山の傾斜を利用した巨大な楽器を作り、静寂の中にバッハを響かせるNTTドコモのCM『森の木琴』や、世界的に有名な温泉地である別府に生まれたテーマパーク『湯~園地』の映像など、ユニークかつインパクトのある作品を数多く手掛けてきたサウンドデザイナー清川進也。彼が率いるクリエイティブサウンドユニット「EIGHTYEIGHT.」により開発された、リモートオーディオ制作サービス「AIR.」が5月11日よりスタートした。
福岡屈指のポストプロダクションである「auerz」や、フリーランスのサウンドクリエイター、テレビなどで活躍するナレーターらと提携した「AIR.」。これを利用すれば、ユーザーはどこにいても録音やサウンドチェック、フィードバックなどをリアルタイムで行うことが可能となる。例えば楽曲制作やMA(Multi Audio)、ナレーション録音など、これまで人が集まらなければ難しかった作業を完全リモートで行えるのは、今の状況にあってとても心強い。さらに清川は、サウンドスペース「ATELIER AIR.」を森の中に構えるなど、コロナ禍にあってもその制限を逆手に取ったサービスを次々と提供し続けている。
全国で経済活動が再開されるも、未だ予断は許されない。そうした中で、我々はこの先どのような働き方をしていけばいいのだろうか。かねてから「音」のメッセージ性やストーリー性にこだわり、アフターコロナの世界では人も「個」としてのメッセージ性やストーリー性が大切になると説く清川に、リモート取材で話を聞いた。
不確かで無秩序、それであって人類が無意識の中でずっと聴いてきた自然音には場所や時間のストーリーが存在する
―清川さんの手掛けた作品というと、個人的には『森の木琴』(2011年)がとても印象に残っています。自然の「音」に着目し、2012年の『カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル』にて3冠に輝いたあの作品のお話を聞かせてください。
清川:僕はサウンドデザイナーとして、これまでさまざまな種類の音の作品を作ってきたわけですが、ある時期から「音を作る」ことに対する考え方がすごく変わりました。YouTubeやTwitterの黎明期に、それまで主流だったCDの売上がみるみると減少していき、音楽の楽しみ方やサービス自体のパラダイムシフトが起きましたよね。紆余曲折ありながらも、今となってはダウンロードやストリーミングによっていつでもどこでも音楽を楽しめるようになりました。
―しかも、古今東西のものすごい数のコンテンツがYouTubeにはアップされていきましたよね。
清川:あらゆる音の表現自体も、どこか新しい境地へと向かうべき局面にきたというか、そのときは危機感すら覚える変化だと感じました。聴き手・作り手の自由度が増すこと、それ自体はとても素晴らしいことである反面、音そのものにも際立つメッセージやストーリーを強く感じさせるもの、そして強い共感が得られるものが必要だと思ったんです。実際、音には言葉を超越した強いコミュニケーションを生み出す力があります。僕はそれを「スーパーランゲージ(超言語)」と名付けています。
そんな強い思いもあり、以前より何となく興味のあった環境音や自然音の採集を始め、自然の中に身を置き、たくさんの音と向き合いました。ちょうど東日本大震災が起きた頃です。不確かで無秩序な音、それであって人類が無意識の中でずっと聴いてきた音、この一つひとつにその場所や時間のストーリーが存在するのだと考えるようになり、そしてそれは僕自身が長らく求めていた音への解釈でもあったのだと気づくことができました。その時期に制作に携わった『森の木琴』は僕にとってそんな作品なんです。
―清川さんはグラフィックデザイナーの原研哉さんと、武蔵野美術大学基礎デザイン学科で講義をなさっています。そこでは「ビジュアルランゲージ」をテーマにお話されているそうですが、それは今お話ししてくださった音のメッセージ性、ストーリー性とも関係していますか?
清川:はい。まず、文字は記号であり、その表情や形が変わっていくことで、同じ言葉でも伝わり方が変わるというのが原研哉さんの「ビジュアルランゲージ研究」の考え方です。サウンドデザイナーである僕がこの講義で担うのは、言葉に対する音や声の組み合わせによっては、言葉本来の伝わり方が多様化する、という試みについてです。そしてその一方では、異なる言語を話す人同士が音や音楽を使って感情を共有することができます。この言葉を超越したコミュニケーションこそ、まさに「スーパーランゲージ(超言語)」なんです。
『森の木琴』は、そのビジュアルもさることながら、そこで奏でられている「音楽」が多くの共感を生みました。これが超言語的な着想に大きな影響を与えてくれたわけです。「音を、音楽をどう拡張していくか?」は僕にとっての永遠のテーマで、自然界に存在する人間の可聴範囲を超えた周波数の音を体で感じることも、映像に対して音と言葉をパズルのように組み替えることによって表現にさまざまな変化を与えることも、いずれも「音の拡張」です。そういったすでに存在するものに対する音の役割や可能性を見出し、「ありのままの音をありえない音」へ変化させていくことについて、僕はとても興味があります。
意識や情報が「風」となり自由に飛んでいけるような、「風の時代」がやってきたんじゃないかと思っているんです。
―清川さんが代表を務める「EIGHTYEIGHT.」が始めたリモートオーディオ制作サービス「AIR.」は、どのような経緯で開発されたものなのでしょうか。
清川:COVID-19のパンデミックによって、世界レベルで移動が制限されました。ほとんどの人が自宅待機を余儀なくされ、他国間の移動はおろか、県をまたいでの移動もできなくなったことは、人類史において大きなインパクトをもたらしました。なぜなら、人類は移動しながら歴史を作り、文明を育ててきたわけですから。
でも、その反面で、テレワークが急速に普及したわけです。これは発想を変えてみれば、移動の概念が劇的に変化したとも言えます。一定の場所に留まりながらもあらゆる手段で社会と繋がり、経済活動を行う。これはある意味、それぞれの意識や情報が「風」となり自由に飛んでいけるような、そんな「風の時代」がやってきたんじゃないかと思っているんですね。
―「風の時代」ですか。確かに、コロナ禍になってからのほうが、今まで「距離」を理由に会えたかった人たちとも積極的にコミュニケーションを取るようになった気がします。隣に住んでいようが、ブラジルに住んでいようが関係なくなったというか。
清川:そうです。僕は性格上様々な事象をすぐ音に結びつけて考えるのですが、音とは「空気の振動」です。空気を伝ってさまざまな場所へと飛んでいくわけです。今のコロナ禍をある種の進化への過程と捉えるならば、世界のあらゆるものをつなぐライフラインとして、音が担えることの可能性を今一度見つめ直すときが訪れているように思います。
「他者に対して何ができるのか」という考え方が、自己を育てていくのではないかと思います。
―コロナ以降の世界がどうなっていくのか、そこで私たちはどんな仕事の仕方をしていけばいいと清川さんは考えているのか、お聞かせいただけますか?
清川:「移動の革命」が起きたのかもしれません。みんなが風のようにふわふわと飛び回り、いつでもどこでもどういう人とでも会うことができるようになる、これは、人類は新しい自由を手にしたと考えることも出来ます。コミュニケーションの質量は増え、それによって、より一層自分が何者なのかを表現することの重要性が問われるのではないでしょうか。冒頭でお話しした、「音そのものにもメッセージ性やストーリー性が求められる」みたいなことにも通じる話だと思います。
風になりながら、軸足はどこかの地にしっかりと据える。例えばそれは「地域」ということなのかもしれません。大分県別府市の地方創生施策『湯~園地』をプロデュースしたとき、東京からの「よそ者」として僕は見知らぬ地に飛び込んだわけですが、そうすると、昔から住んでいる人たちにとって当たり前に感じていることが実は特別なものだと気付くんです。別府はどこに行っても市営温泉が100円で入れるのですが、このことは地元の方にしてみれば当然のことで、僕には教えてもくれない。でも温泉に100円で入れるなんてかなりの衝撃じゃないですか(笑)。そのくらい価値に対する認識の差を感じたんです。
2017年、実際に開催された「湯~園地」の様子
―自分の「物差し」を持ちながら、あちこちふわふわと漂うことで、自分以外の人たちの「物差し」の価値に気付けるかもしれないと。
清川:これこそが、「風の時代」ならではの価値の交換であり、さらなる価値の創出に繋がるのではないかと思うんです。例えば弊社のある東京在住のスタッフは、給与の中から毎月必ず2万円を食費に回していました。コロナ禍での自粛をきっかけに僕は地元の福岡県嘉麻市を一時的な活動の拠点としていて、ここでは美味しいお米や野菜がたくさん採れるんですね。なので、給与の2万円分の穀物や野菜を地元の農家さんと契約して東京に送ってもらうようにしたら、送料を含めても東京の1.5倍以上の野菜が買える。つまり2万円以上の価値になるんですね。これを「超福利厚生」と呼んで実施しています。
―とてもユニークな取り組みだと思います。
清川:この場所にいる自分、契約しているスタッフ、そして農家さん。それぞれの異なる居場所と受給関係が生んだ「価値の循環」というか。これもまた「風の時代」ならではの働き方かもしれません。今後、どうなっていくのかは分からないですが、たった数か月で世界は危機的状況に陥りました。 人類はこのパンデミックをやがて克服するのでしょうけど、今後また別の感染症が生まれてきても全くおかしくない、そんな不安と共存する日常において「他者に対して何ができるのか」という考え方が、結果的には自己のアイデンティティを育てていくのではないかと思います。
―他者貢献によってアイデンティティが育まれるというのは、とても大切な指摘だと思いました。
清川:さらに、同じ志や価値観を持ったクリエイターは最小限で強く繋がり「村化」していくのだと感じています。高い意識の次元で繋がることで目的意識は明瞭化され、見えない環境だからこそ、相手を思いやる気持ちが絆を育み、距離を超えていいグルーヴを生み出します。これはもの作りの社会だけに留まらず、今後至るところで、本質的な豊かさを育むための多様性に満ちたコミューンが生まれていくのかもしれません。
―「村」といっても、物理的に近くに集まる必要はないわけですよね。点在している個が「村」を作れるのがネットの、リモートの利点であると我々は気付いたわけですから。
清川:そうです。それぞれの「村」同士は繋がり、目には見えない意識とモノとの組み合わせにより新たな経済観念が芽生える。この考え方は今後ブラッシュアップされていくと思います。
今まで作ってきた自分のネットワークをうまく活用すれば、さまざまなソリューションを起こせると思ったんです。
―清川さんご自身は、移動の制限が起きた中でどのように過ごされていたんでしょうか?
清川:以前から僕自身は、仕事のスタイルとしてある意味「ノマド」的な生き方をしてきました。長く定住せず、気に入った場所を見つけては移動して、また別の場所へ行く。福岡出身なので、最初は福岡を拠点に活動をスタートし、やがて東京にも居場所ができて、そこから今度は大分県別府市にも拠点を作って、そして今ではソウル、台北など、アジア圏にも帰る場所ができました。
「何故そういう仕事のスタイルなのか?」と問われれば、「性に合っているから」としか言えません。ずっと同じ場所にいることに対して過度の不安を感じてしまう、これはある種の病気ですよ(笑)。仕事へのモチベーションを高い位置でキープするため、こういう環境作り、生活スタイルを自ら選んでいます。
―なるほど。まさに「風」のような生き方をされてきたわけですね。
清川:そういうスタイルでものを作っていくために、必要なネットワークをどう構築すればいいのかは、かなり以前より試行錯誤を繰り返していました。あらゆる場所に出向き、そこで関係性を育み、その後もリモートで連携を取ってきたんですね。
そのネットワークはどんどん大きくなっているのですが、実際に会って話すのは年に一度の忘年会だけ、みたいなことも多い(笑)。そうこうしているうちにコロナ禍となり、今まで作ってきた自分のネットワークを活用すれば、さまざまなソリューションを起こせると思ったんです。
―それが今回の「AIR.」というサウンドフロー全般をパッケージングするサービスであると。
清川:はい。例えばコマーシャル制作の場合だと、いただいた無音の映像にサウンドやナレーションを付けるといったことを、完全リモートで、しかも高いクオリティをキープしたまま行うことができます。ユーザーは複数のオンラインアプリケーションを用いてどこからでもアクセスができるようにしました。録音、サウンドチェック、フィードバックをリアルタイムで行えるわけです。
―木村匡也さんや伊津野亮さんなど、テレビなどで活躍されているナレーターとも連携が取れていると伺いました。
清川:今はどなたもまだまだ移動の制限があり、その中でどういうふうにお仕事をしていくのかを日々模索されているので、今までと全く同じとはいかないまでも、ご自宅でもナレーションの録音ができるようなサポートを行なっています。他にも、ホリプロアナウンス室「HAP」との連携も決まり、多くの女性アナウンサーの声も提供できるようになりました。
「AIR.」でのリモートナレーション録音の様子
清川:ただ、僕らの目的は単に「ナレーションを録る」ということだけではありません。新たなインターフェイスとしての声の可能性に注目しています。
―それはどういうことなのでしょうか。
清川:人類は元来、声でコミュニケートしていましたが、そこに記録の概念から筆記というスタイルが加わり、やがてタイピングがインターフェイスとなり、スマートフォンが普及するとフリック、というふうに発展していきました。そして現在では、声が新たなインターフェイスとしてリバイバルしています。たとえばスマートスピーカーのように声を使ってさまざまな機能をコントロールしたり、識別したりという意味では、今までの声とはちょっと異なる役割が生まれたわけです。
ピアニストの衣擦れの音や、打鍵の音、ペダルを踏む音も含めて「音楽」とする考え方が、とても好きなんです。
―他にもフルリモートならではの魅力はありますか?
清川:時間の効率化ですね。作家にとって時間との向き合い方は、クリエイティビティを左右する重要な要素です。コロナ禍でリモートワークが進み、時間の使い方が多様化したことによりその部分はより精査されていくと感じています。
ただ、その反面で膝を突き合わすことが減った分、お互いの人となりをちゃんと理解することの大切さも再認識しています。もちろん、突き詰めれば直接会って、やり取りした方が上手くいくのは当然です。コミュニケーションはその人の雰囲気や顔色など、言葉以外で察知することもたくさんありますから。ただ、それが今コロナ禍で損なわれているという厳然たる事実は受け入れなければならない。では、足りない部分をどうやって補っていくかが僕らのチャレンジしているところです。
―その欠けたものを補おうとするときに、大切になることって何でしょうか?
清川:仕事に対する姿勢や、もの作りに対する価値観など、「この人と一緒にやったら素晴らしい作品が生み出せそうだな」とお互いを信頼し寄り添えること。信念というと大袈裟かも知れませんが、確固たるものを共有していれば会わなくても話は通じますし、同じゴールイメージを共有しながら目指す方向に進んでいくことができます。お互いを思いやる、ということです。
―「AIR.」以外にも、最近、森の中にスタジオ「ATELIER AIR.」を設立したそうですね。
清川:コロナ禍においては、一時的に故郷にアトリエを構えフルリモートで作品を作っていました。それとは別に、楽器を演奏するなど大きな音を出してサウンドを確認する場所が必要だったのですが、レコーディングスタジオが一時的に使えなくなったことによって、「三密」が生まれる場所では音が出せないのなら、「逆密」の場所を作ろうと(笑)。故郷の福岡県嘉麻市の山中に、音を出せる環境を作りました。
―写真を見せてもらいましたが、本当に壁も天井もない森の中のサウンドシステムなんですね。森永乳業が6月から発売した新商品、「ピノ “プチカリッ” チョコミント」のプロモーションを清川さんが手掛けているそうですが、それも「ATELIER AIR.」で制作を行ったのですか?
清川:はい。バイノーラルマイクを使用したASMRのコンテンツで、「追いASMR」がテーマです。まず手元にピノを用意してもらい、スペシャルコンテンツにスマホでアクセスするとガイダンスが流れます。それに沿って同じタイミングでピノを食べることで、本来の咀嚼音とは全く違うASMRサウンドが楽しめるというものです。
「ピノ “プチカリッ” チョコミント」ASMRコンテンツの収録にも使用したという、耳付きマイク
―とても気になりますね。ちょっとトリップしたような感覚が味わえそう。
清川:そう思います(笑)。不思議な世界に迷い込んだような気持ちになるかもしれない。
この辺りはとても山深い環境で、近くに住んでいる人がほとんどいないので、いくら音を出しても苦情が来ない。当然屋外なので無音環境ではないわけですが、だからこそ、そのときにしか聞こえない鳥のさえずりや小川のせせらぎ、また隆起した地形による響きの変化など、自然環境をそのまま活かし、今この場所にしか存在しない音を収録することができます。そして、季節とともに変化する音にアイデアをもらい創作を繰り返す。そんな自然との対話によってサウンドデザインの循環を生み出す「ATELIER AIR.」は、僕が長らく探し続けていた理想の創作環境なんです。
―「環境音も含めてのサウンド」という意味ではベッドルームレコーディングや、教会や城などでのレコーディングにも通じますよね。
清川:そうですね。ピアニストの衣擦れの音や、打鍵の音、ペダルを踏む音もノイズではなく、それも含めて「音楽」とする考え方がありますが、僕はその考え方をとても大切にしています。「ATELIER AIR.」は、それを拡張したような場所になっていくのだと思います。
- サービス情報
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- 「AIR.」
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サウンドデザイナー清川進也が率いるEIGHTYEIGHT.がディレクションを担当。テレビCM・映画などあらゆる音声コンテンツを常に最上のクオリティーで提供します。
- プロフィール
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- 清川進也 (きよかわ しんや)
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1976年生まれ。福岡県出身。株式会社EIGHTYEIGHT.代表。“スーパーランゲージ”をコンセプトに音の新たな可能性を追求するサウンドデザイナー。2011年に自身の故郷で制作した『森の木琴』をきっかけにグローバルに活動を展開。サウンドデザイン以外にも積極的に自己の表現を拡張しており、2017年には「別府市・湯~園地計画!」において総合プロデューサーを務めた。
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