坂本美雨にとって、生活と歌は切っても切り離せない関係にある。自身にとって、歌は生活必需品のような存在であると言い、歌に向き合う自らの姿勢を「村人のために歌う村の歌い手」と表す。自己表現の手段としてではなく、暮らしのなかで、少しでも歌を求めてくれる人のために歌いたいという「思いやり」とも言える感情は、およそ20年前に経験した、とある旅をきっかけに芽生えていた。
空間を豊かにするLIXILの壁材商品「エコカラット」の新プロジェクトLIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」とCINRA.NETがコラボレーションし、空間と人との関係にフォーカスした連載企画。第6回目となる今回は、キャリアと共に、歌との寄り添い方を変化させながら歌い続けてきた坂本美雨が大切にする「生活」と「音楽」をテーマにインタビューを実施。CINRA.NETに掲載するインタビュー前編では、コロナ禍の生活であらためて感じた歌うことへの思いや、自身が理想とする生活と歌のあり方について聞いた。
社会がどんな状況であっても、日々の喜びを見つけていくことは間違っていない。
―新型コロナウイルスが流行するなかで、特に緊急事態宣言中は、どのように過ごしていましたか?
坂本:リモートの仕事が増えて、みなさん同じだと思いますが、家族と一緒にいる時間がすごく増えたのが大きな変化でした。「家を整えなきゃ」と思いつつ、結局できなかったですね……(笑)。
―音楽活動への影響についてもお伺いさせてください。6月11日には、おおはた雄一さんとのユニット・おお雨の1stアルバム『よろこびあうことは』がリリースされました。このアルバムは3月にレコーディングが行われたそうですが、多くの人にとって新型コロナウイルス感染症への不安が高まっていた時期にアルバムを作るにあたって、どのような思いがありましたか?
坂本:以前からアルバムを作ろうと予定していた時期に、たまたま新型コロナウイルスの流行が重なってしまったのですが、そんななかで“よろこびあうことは”という曲ができたことは、アルバム全体のトーンに大きく影響しました。
―この曲はどんな風に生まれたのですか?
坂本:あるときふと、<よろこびあうことは / どんなときも間違いじゃない>という一節を思いついたことからできた曲です。この春は、やりたかったことや、今まで積み重ねてきたことがどんどんできなくなって、みんな悔しい思いがあったと思うんです。それでも、どうにか毎日を楽しく過ごそうとしたり、好きな人や友達に直接会えなくても、何らかの手段で愛を伝え合うことに、とてもイマジネーションを働かせていましたよね。
そういう風に人を思うことは、人間の根源的な喜びだと思うんです。社会がどんな状況であっても、そうした日々の喜びを見つけていくことは間違っていないし、誰かに不謹慎だと言われるようなことではまったくないという強い思いが制作中にありました。
いまは、歌が身体のなかをきちんと巡っているような感覚があるんです。
―ライブを行うことも難しい期間が続きましたよね。7月に配信フェス『坂の上のNAMAOTO』に出演されたことについて、ご自身のInstagramで「歌いたかった、奏でたかった、届けたかった、3ヶ月間 身体のなかにぎゅうぎゅうに溜めた想いがステージで溢れ出しました。」と書かれていましたが、このときの思いについて詳しく伺えますか?
配信ライブへの思いを綴った投稿
坂本:今はまた少し違うフェーズに来ましたが、あのときは、とにかく悔しかったんですよね。自由に歌ったり、聴いたり、踊ったりすることは、誰もが持っている権利であるはずなのに、集まって、歌を共有して、みんなで喜びあう機会がなくなってしまったことに対して、人として当然の権利を奪われたような感覚があって。
―坂本さんにとって、歌は生活になくてはならないものなんですね。
坂本:音楽は人間の生きる糧だと思うんです。だからこの期間は、自分がそういったものを「仕事」にしていることに対して、意識を新たにしました。生活のなかで歌を必要としている人たちは、きっといるはずで、私はその人たちのために歌いたいと思うんです。
私はいつも、不特定多数の大勢に向けてじゃなく、村人のために歌う村の歌い手のような気持ちで歌っていて。例えば「結婚式があるから歌いに来て」とか「雨が降らないから雨乞いしてくれ」とか、ちょっとでも私の歌を必要としてくれて、役に立てるのなら、いつでも呼び出してほしいくらいの気持ちでいるんですよ。だから「私の歌を聴いて!」という意味でライブがしたかったわけじゃなくて。歌で役に立つ機会が奪われたことで、「何のために生きてるんだろう」という気持ちになってしまったんですよね。
―「村人のために歌う村の歌い手」でありたいという意識は、どのように芽生えたのですか?
坂本:歌を始めた頃はそんな風には思っていなかったです。どこかで変わったんでしょうね。……20年くらい前に、ドキュメンタリー番組の撮影で3週間ぐらいシベリアを旅したんです。そのとき、旅した場所それぞれに、生活に密着した歌があったんですよね。
例えばバイカル湖という大きな湖の近くに住む漁師さんは、魚が捕れたときの歌を歌ってくれたし、ブリヤート共和国というところで暮らす人たちは、馬に乗るときの歌を歌ってくれて。それを聴かせてもらうと、「今度はあなたが自分の国の歌を歌って」と言われるわけですよ。
―それは坂本さんが歌手だから?
坂本:そうです。「歌手なんでしょ、じゃあお願い!」って(笑)。でも私は「用意してない!」とすごく焦ってしまって。歌手なのに、ステージとマイクを用意されないと、自分の歌も、故郷の歌も、すんなり歌えなかったんです。深く反省したし、とにかく恥ずかしくて。そのときのショックから、いつでもどこでも歌えるようになりたいと思うようになりました。
今は、何の用意もなくても「歌って!」と言われたらいつでも歌えます。あの頃と違って、歌が身体のなかをきちんと巡っているような感覚があるんです。「息をするように」と言うとかっこよすぎるかもしれないけれど、歌うことが特別なことじゃなくなったんです。
坂本:もちろん、その旅からすぐに変われたわけじゃないんですけどね。14年前におお雨を始めてからは、たくさんライブをするようになって、音の環境がよくない場所や、誰も耳を傾けてくれないようなところでも歌ってきたんです。2015年に娘が生まれてからは、ライブのために集中する時間を長く持てなくなって、直前まで授乳してから、すぐにステージへ出るようなこともありました。そういう経験で徐々に鍛えられたんでしょうね。
今年5歳になった娘のなまこちゃんと、ともに暮らす猫のサバ美
―歌手としての意識の変化によって、歌いたい歌というのも変わってきたのではないでしょうか。
坂本:何かを人に伝えるとき、歌にした方が風に乗って遠くまで届くから、歌にするんですよね。例えば、ブルガリアンボイスとか、ヨーデルも、山の向こうに声を届ける手段の一つとして歌を使っていて、「自己表現」のようなものではないと思うんです。内容は「起きたぞー」とかでもいい(笑)。
私はそういう生活に根付いたような歌のあり方に惹かれていて、自分の歌もそんな方向にどんどん近づいていけたらいいなと思っています。
LIXIL「PEOPLE &WALLS MAGAZINE」では、坂本美雨さんのインタビュー後編を掲載。
坂本さんの創作活動の根源でもある、猫のサバ美ちゃんや娘のなまこちゃん(愛称)、夫という大切な存在との生活。空間づくりへの思い、暮らしでの気配りや工夫について伺いました。
- プロジェクト情報
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- LIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」
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壁は間取りを作るためのものだけではなく、空間を作り、空気感を彩る大切な存在。その中でインテリアや照明が溶け込み、人へのインスピレーションを与えてくれる。
LIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」は、LIXILとCINRA.NETがコラボし、7名のアーティストにインタビューを行う連載企画。その人の価値観を反映する空間とクリエイティビティについてお話を伺います。
- リリース情報
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- おお雨
『よろこびあうことは』 -
2020年6月11日(木)発売
価格:3,080円(税込)
OOAM00011. 波間にて
2. プラタナスの⽊の下で
3. Can't Help Falling In Love
4. おだやかな暮らし
5. 星たちの物語
6. おっぱい
7. 星めぐりの歌
8. Hallelujah
9. よろこびあうことは
- おお雨
- プロフィール
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- 坂本美雨 (さかもと みう)
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5月1日生まれ。音楽に囲まれNYで育つ。1997年『Ryuichi Sakamoto featuring Sister M』名義でデビュー。音楽活動に加え、執筆活動、ナレーション、演劇など表現の幅を広げ、ラジオではTOKYO FMを始め全国ネットの「ディアフレンズ」のパーソナリティを2011年より担当。村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」でもDJを務める。おおはた雄一さんとのユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」待望のファーストアルバム『よろこびあうことは』が2020年6月11日にリリースされた。動物愛護活動に長年携わり、著書「ネコの吸い方」や愛猫サバ美が話題となるなど、「ネコの人」としても知られる。2015年、出産。猫と娘との暮らしも日々綴っている。
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