別府の街に多様な人々が集う。老舗劇場に見る「生きやすい場所」

華やかな衣装とメイクを纏った9人のドラァグクイーンが、ソファに腰掛けて自身の生い立ちや考えを語る──明るく振る舞うその様に、覚悟とプライドを感じて心が震えた。多様性をよりいっそう考える現在に、このドキュメンタリーが生まれたことを祝福したい。

大分県の温泉街・別府市にある昭和24年(1949年)創業の、街唯一のミニシアター「別府ブルーバード劇場」。2017年から始まった『Beppuブルーバード映画祭』には、斎藤工やリリー・フランキー、白石和彌監督など映画関係者のほか、毎年ドラァグクイーンが全国各地から応援に訪れ、会場を盛り上げている。館長を務めるのは、今年で90歳になる岡村照さん(通称「照ちゃん」)。「会えて嬉しい!」とクイーンたちを全身で抱きしめ、ありのままを受け止める。そんな90歳の照ちゃんとドラァグクイーンの交流を収めたドキュメンタリー映画『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』が、オンライン型劇場「THEATRE for ALL」にて配信中だ。2021年2月に開催された、LGBTQ+をテーマにした映画の上映やトークを行った『十人十色映画祭』の裏側も収録する。

本作の監督である「もりたじり」の二人(森田真帆+田尻大樹)は以前より劇場や映画祭の運営に携わり、ドラァグクイーンたちからの信頼も厚い。兼ねてより親交の深い監督の二人と映画に出演したドラァグクイーンのドリアン・ロロブリジーダ、映画解説者のよしひろまさみちに映画や劇場の魅力、日本のLGBTQ+作品の現状について話を伺った。

日本のLGBTQ+作品に対する思い。「当事者を招き入れることと同時に、監督自身に理解がない限りいい作品は撮れない」

―本作は、館長の照さんとドラァグクイーンのみなさんの生い立ちや考えに迫るドキュメンタリーです。思春期の性について、カミングアウト、初恋など個人的な話をカメラに向かって正直に語りかけていて、胸打たれるものがありました。ドラァグカルチャーやLGBTQ+当事者の声がつまった映画作品というのは、日本にはまだ少ないように思うのですが、よしひろさんは現状をどうご覧になっていますか?

よしひろ:ゲイカルチャーを真っ向から描いた日本映画って、ピーターさん主演の『薔薇の葬列』(1969)など始まりは早いんだけれど、実は成熟していません。橋口亮輔監督の『二十才の微熱』(1993)が発表されたときは衝撃だったんだけれど、あれから日本のゲイ映画がアップデートされたか、と問われると、決してそうでもないと思います。一方で、昨年はタイBLの影響もあってBLブームがあったけれど、BLとゲイカルチャーは全然違うんですよ。あそこには、私たちのリアルは全く入っていないと私は思うので。

ドリアン:あくまでもファンタジーとして楽しむものだからね。

よしひろ:でも、欧米での性的マイノリティをテーマにした映画は、どんどん成熟しています。当事者のリサーチもきちんと入れているし、キャストやスタッフで関わっていることも多いです。

ただ、日本のLGBTQ+コンテンツは、当事者監修がほとんどありません。だから、当事者が見ると、勝手なイメージを作られて腹が立つんですよ。監修に入れることで言い合いになるのが嫌なのかもしれないけれど、見てくればっかり綺麗な作品が多いですよね。また当事者を招き入れることと同時に、監督自身に理解がない限りいい作品は撮れないと思います。

よしひろまさみち
映画ライター、編集者。1972年、東京都生まれ。ゲイ雑誌、音楽誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』などで編集、執筆をするかたわら、映画レビューやインタビューで『SPA!』、『oz magazine』、アプリ版『ぴあ』、『クロワッサン』など連載多数。日テレ系『スッキリ』で月イチの映画紹介を担当するほか、テレビ、ラジオ、Webの番組内で映画紹介も手掛ける。18歳からゲイと自認し、キャリア上でも隠すことなく活動。LGBTQ+テーマの映画を中心に、トークイベントにも多数出演。

よしひろ:日本はスタートが早かったのに、どうしてこんなに遅れているんだろうと思います。台湾や東南アジアの映画はとっても進んでいるんですよ。LGBTQ+が主題じゃなくても、そういうキャラクターが物語の中に描かれていて、表現もきちんと考えられている。今の日本の、お笑いキャラにしたり最後は死なせたり、1990年代くらいまでのハリウッドを感じさせる不平等なキャラ描出には出遅れ感を感じますね。

―ドキュメンタリーという枠組みでも、あまり描かれてこなかったように思います。

よしひろ:ドキュメンタリーで一番難しいのが、インタビュアーがただ映画を作りたいだけだと相手が腹を割って話してくれないということですよね。お笑い要素を織り込んで、着地点を曖昧にしたりして、本当の本当のところは決して見せなかったり。

でも、今回の『十人十色の物語』はもともと関係性があった「もりたじり」の二人が頑張ってくれたから、みなさんも正直に自身のことを話されたんだと思います。私自身もドラァグクイーンのみなさんとは仲良くさせていただいているけど、バックストーリーを聞いたのはこの映画が初めてでしたわ。

もりたじり(森田真帆+田尻大樹)
映画ライターの森田真帆、公私共にパートナーの田尻大樹の2人による共同監督名義。昨年コロナ禍の緊急事態宣言で別府ブルーバード劇場が休館になった際、「なにかできることはないか」、と2人で短編映画作りに挑戦したときに生まれた。
森田真帆(もりた まほ)
映画ライター。19歳でハリウッドへ。映画やドラマの現場にインターンとして参加し、帰国後はシネマトゥデイ編集部にてライター活動を開始。これまで多くのハリウッド俳優にインタビューし、海外映画祭への取材や映画のオフィシャルライターとして活動。現在は、映画ライター業のかたわら、偶然出会った別府ブルーバード劇場を盛り上げるために別府に移住し、パートナーの田尻大樹とともに劇場を支える。
田尻大樹(たじり ひろき)
2019年までの8年間、ビジネスマン生活を送っていたが、森田真帆との出会いをきっかけに、極限まで追い詰められていた仕事を退職。別府へと移住し、現在は森田と共に別府ブルーバード劇場を手伝いながら、自身は竹工芸の職人になるべく学校に通っている。最近では、森田と共に出演した『アウトデラックス』が反響を呼んだ。

ドリアン:私もほとんど初めて聞いた話でした。「お互いにもちろんいろいろあったよね」っていう前提で会話しているところがあるし、私たちってほら、見栄っ張りだから。

よしひろ:たとえば、悩んでいる若い子が飲み屋にいたら「私もこういうことがあったわよ」って話すけど、オープンにしている者同士が話すことはないよね。

ドリアン・ロロブリジーダ
180cmのスレンダーなボディに20cmのハイヒールと巨大なヘッドドレスを装着し、ひたすらに空を目指すその姿はさながらバベルの民か。長い手足とよく回る舌、豊かな声量を活かして、各種イベントやMC、CM出演やモデル業もこなすマルチなクイーン。2018年12月より新宿二丁目発本格DIVAユニット「八方不美人」や、好きな歌を好きな場所で「ただただ歌う」ユニット「ふたりのビッグショー」メンバーとしても活動する。

「その人にしかない生き方がある。あるがままで生きていくことが否定されない社会になればいいですよね」(田尻)

―ドリアンさんは、本作の話を監督から初めて聞いたときに、どう思われましたか?

ドリアン:えー? どうだったかな。「綺麗に撮ってよ!」くらいかな(笑)。

全員:(笑)

ドリアン:だってさ、等身大のドリアンを出すことになるとは思ってなかったから。ワーッと喋って、ワーッと騒いで、シャーッと帰っていくのをイメージしてたから、こんなに自分語りすることになると思ってなかったのよ。ドラァグクイーンのキャラを装ったまま語るつもりだったけれど、気がついたら素で喋ってて。私の前のインタビューがブルさん(ブルボンヌ。映画に出演しているドラァグクイーンのひとり)だったんですけれど、泣きながら部屋から出てきたのよ。え? そういう感じ? って焦っちゃった(笑)。

田尻:それはドラァグクイーンのみなさんにも照ちゃんにも言われました。「あんたたちのことだから、もっとコメディなのかと思ったわ」って(笑)。

「照ちゃん」こと別府ブルーバード劇場の岡村照館長

ドリアン:だってこの人たち、前作はZ級ホラーみたいな短編だったんだもん!(笑)

森田:二人で作った初めての作品が、5分くらいのインディペンデント映画だったんです。昨年の緊急事態宣言で、ブルーバードが急に休館になっちゃって。そのときにとりあえず、映画撮ってみよう! と作った作品でした。

ドリアン:その作品のイメージが強かったので、想像を遥かに超えるいい作品になっていてびっくりしました。自分で言うのもなんですけど、90歳の小さな映画館の館長とドラァグクイーンの交流って、フィクションみたいな設定じゃないですか。作り話ではなく実際の関係性から映画が生まれたことがすごく素敵ですよね。

ドラァグクイーンというのは世間からすると派手で、何でもらい落に笑い飛ばすイメージを抱かれている方も多いと思うんです。けれど、そんな人たちにも葛藤や傷ついてきた経験があって今があることを、変にウェットにせず、私たちの「エンターテイナーでありパフォーマーであることの誇りや矜持」みたいなものを残したまま伝えてくれていると、私は感じました。

ノンフィクションだったらどこまでも暗くできるけれど、「それでも私たちは笑い飛ばしてやるんだ!」という感じがね、胸を打たれました。みんなのことをより好きになりました。

『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』

―監督のお二人は、映画にまとめるにあたってどのようなことを伝えたいと考えていましたか?

森田:この話をすると、泣きそうになっちゃうんですよ。

田尻:泣かれたら俺まで泣きそうになるから、やめてくれる?(笑)

ドリアン:二人して面倒ねえ(笑)。

田尻:じゃあ、僕が先に。今回ドラァグクイーンの方々だけでなく、出演者一人あたり2時間くらいお話を聞かせてもらったんです。一人1本作れそうなくらいでした。みなさんの濃い人生の歩みを知れたのは、ブルーバード劇場とドラァグクイーンさんたちとの関係性があって、心を許して答えてくれた部分が大きいと思うんです。

僕がまず思うのは、この作品を通してみなさんの存在を知ってもらいたい。こういう人たちもいて、こういう生き方があって、人によって全然違う苦労があって。ドリアンさんが映画の中で「あらゆることに濃淡がある」と仰ってたように、その人にしかない生き方ってあると思います。「自分は自分のままでいいんだよな」と感じてもらって、あるがままで生きていくことが否定されない社会になればいいですよね。

『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』予告編(本編視聴はこちら

森田:ドラァグクイーンのみなさんって、めちゃくちゃ明るいんですよ。会うとすっごく元気になるし、ショーもとってもカッコいい。私はいつか、この人たちを主役にした映画を誰かに撮ってもらいたいと思っていました。映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)を撮ったドキュメンタリー監督の大島新が親戚なので相談したら、「真帆ちゃんが一番大切にしている人たちを他の人に撮らせたら後悔すると思うよ」と言われて、本当にそうだなって。

聞きづらいこともあったんですけど、初めてこれだけ深い話をしました。みんないろんな苦労や悲しみを乗り越えてきた上で、こんなにもポジティブなショーを見せてくれているんだと知って……私もみんなみたいに生きたいと思いました。深いところでつながりを感じてもらえると思います。

よしひろ:でも、ドリアンさん思わなかった? この二人じゃなかったら、こんなに正直に話さなかったよね。

ドリアン:そうね。ぬるっと懐に入ってくるのがうまいわよね、この人たちは(笑)。だって、私もあんな自然体のまま公のメディアで話したことがないもん。もうちょっとキャラを乗っけてるから。

―出演者の方々は、公の場で初めて自分自身のことを話す人も多かったように思いますが、監督として話を聞く上での責任を感じられましたか?

田尻:ゲイモデルで活躍しているEIGHTくんが、今回特別に出てくれたんです。彼は友だちにカミングアウトしていなくて。もしかしたら、友だちが映画を見てしまう可能性もあるのに、僕たちが作るなら出ますと。この作品ができることの意味を彼なりに考えて、映画の中で語ってくれたことも悲痛ともいえるような訴えかけるものがありました。

森田:彼はドラァグクイーンのみんなよりもひとまわり下の世代だから、周囲の価値観も変わってきたかなって思っていたんです。でも「(友だちには)やっぱり言えない」と言った時のあの表情は、なんとも言えなかったですね。

ドリアン:カミングアウトや周りとの付き合い方は人それぞれだからね。「言わない」という結論を話した虹子(ロンドン)もいたでしょ。それぞれが一生懸命考えて出した結論が、その人にとっての正解だと思うから、私はそれでいいと思う。

ドリアン・ロロブリジーダと岡村照館長

多様性が自然と育まれている別府の街と、パワースポットみたいな90歳の岡村照館長

―映画の中で、ドラァグクイーンの皆さんが「別府の人は普通に接してくれる」と何度もおっしゃっていました。館長の照さんを始め、多様性が自然と育まれていることが素敵だと感じました。

よしひろ:ドラァグカルチャーというのは、日本ではいまもアンダーグラウンドの世界ですよね。だから、ブルーバード劇場での映画祭みたいに、あれだけの人数が集まって大きな舞台で一般のお客さんを前にショーをするっていう機会は、ほぼありえないことなんですよ。LGBTQ+をテーマにした映画を上映する『レインボー・リール東京』や『関西クィア映画祭』というイベントはありますけど、基本的には映画上映だけなので、映画に加えてショーも見られるのは、ブルーバードだけなんです。

ドリアン:そう。だから、ものすごく貴重な機会だし、私たちも楽しい。

よしひろ:あと嬉しいのは、館長の照さんを筆頭に別府の人たちって本当に、優しく迎えてくれるんです。異性装ではない私ですら時々、慣れてない方々からイロモノ扱いされることってあるんですけれど、ブルーバードのお客さんたちはそれが全くない。

恐らくですけれど、立命館アジア太平洋大学(APU)ができたことで街自体が若返ったように思います。だって、私が30年前に初めて別府に来た時と状況がだいぶ違いますもん。APUができてからコンビニとか飲食とかのバイトであらゆる国から集まった留学生たちがものすごく頑張って働いていて。それを、おじいちゃんもおばあちゃんも応援していて、若い力をうまく取り込んだと思いました。

別府ブルーバード劇場

ドリアン:しかも、ただ若いだけじゃなくていろんな国からきているから、ダイバーシティが自然と育まれたのかもしれない。「頑張って、ダイバーシティ目指しましょう!」みたいないやらしさがなくて、行くたびに「すごい街だな」って思いますよ。岡村照さんは、その象徴よね。普通、90歳のおばあちゃんがドラァグクイーンと絡まないものね。

森田:照ちゃんの存在は大きいですね。職業差別も容姿差別もなく、いろんな人たちを受け入れてくれる。

ドリアン:だからさ、映画で照さんのひとり語りを聞いているだけで、グッとくるものがありました。照さんが遊郭の近くで生まれ育った話とか、ご自身の考えとか。

森田:私も、照ちゃん個人の想いを聞いたのは初めてでした。「個々人が好きなことをすべきだ」なんて、主張していたじゃないですか。びっくりしたし、すっごく感動しました。

「照ちゃん」こと別府ブルーバード劇場の岡村照館長

―映画の中で、ドラァグクイーンのナナ・ヴィクトリアさんが、岡村照さんのことを「未来から来た人」と表現されていましたが、よしひろさんやドリアンさんは照さんのことをどう思われていますか?

よしひろ:照さんは、物覚えがいいんですよ。『Beppuブルーバード映画祭』のときなんて、たくさんの人が入れ替わり立ち替わりやってくるから、こっちも期待していないんだけれど、照さんは私たちのことを覚えてくれているし気遣ってくれる。しかも、すっごくよく食べてよく眠るでしょ? 一度一緒に食事に行ったんだけれど、びっくりしました。あんなに足腰が強くて、不安のない米寿超えの方、初めて見ましたよ。

田尻:朝からハンバーガー食べますから。あとは温泉も大事ですね。

ドリアン:私は正直、照さんに実際お会いしたのは2回だけなんですね。ただ、初めて会った時からパワースポットみたいに感じちゃって。握手したりお話ししたりすると、こちらの気持ちが温かくなって、ポジティブになれる人だなって思います。しかも、私みたいに押しつけがましいパワーじゃなくて、太陽みたいにポカポカする感じなんです。

よしひろ:東京からすると、別府はめちゃくちゃ羨ましい街よね。私はブルーバード劇場も街も好きだから、照さんや森田真帆や大樹くんや美紀さん(岡村照さんの娘)にお願いされたら、何でもやっちゃいますよ。街を含めて応援したいです。

森田:別府のおばちゃんたちは、「ドリアンさん来るの? あら素敵~!」とか、「ドリアンさんのすっぴんって綺麗よね」みたいな会話しかしない。「なんで女装しているの?」とか一切聞かなくて、ドリアンさんそのものを受け止めている感じがします。

ドリアン:だから、ある意味エンターテイメントを受容するのがうまい人たちが多いなって思います。楽しければ、面白ければ、別にバックグラウンドなんてどうでもいいよね、みたいなことが自然と育まれている気がする。

『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』

「私たちは絶対に不要不急じゃないという自信とプライドがある」(ドリアン)

―映画の中でもドラァグカルチャーについて語られていましたが、改めてドリアンさんの視点で「ドラァグカルチャーの魅力」について教えていただけますか?

ドリアン:何でしょう……「ドラァグクイーンとはこうあるべき」ということに縛られて定義すること自体が、間違っていると思うんです。唯一言えることは、好きな格好をして、理想形の自分を作り上げてパフォーマンスをすることかな。どんな化粧でどんな服を着ていて、どんなショーをしていようが、その人自身が「私はドラァグクイーンだ」と思った時点で、なれるんです。

こんな言葉があって。「ドラァグクイーンというのは一人ひとりが、一国一城の女王である」と。国によってカルチャーも法律も違うけれど、いろんな魅せ方がある。観る人たちは、その国々を旅するような気持ちで楽しんでいただけるといいと思います。

よしひろ:でもさ、ドリアンさんは去年ほとんどステージに立てなかったでしょ。お客さんと全く触れ合わなくなったことで、気づいたことってあります?

ドリアン:私はコミュニケーション中毒みたいなところがあるから、リアルなステージに立てなくなったのなら、別のどんな方法でお客様を魅了しようかを考える方向にシフトチェンジして、配信を早くから始めたんです。

それでもね、ドラァグクイーンのパフォーマンスはなんて無力なんだろうと思うこともありました。我々は世間で言うところの「不要不急」でしょ? そこに歯がゆさや寂しさはありました。それでも、私たちのパフォーマンスを見てポジティブなメッセージを受け取ってくれる人が一人でもいるんだったら、私たちは絶対に不要不急じゃないという自信とプライドがある。コロナが明けてからの私たちの逆襲を、乞うご期待って感じ。

『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』

よしひろ:映画も一緒ですけど、結局みんなコロナ禍での「おうち時間」のあいだ、Netflixをはじめとするホームエンタメに頼ってたわけで、娯楽は必要じゃんと思いましたよね。だったら、やっている人たちだけがその文化を守るんじゃなくて、みんなで応援したいですよね。

ドリアン:娯楽は、心の栄養素よね。

よしひろ:そうそう。映画は基本的に、生活に必要不可欠なものではないけれど、あったら必ず生活が豊かになるもの。それは、ドラァグクイーンのショーも全く一緒だと思います。

田尻:僕は今回の映画を通して、ドラァグクイーンのみなさんにとってステージの存在がどれだけ大きいものかっていうのを体感しました。溜め込んできたものを、ステージがあるから爆発できる。みなさんが集まってくれた『十人十色映画祭』(2021年2月に別府ブルーバード劇場で開催。この映画は本映画祭を追いかけたもの)のイベントでは、びっくりするくらい泣いてしまって。映像もいいですけど、やっぱりショーは生もの。美しいし、楽しい空間にある、ドラァグクイーンの皆さんが本当に伝えたいものを直接感じてほしいので、コロナが落ち着いたらぜひ見に行ってほしいです。ただ、衣装とヅラには絶対に触っちゃダメ。

ドリアン:グーでパンチしまーす!(笑)

ドリアン・ロロブリジーダのパフォーマンス。『SUMMER SONIC2019』内「サマソニ丁目」より

森田:今回、「THEATRE for ALL」で映画から派生したイベントも企画しました。先日はブルボンヌさんをゲストに迎えて対話するeラーニングのワークショップをやったんです。今後も、子どもと一緒に映画を観て感想を話したり、ショーを見に行くツアーを企画したり、いろんな人がドラァグクイーンのみなさんと直接触れられる機会を増やしていきたいです。

―先日のイベントも、対象年齢が小学校5年生からと、若い人たちとも交流する機会を設けていらっしゃって素晴らしいと思いました。

田尻:映画の中でブルボンヌさんが仰っていたこととも通じますが、たとえば家庭内で、ゲイの人がテレビに出た瞬間に親がチャンネルを変えた、というだけで子どもの心には残ってしまう。狭い環境から離れて当事者と会って話し、別の価値観に触れることが、差別をなくしたり、価値観を変えたりしていく機会になるのかなと思います。

英語の吹き替え版や手話通訳にもLGBTQ+の当事者が関わっている

よしひろ:実は、この映画をスクリーンで見せてもらったんです。それがすごくよかった。

ドリアン:いいなー!

森田:でも、これで完成にはしたくなくて、ショーの様子だったりインタビューだったり追加撮影をして、完全版のようなものを作りたいんです。

田尻:あと見てもらいたいのは、英語字幕+英語音声版。英語にもドラァグクイーンさん独特の言葉遣いや言い回しがあるんですよね。だから、普通に翻訳してしまうとニュアンスが伝わらない。どうにか探して、APUに通っているスイスとアメリカ出身のゲイカップルの子に協力してもらいました。そのおかげで、みなさんの雰囲気が英語版でも伝わるようになりました。

森田:しかも、英語字幕+英語音声版には彼らからのメッセージを付けたんですよ。「自分を愛して生きていこうね。決してあなたたちは一人ではないですよ」という、本当に美しい言葉を。

あとは、eラーニングの手話通訳にも「手話フレンズ」という団体のLGBTQ+当事者の方にお願いしました。彼女たちにもメッセージを伝えてもらって、すごくよかったです。

わからないものを否定せず、尊重して「放っとき合う」こと

―ブルーバード劇場のように多様な考えに触れることができる場所、自分の考えを受け入れてくれる場所というのは、ますます必要になってくると思います。そういう場所を作るためには、どんなことが必要か最後に伺ってもよろしいですか?

ドリアン:自分らしくいられる場所を作るには、「放っとき合う」ことが一番大切だと思っています。「認める」っていうと上から目線の要素が加わっちゃうけれど、それぞれ好きにやって尊重して放っておく。わからないものはわからないでもいいけれども、それを否定したり拒絶したりしない、ということ。ゆったりと放っておくことで、生きづらさを抱えた人も存在しやすい場所になるんじゃないですかね。

『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』

よしひろ:私は、若い世代にとってなんとかストレスのないおじさんおばさんになっていかないとなって思っています。多分、若い世代は私たちの頃より悩みが複雑になるはずです。私たち世代の若い頃は、セクシュアリティをオープンにできなかったから、「全消去」で全て隠せばよかったけれど、若い子は隠すところと隠さないところ、2つも3つも顔を持たなきゃいけない人もいる。それはストレスですよね。

いま40代後半の私の世代はベビーブーム生まれで、あと10年もすれば、今の取締役世代と同じ、若者にとってはうざい存在になると思うんです。そこで、上の世代が若者を弾圧するんじゃなくて、変化を受け入れてバトンを渡してほしい。うまく変わった欧米の姿を見習ってほしいです。私は映画の力を借りてそうした考えを紹介することで、ちょっとでも世間の空気が変わっていったらいいなと思っています。

森田:私たちは、自分が発する一言一言が、もしかしたら隣の誰かを傷つけているかもしれないという気づきをもっと持つべきだと思います。何気なく言った「キモい」という言葉が、誰かの心を閉じさせるかもしれない。言葉の端々って大事なので、私はしゃべる前に立ち止まって考えることが生きやすい場所を作っていくように思います。

よしひろ:あまりにも、他者に思いが及ばなくなってしまったギスギスな状態が、今一番ヤバいよね。自分のことばっかり見てないで、周りに目を向ける余裕を持つだけで随分と変わる気がします。

『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』
サービス情報
「THEATRE for ALL」

日本で初めて演劇・ダンス・映画・メディア芸術を対象に、日本語字幕、音声ガイド、手話通訳、多言語対応などを施したオンライン劇場。現在、映像作品約30作品、ラーニングプログラム約30本を配信。様々なアクセシビリティに対してリサーチ活動を行う「THEATRE for ALL LAB」を立ち上げ、障害当事者やその他様々な立場の視聴者、支援団体などと研究を重ねている。また、作品の配信に加え、鑑賞者の鑑賞体験をより豊かにし、日常にインスピレーションを与えるラーニングプログラムの開発も行う。

作品情報
『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』

THEATRE for ALLで配信
料金:1,000円(税込)
視聴可能期間:購入から10日間

イベント情報
THEATRE for ALLアーティストトーク『表現とバリアフリー』

『VOL.3 みんなが生きやすい場所ってどんなところ?ー大分・別府市の小さな映画館「別府ブルーバード劇場」が教えてくれること』

2021年7月15日(木)12:00~13:00にTHEATRE for ALL Facebookページにて配信予定
ゲスト:森田真帆、鈴木励滋(生活介護事業所カプカプ所長・演劇ライター)
ファシリテーター:中村茜(株式会社precog代表・THEATRE for ALL統括プロデューサー)

プロフィール
ドリアン・ロロブリジーダ

ドラァグクイーン。180cmのスレンダーなボディに20cmのハイヒールと巨大なヘッドドレスを装着し、ひたすらに空を目指すその姿はさながらバベルの民か。長い手足とよく回る舌、豊かな声量を活かして、各種イベントやMC、CM出演やモデル業もこなすマルチなクイーン。2018年12月より新宿二丁目発本格DIVAユニット「八方不美人」や、好きな歌を好きな場所で“ただただ歌う”ユニット「ふたりのビッグショー」メンバーとしても活動するなど、その活躍はとどまることを知らず。今夜もちょっぴり高いところから、耳障りな笑い声をお届けします。

よしひろまさみち

映画ライター、編集者。1972年、東京都生まれ。ゲイ雑誌、音楽誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』などで編集、執筆をするかたわら、映画レビューやインタビューで『SPA!』、『oz magazine』、アプリ版『ぴあ』、『クロワッサン』など連載多数。日テレ系『スッキリ』で月イチの映画紹介を担当するほか、テレビ、ラジオ、Webの番組内で映画紹介も手掛ける。18歳からゲイと自認し、キャリア上でも隠すことなく活動。LGBTQ+テーマの映画を中心に、トークイベントにも多数出演。

もりたじり

映画ライターの森田真帆、公私共にパートナーの田尻大樹の2人による共同監督名義。昨年コロナ禍の緊急事態宣言で別府ブルーバード劇場が休館になった際、「なにかできることはないか」、と2人で短編映画作りに挑戦したときに生まれた。

森田真帆 (もりた まほ)

映画ライター。19歳でハリウッドへ。映画やドラマの現場にインターンとして参加し、帰国後はシネマトゥデイ編集部にてライター活動を開始。これまで多くのハリウッド俳優にインタビューし、海外映画祭への取材や映画のオフィシャルライターとして活動。現在は、映画ライター業のかたわら、偶然出会った別府ブルーバード劇場を盛り上げるために別府に移住し、パートナーの田尻大樹とともに劇場を支える。

田尻大樹 (たじり ひろき)

2019年までの8年間、ビジネスマン生活を送っていたが、森田真帆との出会いをきっかけに、極限まで追い詰められていた仕事を退職。別府へと移住し、現在は森田と共に別府ブルーバード劇場を手伝いながら、自身は竹工芸の職人になるべく学校に通っている。最近では、森田と共に出演した『アウトデラックス』が反響を呼んだ。



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