筆者が初めてリ・ファンデの歌声を聴いたのは、下北沢の小さなライブバー。しかし、その日の会場は、彼がLee&Small Mountains名義で発表したアルバム『カーテン・ナイツ』の充実ぶりとは対照的に、観客よりも演者のほうが多いのではというくらいに寂しいものだった。
おそらくこうした光景は、日本中のライブハウスで毎晩のように目撃される、ごくありふれたものなのだろう。しかしこの日聴いたリ・ファンデの歌声は、そんなありふれた話をありふれたままにしておくわけにはいかないと思わせてしまうほど、ソウルフルで、人懐っこくて、瑞々しいポップネスにあふれる特別なものだった。気がつくと私はほとんど衝動的に、「僕の住んでいる街でライブやりませんか? 企画しますから」とライブを終えたばかりの彼に話しかけてしまっていた。ライブイベントの企画なんてやったこともないのに!
あの日から約2年が経つが、リ・ファンデはレーベルにも事務所にも所属せず、一見すると相変わらずひとりぼっちのようである。でも彼の手の中には、ソロ名義としては初のアルバム『HIRAMEKI』がある。これがごくありふれた作品じゃないということは、奇妙礼太郎、SaToAのSachikoとTomoko、そして真舘晴子(The Wisely Brothers)をはじめとした参加ミュージシャン、スタッフの名前を見れば察しがつくし、その予感は完全に的中している。
ここに収められたソウルミュージックをベースにした8曲は、かくもややこしくなってしまった2020年という時代の中で霞んでしまいそうな人間の本来の優しさを照らし出し、音楽が持つ楽しさを私たちの手に取り戻してくれるような、普遍的な力に溢れている。リ・ファンデというひとりのミュージシャンと、彼の楽曲を通じて集まったたくさんの仲間による最高の歌と演奏、そして音と音の間を漂うあたたかい空気までもが、色濃く記録されたこの作品はどのようにして生まれたのか。ゲスト3組のコメントも織り交ぜつつ、リ・ファンデに語ってもらった。
(メイン画像撮影:金本凜太朗)
リ・ファンデという音楽家が、まっすぐで誠実な歌声の奥に秘めた思い
―素晴らしい1stソロアルバムができましたね。『HIRAMEKI』は、「歌のアルバムである」という印象を強く受けたのですが、それはリさん自身の歌声はもちろん、ゲスト(奇妙礼太郎、真舘晴子、SaToA)も含めて、みんなの歌声がすごくまっすぐ心の深いところまで伝わってきます。こういう作品に出会えることはなかなかあることじゃないと思うんです。
リ:ありがとうございます。「ROSE RECORDS」(曽我部恵一の主宰レーベル)から出した前作『カーテン・ナイツ』(2017年)は大学生の頃からやっていたバンド名(Lee&Small Mountains)でリリースしたんですが、今回はリ・ファンデというソロ名義になったので、それはより歌が前にくるようになった要因かもしれないですね。
あと、僕はデモテープをまったく作らないんですよ。弾き語りをバンドメンバーに聴かせて、そこを起点にセッションで音楽を作っていくというやり方なんです。だから軸になるのが僕の歌ということになるし、一緒にやってるメンバーとも演奏する期間が長くなってきたので、より僕の歌に寄り添って演奏してくれるようになったということだと思います。
―収録された全8曲それぞれに短編小説のような個性と、多くの人に届くポップソングとしての風通しのよさを感じます。その一方で、この作品が「ただのよい曲」ということに留まらずに、聴き手の心の中で特別な光を放つ理由は、リさん自身が内側に秘めている情熱や誠実さが歌声の向こう側に感じられるからだと思うんですよね。
リ:この作品を通じて、自分という存在がいるということに気づいてほしいというか、日本にもいろんな人がいるんだよってことが伝わるといいなと僕は思っているんです。
たとえば、僕のような在日(韓国・朝鮮人)もいるし、いろいろな境遇で育っている人がいる。アーティストとしての名義をバンドから「リ・ファンデ」というソロ名義にしたのも、僕がいい音楽を作ることによって、ちょっとでも今の社会の嫌な感じがなくなるといいなと思ったからでもあって。だから、「いい作品を作ってそれで終わり」じゃなくて、できるだけたくさんの人にちゃんと届けたいんです。
リ:とはいえ、別に政治の話がしたいわけじゃないんですよ。ただ、こういう境遇で育った人間がいることを音楽を通じて知ってもらいたい。それによって、「自分はマイノリティーだから」という理由で表に立つことをためらっている人が一歩踏み出すきっかけになればいいなとは思っていますね。
―その意味ではこれはまさに、リ・ファンデというひとりの人間が、たくさんのミュージシャン、シンガーとともに、それぞれの多様性を活かして作り上げた作品ですよね。
リ:誰かひとりの強烈な個性でディレクションする作品の作り方もあると思うんです。でも僕は、いろいろなバックグラウンドといろいろな得意技を持つ人たちが、それぞれの個性を出し合ってひとつのものを生み出すことの素晴らしさを打ち出していきたいんですよね。
レコーディングは、坂本龍一や星野源も御用達の名門スタジオにて。ゲストを招き、2日間の胸が高鳴る旅行のような時間を閉じ込めた
―今回収録された8曲はそれぞれ聴きごたえのある楽曲ですが、1曲ずつ積み上げていった総和がアルバムになったのか、それともアルバムのイメージを8曲に分解したのか、どちらのほうが近いですか?
リ:1曲ずつ積み上げていったらこうなった、というのが答えですね。2017年に前作を出してから、ゲストを招いたライブを何本もやってるんですけど、それぞれのライブに合わせて新曲を書いていたんですよね。
たとえばSCOOBIE DOと一緒にライブやるときにはダンスチューンがほしいなと思って“Believer”を書いたり、学生時代から憧れていたシアターブルックとやるならと“おかしなふたり”を作ったり……共演者の方と一緒に作りたい空間や雰囲気をイメージしながら、3年かけて楽曲を形にしてきました。なので自分の内面だけを発信しているというよりも、そのライブで過ごす時間や空間のことを考えた曲になっていると思います。
リ・ファンデ“Believer”を聴く(Apple Musicはこちら)
―去年リリースされた7インチシングル“熱風の急襲”と“イントネーション”はどちらも入っていませんね。
リ:もともと、その2曲をアルバムの核にした10曲入りのアルバムにしようとしていたくらい思い入れが深い曲だったんです。だけど、録音したスタジオが違うせいか、どこか馴染まないところがあって、散々悩んだんですけど思い切って外しました。
―やっぱり音質や録音、スタジオの空気感といった要素がこのアルバムにとっては大切だったということですか?
リ:今回は1970年代からあるONKIO HAUSというスタジオで録音したんです。松任谷由実さんとか坂本龍一さん、最近では星野源さんも録音しているような名門スタジオ。そしてミックスはnever young beachやペトロールズもやっている池田洋さんにお願いしています。
コロナは抜きにしても、とにかくスタジオでガっと一発録りしまくったその2日間が特別なもので。バンドのメンバーに加えて、ゲストで参加してくれた奇妙さん、晴子ちゃん、SaToAが来たり帰ったりするその場の空気も含めて、でっかい旅行に行ったような記憶の塊になっているんです。
―リ・ファンデというアーティストは、レーベルもないし事務所もないし、バンドですらない、真のインディペンデントというか、本当のひとりぼっちじゃないですか。ライブの出演オファーするのもレコーディングのスケジューリングも全部自分でやらなきゃいけないし。にもかかわらず、これだけの才能が集まって、演奏も録音も質の高いアルバムを作ったのは本当に驚きなんですよね。音質も含めて「高いクオリティーの作品を作ってやるんだ!」という野心のようなものはありましたか?
リ:クオリティーということはあまり意識しませんでしたね。それよりも、ちゃんと自分のパーソナリティとか、好きなものを好きと感じている気持ちとか、レコーディングのウキウキ感とか、そういうものをしっかりと出すことを大事にしました。
ここ数年、台北に毎年行ってるんですけど、街の雰囲気がすごく開放的で優しいんです。“chap! chap!”という曲はその印象が強く反映された曲ですね。SUGARCATという現地のバンドがすごく好きで、彼らも含めて台湾の若い子の音楽は、純粋で、純朴で、それでいてセンスもいい。仲間と自然発生的に好きな音を鳴らしている感じが素敵なんですよ。台湾もそうだし韓国のソウルとかもそうですけど、街から伝わってくるアジア的なダイナミック感と仲間を大事にする気持ちがとてもいいなと。
リ・ファンデ“chap! chap!”を聴く(Apple Musicはこちら)
リ:普段、日本で音楽を作っていると、「この水準まで達してないといけない」とか「世の中的にこうだからこうしなきゃ」みたいな気持ちになるんですけど、そこから離れてやってみようという気持ちになれたんですよね。
―表面的な出来映えや品質みたいなことに囚われすぎず、音楽に対する根本的なスタンスであったり、人と人の関係性に目を向けて作品を作っていったということですね。
リ:そういう意識がありつつ、僕らが本当に好きな音楽を演奏している空気を大事にしたんです。そういう空気が記録された作品を作りたいと思っていたんですよね。
―そういう気持ちがバンドの演奏の一体感や有機的な広がりに現れている気がします。
リ:そうですね。お互いのよさが出るようないい関係になっていると思います。僕はお互いが眉間にしわを寄せて何かを作るということがいいことだって全然思わないんです。
たとえば誰かと一緒にカフェに行ったときだって、お互いのことを話したり聞いたりするほうがいい時間になるし、素敵じゃないですか。モノを作るときも一緒で、いきいきとした演奏はそれぞれが個性や得意なプレイを出すことだし、それぞれのプレイにみんなが呼応して音楽が作られていくのが一番いいと思う。僕は前作のリリースから3年くらいかけて曲を書いてきたわけですけど、それは僕がみんなで食事に行くお店だけを決めるというくらいの感覚なんです。
リ・ファンデ“すべ”を聴く(Apple Musicはこちら)
真舘晴子(The Wisley Brothers)の歌声の可能性を広げた“おかしなふたり”。真舘へのQ&Aを踏まえて、その魅力を掘り下げる
―今回ゲストとして参加してもらったミュージシャンに、それぞれ質問を用意して回答いただいています。まずはThe Wisley Brothersの真舘晴子さんとデュエットした“おかしなふたり”について、真舘さんからこのようなお返事をいただいています。
―“おかしなふたり”を最初に楽曲を聴いた時はどのような印象でしたか?
真舘:ドラムが刻みはじめべースが停滞して漂い、管楽器がメロディを歌うロマンチックな曲の始まりに、どきっとしました。こんな曲に自分の声が入ったらどんなサウンドに仕上がるのだろう? と。自分はもうそんなに大人なのか? と。歌う練習をしていると、管楽器やリさんの声を聴きながら、いつもの歌のこころの持っていき方とは、また異なる歌い方が出てきた気がしました。
真舘:レコーディングは管楽器を含めた大人数のバンドとの一発録りをしたことも、すごく新鮮でした。途中でサックスがウォ~! っと掻き立てるように吹くメロディを生で聴くと、次の自分の歌の番でさらに感情的になったりして。中学校のときに吹奏楽部でクラリネットを吹いてコンクールに向けて励んでいた日々も思い出して、私も近頃、管楽器が吹きたくて仕方ないです。
―真舘さんにとっても本格的なデュエットソングのレコーディングは初めてだったと思いますが、リさんと歌った感想は?
真舘:リさんのまぶしい声に対して自分はもろい声のようにも思えたのですが、歌の練習を重ねていくうちに、リさんの心の強さのようなものに支えられていき、どこか芯のある歌になった気がしています。ちょうど、自分の声について考えていた時期でもあり、ありのままで歌を歌いながら、これまでよりも音楽に耳を澄ましていく、そんな感触がありました。
真舘:練習ではスピーカーから聴こえるリさんの声を目には見えないのに、音として見ることを意識していました。レコーディングでは、回を重ねるごとに、伸ばす息が合っていくのが楽しかったです。今回のアルバムは全曲を通して、リさんの声と作曲の音楽性がとても楽しめる1枚だと思います。それぞれのゲストの声や、音の組み合わせのバランスの印象がいろんな景色を運んでくれて、自分もこんな声の生かし方ができたらな、と羨ましい気持ちになります。
こういったロマンチックな曲も、自分の音楽でも作ってみたいです。でも、もう少し大人になってからかもしれません。貴重な体験をありがとうございました!
―実際に真舘さんに歌ってもらった感覚はどうですか?
リ:よかったと思います。もう「よかった」以上の言葉が見つからない(笑)。去年ワイズリーと一緒にライブをやるはずだったんですけど、台風で中止になっちゃって……でもその後いろいろと話して、スコットランドで活動したりライブしたいっていう思いを聞いたんですよね。それがすごく素敵だなって思って。そのときにちょうどBelle and Sebastian(スコットランドの代表的バンド)をモチーフにした曲があって、それが“おかしなふたり”だったんです。そういうつながりの連続があって。
リ・ファンデ“おかしなふたり feat.Haruko Madachi”を聴く(Apple Musicはこちら)
―これは男女のすれちがいというか、ギクシャクした関係を歌った曲ですよね。
リ:そうです。別れそうだけど別れない、お互いある種の後ろめたさを感じながら続いている関係性を歌ってますね。本当は戻れるのに戻れないとか、意地悪したくないのにしちゃうとか、傷つけたくないのに傷つけちゃうとか。そういう関係性ってあるじゃないですか。この曲を通じて、本当の素直な気持ちに戻れるような感覚を思い出してくれたらいいなっていう、知り合いのカップルに向けた個人的な気持ちもあります。
―真舘さんの揺れるような声質がこの曲の世界観に合っているような気がしました。
リ:ワイズリーのときとはまた違った晴子ちゃんの魅力を感じてもらえればいいですよね。リハも何回かやったんですけど、どんどん馴染んできて。これからライブで歌う機会があったらもっとよくなっているような気がします。
―女性ボーカルと言えば、NegiccoのNao☆さんの新作にも曲を提供しましたよね。あれもNao☆さんの姿と絶妙に重なる歌詞がすごくよかった。リさんの作詞センスは女性ボーカルに合っているのかもしれませんね。
リ:女性の話を聞くのは好きだし、男の人の気持ちを歌詞にするよりも楽な感じがします。女性って自分とは違う存在なんですけど、だからこそなりきることができる。それが曲を制作するうえではいい作用があるんですよね。だからNao☆さんの曲も全然苦労せず、すぐ書けちゃいました。
Nao☆“約束”を聴く(Apple Musicはこちら)
「ぼくの村の村長になってほしいです」ーー奇妙礼太郎とリ・ファンデの名前のつけられない関係性
―デュエット曲としては、奇妙礼太郎さんと歌った“Whisper”もあります。奇妙さんにもリさんについての質問をお送りして、お返事をいただきました。
―Lee&Small Mountains時代からリ・ファンデさんと共演されてきましたが、奇妙さんにとって、リ・ファンデとはどのような存在でしょうか?
奇妙:ぼくの村の村長になってほしいです。
―ソロとしての第一歩を踏み出したリさんに、先輩として一言アドバイスを頂けますでしょうか?
奇妙:先輩ではないですけれど、仲良くしてくれてありがとう、よろしくお願いしますという気持ちです。
―リさんに対する愛と年齢を超えた信頼感が伝わってくるお返事ですね(笑)。これは奇妙さんとのデュエットを想定して書いた曲ですか?
リ:そうです。仕上げたのはレコーディング直前でしたけど、ずっと前から構想はありました。
―先ほどの奇妙さんのコメントにも通じるような、ちょっと昔の刑事ドラマの相棒感というか、男同士のバディ感が濃く伝わってくる曲ですね。それでいてちょっとかわいい感じもする。
リ:最初はもっとセクシーで不良っぽい感じの音楽にしようと思っていたんですよ。でも、スタジオでギターのボブさんが全然違う感じのフレーズを持ってきてくれたので、そこからガラッとメロディも歌詞も含めて、ソウルっぽい感じに変えました。
―RCサクセションの名曲“君が僕を知っている”を思い出しました。
リ:ああ。そのエッセンスも無意識ですけど入ってると思います。RCは奇妙さんも好きだと思うし。僕と奇妙さんの関係って普通の友達という感じでもないし、名前のつけられない、このふたりの間にしかない関係だと思っているんです。
そんなふたりが大声で歌いあって、ひとつの楽曲を作っているのが面白いと思うんですよね。育った環境も違うし、見てきた景色も違うし、作ってきた音楽も違う。けど、そんな中でも近い部分があるから一緒にやるわけだし、一緒にいいものを作ろうとしている。そういう気持ちを表してみたらいいんじゃないかって。
―奇妙さんにこの曲を聴かせたときに、何か感想とか言われました?
リ:いや、そういうのはないです(笑)。でも楽しそうにやってくれましたね。
―<違う色>とか<あいつがわかってくれた>とか、誰かが自分という個性を認めてくれたことを感謝する歌詞が印象的ですね。アルバム全体を通じて伝わってくる、いろいろな人がそれぞれの色のままでいればいいんだ、というメッセージが凝縮された印象を受けました。
リ:自分って他の人とちょっと違うのかなとか、これから普通に生きていけるのかなとか漠然と考えているような人たち。そういう人たちがこれを聴いて自分の音楽だと思ってくれたらうれしいですね。今はわかってもらえなくても、いつかは理解してくれる人が出てくるよって。それは今の僕にとって、奇妙さんをはじめとする一緒に音楽を作ってくれる仲間がいるってことなんですよね。
祖父母の思い出をもとに、人生の力強さや瞬間の輝きを歌にした “シャイニング”。コーラスで参加したSaToAのふたりへのQ&Aから垣間見える、リ・ファンデの人間的魅力
―先行配信されたリードトラック的存在の“シャイニング”について伺います。リさんの音楽はオーセンティックなソウルをベースにした楽曲が多いと思うのですが、この曲はいわゆるシティポップと呼んでしまいたくなるような、キラキラとした輝きのある楽曲ですね。
リ:これは嫁さんのおじいさんが亡くなったとき、葬儀の最後で嫁さんがぽろっと泣いたのがきっかけで作りはじめた曲です。普段は離れていても、ふと家族や故郷のことを思い出したり、懐かしくなったりするときってあるじゃないですか。それでもやっぱり自分はこの離れた場所、違う道を進んで輝いていきたいと決意を新たにする。そんな瞬間を曲にしたいと思ったんです。
―最初のインスピレーションを受けたお葬式という悲しい場面から、街へ飛び出していこうというこの疾走感へと昇華させていくところがすごいですね。
リ:ちょうどその頃、もう亡くなっている僕のおじいさんの話もおばあさんから聞いたんです。ものすごく怖い人だったんですけど、一回だけ旅行に連れてってくれたことがあるって話を初めて聞いて。
おじいちゃんは韓国で生まれて日本に渡ってきて、日本の教育も受けてないから漢字とかもあまり読めなくて。でも運転免許は持っていたから、地図だけを持っておばあちゃんを車に乗せて旅行に連れていってくれた、と。その道中で見た、夜の闇の中に光るたくさんの鹿の目のことをよく覚えているって話を聞いて。そこがサビの<ひかる目を見せたくて>という歌詞や“シャイニング”というタイトルに結びついてます。パッとした思いつきで地図だけを持って旅行に連れてってしまうところに、当時のおじいちゃんの輝きやパワーを感じるなって。それを楽曲に結びつけることができたと思います。
リ・ファンデ“シャイニング”を聴く(Apple Musicはこちら)
―おじいさんが若かった頃のエピソードを、50年後に楽曲にしているというのはすごく時間軸の大きい話ですよね。そこがこの曲の深い感動に繋がっている気がします。そしてやっぱりその光を作り出しているひとつが、SaToAのSachikoさんとTomokoさんのコーラスですよね。パッと景色が開けてくる感じがします。おふたりにも質問をお送りしてご回答いただきました。
―“熱風の急襲”に続いてのゲスト参加となりましたが、レコーディングはどのような雰囲気でしたでしょうか?
Sachiko:コロナ禍でのレコーディングでしたが、みなさんわきあいあいと音楽作りに集中されていて、和やかな雰囲気でした。コーラス部分は私たちで考えたフレーズなどを取り入れてくださり、リさんの音楽に溶け込むことができたこと、嬉しかったです。ありがとうございました。
Tomoko:今回コーラスをさせて頂いた曲はゴージャスでロマンチックで、曲を頂いた時からレコーディングが楽しみでした。当日は他のアーティストの方々も多くいらっしゃって、とてもワクワクした現場でした。私は緊張しいなのですが、リさんがいると不思議とストンと気持ちが落ち着きます。前回よりも緊張することなく、より曲の雰囲気に寄り添いながら歌えたような気がします。
―ライブでも度々共演しているSaToAから見たリ・ファンデの魅力を教えてください。
Sachiko:リさんのいつも穏やかなところ、音楽に対するピュアでまっすぐな姿勢に魅力を感じています。私もそんな人になりたいなと憧れます。お笑い好きなところも共感が持てます。
Tomoko:リさんのライブを初めて拝見したとき、歌う姿にキラッとする瞬間を何度も感じてとても心を掴まれました。コーラス練習のために一緒にスタジオに入った時にも同じ気持ちになりました。レコーディングのときもそう感じます。リさんの歌声、歌う姿がリさんの作る曲そのものを表してると思います。
リ:SaToAのふたりにもこのエピソードを話してから、コーラスのアレンジを考えてもらったんですよね。音楽的なリクエストは一切せず、ふたりに全部お任せして。
―アレンジも任せたんですね。前作のシングルから数えるとかなりの曲数を一緒にやってるだけのことはありますね。
リ:そうですね。お互いフラットな感じで曲を作れる空気感や関係性になってきた感じがあります。NegiccoのNao☆さんに提供した楽曲もTomokoちゃんにベースを弾いてもらったし。でも、たくさんコラボを重ねたからっていいものが作れるというわけでもないんです。奇妙さんと同じように、彼女たちとの間にも名前のつけられない関係性があって、そこから生まれてくるものがあると思います。
付き合いが深くなるから慣れてくるとかじゃなくて、「この曲にSaToAの二人が入ってくれたらもっと素敵になるだろうな」というインスピレーションだけを信じてお願いして、やってもらったら実際そうなったというだけのことというか。要は僕の好意が伝わっているということだけかもしれませんけど(笑)。
取り繕わず、誠実に、市井の人々の生活に優しいまなざしを送る男が信じるもの
―SaToAは“Black”という曲にも参加していますが、この“Black”という言葉にはどういう意味を持たせていますか?
リ:この2、3年、社会の分断を感じることが多くて。SNSでも分断を促進するような発言が嫌でも目に入ってくるし。でも、23時とか24時、寝る前にスマホの電源を落としたあとって、みんなが素直な自分に戻れる瞬間なんじゃないかと思うんですよね。
社会状況みたいな話を抜きにしても、昼間は仕事とか勉強とかそれぞれに悩みを抱えて一生懸命生きている。そして家に帰ってきて、寝る直前の何も考えない時間、街の灯りが消えていく時間帯は、本来のみんなが持っている優しさが出てくる時間のような気がして。そういう尊い時間帯のことを、電源の消えたスマホの画面や灯りの消えた街、つまり「Black」という言葉に託したんです。そのときには、昔見た映画のこととか、楽しい記憶を思い出していたらいいなって。
リ・ファンデ“Black”を聴く(Apple Musicはこちら)
―なるほど。一人ひとりが本来持っているはずの優しさに立ち返っていく時間帯であるということですね
リ:夢に近い世界ですよね。だからライブでもフレーズを決めずに、バンドメンバーにジャズセッションみたいな感じで自由に演奏してもらってます。
―確かに不思議な曲ですよね。世界というものを上空から俯瞰しているような視点があって……。
リ:音楽的には小沢健二の“いちょう並木のセレナーデ”を少し意識しました。
―僕はサニーデイ・サービスの“24時のブルース”を思い出しました。
リ:そうですね。僕、曽我部さんが『24時』を作ったときに使っていたギターを借りているんで、ちょっと乗り移ったのかもしれません(笑)。
―“Black”に象徴されているように、やはりこの作品は自分と同じ世界を生きている人たちの体温やそれぞれの暮らしというものに優しいまなざしを向けて、真摯に音楽として表現に結実させているんだなと強く感じます。他者というものを尊重して受け入れようとするリさんの意志と人間性が、楽曲を通じて伝わってくるんですよね。
リ:まさに晴子ちゃんもレコーディングが終わった後に「リさんの人となりが伝わる曲ですね」ってメッセージをくれて。やっぱりひとつ言えるのは、取り繕ったりはしてないってことかな。誰かにこういうふうに見られたい、こういうふうに評価されたいという気持ちでは音楽を作っていない、ということですね。
リ・ファンデ“ずっと君のもの”を聴く(Apple Musicはこちら)
―リ・ファンデが作ってきた音楽はロックやネオアコなど様々な音楽の影響を受けているとは思うのですが、あえて一言で表すならば、社会や人間に対するまなざしも含めて、やっぱりソウルミュージックということになると思います。リさん自身は、ソウルミュージックの歴史や先人たちから、自分が何を引き継いでいると思っていますか?
リ:アメリカのソウルやファンクに音楽的に憧れてやる人というのはたくさんいるし、かっこいい人もたくさんいるんですけど、僕にとってのソウルってそういうことだけじゃなくて……なんというか寂しさとかやるせなさというか、自分だけが抱えている心の凹みを勝手に大声で歌うという感じかな。
誰のためでもなく、自分が思っていることを大声で歌って、それに奥底で共感してくれる人がいればって思って歌っています。テレパシーに近いものかもしれない。“chap! chap!”の歌詞に<言葉以外の言葉みたいなもの>というフレーズがあるんですが、そういうもので人と人が繋がって熱くなれるものが、僕にとってのソウルミュージック。それを持っている人たちと一緒にこのアルバムを作り上げることができたと思います。
- リリース情報
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- リ・ファンデ
『HIRAMEKI』(CD) -
2020年10月14日(水)発売
価格:2,200円(税込)
LEEH-0021. シャイニング
2. Whisper(feat.奇妙礼太郎)
3. おかしなふたり(feat.Haruko Madachi)
4. すべ
5. chap! chap!
6. Believer
7. ずっと君のもの
8. Black
- リ・ファンデ
- イベント情報
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- 『Tears Rock Show Ueno編』
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2020年10月18日(日)
会場:東京都 YUKUIDO工房
出演:リ・ファンデ / 曽我部恵一
- 『Tears Rock Show』
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2020年11月21日(土)
会場:兵庫県 神戸 旧グッゲンハイム邸
出演:リ・ファンデ / 奇妙礼太郎2020年11月22日(日)
会場:愛知県 名古屋 金山ブラジルコーヒー
出演:リ・ファンデ / 奇妙礼太郎2020年11月28日(土)
会場:東京都 青山月見ル君想フ
出演:リ・ファンデ(band set)
- プロフィール
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- リ・ファンデ
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2015年11月3日にROSE RECORDSからLee&Small Mountainsとして『Teleport City』を7inch+CDフォーマットにてリリース。2017年1月20日、デビューフルアルバム『カーテン・ナイツ』を発売。同年2月26日、下北沢THREEにて、曽我部恵一を招いて開催されたレコ発はソールドアウト。10月にはTSUTAYA O-nestで初のワンマンライブを行った。2018年は自主企画イベント『Love can move mountain!』を精力的に展開。SaToA、いーはとーゔ、The Wisely Brothers、SCOOBIE DO、奇妙礼太郎、シアターブルックなどを招き、下北沢を中心に活動。2019年夏からはリ・ファンデ名義で活動をスタート。2020年10月ソロとしてファーストアルバム『HIRAMEKI』をリリース。
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