昨年9月からTOCによる1MC体制での活動をスタートさせたHilcrhyme。“春夏秋冬”や“大丈夫”など数多くのヒット曲を持ち、J-POPシーンの中でも大きな存在感を見せてきたラップユニットだが、一昨年の元DJの不祥事と脱退、そして作品の回収という激動の経験を経ての現在があることも、また事実だ。
しかし、それらの出来事を乗り越えて、メジャーデビューから10周年となる今年は、セルフタイトルアルバム『Hilcrhyme』をリリースし、全国20公演のリリースツアーを開催。その後も「MILESTONE10th」と題された10周年プロジェクトが決行され、『SUN』『MOON』『STAR』という3枚のリメイクベスト盤のリリースや、豊洲PIT・3DAYSライブなど、それまでにも増して精力的に、そしてリスナーとの距離を縮めながら、Hilcrhymeは歩みを進める。
今回はその10周年プロジェクトや、前述の「作品の回収」という事実に対する音楽産業とアーティストとの温度感など、「彼の経験とこれから」を忌憚なく語ってもらった。
また一からすべてを構築していかないとなって思っています。
―新体制での皮切りとなる昨年9月2日の日比谷野外音楽堂でのライブから現在まで、手応えはいかがですか?
TOC:順調ですね。一人になったことで手がけなくちゃいけない作業も倍になって、大変な部分も多いんですが、今年2月から行った全国ツアー(『Hilcrhyme TOUR 2019 “Hill Climb”』)を通して、地盤が固まってきたという感触があります。ここからホップ・ステップ・ジャンプと進んでいく、ホップの最中には差しかかれたかなって。
―確かにライブを拝見しても、一人になったから、という部分でのバタつきなどは感じなかったし、スムーズに現体制に移行できていると感じました。
TOC:一人になったという感覚があまりないし、Hilcrhymeはなにも変わってないなって。それは僕だけの力じゃなくて、裏方の人たちとちゃんと意思疎通をして、スタッフも一生懸命動いてくれたからという部分がすごく強いと思います。だから、スムーズに移行しているように見えていたとしたら、自分の力よりも、そういったバックアップによる部分の方が大きいと思いますね。
そういう部分を全国ツアーで確認できたので、本当のスタートラインは全国ツアーだったなと思うんです。それが失敗に終わってたら「これはもうダメなのかな……」と思ってたかも知れないですけど、自分の手応え的にも、オーディエンスの反響的にも、すごく充実感のあるものだったので、間違いなくいいスタートを切れたと思っています。
―野音の復活ライブはスタートという感触ではなかった?
TOC:ちょっと違いましたね。あれはエクスクルーシブな、Hilcrhymeの歴史年表の中でもちょっと感触が違うライブでした。ちょっと現実離れした1日だったし、活動休止からの復活ということもあって、あの場ではなにをしてもみんな盛り上がってくれたと思うんですよ、あれだけのストーリーがあれば。だから、野音よりも次の20公演を巡った全国ツアーが正直な反応が出ると思ったし、新体制が試される正念場だと思いましたね。
―確かに、全国ツアーはHilcrhymeをリスナーにとっての「日常に戻すプロセス」だったと思います。2018年12月以降、Hilcrhymeが非日常になってしまい、野音ではライブのアプローチも含めて、まだ非日常に近かった。でも、全国をライブで回ることによって、Hilcrhymeの存在が“アタリマエ”になったと感じました。
TOC:そうであれば嬉しいですね。リスナーの日常のルーティンのひとつになれたら。そういう動きを積み重ねて、2年後ぐらいに「ジャンプ」を目指したいです。
―ジャンプというのはスターダムなりヒット曲という「成功」だと思いますが、現体制での成功をすぐに求めないのは?
TOC:「禊」……なんですかね。元相方の不祥事によってすごく迷惑をかけてしまった人が多いんですね。だから、そういった部分での禊も含めて、今すぐに「ジャンプ」は求めていないし、それは現実的にも無理なのかなって思っています。それよりも人間関係も含めて、また一からすべてを構築していかないとな、って。それが遠回りだけど一番の近道だと思っています。
―音楽シーンのサイクルはとにかく早くなってるから、なかなか長期計画を立てるのは難しくなっているけど、Hilcrhymeは長い目で考えているというか。
TOC:やっぱり「跳ねる」にも、そこに地力が見えないと、単なるラッキーパンチだったって見抜かれると思うんですよね。自分たちも(ヒット曲を)ぶち当てるための下積みがあったわけだし、今のHilcrhymeでそれを狙うなら、この体制で地力をつけないといけないと思うし、今はその最中なんだと思っています。
―ラッキーパンチを狙うんじゃなくて、相手を確実にノックダウンさせるための力とキレが必要だし、それを養っている期間だと。
TOC:間違いないですね。だからシビアだし、気が抜けない。でも同時に「楽しく、楽に」というのは、今のモットーでもありますね。
不祥事を起こしたのならば、それ(に伴う作品の市場からの引き上げ)は当然の措置だなって思いますね。
―一見すると相反するようなことがTOCさんの中では共存してると。
TOC:「怠惰を求めて勤勉に行き着く」というか。楽に楽しく生きるには、努力しないといけないと思ってますね。ライブに関しても、昔はとにかく細部まで拘って、それを全部自分が管理して、ひとつもミスがないようにって張り詰めて考えてたんですね。でも、今はすごく楽な気持ちでライブができているんですよ。それは、構成の段階で細部まで拘った内容を考えているし、そもそも楽にやっても手は抜かないタイプなので、張り詰めた気持ちでライブをやらなくても、オーディエンスを確実に楽しませることができるって気づいたからなんですよね。
Hilcrhymeの活動についても、それを四六時中考えるよりも、映画や車とかに時間を費やしつつ、それと並行して考えるようにしていますね。音楽は仕事だし本業ではあるんですけど、他の遊びと並列に取り扱うくらいの方が、ちょうどいいのかなって。
―本来、音楽も遊びであったのが、ワークになって自分を縛るものになったのなら、その拘束を一度外すというか。
TOC:それに近いかも知れないですね、確かに。
―それもあって、Hilcrhymeの今のライブはすごく視野が広い感じがあります。
TOC:前体制は鬼気迫るようなライブだったと思うし、自分のスキルや存在性を誇示したいっていう気持ちが強かった。でも、それは我欲だったり、独りよがりだったのかなって気づいたんですよね。だから今は、見栄は張るけど、虚勢は張らないし、気持ちに余裕がある。それをお客さんも求めているという感触があるんですよね。恋愛と一緒で、こっちが力入れすぎると向こうも構えるから、気軽に楽しもうぜっていう感じになっているんだと思います。
―それも日常性ということですね。その流れで伺うと、2018年12月に起こった事件によって、Hilcrhymeの作品は回収され、現在も店頭や配信、サブスクリプションなどから、1MC体制で動き出して以降にリリースされた作品以外は外されています。つまり日常から“春夏秋冬”や“大丈夫”などのHilcrhymeの過去の作品は排除されてしまっているわけですが、それについて当事者としては、特に回収の段階ではどう感じましたか?
TOC:「普通」のことかなって。それは今でもそう思いますね。
―同様の事案によって電気グルーヴの作品もすべて排除されていて、「作品に罪はない。だから回収すべきでない」という議論も起こりましたが、そういった意見については?
TOC:確かに、作品に罪はないと思います。ただ普通に考えて、Hilcrhymeは個人事業ではなくて、メジャーレーベルという「会社」からリリースしているし、Hilcrhymeの曲をタイアップで使ってくれたコンテンツや企業もある。そういう「共同事業」だからこそ、とにかくたくさんの人がHilcrhymeには関わっているんですね。だから、それをクリエイトする側が不祥事を起こして、悪いニュースになれば、それ(に伴う作品の市場からの引き上げ)は当然の措置だと思いますね。僕が会社なら当然そうすると思います。
あと、根本的には、レーベルが取ったその措置に対して、僕がなにかを言うべきではない、というのが一番大きいですね。周りがそのことに対して議論してくれたり、意見するのはいいけど、当人だから、僕がなにかを言える立場じゃないっていうか。
―なるほど。
TOC:これは当事者になってみないとわからないと思います。僕に対して「もっとこうすればよかったのに」みたいな意見を言ってくる人もいたんですけど、こちら側の内情は、そういう外側の人が覗い知れるよりも、当然だけどもっと複雑なんですよね。ぱっと考えただけで、何百人単位の人の仕事が止まってしまって、そこから広がる関係者の数はもっと多くなる。だから、回収に関しては、なにも言えないし、なにも感情がないですね。
ただ、リスナーには本当に申し訳ない、っていう気持ちがあります。
―憤りだったり、疑問を呈するよりも、受け入れる他ないと。
TOC:これに関してはいろんな価値観の違いが絡むから、いろんな段階での議論があると思うんですけど、僕自身の考えは、今話したとおりですね。ただ、リスナーには本当に申し訳ない、っていう気持ちがあります。
でも個人的には、過去の曲がリリースできなくなった段階で、その次のことを、新曲をどうするかにすぐ考えは切り替わっていたし、だからこそ新体制になってすぐに作品のリリースに取りかかることができて。今回の3枚のリメイクベストを制作するようになったのも、それが契機になった側面があるんですよね。その契機もHilcrhymeのヒストリーのひとつなので、それを乗り越えたHilcrhymeという、ポジティブな気持ちを作品に込めようと思っています。
―今お話にあったリメイクベストは、6月12日にリリースされる『SUN』を皮切りに、今後リリースされる『MOON』『STAR』と、全3枚で構成されますね。
TOC:今までもベスト盤はリリースしてきましたが、その中でも一番手応えのあるベストになりましたね。ベスト盤って、シングルやヒット曲を集めたものになりがちだし、あまり「テーマ」は強くならないものなんです。でも、まず最初にリリースされる『SUN』は、Hilcrhymeのディスコグラフィの中でも明るい、四番バッター的な曲を揃えた、「THAT'S Hilcrhyme」と言えるベストになったと思います。今後リリースされる『MOON』は癒やしをテーマに、『STAR』は自分自身っていう風に、それぞれにコンセプトを立てることができたし、単純なベスト盤にならなかったことがすごく嬉しいです。
―今回はリメイクということで、過去曲もラップを録り直していますね。
TOC:昔の自分じゃないんですよね、やっぱり。たとえば制作した当時の“春夏秋冬”は、まだ28歳だったから、当然だけど声が若いんですよ。同じフロウで、同じ譜割りで歌ってるけど、今の声で録り直すと、そのときとはかなり違う感触があって、興味深くもありましたね。
これまで培ってきたライブ経験でよくなってる曲もありますし、曲によっては作った当時の方がよかったかも知れないと思うこともあります。“トラヴェルマシン”なんかは、制作当時イキってたので(笑)、そのイキリ感が今はやっぱり出せないんですよ。スポーツとも似てて、若いときだからこそできる動きみたいなものがきっとボーカルにもあるんだなって、それは面白いと同時に、勉強になりましたね。
―音の鳴り自体も非常にクリアになりましたね。
TOC:その部分が一番よかったかも知れないです。『SUN』のミックスにはすごく丁寧に時間をかけたし、先端の音楽とも遜色のない鳴りになったと思いますね。
ハッピーな要素しかないラブソングがHilcrhymeのストロングポイントだと思ってる。
―『SUN』は新曲である“アイセイ”から始まりますね。
『SUN』収録の新曲“アイセイ”
TOC:生音を多めに使ったオケから作り始めて、今までのHilcrhymeとは少し違う感触のサウンド感を込めたんですよね。“アイセイ”の制作はその部分からスタートさせました。
テーマとしては、Hilcrhymeにとってラブソングはやっぱり重要な要素だし、『SUN』にもそういった曲が多いので、この曲もラブソングをテーマにしようと。そこでパッと浮かんだのが「アイセイ」っていう単語だったんですよね。そこから世界観を広げて、普段通りに作っていった感じですね。
ラブソングとしては“Lost love song【Ⅱ】”のような非常に重い恋愛ソングを、1月にリリースしたアルバム『Hilcrhyme』では作ったので(笑)、今回はハッピーな要素しかないラブソングを作ろうと。
―“Lost love song【Ⅱ】”は重いというか、心臓が痛くなるような情念深い内容ですからね(笑)。
TOC:リスナーから失恋エピソードを募って歌詞を書いたんですが、そのエピソードをひたすら読んでいたら、流石に体調悪くなりました(笑)。その意味でも“アイセイ”は王道、“Lost love song【Ⅱ】”はまた別の道だと思ってます。バッドエンドよりもハッピーエンドの映画が好きだし、ハッピーな要素しかないラブソングがHilcrhymeのストロングポイントだと思ってるんで、それにそってスムーズに作った感じです。
幸運な10年だったと思います。
―今年でメジャーデビュー10周年を迎えるHilcrhymeは、現在「MILESTONE 10th」と銘打ったプロジェクトを進行させていますね。その中にはベスト盤のリリースに加えて、7月に行われる豊洲PITでの3DAYSのイベントも計画されています。
TOC:7月15日がデビュー日なんですが、そこでたとえば武道館1日公演をやるよりも、3日間公演をやって長く楽しんで欲しいと思って、豊洲PITでの3DAYS公演を計画しました。3日目はワンマンライブですけど、1日目の対バンイベントも、2日目のアコースティックも初めての動きなので、自分としてもすごく楽しみですね。
―1日目の対バンには、Creepy NutsとMy Hair is Badを迎えた3マンになりますね。その2組を選んだ理由は?
TOC:包括するテーマとしては「新潟」になると思います。3年前までTOCのソロでバックDJをやっていてくれてたCreepy NutsのDJ松永は長岡の出身で、彼の勧めで聴き始めたMy Hair is Badも新潟出身のバンドなんですよね。両方とも歳下のグループなんですけど、そういう若いグループと対バンしてみたかったし、どっちもすごく人間臭くて、真面目なミュージシャン。だから、すごく意味のある対バンになると思います。
あと、「MILESTONE 10th」の中でまだ明らかになっていない計画が4つあるんです。それはまたHilcrhymeが世の中で鳴るための、「お茶の間に届けるラップ」を生み出すための施策になると思います。『SUN』のリリースと豊洲PITの3DAYSがそのためのホップにもなると思うので、そこからステップも楽しみにして欲しいですね。そしてジャンプは2年後、と(笑)。
―デビューからの10年間で、音楽産業の構造は大きく変化しました。今もサブスクリプションやYouTubeなど、リスニングの状況が確実に変わってきていますが、この10年というのはHilcrhymeにとってどんな時間でしたか?
TOC:幸運だったと思いますね。デビューして2作目で“春夏秋冬”というヒット作が生まれたのは、「持ってる奴」にしか降りてこないことだと思うし、幸運な10年だったと思います。しかも今は、親がリスナーだったという子供たちが聴いてくれたり、子供の頃に聴いてた人が大人になっても未だに聴いてくれていたり。
―lyrical schoolのhimeや、元HONG¥O.JP / MAGiC BOYZのRYUTOなどの若い世代もHilcrhymeのファンであることを公言していますしね。その意味では、Hilcrhymeがオーディナリーである世代が広がっていますよね。
TOC:若いリスナーから声をかけられることも多くて、本当に嬉しいですね。それも含めて、今は「もっと行けるな」っていう感覚を実感しています。気持ちはすごくフラットなんですけど、アップアップにはならずに、やるべきことを丁寧に手がけられているというか。そして、その先にジャンプがあるんだと思いますね。
- リリース情報
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- Hilcrhyme
『SUN ~リメイクベスト1~』(CD) -
2019年6月12日(水)発売
価格:3,240円(税込)
POCE-121161. アイセイ(新曲)
2. 春夏秋冬 2019
3. ルーズリーフ 2019
4. トラヴェルマシン 2019
5. 友よ 2019
6. パーソナルCOLOR 2019
7. Changes 2019
8. Kaleidoscope 2019
9. エール 2019
10. FLOWER BLOOM 2019
11. Summer Up 2019
- Hilcrhyme
- イベント情報
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- 『Hilcrhyme LIVE 2019“MILESTONE 10th”~DAY1・招待=Show Time~』
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2019年7月13日(土)
会場:東京 豊洲PIT
出演:
Hilcrhyme
Creepy Nuts
My Hair is Bad
- 『Hilcrhyme LIVE 2019“MILESTONE 10th”~DAY2・アコースティック~』
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2019年7月14日(日)
会場:東京 豊洲PIT
- 『Hilcrhyme LIVE 2019“MILESTONE 10th”~DAY3・ワンマン~』
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2019年7月15日(月)
会場:東京 豊洲PIT
- 『TOC 生誕祭 2019』
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2019年10月4日(金)
会場:東京都 TSUTAYA O-EAST
出演:
Hilcrhyme
TOC
- プロフィール
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- Hilcrhyme (ひるくらいむ)
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2006年6月9日にHilcrhymeを結成。2009年にシングル『純也と真菜実』でメジャーデビュー。同年リリースの2ndシングル『春夏秋冬』が大ヒットし、『日本レコード大賞』『有線大賞』など各新人賞を受賞。メロディアスなラップスタイルと等身大かつ文芸的なリリック、万人に響くメロディーメイクが反響を呼び、日本語ラップという形では過去に例を見ないトータル1000万DL超えを記録。また、叩き上げのスキルあるステージングにより動員を増やし続け、2014年には初の武道館公演をSOLD OUT。ブレずに新潟在住で音楽活動を続ける。2018年3月19日にDJが脱退。メンバーはTOCのみとなったが、TOCは「人生全てをかけてHilcrhymeを全うする」と所信表明。歌い続けていく。
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