CINRA.NETでリブートした、大谷ノブ彦(ダイノジ)と、音楽ジャーナリスト・柴那典による音楽放談企画「心のベストテン」。第4回となる今回は、2018年にストリーミングサービスで人気に火がつき、その年の『第69回NHK紅白歌合戦』初出場を果たした、あいみょんについて。
なぜあいみょんはストリーミングサービスからブレイクしたのか。彼女の作り出す音楽が今の時代にどうハマって、どう作用したのかなど、音楽トークをお届けします。
あいみょんって、ストリーミングサービスから出てきた最初のスターなんですよ。(柴)
柴:大谷さん、今回はあいみょんの話をしようと思うんです。ここ最近、あいみょんにハマって『瞬間的シックスセンス』ばっかりリピートで聴いてる時期があったんですけど。
大谷:最高! ほんとに名盤ですよね。でも、僕は前々から大好きでしたけど、どうしていきなりブレイクしたんですかね?
あいみょん『瞬間的シックスセンス』を聴く(Apple Musicはこちら)
柴:あいみょんって、ストリーミングサービスから出てきた最初のスターなんですよ。彼女がブレイクしたきっかけは間違いなく“マリーゴールド”なんですけれど、チャートアクションを見ると、リリース時点のオリコンのCDランキングは25位で、決して上位に入ってないんです。
柴:けれど去年の夏ごろからSpotifyやApple MusicのチャートでずっとTOP3に入っていて、そこでは確実にヒットしていた。で、去年の秋のタイミングでドラマ主題歌の“今夜このまま”がリリースされた。そこからは“君はロックを聴かない”とかの過去曲もずっと上位に位置するようになって、本格的に火がついた。
大谷:4月に出た“ハルノヒ”もめっちゃ聴かれてますもんね。でも、ストリーミングを使ってない人は、なにがブレイクのきっかけになったのか、よくわからないんですね。
柴:僕も去年から今年にかけて、いろんな人に「あいみょんって、いつの間に売れたの?」って訊かれました。で、1つの仮説を立てたんです。なぜあいみょんはストリーミングサービスから火がついた最初のスターになったのか。
大谷:おお! それは知りたい!
柴:一言で言うならシンプルに「曲の良さ」のおかげなんです。それが今の時代にどうハマって、どう作用したのかを紐解いていくと、すごくおもしろい話になるんですよ。
大谷:おお、なになに?
柴:そのためには、まず、あいみょんに対しての誤解というか、こういう風に位置づけると彼女のポテンシャルを見誤るというポイントがあって。
あいみょんを女性シンガーソングライターの系譜で考えると、いろんなことが見えなくなるんですよ。たとえばユーミンがいてaikoがいてあいみょんがいる、とか。椎名林檎がいて大森靖子がいてあいみょんがいる、とか。
あとはYUIとかmiwaとか西野カナとか。そういう風に並べて「次の時代を担う女性シンガーソングライターの主役だ」と言おうとしても、全然ピンとこない。
大谷:普通は「女性シンガー」枠で考えそうだけど、それが罠だと?
柴:そう、それによって彼女のルーツを見誤る。よくよく彼女のインタビューを読み直すと、影響を受けた人にほとんど女性の名前が出てこないんです。
大谷:ああ、たしかに! よく言ってるのは、浜田省吾とか吉田拓郎ですよね。あとは小沢健二とか。みんな男性だ。
柴:そうそう。で、CINRA.NETにデビュー当時のインタビューが載ってるんですけれど、そこで「『ギタ女』なんてダサいし、そういう括りには入りたくない」って明確に言っている(参考記事:歌を歌うだけじゃない、新世代アイコン「あいみょん」を知る)。
大谷:ありましたね、「ギタ女」ってムーブメント。アコギ弾いて歌ってる女性シンガーソングライターが、みんなそう呼ばれていた。
柴:その言葉が使われ始めた当時はAKB48とかももクロとか、女性アイドルグループの全盛期だったから、それに対してのカウンター的な意味合いもあったのかもしれない。だけど、今考えると「ギタ女」って、すごくオッサンくさいというか、男性目線の言葉ですよね。
大谷:「かわいい女の子なのにギターも弾けるんだ」みたいなね。で、あいみょんは、そういう「ギタ女」って言い方にある意味で中指を立てていた。
柴:それを踏まえて考えると、CHAIの『PUNK』とあいみょんの『瞬間的シックスセンス』が同じタイミングで出てるのは、すごく象徴的なんですよ。CHAIは「コンプレックスはアートなり」とか「NEOかわいい」とか、わかりやすいキャッチコピーを打ち出して新しい女性のあり方や価値観を表現している。
CHAI『PUNK』を聴く(Apple Musicはこちら)
柴:対して、あいみょんは曲調もフォークの系統のJ-POPだし、歌詞の女性像にも古風なところはある。それでも「ギタ女」みたいに女性のセクシャリティを商品性として打ち出すことは明らかに拒絶していた。だからジェンダーに関係ない魅力がある。
大谷:実際、ファンも男性も女性も幅広いですもんね。ほんとにみんなが好きなポップスになってる。フェスの盛り上がりも半端ないし。
柴:そうそう。で、本題は、いつ、なにがきっかけになって、あいみょんがブレイクしたか、ってことなんですよ。みんなそこを知りたがってる。
大谷:テレビが最初のきっかけですよね。僕は『スッキリ』(日本テレビ系)と『ミュージックステーション』(テレビ朝日系。以下、『Mステ』)だと思うけど。
柴:そうですよね。2018年を振り返ると、1月に『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)と『スッキリ』で「今年注目のアーティスト」として取り上げられて、2月に『Mステ』に初出演した。で、8月に『スッキリ』と『Mステ』に出て“マリーゴールド”を歌ってるので、ブレイクの背景にテレビの力があるのは間違いない。
ただ、ここで大事なポイントって、“マリーゴールド”にタイアップがついてなかったってことなんですよ。
大谷:なるほど、たしかにそうだった!
柴:こういう風にヒットが生まれると、後付けで「結局タイアップのおかげでしょう?」って言う人がいるんです。でも、少なくとも“マリーゴールド”はそうじゃない。おそらく本人にとってもスタッフにとっても勝負曲だったはずなんですけど、決して大きな仕掛けとか広告展開のようなものがあったわけじゃないんです。
『Mステ』で歌ったときの紹介VTRも「ドラマ主題歌で話題!」とか「フェスで入場規制!」とかじゃなくて「Apple Musicのランキングで上位になり注目!」という煽り文句だった。だから、あの曲に関しては本当にストリーミングサービスの再生回数が決め手になったと思うんです。
大谷:なるほど、おもしろいなあ。
あいみょんこそが、ようやく登場したミスチルとスピッツの正統後継者である。(柴)
大谷:じゃあ、あいみょんはなんでここまでブレイクしたんですかね?
柴:結論から言うと、あいみょんは、J-POPシーンにようやく登場した「ポストミスチル(Mr.Children)」だと思うんです。ちゃんと本人がそのヒントを言ってる。キーパーソンは浜田省吾なんですよ。ミスチルもあいみょんも、浜田省吾がルーツである。
大谷:そうですよね。桜井さんは浜田省吾さんのことをめちゃくちゃ研究してるし、歌詞にすごく比重を置くのもそうだし。
柴:あと、もう一つ言えるのは、あいみょんは「ポストスピッツ」であるということ。これもキーパーソンは浜田省吾。
大谷:なるほど! スピッツは浜田省吾さんと事務所が一緒だ。
柴:スピッツが所属してる「ロードアンドスカイ」という事務所はもともと浜田省吾の個人事務所だったんです。社長の高橋信彦さんは、もともと浜田省吾さんと一緒にやっていた「愛奴」というバンドのベーシストだった。広島フォーク村の先輩と後輩という関係で、吉田拓郎のバックバンドをやってたような人で。そういう事務所が、浜田省吾に続く第2弾アーティストとして見出したのがスピッツだった。
大谷:桜井さん、デビュー当時からスピッツをかなり意識してたらしいですもんね。
柴:桜井さんが意識したのも、考えたら当たり前で。めちゃくちゃリスペクトしていた浜田省吾の事務所、ロードアンドスカイが「このバンドは次の時代を担う」と所属させたのが、同じ頃にLa.mamaとかのライブハウスに出てたスピッツだった。デビューもスピッツのほうがすこし先だった。そんなのジェラシーを感じるし、ライバル視もするはずですよね。
大谷:その話を聞いて思ったのは、僕はあいみょんの初期の曲もすごく好きですけれど、やっぱり大きな存在になったのはメジャーになってからで。プロデュースを田中ユウスケさんがやってるじゃないですか。あれがすごくデカいんじゃないですかね。ミスチルの小林武史さん、スピッツの笹路正徳さんのように。
柴:そう! 特に“生きていたんだよな”とか“君はロックを聴かない”とか“マリーゴールド”とか、メジャーに行ってからのシングル曲は、基本的にすべて編曲とサウンドプロデュースを田中ユウスケさんがやってる。
柴:つまり、ミスチルもスピッツも、浜田省吾の影響下にあるソングライターと、それをサウンド面でモダナイズ(現代化)するプロデューサーとの組み合わせによって生まれた音楽なんです。それとまったく同じ構造を、あいみょんも持っている。
大谷:そういうことか。曲に今の時代の洋楽っぽさを入れるのがプロデューサーの役割なんですね。
柴:そうそう。で、レコード会社側が「ポストミスチル」とか「ポストスピッツ」を狙って売り出したバンドはたくさんいたけれど、浜田省吾の影響下にあるソングライターとそれをモダナイズするプロデューサーの組み合わせなんて、なかったでしょ?
大谷:ないない! MOON CHILDだってL⇔Rだって、そうじゃなかったもん。
柴:レミオロメンだってback numberだって、小林武史のプロデュースではあるけれど、その構造はなかった。つまり、あいみょんこそが、ようやく登場したミスチルとスピッツの正統後継者である、と。そりゃ売れるだろ! ってことなんですよ。
大谷:はははは! めっちゃおもしろいな。浜田省吾さんだって広島フォーク村で吉田拓郎さんの後輩みたいな感じだったわけだし、そう考えると、吉田拓郎、浜田省吾、ミスチル、スピッツ、あいみょんって、バトンがつながるわけだ。
柴:そうなんです。実際、あいみょんはいつもインタビューで正直なことしか言ってない。影響を受けたアーティストには浜田省吾と吉田拓郎をあげるし、1stアルバム『青春のエキサイトメント』の頃、インタビューの最後の質問で「次はどうしますか?」って訊かれて「最近はスピッツやミスチルが改めてすごいなって思ってて、やっぱりいい曲を書けばちゃんと売れるし、残っていくんだなって思うんです」って答えてる。
おそらく、この時に“マリーゴールド”を書き始めていたんじゃないかと思うんです。
あいみょん『青春のエキサイトメント』を聴く(Apple Musicはこちら)
大谷:あいみょんにとってのスピッツやミスチルは、同じ浜田省吾に影響受けた兄弟子みたいなものなんだ。
柴:実際に“マリーゴールド”を聴くと、スピッツの“チェリー”とミスチルの“Tomorrow never knows”と、コードとメロディの関係性がすごく似ているんです。歌い出しは“チェリー”、サビは“Tomorrow never knows”と、それぞれコード進行のどの音をメロディに使うかというポイントが共通している。
大谷:1990年代の頃って、桜井さんと草野さんがよく会ってコード進行の話をしてたらしいんですよ。日本人の琴線に触れるコード進行のパターンをお互いに研究していて、シングルはそのコード進行を使った曲を出す、みたいな。その遺伝子がちゃんとあいみょんにも入っているってことだ。
あいみょんは、平成最後に浜田省吾を受け継いだ「J.GIRL」なんだよ。(大谷)
柴:ここまでの前提を共有したうえで、ようやく「なぜあいみょんが、ストリーミングサービスから火がついた最初のスターになったのか」っていう仮説なんですけれども。ミスチルがストリーミングサービスに全曲解禁したのが2018年5月。あのとき、Spotifyのトップ10がほとんどミスチルの曲になるという現象が起こったじゃないですか。
大谷:あったあった。チャイルディッシュ・ガンビーノの“This is America”以外全部ミスチルだったという。
柴:あのときは「やっぱりミスチルすげえなあ」ってだけだったんです。けれど、よくよく考えるとあのときミスチルをトップ10に押し上げた人たちはどこにいったのか。果たしてずっとミスチルだけを聴き続けてたのか? という。
Spotifyを使えばわかるんだけど、あれは新曲をどんどん聴きたくなるサービスなんですよ。なのにミスチルは新作の『重力と呼吸』をストリーミングサービスに解禁していない。そこでミスチルファンが出会ったのがあいみょんだったんじゃないか。
大谷:ああ、なるほど。ミスチルファンの人がみんな、あいみょんに出会って、大好きになったってことですよね?
柴:そう。こないだ大阪のトークイベントでその話をしたら、僕の従兄弟が会社の同僚と一緒にそこに来てて。「僕がまさにそうです」って言ってた。
大谷:ははは、すげえ! 身内に実例がいたんだ。
柴:彼はもともとミスチルがすごく好きで、だから去年Spotifyに加入したんですけれど、しばらくしたら聴くものがなくなっちゃって。そのタイミングで「おすすめ」にあいみょんが出てきて、聴いたらハマったんですって。
大谷:すごいなあ。浜田省吾からミスチル、ミスチルからあいみょんって、こういう風に次の世代にバトンがつながっていくんだ。ってことは、あいみょんはつまり「J.GIRL」ってことだ(笑)!
柴:ははははは! 浜田省吾が“J.BOY”をリリースしたのが1986年ですからね。あいみょんのメジャーデビューが2016年だから、ぴったり30年後。
大谷:そうか! あいみょんは、平成最後に浜田省吾を受け継いだ「J.GIRL」なんだよ。だって“J.BOY”はアイデンティティの歌ですからね。理想を見失った日本の少年の歌。<心の空白埋めようと山のような仕事 抱え込んで凌いでる>と歌ってる。
柴:まさに高度経済成長時代の日本のサラリーマンって感じですよね。
大谷:それに対して、あいみょんが新しい時代の女性のアイデンティティを歌ってるって考えると、むちゃくちゃグッとくる。
柴:で、あいみょんは今すごく売れてるし、『瞬間的シックスセンス』のインタビューでは「ひかりもの」という曲を通して彼女自身も「今注目されてるだけ」みたいに冷静に自分のことを語ってるんです(参考記事:あいみょんから年下の子たち&大人へ 直感と瞬間の大切さを語る)。
だけど、浜田省吾、ミスチル、スピッツの系譜に彼女がいるわけだから、おそらくこの先20年、30年彼女は歌い続けていくだろうし、“マリーゴールド”という曲は「平成の終わり」という時代を象徴する曲として、この先ずっと残っていくと思いますね。
- プロフィール
-
- 大谷ノブ彦 (おおたに のぶひこ)
-
1972年生まれ。1994年に大地洋輔とお笑いコンビ、ダイノジを結成。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。音楽や映画などのカルチャーに造詣が深い。相方の大地と共にロックDJ・DJダイノジとしても活動。著書に『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCK LIFE!』、平野啓一郎氏との共著に『生きる理由を探してる人へ』がある。
- 柴那典 (しば とものり)
-
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、雑誌、ウェブなど各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は『AERA』『ナタリー』『CINRA』『MUSICA』『リアルサウンド』『ミュージック・マガジン』『婦人公論』など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」連載中。CINRAにて大谷ノブ彦(ダイノジ)との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。
- フィードバック 15
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-