ヒップホップクルー・KANDYTOWNのメンバーであり、ズットズレテルズのメンバーだったことでも知られるラッパーのRyohuが、初のソロアルバム『DEBUT』をリリースした。自身のバンドAun Beatzでの活動や、Base Ball BearやSuchmos、ペトロールズといったアーティストたちの作品にも客演するなど、もはや「ラッパー」や「ヒップホップ」といったカテゴライズでは捉えきれないほどに様々な場所でその才能を発揮してきたRyohuだが、そんな彼にとって待望の、ソロ名義によるフルアルバムである。
エレクトロニクスと生演奏がなめらかに溶け合い、歌とラップが絶妙に混ざり合う。そしてフィーチャリングボーカルや仲間のラッパーの客演もない、その「声の少なさ」ゆえにRyohuという「個」の存在が際立つ――そんな新鮮なフォルムを持つ本作には、これまでも関わりが深かったTENDREやAAAMYYY、荒田洸(WONK)などが制作に参加している。なかでも多くの楽曲にプロデュース、あるいはコ・プロデュースで携わっているのが、「冨田ラボ」こと冨田恵一だ。
冨田ラボのアルバム『M-P-C "Mentality, Physicality, Computer"』(2018年)にRyohuはラッパーとして大々的にフィーチャーされていたが、そのお返しと言わんばかりに、冨田は本作『DEBUT』で、そのポップマエストロとしての手腕をいかんなく発揮している。結果として本作は、長年、日本のポップスの最前線を走ってきた冨田の技術と経験値、そして飽くなき「変化」に対する嗅覚と、Ryohuの本能的にボーダレスな佇まいとが合致した、パワフルでハイブリッドな日本語のポップアルバムに仕上がっている。
今回、CINRA.NETでは、Ryohuと冨田恵一の対談を敢行。アルバム『DEBUT』の制作の裏側から、「音楽になりすぎてはいけない」と語る、世代を超えたふたりに共通する美学まで、存分に語り合ってもらった。
トラックメイクもするRyohuと冨田ラボが共有するポップセンス。共にプロデューサー視点で語り合う
―Ryohuさんと冨田さんの初対面は、冨田さんのアルバム『M-P-C "Mentality, Physicality, Computer"』にRyohuさんが参加されたときですよね。
Ryohu:そうっすね。『M-P-C』が2年前なんですけど、あれは、ここ最近で一番楽しい客演だったんですよ。それで、レーベルも一緒だし、自分の作品を作るとなったときに、「ぜひ、お力添えをいただけたら」という話をさせてもらったんです。
前は冨田さんの作品に僕が参加する形でしたけど、自分の作品に冨田さんに参加してもらうのは、緊張というか、「どうなっていくんだろう?」っていう楽しみがすごくありました。初めてなんです、他の人にプロデュースしてもらうの。
冨田:そうだよね、Ryohuさんは自分でトラックも作れるし。そもそも、僕は全然ヒップホップ・プロパーな人間ではなくて。『M-P-C』が、ラッパーを迎えて自分の音楽を作った初めての経験だったし、あの頃、ラッパーとの作業をどうやっていくのか、自分の中の定型もなかった。それでも、こうやってRyohuさんがご自分の作品を作るときに僕を呼んでくれたのは嬉しかったです。
Ryohu:今回のアルバム、収録曲の半分くらいは冨田さんに触ってもらっていますけど、もちろん、冨田さんがヒップホップの畑の人ではないことは理解していて。だからこそ、一緒にやっていくことの面白さを感じましたね。今回のアルバムで最初に作りはじめたのが“The Moment”でしたけど、これは1年前くらいに一緒に作ったじゃないですか。
冨田:そうだよね。まだコロナもなにもなかった頃だったから、スタジオに人を集めてコーラスを録って。Ryohuさんがフックの部分のリリックをレコーディングの現場で書いていたのを覚えてる。
Ryohu:その場で思いついた言葉をただ書いた感じだったから、もうちょっと思考したほうがいいのかなって不安もあったんですけど、冨田さんが「これがストレートでいいと思うよ」と言ってくれたし、自分でも考えた末、「これがすべてで、これを超えるものはないな」と思えて。結果的にこの曲ができたことによって、このアルバムで歌う内容が定まった感じがあるんですよね。
冨田:確かに、このアルバムはリリックで歌われていることはバラバラだけど、前提として、ひとつの方向に向かっていく感じがあるなと思った。あと今思い出したんだけどさ、“The Moment”のレコーディングときに、「Ryohuさんって、自分で歌うのも嫌じゃないんだな」と思った。この曲を作っているときに、「最後のほうに、もうちょっと歌メロ的な要素も欲しい」っていう意見をRyohuさんからもらって。Ryohuさんはメロディを歌うことに対して違和感がない人だったんだよね。
Ryohu:そうかもしれないです。特に、今回は僕ひとりのアルバムなので。これは僕の個人的な考え方ですけど、ラップだけで1枚のアルバムってツラいような気がするんです。歌パートみたいなものがないと最後まで聴けないというか。
ジャンルでもスタイルでもない「ヒップホップ」の現在について。畑の内外から見つめる
冨田:僕もそういったRyohuさんのバランス感覚と近いんですけど、歌パートの部分もご自分で担おうという姿勢には感激しましたね。ラッパーの方の中には、ラップしかやりたくない人もいっぱいいると思うし、たとえ「フックにメロディがほしい」となったとしても、「じゃあ、フィーチャリングボーカルを誰にお願いしようか?」という発想になる人が多いと思うんですよ。でもRyohuさんは、ご自分で「歌」も担う心構えだった。
Ryohu:正直、自分で歌うことに対して恥ずかしさは全然あるんですよ。でも、音楽的にあったほうがいいと思うから、やってるっていう。
Ryohu(リョフ)
ヒップホップクルー・KANDYTOWNのメンバーとしても活動するラッパー / トラックメーカー。2017年にはソロとして本格始動する。Base Ball Bear、Suchmos、ペトロールズ、OKAMOTO'S、あいみょんなど様々なアーティストの作品に客演する。2020年11月、1stアルバム『DEBUT』をリリースした。
冨田:Ryohuさんのラップ自体、メロに寄るラップをすることが多いよね。音階があるようなラップというか。
Ryohu:こういう部分も、冨田さんがいてくれたからこそ方向性として固まっていったのかなと思いますね。ヒップホップって、ジャンルとしては若いから、どうとでもなるんですよね。普通にメロディを歌っている曲ですら、オートチューンをかけていたら「ヒップホップ」と括られたりするじゃないですか。
冨田:そうだよね。もはや、「ヒップホップ=ラップ」ではないから。普通にメロディを歌っているような音楽でも、その人の出自やトラックのテイストで「ヒップホップ」と括られる人もいるし、ロックバンドみたいなトラックでラップをやっていても、音処理や演奏者のマインドにヒップホップがあれば、好きな人はそれを嗅ぎ取って、「ヒップホップ」の範疇に括っていく場合もあるし。
もちろん、ヒップホップというジャンルの定番や伝統的なアプローチもあるけど、ある音楽を挙げて「これはヒップホップか否か?」みたいな質問だけされたら、結構難しいんだよね。もはや、単純にスタイルだけでは答えられない。
Ryohu:ホント、そうなんですよね。それぞれが、それぞれの誇りや心を持ってやっていると思うんですけど。そういう意味で今回のアルバムは、特に日本のヒップホップにはあまりない感じのものができたんじゃないかと思うんです。
たとえばヒップホップって、大抵は低域中心に作るじゃないですか。でも、僕は中域を中心に作っている。日本で中域を中心に作られたヒップホップって近年あんまりないんじゃないかと思うんですよね。そういう部分でも、このアルバムを作ってよかったなと思いますね。こういうハイブリッドな感じ、他にはあんまりないと思う。
Ryohu“GMC”を聴く(Apple Musicはこちら)
質感やメロディ、リズム……冨田ラボがポップスの現場で実感するラップからの影響
Ryohu:……(インタビュアーに向かって)すいません、間髪入れずに話しちゃってますけど、大丈夫ですか?
―大丈夫です(笑)。お話を聞いていて、たとえば、近年のメインストリームのポップス作品のクレジットにも、illicit tsuboiさんのようなヒップホップ畑の方の名前を見ることが多かったりもしますよね。そういう状況を見ても、ヒップホップ的な要素というのは今、ポップスを作るうえで大きく入り込んでくるものなのかなと思うんです。『M-P-C』で冨田さんがラップを必要とし、今回、Ryohuさんが冨田さんを必要としたのも、やはり「ポップス」という大きな視点で見たときに、時代的な必然性もあることなのかなと思いました。
冨田:今の日本のメインストリームはtsuboiくんかD.O.I.さんがやっているんじゃないかっていうくらいだけど(笑)、やっぱり日本のメインストリーム音楽にも、ヒップホップやR&B、ブラックミュージックの影響がすごく強いですよね。それはトラックの質感に関してもそうだけど、もっとベーシックにあるメロディに関しても、ラップの影響は大きいと思いますね。
日本に限らずですけど、ラッパーがラップをやっているうちに歌メロに近づくのと同じように、ソングライティングをして歌を歌う人のメロディにも、確実にラップの影響が現れている。
たとえば、歌の中に2拍3連っぽい譜割りが出てきたり、音程があまり動かないAメロが多くなったり。それは明らかにラップの影響だし、最近急に起こったことというよりは、もう10年以上続いていることだと思います。僕が作曲するときにも、メロディを考えるとき、「ラップっぽくしよう」という意識はなくとも、知らず知らずのうちにラップの影響を受けて変形したメロディだなと自分で感じるものはありますからね。
―去年、冨田さんがプロデュースされたbirdさんのアルバム『波形』は、「語るように歌う」ということや、「言葉とリズム」という部分にフォーカスされていたと記事で読みました。そういう部分も、どこか今のお話と繫がるところがあるのかなと。日本語のポップスの自然な形が、徐々に変形していっているというか。
冨田:birdさんはご自身で作詞をなさる方だから、メロディと、言葉のもともと持っているリズムの乗せ方にすごく意識的だったんだと思います。もちろん、そういうこととはまったく関係のない、いわゆるJ-POP的なメロディの音楽は今もあるんだけど、そことは離れた、いわゆる洋楽的なというか、ラップの影響を受けたメロディに意識的であれ無意識的であれ近づいているアーティストは多いような気はしますね。
ライブハウスとクラブのそれぞれの文化を、ナチュラルに越境してきたRyohuのあり方
―今回、『DEBUT』には冨田さん以外にも、これまでもRyohuさんの作品に関わってきたTENDREさんも参加されていて。いわば「ヒップホップ畑」の出自ではない人たちと一緒に制作されることが、Ryohuさんにとってはすごく自然なことなんだと思うんです。ご自身のこうしたスタンスはなぜ、生まれてきたものなのだと思いますか?
Ryohu:自分で選択してきたことではあるんですけど、なにより、自分の周りにいた人たちに音楽家が多かったのが一番大きいような気がします。僕自身、バンドをやっていたし、ライブハウスによく出入りもしていたので。
Ryohu:もちろん、KANDYTOWNもやっているし、クラブで仲良くなった人たちもいますけど、僕はどちらかというとライブハウスとかバンド界隈のカルチャーが周りに自然にあったし、今もそれが続いている。あと、たとえばTENDREさんももともとバンドマンでしたけど、彼のようにトラックメイカー的な気質のある、いわばFKJみたいな人って、日本にも増えてきた時期があったと思うんです。
冨田:たしかにそうだね。
Ryohu:そういう人たちと話があったっていうところもあるし。もちろん、バンドの人たちから見れば僕みたいなラッパーは異質だったと思うんですけど、だからこそ仲良くしてくれていたし、ライブハウスでやっている深夜イベントに遊びに行って、その場で「ちょっとラップさせてよ」とか言ってやったりしていましたから。結構、ジャンルレスにやってきたなと思います。僕も楽しいし、みんなも楽しんでるなら、どこでもOKって感じでやってきましたね。
冨田:Ryohuさんがそういうスタンスだったからこそ、『M-P-C』のときに客演をお願いできたところはあるよ。Ryohuさんはバンドもやるし、ヒップホップ然としたこともやるから、「この人なら、自分とも一番いいバランスでやってくれるんじゃないか」という印象はあった。
Ryohu:ありがたいです。あと、曲作りに関していうと、ラッパーって、トラックがある程度できた状態でラップを乗せることが多いと思うんですけど、“The Moment”もそうだったし、『M-P-C』のときも、僕が冨田さんから最初にもらったトラックって、あくまでも仮のものだったじゃないですか。「この先、もっと音が変わるな」っていう感じで。
冨田:そうだね。「あとから構成は変わるかも」っていう話をしたうえで、あくまでも仮の状態のトラックをまず渡しているよね。それで、まずなんとなくラップを乗せてもらうっていう。
Ryohu:自分がこういうやり方に反応できたのって、二十歳くらいの頃からべボベ(Base Ball Bear)とかとやってきた経験が大きいと思うんですよね。べボべのようなバンドと一緒にやる場合、プリプロの段階でリリックも書いて、後日バンドで録ったものをミックスして、そこにラップを乗せて……っていう感じで工程を踏んでいく。これって、ヒップホップの作り方とは明らかに違うんですよね。
Base Ball Bear“クチビル・ディテクティヴ”(2010年)を聴く(Apple Musicはこちら)
「ヒップホップって、「音楽」になりすぎちゃいけないと思うんですよ」
Ryohu:最近すごく思うんですけど、「音楽」というすごくざっくりとしたジャンルと、「ヒップホップ」っていうはちゃめちゃなジャンルがあって、このふたつはかなり別物なんですよ。本来、「音楽」の中に「ヒップホップ」が入っているはずなんですけど、僕のなかではかなり別物で、ヒップホップって、「音楽だけではないなにか」なんですよ。
冨田:なんとなく、わかるような気がする。
Ryohu:ヒップホップって、レコーディングのときにブースに入らないで、卓の横で録っちゃう人とかもいるんです。「音楽」の現場で、そういうことって普通ありえないじゃないですか。
冨田:そうだね。僕が「音楽」の側の人間だとすると、そこが、ヒップホップの面白いと思う部分なんだよね。たとえばサンプリング文化にしても、演奏や作曲とは違う脳の使い方だけど、同じくらい高揚できるからね。
Ryohu:そうなんですよね。……ヒップホップって、「音楽」になりすぎちゃいけないと思うんですよ。
冨田:(深く頷く)……今、Ryohuさんが言った「音楽になりすぎちゃいけない」という言葉、レコーディング中の雑談でも言っていたんだけど、すごく印象に残っていて。「そうそう、それなんだよ!」と思った。今日の対談でも、絶対にこの話はしたいなと思っていたんだよね。そのくらい、この価値観は僕も重要視しているところだったから。
たとえば、僕も演奏者を呼んでギターのカッティングをしてもらうときがあるけど、普通のスクエアな16ビートのカッティングだけど、1音1音にすごく「音楽」を込める人っているんだよね。それが悪いわけじゃないし、プレイヤーとして素晴らしいことではあるんだけど、「最後の一音に聴こえるその高揚感はいらない」とか思うときがあって。その聴き方ってサンプリング的というか、ヒップホップ的と言える気がするんだよね。
Ryohu:すごくわかります。
冨田:特に今は、いわゆる「音楽的な」演奏が求められている場面か、そうじゃない演奏のほうがいい場面かっていうことを、優れたプレイヤーは考えられると思うんですよ。もちろん、演奏して「音楽になりすぎてしまう」ことが悪いわけじゃないんだよ。それだけで素晴らしいものだってたくさんあるわけだから。だけどある場面で、ヒップホップ的な価値観で見たときに、音楽でありすぎてしまうことは、粋じゃないというか、ヒップじゃないというか。
「音楽になりすぎてはいけない」というとはどういうことか? お互いの制作の流儀とともに、より具体的に言語化を試みる
Ryohu:ヒップホップって、基本的にループミュージックじゃないですか。その中で、ギターも、生じゃなくて打ち込みのほうがよさが出る場合もある。こういうことって今回、冨田さんとやる前から考えていてたことだったんです。
Ryohu“Foolish”を聴く(Apple Musicはこちら)
Ryohu:僕は楽器を全く弾けないので、たとえばTENDREさんと曲を一緒に作るとき、自分の中にある漠然としたイメージを伝えてギターを弾いてもらっても、どうも思いどおりにならないときがあるんですよね。それは、僕のミックスのスキルなんかも含めて到達できなかったことではあるんだけど、そこに悶々としていたことがあって、「どうしたらいいですかね?」っていうテンションで、雑談の中で冨田さんにお話したんだと思うんですよ。
冨田:ギターのストロークひとつとっても、「なんか違うな」っていうことがあるんだよね。
Ryohu:そうなんですよ。その演奏が全然悪いわけじゃないんですけど。
冨田:そうそう。「ダメ」なわけじゃないんだよね、その場面においては「違う」ということだよね。なにが違うのかっていうのを具体的に言葉にするのも難しいんだけど、でも、Ryohuさんが言った「音楽になりすぎる」という言葉は、その違いをすごく端的に表しているような気がする。
「それだと音楽になりすぎています」と伝えたときに、完全に戸惑ってしまう音楽家もいると思うんだけど、たぶんヒップホップが好きな人だと、この感覚はわかると思うんだよね。Ryohuさんが言うようにヒップホップはループミュージックだから、自分が一番好きな四小節を抜き出してループさせようと思ったとき、あくまでもその四小節の中にある情報量がちょうどよくて、その前後にある「流れ」はいらない。もちろん、生演奏ゆえの微細な揺れや差異みたいなものを求めているからこそ、人に演奏してもらうんだけど、でも、こっちが求めているのがより「微細な」場合が多いかな。勘違いされそうだから付け足すと、「正確さ」みたいなものとはまったく違う次元の話なんですけどね。
Ryohu“Heartstrings”を聴く(Apple Musicはこちら)
冨田:ループミュージックというか、ヒップホップの価値観に慣れた僕らの耳には、その洗練された微細な違いが大事になるんだよね。ストレートなGコードをずっと弾いているだけなんだけど、最後にピンッて変な音が入っているのをベストだと思っている、みたいな(笑)。
Ryohu:そうそう。
冨田:演奏だけに重点を置く場合は、コードの動きの中で音楽的な変化をつけようとするし、それゆえに大きな緩急が生まれて、その「流れ」を評価したりするけど、ループミュージックの場合はそうじゃないんだよね。
Ryohu:そうなんですよね。ここはもうセンスの問題だと思うんですけど。あと、ヒップホップはやっぱりラッパーがいるのが強いところでもあるんですよね。「ラップが入れば成り立つ」という意識で曲を作っていくというか。
冨田:それ、すごくあるね。ラップが乗る場合は、歌ものよりも言葉やフロウ自体でビートやグルーヴを変えられる。あくまでもラッパーのグルーヴでストーリーを付けたいわけだから、それにぴったりなトラックであってほしい、というのはあるよね。それゆえに、演奏そのものに余計な緩急はいらなくなってくる。
Ryohu“You”を聴く(Apple Musicはこちら)
冨田:ラップの場合は2拍と4拍でクラップが鳴って、そこにラップが入るだけでめちゃくちゃかっこいいものだってあるじゃない? そう考えるとやっぱり、いわゆるバンドとは別だよね。バンドの場合はあくまでも相乗効果だから。さっきRyohuさんが言ったように、今は演奏もトラックメイクも両方できる人が増えているから、こういう話が通じる人は多いと思うんだけど、ここは重要なポイントだよね。
Ryohu:超重要です。今、冨田さんの話を聞いていて思ったんですけど、究極的には、ギターテックとかも全部入ってもらって、マイクも全部ちゃんと決めてもらって、そのうえで演奏者の方にギターを録ってもらったとしても、「なんか違うな」と思ったら、僕はそれをiPhoneで録ってオーディオにして使う可能性だって全然あるんですよ。遠回りすぎるやり方かもしれないけど。
冨田:わかるよ(笑)。いくらすげえいいビンテージマイクで録ったとしても、それでもiPhoneで録ったほうを使っちゃうっていう(笑)。
Ryohu:そういうのが、ヒップホップなんですよね。最近よく思うんですけど、受け取るだけが音楽じゃないというか。僕は聴いている側の感情も介入する余地のある、隙間のある音楽が好きなんですけど、それが「音楽すぎてはいけない」ということに繫がっているような気がします。もちろん、受け取るだけで圧倒される音楽もあると思うんですけど、僕のなかでビートミュージックっていうのは、聴いている人の感情が介入できる余地があることが大事なんですよね。
Ryohu“Rose Life”を聴く(Apple Musicはこちら)
―冨田さんとRyohuさんは世代も違うし、見てきたものもまったく違うと思うんですけど、それでも、こうして意志の疎通が素晴らしく上手くいくところ、お互いの求める理想が分ち合えているところが、ものすごく幸福なことですよね。
Ryohu:冨田さんは、音楽しすぎず、でも、音楽でもある。そのバランスが最高でした。
冨田:僕とRyohuさんの考える「ちょうどいいところ」が似ていたんだろうね。もはやヒップホップはメインストリームのベーシックと言っていいものなわけで、今、「音楽になりすぎちゃいけない」という価値観をまったく度外視して制作することって、僕には考えられないんですよね。
Ryohu:冨田さんは、そういうことを理解したうえで、本当に作れちゃうのがすごいんですよね。僕はできないんですよ。自分の中にある音楽的なゴールに、スキルがないから触れない。でも、自分の中にあるイメージを冨田さんに伝えると、それを実際に作ることができるし、冨田恵一としてのアティチュードも作品の中に反映してくる。そういうところを本当に尊敬しています。
僕はひとりで考えすぎちゃうタイプでもあるので、冨田さんのような方がいてくれると、曇り空を晴らしてもらえるというか、「そういう考え方があるのか!」っていうことを提示してもらえる。今回、人と一緒に音楽を作るのはつくづく楽しいなって思ったし、なにより、音楽を好きな人と一緒に作るのは重要なことだなと改めて思いましたね。
「『愛してる』って恥ずかしがらずに言える歳になってきた」――Ryohuがデビューアルバムに込めたラッパーとしてのリアル
―リリックの話も伺いたいのですが、本作は、非常にパーソナルな人生について綴られているものが多いですよね。
Ryohu:そうですね。自分たちで作ったビートの上に、「Ryohu」という存在が乗ることででき上がる音楽でなければいけない、ということは意識していました。このアルバムを出す前までは、「僕がすげえ楽しいことをしているときに、一方ではすごく大変な思いをしている人がいるんじゃないか?」みたいなことを考えがちだったんですよね。
「善と悪」とか「白と黒」とか、そういうことを考えてラップに落とし込むのが好きだったんですけど、でも、そういうことをラップにするのは一旦やめようと思って。結局、そういうのってラップよりもエッセイみたいな文章にしたほうが伝わるんですよね。ラップだと勢いがあるぶん、ちょっとアンニュイな表現になって伝わり切らなくなってしまうところがあるなと思って。
冨田:なるほどね。
Ryohu:それよりも、もっと新しい自分の表現の仕方を模索したいなと思ったときに、やっぱりラッパーといえば、自分の人生をラップするっていうのがあるじゃないですか。僕はギャングスタでもなかったし、家が貧しくもなかったし、海外のラッパーなんかとは全然違う人生だなと思うんですけど、それも悪くはない、誇れる人生だなと思ったんですよね。今だったら、自分の人生を恥ずかしがらずにラップできるというか、「愛してる」って恥ずかしがらずに言える歳になってきたというか。
―Ryohuさんは去年ご結婚されて、今はお子さんもいらっしゃるんですよね。そういったことも、今作のリリックには反映されていますよね。
Ryohu:そうですね。ラッパーって、普段の振る舞いも含めて活動の一環だと思うんです。クラブでライブの出番終わりにバーで飲む、みたいな、そういうところも周りから見られているのもラッパーだと思うんですけど、そういう意味でも、自分のリアルなものをちゃんと歌いたかったというか。
家族とか友達は昔から大事だけど、今は家族も増えたし、その大切さがより実感できている。今の僕がそれをリリックに反映することは、クラブのバーカウンターでかっこつけるのと同じくらい大事なことだと思ったんです。
Ryohu“Eternal”を聴く(Apple Musicはこちら)
Ryohu:僕はもうクラブでは飲まないですけどね、どんなヤツが来るかわからないので(笑)。
冨田:ははは(笑)。
―冨田さんもお子さんがいらっしゃいますけど、ご家族の存在がご自分の作る音楽に影響を与えることはあると思いますか?
冨田:僕は歌詞を書かないので直接的にはわからないけど、間接的には影響ないわけないですよ。家族の存在は人生にとってとても大きいことですからね。
たとえばつい先日、中3の息子が僕の身長を抜いたんですよ。子どもがどんどん大きくなって、中学生になって、遂に身長を抜かれた。これって、下らないといえば下らないことなんですけど(笑)、そんなことでも人にはなにがしかの影響があるものなんです。自分の子どもって、要するに、本当にリアル次世代なので。
Ryohu:そうですよね。
冨田:身長とはいえ、「次の世代も成長して超えていくんだなあ」という実感が芽生える。こういうことは、深層心理的にすごく影響があると思いますね。
Ryohu:僕は子どもができてから、音楽を聴かなくなりましたね。前は、奥さんが仕事に行っている間、目的がなくても曲を作ったり、音楽を聴く時間にしていたりしたんですけど、今は子どもがいるから家にいて面倒を見ることが第一になって。音楽を作ったり聴いたりする時間は最近、明らかに減りましたね。
冨田:子どもが小さいと、どうしてもそうなるよね。
Ryohu:最近、SNSを見ていたらSpotifyの年間まとめみたいなのをみんなシェアしたりしているじゃないですか。もし、自分の年間ランキングを作ったらどの曲が一番になるだろうと考えたら、たぶん、反町隆史の“POISON”なんですよ。
冨田:なんで?(笑)。
Ryohu:“POISON”を流すと、子どもが泣きやむんですよ。もう、ハモれるくらい聴いてますね。
- リリース情報
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- Ryohu
『DEBUT』初回限定盤(2CD) -
2020年11月25日(水)発売
価格:4,180円(税込)
VIZL-1824[CD1]
1. The Moment
2. GMC
3. Heartstrings
4. You
5. Tatan's Rhapsody
6. Somebody Loves You
7. No Matter What
8. Foolish
9. Anytime, Anywhere, Anyone
10. True North
11. Level Up
12. Eternal
13. Rose Life[CD2]
1. Flower
2. Thread
3. Cloud
- Ryohu
『DEBUT』通常盤(CD) -
2020年11月25日(水)発売
価格:3,300円(税込)
VICL-654381. The Moment
2. GMC
3. Heartstrings
4. You
5. Tatan's Rhapsody
6. Somebody Loves You
7. No Matter What
8. Foolish
9. Anytime, Anywhere, Anyone
10. True North
11. Level Up
12. Eternal
13. Rose Life
- Ryohu
- プロフィール
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- Ryohu (リョフ)
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ヒップホップクルー・KANDYTOWNのメンバーとしても活動するラッパー / トラックメーカー。10代より音楽活動を始める。OKAMOTO'Sのメンバーと共にズットズレテルズとして活動。2016年、KANDYTOWNとして1stアルバム『KANDYTOWN』をリリース。2017年にはソロとして本格始動し、EP『Blur』(2017年)、ミックステープ『Ten Twenty』(2018年)を発表。Base Ball Bear、Suchmos、ペトロールズ、OKAMOTO'S、あいみょんなど様々なアーティストの作品に客演する。2020年11月、1stアルバム『DEBUT』をリリースした。
- 冨田ラボ (とみた ラボ)
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音楽家、音楽プロデューサー。冨田ラボとして今までに6枚のアルバムを発表、最新作は2018年発売の『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』。冨田ラボの元に今の音楽界に欠かせないアーティストたちが集結、次の時代のPOPSを提示する名盤として話題となる。音楽プロデューサーとしても、キリンジ、MISIA、平井堅、中島美嘉、ももいろクローバーZ、矢野顕子、RIP SLYME、椎名林檎、木村カエラ、bird、JUJU、坂本真綾、夢みるアドレセンス、Uru、藤原さくら、Negicco、鈴木雅之、VIXX、スガシカオ、新しい地図、Naz、kiki vivi lily、高野寛、数多くのアーティストにそれぞれの新境地となるような楽曲を提供する他、自身初の音楽書「ナイトフライ -録音芸術の作法と鑑賞法-」が、横浜国立大学の入学試験問題にも著書一部が引用され採用されたり、音楽ファンに圧倒的な支持を得るポップス界のマエストロ。
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