今年の春夏にCMが放送されたポカリスエットのキャンペーン「ポカリNEO合唱」。春編はコロナ禍の影響で集まることができなかった高校生たちの日常をベースにした自撮りで構成され、夏編は青空の下に思い思いの格好で集まった36名が水しぶきの中で歌い、踊る姿が非常に印象的だった。
このCMで高校生たちが<今だ 今だ 今なんだ>と合唱する“ボクらの歌”の作詞を手掛けたのが、町田出身のラッパー / トラックメーカーのぜったくん。3月に発表した『Bed TriP ep』ではベッド上の妄想を曲にしていただけに、「青春」や「熱さ」を感じさせるCMとの組み合わせは意外に感じるかもしれない。しかし、誰も否定することなく、それぞれの生き方を肯定する目線を持ったぜったくんの楽曲は、複雑な思いを抱えながら過ごしたであろう2020年という「今」を、キラキラ輝かせることに成功していたと言えよう。
10月16日には話題のフィメールボーカリスト・kojikojiを迎えた1stデジタルシングル『Midnight Call feat. kojikoji』を発表したぜったくんに、EPリリース後の歩みを聞いた。
ポカリのCMに出てる子って学校でも明るいイメージだから、スクールカーストが下の存在だった僕が詞を書くというのは面白いなって。
―今年の春夏にオンエアされたポカリスエットのCMは大きな話題を呼びました。ベッドの上での妄想を描いた『Bed TriP ep』の作風からすると、爽やかな青春を感じさせるポカリのCMというのは意外な組み合わせにも感じられたのですが、ぜったくん本人としてはどんな感想を持っていますか?(参考記事 / 『Bed TriP ep』リリース時インタビュー:ぜったくんの実生活 自室、ラブホのバイト、1時間で退職なども歌に)
ぜったくん:光と闇みたいな感じですよね(笑)。それは僕も思いました。ポカリのCMに出てる子って、学校でも明るい、いわゆるスクールカースト上位の子みたいなイメージだから、スクールカーストが下の存在だった僕が詞を書くというのは面白い構造だなって。でもだから、闇は一切出さないようにしました。闇の人が光のことを書くっていうのがまた面白いかなって……実際いいものになってよかったです。
―“Parallel New Days”で<幸せの総量は同じにできてた 今いる世界線楽しもうぜ>と書いているように、人それぞれの生き方を肯定する目線を持ったぜったくんが、高校生に向けて曲を書いたらどんなものになるのかなという興味はありました。
ぜったくん:CMが流れてるときにめっちゃエゴサしてて、「この合唱を作ったやつは高校生の現状をわかってない。高校生はこういうやつらばっかりじゃない」みたいなことを言ってる人たちがいたんですけど、「いや、俺もこっち側じゃないし」っていうのは思いましたね。
―実際に、ぜったくんの高校時代はどんな感じだったんですか?
ぜったくん:“ボクらの歌”じゃない方です(笑)。ひたすらゲームしてました。テニス部だったんですけど、部室でPSPばっかりやってて、熱中してることと言えばゲームで勝つことだけ。上のカーストの人たちを見て羨ましいなと思って、学園祭でギターを弾いてる人とかに対して「できそうだけどなあ」とか思いながら、結局やらない、みたいな感じでしたね。
―でも、大学では学園祭のテーマソングを作って脚光を浴びたんですよね?
ぜったくん:大学4年のときに、「一目置かれたい」みたいに思った時期が一瞬あって。それまでずっと無個性で、「打ち込んでるものはゲームだけ」みたいな状況のまま就活が始まって、「自分の強みってなんだろう?」って考えるとなにもないなと思って。それでなにかやらなきゃと思いつつ……結局特になにもせず、でも一応内定はもらって。
その後に「思い出が作れればいいかな」くらいの感じで1曲作ったら、学園祭のテーマソングになって、結構ヒーロー的な存在になっちゃったんです。それが最初の成功体験で、あれがなかったら音楽ちゃんとやろうとも思わなかったと思います。就職して、1時間でやめて、そのままなにもしない可能性もありましたからね。
―ポカリのCM曲のオファーは、どういう形でもらったんですか?
ぜったくん:いきなり直接僕にメールが来たんです。「ラップで合唱をやりたい」「日常のことを歌にしたい」というところから、『Bed TriP ep』を聴いて僕がぴったりだと思ってくれたみたいで。最初「本当ですか?」ってなりましたけど……本当でした。そのメール、迷惑フォルダーに入っていて危うく消すところだったんですけど(笑)。
大人に押し付けられる価値観はもううんざりだって書きたかった。
―「合唱」と「日常」をテーマに、実際の歌詞はどうやって書いていったのでしょう?
ぜったくん:大筋としては、大人に押し付けられる価値観、「若いってこういうことでしょ?」というのは、もううんざりだって書きたくて。その中で日常のことを、<目覚まし 登校 ホームルーム>とか、思い出しながら書いていきました。
大人はいろんなことを言ってくるけど、俺たちにとっては日常で起きてることとか、今身の周りで起きてることの方がビッグニュースなんだって、そういうことがいい感じに表せたかなって。で、コロナが来て、「当たり前だと思ってた日常が当たり前じゃなかった」というのが夏編になってます。
ぜったくん:春編の詞の中で一番好きなのは<まだエモさは腹八分目>というフレーズで。「腹八分目」って今の高校生は言わんかもなと思いつつ、すごく気に入ってます。
―ぜったくんの腹の中にもエモさがある?
ぜったくん:あんまり言いたくないですけど、内なる情熱みたいなのはすごくて(笑)。それを悟られたくないから、直接的に言わずに、あえて違う言い方にしてるというのはあります。でも今回ばかりは出さざるを得なかったというか、出し時だなって感じでした。
人それぞれいろんな生き方があって、どれが正解とかじゃないっていう考え方はずっと持っている。
―ビートが入って曲調が変わる夏編は、コロナの拡大以降に書いたわけですね?
ぜったくん:今年の夏はどこにも出せない怒りっていうか、鬱憤みたいなのがあったじゃないですか? 外にも出られないし、誰に対して怒っていいかもわからない、みたいな。それを出してますね。とにかく爆発するみたいなイメージで。
ぜったくん:夏編の一番好きな詞も言っていいですか?(笑)
―ぜひ。
ぜったくん:<Newtype、夏草や おー兵ども!夢じゃ終われない>がめっちゃ好きで。言葉が入り切らなくてボツになっちゃったんですけど、もともと<岩に染み入れ 俺の声>っていうのもあって(笑)。松尾芭蕉は絶対に入れたかったんです。高校生は勉強の真っ最中だから、芭蕉とかタイムリーだったりするかなって。
―<空とスマホで思い出す あのキラキラな曲、ここでplayback>の「あのキラキラな曲」って、ぜったくんの中でモチーフがあるんですか?
ぜったくん:あ、これは春編のことなんです。キラキラした人たちが歌ってたけど、「そうじゃない人たちもいるよ」ということをここで表していて。
―<ここでplayback>の後に<今しかない この一瞬は今を>っていう春編の歌詞が一瞬出てきて、でもそこから違う展開にいくのは、そういう意味があるんですね。で、この曲はどんな人たちにとっても、「僕らの歌」なんだっていう。
ぜったくん:人それぞれいろんな生き方があって、どれが正解とかじゃないっていう考え方はずっと持っているので、それも上手く出せたかなって。
―ちなみに、「ぜったくん」という名前って「Z世代」と関係あったりしますか?
ぜったくん:いや、カテゴライズされてるZ世代の方々と同じような音楽をやってる気はしますけど、僕はZ世代には入れてないですね。
―でも、「ダイバーシティを認めて、個人を尊重する」みたいな考え方は、Z世代的ですよね。今の高校生がまさにそうなわけですけど。
ぜったくん:ダイバーシティとか、そんな大きな目線で見てるわけじゃなくて、本当にいろんな人がいるなっていう、ただそれだけなんですけどね。
その考えはやっぱりラブホで長くバイトしたのが大きくて。あそこには生き方を強要してくるやつがいなかったんですよ。大学は大手に就職させようとしてきたり、生き方を決めてこようとする感じがあったけど、ラブホはなにかを強要してこないし、誰かを否定する人もいなくて。その両方を見ていく中で、自然と今の考え方になっていったのかなって。それを強く打ち出すつもりもなく、「みんな好きに生きたらいいのでは?」って思ってるだけなんです。
「ベッド周辺が好きな人もいるよ」という作品を作ったら、みんながベッドの上にいる状態になってしまった。
―新曲の“Midnight Call feat. kojikoji”は「リモート・ラブ」がテーマで、ジャケットでもぜったくんは相変わらずベッドの上にいるわけですが、『Bed TriP ep』のリリースタイミングがコロナの感染拡大とリンクして、誰もが部屋の中で、ベッドの上で過ごすことになったことについて、なにか思うところはありますか?
ぜったくん:なんでそんなリンクするのかなっていうのは思いました(笑)。「ベッド周辺が好きな人もいるよ」という感じで作ったら、みんながベッドの上にいる状態になって……先駆者的な気持ちにはなりましたけどね(笑)。
僕の生活自体は、コロナになってもあんまり変わらなくて。あの頃「楽しみがなにもない」みたいな人が結構いたけど、「家の中にもいっぱい楽しみはあるのに」と思ってました。
2020年3月4日リリース、ぜったくん『Bed TriP ep』(Apple Musicはこちら)
―Lucky Kilimanjaroに“HOUSE”っていうインドアアンセムがあって、ボーカルの熊木くんにあの曲とコロナのリンクについて聞いたら、「もともとインドア派だけど、いざホントに家から出れないってなったら、外での他愛のない経験が曲作りのインスピレーションになってたことに気付いた」という話をしてくれて(Lucky Kilimanjaroインタビュー記事)。ぜったくんにも近い感覚ありますか?
ぜったくん:多少ありますね。いざ「出ちゃダメ」ってなると、人恋しくなったというか。全然人に会わなくてもいいと思ってたのが、人に会いたいと思うようになって、ないものねだりなのかもって思ったり……だから、ミッドナイトコールしちゃったりするっていう話に繋がってきますね(笑)。
―まさに(笑)。実際この曲はコロナ禍の中で書いたわけですか?
ぜったくん:そうです。確かサビが最初にできて、トラックをなんとなく作ってたらいい感じになって、メロディーを乗せて、なにを歌おうかと思ったときに、ミッドナイトコールめちゃめちゃしてるなって(笑)。Netflixもめっちゃ見てたし。
―やっぱり日常そのままの歌詞なんですね(笑)。
ぜったくん:そのまんまです(笑)。「リモート」って言葉を使うかどうかは結構悩んだんですけど、僕はもともとオンラインゲームとかでリモートしてたので、自分の中では一過性のものではなく普遍的なワードかもなと思って使うことにしました。
―kojikojiさんの参加はどういう経緯だったんですか?
ぜったくん:サビだけインスタに上げて、評判がよかったからフルを作ろうって話になって、「絶対女の子と歌った方がいいでしょ」って思ったときにちょうど自分がkojikojiの“ほろよい”をカバーしてたから、絶対kojikojiでしょって。で、KJ……あ、俺kojikojiのことKJって呼んでるんですけど(笑)。
―完全にDragon Ashが思い浮かびますけど(笑)。
ぜったくん:KJが入るってなって、掛け合いは絶対入れたくて。「(談笑)」の部分は、この女の子はこの男にあんまり興味がないっていう設定と、なんとなくの流れだけあった中で、「今日なにしてたの?」って聞いたら、「ご飯食べてた」って言われて、オモロイなと思って。で、それを編集して送ったら、「私史上一番恥ずかしい」って言ってました(笑)。
kojikoji“ほろよい”を聴く(Apple Musicはこちら)
―“Midnight Call feat. kojikoji”を作る上でのリファレンスはなにかありましたか?
ぜったくん:この曲は特になくて。深夜に急にビートを作ろうと思って、なぜか異常に打ち込みに時間をかけました。ドラムのサンプルとかいろんなところから探して持ってきたり、謎にこだわって作りましたね。すごい眠かったんですけど、夜から朝9時くらいまで、なぜかずっとやっちゃって。今思うと、なにかの反動だったのかな。
―3月にEPを出して、本格的にキャリアがスタートしたと思ったら、コロナ禍に見舞われてしまったわけで、不安の反動で制作に向かったのでしょうか?
ぜったくん:それでいうと、僕は意外と制作がはかどらない方でした。曲作りはやりたくなったらやるって感じでいたら、ゲームの方がはかどっちゃって(笑)。
ゲームのなにがいいって、勉強と一緒で、日々練習することで強くなることが確定していて、それが達成感に繋がるんです。でも音楽は、気持ちに左右されて、その日に達成できないこともあって。
―音楽の場合、「時間をかける=いい曲ができる」とは限らないですからね。
ぜったくん:そうなんです。だから、音楽とゲームとどっちもあるのがいい環境なんだなって気づけた期間ではありましたね(笑)。
ステイホーム期間によって、どうやら音楽を始める人が増えたらしくて。もっとみんなに作ってほしいです。
―音楽にしろゲームにしろミッドナイトコールにしろ、どれもベッド周辺でできることではあって。いずれはぜったくんもベッドを下りて、外に出ていくんですかね?(笑)
ぜったくん:まだですね(笑)。みんなステイホームになるなんて誰も想像してなかったと思うけど、時世に合っちゃったなとは思います。まあ、世の中と一緒に絶対自分も変わっていくと思うから、その都度でなにかを出せたらなって。
―音楽業界の変化という話で言うと、今年は外に出れなくなって、ライブができなくなった一方、サブスクからのヒットが徐々にオーバーグラウンド化していて、言ってみればkojikojiさんもそういう中の一人ですよね。こうした状況をどのように感じていますか?
ぜったくん:自分はライブでゴリゴリやるタイプではなくて、もともとストリーミング寄りの人間だったと思うので、そういう自分にとっては、不謹慎ですけど、いい方向になってるかなって。
ぜったくん:ステイホーム期間によって、どうやら音楽を始める人が増えたらしくて。今は自分で作って配信までできる時代だから、そういう人がバンバン音楽を出せるのはいいことだなって思います。
ちょっと前はiTunesで配信してるだけですげえみたいな感じだったけど、今はハードルがすごく下がってるので、もっとみんなに作ってほしいです。もしかしたら、コロナがなかったら音楽をやってなかった人の中に、自分がめちゃめちゃ好きな音楽を作るやつがいるかもしれないじゃないですか? だから、もっとみんなに作ってほしいです。すごく自分本位ですけど(笑)。
―いつか“ボクらの歌”に参加した高校生から、「トラック作ったんで、聴いてください」って連絡が来たりして。
ぜったくん:熱い展開ですね(笑)。まあ、俺が盛り上げるみたいなのはおこがましいというか、高校生の方が絶対俺よりバイタリティは上だし。そもそも“ボクらの歌”って、押しつけられるのは嫌だという曲だから、みんなで一緒に楽しめたらいいなって思います。
―それで自分好みのいい曲が聴けたら最高ですね。
ぜったくん:「俺を喜ばせてみろ!」って、そこだけなぜかオラオラの、ヒップホップメンタルで(笑)。でも本当に、どんどん作って、いい曲聴かせてほしいですね。
- リリース情報
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- ぜったくん
『Midnight Call feat. kojikoji』 -
2020年10月16日(金)配信
- ぜったくん
- プロフィール
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- ぜったくん
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東京町田生まれ。ごく普通にSMAPを聞き、ゲームをしながら幼少期を過ごす。大学にてギターを始める。大学卒業後、一度は就職した会社を入社わずか2時間という早さで電撃退職。作曲とDTMを勉強しながら、作詞作曲を手がけるバンド「201号室」での活動(Vo,Gt)を始める。そのかたわら、ソロの「ぜったくん」としての楽曲を制作開始。2018年のラストラム主催の新人オーディション『ニューカマー発見伝』にて、グランプリを受賞。2019年7月にデビューデジタルシングル『Catch me, Flag!!?』をリリース後、2020年3月に6曲入り1st EP『Bed TriP ep』をリリース。そして2020年10月、メジャー1stデジタルシングル『Midnight Call feat. kojikoji』をリリースする。
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