2021年1月から約3か月間の改修工事を行っていた森美術館。そのリニューアルオープンを飾るのが、『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人』だ。
『アナザーエナジー展』で紹介されるのは、世界14か国で活動する72歳から106歳までのアーティストたちの作品。タイトルにあるとおり、参加する16作家は全員女性だ。時代や流行とともに、それぞれの環境やアートマーケットからの評価も移り変わるなかで、なぜ彼女たちはいまなお、信念を持って創作活動を続けることができるのだろうか。
CINRA.NETでは、そのヒントを探るため3人のゲストとともに展覧会を巡る。第一回目の記事では「社会課題をクリエイティブで解決する」という言葉を掲げ、株式会社arca代表取締役や報道番組『news zero』の水曜パートナーを務める辻愛沙子との会話をお届けする。
聞き手は「自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ」She isで編集長を務め、現在はme and you, inc.の取締役を務める編集者の野村由芽。中盤からは『アナザーエナジー展』を担当した森美術館アソシエイト・キュレーターの德山拓一にも作品を解説いただいた。展覧会を観終えたあとの、実感のこもった会話の温度が少しでも伝われば幸いである。
子どもの頃から続く「違和感を持たずに過ごしていることへの違和感」
―辻さんは「社会課題をクリエイティブで解決する」をモットーに活動されています。ご自身の活動について、簡単に紹介いただけますか?
辻:私はクリエイティブディレクターという仕事をしています。クリエイティブディレクターは「広告をつくる仕事」だと思われることが多いのですが、広告に限らず、企画、デザイン、コピーライティングなど、とにかくいろいろなものをつくっています。
それと自分では「クリエイティブアクティビズム」と呼んでいるのですが、広告媒体や企業を通して社会にメッセージを届けていく活動も行っています。
―辻さんが社会課題に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
辻:私は子どもの頃から「何でこうなんだろう?」という疑問をそのままにしない性格で。たとえば子どもが「何で空って青いの?」と親に聞くように、10代の頃から、校則の内容に疑問を抱いたりしていたんです。
大人になってからは、たとえば「政治家や社長、権力者と言われて思い浮かぶのは、何で年配の男性なんだろう?」という疑問が湧いて、それがジェンダーギャップへの興味につながったり。違和感を持たずに過ごしていることへの違和感があるのかもしれません。
タピオカやナイトプールなど、若い女性のトレンドが揶揄されることへの違和感
―社会によくよく目を向けてみると、いろいろなことが「何で?」だらけですよね。
辻:私は若年層の女性に向けた仕事をすることが多いのですが、若い女性たちのトレンドが、社会から揶揄されやすいことにも違和感を感じていました。たとえばタピオカとか、ナイトプールとか。
辻:それを楽しんでいる人たちは誰かを傷つけているわけでもないのに、若い女性のトレンドというだけで少し馬鹿にされているように感じることがあります。
その感覚はどこから来ているんだろう? と考えると、メディアや広告で繰り返される、ステレオタイプな表現の影響が大きいんじゃないかと思ったんです。「何も考えていない子たち」の象徴として若い女性たちがメディアに取り上げられるところを何度も見てきて。
だからこそ私はそれを逆手にとって活動できたらいいなと思っています。たとえば、クライアントに「女性ならではの表現をお願いします」と言われても、「『女性ならでは』になるかわかりませんが、私のいいと思ったものをつくります」と答えたり。社会のなかにあるいわゆる「女性」のイメージに自分から合わせないというか。
―辻さんは留学経験もおありですが、その経験が、考え方やクリエイティビティーに影響を与えている部分はありますか?
辻:海外で暮らしたことの影響は確実にありますね。たとえば「多様性」というワードをことさら掲げることを不思議に感じてしまうのですが、それは海外でさまざまな人種の人たちと暮らしていたからかもしれません。
髪色ひとつとっても、「普通」や「マジョリティー」を決めようがない状況を見ていたので、「多様性が担保されてほしい」と左脳で考える前に、感覚的にそれが当たり前だと感じているのだと思います。
私は小学校まで日本の一貫校に通っていたんですが、その頃は髪色どころか、下敷きの色まで指定されるほどものすごく校則が厳しくて。
―下敷きの色!?
辻:「この下敷きを使ってください」という指定があって。ほかにも、お弁当の中身にまで指示がありました。「パンはダメです」とか。謎なんですけど(笑)。
加えて幼稚園から高校までの一貫校なので、ずっと同じ友人たちと時間を共有していて。いい学校だったんですが、途中で外の世界をあまりにも知らない自分への不安と、外の世界への好奇心が高まりました。
辻:だから中学校に上がったタイミングで、両親に「学校をやめて海外に行きたい」とプレゼンをしたんです。それでいろいろと話し合った結果、許可をもらえたので、中学・高校は海外に行って、大学で日本に帰ってきました。
―小学生や中学生のときの自分には、違和感や嫌なことがあっても「学校をやめる」という発想がありませんでしたが、辻さんはその頃から主体性を持って生活されていたのですね。
辻:当時は周囲にウワサされてたと思いますけどね。同級生のご両親にも「あの子は不良になってしまったわ」と言われていたので(笑)。でも、大人になって仕事を頑張っていると、また評価が変わったりするから面白いです。
一人ひとりの「アナザーエナジー」に圧倒され、月の光に癒される
―さて、今回はそんな辻さんに、森美術館で開催中の『アナザーエナジー展』をご覧いただきました。社会におけるステレオタイプを鵜呑みにせずに、自分の感覚を信じながらクリエイティブを発信し、行動されてきた辻さんと、白人、男性中心の色が強かった美術界のなかで、自らの信念や願いを追求してものづくりを続けてきた女性の作家たち。それぞれの姿勢には、どこか通じる部分があるのではないかなと感じたのですが、実際に展示をご覧になっていかがでしたか?
辻:本当に素晴らしかったです。まさに「アナザーエナジー」に気圧された気分で、いまは出がらしのようになっているのですが(笑)。
辻:ともすればこの企画を「ジェンダーギャップのある社会のなかで活躍している女性アーティスト展」と打ち出すこともできると思うんです。でもこの『アナザーエナジー展』はそれをしていない。
「ウィメンズ・エンパワーメントアート展」ではなく、あくまで「この人はどう社会を見たのか」ということが主軸にある展示内容に、アーティストを「女性」として消費しないという意思を感じました。私はそれがすごく好きだなと。
辻:作家の方それぞれに、エネルギーの出し方のメリハリがあって。展示を通して観ることで、世界に対する怒りがたまり続けるわけでもなく、でも気が抜けるわけでもない、すごい流れを体験させてもらいました。何回も観に行きたいですし、そのたびに見え方が変わるだろうなと。さきほど「好きな作品を1つ選んでほしい」と言われたんですが、絞れないです。
―酷な質問でしたよね。
辻:厳しいですね(笑)。
―今回の美術展をご担当されているアソシエイト・キュレーターの德山さんは、辻さんからのコメントを受けていかがですか?
德山:本当に嬉しいですね。会場をご案内したときも、辻さんはすごくゆっくり作品を見てくださって、さらにいろいろな質問をしてくださり。
辻:ふふふ。
―特に辻さんが気になった作品や作家さんを、ひとつでなくていいので教えていただけますか?
辻:会場に入って2作家目のアンナ・ベラ・ガイゲルさんに共鳴する部分がありました。特に『月1』という青い月の作品については、解説いただいてさらに魅力を感じた部分があって。
德山:アナベラは1960年代のブラジルで活動を開始した作家です。青い月の作品は1970年代、ブラジルの政治情勢が非常に混乱していた時期のもので、当時はアナベラ自身も子育てをしながら、積極的に政治活動にも関わり、多忙な日々を過ごしていたそうです。
『月1』はNASAが撮影した月の写真をベースにつくられた作品で「月面は誰の領土でもなく、政治的な混乱がない土地である」というメッセージが込められています。
自分の現状とはまったく違う、平和で静かな時間が流れている月面に対して思い焦がれながら、自分や鑑賞者の癒しになるようにと制作されたのが『月1』で、ぼくも好きな作品のひとつです。
辻:私は「クリエイティブアクティビズム」を掲げ、社会の違和感と対峙しながら日々を過ごしているのですが、広告媒体や企業を通して社会にメッセージを届けていく過程で、相手になかなか思いが伝わらずに疲弊したり、忙しく過ごしているうちに、気づいたら自分のことを後回しにしてしまうこともあって。
それで最近「まず、自分を大事にしよう」と思っていたところだったので、まさに『月1』からは自分への癒しを受け取った気分でした。毎日観たい。疲れたら観にきたいです。
社会的な活動自体を作品にする「ソーシャリー・エンゲージド・アート」との出会い
辻:あとはスザンヌ・レイシーさんの作品を観て「この方はもしかすると自分の人生の延長線上にいらっしゃるのかもしれない」と思いました。彼女の作品は「ソーシャリー・エンゲージド・アート」とも呼ばれるそうなのですが、いま私がやっていることって、もしかしてまさにそういうことかもしれないと思ったんです。
德山:「ソーシャリー・エンゲージド・アート」は2000年代以降に現代美術のなかで生まれた一つの作品形式です。簡単に言うと、社会的な活動自体を作品のフォーマットとして発表するというもので、スザンヌ・レイシーはまさにそのパイオニアの一人です。彼女が作品をつくリ始めたのは1970年代からなのですが、じつはそれ以前から、すでにフェミニストとしての活動は開始していて。
大学で、日本でいうゼミのようなフェミニストの集まりに参加するようになり、そのときの先生(ジュディ・シカゴ、フェミニストアートのパイオニア)の影響もあって、活動自体を作品化するようになっていった。同時にもう一人、『ハプニング』という作品形式の第一人者となったアラン・カプローという先生の影響も受けています。
辻:おもしろい。
―スザンヌ・レイシーの作品はメッセージ性が強いので目を引くなと感じていたのですが、ただ主張するだけじゃなくて、周囲の人の声を聞き続けている印象もありますよね。大勢の人を巻き込んで語りの場をつくったり。
德山:スザンヌは1970年代に活動を始めて、その頃に出会った作品の参加者ともいまだにつながっていて。やはり人とのつながりをメインに据えているのが「ソーシャリー・エンゲージド・アート」なんだと思います。
―コミュニティーをちゃんとつくっているんですね。
辻:「同質ではないけれど共同作業していく」ということが、いまの社会に必要なことだなと思いました。加えてすごく学びになったのは、無形のもののディレクションの仕方で。
私はいままで、社会活動のときは活動、表現は表現、と切り離して考えていた部分があったんですが、スザンヌ・レイシーさんの作品は、社会的な活動自体に対するアートディレクションの効き方が尋常じゃないなと感じて。
辻:たとえば住宅地の一角に女性活動家たちを集めた『玄関と通りのあいだ』でも、ただ女性たちを集めて会話をするだけでなく、一人ひとりに黄色いスカーフを渡しておいて、それを映像に撮っている。
自分の行動がどういうかたちで残っていくのかというところまで想像することで、私がレイシーさんの作品を、違う時代に違う国で見て感銘を受けたように、伝わることがあるんだなと。自分が伝えたいメッセージと、表現としての美しさを両立するための執念について考えさせられました。
辻愛沙子が受け取った「アナザーエナジー」とは
―今回の展示タイトルになっている「アナザーエナジー」という言葉や展示自体のエネルギーについて、辻さんはどのように感じましたか?
辻:そうですね。私自身、曲がりなりにもクリエイティブ業界の端っこでものをつくる仕事をさせていただくなかで、どうしても社会の消費のスピードがすごく早く感じたり、逆に一日一日の変化のスピードが遅く感じて心が折れそうになるときがあるんです。
でもやっぱりこうやってさまざまな時代のアーティストが考え、つくってきた歴史を俯瞰してみると、社会は確実に変わってきているし、つくり続けてる人がいる。
辻:さらに映像をつくっている方が写真とコラージュもつくられていたりとか、一人ひとりのアウトプットの「型」がないことにも魅力を感じました。「どんなものをつくったとしても、それはその人らしさである」と肯定された気がして。
SNSの時代にはわかりやすさが求められるので、どうしても「あの人はこういう作風」とまとめられたりしますが(笑)、『アナザーエナジー展』からはそうでない、「どこまでも自由でどんなものでもつくれる」という可能性や希望を感じました。自分が普段社会に向けているエネルギーとはまた違う、自分の将来に対するエナジーをいただいた気分です。
- イベント情報
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- 『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人』
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2021年4月22日(木)〜9月26日(日)
会場:東京都 六本木 森美術館
時間:10:00〜20:00(当面、時間を短縮して営業。火曜は17:00まで)
- サービス情報
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- 『Social Coffee House』
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社会課題からカルチャーまで、現代の大人たちがいまあらためて知っておきたい教養を学ぶコミュニティ型スクール。
- ウェブサイト情報
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- HILLS LIFE DAILY
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HILLS LIFE DAILYは、いつも新しい「何か」が起こる街ヒルズを舞台に、 都市生活を楽しむためのアイデアを提案してゆくメディアです。
- プロフィール
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- 辻愛沙子 (つじ あさこ)
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1995年11月24日生まれ。社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業づくり」と「世界観に拘る作品づくり」を軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。中高時代をイギリス、スイス、アメリカで過ごし、在学中からアート制作を精力的に行う。大学入学時に帰国し、慶應義塾大学に入学。在学中に株式会社エードットに入社し、以降、ナイトプールなどのリアルイベント、スイーツなどの商品企画、ブランドプロデュースなど、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。独自の世界観の表現を通して、「シェア」され「バズ」り「ブーム」を起こすコンテンツを生み出し、若い女性を中心としたトレンド・カルチャーを創る。この春、女性のエンパワメントやヘルスケアを促す「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年11月より報道番組『news zero』 の水曜パートナーを務める。
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