ルミネ広告から小説が誕生。尾形真理子がすくい取る「世の気分」

新しい季節の訪れを告げるように掲げられる、ルミネのシーズン広告。口元がほころぶような共感や、ほんの少し背伸びした憧れ、強くあろうと自らを奮い立たせる瞬間。そんな日常のあわいにある感覚をすくい取ったメッセージを紡いできた、クリエイティブディレクター / コピーライターの尾形真理子が、ルミネとの新たな取り組みとして、広告から発展したショートストーリー『One piece of a woman』を2018年の春から執筆している。

それぞれの日々を送る女性たちを描いたこのショートストーリーをきっかけに、これまでのルミネの広告をどのように作り出してきたか、尾形が考える「滞空時間の長い」広告や、時代とともに変容する言葉の感覚などについて、話を聞いた。

愛だの恋だの好きなように書いている風ですけど(笑)、見た人の「自分らしさ」が拡張されるようなものを目指しているんです。

―まずは『One piece of a woman』がどのようにスタートしたか教えてください。

尾形:ルミネのシーズン広告には2007年から関わってきたのですが、ポスターで表現しているビジュアルとメッセージって、ポスターを見てくれる方たちの日常のもっといろんな一幕と繋がっているんじゃないかなと思っていて。そのリアリティや深みみたいなものを、ポスターとは違うアプローチで感じてもらえたらというところから、始まった企画なんです。

―広告と連動しているという大きな特徴があるなかで、どのようなことを意識して小説を書かれていますか。

尾形:ルミネには「わたしらしくをあたらしく」という企業スローガンがあるんですけど、ポスターも小説も、すべてそこに繋がっていて。愛だの恋だの好きなように書いている風ですけど(笑)、最終的には見た人にとっての「自分らしさ」みたいなものが少しでも拡張されるようなものを目指しているんです。小説を読む人にとって、「自分とは違うけど、同じ時代にきっとこういう人が存在するんだろうな」と思えるような内容にしたいと思っています。

ルミネにとって、この『One piece of a woman』はあんまり下心がない企画なんですよね。だから、小説にはルミネも出てこないし、ファッションだってほとんど関わってこない。「ルミネはなんでこれにお金を出してるのかな?」っていうくらい広告としてはちょっと遠回りなアプローチなんですけど、それがルミネっぽいなと思うんです。

尾形真理子
コピーライター / クリエイティブディレクター。1978年東京都生まれ。2001年(株)博報堂に入社し、2018年(株)Tangを設立。ルミネをはじめ、資生堂、Tiffany&Co.、キリンビール、Netflix、FUJITSUなど多くの企業広告を手がける。朝日広告賞グランプリ、ACC賞ゴールド、TCC賞など受賞多数。『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(幻冬舎)で小説家デビュー。その他、歌詞の提供やコラムの執筆など活躍の場を広げる。

―ストーリーについては、シーズン広告が完成してから作られているのですか。

尾形:はい。ビジュアル撮影の段階では、実はコピーすらできていなくて。

―そうなんですね。それは毎回ですか?

尾形:そうですね。ざっくりしたイメージはあるんですけど、言葉を書くのはまずビジュアルを作ってからです。だから、ポスターを作る時点ではもちろん小説のことはまったく考えていなくて。ポスターが完成してからなにを書くか初めて考えるっていう、ちょっと不思議な作り方なんです。広告って普通は、最初に出口を設定して、そこに向かっていく作り方が多いので、この企画はわりと行き当たりばったりというか(笑)。

―そうした作り方にされているのはなぜですか?

尾形:ルミネがこのシーズン広告を通じて取り組みたいのは、お客さまたちがどういうことに興味があって、なにに喜び、腹を立て、悲しんでいるかーーそういうところと繋がって、本当の意味で必要とされる存在になることだと思うんです。

だから「みなさんの気持ちってだいたいこんな感じですよね」って、表面的で予定調和な表現をすることには、あまり意味がなくて。すべてを計算ずくで作ると、すごく押し付けがましいものになってしまうと思うから、なるべく可能性を狭めないような作り方をしていて。

ルミネ2018年春シーズン広告「好きしかない恋なんて。」
ルミネ2018年秋シーズン広告「愛が複数になって、女は素晴らしくなる。」

オリンピックとか春とか、強制的な大きな流れに気後れしてしまう人が、前向きになれるようなものを作りたくて。

―新たに公開されたシーズン広告「止まないエールを、自分にも。」についても教えていただけますか。

ルミネ2020年春シーズン広告「止まないエールを、自分にも。」

尾形:今年は東京でオリンピックがありますよね。大きなイベントの前に街に沸き起こる高揚感と、「自分」というものを繋いだときに、どういったメッセージが作れるんだろうという発想からスタートしました。

ルミネのお客さま一人ひとりが主人公であると考えたときに、その主人公たちのほとんどがオリンピックに出場する側ではなく、応援する立場ですよね。応援することも尊いことだし、さらには自分を応援するっていう、ちょっと忘れがちな気持ちに気づくきっかけになったらいいなと思って、まずポスターを作りました。

そこから先、小説を書くときには、私自身の感覚が結構出ている感じがするんですけど、なにかが大きく一つの方向に向かおうとするときに、居心地の悪さを感じる人っていつも世の中にはいるはずで。

―そうですね。

尾形:「春だから新しい私になっておしゃれしよう」みたいなメッセージだって、もちろん間違っていないです。でも一方で、春って環境が変わることも多くて、緊張したり疲れたりするんだけど、そんなことを言っていないで、新しい環境にうまく馴染んでいるふりをして、笑っていないといけないように思わされる季節でもある。

オリンピックとか春とか、強制的な大きな流れみたいなものができてしまったときに、気後れしてしまうような人が、ちょっとでも前向きになれるようなものを作りたくて。それで、高校を卒業してから十年後の同窓会に、特に理由はないけど、なんとなく行きたくないと思う女の子の小さな話を書いたんです。

尾形:今回の小説の主人公って、いい子なのか悪い子なのか、素直なのか、ずるくて計算高い子なのか、判別がつかない。だけどどういう場面でどの側面が出るかが人によって違うだけで、人って一概にいい人とも悪い人とも言えないものですよね。そういう揺らぎを持っている一人の女性像を描きたかった。

―さきほど「愛だの恋だの好きなように書いている風」とおっしゃっていましたが、尾形さんが手がけてきたルミネのコピーって、すごく感覚的なものだと思われていることが多い気がして。けれど広告のクリエイティブってロジカルに作っていく部分が当然あるものだと思うのですが、ご自身のなかではどういうバランスで作られていますか?

尾形:それでいうと、95%は理屈で作っています。だけど最終的に、そのコピーを見たときになにか感じるものがあるかないかは感覚で選んでいるんです。だから私、物語とか書けないんだろうな。文章を書くことも好きだとは言えないです(笑)。

―そうなんですね。

尾形:でもね、今ルミネが女の子たちにどんなことを言えるんだろうって考えるのは、すごく好きなんです。以前に書いた「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」っていうコピーがあるんですけど、私は試着室に入っても誰のことも思い出さないんですよ。完全に服しか見ていない。だけど、そういう女の子がいることは知っていて、試着室のなかでそういう気持ちになっている子はかわいいなと思う。だから書けるんでしょうね。

ルミネ2014年シーズン広告「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」

ルミネという商品がとらえづらいものなので、だからこそ届くチャンスが生まれているんですよね。

―これはルミネに限らずかもしれませんが、企業が広告を通じてなにかメッセージを発信しようとするときに、なるべく多くの人に届けたいという思いがあると思うのですが、今って「若者は全員これが好き」というような大きなムーブメントもないし、年齢や性別などで人をくくったとしても、そこに属する個々人の価値観って本当にばらばらだと思うんです。そんななかで、メッセージを作るうえでどのようなことを考えられているかを伺いたくて。

尾形:(手元の炭酸飲料を指して)たとえば、「炭酸強め」「ほとばしる爽快感」っていうのが、多分この商品のウリですよね。でもこの商品と飲む人との関係をもうちょっと深めようとした場合に、これがいいコピーっていう例えにはならないですけど、「ため息よりひと口」ってコピーがあったら、関係性が少し変わるかもしれない。

だけど最近のコピーって、関係性を深める方向を選ばないことが多いんです。あえて人間のドラマを語ってくれなくても、「炭酸強め」ってストレートに言えばいいというジャッジになることがほとんどだと思う。でも「炭酸が強い」っていうのは情報でしかないから、「強炭酸」という物性は好きになっても、商品やブランドを好きになることにはなかなか結びつかないですよね。

―炭酸さえ強ければ、別の商品でもいいかもしれない。

尾形:そう。ルミネの場合、お客さまがなにをもって「ルミネ」と言っているのかって、実は人によってすごく違うんです。ルミネカードを持っているけど、毎晩家に帰る前にお弁当を買うことだけがルミネとの接点だというお客さまもいるかもしれない。あるいは、いつもお友達と待ち合わせする場所だととらえているかもしれないし、買い物しなくともルミネを歩き回ることが好きなお客さまもいる。それくらい、ルミネという商品がとらえづらい難しさがある一方で、だからこそ届くチャンスが生まれている気がするんですよね。

―人によってルミネ像が異なるからこそ、「強炭酸」的な情報ではない言葉を投げかける余地があるということでしょうか。

尾形:そうだと思います。もしも「強炭酸」的なひとことをルミネの社長が見つけてしまったら、私はもういらないのかもしれない(笑)。

これは言いわけみたいですけど、ルミネの広告って人によって好き嫌いがあるのがいいと思っていて。「前回の広告はものすごく刺さったけど、今回は全然ぴんとこなかった」っていう人は結構いるんですよ。でもちょっとずつ裏切られていることで、ほどよい距離感で長く付き合えると思っていて。だからなるべくメッセージの方向も定めないようにしているんです。ベースには女性たちへの刺激と応援がありつつ、ちょっと強い口調だったり、いじいじしていたり。

ルミネ2019年春シーズン広告「わたしの夢を奪うわたしになるな」
ルミネ2019年夏シーズン広告「こぼれなかった涙も心の中で乾いていく」

世の気分に加えて「こうだったら素敵だな」という希望を織り交ぜることで、メッセージを作っています。

―毎回のメッセージを作る手がかりって、季節やこれまでの広告とのバランスもあると思うのですが、どのようなところからヒントを得ているのですか?

尾形:ニュースで話題になっているような事象について、どういう風に人々の気持ちが動いているのかを見ています。電車のなかの光景とか、日々生活している半径5mくらいで見える範囲ですけどね。「半歩先」ってよく言いますけど、半歩先なんて誰にも見えないし、わからない。だけど、世の気分みたいなものに加えて「こうであったら素敵だな」という希望を織り交ぜることで、いつもメッセージを作っているような気がします。

―希望ですか。

尾形:たとえば、今回のコピーにはいくつか候補があって、「高らかなエールを、自分にも。」というコピーと迷っていたんです。それはさっきの、最終的にはコピーを感覚で選んでいるという話にも関係するんですけど、「高らかなエールを、自分にも。」って、かっこいいし、理屈で考えれば別に間違っていない。だけど、なんだかちょっとどうでもいい感じがする。感覚的に、あんまり入ってこないなと思ったんです。

そして、私がそう感じるということは、道すがら広告を見る人たちはもっと感じるはずで。長い人生のなかで、いいときも悪いときも絶えず自分に対してエールを送り続けることの難しさを考えたときに、「止まない」という言葉を使ったことが、この広告に織り混ぜた「希望」なんです。

ルミネの広告は一瞬の強さというよりも、滞空時間の長さを意識しています。

―接触するメディアやコンテンツの数が増えていて、可処分時間が奪い合いになるなかで、広告に限らずさまざまな場面で扇情的だったり、瞬発的に強さを持つ言葉を見かけることが多いなと思うのですが、そうしたなかで「止まない」という言葉に込めた希望のように、行間を感じ取ってもらうような表現を見てもらうことに難しさを感じることはないですか。

尾形:広告って、基本的には気づいてもらえなかったら0点です。無風が一番悪い。だからクリエイティブの力を使って見てもらえるものにするのが広告だと思うのですが、世の中において発せられるメッセージが、アジテートしたり、言葉尻の強さで戦う方向にあるなかで、ルミネは一瞬の強さというよりも、滞空時間の長さを意識しています。

―滞空時間ですか?

尾形:「止まないエールを、自分にも。」っていうメッセージを見たときに、もしかしたら「え、どういうこと?」って思うかもしれないけれど、「どんな時も自分にエールを送ろう」っていう読後感は残る気がしていて。だからといって直接的に「ルミネでお買い物をしよう」とはならないと思うんだけど、メッセージをきっかけに、ルミネとお客さまの人生の一部分が繋がっていくことが大切なんです。それを、滞空時間の長さと呼んでいます。遠いところから吹き矢を飛ばすみたいな感覚ですね。だけど刺さると中毒性はあるよ、と(笑)。

―滞空時間の長い言葉を生み出すために、尾形さんが大切にされていることってなんですか。

尾形:発見と普遍が共存していることです。すでに知っている物事でも、「この角度から見たら実はこういう風に見えるよね」っていうことが私も好きだし、みんな好きですよね。発見って、可能性なんです。『M-1グランプリ2019』でファイナルに残ったぺこぱさんの「つっこまないツッコミ」がすごく話題になっていましたけど、そこにも一つの発見がありますよね。「相手を受け入れる」という誰もがいいなと思う時代性と、「ツッコミ」っていう伝統的な芸が合わさって、新しい可能性を生んでいる。

広告においても、全部慣用句みたいなことが書いてあったら「そうですね」って一瞬で終わってしまうし、体感として共感できる部分がないと「なに言ってるんだか」となってしまう。その両方が入っていることが大切だと思っています。

ルミネ2018年春シーズン広告「わたしの上にある空は、何度でも晴れる。」

いつの時代も若者が正しいというスタンスでいようと思っているんです。

―長くルミネの広告を制作されるなかで、ルミネがターゲットとしている女性というもののあり方も含め、さまざまな価値観が大きくアップデートされていると思います。そうした変化について尾形さんはどのようにとらえていますか。

尾形:これはルミネに限らずですが、一つ決めていることがあって。20代からルミネの広告の仕事を始めて、今は40代になったので、ターゲットの年齢を自分が超えてきたわけですけど、とりあえず、いつの時代も若者が正しいというスタンスでいようと思っているんです。

私には理解できないことであっても、若者の感覚をそのまま正しいと思おうと。言葉を仕事にしていると、若者言葉みたいなものに嘆く人たちもたくさんいます。たとえばね、最近「ラブラブ」とか「アツアツ」みたいな意味で「アチュラチュ」って言うと知って(笑)。

―知らなかったです……。

尾形:今の私からしたら「えー!」と思うような言葉を、楽しんでいる子たちがいるわけですよね。だけど、自分の若い頃を思い返してみても、自分たちの世代だけの言葉を持つことって、お金や権力に自由がない世代にとって、すごく大事なことだと思うんです。多くの学生さんは、好きな服をどんどん買えたりしないなかで、言葉という身近にあるものも、ちゃんと楽しんでいる。そうやって生み出されているものに対して、「私たちはそんな言葉使わなかった」とか「わけのわからないことを言って」みたいな目で見ないで、知ろうとしていたいんです。

ただし、使ってみたいなと思っても自分では上手に使えないですけどね(笑)。自分の感覚にないものだから、使うとすごく寒くなる。でも、そういう言葉を使うときの楽しさの気分みたいなものはつねに垣間見ていたいし、時代の変化は楽しんで、受け入れていきたいなと思っています。

サイト情報
『One piece of a woman』

LUMINEの1枚のポスターから生まれたショートストーリー。
あたらしい時代がはじまる変化の空気を感じながら、自分のペースを整えるそんな小さな物語です。

プロフィール
尾形真理子 (おがた まりこ)

コピーライター / クリエイティブディレクター。1978年東京都生まれ。2001年(株)博報堂に入社し、2018年(株)Tangを設立。LUMINEをはじめ、資生堂、Tiffany&Co.、キリンビール、Netflix、FUJITSUなど多くの企業広告を手がける。朝日広告賞グランプリ、ACC賞ゴールド、TCC賞など受賞多数。『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(幻冬舎)で小説家デビュー。その他、歌詞の提供やコラムの執筆など活躍の場を広げる。



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