今年の春、曽我部恵一は下北沢に「カレーの店・八月」をオープンさせた。なぜ、ミュージシャンがカレー屋を? 不思議に思う人もいるだろうが、じつは彼、約15年前から同じ下北沢でカフェも運営しており、場づくりにおいてはすでに長い蓄積がある。
それ以外にもソロ転向後、ほどなくして自身のレーベルを設立するなど、インディペンデントを機軸とした活動を展開してきた曽我部。ときには音楽、ときには飲食店と、形態にとらわれない表現を続けている。その背景に見えてくるのは、「好きなことを思うがままにやる」という、シンプルな生き様だ。
空間を豊かにするLIXILの壁材商品「エコカラット」のプロジェクトLIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」とCINRA.NETのコラボレーションにより、空間と人との関係にフォーカスし、インタビューを行っていくこの連載。最終回となる第7回目は、そのときどきの感情を大切に「楽しいこと」を自然体で追求する曽我部の姿勢や生き方について伺った。
「いつか、できなくなるかも」ってことは考えない。明日ライブをやることのほうがリアルだし、大事。
―曽我部さんは今年4月、下北沢にカレー屋をオープンさせました。他にもレコードショップやカフェの経営、もっと遡れば自主レーベルの立ち上げなど、これまで様々なことに挑戦されていますよね。
曽我部:でも、あまり「挑戦」しているつもりはないんですよね。「いろんなことをやって凄いですね」って言われるんですけど、どれも成り行きで始めたことなので。カレー屋も僕が言い出したことではなくて、友達と話をしているうちに仲間に入れられていました。お店を立ち上げるとかは別に得意じゃないけど、やるからには楽しい場所にしたいと思ってやってます。仕事もそう。音楽以外にも、演劇に出てくれと言われたり。全部、そんな感じなんですよ。
―誘われて、楽しそうだから乗っかってみよう、という感じなのでしょうか?
曽我部:そう。頼まれたし、気が向いたからちょっとやってみようかって、本当に軽い気持ち。ただ、頼んでくれるってことは、たぶん「こいつにこれをやらせたら、面白いだろうな」っていう勝算がその人にあると思うんですよね。そこにはおそらく僕の想像できない未来があるので、乗っかってみたら楽しいんじゃないかなと。
―最近だと、小説の連載も始められましたね。
曽我部:それも、最初はすっごい断ったんですけどね。無理だよって。でも、どうしてもやってくれと説得された。これだけ熱意があるってことは、この人には自分には見えていないものが見えているのかもしれないと思って、引き受けました。今のところは締め切りが来るたびにきついですけど、やりきってみないとなにがあるかわからない。それはバンドとかでも全部そうですよね。
―ちなみに、小説は書き始めてから内容を考えると伺いました。物語がどう展開していくのか分からない、ライブ感を楽しむような執筆スタイルは曽我部さんの生き方にも重なるように感じます。
曽我部:そうかもしれませんね。
―あまり人生計画を立てずに……っていうと失礼かもしれませんけど。
曽我部:いや、本当にそう。昔も今も、計画性はないですね。目の前に楽しいことがあると、すぐそっちに飛びついちゃう。夏休みの宿題も、最終日までなにもしない子どもでした。子どもの頃は、ちゃんと勉強していい大学や会社に入って、高い給料をもらうのが「いい人生」だと教わりましたけど、当時からそれが理解できなくて。真逆に行っちゃった。大学は上京するための口実で入ったけど、行ってないし(笑)。
これから先の人生設計も、特にないなあ。基本的にはずっと歌っていたい。それしかないですよね。ライブ中に老衰で死ねたらいいかな。
―そのためにも、逆算して今から体力をつけておこう、とかは……。
曽我部:まったく考えない(笑)。もちろん98歳になったら絶対にライブは無理だろうし、そもそも呼ばれないと思うけど、そのことにリアリティーを感じないから。「いつか、できなくなるかも」ってことは全く考えてないですね。それより、明日ライブをやるってことのほうがリアルだし大事というか。
2000年代以降って、学びと経験と成長の時代だと思うんです。
―先ほど「成り行き」という言葉もありましたが、言い換えれば「そのときどきの自分の気持ちに従う」ということなのかなと感じました。曽我部さんがレーベルを設立するときも、たまたま下北沢でいい物件に出会い、その場で独立を決められたそうですね。
曽我部:そうです。縁というか出会いというか。そのときの自分の気持ちと物件の雰囲気が、ぴったり合ったんでしょうね。レーベルの立ち上げは、まあぼんやりとは考えていたんですけど、そんなときにふらりと入った不動産屋でたまたまいい物件が見つかった。下北沢の外れにある、日差しがよく入るガラス張りの物件。ここで個人事務所やるのもいいかなって。なにか決めるときって、そういう感じじゃないですか?
―その日、その日の思いを大切にするという考え方は、曽我部さんの音楽にも反映されているのでしょうか?
曽我部:自分がその日に感じたこと、知ったこと、考えたことを表現に対応させる。それはやらなきゃいけないことかなと思っていますね。「歌ってこういうもんだよね」という過去の思い込みだけで作ると、途端に古くなってしまう。いや、古くてもいいんだけど、それだけだと作ってる自分自身がつまらなく感じてしまうんです。
―日々なにかを感じ、常にアップデートしていきたいと。
曽我部:そうですね。音楽に限らず、2000年代以降って「学びと経験と成長の時代」だと僕は思うんです。サニーデイ・サービスでデビューした1990年代って、そんなこと考えなくても「いい感じで社会が続いていく」ような感覚があった。でも、今はそうも言ってられないというか。日々変わっていくものに敏感になって、よりよい未来を歩む力を持たないと、全てが「終わっていく」ような感覚を抱いてしまうと思います。
これまで見えていなかった、人の繊細な部分を学んでいかないといけない。
―曽我部さんは3人のお子さんの父親でもあります。ご自身のスタイルは別として、子どもには「しっかりとした人生設計」を持ってほしいと思いますか?
曽我部:いや、ないですね。というか子育てに関しては基本、「放任」です。
―「こう育ってほしい」といった思いもない?
曽我部:そうですね。子育てって本当に正解が分からなくて。伝えたいことがあるとしたら一つだけ。生きてて楽しいとか嬉しいとか、自分が幸せだと感じられたらそれでいいってことです。勉強ができない、学校で怒られた、会社の給料がいくらだとかは重要じゃない。ご飯が美味しくて幸せだったらOKなんだよって。
―曽我部さんの自然体な生き方には、今の複雑な社会を生きる上でのヒントがあるように思います。
曽我部:子どもたちを見ていると、漠然と将来への不安を抱えていることもなんとなく分かります。でも、そんなの不安に思わずに、今日を楽しんで「いい1日だった」って感じられたらいいんだよって。それはずっと言ってますね。どんなに勉強していい学校に行っても、どんなに贅沢な生活をしても、死ぬときは一瞬なんだから。それまでにどれだけ楽しむかだよと。それが「正しい子育て」なのかは全く分かりませんけどね。
―逆に、きっちり道筋を立てて生きたい人もいますし、正解は一つじゃないですよね。
曽我部:そうそう。その人が生きやすければいいと思うんですよ。計画的な人生のほうが楽しくて幸せな人もいるはずだし、それが合わない人もいる。したいようにするのが一番です。とにかく「生まれてよかったな、得したな」って思えたら、それでいいんじゃないかな。
でも、今の子どもたちって僕らの年代よりもずっと、いろんな生き方があることを理解できていると思いますよ。多様性みたいなものを、自然に受け入れているというか。
―なぜ、そう感じるのでしょうか?
曽我部:僕らよりもずっと人とのコミュニケーションがうまいなと感じるんですよね。こういうタイプはこんなふうに付き合おうとか、こういうふうに言ってあげようとか、いろんな考え方や生き方に思いを馳せることがデフォルトでできている気がします。
SNSの文化って、実験場所というか学校みたいなもので、ここで多様な考え方を学んだ人たちが、いい具合にみんなが分かり合える社会を作っていくんじゃないかな。子どもたちを見ていると、そう感じますね。
―そこは大人も見習うべきですね。一方で、ネットやSNSが社会を分断していると言われることもありますが……。
曽我部:そうかな? 僕はそうは思わない。例えばLGBTQの友達がじつはこんなことを考えていたんだとか、想像さえしなかったことを知ることができるようになったのはSNSが出てきてからですよね。面と向かっては言わないけど、あいつはこういうことに傷つくんだって。じゃあ、これから気をつけなきゃと思えるじゃないですか。
―その通りですね、本当に。
曽我部:ときには友人がSNSで攻撃的な言葉を発していて、ショックを受けることがあるかもしれない。でも、僕らはこれまで見えていなかった、そういう繊細な部分を学んでいきたいと思います。
今は世界のいろんなトピックが簡単に手に入るけど、ニュースの上澄みだけでなく、その下にあるいろんな感情を知ることですよね。そして、それを自分たちの生き方に取り入れる。それはすごく大事なことかなと思います。
LIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」では、曽我部恵一さんのインタビュー後半を掲載。緊急事態宣言下でオープンしたカレー店の話や、自宅をどう居心地良い空間にするかなど、心地よさという切り口から曽我部さんらしい空間に関するこだわりを語っていただきました。
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壁は間取りを作るためのものだけではなく、空間を作り、空気感を彩る大切な存在。その中でインテリアや照明が溶け込み、人へのインスピレーションを与えてくれる。LIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」は、LIXILとCINRA.NETがコラボし、7名のアーティストにインタビューを行う連載企画。その人の価値観を反映する空間とクリエイティビティについてお話を伺います。
- プロフィール
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- 曽我部恵一 (そかべ けいいち)
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1971年8月26日生まれ。乙女座、AB型。香川県出身。1990年代初頭よりサニーデイ・サービスのヴォーカリスト / ギタリストとして活動を始める。2001年のクリスマス、NY同時多発テロに触発され制作されたシングル『ギター』でソロデビュー。2004年、自主レーベルROSE RECORDSを設立し、インディペンデント / DIYを基軸とした活動を開始する。以後、サニーデイ・サービス / ソロと並行し、形態にとらわれない表現を続ける。サニーデイ・サービス『もっといいね!』を2020年11月25日に、曽我部恵一『Loveless Love』を12月25日に配信リリース。
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