ホストが失恋についての文章を書く──そう聞いただけで、ちょっと危険な匂いがする。しかも、それをZINEにして『文学フリマ』に出品し、ホストたち自ら手売り。「ホストと失恋」も「ホストと『文フリ』」も、これまで見たことのない組み合わせだ。
そんな型破りなホスト像を提示するのは、「ホストでありアイドル」をキャッチフレーズに歌舞伎町で活動する「group BJ」のホストたち。最近はメディア露出も華々しい一条ヒカルをはじめ、多彩な「ホスドル」が在籍しているという。
彼らの赤裸々な恋愛事情が書かれた『失恋ホスト HEART BREAK HOST』。責任編集を務めたのは、数多くの単行本や雑誌の編集を手がけ、ポップカルチャーや芸能に関する原稿も執筆し、多方面で活躍するライター・編集者の九龍ジョーだ。変わりゆく新宿歌舞伎町、夜の世界でホストたちが自ら生み出す新しいカルチャーとは、一体どのようなものだろう?
今回、CINRA.NETでは歌舞伎町のホストクラブでインタビュー取材を敢行。4人のホストに迎えられ、『失恋ホスト』の話題はもちろん、ホストのファッションスタイルや歌舞伎町の変化、そしてホストとは何かに至るまで、九龍ジョーとともに掘り下げた。
「村文化」新宿・歌舞伎町が、SNSによって近代化。ホストはどう変化した?
―実は初めてホストクラブに来たんですが、みなさんの等身大の雰囲気に驚いてます。ホストのスタイルは時代によって変化してきたものなのでしょうか?
レオ:まず服装がかなり変わりましたね。十数年前までは、ホストクラブに来たことのない人が持っているイメージそのものが現実でした。スーツを着て、ヘアスプレーでツンツンさせた金髪ロン毛で、歩きタバコをしてて怖いイメージ(笑)。でも、そこから内面もどんどん変わっていって、今はどちらかと言うと等身大に近いホストほど売れやすくなってます。
九条:僕は、昔の名残をほんの少しだけ経験しました。当時はジャケットを着用しないと怒られたり、ヘアメイクをしっかりして来ないと罰金があったり。最近はそんなことありませんね。
一条:ただ、ホストの世界は服装が変化するのも遅かったですね。やっぱり歌舞伎町って「村文化」なんです。この街でしか通用しないトレンドがあって、それをみんなで一斉に取り入れる。その流行が当時はスーツや「スジ盛り」でした。売れてる人がそうだから、みんななかなか抜け出せないんです。
変わったのはSNSが普及してからじゃないかな。この閉鎖的だった空間で、いつの間にかみんながそれぞれ手をあげるようになった。それが広がったとき、「いわゆるホスト」ってファッションをしていても、歌舞伎町の外部では反応されにくいんです。結果、違うスタイルのホストのほうが目立ってきて、「あれ、こっちのほうが今はモテるんじゃないか」とみんなが気づき、町が一気に変わっていった。
レオ:歌舞伎町の近代化ってやつですね(笑)。
翔:お客様の層も明らかに広がりましたよね。大学生から、OL、主婦の人まで。もちろん、今まで通り夜のお仕事をされているお客様もいらっしゃる。
レオ:若い世代のお客様も増えましたし、昔と今で決定的に違うのは雰囲気ですね。かつては、思いつめた女性が「もうこれしかない」っていうお金を握りしめて通うのがホストクラブでしたから、やっぱり暗かったり、指名しているホストと多少「沙汰」でモメてたりしました。でも、今そういうのは一切ありません。女の子も友達と一緒に笑顔でワーキャー楽しんでます。
「僕らはお客様を喜ばせるエンターテイナーでなければならない」
レオ:何より大きかったのは、風営法が変わったことです(2016年6月に改正法施行)。夜中の1時から朝8時までやっていた「深夜営業」が禁止されて、日の出中の営業しか認められなくなった。そこで、午前中営業の「朝の部」と、20時から深夜1時までの「夜の部」という営業スタイルになりました。
一条:僕はちょうどそのタイミングでホストを始めたんです。それもあって僕はホストを続けられたのかもしれません。深夜営業してたときって、営業時間も長いし、みなさん朝までぶっ通しで仕事して、肝臓壊すくらい飲んで。
でも今なら、体力的にも健康にホストを続けられるし、意外と生活リズムも狂わないんですよ(笑)。そうやって日中働きたい男性も始めやすい時間帯になったことも、ホストの変化に影響してるでしょうね。
―それこそお客さんも行きやすい時間帯ですよね。そうやって歌舞伎町の夜の世界もある種クリーンになっていった、と。
一条:その延長線上で、ホストが「鎧を身にまとう」のも、通用しなくなっていったんです。今ではむしろ、鎧をまとっているヤツのほうが仲間からもお客様からも信用されません。女の子ってすごく鋭いですからね。嘘ついて、うわべだけで付き合おうとしても勝てないですよ。
九龍:ホストって、「虚と実」で言えば「虚」の世界だと思われがちですが、意外と「虚」がすぐバレてしまう世界なんですよね。お客さんも同業者もみんな見抜く力が鋭いから、結局は「実」の部分、地金で勝負することになるし、「実」は自分の武器になることもあれば、ウィークポイントにもなることもある。もしかすると一般の仕事より、そこはシビアかもしれません。
レオ:ホストは、メディアやマンガといった外部の人たちの作った固定観念が異常に強いんですよ。とはいえ、服装やシステムが変化しても、中身に関してはあまり変わってない気もします。
それは何かと言うと、僕らはお客様を喜ばせるエンターテイナーでなければならないということ。自分という商品が売れるためには、どんな方法でもニーズを作る必要がありますから。外からのイメージがねじれているがゆえに表面的な変化は感じるけれども、本質的には変わっていないんです。
九龍:大勢のオーディエンスを湧かせる演者はエンターテイメントの世界にきら星のごとくいますが、こと目の前の1人のお客様を楽しませるスキルとなると、ホストもかなりすごいものがあるんですね。正直、今回の企画も、軽いノリで始まって、そこまで期待していたわけじゃないんですよ。でも、どの話も面白かった。内容だけじゃなくて、みんな話の運び方がうまいんですよ。もちろん小説家みたいに表現に技巧が凝らされているわけではないんですけど、ちゃんとオチがあったり、そのときの気持ちの動きが丁寧に書かれている。
それは目の前の人を喜ばせることを日常的にやってるからこそできることですよね。独りよがりにならず、お客さんであれ読者であれ、相手に喜んでもらうという点で一貫しているんです。
ホストたちがZINEに綴る、禁断の記憶
―今回みなさんが『失恋ホスト』を出版することになったきっかけは何だったんですか?
九龍:僕が『文学フリマ』で売っている自分のミニコミを知り合いだったgroup BJのオーナーに見せたのがきっかけですね。それまでも出版の話はよくしていたし、それこそ『芥川賞』や『直木賞』作家の本だって作っているわけですけど、なぜか妙に「文学フリマ」という単語がオーナーに刺さったらしくて(笑)、「こういうのをホストでやったら面白いんじゃない?」と。ホストが自分たちで文章を書いて『文学フリマ』に参加したらたしかに面白いですよね。他人事だと思って、「いいんじゃないですか」って答えたら、後日、「九龍さん、編集手伝ってください」って(笑)。
たしかに、group BJのホストたちなら、わりと踏み込んでなにか書いてくれそうな気もしたんです。みんな気さくだし、かっこつけないし、自然体だし。だいたいホストが本を書くってなると、モテとかサクセスの話になるじゃないですか。それよりも、もっと人間的な魅力を彼らには感じていたので、失敗談のほうがいいと思ったんです。じゃあ、ホストの最大の失敗って言えば、それはもう「失恋」じゃないですか? 「そんなの出せるわけない!」と言われるかと思ったら、みなさんあっさりと最高の失恋話を書いてくれました。
―九龍さんは「あっさりと書いてくれた」と言ってますが、恋愛、しかも失恋の話となると、どうしてもホストのお仕事に支障をきたすイメージがあります。それに対してみなさん葛藤はなかったのでしょうか?
九条:いや、めちゃくちゃありましたよ!(笑) ホストって女の子とずっと関わっていく仕事なので、失恋なんてしている場合じゃないはずですよね(笑)。でも、色々思い出しながらなんとか書き進めている間だけ、普通の男の感覚に戻れて。失恋について書くことで、自分を見直すきっかけにはなりました。書いているうちにどんどんテンションは下がっていきましたけど(笑)。
九龍:本来、書かなくていいことですからね(笑)。他のみなさんはホスト時代のエピソードが多いなか、カナメくんの原稿はホストの面接を受けにいくところで終わるんです。ちょっとだけネタバレすると、失恋した彼はヤケになって貯金を切り崩して、若い身空で一晩何十万円と遊びまくるんですよ。「それで僕は初めて東京の夜を知った」と。でもすぐに貯金も尽き、ニッチもサッチもいかなくなってホストの道を選んでいく。
九条:その失恋がなければホストになってなかったと思うので、結果的によかったのかもしれません(笑)。
九龍:カナメくんは「みんなの原稿と比べてどうですか? 俺、1番ですかね?」としきりに聞くるんですよ。たとえ失恋話でも、ナンバーワンを取りたいというスタンスがいいなと(笑)。一方、レオさんの話はなかなかヘビーで……。
レオ:そうなんです。そもそもgroup BJの強みは、他のグループがやれないことをやれる点。人気商売においてスキャンダラスなものを露呈させていくというのは、ウチでしかできないことだからいいんじゃない、と他人事でした。
でも、今回それが自分ごとになってしまった(笑)。そのときに、やっぱり中途半端なものは出せませんよね。それで自分の一番奥底にある体験をもう一度引きずり出してアウトプットしていったんです。重たすぎて、書きながら4回ぐらい吐いたんじゃないかな。
九龍:いまだに引きずっていた失恋ですよね。でも、こういう機会に表に出すことで、ようやく客観的に見つめられた部分もあったんじゃないですか?
レオ:スッキリした部分はあります。人に伝えようと書くことで、当時の自分の感情や状態が冷静によみがえってきましたから。改めて、生きていくための教訓にもなりましたね。人ってやっぱり、生きていくなかで罪を犯していくし、何かしら背負っていくじゃないですか。僕は割とまっすぐなキャラなんですけど、そんな僕でも背負ってるものがあるということを見せられたかもしれません。
ホストという仕事に本気だからこそ、失恋にも向き合うことができた
九龍:ヒカルくんは仕事の哲学が一貫しているんですが、その礎に実は失恋があったという……。
一条:はい。僕はもう現役を引退しているんですが、書いたのはホストを始めた頃の話です。僕たちの仕事は人気商売なので、恋愛の話をすると自分のお客様を裏切ってしまうのではないかという不安もありました。
でも、実は現役引退後、近しいお客様には話していた内容でもあるんです。僕の人生の一番のプライオリティは、「仕事に生きる」。そんなスタンスがあるから、逆にその話を認めてくれるお客様も多かったんです。だから今回の文章を書くときも、そういった方々に背中を押されたところはありましたね。
九龍:そして翔さんは遠距離失恋。ホストの先輩に相談した話も書いてるんですけど、その先輩も先輩で、とんでもない失恋話を書いているという(笑)。
翔:完成した本を読んだときは、まさかと思いました(笑)。
―ちなみに、実際ホストのみなさん同士で恋愛相談をすることってあるんですか?
レオ:する人?(全員手を下げる)しない人?(全員手を上げる)……ですね(笑)。後輩から相談されることはたまにありますけど、上司には仕事に支障が出そうなレベルだったら伝えるくらいですよ。
一条:その意味でも、group BJには純粋な人が多いと感じますね。『失恋ホスト』も真剣だったからこそ書ける話ですから。たとえば僕が相手の人に恨みを買ってたら、たとえこういう形であっても発表できないじゃないですか。
九龍:そもそもホストとして、名前を出して失恋の話を書くって、なかなか覚悟をきめないと無理ですよね。逆に、それだけのことをしても自分の名前は揺るがないっていう自信もあるんだと思う。それだけ本気でやってるんだっていう。
一条:たしかに決意表明のような意味合いはありましたね。文章にして残すことで、僕のことを知らないたくさんの方にも読まれるわけじゃないですか。それでもひっくり返らないように生きていかなきゃいけない。それぐらい自分で自分に釘を刺した部分はあります。昔から得意なんですよ、先に何か言っちゃって、あとから自分を逃げられなくするのが(笑)。
九龍:やはり、うまくいった話よりも失敗した話のほうが「その人」が出るし、そういう意味で、思った以上にホストもただの人間なんですよ(笑)。分厚い鎧を身にまとってホストをやっている人が多いなかで、生身の人間として仕事をしている。逆にそんなむき出しで傷つかないか心配になるほどですね。
―では、今後みなさんがまた同人誌を作るとしたら、どのようなテーマを設定しますか?
一条:ホスト仲間との友情モノだったら、みんなたくさんのエピソードがありそうですね。僕はレオさんにずっと付いていたので、「あのときにかけてもらった言葉に救われたな」という経験があります。レオさんの人生を生きていくための哲学が、今でも刺さってるんです。
九龍:これまでも外からホストクラブの世界を描いたものは、映画やドラマ、小説、ノンフィクション……と、たくさんありますよね。でも僕が思うのは、ホストたちが自分たちの意志で自分の手を動かしてやっているのが面白いということで。たとえば映画であれば、出演するんじゃなくて自分たちで監督やカメラもやってほしい(笑)。画面がブレブレだっていいんです。
レオ:何でも作れるし、広く届けられる時代ですからね。よし、映画撮るか!(笑)
- 書籍情報
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- プロフィール
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- 九龍ジョー
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1976年生まれ。編集者、ライター。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DUブックス)など。編集を手がけた書籍・雑誌ほか多数。『文學界』、『WIRED』ウェブ版、松竹公式サイトにて連載中。
- レオ
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group BJ REOPARD(DARLIN / VALENTI / BIDAN / BELZE)所属。グループの旗艦店である「CLUB DARLIN」を含む4店舗を管轄する「group BJ REOPARD」のトップを務める。
- 一条ヒカル (いちじょう ひかる)
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group BJ ONE’S CREATION(CLASSY / BLACK DIAMOND CLUB / ARTIST / BLACK DIAMOND CLUB2ND)所属。2018年からわずか1年で4店舗を展開させ、独自の経営理念とマネジメント力でグループ随一のメディア露出を誇る。
- 九条カナメ (くじょう かなめ)
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「BIDAN」代表取締役。最高月間売上2000万円。趣味は遊戯王。
- 翔 (しょう)
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group BJ ONE’S CREATION(CLASSY / BLACK DIAMOND CLUB / ARTIST / BLACK DIAMOND CLUB2ND)にて副社長を務める。
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