スプツニ子!が見たSXSW 2019。AIが作る音楽に人は感動するか?

スマホにはじまり、AIアシスタント機能をもったスピーカーや、音楽や動画配信サービスの思わずグッとくるレコメンド機能まで。私たちが日々テクノロジーから受けている恩恵は、生活に深く溶け込み、もう容易に後戻りができないほどだ。そしてこの進化速度が変わらなければ、近いうちにテクノロジーは私たちに「感動」すら与えることもできてしまうかもしれない。

テキサス州オースティンで3月9日~12日の期間、開催された祭典『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト) 2019』のインタラクティブ部門では、今年も世界中の最新テクノロジートレンドが集結。ソニーも例年に引き続き出展し、4日間にわたり「テクノロジー×クリエイティビティー」をテーマに、展示や各界の著名人が出演するカンファレンスイベントを展開した。

そんな『SXSW 2019』ソニー・ブースに訪れたのは、テクノロジーと人の関わりをテーマにしたアートを多く世に送り出してきているスプツニ子!。アーティストの視点を持ちながらテクノロジーにも明るく、日頃、音楽の制作もしているという彼女の目に、今年の『SXSW 2019』はどう映ったのだろうか。現地でインタビューを行った。

クリエイティブって、衝動的なエネルギーから生まれることが多い。こだわりがない部分はAIにヒントをもらってもいい。

カンファレンスイベント1日目は、「テクノロジーを通じて人間の本質とは何かを問う」という一貫したテーマでセッションが行われた。なかでも『What is the future of musical creativity?』のセッションでは、音楽における人間とAIの創造性について議論され、AIアシスト作曲技術を搭載した「Flow Machines」というプロジェクトの実演が行われた。

「Flow Machines」は、インプットした音声データからAIが様々なメロディーを解析。音楽ルールと最先端技術によって、瞬時にいくつかのメロディーを生成してくれる作曲アシストツールだ。人間にとって「違和感」のあるようなメロディーを意識的にピックアップするようにプログラムされているという。

スプツニ子!(すぷつにこ)
1985年東京都生まれ。アーティスト。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰し、2019年より東京藝術大学デザイン科准教授。2017年に世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」、2019年にTEDフェローに選出される。著書に『はみだす力』など。

新しいものには、違和感がつきまとうのが人間の性質だろう。ロックやヒップホップを例に出すまでもなく、新しい音楽ジャンルが生まれる黎明期に、聴衆が手放しでその音楽を歓迎することは稀だった。しかし、その違和感こそがイノベーションの種であり、以降何度も再構築されることで次第に人々に受け入れられ確立されていったことは歴史が証明している。

「Flow Machines」デモの様子

「Flow Machines」のデモが実演されていたとき、スプツニ子!は「サビとAメロ作ると、Bメロ作るの面倒になりがちだったわたしには朗報…」とツイートしていた。スプツニ子!が考える「豊かさ」とは、そういった「わだかまり」がテクノロジーによって解消されることなのだろうか。

スプ子:私自身、作曲の勉強をしっかりしたことがないので、テクノロジーが「わだかまり」を解いてくれる、という意味で創作しやすくなります。いつも衝動的にサビやAメロを思いついて作るんですが、この衝動のままBメロも作りたいのに、いいフレーズが出来ないで数時間つまずいてしまうときがあって。

そこにはある意味、潔さすら感じる人間の「創造性」についてのはっきりとした捉え方が垣間見えた。

スプ子:サビを思いついた時の衝動を大事にしたいのに、なかなかBメロが前に進まない、そんなときは潔くAIにヒントをもらっていいんじゃないかと思います。LogicやCubaseのような音楽ソフトに内蔵されているピアノやドラムの音源を使って作曲している延長で、「BメロのヒントはAIに聞いてみよう、私は超最高のサビとAメロを作ったし!」みたいな感覚ってアリだと思うんですよね。

AIが人間よりも大衆にウケる作品を作るようになったとしても、人が作品を作ることは無くならない。

テクノロジーは、音楽の制作者側にこのようなサポートを与えていく一方で、音楽の受け手側にも今後、変化をもたらすだろう。例えばAIが作った音楽に、人は感情移入できるのだろうか。スプツニ子!は「人はアーティスト自身のドラマや人生が好きなので、固有の人生を持たないAIに感情移入はしづらい」と前置きした上でこう語る。

スプ子:中国版Twitterと言われているweiboを元に、AIが人々の会話を学習したら、中国共産党を批判するボット(処理を自動化するプログラム)が誕生した、という事例があったんです。そういう人々の秘めた想い、人が社会に対して深層心理で感じている違和感のようなものを学習して歌い出すまでAIが進んだら、それはそれで感情移入してしまいそう。しかもそのAIはネットにある本音や気持ちを集約して歌っているから、政府に批判的な歌を歌っても誰も責任追及できない。ものすごい政治的ミュージシャンですよね。

現在の「Flow Machines」は、単発的なメロディーを生成してクリエイターにアイデアの選択肢を与えてくれるが、近い将来、AIがメロディーを根本から再構築し、新たなジャンルを確立させるまでになったとき、作ることと人の関係はどう変わっていくだろうか。

スプ子:今後、AIが人間よりも大衆にウケる、もしくは売れる音楽やアートを作れるようになったとしても、人間が創作すること自体は無くならないと思います。なぜなら、作るという行為そのものが人にとっての楽しみであり、生きる営みだからです。AIの世界って、客観的な視点で過去に売れたものを数字で分析して、より大衆受けするものを良しとするんですけど、自分が作る曲って、そんなこと全然関係ない。

アーティストたちは、日々の想いを表す場だったり、挑発や問題提起の場としても音楽を作っているから、自分の音楽が売れないからといって、彼女たちが創作をやめるわけがないんです。AIが発展した時代に「人にとって創造することとは何か」ということを考えさせられるセッションでした。

aiboの展示スペースにて

そのまま生で食べても美味しいものがあるなかで、テクノロジーを駆使してさらに食を追及しようとする人間を見ると、人の欲求って凄いなと思いますね。

音楽制作を切り口に人の本質が問われた1日目に続き、2日目のセッションテーマは「テクノロジー×食」。食事という人間の根源的な欲求について議論された。

まだ知らない味覚を、テクノロジーを駆使して発見する、フードペアリング(食べ物の味を引き立たせ合う食材の組み合わせ)の探求を中心にセッションは展開。今後、文化や生物学、心理学に基づく料理に関する膨大な情報をAIが学習し、新たなメニューやレシピを提案してくれるようになるという。

『Can AI x Robotics x Cooking drive a new food culture and gastronomic creativity?』セッションでのひとコマ

スプ子:新鮮な魚や野菜のように、そのまま生で食べてもすごく美味しい自然の食べ物がたくさんあるなかで、テクノロジーを駆使して食をさらに進化させようとする動きがあるのを見ると、人ってどこまで欲深いのかなぁと思いますね(笑)。

美味しくないものを食べ続けると、単純に気持ちが沈んでくると話すスプツニ子!だが、食べたものは「美味しかったらラッキー」くらいの感覚でいるという。

スプ子:美味しいものは好きで料理も結構するんですが、何かに没頭しているときは、それ以外のことをあまり考えたくなくて、考える時間を減らすようにしています。玄米、アボカド、卵、納豆を食べておけば、健康的には何ら問題がないという自分なりの研究結果があって、それ以外のものを全く口にしない時期もあります。豊かな食生活か分からないですけど……(笑)。

何かに没頭していなければ、自身で料理もするというスプツニ子!は、食事に時間をかけたいときと、そうでないときのオン / オフを設けたいと言う。セッションでは、ソニーが研究開発を進める、AI調理ロボットの映像も紹介されていた。人のライフスタイルにメリハリをもたらし豊かにしてくれるのもまた、テクノロジーのようだ。

日本は「便利」よりも「面白い」テクノロジーが得意だなと再認識しました。

『SXSW 2019』でのソニーの発表はカンファレンスだけではない。体験ブースでは、あらゆる感覚を拡張してくれる最先端技術が勢ぞろいしていた。 「CAVE without a LIGHT」は、真っ暗闇の洞窟を模した空間で、立体音響が楽しめるヘッドホンを装着することによって、視覚に頼らず音楽が楽しめるプロジェクトだ。

「CAVE without a LIGHT」

スプ子:聴覚での360°没入体験は初めて。真っ暗な洞窟を模した部屋で、閉所で声を出したときの反響をリアルに再現してくれるヘッドホンに、耳をハッキングされたような感覚になりました。これまでのVRを始めとするテクノロジーって、視覚を拡張することに向きがちでしたが、聴覚が拡張された世界もすぐそこにあると思える体験でしたね。

「Fragment Shadow」は自らの影に起きる視覚変化により、自分の身体感覚の変化を体験できるプロジェクト。スクリーンに自身の影が映し出され、その影が自分の意図した動きと反する動きをすることによって、不思議な感覚を体感できる。スプツニ子!は、視覚でも聴覚でも楽しませてくれるところにソニーらしいエンターテイメント性を感じたという。

スプ子:ソニーってテクノロジーを持っているうえに、音楽、映画、ゲームとかコンテンツも沢山持っているエンターテイメントカンパニーですよね。人を楽しませるためにテクノロジーを追求していく姿勢がソニーらしいです。同時に、日本の会社は「便利」よりも「面白い」テクノロジーを作るのが得意だなと再認識しました。

「Fragment Shadow」 / コンピュータ技術を用いて人間の感覚に介入したり、人間の知覚を接続することで、工学的に知覚や認知を拡張、変容させる、ソニーCSLの研究の枠組み「Superception」の一つとして、自らの影に起きる視覚変化により、自分の身体感覚の変化を体験できるシステムを展示した

スプ子:今、世界はApple、Googleのような日々の生活効率をアップさせてくれるテクノロジープラットフォームと、Netflixのような日々の余暇を充実させてくれるコンテンツホルダーの2極化が進んでいるけれど、ソニーはテクノロジーとコンテンツ、その両方を持ち合わせている。双方を持ち合わせてないとできないようなことに力をいれて進んでいったら、楽しみです。

展示プロジェクトを体験するスプツニ子!

今回、どのセッションにも共通して言及されていたことは、テクノロジーそれ自体は人に提案を与えるものでしかない、ということだ。AI脅威論やAIによって奪われる仕事など、極端な話題ばかりがトレンドになりやすいなか、人との共存を前提としたテクノロジーの存在は、人の創造性を豊かにしてくれるに違いない。

テクノロジーとコンテンツの2軸で未来を描くソニーが、この先わたしたちをどこまで拡張し、楽しませてくれるのか。ソニーは、テクノロジーとクリエイティブの架け橋になってくれる、そんな大きな希望を残して『SXSW 2019』は幕を閉じた。

イベント情報
『SXSW 2019
インタラクティブフェスティバル』

2019年3月9日(土)~3月12日(火)

プロフィール
スプツニ子! (すぷつにこ)

1985年東京都生まれ。アーティスト。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰し、2019年より東京藝術大学准教授。2017年に世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」、2019年にTEDフェローに選出される。著書に『はみだす力』など。



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