シンガーソングライターの笹川美和が、1年半ぶりとなる新曲“あなたと笑う”を発表した。この楽曲は、ミツカングループの株式会社ZENB JAPANが展開するブランド「ZENB(ゼンブ)」のオリジナルショートムービー『ぜんぶまるごと』のために笹川が書き下ろしたもの。ショートムービーの脚本・監督を務めるのは、映画『かもめ食堂』や『めがね』で知られる荻上直子監督だ。荻上監督自身の子育て経験をもとにしたというショートムービーには、普遍的な家族の絆が描かれている。初めてタッグを組んだ二人が、お互いの印象から、作品づくりに影響を与え合った部分、親子の愛情について語った。
荻上監督の作品からは、「頭のいい愛情がある」と感じます。(笹川)
―お二人が作品で組まれるのは初めてだそうですね。お互いの印象はいかがでしたか?
笹川:私はもともと、荻上監督の作品をDVDで持っているくらいファンなんです。だから、今回スタッフから「荻上直子監督のショートムービー用の楽曲」ってお話を聞いたときに「うわあ、きた!」って興奮しましたね。
荻上:ありがとうございます。
―過去の作品をたくさんご覧になってきた笹川さんが感じる、荻上監督の作品の魅力を教えてください。
笹川:私は映画『かもめ食堂』(2006年)から入ったんですけど、好きな日本映画として必ず挙げる一本です。荻上監督の作品って、どれも人間に対する愛がありつつ、熱狂的な感じではなく、どこかドライだったりする。変ないい方かもしれないですけど、「頭のいい愛情があるな」って思って見ていました。
―頭のいい愛情、ですか。
笹川:「なんとかちゃん、かわいいわ! 愛してる!」って盲目的な愛情じゃなくて、相手のもっと深いところまで考えた上で愛情を示しているような。それが、押しつけがましくないなって思っていました。
あと、食べ物をすごくおいしく描かれているじゃないですか。「日本人が当たり前に食べていたものが、こんなに素敵に映るなんて!」って毎回、感動します。
荻上:『かもめ食堂』以降、私は料理をするのが好きな人だと思われているんですけど、そんなことまったくなくて! なんなら、お金を払ってでも誰かにやっていただきたい。
笹川:そうなんですね。意外です。
荻上:子どももいるので頑張ってやりますけど、「なんで私がやらないといけないんだろう」って思ってますよ(笑)。
―荻上監督から見た笹川さんの印象は?
荻上:もともと、(デビュー曲の)“笑”(2003年)を聴いていました。そのイメージから、平伏したくなるような、教祖様みたいな方かと思っていたんですが、会ってみたらこんなにかわいらしくてチャーミングな方で驚きました。
笹川:普通の人間です(笑)。聴いてくださっていたとは、ありがとうございます。<笑い>を繰り返している曲ですね。これはデビュー曲だったんですけど、当時は荻上さんと同じように沖縄の「おばぁ」のようなイメージされていた方もいましたね。
笹川美和『笑』を聴く(Spotifyを開く)
―今回は、荻上監督のオリジナルショートムービー『ぜんぶまるごと』のために楽曲“あなたと笑う”を書き下ろしたわけですが、荻上監督の脚本を読んで、笹川さんはどう曲に落とし込んでいったのでしょうか?
笹川:そうですね、まだ脚本が固まっていなかったので、「ZENB」の商品コンセプトを見せていただいた上で、荻上監督が書かれた初期の構成を読んで。そこから膨らませて綴っていきました。
―そのとき構成については、どんな印象を持たれましたか?
笹川:まだ文字の段階だったんですが、「荻上監督ならこんな映像かな」というのを勝手に想像しながら歌詞を当てはめていきました。そしたら曲がどうなるかなというのは、新たな挑戦でしたね。
私、普段はダークサイドの曲が多いんですけど、今回に関しては商品の「ぜんぶ」っていう言葉からインスピレーションを受けて、愛に溢れた曲にしようと思って書きました。
―荻上監督は、曲を聴かれての第一印象はいかがでしたか?
荻上:とても包容力のある歌だなと思って。まだ脚本が完全にできあがっていなかったので、デモの曲を聞きながら脚本に反映していきました。作品を撮る前日にレコーディングが終わったんですよね?
笹川:そうですね。なので、デモのアレンジと、デモの声をお渡ししていました。
―曲を聴いて、脚本に反映したのはどんな部分でしたか?
荻上:本当はもっと、面白おかしいコミカルな映像になる想定をしていたんです。でも、笹川さんから上がってきた歌に影響されて、自分でも感動してしまうくらいのエモーショナルな映像になりました(笑)。
着地が自分の想像していたものとは違うんだけど、それはそれで楽しくて。映画を撮るときもそうなんですけど、音楽だったり、役者さんの演技だったり、カメラマンさんの能力といった他の方の作用によって、自分の想像よりもさらに素晴らしいものになることがあります。
笹川:ショートムービーの中にコミカルな部分も残ってますよね。すごくあったかいけど、お母さんがイラッとしている場面も織り交ぜられて、ただただ理想の「美しい家族」ってだけではないものを感じました。それでも、最後に家族が食卓を囲んでいるのを見ると、いいなって。荻上監督らしい、押しつけがましくない作品。音楽がお役に立てていたら嬉しいです。
本来、父親も一緒に子どもを育てるのは当たり前のこと。(荻上)
―ある時期、お母さんがワンオペ育児をしているCMやショートムービーが出ていましたが、お母さんの大変さが際立っていました。今回のショートムービー『ぜんぶまるごと』も働くお母さんを応援する作品になっている一方で、お父さんも頻繁に出てきていたのが印象的です。荻上監督は男性が子育てすることを、どう捉えていますか?
荻上:本来、父親も一緒に子どもを育てるのは当たり前のことじゃないですか。ただ、私たちより上の世代は、一緒にやってこなかった人も多かったのだと思います。
笹川:たしかにそうですよね。私自身は結婚もしてないし子どももいないですけど、弟には子どもがいて。弟は、嬉々としてオムツを替えているんです。でも、それを見た私のおばあちゃんがその弟の姿をみて「かわいそう」っていうんですよ。きっと、おばあちゃんの世代では、男性がオムツを替えることは「恥」のような価値観があったのかなって。私はそれに対して「いまはこれが普通なんだよ」って伝えてますけど、そういう認識があった時代もあったんですよね。監督のところは、どんな感じですか?
荻上:うちは双子だし、夫にはやってもらわないと無理ですね。
笹川:おいくつなんですか?
荻上:7歳の女の子二人です。最近は二人で遊んでくれるようになったので、だいぶ楽になりました。
笹川:友人も双子を育てているんですが、2年くらい記憶がないっていってました。
荻上:私も1年記憶がないです(笑)。でも、「大変、大変」って周りからいわれるんですけど、それしか経験していないので、そういうものだと思ってます。
―あのムービーでの夫の関わり方は、荻上監督の家庭のような感じですか?
荻上:私がもっと威張ってますけどね。夫に対して「やらないと怒られるってわかってんだろうな?」って。でもなにをどうすればいいか、指示しないとやらないので、箇条書きにして「これとこれ」って指示を出しています。数日前に指示したことも、なぜかすぐに忘れて動けなくなるんですよ。
―ムービーのなかで、お父さんと子どもが物を投げて遊んでるときに「手伝え、コラ!」ってお母さんがいっているシーンもありましたね。
荻上:うちではもっと怖いですよ(笑)。
笹川:監督はお仕事もされていて、締切もある中で日常生活もこなさなきゃいけないですよね。どうしてるんですか?
荻上:どうしてるのかな? わかんない、どうしてるんですかね(笑)。最悪、子どもを寝かせてから仕事をすることもありますけど、あんまり無理はしないって決めています。経験上、自分の能力もわかってくるので、自分で締切を設定して交渉するのは得意になってきました。
でも、子どもが生まれる前は仕事のことだけを考えられたのが、今は40%くらいを育児に持っていかれた感じはしていて。もちろん、働き方を変えないといけない部分もあるんですけど、一方で、将来また100%自分の仕事だけ考えられるところに戻りたいとも思うんです。それこそ、子どもたちが巣立ったら。そのときを楽しみにしてます。
笹川:忙しい生活の中でも、自分のやりたいこともしっかり見据えているような考え方、いいですね。
―荻上監督の中では、今は制限があるという感覚なんでしょうか?
荻上:他にやらなきゃいけないことがあるので、この作業をするためにどうするべきか……みたいに、スケジュールを立てていかなくてはって感じです。将来の夢は、「ムーミン」シリーズ作者のトーベ・ヤンソンみたいな生活。
笹川:あ、あの島じゃないですか? 私もあれが理想だなって感じていたんです。
荻上:そうです。フィンランドのクルーヴハル島っていう孤島に、夏の間だけいって、そこで執筆活動に専念するんですよ。小さな絵本みたいな小屋に、キッチンとベッドだけがあって。トイレもないから、崖っぷちからトイレをするっていう。
笹川:たった一人だから、なにしたって自由ですもんね。
荻上:朝起きてもいいし起きなくてもいいし。そんな環境の中で仕事に専念したら、どんな創作ができるかを試してみたいんです。
人に迷惑かけずに生活していけるなら、結婚しようが子どもを生もうが、本人の自由だと思う。(笹川)
―たしかに自由という点で一人はいいですよね。ただ、日本で女性として生きていると、結婚していないとか、子どもを産んでいないことでプレッシャーになることも未だにある気がしますが、笹川さんはいかがですか?
笹川:私は結婚しないと決めているわけではないですし、子どもも生まない主義ではないのでいいんですけど、母体年齢を気にするっていう意味でのプレッシャーはあるかもしれないですね。不妊治療をしている友人も多いです。一方で、これくらいの年齢から仕事が楽しくなってくる方も多いと思うんですよね。そうなったときに、ジレンマも抱えるんだろうなと思います。
私の母は「子どもを産めたらいいと思うけど、好きなときに結婚したらいいよ」って理解を示してくれるから幸せですね。でも、親に「結婚は?」「子どもは?」っていわれてしまったらプレッシャーだろうと思うし、仕事を評価してくれないんだろうなって考えてしまうかもしれない。
―同年代の結婚していない女性が、息苦しそうって思うことはありますか?
笹川:職業柄もあるかもしれませんが、私の周りにいる友人たちは、結婚していなくてもイキイキと楽しくしている方が多いんです。そういうお手本がいるので、あまりプレッシャーがないかもしれないですね。
ただ、地方だと結婚が早かったりしますし、そこでプレッシャーに感じている方はいるかもしれないですが。でも、「結婚したい」が先に立ってしまうと、「好きな人」との結婚ではなくなったりもするのかなとも思います。
荻上:私の周りでも、幼い頃から結婚しないと決めている女性が何人かいらして、それはそれで全然いいじゃないですか。でも高校時代とか大学時代の友達とやりとりすると、「今、結婚してないのは私とあなただけだね、お互い頑張ろうね」っていわれることがあるっていっていました。いわれたほうは「頑張らないっていってるじゃん」って思うみたいですね。
笹川:時代が変わってきているので、人に迷惑かけずに生活していけるなら、結婚しようが子どもを生もうが、それは本人の自由だと思うんですけどね。
「ぜんぶ」って、いいところも悪いところも包み込む言葉だと思うんです。(笹川)
―今回、笹川さんの“あなたと笑うから”の歌詞の中で、<あなたが笑うから>が、最後に<あなたと笑うから>と、「が」が「と」になるのが印象的でした。さきほど荻上監督も自分の時間を育児に割いているお話がありましたが、育児の大変さがその歌詞に表れているように感じます。
笹川:自分の母親もそうなんですけど、お母さんって、365日、24時間のお仕事ですよね。親の愛情ってすごいなって思う一方で、それに伴う大変さもあると思うんです。だから、“あなたと笑うから”では働くお母さんの大変さも表現したかった。
今回、「ぜんぶ」という言葉を盛り込んでいるんですが、「ぜんぶ」って、いいところも悪いところも包み込む言葉だと思うんです。ダメなところとか、大変なところを全部ひっくるめているのが愛情だと思っていて。
子どもが笑ってくれるのが幸せだし、笑ってくれるからこそ、お母さんも笑えるところもあるんじゃないかと。それで、「あなたと笑うから」と着地しました。
笹川美和『あなたと笑う』を聴く(Spotifyを開く)
荻上:親って大変は大変なんだけど、この曲で表現してくれているように、そのぶん子どもから愛情をたくさんもらっている気がします。
笹川:それがあるからみんな苦じゃないんだなって。側から見ると「大変そうだな」って思うんですが。友達も、子どもとちょっと離れると「会いたくなる」っていうんですよね。
―いろんな愛情がある中で、「親と子ども」に焦点をあてたときに、他の愛情とはどんな違いがあると思いますか。
笹川:ご両親の子どもに対する「無償の愛」ってすごいなと思っていて。かけた愛情なのか、過ごした時間なのか。私の中では両親は裏切らないっていう安心感があります。絶対のものがあるっていうのは、かけがえのないものです。荻上監督は、お子さんが生まれてから変化ってありました?
荻上:ありました、ありました。私、「死にたい病」で、ちょっとしんどいと、「ああ死にて~」って考えちゃうところがあったんです。でも、子どもを生んで初めて「これって幸せだったのかな」って感じる瞬間はありました。だからといって、前が幸せじゃなかったわけじゃないんですけど。子どもが絶対的ななにかを運んできてくれた感じというか。
―こういうときに幸せを感じたっていう、具体的な瞬間はありましたか?
荻上:近所のレストランに行くまでの道すがらに見せる笑顔とか、本当にすごく些細なことなんですよ。
―私も子育てをしていると、ふと「これは永遠じゃないんだな」って思って、噛み締める瞬間があります。ショートムービーにもあったような、ポケットにドングリを入れていたりとか。あらためて愛おしくなりました。
笹川:親になると心境が変わるものなんですね。
荻上:本当に些細なことだけど、幸せを感じますよね。
笹川:私も大人になればなるほど、両親からかけられた愛情たるやって思うし、子どもが生まれたら、自分も子どもに返していきたいなって思うようになりました。
―私はダメな母親だと思うことが多いですが、子どもたちは愛情を返してくれている気がしていて。荻上監督は、母親としてダメって悩んだりすることはないですか?
荻上:仕事が忙しくてあんまり悩む暇もないんだけど(笑)、反省はよくしますね。子どもにいいすぎちゃったときなんかは、「ごめんなさい」ってちゃんと伝えるようにしています。こっちの方が気にしちゃっていて、子ども自身はそんなに気にしてないこともあるんですけどね。
笹川:子どものほうが気にしていないこともありますよね。思い返すと、「なんでいま怒られたんだろう」ってことはあったけど、それでも親を嫌いにはならなかったかな。愛情さえあれば、子どもにも伝わっていると思います。
- リリース情報
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- 笹川美和
『あなたと笑う』 -
2020年2月10日(月)配信
- 笹川美和
- イベント情報
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- 『笹川美和 Tour 2020 ~万緑は短夜に躍る~』
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日程:2020年5月22日(金)
会場:東京都 大手町 三井ホール日程:2020年5月28日(木)
会場:愛知県 名古屋 Blue Note日程:2020年5月29日(金)
会場:大阪府 梅田 TRAD
- 『LIVE in the DARK』笹川美和 公演
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日程:2020年6月26日(金)
会場:コニカミノルタプラネタリウム“天空” in東京スカイツリータウン®
- プロフィール
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- 笹川美和 (ささがわ みわ)
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1983年2月23日生まれ、新潟県出身。シンガーソングライター。学生時代から地元・新潟を拠点に音楽活動を始め、2003年にavex traxよりシングル『笑』でメジャーデビューし、その独創的な世界と歌声が話題を集め、数々のCMやドラマの主題歌に起用される。『FUJI ROCK FESTIVAL』を皮切りに、『オハラ☆ブレイク』、『Slow LIVE』と3ヶ月連続で夏フェスに出演する。2003年のデビュー以降、言葉を紡ぎ出すストーリーテラーな面と経験を歌に昇華することから、エッセイスト的シンガーソングライターとして唯一無二の楽曲を生み出している。
- 荻上直子 (おぎがみ なおこ)
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1972年2月15日生まれ。千葉県出身。映画監督、脚本家。2004年『バーバー吉野』でデビュー。ベルリン国際映画祭児童映画部門で特別賞を受賞。2006年に、小林聡美主演で製作した『かもめ食堂』が大ヒット。他に、ベルリン国際映画祭マンフレート・ザルツゲーバー賞などを受賞した『めがね』、文化庁芸術選奨新人賞を受賞した『トイレット』、ベルリン国際映画祭テディ審査員賞、観客賞を受賞した『彼らが本気で編むときは、』などがある。
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