高井息吹が、新作EP『kaléidoscope』をリリースした。前作『世界の秘密』から約3年ぶりとなる本作には、彼女のバンド編成「高井息吹と眠る星座」のメンバーとして、兼ねてより活動を共にしてきた新井和輝(King Gnu)と君島大空が、共同制作・プロデュースとして名を連ねている。さらに本作には、石若駿(CRCK/LCKSほか多数)と勢喜遊(King Gnu)というふたりのドラマーも参加。
そんな、濃密な才能の混ざり合いのなかから産み落とされたこのEPは、「万華鏡」という意味のその名が示すように、極彩色の音の重なりの奥に、愛した人の面影のような、鏡に映る自分のような、いつか聴いた誰かの歌声のような――そんな幻影を映し出す、美しく魅惑的な作品だ。幻想的な音像が描くサイケデリアや、泡沫のように浮かんで弾けるエレクトロトラック、温かく勇猛なバンドサウンドなど、曲ごとに見せる様々な音楽的フォルムの奥に、ひとりの人間の、確かな呼吸が聴こえてくる。
この先、高井息吹の音楽人生を振り返ったとき、きっと大きなターニングポイントとして記憶されるであろう、この作品はどのようにして生まれたのか、高井、新井、君島の3人に集まってもらい、話を聞いた。作品の話はもちろんだが、まずは星座が眠りについた頃の話から、語り合ってもらおう。
福生~立川という西東京地区で育った3人。当時からベースマンとして名を馳せていた新井和輝が、はじめて高井息吹と出会った日のこと
―まずはみなさんがどのようにして出会い、「高井息吹と眠る星座」が生まれたのか、というお話から聞かせてください。
高井:私の最初のアルバム(2015年にEve名義で発表した『Yoru Wo Koeru』)に入っている“きりん座”という曲をバンドでレコーディングするために集まったのが眠る星座のメンバーなんですけど、そもそも、みんな地元が近かったんです。
眠る星座がはじまる前から、私と君島とドラムの航(眠る星座のドラマー坂田航)は、たまにスタジオに入って遊んでいて。で、新井さんは、君島とも航とも私とも別のラインで繋がりがあって。3人で遊んでいたときに、「ちょっと新井さんも呼んでみようよ」っていうことになった日があったんですよね。初めてみんなで会ったのは、そのときなんです。
新井:その日、覚えてるわ。スタジオペンタの2階だよね。もともと俺と航が高校の軽音楽部の先輩後輩の関係で、君島とは、福生のチキンシャックっていう老舗のセッションバーで高校生の頃に出会っていて。で、息吹ちゃんは、立川エリアのライブハウスで俺が演奏しているのを観たことあったみたいで。
息吹ちゃんと直接出会ったのは大学生になってからなんですけど、息吹ちゃんのお兄さんがトロンボーン奏者で、俺は大学の頃、そのお兄さんに世話になっていて、そんな感じで、各々の繋がりがあったんです。で、あの日、ペンタの2階で全員が揃ったっていう。
高井息吹“きりん座”を聴く(Apple Musicはこちら)
高井:私、あの日が人生で一番緊張した。新井さんが入ってきて、「ちょっとソロ弾いてみて?」って言われて。未だに、あの緊張を超えた経験がないくらい。当時から、一緒に演奏できるのが目標の人だったから。緊張したなあ。
君島:「ほんとに和輝さん来た!」ってなったよね。僕はチキンシャック以外で和輝さんと会ったのは、そのときが初めてだったと思う。
―当時から新井さんは有名だったんですか?
高井:有名でした。新井さんが高校の頃にやっていたバンドは、西多摩のほうで有名だったんです、西多摩新聞にも載るくらい(笑)。私がいた軽音部の部室には、新井さんのバンドの記事が切り取って貼ってあって。
新井:マジか(笑)。
「今、一緒にやっているミュージシャン連中のなかでは、君島が一番、付き合いが古いかもしれない」(新井)
―新井さんと君島さんがチキンシャックで出会ったときの話も伺いたいです。
君島:福生に、なんというか……とても煌びやかな歓楽街があって(笑)、そこにチキンシャックはあるんですよね。僕は、親父が若い頃に福生で遊んでいたのもあって、小さい頃にチキンシャックに連れていってもらったこともあったんです。その流れで、親父に「ちょっと行ってこいよ」とせっつかれてひとりでも通うようになったんですけど、そこですぐに和輝さんと出会って。
新井:チキンシャックの毎週木曜日の無料セッションに、俺は高1の頃から通いはじめたんですけど、1個上には、当時高校2年生だった岡田拓郎くん(ex.森は生きている)がいたんですよね。俺は彼にいろんな音楽を教えてもらっていて。で、俺が高3になったときに、高1の君島がポンッと来たんです。当時は、俺と岡田くんみたいな若い連中か、常連のおじさんかっていう2層式になっていたんですけど、突然やってきた君島が高い位置にギターを構えてゴリゴリの速弾きをしはじめて、俺と岡田くんが「うおっ、なんか来たぞ!」となり(笑)。
君島:当時はテクニカルフュージョンみたいなのが好きだったんですよね(笑)。当時、和輝さんはヤマハの5弦ベースを弾いていましたよね。「今日、試験だったんですよー」とか言いながら学生服でベースを弾いていて、「めちゃくちゃ上手いな、この人!」って驚きました。僕は和輝さんから、「上原ひろみのこれを聴きなよ」とか、いろいろ教えてもらっていて。岡田さんにはいびられたり、いじられたりしましたけど(笑)。
新井:(笑)。そう考えると、今、一緒にやっているミュージシャン連中のなかでは、君島が一番、付き合いが古いかもしれない。18歳の頃からだから、もう10年になる。
その音は誰のために鳴らされるのか? 3人が共有している、楽器の上手さや音楽性よりも大事な「音の向かう場所」という感覚
―高井さんは、一緒にいることでどんなことを感じたから、新井さんや君島さんや坂田さんと一緒に音楽を作っていこうと思えたのだと思いますか?
高井:根本的な部分で、ものすごく理解してもらっているなと思うんです。自分が音楽で表現したい景色、音楽以外に大切にしていること……そういうことを、すごく理解してもらえているなと思います。私は、眠る星座を組んで初めて、「この人たちを、自分の音楽で少しでも幸せな気持ちにしたい」っていう気持ちが芽生えたんですよね。それって、私にとってはすごく尊いことで。私は、このメンバーで一緒にいるとき、リハの時間すら尊く感じるんです。一緒に音を出せているっていうことが、すごく嬉しい。
この間、(石若)駿さんともそういう話になったんですけど、駿さんは「俺たちはたき火なんだよ」って言っていて。「一緒に音楽をやる人に対して、特別にあたたかい気持ちを持っている」って話を私がしたら、「そう思える人たちと一緒にやることが大事なことだし、俺たちがたき火になって、みんなが『あたたかいね』と言ってくれることが、一番の正解だよね」って話してくれて。
高井:私も本当にそう思っているし、そう思えない人たちとは一緒にできないんですよね。いわゆる、サポートミュージシャンみたいな意識では、私は一緒に演奏できない。まず、一緒に音楽をやる人たちに幸せになってほしくって、その温度がそのままお客さんに伝わるのが、本物だと思うんですよね。
新井:今、息吹ちゃんが言ったことって、なにに対して音を発しているのか、音がどこに向かっているのか……そこの純度の話だと思うし、息吹ちゃんは、そこを人一倍、敏感に感じ取っているんだと思うんですよね。
高井:うん、音の向かう場所は、本当に大事だなと思う。
新井:俺は、師匠に「お前は誰のために楽器を弾いているんだ?」と訊かれたことがあるんですけど、当時は答えられなかったんです。そのとき、師匠は「俺は自分のために弾いている」と言っていて。「楽器を弾くことで、まず自分が楽しくならなきゃダメだ。お前は、もっと自分のために楽器を弾きなさい」と。そう言われたとき、すごく腑に落ちたんですよ。
シンガーのために弾くとか、お客さんのために弾くとか、そういうことではなくて、自分のために弾くこと。それが、循環をもたらすものになる……師匠にそう言われて以来ずっと、自分もそういう気持ちでやってきたなと思うんです。それは眠る星座にせよ、King Gnuにせよ、millennium paradeにせよ、君島の合奏形態にせよ。
新井:King Gnuを観た人に、「楽しそうに演奏しているね」とよく言ってもらうんですけど、King Gnuの連中も、基本的にみんなそういうスタンスだと思うんです。君島の合奏形態なんて、King Gnuよりももっと細かいところで、演奏者同士の相互作用が起こっていると思う。でも、それは細かいから伝わらないんじゃなくて、細かいからこそ、違うニュアンスでお客さんに伝わっているはずで。自分が感じているそういう部分は、言い方は違うけど、息吹ちゃんが言っていることに通じているものはあるような気がします。
高井:うん、そう思う。本当の気持ちが混ざり合うことに意味があるなって思うから。新井さんが本当に楽しくやってくれるのが、私にも幸せだなって思う。
―今のお話に関して、君島さんはどうですか? 君島さんは去年から新井さんや西田(修大)さん、石若さんと共に合奏形態でのライブをはじめられましたよね。
君島:そもそも、僕はバンドをやりたいとは未だに思っていないんですよね。それは自分のせいなんですけど。ずっとサポートギターとして、歌を歌っている人の隣でギターを弾く時間が多かったし、それゆえに、自分は人前で歌うもんじゃないとも思っていたし。今でも、人と一緒に音楽を作ることに対して、あまり想像がついていないんです。
ただ、合奏形態に関しては、和輝さんは10年前から知っているし、西田も自分と性格が似ているし、駿さんもそうだけど、人間として友達になれる人たちなんです。
君島:僕らは、一緒にいるときはほとんど音楽の話はしないんです。それでも、「見えないもの」を共有していると思える瞬間が、リハのときでも、ライブのときでもある。言わなくても伝わることって、すごく大事だなと思うんですよね。もちろん、言っても伝わるんだけど、言わなくても、モヤモヤっと、ここ(頭の後ろのほうを指して)にあるものが伝わる。そうやってアンテナの張り方やキャッチの仕方が似ている人でないと、僕は一緒にはできないです。なので、今のメンバーでなければ、僕は、自分はバンドをしなくてもいいし、する必要はないのかなとも思っています。
高井:うん、うん。
君島:きっと、そういう関係性でなくてもバンドやりたい人もいるとは思うんですけど、僕は、そこにロマンは感じないんです。
高井息吹のために、新井と君島が知恵と技術を持ち寄り形になった『kaléidoscope』。制作は、予算ゼロからはじまった
―高井さんの新作『kaléidoscope』は、新井さんと君島さんが共同制作・プロデュースとして関わりながら作られたということですが、制作の出発点はどのようなところにあったのでしょうか?
高井:私のなかでは、前のアルバム(2017年発表の『世界の秘密』)を出したあとに、「次はこんな作品を出したいな」という構想があったんですけど、「次はアルバムじゃなくて、5~6曲くらいのEPにするのがいいんじゃないか」って、新井さんと君島が言ってくれて。きっと、「次の音源がリスタートになる」っていうことは、みんな感じていたんですよね。
高井息吹“サリュ・ピエロ”を聴く(Apple Musicはこちら)
新井:俺のなかでは、「今、息吹ちゃんに必要なのはとにかく作品を出すこと」という認識があって、しかも、それは想像できるような形のものではダメで。それに、今の時代の音楽の聴かれ方なんかもトータルで加味すると、とにかくフットワークを軽くしていかなければいけない。なので、「一旦、俺らだけで形になるまでやってみよう」っていう話を俺から君島にしたんです。そうしたら、君島も「やりましょう」と言ってくれたから、その話を息吹ちゃんに持ちかけて。そこで、予算ゼロの状態から、とにかくシングルを作ろうということで、『欠片 / 瞼』のシングルの制作がはじまったんです。
俺的には、息吹ちゃんって圧倒的にライブミュージシャンなんです。その場の空気を変えたり、空間を支配できる能力がズバ抜けている。だから、人を会場に来させたら勝ちなんだけど、今の時代にそれをどう達成するかは、いろいろ考え方はあると思うんです。そのなかで俺は、音源でまず「いい」と思えるものを作って、それを聴いた人にライブ会場に来てもらうことが、なにより息吹ちゃんのミュージシャンとしての質に合っていると思ったんですよね。
高井息吹『欠片 / 瞼』を聴く(Apple Musicはこちら)
―活動の方向性そのものにおいて、新井さんの舵取りが大きかったんですね。
新井:やっぱり、King Gnuでやってきた経験が大きくて。King Gnuをやるまでは、俺はあくまでもいちプレイヤーであり、眠る星座やSrv.Vinciでの活動はありましたけど、正直、昨今の日本の音楽業界の在りようみたいなことは、まったく気にしていない人間だったんです。それよりも、「この曲のこのベースのフレーズがいい」とか、そういうことばかり気にしている人間だった。
でもKing Gnuとしての活動を通じて、日本の音楽業界がどういうふうに動いているのか? みたいなことも意識するのが当たり前になってきて。そういうことと、今の息吹ちゃんの状況、「これからの時代はどういった作品フォーマットがいいのか?」みたいなことを合わせて考えてみたときに、まず自分たちだけで作ってみるというのが、一番いいやり方のような気がしたんですよね。
「この3人の関係性はすごく強くもあり、すごく脆いものでもあると思うから」(君島)
―今作はインタールードを含んだ全7曲という、コンセプチュアルな作品性を保ちつつもコンパクトに聴けるというのも、すごく現代的なものですよね。
君島:EPで出すっていう構想は、すごく早い段階からあって。いつ出すかも決めず、お互い、データを投げ合って、本当にゆっくり作っていきましたね。「できたら出そう」くらいの感じで制作は進めていきました。そうじゃないと、心が壊れるのが見えるというか、離れた場所にいる知らない人にせっつかれる、みたいな作品の作り方が3人とも向いていないのはわかっていたので。なので、このミニマルな3人の関係性だけで、できるところまでやってみようって、ぬるぬるはじめた感じでした。今年の頭でもまだ、リリースのタイミングが決まっていなかったくらいで。
―結果として、本作は君島さんの作品もリリースしているレーベル「APOLLO SOUNDS」からリリースされますが、本当にミニマルでインディペンデントな作り方をしていったんですね。
君島:こうやって3人だけでやるっていうやり方は、精神衛生上よかったなと思います。誰かもうひとり知らない人がいたら、すぐに破綻してしまっていたんじゃないかと思う。そのくらい、この3人の関係性はすごく強くもあり、すごく脆いものでもあると思うから。
高井:うん、私も、新井さんの提案だからこそ「やってみたい」と思ったし。
君島:その役割は、僕でもダメなんだよね。和輝さんが言うからこそ、息吹も「やろう」と思えたんだろうし。僕が「自分たちで作ろう」と言いはじめても、きっと息吹は嫌がったと思う。
新井:俺は俺で、君島がいないと今回の制作はできなかったんですよね。俺は、スケジュールの管理とか、衣装を誰に頼むかとか、どこのスタジオを押さえるか、みたいな対外的な部分や、作品の全体的な流れ、マスタリングを誰に頼むかっていうようなことを主に担当しましたけど、君島は音源に特化した、テクニカルな部分を担当してくれて。俺が大きい目線で見ている間に、君島がすごく細かい部分を調整してくれたっていう感じだったんです。俺の役割は俺にしかできないことだったし、君島の役割は、君島にしかできないことだったんですよね。
高井息吹の音楽に底流する「幻」というイメージについて。君島大空と音楽の奥底で共有しているもの
―音楽的にも、これまでの高井さんの作品からは大きく刷新されたサウンドデザインの作品ですよね。“瞼”のようなエレクトロニックなトラックを基調にした曲もあれば、“ハローグッバイ”のように厚みのあるバンドアンサンブルを響かせている曲もあって。曲調がものすごく多彩な作品ですよね。
新井:バンドサウンドもあればエレクトロもあれば弾き語りもあるっていうのが、息吹ちゃんの今後の武器になるんじゃないかっていうのが、EPを作るうえでの構想としてあって。そもそも、息吹ちゃんの曲は「弾語りじゃないとダメだ」っていうものではないんです。
いわゆる「シンガーソングライター」のイメージや枠を超えている人だと思うんですよ。それは君島もそうだけど。だからこそ、彼女のそうした部分がちゃんと見えるような曲のチョイスをしたいっていうのはありました。
高井:私的にも、本当にいろんな音楽が好きだから。自分の音楽性ももっともっと広げることができたらいいなと常に感じていて。そういう意味で、今回の作品は自分の音楽的な理想も実現できた感覚も強くあるんです。最初はバラバラな曲を並べた作品集みたいなつもりで作っていたんですけど、結局は、最初から最後まで一貫したテーマがあるものができたなとも思っていて。
―そのテーマというのは、「前作の次に出したい作品があった」と言っていたものと通じているものですか?
高井:そうですね、ずっと構想していたものが、「できた」というよりは、「現れた」という感じだと思います。「夢」や「幻」というものが今回は歌詞の軸になったなと思うんですけど、前作を出してから、夢や幻について考えることがすごく多かったんです。
―どういったきっかけがあったのでしょう?
高井:私は、自分が信じたいものをめちゃくちゃ信じちゃうところがあって……それは、よくも悪くもなんですけど。でも、その「信じたいもの」は、もう幻だと思っていたほうがいいなと気づいたんですよね。大学を卒業する頃、先生から「夢じゃなくて、幻を見て生きなさい」と言われたことがあって、それがすごく頭に残っていたんですけど、前に、君島ともそういう話をしたことがあって。そのとき、君島は「絶対的なことは幻だと思う」と言っていたんです。それも、すごく残っていて。
―君島さんは、高井さんと話したことを覚えていますか?
君島:覚えてます。もう何年か前のことだけど、LINEだったよね?
高井:うん、LINEだった。
君島:覚えてる、すごく。「絶対的なことは幻だ」というのは、僕自身、すごく大事にしている言葉というか、気づきなんですよね。僕は自分で作品を作っていても、なにに向けて作っているのか、はっきりしないところがあるんです。でも、その「はっきりしないもの」がずっと一緒なんです。「はっきりしないなあ」と思いながらも、それはひとつの方向にしかなくて。ちょっと苦しいけど、そこに近寄ってみたときに、それがなんなのかわかったことがあって。
それは、自分と、そのモヤモヤとの距離感によって見える幻のようなものというか。起きているときに見る夢というか。自分のなかで作ってしまった「なにか」、イメージ……それは人だったり、ものだったり、景色だったり、思い出だってそうだと思うんですけど、それにかかっているモヤのようなものをすごく信じてしまう。自分は、それを食って生きている、みたいな感じがすることがあるんです。
―それは、『午後の反射光』の取材でおっしゃっていたことと、すごく通じているお話だなと思います(関連記事:君島大空『午後の反射光』インタビュー)。
君島:そうですね。その幻のようなものを「信じちゃいけないものなのかな?」って、不安だった時期があったんです。でも、なにがきっかけだったかは覚えてないですけど、そういうものを、信じてもいいんじゃないか、と思えたことがあったんです。
僕は、「夢を見ている」という言い方はあまり好きではないですけどーー実態がないけど信じることができる煙のようなもの、触れないけど、たしかに「ある」もの……そういうものは、信じてもいいんじゃないかと思った。自分だけが見ている幻を、自分がバカにしてしまったら、自分が終わってしまう……そういうことを考えていた時期があったんですよね。自分しかわからなくていいから、「そこ」に向けて、僕は音を出したり、言葉を書いたりしようっていう気持ちになったときに、息吹とそういう話になったんです。それは、未だに通底している感覚のような気がします。
高井:私、そのときの君島の言葉がかなり衝撃だったんです。「たしかに、絶対的なものって幻だわ」と思ったし、「じゃあ、自分は幻を信じて生きていこう」と思えた。それで楽になったんですよね。自分にとって「幻」という言葉でしか言いようのないものがあったとして、それを絶対的に信じてしまっても、それは、全然悲しいことではない。「悲しいことではない」ということに、君島の言葉で気づいたというか。だからこの作品も、そういう救いのあるものにしたいなっていうのはありました。
君島:「ない」ということでもあるんだろうけどね。絶対的なものなんて、ない。
高井:うん、うん。でも、だからこそ。「だからこそ」の美しさもあると思う。
君島:そうだね。「幻」なんだけど、それを信じていい。信じていいことにする。それを愛す。そうじゃないと、はじまらない。息吹と話した当時は、そういう気持ちになっていたんだと思う。
「昔は変わるのが怖かったんですけど、『たぶん、私は変わらないな』って思えるようになったんだと思う」(高井)
―僕はみなさんのように音楽を作ったりはしないし、芸術を作る立場の人間ではないですけど、それでも、おふたりの言う「幻」の存在はすごくよくわかるし、自分のなかにも、そういうものはあるような気がするんです。
高井:そうですよね、誰しもがそうだと思う。万華鏡の、あの筒を除いたときに広がる世界って、自分にしか見えないじゃないですか。そうやって「美しいなあ」って万華鏡を覗いている姿って、周りから見たら滑稽かもしれない。でも、「私はそれを見たいんだ」「この万華鏡のなかの世界が、絶対的に美しいんだ」って思うこと……私が「幻を信じて生きよう」と思ったことって、そういうことだと思うんです。きっとそれって、誰もが持っている感覚だと思う。
高井息吹“万華鏡”を聴く(Apple Musicはこちら)
―新井さんは、高井さんや君島さんのお話を聞いて、どう思われますか?
新井:ふたりが言っていることはよくわかります。俺は、ふたりのように歌詞を書かないから、そこで昇華されない気持ちがあったりもして。でも、俺にも信じているものはあるし、だからこそ、こうやって目に見えない仕事をしているわけで。俺にとっても、そこには息吹が言う「幻」があるような気はします。
―高井さんは「悲しいことではない」とおっしゃいましたけど、それでも、幻が幻であることは、どうしようもなく悲しいことでもあるとは思うんです。でも、この作品は、その悲しさを抱えて尚、生きていくことの強さを体現しているような作品ですよね。
高井:そうですね、私もセカンドを出した頃は、幻が幻であることを悲観していたような気はするんですよね。でも、今はもう悲観しなくなりました。そうやって一歩進んだ場所にあるものが、この作品なのかもしれないです。自分のなかで絶対的に持っているものって、きっと一生変わらないんですよね。
昔は変わるのが怖かったんですけど、「たぶん、私は変わらないな」って思えるようになったんだと思う。「なにを着ても、なにをしても、私は一生自分だわ」って気づいたし、そこに自信を持つことができたんだと思います。前作を出してからの3年間くらい、本当にいろいろあったけど、でも、自分が思っていた以上に、自分の根底に持っているものって強いんだなと思えたんです。
―歌詞を読むと、この作品のなかで描かれる「幻」は、どこか人の形をしているようにも思えます。こうした描き方は、意識的なものでしたか?
高井:意識していたというよりは、自ずとそうなっていったと思うんですけど、「幻」というものを、人に対して思うことが多かったからかもしれないです。さよならがあっても、出会えたことがすべてだし、また会えるような気がするし。
高井息吹“ハロー・グッバイ”を聴く(Apple Musicはこちら)
高井息吹が信じてきたもの、歌とピアノの音一粒に込めるもの
―新井さんと君島さんから見て、前作を出した頃と今の高井さんを比べてみると、どうですか。
君島:変わらないんですよね、息吹は。
新井:そうだよね。曲の純度も本当に変わらないし、人柄も変わらないしね。不器用なところとか。
君島:そうそう。「え、変わらないの?」って驚くくらい変わらないです。「もうちょっと変わってもいいのに……」と思う瞬間もありますけどね(笑)。しつこいんですよ、息吹は。「しつこく、それを持ってんなあ」って思う。でも、「それ」をずっと持ち続けている人って、息吹以外には見たことがないんです、僕は。僕もどこかで手放してしまったものも、息吹はずっと抱きしめていられる。だから自分が不安定になったときには、息吹と話すことで確認し合ったりするんですよね。
高井:まぁ……(笑)、そこに関しては自負はあって。めちゃくちゃ信じちゃうって、そういうことだと思うから。
君島:そうだね。人のことでも、もののことでも、「ずっと、その話をしてんなあ」って感じの人なんです、息吹は。
―この『kaléidoscope』という作品は、そうした高井さんの思想や生き方が、すごく美しい形で結晶されているのだと、今日のお話を聞いて思いました。
高井:そうですね……私には、やっぱりピアノを弾いて歌っているときの感覚がすごく大事で。結局、音楽以外のことも、全部の全部が歌とピアノに還元されればいいなと思っているんです。
高井息吹“day dream”を聴く(Apple Musicはこちら)
高井:私、ピアノの音がすごく好きなんですよね。ピアニッシモの音も、その1音だけで救われるような感覚のような、そんな音に込めるものを自分は追い求め続けたいなと思っていて。だからこそ、自分がどういう音を出したいのか、どういう音が人に伝わっていくのかということは、ずっと追求し続けたいことなんです。ただ、やっぱり音楽って目に見えないし、存在そのものが幻みたいなものじゃないですか。
―そうですね。
高井:それでも、ピアノを弾きながら、自分が今生きている世界よりも、もっともっと深いところにいるような感覚を、私は幼い頃から抱いて生きてきて。それは自分のなかですごく大事なことなんです。自分のなかにある愛おしさとか、もどかしさとか、虚しさとか……そういうものをすべてひっくるめて、ひと言で表すのであれば、それは「幻」だった。そのひと言に、私の喜びも悲しみも閉じ込めて、私はこれを信じて生きていくぞと思った。このEPは、そういう作品だと思います。
- リリース情報
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- 高井息吹
『kaléidoscope』(CD) -
2020年11月4日(水)発売
価格:2,000円(税込)
APLS20091. -daydream-
2. 瞼
3. 幻のように
4. サリュ・ピエロ
5. ハローグッバイ
6. -in a dream-
7. 万華鏡
- 高井息吹
- プロフィール
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- 高井息吹 (たかい いぶき)
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1993年生まれ。5歳からクラシックピアノを始める。幼い頃から自分で聴いた音楽をピアノでアレンジして弾いていた。その後、吹奏楽やバンド等様々なスタイルの音楽に触れる。ポップス、ロック、クラシック、ジャズ、オルタナティヴミュージック等に音楽的な刺激を受け、本格的に作詞作曲・弾き語りを始めたのは19歳の頃。現在は都内を中心に、バンドセット「高井息吹と眠る星座」を含め、精力的にライブ活動を行っている。2020年11月、長らく音楽活動を共にする新井和輝(King Gnu)と君島大空を共同制作・演奏陣として迎え、King Gnuのドラマー勢喜遊、ドラマー石若駿によるバックアップによって完成させた『kaléidoscope』をリリース。
- 新井和輝 (あらい かずき)
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1992年10月29日生まれ、東京都福生市生出身。高校でジャズに目覚め、大学時代に深く傾倒する。日野“JINO”賢二と河上修に師事。King Gnuのベーシストとして活動するほか、君島大空合奏形態や「高井息吹と眠る星座」などでも演奏している。
- 君島大空 (きみしま おおぞら)
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1995年生まれ、日本の音楽家。2014年から活動をはじめる。同年からSoundCloudに自身で作詞 / 作曲 / 編曲 / 演奏 / 歌唱をし、多重録音で制作した音源の公開をはじめる。2019年3月13日、1st EP『午後の反射光』を発表。4月には初の合奏形態でのライブを敢行。2019年7月5日、1stシングル『散瞳/花曇』を発表。2019年7月27日、『FUJI ROCK FESTIVAL'19』 ROOKIE A GO-GOに合奏形態で出演。同年11月には合奏形態で初のツアーを敢行。2020年1月、Eテレ・NHKドキュメンタリー『no art, no life』の主題曲に起用。2020年7月24日、2ndシングル『火傷に雨』を、同年11月11日にはEP『縫層』を発表。ギタリストとして、高井息吹、坂口喜咲、婦人倶楽部、吉澤嘉代子、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、劇伴、楽曲提供など様々な分野で活動中。
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