オダギリジョー×永瀬正敏 日本のテレビドラマが抱える課題と未来

スマホと動画配信サービスの普及によって、いつでもどこでも気軽に国内外の映画・ドラマを視聴できる昨今。一方で、かつて社会現象になる作品を次々と輩出した「テレビドラマ」は、時代とともにコンプライアンスが厳しくなったこともあり、往年ほどの勢いがなくなってきている。

そんな状況に一石を投じようとしている作品が、2021年9月17日に放送スタートのNHK新ドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(以下、オリバーな犬)だ。

本作で地上波の連続ドラマの脚本・演出を手がけたオダギリジョーは、「あえてNHKで、コンプライアンスを逆手に取った作品づくりをした」という。映画を中心に世界を肌で感じてきた彼は、日本のテレビドラマ界にどんな風を吹かせようとしているのだろうか。

また同じく映画界において、世界を舞台に表現の道を極めてきた永瀬正敏も、本作で19年ぶりに地上波の連続ドラマに出演することが決まり注目を集めている。

そこで今回は二人を招き、学生時代に影響を受けたテレビドラマから、現代の国内におけるドラマの印象を踏まえたうえで、新ドラマ『オリバーな犬』の意気込みを聞いた。さらには、現代ドラマにおけるコンプライアンスとの向き合い方、SNSの重要性、ネット配信ドラマに対する印象のほか、若い世代に伝えたい想いについても存分に語り合ってもらった。

下手したら、永瀬さんがつくってしまった人間のひとりかもしれません(オダギリ)

―永瀬さんの地上波の連続ドラマ出演は、じつに19年ぶりとうかがいました。やはりオダギリさんが脚本・演出をされる作品というのが大きかったのでしょうか。

永瀬:そうですね。もちろん声をかけていただかなければ、ぼくたち俳優は動けないですから、まずお声がけいただいた時点で嬉しかったし、「オダギリくんがNHKで連続ドラマをつくる」と聞いた時点で最高だなと思いました。

オダギリくんのこと、会うたびに好きになっていくんですよ。告白してどうする、という話なんですが(笑)。

オダギリ:いやいや、おそれ多いです(照笑)。

永瀬正敏(ながせ まさとし)
1966年生まれ、宮崎県出身。1983年、映画『ションベン・ライダー』でデビュー。『息子』(1991年)で日本アカデミー賞新人俳優賞・最優秀助演男優賞などを受賞し、その後も数々の映画に出演。 海外作品にも多数出演し、カンヌ国際映画祭・最優秀芸術貢献賞『ミステリー・トレイン』(1989年)、ロカルノ国際映画祭・グランプリ『オータム・ムーン』(1992年)、リミニ国際映画祭グランプリ、トリノ映画祭審査員特別賞『コールド・フィーバー』(1995年)では主演を務めた。『あん』(2015年)、『パターソン』(2016年)、『光』(2017年)でカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となる。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年9月スタートのNHKの新ドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(2021年)は、地上波では『私立探偵濱マイク』(2002年)以来の連続テレビドラマ出演となる。

永瀬:おこがましいかもしれないけど、オダギリくんとは作品づくりや演技に対する考え方とか感覚が似ている気がするんですよね。それがすごく嬉しくて。

話していても「そうそう!」って思えることが本当に多い。そういった存在は、いそうであまりいません。脚本もそうだし、ものづくりへの姿勢も共感することばかりです。

オダギリ:こちらこそおこがましいですが、俳優のスタンスとして永瀬さんのつくった流れを引き継いでいる部分があると思います。永瀬さんのように映画俳優でありつつ、同時にアートを感じさせる雰囲気に憧れていましたし、大きな刺激を受けましたから。そういう意味では、下手したら永瀬さんがつくってしまった人間のひとりかもしれません(笑)。

永瀬:いやいや……(照笑)。

オダギリジョー
1976年生まれ、岡山県出身。『アカルイミライ』(2003年)で映画初主演。以降、『ゆれる』(2006年)、『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』(2007年)、『舟を編む』(2013年)などで日本アカデミー賞をはじめ数々の俳優賞を受賞。また、『悲夢』(2009年)、『SaturdayFiction(原題)』(2019年)など海外作品への出演も多数。テレビドラマも『時効警察』シリーズをはじめ、『熱海の捜査官』(2010)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年)など、数多くの話題作に出演。俳優業の傍ら監督業にも進出し、長編監督デビューを果たした『ある船頭の話』(2019年)で、第76回ヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門に日本映画史上初めて選出。2021年9月17日にスタートするNHKの新ドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(2021年)では脚本・演出を務める。待機作として、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』がある。

オダギリ:だから、永瀬さんに「感覚が似ている」「共感する」と言ってもらえて本当に嬉しいですね。さらにいえば、ぼくに影響を受けたと言ってくださる若い俳優さんが何人かいたとしても、それは実質、永瀬さんに影響を受けているといっても過言ではないです(笑)。

そもそも『時効警察』(2006年)も永瀬さん主演の『私立探偵 濱マイク』(2002年)に影響を受けているんですよ。映画的な表現や手法をテレビに持っていったのを見て、「あのスキームでこだわったコメディードラマをつくれないだろうか……」と考えたのがスタートのきっかけだったんです。

永瀬:そうだったんだ。とても嬉しいです。

『時効警察』シリーズは、「時効が成立した事件を趣味で捜査する」という主人公の警察官の活躍を描いたコメディーミステリー(Instagramで見る

映画3作が制作されたのち、2002年にテレビドラマ化された『私立探偵 濱マイク』。主人公の探偵が住む横浜・黄金町を舞台に繰り広げられるハードボイルドドラマ ©︎読売テレビ

『水戸黄門』シリーズもよく観ていました(永瀬)

―映画を中心に活躍されている印象が強いお二人ですが、今回は日本のテレビドラマについて詳しくお話をうかがいたいです。学生時代は、どんなテレビドラマに触れてきましたか?

永瀬:中学生の頃はほぼ映画を観ておらず、むしろテレビドラマばかりでしたね。校則で男子は坊主頭だったこともあって、ちょっと大人向けの映画を観たくても、もぎりのおばちゃんにバレてしまうから映画館に行きづらくて(笑)。

当時、好きで見ていたドラマは松田優作さん主演の『探偵物語』(1979年~1980年)、『寺内貫太郎一家』(1974年)とか。あと、『水戸黄門』シリーズ(1954年~2019年)もよく見ていました。

オダギリ:『水戸黄門』!(笑) 時代劇も見てたんですね。

永瀬:ぼくが、おじいちゃんおばあちゃんっ子だったことも大きいですね。「最後、印籠突きつけて終わりでしょ?」と、わかっていながらも見てしまう。フィルム撮影による『水戸黄門』特有の映像の雰囲気も好きでした。

ほかには、『銭形平次』(1966年~1984年)、NHKだと『プリンプリン物語』(1979年~1982年)や『七瀬ふたたび』(1979年)なども見ていました。あと、萩原健一さん主演の『傷だらけの天使』(1974年~1975年)が好きでしたね。

オダギリ:リアルタイムではなかったですが、ぼくも『傷だらけの天使』は大好きでした。『私立探偵 濱マイク』もそうですが、音楽やファッションがかっこ良くて真似したくなるんですよね。そういうカルチャー要素が絡んでくるドラマを好んで見ていました。

世代的には、『北の国から』(1981年~2002年)をはじめとする倉本聰さんの作品を好きな人が多くて、ぼくも『前略おふくろ様』(1975年~1977年)は何年かに1回見返します。

一方で、みんなが見ていたような王道のトレンディードラマはあまり興味を持てなかったですね。でも、『高校教師』(1993年)は自分がちょうど高校生だったからか、ハマって見ていました。

映画業界もテレビ業界も、人材を確保するにはよっぽど頑張らないと厳しいところまできている(オダギリ)

―お二人とも、いろんなドラマに触れてきたんですね。昔のドラマと比べて、現代のテレビドラマの可能性、あるいは難しさについてはどうお考えですか?

永瀬:ぼくは宮崎県出身なのですが、住んでいた当時の宮崎県って民放が2局しか映らなかったんですよ。極端にいえば、テレビつけてやっている番組を見るしかなかった。

でも、いまはどこにいても選択肢がいっぱいあるし、一家に一台のテレビ時代でもないから、ドラマをつくる側は大変だと思います。インターネットで簡単に見られる世界中のドラマと勝負しないといけないですからね。

海外の配信動画サービスのオリジナルドラマでは、1話に映画1本分以上の壮大な予算を投入している作品なんかもたくさん出てきていますし、日本のテレビドラマがそこと争うのは非常に困難。そんななかでも、たくさんの方に見ていただくには革新性が必要だろうなと感じます。

―日本のテレビドラマに革新性をもたらすには、どうすれば良いのでしょうか。

永瀬:それは模索しないとわからないですが、チャンネルを横断した試みがもっと増えたら面白くなりそうですよね。たとえば、同じ役として他局のドラマに出るとか、2つの世界が混ざり合うのもありかなと。

映画だと、出演者が重なる作品の公開日は避ける傾向にありますが、テレビドラマでは同じ役者さんが同クールに違う作品に出演している例も出てきているし、いろいろな可能性が広がったら楽しくなると思う。

オダギリ:ぼくも壁をどんどん取り払っていくべきだと感じます。テレビ局同士で数字を競い合うのではなく、テレビ業界全体で考えていかないと、それこそ動画配信サービスが独り勝ちしちゃう気がして。

永瀬:それはテレビだけじゃなく、映画界も一緒だよね。お客さんに劇場の椅子に座ってもらうためにどうしたら良いか、みんなでもっと考えていかないといけない。

オダギリ:そうですよね。これまで国内をターゲットにしてきたテレビドラマや映画の予算が縮小される一方で、動画配信系の会社は世界に向けて発信するための予算を用意しているから、クオリティーにもとことんこだわれる。

そうなるとクリエイターはどんどんそっちに流れていきますからね。映画業界もテレビ業界も、人材を確保するにはよっぽど頑張らないと厳しいところまできているとは考えています。

どんな媒体の作品でもお芝居のスタンスはなにも変わりません(永瀬)

―オダギリさんご自身は、監督として動画配信サービスのドラマ(以下、配信ドラマ)の作品をつくってみたいという気持ちはないのでしょうか?

オダギリ:いまのところは、イメージしていないですね。最近耳にしたのですが、動画配信サービスで倍速再生して作品を見る人たちが増えているらしいじゃないですか。

早送りで作品を見て、なにを受け取れるのか疑問に思っていて。そういう話を聞いてしまうと、つくり手として配信ドラマを積極的につくってみたい気持ちには、なかなかなれないですね。

―なるほど。永瀬さんはNetflixの『全裸監督 シーズン2』(2021年)にも出演されましたが、配信ドラマ作品においてはどのようなイメージを持たれていますか?

永瀬:まあ、ほんの少ししか参加させてもらっていないので、そこまで詳しくは語れませんが……(笑)。映画の現場ばかり経験している立場からすると、つくり方が映画とは少し違うと感じましたね。

『全裸監督』は連続モノですから、ぼくがよく出演している規模の映画よりもたっぷり時間をかけられるし、やはりテレビドラマの撮り方に近いなと。映画にはあまりない、良い意味での余裕みたいなものを感じました。もちろん、すべての配信ドラマの予算と時間が潤沢というわけではないと思いますけど。

あとは出演者の目線でいうと、どんな媒体の作品でもお芝居のスタンスはなにも変わりません。ただ、ドラマの現場はご無沙汰しているので、配信でもテレビでも少し緊張しますね(笑)。

オダギリ:おっしゃるとおり、俳優として芝居をするうえでの姿勢はどの媒体でも変わらないですよね。ただ、監督としての立場で考えると、自分がつくりたい世界観にとことんこだわれるのは、やはり映画がいちばんなのかなと感じます。

配信ドラマやテレビドラマは、家庭によって視聴機器も音響機器も違うし、つくり手が意図する映像や音を届けられない場合も多いですから。一方、映画館はつくり手が設定した映像と音がそのまま流れるので、思いどおりの表現ができる。だから、本当につくり手の意図にこだわるのであれば映画が最適だと思っています。

逆にいうと、ドラマをつくるときはさまざまな視聴者がいることを想定すべきですし、それ自体を面白がって挑むことが大事。今回の『オリバーな犬』の制作でも、その辺は意識して臨みました。

タイムリー性を反映できるのも、テレビドラマならではの面白さかもね(永瀬)

―『オリバーな犬』の制作のお話も詳しくうかがいたいです。オダギリさんが脚本・演出を手がけられた映画作品はすでに数本ありますが、今回「連続テレビドラマ」という形態に挑戦するうえで意識した点はありますか?

オダギリ:映画と違って、テレビドラマは「飽きさせないこと」が必要だと思ったので、スピード感やテンポ感を意識しましたね。あえて画面分割したりピントをずらしたり、映像的な引っかかりを増やしました。

警察犬係の主人公と相棒の警察犬が事件に挑む姿とともに、謎めいた町で繰り広げられるさまざまな人間模様が描かれる『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』©︎NHK

永瀬:内容はもちろんだけど、たしかにテンポや映像の観点でもいろんなチャレンジをしているよね。

オダギリ:テレビドラマの視聴者を想定した場合、「なにかをしながら見る人」もいることを考えると、注目させたり集中させたりすることから始めなきゃいけない気がするんです。一度注目させたら、あとは退屈させずに最後まで引っ張る。そういったつくり方は、テレビドラマだからこそですね。

―脚本もオリジナルですが、ストーリーをつくるうえで映画とドラマの違いなどは感じましたか?

オダギリ:今回のテレビドラマでは、1話45分でストーリーをまとめなきゃいけなかったうえに、次回への期待感をあおる書き方が必要だったので、その辺は自分にとって初めての試みでした。一般的な地上波の連続ドラマだと全10話くらいありますが、それはそれでいろいろな展開を描く面白さがあるんだろうなと、今回の経験をとおして感じました。

極端な話をすると、連続ドラマなら視聴者の反応を見ながら脚本を書くこともできますからね。出演者側は「全然、ホンがあがってこないけど大丈夫かな……」と思いながら待つことになりますけど(笑)。

『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』の撮影現場の様子 ©︎NHK

永瀬:でも、そういうタイムリー性を反映できるのもテレビドラマならではの面白さかもね。

オダギリ:そう思います。それでいうと、映画館では「観ながらつぶやく」はできないですし、SNSの影響をうまく利用してクリエイティブなことに活かせれば、映画にはないものづくりが追求できるでしょうね。

『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』のInstagram公式アカウント(Instagramで見る

コメディーとSNSの相性は良いなと『時効警察はじめました』ですごく感じました(オダギリ)

―現代のテレビドラマの特徴として、放送時にSNSで話題になり、次週の放送回まで視聴者同士で楽しみに待つ時間を共有できるのもポイントだと思います。

オダギリ:放送中にもみんながSNSでつぶやきますからね。とくにコメディーとSNSの相性は良いなと『時効警察はじめました』(2019年)ですごく感じました。

思わず便乗しちゃったり、ツッコんじゃったり、つぶやきたくなる要素がいまのドラマには必要なのかもなと実感しましたね。『オリバーな犬』もそういう要素を盛り込んでいるので、ぜひ楽しんでいただきたいです。

『時効警察はじめました』のInstagram公式アカウント(Instagramで見る

永瀬:今回のドラマには、ぼくが小さいときに見ていたドラマのワクワク感があるんですよね。「そこまで言ってもいいんだ」というセリフやびっくりする仕掛けが現代風に進化して、たくさん入っていて。

だから、見た人は自然といろんな人に広めたくなると思いますよ。個人的にも幅広い世代に見てほしいです。小学生にも、ぼくらの先輩方にも届いたら嬉しいですね。

―出演者もそうそうたるメンバーで、早くもSNSで話題になっていますしね。

永瀬:それぞれのキャラクターが濃いからスピンオフも見たくなるし、1年くらいやったらいいのに……と、個人的には思っています(笑)。

オダギリ:(笑)。

『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』の一部出演者 ©NHK

「NHKでやる」ということを逆手に取ったつくり方をしました(オダギリ)

―あと、オダギリさんがテレビドラマで全エピソードの脚本・演出を手掛けるというだけでも驚きなのに、それをNHKで放送するというのがさらに斬新だなと思いました。

オダギリ:そうですよね。いちばん遠いところにいる存在だろうなと自分でも感じています(笑)。でも、せっかくテレビドラマをつくるなら、制約が厳しいなかでやるのも面白いかなと思って。

だから今回は、できるだけ「NHKでやる」ということを逆手に取ったつくり方をしました。たとえば有名な話ですが、NHKでは商品名を言っちゃいけないんです。驚いたものだと「シャーペン」がダメなんですよ。

永瀬:そうなんだ……!

オダギリ:「メカニカルペンシル」なら大丈夫だと言われたんですが、日常生活でそんな言葉使わないじゃないですか(笑)。そういった部分は、あえて「ピー音」を入れました。

あとは、いくつか「コンプライアンス的にNGです」と言われた部分もありましたが、それをそのままカットしたらつまらないので、そこにはモザイクをかけてみたり。コンプライアンスの抜け道を探して、逆に視聴者の想像力を掻き立てるような仕掛けに変換する作業は、難しくもあり面白かったです。

―このドラマは最初からNHKでやりたいと思っていたのでしょうか?

オダギリ:いえ、企画をぼんやり構想していた当初は、民放の深夜枠や配信など、いろいろな可能性を考えていました。でも自分が作品を発表する場として、いちばん想像しにくかったのがNHKだったし、そのギャップが面白いと思ったんです。最終的にNHKでやらせていただくことになって、より作品の個性を際立たせられたと思っています。

「できない」となったら「じゃあどうしようか」を考えるのも、ものづくりの面白さ(永瀬)

―テレビ業界だけでなく、どんどんコンプライアンスが厳しくなる世の中で『オリバーな犬』のように野心的な作品をNHKから放送するのは、非常に可能性を感じます。この作品に創作欲を刺激されるクリエイターも多そうだなと個人的に思います。

オダギリ:ドラマの常識にとらわれずにクリエイティブの可能性を広げたいと考えていたので、そう言っていただけるのはとても嬉しいです。

ぼくは、いままで「映画」を中心にものづくりをやってきたので、コンプライアンスをあんまり気にしてこなかったんですよ。映画はテレビドラマよりも表現の自由度が高く、「テレビでは表現できないけど映画ではできる」ということも結構ありますから。

でも、連続ドラマをやるからといって、最初からコンプライアンスの厳守ありきで企画を考えても、面白いものは生まれないじゃないですか。だから、今回もなにかのルールにとらわれることなく、自由に脚本を書くことにしました。

その後、第一稿を本作のプロデューサーに読んでもらったときに「普通のテレビの脚本家だとここまで書かないし、こんな展開にはしないですよ」と面白がってくれて。ぼくが意図していなかったところで、テレビの決まりから逸脱していることを新鮮に感じてくれた。それが『オリバーな犬』の野心的な部分につながったのかなと思います。

永瀬:最初のアイデア段階からコンプライアンスを気にする必要はないよね。最終的にコンプライアンスを守るのは当然なんだけど、ただ守るだけじゃなくて、どう捉えて転換するかが重要。「できない」となったら「じゃあどうしようか」を考えるのも、ものづくりの面白さだから。

制約があるからこそ、アッバス・キアロスタミ監督(イラン映画の巨匠。イスラム革命後のイランで政府からの厳しい検閲を受けながらも、その地で生きる人々を撮り続けた)みたいな天才も生まれてきた事実があるわけですし。

オダギリ:たしかに。よくわからない厳しい校則があるから、反骨精神で中学生たちがパンクやロックのバンドを始めるみたいなことにも似ているかもしれません(笑)。

そういう厳しい規制を跳ねのけるような想像力で、楽しめれば良いですよね。多くのつくり手たちにとって、テレビドラマがそういう建設的な場所として認識されたら、もっと可能性が広がりそうです。

武士道といいますか、極めていくなかでの強さが日本にはあるような気がして(オダギリ)

―それこそ多感な10代、20代の若者が『オリバーな犬』を観て、どう感じるのか気になります。序盤でお二人に、学生時代に影響を受けたドラマを語っていただきましたが、同じように『オリバーな犬』を観た若者のなかから次世代のつくり手が生まれるかもしれません。

オダギリ:この作品をとおして、「ものづくりは自由なんだ」と若い世代に少しでも伝わったら良いなとは思います。

永瀬:いまの若い人はインターネットが身近だから、なんでもできちゃいますよね。『オリバーな犬』を観た学生が「面白そうだから自分も映像作品をつくりたい」と思ったら、すぐ行動に移せるはず。

ぼくがデビューしたころは、ひとつの作品をつくるのがものすごく大変でした。フィルム撮影が大半でしたし、大規模な予算、人員、時間を確保しなければなかなか成立しなかった。5年から10年ものあいだ作品を撮れない監督も少なくなかったですしね。

でもいまは、スマートフォンでも気軽に映像を撮ることができる時代。撮った作品をインターネットに公開するだけでブレイクするかもしれないし、小学生の映画監督が出てきてもおかしくない。

オダギリ:そこから世界中が驚くような作品が生まれるかもしれないですしね。すごい時代だと思います。

永瀬:一方で、映像業界の観点では、インスタントに撮った作品ばかりが評価されるようになっていくと少し危険な気もしています。どんな規模の作品でも自分なりの表現やこだわりを模索するのが第一であって、「安くつくって儲けよう」という考え方や価値観が横行したら嫌ですね。

だからこそ、大作から小規模まで多様なスケールの作品群があるなかで、とくに良いものが評価されていくべき。とくに映画界だと、いまは中間規模の作品が少ないと感じるので、どんどん出てきてほしいですね。さまざまな規模感の作品がひしめいている状態が健全だなと感じます。

オダギリ:それでいうと、もっと日本からグローバルな作品も生まれると良いですよね。『アジアの天使』(2021年)の取材を受けているとき、韓国映画と日本映画の比較の質問がすごく多くて、そう感じました。

いまや韓国映画の実績や予算は格段に大きくなり、日本の映画業界とは差がついてしまいましたが、過去には「お金も限られて時間もない」なかでつくられた日本映画から、世界に通用する作品が生まれてきた事実もあります。

きっとそういう恵まれていない環境下でも知恵を絞り、オリジナリティーを追求してきたことで、日本らしさが育った部分もあると思うんです。武士道といいますか、極めていくなかでの強さが日本にはあるような気がしていて。

韓国の作品やグローバルな配信系の作品とは比べ物にならない制作環境だとしても、日本の環境でしか生み出せないなにかがあるはず。ぼく自身も、そう信じてこれからも作品をつくっていきたいなと考えています。

作品情報
ドラマ10『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』

2021年9月17日(金)、9月24日(金)、10月1日(金)22:00~22:45にNHK総合で放送

脚本・演出・出演:オダギリジョー
出演:
池松壮亮
永瀬正敏
麻生久美子
本田翼
岡山天音
玉城ティナ
くっきー!(野性爆弾)
永山瑛太
染谷将太
國村隼
松重豊
柄本明
橋爪功
佐藤浩市
ほか

プロフィール
オダギリジョー

1976年生まれ、岡山県出身。『アカルイミライ』(2003年)で映画初主演。以降、『ゆれる』(2006年)、『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』(2007年)、『舟を編む』(2013年)などで日本アカデミー賞をはじめ数々の俳優賞を受賞。また、『悲夢』(2009年)、『SaturdayFiction(原題)』(2019年)など海外作品への出演も多数。テレビドラマも『時効警察』シリーズをはじめ、『熱海の捜査官』(2010)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年)など、数多くの話題作に出演。俳優業の傍ら監督業にも進出し、長編監督デビューを果たした『ある船頭の話』(2019年)で、第76回ヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門に日本映画史上初めて選出。2021年9月17日にスタートするNHKの新ドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(2021年)では脚本・演出を務める。待機作として、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』がある。

永瀬正敏 (ながせ まさとし)

1966年生まれ、宮崎県出身。1983年、映画『ションベン・ライダー』でデビュー。『息子』(1991年)で日本アカデミー賞新人俳優賞・最優秀助演男優賞などを受賞し、その後も数々の映画に出演。海外作品にも多数出演し、カンヌ国際映画祭・最優秀芸術貢献賞『ミステリー・トレイン』(1989年)、ロカルノ国際映画祭・グランプリ『オータム・ムーン』(1992年)、リミニ国際映画祭グランプリ、トリノ映画祭審査員特別賞『コールド・フィーバー』(1995年)では主演を務めた。『あん』(2015年)、『パターソン』(2016年)、『光』(2017年)でカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となる。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2021年9月スタートのNHKの新ドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(2021年)は、地上波では『私立探偵濱マイク』(2002年)以来の連続テレビドラマ出演となる。



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