奈良県在住の現役高校生、「あぶらこぶ」が、ミニアルバム『navel』をリリースした。既に日本テレビ系『バズリズム02』の「今年コレがバズるぞ!BEST10」にランクインするなど徐々に認知を高めているあぶらこぶは、iPhoneの音楽制作アプリ「GarageBand」で楽曲制作を行っている。音源発表はSNSやYouTubeを通して行ってきたという、とても現代的なシンガーソングライターだ。しかし、そうした佇まいの新鮮さだけで、この才能を色眼鏡で見てしまうことはもったいない。
彼女の作る音楽には、人間の感情のひだにふれるような繊細な柔らかさと、悲しさや寂しさの奥の奥にある優しさと安寧を捉えようとするような、とても穏やかで普遍的な美しさが宿っている。なめらかでメロディアスなトラックと、叫びと記憶が不思議な色彩と香りを纏う、独白的な歌詞世界。そこには、決して瞬間的でインスタントな欲望の発露ではない、もっと本質的で切実な表現への希求を感じるのだ。
Zoomでのリモート取材を通じて、高校生らしい素朴な語り口で我々の質問に答えてくれたあぶらこぶ。その言葉の端々に光る可能性を感じてほしい。
iPhoneで楽曲制作をする現役高校生がCDデビューに至る背景
―あぶらこぶさんはGarageBandで曲作りをされているそうですが、曲作りを始めたのはいつ頃ですか?
あぶらこぶ:GarageBandで曲作りを始めたのは中学2年生のときです。それまでは、うまく弾けないピアノを使って音楽を作ろうとしていて。でも、中2のときにスマホを買ってもらってGarageBandに出会って。ピアノはあまり弾けなかったのでできることが限られてるけど、GarageBandに出会ってからは、自分がやりたいと思っていることを自由にできるようになった感じがします。
―ピアノが家にあったのは、ご家族が弾かれたりしていたんですか?
あぶらこぶ:4歳の頃から2年間だけピアノを習っていたんです。でも、先生が辞めちゃって。縁がなかったのかなって思います。
―ピアノを弾けないながら曲作りを始めたのは、なぜだったんですか?
あぶらこぶ:めっちゃ音楽が大好きで。でも中1のときに、なにを聴いてもときめかなくなってしまって、「自分がハマる音楽を自分で作れたらいいのに」と思ったんです。それから、歌詞を書いたりして、自分で曲を作ろうと思いました。小さい頃から、自分で何かを考えて作ることが好きだったんです。絵を描いてみたり、オリジナルのキャラクターを作ってみたり、いろんなことをしていて。初めて人に「いいね」と言われたのが音楽だったんですけど。
―「作る」ということが好きだったんですね。
あぶらこぶ:自分だけのものを作りたいってめちゃ思っていて。「オリジナルであること」をずっと大事にしてきました。
―「自分でありたい」というような感覚ですかね?
あぶらこぶ:「人と違うこと」をしたいって思います、いつも。
―初めて、自分にとって「これはオリジナルだ」と思えるものを作れたのは、いつでしたか?
あぶらこぶ:幼稚園か小学校低学年くらいの頃なんですけど、弟が産まれたんです。その弟のテーマソングを作ったときですね(笑)。
―いいですね(笑)。でも、中1のときに音楽にときめかなくなったのは、なぜだったんでしょうね?
あぶらこぶ:同じジャンルばっかり聴いていたからかな……。好きな音楽に出会える時期じゃなかったんだと思います。
音楽の原体験は、関西のバンドたちの音と言葉
―当時は、どんな音楽がお好きだったんですか?
あぶらこぶ:バンド系が好きで。小学5年生のときに、お母さんのスマホからたまたま流れてきたKANA-BOONの“ないものねだり”(2013年)を聴いて、めっちゃハマって。そこからバンドを中心に、いろんな音楽を聴くようになりました。
―あぶらこぶさんのTwitterを遡って見たら、ハヌマーンの名前を挙げているツイートも見ましたね。
あぶらこぶ:ハヌマーン、大好きです。KANA-BOONは直感で、フィーリングで好きって感じやったんですけど、ハヌマーンはほんまに歌詞が好きで。自分が言えないようなことを代わりに言ってくれているような気がしました。たとえば“トラべルプランナー”(2009年)って歌とか、<アラーム音 固定パターン1に 感情まで支配される朝は>っていう歌い出しから……端的に、かっこよくて好きです(笑)。
ハヌマーン“トラべルプランナー”を聴く(Apple Musicはこちら)
―ご自分では、バンドをやろうとは思わなかったんですか?
あぶらこぶ:高1のときに一度バンドを組んだことがあるんです。でも、まったく続かずに解散してしまいました(笑)。
―今、ひとりで、GarageBandで曲作りを行うのは、しっくりきていますか?
あぶらこぶ:慣れてきたので。
―この先、他の楽器を使って曲作りをしていきたいという気持ちもありますか?
あぶらこぶ:あります。
―あぶらこぶさんにとって、中学生の頃から音楽作りは日常の中にあったということですよね。
あぶらこぶ:そうですね。歌詞は、中学生の頃から思いついた言葉をバーッと書き溜めていて。最初は、それを譜面の代わりみたいにピアノに置いて、好きに歌っていたんです。それはストレス発散というか、自分にとっては楽しい時間って感じでした。
「普段の、なにもないような生活の中で、言葉が浮かんだり、曲が浮かんだりします」
―言葉を譜面代わりにするというのは、面白いですね。
あぶらこぶ:言葉は常にストックされていて、そこから引っ張ってくる感じです。
―曲作りを始めたときから、歌を歌うことは自然なことでしたか?
あぶらこぶ:はい。最初は「曲」よりも「歌」って感じでした。
―どんなときに、自分の歌いたい言葉は見つかりますか?
あぶらこぶ:普段の、なにもないような生活の中で、言葉が浮かんだり、曲が浮かんだりします。
―あぶらこぶさんの書く歌詞は、自然の動きや季節の変化を敏感に感じ取って、それを言語化しているような印象があります。たとえば、恋愛やSNSのことを歌ったりして共感を求めるタイプの歌詞ではないですよね。もっと抽象的な言葉が多い。でも、共感は求めていないけど、すごく奥のほうで人間同士のつながりを感じている歌詞にも聴こえます。
あぶらこぶ:単純に、自分が思っていることをバンっと書くことが恥ずかしくて、中学生の頃に散文的に書くことが癖づいてしまって。それで今でも、そんな歌詞を書くんやと思います。照れ隠しから始まっているというか(笑)。
―自分の言えないことを言いたい、という気持ちが強いんですかね?
あぶらこぶ:……そういう曲もあります。ただ、聴いたときに、みんながみんな同じ受け取り方をするような歌詞は書きたくなくて。同じ歌詞を見ても、「こういうことを言っているのかな?」「いや、こんなことかな?」って、聴く人の経験で、その歌詞を聴いて思うことは変わると思うんです。そういうことを大事にしたいなって思っています。
あぶらこぶの俯瞰した視点から覗き見える、2021年を生きる高校生のリアルな感覚
―ちょっと答えづらい質問だと思うんですけど、今、高校に通っているんですよね。学校の中で、自分はどんな人間だと思いますか?
あぶらこぶ:なんやろう……。好きなことしてるなって思います(笑)。
―身近な人たちで、音楽を作っている人はいますか?
あぶらこぶ:最近、私の周りで「実は作りたい」という人が結構多くて。「いるんやな」って思います。
―あぶらこぶさんは、まだライブはやられていないし、たとえばインスタライブをやったり、TikTokで自分の曲を発信されたりということもされていないんですよね。今、10代で音楽活動を始める人は、まずそうしたツールを通して発信しているイメージもありますが。
あぶらこぶ:ライブは、挑戦してみたいなと思いつつも、たぶん苦手です(笑)。
―(笑)。
あぶらこぶ:でも、怖いなと思いつつも、めっちゃ挑戦してみたい感じもします。
高校生活は楽曲制作に没頭。それゆえに楽曲では、青春そのものといえる心象風景が描き出される
―1stミニアルバム『navel』がリリースされますが、なぜ、このタイトルにしましたか?
あぶらこぶ:去年出した『tumbler』のときのイメージとはガラッと変わるCDになったなと思って。『tumbler』は、私にとってビビッドな感じやったんですけど、そのビビッドさが、今回は内容的に一気になくなるので、タイトルだけでもビビッドな感じがいいなと思って。『tumbler』って単語がめちゃめちゃ気に入っていて、今回も単語にしたいなと。それで、『navel』にしました。
―「ビビッドさがなくなった」というのは、なぜそうなったのだと思いますか?
あぶらこぶ:『tumbler』をリリースできることになってから、私の音楽に対する意識が変わって。『tumbler』を出すまでは、友達とか、Twitterのフォロワーさんとかに聴いてもらってコメントをもらうことで完結していたんですけど、いろんな人に聴いてもらえるようになって、「もっとすごい曲作ったろ」と思うようになって。自分のなかで、勢いがもっと出てきたというか。もっと自分の世界観を作っていけるようになりたいなと思ったんです。自分にとって『navel』は、そういう曲が入っている作品だなと思うんです。
あぶらこぶ:……あと、(今作は)自分の青春そのもの、みたいな感じもします。
―それはなぜ?
あぶらこぶ:自分が高校に入ってからは、ずっと曲しか作っていない感じだったので。
SNSやYouTubeを通じて誰もが世界に発信できる現代。あぶらこぶにとって、音楽を作って発表することはどういう行為なのか?
―なぜ、そこまで曲作りに没頭できるのでしょうね。
あぶらこぶ:作って上手くハマったとき、すごく楽しいし、出したあとに反応をもらえたこともすごく嬉しくて。「もっと作ろう」ってモチベがどんどん積み重なっていった感じでした。
―音楽制作において「ハマる」状態とは、どういうものですか?
あぶらこぶ:……自分が歌いたかった歌詞に、上手く音楽がハマったとき。それが一番嬉しいです。
―あぶらこぶさんは、本を読むのは好きですか?
あぶらこぶ:嫌いです。
―そうなんですね。歌詞を読んで、読書家なんだろうなと勝手に思っていました。
あぶらこぶ:そんなことないんです(笑)。
―抽象的な質問ですが、あぶらこぶさんは、自分が書く歌詞と自分自身との距離感は、近いと思いますか? 遠いと思いますか?
あぶらこぶ:近いけど遠い、みたいな。自分のことやけど、それは夢の中みたいな、ファンタジーの中にいれたりしているので……なので、そんなに近くないかもしれないです。
―自分と言葉が近すぎてしまうことに、違和感が生まれたりもするんですかね?
あぶらこぶ:……それは、あるかもしれないです。あんまり、歌の中から「自分」というものが見えすぎるのが嫌やなって思います。自分がハマるっていうことが、私が音楽を作るうえで大事にしていることなので。自分が見えすぎている歌には、自分ではハマれないというか。
あぶらこぶ:自分が思っていることや考えていることしか歌詞には書けないんですけど、自分の実体験をバーッと歌っているだけやと、自分ではハマれないんです。
「音楽を本格的に作り始めてから、悲しいことを肯定している感じはあります」
―僕は、あぶらこぶさんの作る曲にえもいわれぬ悲しさや寂しさを感じるんですけど、同時に、そうした悲しさや寂しさのすべてを肯定しようとしている印象も受けます。自分の感情を外に向かって刺々しくぶつけていくような感覚はなくて、悲しさや儚さを前提にしながらも、それを肯定的に、美しさとして描こうとしている感じがする。これは僕の勝手なイメージですけど、10代という若さは、もっと自我を表に出したり、世界に対して攻撃的になりがちだと思うんですよ。そう考えると、あぶらこぶさんの音楽はとても成熟しているように思えるんです。
あぶらこぶ:……実際、音楽を本格的に作り始めてから、悲しいことを肯定している感じはあります。私は、後悔というか、思い出して「うわー」ってなることが多いんですけど、そういうことも、悲しいことも、歌詞になるんやなって思うので。
―歌詞の中では、記憶や思い出といったものを想起させるフレーズも多くありますよね。
あぶらこぶ:たしかに、未来よりは、過去とか思い出のほうが大事やなって思います。そういうところは、歌詞に出ているかもしれないです。
―あぶらこぶさんは、自分の過去の曲を聴き返したりはしますか?
あぶらこぶ:はい。1年くらい前に作った曲になると、逆に、歌詞にめっちゃ共感したりします。
―最近、聴き返した曲で一番共感した曲はなんですか?
あぶらこぶ:“曖昧な季節”は、歌詞の全部に共感します。あの曲は、「1年経ったら、人って変わるな」っていうことをテーマにしていたんです。それがめっちゃ共感します。
変わることは、悲しくも、楽しいこと。あぶらこぶが音と言葉で捉えようとしている感覚
―あぶらこぶさんの書く歌詞には、「変化」を感じさせるフレーズも多いですよね。物事は変化していくものであり、同じ場所に居続けたり、在り続けることはない、ということを感じさせるフレーズが多々出てくる。
あぶらこぶ:変わることは、悲しいことだと思います。でも、変わって、変わって、結局、同じところに戻ってくるので。悲しいことでもあるし、楽しいことでもあると思います。
―変わって、変わって、まだ戻ってくる……。なぜ、そう思いますか?
あぶらこぶ:自分の経験から……です。ちゃんと答えるのは難しいです。
―いわば「循環」ということだと思うんですけど、その感覚はあぶらこぶさんが作る音楽の構成などに反映されていると思いますか?
あぶらこぶ:曲の構成はあんまり関係ないです。
―GarageBandで曲作りをするということは、スマホの画面を見ながら、視覚的に音楽を作っている部分もあると思うんですけど、「それなのに」というか、「それゆえに」というか、あぶらこぶさんは、音楽の目に見えない部分を見事に捉えているように感じるんです。結果として、あぶらこぶさんの曲には、風で水が流れるように、すごく穏やかで自然的な運動を感じるんです。
あぶらこぶ:私は、サビから音楽を考えたりすることがあんまりできなくて。ほとんどの曲が、Aメロ、Bメロ、サビの流れで、勢いで作っている感じなんです。
―ひとつの方向に向かっていくような流れで作っていかないと気持ち悪い、みたいな感覚ですか?
あぶらこぶ:(頷く)
―そういった作り方をして行くうえで、途中で勢いが止まってしまったり、先の展開が思いつかなくなることもありますか?
あぶらこぶ:毎日それです(笑)。イントロのある曲を作りたいのに、Aメロを先に思いついてしまったりすると、うわーって、どうしたらいいかわからなくなるんです。でも、そういうときはその曲を作るのをやめて、違う曲を作り始めます。その繰り返しです。
―断片的な曲のパーツを組み合わせて1曲を作ることはないですか?
あぶらこぶ:それも、たまにはあります。たとえば“tumbler”は、中学生のときに作ったボツ曲のイントロのメロディと、他の曲の歌詞を組み合わせて作った感じだったので。
「aikoさんは、詞より音楽が好きです。イントロから引きこまれます」
―最近は、音楽のインプットはしていますか?
あぶらこぶ:毎日いっぱい音楽聴いています。
―最近はどんな音楽が好きですか?
あぶらこぶ:aikoさんと……あと、『ラ・ラ・ランド』のサウンドトラックもダウンロードして聴いています。めちゃくちゃよくて。
―それぞれ、どんなところが好きですか?
あぶらこぶ:『ラ・ラ・ランド』のサントラは、展開が楽しくていいなって思います。aikoさんは、小さい頃から親が好きで、昔は流れるように聴いていたんですけど、最近改めて聴いて、いいなって思いました。
―aikoさんもハヌマーンのように歌詞が好きですか?
あぶらこぶ:aikoさんは音楽が好きです。イントロから引きこまれます。
―この先、音楽以外でも「オリジナルのもの」を作って世に出していきたい、という気持ちはあるんですか?
あぶらこぶ:ないです。
―音楽がいいんですね。
あぶらこぶ:音楽がいいです。
「その曲を思い出したときに、そのときの思い出も蘇ってくるような曲が『名曲』かなって思います」
―また答えづらい質問かもしれないですけど、あぶらこぶさんにとって、「名曲」ってどういうものだと思いますか?
あぶらこぶ:うーん……。
―最近、周りではどんな曲が人気ですか?
あぶらこぶ:YOASOBIとかですね。この間、友達に「YOASOBIみたいな曲を作れ」って言われました(笑)。
―ははは(笑)。
あぶらこぶ:あと、「もっとガチャガチャした曲を作れ」とも言われました(笑)。自分ではガチャガチャしていたつもりなんですけど(笑)。
―(笑)。逆に、あぶらこぶさんが思う「シンプルないい曲」ってどんな曲だと思いますか?
あぶらこぶ:……日食なつこさんとか、シンプルでかっこいいなと思います。
―なるほど。そういうものも踏まえて、「名曲」ってなんでしょうね?
あぶらこぶ:……でも、ガチャガチャしていても、シンプルでも、聴いている人が「こんなことあったな」って思えるような曲というか、記憶と一緒にある曲というか。「時代に残る」っていうことなのかな……? もし、一度みんな忘れちゃっても、その曲を思い出したときに、そのときの思い出も蘇ってくるような曲が「名曲」かなって思います。
―『navel』の中で、僕は6曲目の“あお”がとても好きなんです。
あぶらこぶ:今回のアルバムのなかで、“あお”だけは中学生の頃に作った曲です。歌詞に関しても、どういう思いで書いたのかあんまり覚えていないんですけど、自分にとっては特別な曲です。
―あぶらこぶさんにとって「あお」という色は、どんなイメージを象徴していますか?
あぶらこぶ:「あお」は、一番優しい色やって思います。いろんな色を並べられたときに、ずっと見ていられるのは「あお」かなって思う。奥が深い感じがして、好きです。
あぶらこぶ『navel』を聴く(Apple Musicはこちら)
- リリース情報
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- あぶらこぶ
『navel』(CD) -
2021年3月17日(水)発売
価格:1,650円(税込)
EGGS-0561. 花になる
2. 春眠
3. Think over
4. 宇宙船
5. 儚砂
6. あお
- あぶらこぶ
- プロフィール
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- あぶらこぶ
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奈良県在住、現役高校生「がれーじばんだー」。主にYouTubeや音楽配信サイトEggsにて精力的に楽曲を発表している。iPhoneアプリ「GarageBand」で制作された楽曲はクオリティが高く、独自性かつ共感性の高い歌詞でSNSを中心に同世代のリスナーから支持を得ている。2021年3月17日、初の全国流通盤『navel』をリリース。2021年ネクストブレークが期待されるアーティストのひとり。
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