キタニタツヤのニューアルバム『DEMAGOG』。その全7曲には、「悪夢」と「地獄」という言葉が繰り返し登場する。全ての楽曲が2020年3月以降に作られたという今作は、現代社会の歪みを様々な視点から切り取ったコンセプチュアルな一枚だ。
「こんにちは谷田さん」名義でのボカロPとしての音楽活動を経てシンガーソングライターとして頭角を現し、ヨルシカのサポート、sajou no hanaなど様々なバンドやプロジェクトでも活躍する彼。いわゆる「ネット発アーティスト」としても注目を集める存在だが、その魅力は何よりも鋭利な言葉とサウンドのセンスにある。
アルバムのタイトル『DEMAGOG』は「大衆の情熱と偏見に訴えることによって支持を求める政治指導者」という意味。彼はこの言葉にどんな思いを込め、悪意のはびこる今の時代に何を見出したのか。キタニタツヤというアーティストの過去と現在を掘り起こした。
ボカロPから、オルタナティブロックに憧れてシンガーソングライターへ
―キタニさんはいろんなタイプの音楽活動をされてきたわけですが、「キタニタツヤ」名義でのシンガーソングライターの活動はどんな位置づけでしょうか?
キタニ:自分がいちばんやりたい音楽だし、自分にしかできない、いちばん軸になっているものです。まず自分のために曲を作って、自分のために発表している。その前提ありきで人に聴いてもらう。それが活動の基準になっています。
―「こんにちは谷田さん」名義でボカロPとして活動もされていましたが、今の自分と地続きだという感覚はありますか?
キタニ:ありますね。シンガーソングライターとしての活動を始めようと思ったきっかけも、そもそもボカロ名義で出していた“芥の部屋は錆色に沈む”という曲が初めて10万回再生されて、その曲のアコースティックアレンジの評判が意外とよかったから今の活動をやっているんです。そういう意味で、地続きだという感覚はありますね。
―ボカロから音楽活動を始めた人って、いろんなタイプがいると思うんですが、キタニさんはボカロ曲を自分で歌うということを当初からイメージしていましたか?
キタニ:いや、純粋にボーカロイド文化のファンだったんです。特に高校生の時、2011年頃からすごくハマって。ボーカロイドが歌っているという共通点だけで、ギターロックも、アイドルポップも、小難しいフュージョンも、いろんな音楽が混在して、全部つながっている。それをフラットに楽しめる空間がすごく好きで。
それで「大学生になったら機材を買ってボカロPになるんだ」と思って、ボカロPになった。その流れを経て今に至っているという感じです。あの頃はボカロ界隈の中でもギターロックがメジャーなジャンルになっていて、ギターのかっこいい曲も多くて。
―音楽のルーツはASIAN KUNG-FU GENERATIONだということですが、どんな感じだったんでしょうか?
キタニ:音楽にハマるきっかけがASIAN KUNG-FU GENERATIONでした。小学1年生の時に“遙か彼方”に出会って「ロックってかっこいいんだ」と思って、いろんな音楽を聴くようになったんです。そこから日本のインディーズで活動しているバンドたちに憧れるようになって、オルタナティブなロックが好きになった。全てのきっかけはアジカンですね。
「ヨルシカではプレイヤーというよりもバンドメンバーという気持ちでいます」
―キタニさんはsajou no hanaやヨルシカなど、いろんなバンドやプロジェクトにもベーシストとして参加されていますよね。そのあたりの位置づけは?
キタニ:sajou no hanaはバンドメンバーでもあるけど、サウンドプロデューサーという意識が強いです。渡辺翔という人間がメインコンポーザーで、彼は編曲をしないから、その素晴らしいメロディを僕の持っている手札でいいサウンドに仕上げていこうという気持ちでやっています。
―ヨルシカに関してはどうでしょう?
キタニ:ヨルシカを主宰しているn-bunaくんは、もともとボカロP時代からの仲間で。同い年だし、仲のいい友達。で、彼に「バンドやるからキタニがベース弾いてくれんか」と言われて。僕がメインで弾く楽器はベースだけど、当時からドラムも打ち込んで、ひとりでギターもベースも弾くスタイルでやっているんで、とりたててベーシストという意識はそんなにないですね。
ほかのメンバーもそうですけど、曲に対して口出しするし、言われたとおりに演奏するというより、オリジナリティを出したり提案したりもする。だからヨルシカでもプレイヤーというよりもバンドメンバーという気持ちでいます。
「バンドならではの化学反応への憧れがすごくある。ひとりがいいと思ってやってたけど、ひとりに限界があることに気づき始めた」
―sajou no hana、ヨルシカの前、2011年から「羊の群れは笑わない」という名義でのバンド活動もやってきましたよね。それはどういうものだったんでしょう?
キタニ:高校生の時に楽器を持ち始めて、PCで打ち込んだドラムと家で録ったギターを同期で流して、ベースを弾きながら歌うひとりバンドをやってたんですよ。それが「羊の群れは笑わない」の始まりで。そこからメンバーが集まって、5、6年くらいバンドをやっていた。
でも、ある種、挫折したというか。自分が作ったデモをそのまま演奏してもらってたんで「じゃあひとりでいいじゃん」って。ひとりでボカロで音楽を作っているほうが楽しくなったんです。その流れのままひとりで音楽を作って、ひとりで歌うようになったという感じです。
―それがシンガーソングライターとしての今の活動につながっている?
キタニ:そうですね。前々作の『I DO (NOT) LOVE YOU.』というアルバムから、ひとりでやっていくと決めていました。
キタニタツヤ『I DO (NOT) LOVE YOU.』を聴く(Apple Musicはこちら)
キタニ:ただ、そういう過去があるからこそ、今は自分の音楽になるべくいろんな人が関わってほしいと思っているんです。バンドならではの化学反応への憧れがすごくある。ひとりがいいと思ってやってたけど、ひとりに限界があることに気づき始めた。だから新作では、ピアノの人を呼んだり、ドラムの人を呼んだりして作っています。
―バンドならではの化学反応に気づいたきっかけは?
キタニ:これはヨルシカからの影響が大きいですね。ヨルシカって、ある程度の編曲までn-bunaくんがやってるんですけど、デモから曲が変わっていくんです。みんなでアレンジを加えて、レコーディングして、エンジニアさんが入って、どんどん曲がよくなっていく。
しかもn-bunaくんは僕らにアレンジをかなり委ねてくれるんです。そういう過程を目の当たりにしたのもあったし、もちろんsajou no hanaも含めたいろんな経験の中で、ちゃんと人を選んで、その人に任せるといい結果が生まれるということを学ぶことができた。それは新しいアルバムに如実に出ていると思います。
「やりたいことがたくさんあるんで、同じような曲を作る暇がない」
―新作の『DEMAGOG』の曲調やサウンドについてもお話しいただければと思います。今回はどういうアイデアから楽曲を作っていきましたか?
キタニ:今回はギターが弾きたかったんですよ。自分の根っこがロックだし、やっぱりギターの歪んだ音が好きなんです。今回ドラムを叩いてくれているMattはブラックミュージックっぽいリズムを叩くヤツなんですけど、彼のドラムと俺のベースで生のグルーヴを作って、それを中心にしたアルバムにしたいと思いました。
キタニタツヤ『DEMAGOG』を聴く(Apple Musicはこちら)
―キタニタツヤとして作品を重ねていく中で、音楽的な志向性も徐々に変わってきていますよね。1stの『I DO (NOT) LOVE YOU.』から2ndの『Seven Girls' H(e)avens』に至って、海外のエレクトロニックミュージックを参照軸に持ったものが増えてきた。こうした変遷についてはどうでしょうか?
キタニ:『I DO (NOT) LOVE YOU.』を作っていた頃から自分の趣味嗜好が洋楽ポップスに移っていたので、前作の『Seven Girls' H(e)avens』を作る時にはギターロックと決別するくらいの気持ちがあったんです。それを経て、やっぱりギターが弾きたいと思って。2つのアルバムのバランスをうまく取ったものにしたいなと。
キタニタツヤ『Seven Girls' H(e)avens』を聴く(Apple Musicはこちら)
―聴いた印象としては、2つの作品の間を取ったというより、一つひとつをちゃんと踏まえて進化している。同じことを繰り返してない感があります。
キタニ:それは嬉しいですね。同じことをやっていてもしょうがないし、自分が面白くないんで。やりたいことがたくさんあるんで、同じような曲を作る暇がない。どんどん違う曲調になっていく感じがあります。
「今この現実の中で、いろんなタイプの最低な状況がたくさんある。そこから抜け出したいけれど、なかなか抜け出せない」
―『DEMAGOG』の曲調について、あえて音楽評論家的な解釈をすると「2020年代ならではのミクスチャーロック」という表現が当てはまると思うんです。たとえばDragon Ashのようなミクスチャーロックと言われたバンドたちは、Rage Against the MachineやRed Hot Chili Peppersとの同時代性もあり、1990年代のパンクとヒップホップの融合がルーツになっていた。
一方で、キタニさんのやっている音楽は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONとThe Weekndに代表されるような、2000年代以降の「邦ロック」と言われる文脈と現行の海外のポップミュージックの潮流を踏まえた、今の時代ならではのミクスチャーロックという感じがします。
キタニ:ああ、嬉しい。面白いし、いい表現ですね。精神性はミクスチャーだと思いますし、いろんなところから引っ張ってきています。Arctic Monkeysみたいな泥臭いリフとか、Phoenixのようなフレンチポップとか、ビリー・アイリッシュみたいにずっと不気味な音が鳴っているのも面白いと思ったし、ジェイコブ・コリアーとかルイス・コールみたいな声の使い方もやってみたいです。
―アルバムのコンセプトについても聞ければと思うんですが、『DEMAGOG』というタイトルはどういうところから生まれたんでしょうか?
キタニ:自分にとっては、強い、理想的な人物像なんです。ウジェーヌ・ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』という絵画のようなイメージ。「デマゴーグ」という言葉の意味とは厳密には違うかもしれないけど、僕にとっては、みんなの希望になるような存在です。自分がそういう人間になれるかわからないけれど、強いことを言うアルバムを作ることができたら、今後の自分の人生において、いつか救いになると思ったんです。そのコンセプトありきで曲を作っていきました。
―曲のモチーフについてもいくつか聞きたいのですが、“ハイドアンドシーク”は、どういうところから書いていったんでしょうか?
キタニ:「お天道様が見てる」って言葉があるじゃないですか。超常的な存在が見ていて、いいことをすればいいことが起きるし、悪いことをすれば跳ね返ってくる。そういう思想って、僕も含めてみんな持っていると思っていて。
それこそボーカロイドで初めて出したアルバムが『彼は天井から見ている』というタイトルなんですけど、それも誰かが空から俺らの行動を逐一監視していて、我々はその目から逃れることができないということがテーマだった。そういう息苦しさに関しての曲を書きたくて作りました。
―歌詞には「地獄」という言葉が繰り返し出てきます。これはアルバムのキーワードになっていると思うんですが。
キタニ:今この現実の中で、いろんなタイプの最低な状況がたくさんある。そこから抜け出したいけれど、なかなか抜け出せない。「地獄」というのはそういうことですね。「悪夢」という言葉も同じです。5曲目に“悪夢”という曲があるんですが、言ってみれば、1曲目から4曲目までも全部、悪夢と言えば悪夢ですよね。悪い夢のような現実がずっと続いている。
―地獄や悪夢というモチーフ、最低な状況を生きているというモチーフは、これが2020年に作られたアルバムであるっていうことも関係あると言えますか?
キタニ:言えると思います。今まで自分が思っていたことのまとめではあるんですけど、今のこの状況、この時代の中に生きているので、それが意識的にも無意識的にも反映されている。2020年、俺はこういうことを考えて、こういうことを思った。そのまとめだなという気持ちでいます。
「『泥中の蓮』って、泥のぬかるみの中で生えている蓮のことで、自分はそういうあり方でいようと思っていて」
―そう考えると、“デマゴーグ”と“泥中の蓮”というラスト2曲は、曲調もテーマも5曲目までの並びと違う感じがします。
キタニ:そうですね。1曲目から5曲目まで「こんなに苦しいことがある」「こんなに辛い」ということばかり書いていたけど、それだけを淡々と重ねていても意味がないと思って。それに対して「俺はこういう姿勢で生きるのがいいと思う」という解決策というか、意見表明をしないと作品として意味がないと思ったんです。
“デマゴーグ”には「みんなを引っ張っていく強い人」というイメージもあるんですけれど、そういう人が距離を詰めて、そばでささやいてくれるということも思った。だからこういう歌詞でこういうサウンドになって。ポップスど真ん中の曲調で優しく包み込むような歌を作ろうと考えました。
―ラストは“泥中の蓮”ですが、蓮のモチーフもいろんな曲に出てきますね。
キタニ:“泥中の蓮”では肯定的な意味で蓮を書いたんです。ほかの曲に関しては醜いものの代名詞として書いています。「蓮コラ」って言葉があるじゃないですか。いろんな人に毛嫌いされて、集合体恐怖症という病気を発祥させてしまうくらい、気持ち悪い見た目を持っている。そういう意味合いで使っているモチーフを、最後の曲でひっくり返したかったんです。
―“泥中の蓮”にはどういう意味合いを込めたんでしょうか。
キタニ:“デマゴーグ”がステージに立つアーティストの自分だとすると、この曲は一個人としての「こうありたい」という気持ちの表明というか。「泥中の蓮」って、泥のぬかるみの中で生えている蓮のことで、自分はそういうあり方でいようと思っていて。蓮って、特に仏教とかで、美しくていいものとして描かれることが多いけど、反面、人によってはすごくグロテスクなものにも感じられる。
見方によって印象は変わるけど、泥の中でもしっかりと咲いていく姿はとても力強い。アルバムを通じて、このクソみたいな状況、悪夢のような現実について多く書いていますが、その中でも、いつか光が差すその日までちゃんと立っていよう、と。6曲でアルバムとしては締まったけれど、自分の個人的な姿勢を最後に示したいと思ったんです。
―なるほど。悪意がはびこる時代で健やかに生きるための決意表明のようなものが込められている。
キタニ:まさにそのとおりです。それは伝わってほしい。ただ、難しいことを考えなくても、音を聴いて、踊って、身体で楽しむことのほうが本質だとも思っているので、そういうところで楽しんでもらいたいと思って作ったアルバムでもあります。
―聴いてくれる人にとって、自分にとって、このアルバムはどういう意味合いを持つ作品になったと思いますか?
キタニ:僕にとって『DEMAGOG』という言葉やそこから想起される人物は、ある種の理想的な強さを持っている人のことで、そういうものをイメージした今回のアルバムが、人の心の何かを動かしてくれればもちろん嬉しいです。自分にとっても、何年後かに「自分はこんなアルバムを作って、こんなことを言っていたんだな」と、救いになったり、背筋が伸びるキッカケになる作品になったんじゃないかと感じています。
- リリース情報
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- キタニタツヤ
『DEMAGOG』初回生産限定盤(CD+DVD) -
2020年8月26日(水)発売
価格:3,476円(税込)
SRCL-11550[CD]
1. ハイドアンドシーク
2. パノプティコン
3. デッドウェイト
4. 人間みたいね
5. 悪夢
6. デマゴーグ
7. 泥中の蓮[DVD]
Hug myself (your side)
~Live & Document from 2020.06.26(Fri.) SHIBUYA QUATTRO~
- キタニタツヤ
『DEMAGOG』通常盤(CD) -
2020年8月26日(水)発売
価格:1,980円(税込)
SRCL-115521. ハイドアンドシーク
2. パノプティコン
3. デッドウェイト
4. 人間みたいね
5. 悪夢
6. デマゴーグ
7. 泥中の蓮
- キタニタツヤ
- プロフィール
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- キタニタツヤ
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シンガーソングライター。2011年に音楽活動をスタートさせ、「羊の群れは笑わない」を皮切りにバンド活動を開始。2014年頃からネット上に楽曲を公開し「こんにちは谷田さん」名義でボカロPとしても始動。2016年からはベーシストとしても活動を始め、2018年にバンド「sajou no hana」を結成。楽曲提供、ヨルシカのサポートなど、幅広く活動している。
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