日本のエンターテイメント業界の最前線で戦い続ける人物に話を聞く連載『ギョーカイ列伝』。第11弾に登場するのは、lute株式会社の代表取締役・五十嵐弘彦。
2016年にカルチャー動画メディアとしてスタートしたluteは、クオリティーの高い独自のミュージックビデオ、ライブ映像、ドキュメンタリーなどを次々と発表し、感度の高い音楽ファンの支持を集めてきた。ミニマルでシャープなデザインのロゴマークは、いまやタイムライン上ですっかりお馴染みだと言えよう。
そんなluteが7月に「lute株式会社」を設立。メディアの中心をYouTubeからInstagramへと移行し、「日本初のInstagram Storiesメディア」として始動した。いまなぜInstagram Storiesに着目したのか? その理由と狙いについて、五十嵐に訊いた。
お金儲けは考えてませんでした。
—luteは2016年にYouTubeを中心とした分散型動画メディアとしてスタートしました。まずは、立ち上げの経緯について話していただけますか?
五十嵐:もともとエイベックスのデジタル部門で新規事業の立ち上げをしていて、毎年『SXSW』(サウス・バイ・サウスウエスト。テキサス州オースティンで開催される、世界最大級の音楽、映画、インタラクティブの祭典)へ視察に行かせてもらっていたんです。
以前はサブスクリプションサービスに携わっていたこともあって、アプリとかプラットフォーム、いわゆる「ガワ」を作ることに目が向いていたんですね。でも『SXSW』に行ったりするなかで、「Content is King」じゃないけど、「どうやってコンテンツを作るかを考えるべき時代だよな」って思うようになったんです。
—luteを立ち上げるうえで、なにか参考事例はあったのでしょうか?
五十嵐:ニューヨークのメディアスタートアップ企業を参考にしたり、西海岸のヒッピーっぽいノリというか、みんなヒップスターみたいな感じで、まるで遊んでいるかのように仕事をする雰囲気もいいなと思っていました。具体的に言うと、「VICE」や「Tastemade」のような分散型メディアを日本でやるにはどんなやり方がいいかを考えるなかで、luteを着想するに至ったんです。
—もともとluteは、自社で制作したミュージックビデオやライブ映像、ドキュメンタリーを、どんどんYouTubeにアップしていく、ということをやられていましたよね。
五十嵐:株式会社化する前のluteがやっていたことは、音楽やカルチャー系の映像を作って、いろんなプラットフォームに載っけるということで。著作権処理の面で一番使いやすいのがYouTubeだったから、YouTubeが中心になっていたんです。
—気になるのはビジネスモデルですが……映像の制作費もかかってくるなかで、売上に関してはどのように考えていたのでしょうか?
五十嵐:最初からのお金儲けは考えてませんでした。それこそ、テックスタートアップなどのやり方ですよね。まず資金調達をして、ユーザーベースを作って、自分たちのサービスのブランド価値を高めて、「やることやるのはそれからじゃん?」みたいな、そういうスタンスだったんです。
—そのためのブランド価値を高めていくうえで、特にこだわったことは?
五十嵐:アーティストは最終的に僕が選んでます。みんなで議論はするけど、あんまり民主的ではない(笑)。その理由として、ブランド価値を高めるうえで一番大きなアクションだと僕らが考えているのが、「ロゴの伝播」だからです。luteのロゴを見てもらえたら、言葉では表せなくても、「ああ、あの感じluteっぽいよね」ってなったらベスト。
五十嵐:「レーベル」という概念の在り方にすごく近いと思うんです。いわゆるレコード会社という意味の、音楽レーベルではなくて、もともとはヴァイナルとかにもついてた会社のマーク、「ここに所属してます」っていうようなレッテルの意味で。luteもレッテルであり、レーベルだと思っていて。
じゃあ、いままで諸先輩方がどうやってレーベルを作ってきたのかを考えると、実は個人的な趣味というか、「定量化しきれないけど、絶対これを推すべきだ」という自らの感覚を頼りにした判断が重要だったと思うんです。なので、自分もそうすることが、結果的にluteのブランド価値につながるんじゃないかと思いました。
音楽も映像もなくならないけど、音楽を伝える映像のフォーマットは変わったほうがいいと思いました。
—8月には「日本初のInstagram Storiesメディア」として、新生luteがローンチされました。これにはどんな意図があるのでしょうか?
五十嵐:もともと「luteで映像を作ろう」と考えたときに、まず思い浮かんだのが、やっぱりミュージックビデオだったんですね。なので、先人が作ってきたフォーマットでやってたわけですけど、「いま、ミュージックビデオって、みんな見るのか?」と思って。もちろん流し見はするし、気になるアーティストをチェックはするけど、最初から最後まで、全部ちゃんと見ることってあんまりないなと思ったんです。
—確かに、モバイルユーザーに5分の映像を見てもらうのはかなりハードルが高いと言われていて、先ほど名前が挙がった「Tastemade」などのレシピ動画も1分以内で作られていたりします。
五十嵐:いわゆるミレニアル世代、デジタルネイティブの人たちが普段どんなふうにコンテンツに接しているのかをヒアリングすると、まずパソコンを持ってないし、家にWi-Fiも飛んでなくて、パケ死と格闘しながらモバイルだけでコンテンツに接してるんですよね。しかも、ゲームの時間と、SNSの時間と、動画を見る時間と、全部がごっちゃになっている。
そう考えたときに、音楽はなくならないし、映像もなくならないけど、音楽を伝える映像のフォーマットは変わったほうがいいんじゃないかと思いました。そこで、いまの若い子に人気があるプラットフォームで、かつモバイルに順応していて、カルチャー、映像、音楽にハマるフォーマットはなにかを考えると、Instagram Storiesなんじゃないかなって。
—「Stories機能」に着目し、「Instagramメディア」ではなく「Instagram Storiesメディア」としてローンチした理由は?
五十嵐:これは僕の主観ですけど、Instagramのタイムラインって、あんまり「隙間時間」を埋めてくれないんですよね。Facebookのタイムラインを見るのと同じくらい、ちょっと腰が重い。エレベーターに乗ってる時間に見るコンテンツはなにかを考えると、たとえば、まずTwitterを開きますよね。Instagram Storiesをザッピングする感じって、Twitterをダラ見する感覚に近いと思っているんです。
—Instagramの基本的な機能として、Storiesに上げた動画は24時間で消えてしまいます。コンテンツを作って上げていくうえで、そこに関してデメリットを考えることはなかったですか?
五十嵐:アーカイブの映像って、実はあんまり見なくないですか? たとえば、自分にとってのマスターピースみたいな映画はDVDを買うけど、Netflixとかで「マイリスト」に入れても、結局見なかったりすると思うんです。アーカイブされるものよりも、消えちゃうコンテンツのほうが「今日見なきゃ」ってなりますよね?
—ああ、確かに。
五十嵐:Instagram Storiesはプラットフォーム側も日々新しい機能を追加してますし、そこで新しいコンテンツを作っていくのって、すごく面白いですよ。
ここまでluteをやってきたなかで、気付いたことがあって。たとえば、そこそこ尺のあるドキュメンタリーを撮って、「載せやすいから」ってYouTubeに載せても、そんなに再生カウンターは回らないんです。コンテンツ、ターゲット、ターゲットが好むプラットフォーム、これらが一直線にならないと、ちゃんとは刺さらない。そのなかで、ミレニアル世代をターゲットにしたカルチャー的な動画のあり方はまだ確立されていないから、Instagram Storiesを中心にやっていくのはいいんじゃないかなと思ったんです。
Instagramを中心としたカルチャーがある世の中でできる360度のマネージメントビジネスが絶対にある。
—株式会社を設立したいまは、収益化も考える必要があるかと思うのですが、改めて、ビジネルモデルはどのようにお考えなのでしょうか?
五十嵐:Instagramのユーザー数が増えたら、広告媒体としての価値にもつながると思っています。ただ、うちの場合は扱っているジャンルとして、数百万フォロワーとかってことにはならないと思うんです。その代わり、クラスのなかに一部いる「すごくカルチャーホリック」なパイの人は必ず見る、というメディアにすることはできる。
なので「多くの人に拡散したい」という商材に関しては、広告媒体として適さないかもしれないですけど、「こういう人に確実に届けたい」というものにはハマると思うんですよね。だからこそ、大事なのはエンゲージメントの高さで、そのためには「今日見なきゃ」ってなるStories機能が適してるのではないかと。
—YouTubeやウェブページなど、Instagram以外のフォーマットも継続はするわけですか?
五十嵐:Instagram Storiesが8割、それ以外が2割くらいのイメージです。『Casa BRUTUS』は毎月いろんな特集を組んでるけど、たまに別冊を出すじゃないですか? ああいう感じで、Instagramが月刊、それ以外は別冊で、ミュージックビデオならYouTubeに載せるし、ドキュメンタリーなら劇場で公開しよう、というふうになっていくと思います。
—その他の事業はどのようにお考えなのでしょうか?
五十嵐:ひとつは、受託の映像制作事業ですね。これまで培ってきたクオリティーを担保して、様々なタイプの映像制作が可能なんです。たとえば、Storiesのための縦型の短尺動画を作ってきて思ったんですけど、世にあるデジタルサイネージって、ほぼ同じ画角なんですよ。そのための広告映像の受託制作もできるんじゃないかなと。
もうひとつが、マネジメントです。いまのミュージシャンって、ある瞬間にはモデルになったり、逆に、モデルなんだけどアナログシンセを使いこなせる子がいたり、いろんな表現方法の人が一緒くたにインフルエンサー的な感じになってると思うんです。マネジメントに関しても、Instagramを中心としたカルチャーができあがっている世の中だからこそできる360度のビジネスモデルが絶対にあると思っていて。そういう人たちのマネジメント、エージェント業務をやっていきたいと思っています。
もちろん、CDをミリオン売るような人だったら、これまでのようにレコード会社やマネジメント事務所に所属すればいいと思う。ただ、仕事論で言っても、いまの時代って別に1社だけに所属する必要ないし、遊び論で言っても、いろんなコミュニティーに属するほうが楽しいですよね。それに近い話で、「CDのディストリビューションはこのレーベルで、映像に関してはlute」みたいに、複数所属するのって全然変じゃないと思うんです。マネジメントとしてのluteは、アーティストにとってそういうオプションのひとつになれたらいいなと思っています。
あのタイミングで電話をもらわなかったら、自分がどうなっていたかわからない。
—luteを立ち上げるまでの経歴も聞かせていただきたいのですが、そもそも五十嵐さんはなぜ音楽やカルチャーに携わる仕事を志したのでしょうか?
五十嵐:うちは祖父も父もレコード業界の人間で、祖父はいわゆるレコードを、父はCDを売る時代で、「正月は『紅白』があるから、家にいないのが普通」みたいな家庭だったんです(笑)。なので、自分も音楽やカルチャーをサポートする仕事をしたいなって、小さいときからずっと思ってました。
—高校・大学時代はニュージーランドで過ごされたそうですが、日本に戻ってきてからレコード会社に就職するまでには、どんなキャリアを経てきているのでしょうか?
五十嵐:当時は自分がなにをやりたいか、ピンポイントで定まってなかったし、まだ2009年とか2010年だったから、レコード業界がこれからどうなっていくかが見えなかったんです。CDが売れなくなるのは見えてたけど、Spotifyなどのサブスクリプションサービスもまだ出てきてなくて、単純に「違法ダウンロードが増えて、CDが売れなくなる」ということしか見えてなかった。
—それで最初は人材系のスタートアップ企業で働かれていたと。
五十嵐:ありがたいことに、先輩が立ち上げたところでお手伝いさせてもらうことになりました。自分でなにか新しいプロジェクトの立ち上げをやってみるという観点では、ベンチャーで働くのはアリだと思ったので、そこがキャリアの最初ですね。
—その後は株式会社メディアジーンに入社して、「lifehacker[日本版]」の編集部にいたそうですね。
五十嵐:徐々にSpotifyとかのサービスが出てきて、これから「デジタル×エンタメ」の世界になっていくんだろうなって思ったときに、そこを担うひとつは確実にメディアだと思ったんです。そのときはまだ2014年とかで、土壌的な意味で、レコード業界に入るよりメディア業界に入るほうがいいと思って、そこで勉強させてもらった感じです。
当時の直属の上司が、現在『WIRED』で副編集長をやっている年吉聡太さんで、そのうえにはサイバーエージェントで『SILLY』を立ち上げた尾田和実さんがいたり、カルチャーホリックでロックなお兄さんたちが周りにいっぱいいました(笑)。「lifehacker[日本版]」自体が、ロックなニュアンスのメディアを日本語化するライセンシーでもあったので、すごく楽しかったですね。
—そして、その後、エイベックスに入社されたと。
五十嵐:国内に決済権があって、面白いことにトライできそうで、かつ体力のある会社ってなると、レコード業界のなかで思い浮かんだのはエイベックスだったんです。入社してからはデジタルの部署でサブスクサービスの企画をやらせてもらいました。アプリで誰の楽曲をどう配信するかって、機能的な話なようで、メディア的でもあるんですよね。どの楽曲をどういう面出しで、どういうUXで聴いてもらうかっていう、そういう観点でやっていました。
—そういうお仕事をしながら、luteの構想を考えていたわけですか?
五十嵐:サービスが運用フェーズに入って、自分が業務から離れたときに、一回燃え尽きちゃったんですよね。そうしたら、仕事を通じてやり取りをするようになっていた当時代表取締役副社長の千葉龍平から、「お前、どうせ腐ってんだろ?」って、直電をもらって(笑)。
そのときの話が、新しい動画サービスをやって、新人開発もしたいという内容だったんですけど、そこで僕のほうから「実は、こういう企画を考えてるんです」ってお話ししたのがluteの原案でした。
—そこからluteがスタートし、いまは独立して、lute株式会社の代表になったと。現在31歳ということで、ここまでの話を聞くと、かなり順風満帆のようにも見えますが……。
五十嵐:そもそもニュージーランドに行ったのも、高校からドロップアウトしたからですし、大学卒業後の就活もミスったところで先輩が助けてくれた、という感じですからね(笑)。
あとエイベックスでも、千葉をはじめ諸先輩方にかわいがってもらいましたが、その反面何度も厳しく指摘をされて泣いたこともありました(笑)。千葉とか怖いですからねぇ、小便ちびるくらい……。でも、とても感謝していますし、あのタイミングで電話をもらわなかったら、自分がどうなっていたかもわからないですしね。
「こうすれば勝てる」というのがない時代なので、ほぼエラーばっかり。でも、その状況を面白がれると、すごく楽しい。
—この連載記事はCINRA.NETとCAMPFIREの合同企画なのですが、五十嵐さんはクラウドファンディングについて、どのような印象をお持ちですか?
五十嵐:途中のマネジメントの話に通じると思うんですけど、これまではレコード会社がやってきたことが分解されて、たとえば「ディストリビューションはTuneCoreさん、資金調達はCAMPFIREさん、映像を作るのはlute」みたいなことができるようになってきたということですよね。で、「みんなディストリビューションの話ばっかりし過ぎじゃない?」とは思うんですよ(笑)。
—ああ、確かに(笑)。
五十嵐:自分もサブスクリプションをやってたわけなんですけど、そうじゃないファンクションがデジタルの時代にどうなっていくのかって、超面白いじゃんと思っていて。
そのファンクションのなかに、僕らみたいな映像メディアもあれば、CAMPFIREさんみたいなクラウドファンディングもある。なのでCAMPFIREさんは、同時代の同胞だなって、僭越ながら思ってます。MacBookにluteのステッカーと、CAMPFIREさんのステッカーと、両方が貼ってあったら、「だよね!」って会話が生まれるみたいな感じになるといいですね。
—では最後に、音楽業界やエンターテイメント業界に入りたいと思っている人に対して、なにかメッセージをいただけますか?
五十嵐:さっきも言いましたけど、「いま超面白いよ」ってことですね(笑)。ディストリビューションに関しては、「こうなりそう」っていうのがなんとなく見えてきたけど、それ以外のファンクションでできることって、本当にいろいろあるじゃないですか?
それをうちやCAMPFIREさんでやるのもいいと思うし、自分で「このファンクション、まだデジタル化されてないな」って見つけて、トライするのもいいし。解決してない問題がいろいろあるから、すごくやりがいがあると思います。
—「若い人はどうしても先にリスクを考えちゃう」みたいにも言われますけど、そこでトライ&エラーがあるのは当然ですもんね。
五十嵐:定石というか、「こうすれば勝てる」っていうのがまったくない時代なので、ほぼエラーばっかりだと思うんですよ(笑)。でも、その状況を面白がれると、すごく楽しい。
エラーっていうのは、つまりは解決してない問題のことで、その事例1号に自分がなれるかもしれないって、超面白いじゃないですか? 失敗から学べることもいろいろあるし、「一番最初に失敗しました」っていうのも、それはそれで名誉だし(笑)。
—学生のうちに、どんなことをやっておいたほうがいいと思いますか?
五十嵐:自分と違うコミュニティーに飛び込むっていうことはやったほうがいいと思います。僕の場合、本当はすぐにでもカルチャーの仕事がやりたかったけど、海外に行ったり、一回人材系のベンチャーに入ったことはすごく大きかったんですよね。そこで学んだこともたくさんあるし、そこから自分のやりたい世界にもう一回振り向くと、より客観的に見えるようになる。そうすると、取り組むべき問題も見つけやすくなると思うんです。
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群衆(crowd)から資金集め(funding)ができる、日本最大のクラウドファンディング・プラットフォームです。
- プロフィール
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- 五十嵐弘彦 (いがらし ひろひこ)
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1985年東京生まれ。高校・大学時代をニュージーランドで過ごし、帰国後HR系スタートアップでの業務経験を経て、株式会社メディアジーンへ入社。lifehacker[日本版]編集部で編集・翻訳業務に従事する。その後エイベックス・デジタル株式会社に入社し、音楽サービス企画立ち上げ・運営に携わった後、自身が思い描いてきたコンテンツ重視型新規事業として、2016年にメディアレーベル「lute」を立ち上げる。2017年8月よりlute株式会社を設立し、日本初のInstagram Storiesメディア「lute / ルーテ」をローンチ。代表として、次世代を担うアーティストのMVやライブ映像、海外の音楽と社会状況を探るドキュメンタリーなど、様々な映像作品をリリースしている。
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