台湾の若者たちの間でいま、最も注目されている女性シンガーの1人といえば9m88だ。「ジョウエムバーバー」というユニークな名を名乗る彼女は、ソウルやジャズ、ヒップホップなどから大きな影響を受けており、これまでロック一辺倒だった台湾のインディーズシーンに新風を巻き起こしている。
大学卒業後、一時期はファッション業界で働いていたこともあり、2017年に竹内まりやの楽曲をカバーした際は、日本の歌謡番組を意識したミュージックビデオを制作するなど、ビジュアルイメージや映像への意識も高い。つい最近までニューヨークで暮らし、最先端の音楽やアートをたっぷりと吸収してきた彼女はいま、故郷になにを思うのだろうか。
音楽への渇望スイッチをオンにしたのは、ニューヨークの街
―88さんが音楽に目覚めたきっかけは?
88:小さい頃から音楽は大好きで、「歌手になりたい」という夢を持っていました。ただ、基礎的な知識などもほとんどなくて、どうやったら音楽の道に進めるのかがよくわからなかったんですよね。
一方で音楽と同じくらい洋服も大好きでした。ファッションに関しては、日本のファッション雑誌など昔から読み込んできたので、知識もあるし、大学の専攻を選ぶときにはファッションの道へ進むことを選びました。
―ファッションと音楽は密接に結びついていますしね。
88:そうなんです。ファッションを通じて音楽と関わる道もなくはないと思ったのも大きなきっかけでしたね。
でも、実際にファッションを勉強し始めたら、自分の中で「音楽をやりたい」という気持ちがどんどん強くなっていって。しかもファッションの道を極めていくうちに、様々なミュージシャンと知り合う機会も増えて、気づいたら自分自身もライブなどで歌うようになっていたんですよ(笑)。とはいえ音楽に関しては初心者だし未知数だし……。音楽の道を本気で進み出したのはニューヨークへ行ってからですね。
―大学卒業後はニューヨークのファッション関連の会社で、インターンとしてしばらく働いていたんですよね?
88:はい。行く前はニューヨークが「ファッションの先端」だと思っていたんですけど、行ってみたら本当は音楽の街としての魅力のほうが強くて。それで、自分が本当にやりたいことは音楽だと気づいてしまったんです。自分の中のスイッチが、「オン」になった感覚というか。いままで台湾にいたときには感じたことのなかったものでした。
ニューヨークにはクリエイターがたくさんいるし、クリエイティブに対する情熱がものすごくて。そのうち「私にも可能性がたくさんあるかもしれない」と思うようになっていきました。そのため、インターンを終えて台湾に戻ったときに、音楽の道へと進むことを決意して。
そしてニューヨークの音楽学校へ申請を出し、もう一度ニューヨークへ行って4年間勉強しました。最初に話したように、自分は音楽をやるには知識や経験が少なすぎると思っていたので、このときに基礎を学べたのはとても大きな自信になりましたね。いろんなジャンルの音楽……ニューヨークではジャズが主流だったのですが、それ以外にも様々なジャンルの音楽を知ることができました。
ニューヨークに留学した88が感じた、台湾ユースの自己肯定感の低さ
―ニューヨークに暮らしていた頃、そこで出会う同世代との違いをどのように感じていましたか?
88:ニューヨークで知り合った若者は、アメリカ人ではなく他の国から集まってきた人がほとんどだったんですよ。誰もが夢を追い求めてやってきたので、とても積極的だし意志の強い人ばかりでした。
特に欧米出身の人たちは、みんな親や先生に褒められて育ってきたという印象です。ちょっとくらい間違ったことをしても、成績が悪くても、否定されたり叱られたりしない。だから、自分に対して強い自信を持っています。
それに比べて台湾人は、親や先生に叱られたり否定されたりすることも多く、自己肯定感が低い印象があって。せっかく可能性や才能を持っていても、それを外に出す自信がないというか。もっとアピールしたほうがいいのにって思うときもありますね(笑)。
―ニューヨークから戻ってきた88さんが、台湾を外から見て思うところはありました?
88:ニューヨークにいたときは、「ニューヨーク最高!」と思っていました。みんな自信に満ち溢れていたし、「ここで働きたい」という強い気持ちを持った人が集まっていました。
なぜなら、いままで地元である台湾の音楽のパワーは弱いんじゃないかと感じていたからです。でも、いまは全くそう思わなくなりました。というのも、去年12月くらいに台湾に戻ってきて、音楽面ではすごく面白い状況になってきているなと感じたからです。以前と比べると、音楽性が多様化してきていて。昔の台湾は「インディーズ」といえばロックのイメージだったし、「ポップスならこう」みたいなフォーマットがガチガチに決まっていたんですけど、最近は様々なジャンルが混じり合った楽曲が増えたように思います。しかも、どうやって台湾人としての強みを出せばいいのかもわかってきている。少しずつ自国に自信が持てるようになってきたのかもしれないですね。
9m88の1stアルバム『平庸之上BeyondMediocrity』を聴く(Apple Musicはこちら)
竹内まりやや光GENJI。ニューヨークと台湾を行き来した88が影響を受けた日本のカルチャー
―台湾における、女性アーティストの立ち位置は以前と比べて向上していると思いますか?
88:アジア全体の中で、台湾は進んでいると思います。多少の差別はいまもありますが、少なくとも私が生まれ育ってきた社会は平等でした。最近、同性婚の法案も通りましたが、そのことは異性婚にも影響があって。今後、ジェンダーの問題について子どもたちにどう教育していくかの議論も活発化している。それが現在の台湾の状況です。
―今後、日本での活動についてはどんな展開を考えていますか?
88:日本人のアーティストとコラボレーションがしてみたいです。特にWONKが大好きなので、機会があればなにか一緒にやってみたいですね。
日本での活動方法については、色々と模索中です。基本的に私は中国語で歌っていますので、そのメッセージを日本だけでなく他の国の人たちにどうやって伝えていくか。日本語を勉強して、日本語の歌詞を書くべきなのか……。竹内まりやさんのカバー、日本語で歌うのは正直とても大変だったんですよ(笑)。
―竹内まりやさん“Plastic Love”カバーは、まるで1970年代の日本の歌謡番組をパロディーにしたようなミュージックビデオが、日本でも話題になりました。
88:嬉しいです。大学生の頃に聴いていたラジオのDJが、日本のシティポップをよく紹介していたんです。そこで流れていた竹内まりやさんや山下達郎さんの曲を聴いたとき、「ここまで自分の好みにピッタリな音楽があるなんて!」とビックリしました(笑)。それでいつかカバーしてみたいと思っていたんです。“Plastic Love”の映像監督は日本人なんですけど、「架空のアイドルに扮して歌ってみたら?」という彼の提案で実現しました。アイドルは日本のカルチャーの中でもかなり重要な要素だと思っています。
―日本の文化の中でも、アイドルがお好きなんですよね。
88:小さい頃、V6や光GENJIをよく聴いていたんです。そういう意味では、日本の音楽や文化からの影響は非常に大きいかもしれません。他にも、たとえばコーネリアスは最近聴いた中でもものすごく感銘を受けた音楽の1つでした。サウンドだけでなく、ビジュアルとシンクロさせた世界観……いつか自分もあの次元までいけたらいいなと思っています。
―デビューアルバム『平庸之上』の制作中とのことですが、どのようなテーマで作られているのでしょう?
88:いくつか考えていますが、1つは「自分を信じられるかどうか?」です。というのも、さっき話したように私たちの世代は自分に対して自信が持てなかったり、疑問を抱いたりしている人がとても多くて。おそらく年齢的なものもあると思うのですが、それをどう乗り越えていくのかをテーマにしています。
最近は、色んな人たちから、私の歌に癒されているといってもらうことが多くて。知らないところで誰かの力になっているということが、とても不思議だし嬉しいです。
- リリース情報
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- Taiwan Beats(フリーペーパー)
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2019年8月発行
発行:台湾文化部影視及流行音樂產業局
台湾の音楽シーンを日本に紹介するフリーペーパー。9m88やDSPSといった台湾の現在がわかるミュージシャンのインタビューなどが掲載。
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- 9m88
『平庸之上Beyond Mediocrity』 -
2019年8月8日(木)配信
- 9m88
- プロフィール
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- 9m88 (ジョウエムバーバー)
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台北生まれ、ニューヨークに留学経験のあるソウルシンガー。2018年12月、日本で限定版7インチ・シングル『九頭身日奈 / Plastic Love』を発売。2019年1月、レコード発売記念ツアーで来日。2019年8月、1stアルバム『平庸之上Beyond Mediocrity』をリリースした。
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