいるように、歌いながら生きたいと思っています。

リリース情報
手嶌葵
『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』初回限定プレミアム盤

2018年12月19日(水)発売
価格:5,184円(税込)

[Disc1]
1. Cabaret(映画『キャバレー』より)
2. Diamonds Are a Girl’s Best Friend(映画『紳士は金髪がお好き』より)
3. Cheek to Cheek(映画『トップ・ハット』より)
4. On The Street Where You Live(映画『マイ・フェア・レディ』より)
5. C’est si bon(映画『昼下りの情事』より)
6. Kiss The Girl(映画『リトル・マーメイド』より)
7. Blue Moon(映画『ワーズ&ミュージック』より)
8. Tea for Two(映画『二人でお茶を』より)
9. Young and Beautiful(映画『華麗なるギャッツビー』より)
10. Cheek to Cheek (duet version) Duet with 平井堅
[Disc2]
1. Cabaret(instrumental)
2. Diamonds Are a Girl’s Best Friend(instrumental)
3. Cheek to Cheek(instrumental)
4. On The Street Where You Live(instrumental)
5. C’est si bon(instrumental)
6. Kiss The Girl(instrumental)
7. Blue Moon(instrumental)
8. Tea for Two(instrumental)
9. Young and Beautiful(instrumental)
10. Cheek to Cheek (duet version)(instrumental)

手嶌葵
『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』通常盤

2018年12月19日(水)発売
価格:3,240円(税込)

1. Cabaret(映画『キャバレー』より)
2. Diamonds Are a Girl’s Best Friend(映画『紳士は金髪がお好き』より)
3. Cheek to Cheek(映画『トップ・ハット』より)
4. On The Street Where You Live(映画『マイ・フェア・レディ』より)
5. C’est si bon(映画『昼下りの情事』より)
6. Kiss The Girl(映画『リトル・マーメイド』より)
7. Blue Moon(映画『ワーズ&ミュージック』より)
8. Tea for Two(映画『二人でお茶を』より)
9. Young and Beautiful(映画『華麗なるギャッツビー』より)
10. Cheek to Cheek (duet version) Duet with 平井堅

イベント情報
『手嶌葵 Concert Tour~Cheek to Cheek~』

2018年12月1日(土)
会場:福岡県 福岡国際会議場メインホール

2018年12月22日(土)
会場:東京都 なかの ZERO 大ホール

2018年12月24日(月・祝)
会場:大阪府 メルパルク大阪

2018年1月11日(金)
会場:神奈川県 横浜・関内ホール

プロフィール
手嶌葵
手嶌葵 (てしま あおい)

1987年、福岡県出身。「The Rose」を歌ったデモCDをきっかけに、2006年公開のジブリ映画『ゲド戦記』の挿入歌「テルーの唄」と主題歌の歌唱、ヒロイン"テルー"の声も担当しデビュー。その後、2011年公開のジブリ映画『コクリコ坂から』の主題歌も担当。デビュー10周年となる2016年には「明日への手紙」がフジテレビ系月9ドラマ『この恋を思い出してきっと泣いてしまう』の主題歌に抜擢され大ヒット。4月にリリースされたタイアップコレクションアルバム「Aoi Works~best collection 2011-2016~」もロングセールスを記録する中、9月にはセルフプロデュースによる2年ぶりの待望のオリジナルアルバム「青い図書室」をリリース。聴き手を魅了するその類稀なる歌声は、数々の主題歌やCMソングに求められ続けており、近年はライブ活動も積極的に行っている。



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